(4)a-IGZOの組成・構造解析

●[特集]電子材料 (4)a-IGZOの組成・構造解析
[特集]電子材料
(4)a-IGZOの組成・構造解析
構造化学研究部 井上 敬子
2.試料について
a-IGZO膜は、IGZO(In:Ga:Zn:O=1:1:1:4) のタ ー
ゲットを用い、DCマグネトロンスパッタ法により成膜
した。成膜時にスパッタガスと反応性ガスの流量比を
1.はじめに
Ar=100%(サンプルA)、O2/︵Ar+O2︶=1.1%(サンプル
B)
、O2/︵Ar+O2︶=1.5%(サンプルC)と変えて、石英基
a-IGZO(In-Ga-Zn-O)に代表されるようなアモルファス
板あるいはSi基板上に厚み約300nmのa-IGZO膜を準備
酸化物半導体は、室温でも高移動度かつ高品質の膜が安
した(図2)
。これらの試料のキャリア密度、ホール移動
定的に成膜できるために、フラットパネルやフレキシ
度、比抵抗を図3に示す。成膜時の酸素流量比の増大に
ブル基板のTFT用材料として注目度が高い。しかし、
伴い、
キャリア密度の低下と移動度の向上が認められた。
アモルファス構造であるために構造解析できる手法は
限定される。ラマン分光法は、結晶構造とともにアモ
ルファス構造についても議論できる手法であり、アモ
ルファスシリコンやアモルファスカーボン等の構造解
析に有効であることが知られている。ただし、a-IGZO
は、試料が透明であるために、通常の測定を行うと基板
のラマンバンドが重畳してしまい、a-IGZO由来のラマ
ンスペクトル自体を得ることが難しい。我々は全反射ラ
マン分光法を利用した独自の測定方法を開発し、これに
より、a-IGZOの骨格構造評価が可能となった(図1)
。
また、欠陥に敏感な手法であるカソードルミネッセンス
(Cathodoluminescence: CL)法と組み合わせることに
図2 試料の詳細
より、構造と欠陥の関係についても評価した。さらには、
a-IGZOのような多元素系の試料の場合には、組成情報
を得ることが重要となる。ラザフォード後方散乱分析法
(RBS)は、絶対定量が可能な組成分析法であり、金属
元素だけでなく酸素などの軽元素も測定可能な分析手法
である。軽元素に関しては、核反応分析法(NRA)を併
用することで、感度が向上する。これらの手法により、
a-IGZOの構造、欠陥、組成に関して分析した例を報告
する。
図1 a-IGZO膜のラマンスペクトル
図3 各試料の電気特性*
青山学院大学 重里研究室にて取得
*
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料においてもO/In, Ga/In比はターゲット組成比と同程
3.RBS/NRAによるa-IGZO膜の組成分析
度であるが、Zn/In比は低い傾向が認められる。試料間
RBS/NRA法の特徴は、薄膜の組成を高確度且つ非破
比の増加に伴い減少する傾向が見られ、特に酸素流量比
壊で深さ方向に分析可能な点である。しかし、測定原理
0%から1.1%への変化が大きい傾向が認められた。
の違いとしては、Inに対するGaおよびZn比は酸素流量
上、原子番号の近い重元素の分離が悪くなるために、
a-IGZO膜のRBS/NRAスペクトルでは、GaとZnがほぼ
同じエネルギー位置に検出される
(図4)
。このままでは、
4.ラマン分光法によるa-IGZOの構造解析
これらを分離して解析する事ができないことから、誘導
結合プラズマ発光分光分析法(ICP-AES)によりGa/Zn
図6に示すように全反射条件で測定することにより、
比を求め、補正した。
高感度でa-IGZOのラマンスペクトルを得ることができ
る。a-IGZOでは、200~600cm︲1 付近に数本の特徴的な
ラマンバンドが観測された。アモルファスIZOでも、
213cm︲1 付近および580cm︲1 付近にブロードなラマンバ
ンドが観測されることや、ZnOやGa2O3のフォノンの状
態 密 度(Density of State:DOS︶1,2︶ が、180cm︲1 付 近 や
580cm︲1付近に極大値を持つことから、得られたスペク
トルは、IGZOのDOSを反映したスペクトル形状であ
るものと考えられる。詳細に試料間比較するために、
600cm︲1付近のラマンバンドの半値幅と600cm︲1付近のラ
マンバンドに対する200cm︲1付近のラマンバンドの相対
比を求めた(図7)。一般的に、アモルファスの秩序性が
図4 a-IGZO膜のRBS/NRAスペクトル
低いほどラマンバンドの半値幅は広くなり、相対比は大
表1にICP-AES法で補正したRBS/NRA法より求めた
各試料の組成を示す。また、膜組成とターゲット組成を
比較するために、a-IGZO膜の平均原子数比を、ターゲッ
トの平均原子数比により規格化したものを図5に示した
(1に近づくほどターゲット組成比に近い)
。いずれの試
表1 各試料の組成
(atomic %)
図6 各試料のラマンスペクトル
図5 膜組成とターゲット組成の比較
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図7 酸素流量比とラマンバンドパラメーターの比較
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きくなる傾向がある。したがって、成膜時の酸素流量比
晶化したIGZOの研究開発も盛んに行われている。今後
が高くなるほど、アモルファスの秩序性は向上する傾向
はアモルファスの構造解析に結晶構造解析を加えた形で
があるものと考えられる。
評価することが重要となるものと考える。
5.CL法による欠陥評価
7.謝辞
図₈に各試料のCLスペクトルを示す。IGZOでは、
600~
本分析を実施するにあたり、IGZO膜試料をご提供く
700nm付近にピークトップを持つ、ブロードな発光が得
ださいました青山学院大学理工学部 重里有三教授にこ
られ、この発光については、一般的に酸素欠損などの欠
の場をお借りして感謝申し上げます。
陥に由来すると考えられている。
700nm付近の発光強度は、酸素流量比が多いほど強く
なる傾向が認められた。CLの発光強度の増大は、発光
8.参考文献
由来成分の増大、あるいは試料中の非発光中心(光では
なく熱になる欠陥)の減少によってもたらされる。本件
試料では、₄.節で示したように、酸素流量比が多いほ
どa-IGZOの構造秩序性が高い可能性が考えられる。し
たがって、CLの発光強度の増大は、酸素流量比が多く
1)J.M.Calleja and M.Cardona, Phys.Rev.B 16, 3753
︵1977).
2)B.Liu, M.Gu, and X.Liu, Appl.Phys.Lett. 91, 172102
︵2007).
なるにつれて、膜中の非発光中心が減少することに因る
ものと考えられる。
■井上 敬子(いのうえ けいこ)
構造化学研究部 構造化学第2研究室 研究員
趣味:歌うこと、テニス
図8 各試料のCLスペクトル
6.まとめ
成膜時の酸素流量比の異なるa-IGZOについて、 組成
及び骨格構造、欠陥に関する評価を行った。成膜時に酸
素を導入することで、GaやZnの組成に変化が見られ、
それに伴い、骨格構造や欠陥量が大きく異なることが分
かった。また、酸素流量比の増加に伴う組成変化は小さ
いものの、骨格構造や欠陥量には大きな差異があること
が分かった。電気特性との相関を考えるならば、膜中の
欠陥構造の量が多い、すなわち非晶質であるほど、キャ
リア密度が高い傾向があるものと考えられる。また、移
動度は、構造均一性が高く(秩序性の向上)なるほど上
がる可能性が示唆された。
最近では、IGZOを非晶質膜で用いるだけでなく、
CAAC(C-axis aligned crystal)IGZOのように、一部結
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