水洗ブース処理剤の効率的な管理法を考える

技術レポート
水洗ブース処理剤の効率的な管理法を考える
徳丸 隆之 *
1. 水洗ブース最適化の要件
工業塗装を行うため設計された専用の装置の
一つに塗装ブースと呼ばれているものがある。
中でも塗装の際,被塗物に塗着しなかった余分
な塗料を,水によって捕集する形式のものは水
洗ブースと呼ばれ,広く採用されている。塗装
工程を円滑に進めるには水洗ブースの安定運転
が不可欠であり,塗料滓(かす)が混ざり込ん
だ水が悪影響を与えないことが強く求められて
いる。
しかし,塗料滓はもとになる塗料の性質上,
粘着性のある疎水性の樹脂を多く含んでいて,
水洗ブース内を滞留,循環する間に装置の各所
に付着,集積して水質,水流を悪化させる。ま
た,これを栄養源とするバクテリアが異常に繁
殖すると,腐敗して悪臭発生の原因となること
もある。
これらのトラブルは水洗ブースの安定運転お
よび塗装工程に支障をきたすおそれがあるた
め,未然に防止するか,発生した際に迅速に解
決する手段を考えておく必要がある。
薬剤を投入して水洗ブースを管理する方法
は,多くの現場で採られている。薬剤投入の大
きな目的の一つは,塗料滓を不粘着化させるこ
とである。粘着性が低くまとまりがあり,サラ
サラの状態のものをいかに効率良く生成するか
が要点となる。蓄積した塗料滓は清掃時に産廃
として一括搬出されるか,日常の運転時に適時
取り出されるかするため,離水性や脱水性の良
いものが求められる。含水率が低いと容量が小
さくなって作業性が向上し,廃棄コストも下が
る。
当社では水洗ブース処理剤の開発,製造,販
売を行っていて,多くのユーザーから好評を得
ている。本稿では,処理剤の作用の観点から水
洗ブースの効率的な管理法について述べる。
2. ネオソル処理剤シリーズの種類と
特徴
⑴ ネオソル AQ
ネオソル AQ(溶剤塗料向け液体処理剤:写
真- 1 参照)は特殊な構造を有する天然粘土鉱
物のスラリーで,一般的な粘土鉱物とは塗料滓
* とくまる たかゆき ダイヤアクアソリューションズ㈱
研究技術センター 70
写真- 1 ネオソル AQ
塗 装 技 術
ベト
ベト
水分子
水分子
ベト
ベト
水分子
塗料滓(かす)
ネオソル AQ(拡大図)
ベト
ベト
サラサラ
ネオソル AQ
塗料滓
ネオソル AQ
サラサラ
の不粘着化作用において大きな違いがある。粘
着性は主に塗料成分の疎水性樹脂や顔料に由来
するが,ネオソル AQ はそれを抑える働きがあ
る。その原理のイメージを第 1 図に示す。
塗料滓の表面にネオソル AQ がまんべんなく
付着することで,粘着性を低減してサラサラの
状態にする。この作用は粘土鉱物が特殊な層状
構造をしているため,その内部に水分子を多く
取り入れられることに因ると考える。
不粘着化した塗料滓は水洗ブース内に滞留し
て緩やかに沈降する。底部に溜(た)まったも
のは,すくい取るか脱水機にかけて回収する。
その結果,水洗ブースのエリミネーターや水流
板等に付着する量は少なくなり,水質や水流の
悪化を防ぐことができる。
ネオソル AQ は主成分が粘土鉱物であるた
め,下水等に排出したとしても COD や BOD
の増加はなく,排水規制や PRTR 法等にも該当
しない。
スラリーは弱アルカリ性で扱いやすく,
安全性の高い優秀な処理剤である。
なお,一般的な粘土鉱物やスラッジ灰など,
多種にわたって不粘着化作用があると期待され
る素材の試行,検討をこれまで行ってきたが,
現時点でネオソル AQ と同等の効果のある不粘
着素材を発見できていない。今後も粘着の原理
を研究し,素材の探索も進めて新規処理剤の開
発を行っていく。
2014 年 5 月 号
サラサラ
第1図
ネオソル AQ の原理
写真- 2 ネオソル AP
また,当社ではネオソル AQ と同一成分の
ネオソル AP(溶剤塗料向け粉体処理剤:写真
- 2 参照)も販売している。処理事情の異なる
各ユーザーの要望に応(こた)えられるように,
粉体品とスラリー品を取りそろえている。
⑵ ネオソル BC
吹き付け塗料の種類や混合比が大幅に変わる
と,塗料滓の性状も大きく変化する場合があ
る。そのような時は不粘着効果をさらに上げる
ため,ネオソル BC と併用する方法がある。
ネオソル BC は水溶性ポリマーを主成分と
した液体品で,前述のネオソル AP,ネオソル
AQ と相性が良く相乗効果のあることが確かめ
られている。この処理剤はカチオン性であるた
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酸化物と,塗料不粘着化剤を用いて処理する方
法は特許取得済みである(登録特許第 4471209
写真- 3 ネオソルフィーダー
め,荷電中和が生じて凝集と不粘着効果を促進
する働きがあると考える。しかし,単独で使用
すると効果が薄い時があり,基本的に併用して
使うことが多い。
注入方法はその場に応じて間欠でも連続で
もよいが,連続注入するに当たり,当社では
専用の薬注装置(ネオソルフィーダー:写真-
3 参照)を販売している。この装置を用いるこ
とで手間を省き,より効率的な管理を行うこと
ができる。
ネオソル AP,ネオソル AQ のような天然粘
土鉱物と,ネオソル BC を併用して水洗ブース
を管理する方法は特許出願中である。
⑶ ネオソル DP・ネオソル PQ
水洗ブースの現場では,塗料滓を栄養源とす
るバクテリアが繁殖して悪臭が発生する場合が
ある。そのような時はネオソル DP(液体品)
,
ネオソル PQ(粉品)を使用することをお勧めす
る。両薬剤とも過酸化物が主成分で,悪臭の原
因となる物質を酸化させて臭気を除去または低
減する。特に,硫黄系の悪臭物質に対して効果
を発揮する。
どちらも即効性のある薬剤であるが,ネオソ
ル DP は持続性のある成分を含んでいるため,
消臭効果が一般的な過酸化物より維持される。
標準添加量は,どちらも保有水量に対して基礎
処理で 0.06 ~ 1.0%,維持処理で約 0.01% であ
る。
水洗ブースに対してネオソル DP のような過
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号)
。
⑷ 適用事例
ユーザー:自動車関連部品メーカー
水洗ブース:ウオーターカーテン式,保有水
3
量 2m
使用塗料:UV アンダーコート
塗装時間:一日に 20 時間
問題点:塗料滓に粘着性があり装置の各所に
付着した。回収が困難で水洗ブースの運転に支
障が出た。
改善過程:まずはじめにネオソル AQ を使用
した。粘着性は抑えられたが予想したほど効果
は上がらなかった。そこで,ネオソル BC を併
用すると粘着性は大きく改善され,不粘着効果
を発揮した。
当初,ネオソル BC は人手によって朝と夕方
の 2 回に分けて投入していたが,手間を省くた
めネオソルフィーダーを使用して連続注入に変
えた。その結果,粘着性はさらに低減し,塗料
滓をすくって握ってもほとんど手に付かない状
態までになった。このユーザーでは粘着性を抑
えることが水洗ブースの安定運転につながっ
た。
現場担当者の話によれば,水洗ブースの安定
運転に伴い,生産ラインの歩留まり率も 10%
以上増加したそうである。
⑸ 水性塗料向け処理剤の開発
水性塗料を使用している水洗ブースでは,
ブース水をしっかり固液分離させることが処理
剤に求められる。さらに分離後の塗料滓がサラ
写真- 4 固液分離した水性塗料
塗 装 技 術
サラで含水率が低いこと,生成した分離液の透
明度が高いことなどが要求される。
通常,分離液を下水放流する時は水質項目の
pH や BOD,ノルマルヘキサン抽出物質の排除
基準を満たす必要がある。BOD については水
性塗料自体に溶解性の高い界面活性剤等が多く
含まれているため,基準以下にするのは非常に
困難である。
当社の水性塗料向け処理剤は開発途上である
が,塗料を低濃度含むブース水に対して固液分
離する薬剤の開発は成功した(写真- 4 参照)
。
現在は高濃度含有するものに対して効果を発揮
し,加えて BOD を大幅に低減する処理剤の製
品化に向けて鋭意研究中である。
当社が製造,販売する商品を紹介しながら水
2014 年 5 月 号
洗ブースの管理法,特に塗料滓の不粘着化につ
いて述べてきた。薬剤を用いた水洗ブースの管
理は簡便で即効性があることから,今後も必要
不可欠な処理法の一つと予想される。
一方,塗料成分は日進月歩で改良されていて,
薬剤開発もその進みに遅れず対応できる効果を
維持し,向上させていかなければならない。そ
のためにも塗料成分や使用方法,水洗ブースの
管理状況に絶えず注意を払う必要がある。開発
条件として環境負荷が小さく扱いが容易であ
り,安全性の高いものであることは言うまでも
ない。
水洗ブースは塗装工程と産廃処理のつなぎ目
に位置している。運転管理および薬剤の性能は,
作業環境や自然環境を保全するうえで重要な役
割を担っていると考える。
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