網膜硝子体疾患における血清・硝子体中抗酸化力の

平成 26 年 8 月 10 日
633
原著論文
臨床研究
網膜硝子体疾患における血清・硝子体中抗酸化力の比較検討
1)
2)
3)
橋本りゅう也 , 杉山 哲也 , 武城 英明 , 柴
3)
3)
1)
河井 貴行 , 村野 武義 , 堀
裕一 , 前野
1)
2)
1)
友明
1)
貴俊
3)
東邦大学医療センター佐倉病院眼科, 中野眼科医院, 東邦大学医療センター佐倉病院臨床検査部
要
目 的:硝子体手術を必要とする網膜硝子体疾患を有
する患者の血清抗酸化力と術中に得られた硝子体中抗酸
化力について検討する.
対象と方法:対象は東邦大学医療センター佐倉病院に
て,2009 年 10 月〜2012 年 12 月の間に硝子体手術適応と
なった 27 例 27 眼(男性 11 例,女性 16 例)で,疾患の内
訳は増殖糖尿病網膜症(proliferative diabetic retinopathy:PDR)9 眼,網膜静脈分枝閉塞症(branch retinal
vein occlusion:BRVO)9 眼,黄斑円孔/黄斑前膜(ma/
cular hole:MH/epiretinal
/
membrane:ERM) 9 眼 で
ある.MH/ERM
/
群を対照群とした.血清サンプルは,
術前日に採取した血液を血清保存した.硝子体サンプル
は,手術開始時の灌流前に硝子体カッターで硝子体液約
0.5 ml を採取した後に,遮光冷却保存した.各サンプル
の抗酸化力は,フリーラジカル解析装置(FREE®
)を用
いて,第二鉄イオンを第一鉄イオンに還元できる bio-
Original Article
約
logical antioxidant potential(BAP)値を測定し,これを
抗酸化力と定義した.検定には,paired t-test,
analysis
of variance (ANOVA),Turkey-Kramer test を 用 い
た.
結 果:PDR 群の血清・硝子体 BAP は対照群と比較
し有意に低値であった.BRVO 群の硝子体 BAP は,対
照群と比較し有意に低値であった.PDR 群のみ,硝子
体 BAP が血清 BAP に比べ有意に低値であった.全 27
例の血清・硝子体 BAP 値に有意な相関を認めた.
結 論:PDR においては血清および硝子体中の抗酸化
力に差を認めた.虚血性網膜硝子体疾患では,特に眼局
所で抗酸化力が低下していることが示された.(日眼会誌
118:633-639,2014)
キーワード:抗酸化力,増殖糖尿病網膜症,網膜静脈分
枝閉塞症,血清,硝子体
Clinical Science
Comparison of Antioxidant Capacities in Serum
and Vitreous Fluids of Vitreoretinal Diseases
1)
2)
3)
1)
Ryuya Hashimoto , Tetsuya Sugiyama , Hideaki Bujo , Tomoaki Shiba
3)
3)
1)
1)
Takayuki Kawai , Takeyoshi Murano , Yuichi Hori and Takatoshi Maeno
1)
Depertment of Ophthalmology, Toho University Sakura Medical Center
2)
Nakano Eye Clinic
3)
Department of Clinical Laboratory Medicine, Toho University Sakura Medical Center
Abstract
Purpose:To investigate serum antioxidant potenmacular hole (MH)/epiretinal
/
membrane (ERM) at
tial of patients with vitreoretinal diseases that
Toho University Sakura Medical Center were studied.
require vitreous surgery and the antioxidant potenThe biological anti-oxidant potential (BAP), as an
tial in vitreous fluids obtained intraoperatively.
index of anti-oxidant potential of serum and vitreous
Subjects and methods:Twenty seven eyes of 27
fluid was measured using a free radical elective
patients who had undergone vitrectomy for macular
evaluator(FREE®).
edema associated with branch retinal vein occlusion
Results:The vitreous BAP levels (mEq/l)
/ in the
(BRVO), proliferative diabetic retinopathy (PDR),
PDR group was 1843±402 and in the BRVO group,
別刷請求先:285-8741 佐倉市下志津 564―1 東邦大学医療センター佐倉病院眼科 橋本りゅう也
(平成 25 年 10 月 10 日受付,平成 26 年 2 月 19 日改訂受理) E-mail:[email protected]
Reprint requests to: Ryuya Hashimoto, M. D.
Department of Ophthalmology, Toho University Sakura Medical Center.
564-1 Shimoshizu, Sakura-shi, Chiba-ken 285-8741, Japan
(Received October 10, 2013 and accepted in revised form February 19, 2014)
634
日眼会誌
2120±413. The BAP levels in the vitreous fluid of the
PDR and BRVO were significantly lower than those
of control subjects. The serum BAP levels(mEq/l)
/ in
the PDR group was 2307±51.9 and in the BRVO
group, 2390±149. The serum BAP levels in the PDR
group were significantly lower than those in the
control group. Only in the PDR group, the serum BAP
was significantly lower than the vitreous BAP. The
vitreous BAP levels were significantly positively
correlated with those of the serum.
Conclusions:A difference was shown between the
Ⅰ 緒
118 巻
8号
antioxidant potentials of the vitreous fluid and serum
in the patients with PDR. Antioxidant potential in the
eye had possibly declined in patients with ischemic
vitreoretinal disease compared with other vitreoretinal diseases.
Nippon Ganka Gakkai Zasshi(J Jpn Ophthalmol Soc)
118:633-639, 2014.
Key words:Antioxidant potential, Proliferative diabetic retinopathy, Branch retinal vein
occlusion, Serum, Vitreous
の第二鉄イオンを第一鉄イオンに還元する能力を測定し
言
評価する方法であり,その能力を抗酸化力(BAP)と定
酸化ストレスとは,生体内で発生する活性酸素種(re-
義した(単位は mM または,mEq/l).
/
active oxygen species:ROS)の生成と抗酸化反応のバ
これまでに,硝子体手術を要する虚血性網膜疾患の同
ランスが崩れ,生体内が酸化状態に傾いた状態と定義さ
一症例において血清および硝子体中の抗酸化力を比較検
1)
れている .炎症や再灌流時に過剰産生された ROS が血
管内皮細胞に加わると DNA 鎖の切断が起こり,血管内
2)
討した報告は検索した限り存在しない.そこで,今回
我々は,BAP test を用いて,虚血性網膜疾患,具体的
皮細胞障害が促進される .また,生体構成物質である蛋
には PDR,黄斑浮腫を伴う網膜静脈分枝閉塞症(branch
白質,脂質,糖質を変性させ,脂質過酸化反応,蛋白質
retinal vein occlusion:BRVO)における硝子体中および
2)
変性,DNA 損傷を引き起こし,組織障害をもたらす .
血清中の抗酸化力を,非虚血性網膜疾患である黄斑円孔
糖尿病では,血清の抗酸化酵素であるカタラーゼや
(macular hole:MH)と黄斑前膜(epiretinal membrane:
superoxide dismutase(SOD)などの活性低下により,酸
ERM)を対照群として比較検討したので報告する.
3)
化ストレスが亢進すると報告されている .酸化ストレ
Ⅱ 対象と方法
スの指標である 8-hydroxy-2ʼ-deoxyguanosine(8-OHdG)
も糖尿病の存在で増加し,増殖糖尿病網膜症(prolifera-
対象は東邦大学医療センター佐倉病院にて,2009 年
tive diabetic retinopathy:PDR)群の硝子体内では血管
10 月〜2012 年 12 月の間に硝子体手術適応となり,術前
内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)
に同意を得られた症例で 27 例 27 眼(男性 11 例,女性 16
とともに,8-OHdG が増加していることが報告されてい
例),年齢 67.0±9.1(平均値±標準偏差)歳である.本
4)
る .その機序として,高血糖に伴う代謝異常,すなわ
研究は当院倫理委員会の承認を得た後,ヘルシンキ宣言
ちポリオール代謝異常,糖化最終産物(advanced glyca-
に基づき事前にインフォームドコンセントが得られたう
tion end products:AGEs)産生などが重要な働きをして
5)6)
いることが明らかになってきている
えで検査を行った.疾患の内訳は PDR 9 眼,BRVO 9
.また,酸化スト
眼,対照群である MH/ERM
/
9 眼である.方法は,血清
レスが血管内皮細胞において VEGF シグナル伝達の重要
サンプルは術前日に採取した血液を解析まで−80℃で血
7)8)
,糖尿病網膜症患者の硝
清保存し,硝子体サンプルは手術開始時の灌流前に約
子体中の VEGF 濃度は,糖尿病網膜症の進展とともに
な下流メディエーターであり
0.5 ml 採取した後に速やかに−80℃遮光冷却保存した.
9)
有意に上昇することが報告されている .岩城らは,
解凍後,フリーラジカル解析装置(FREE®
)を用いて,3
PDR 患者の硝子体中の抗酸化力が対照群と比較し有意に
群における血清,
硝子体液の BAP を測定し比較検討した.
低下していることを total antioxidant power test(TAP
10)
test)で測定し報告した .
12)
BAP test では,R1 試薬(クロモゲン,チオシアン酸
塩誘導物)と R2 試薬(塩化第二鉄,FeCl3)を混和するこ
一方,生体の有する酸化ストレス,抗酸化力を臨床的
とにより発色した比色液にサンプルを添加し,その中に
に評価するためにさまざまな方法が開発されてきたが,
存在するチオシアン酸塩と結合して生成された第一鉄イ
フリーラジカル解析装置(FREE®
,Wismerll 社)はイタ
オン濃度を 505 nm の吸光度から算出することにより,
リ ア で 開 発 さ れ た 医 療 機 器 で d-ROMs test (reactive
サンプル中の抗酸化物質が還元する量を評価し,その量
11)
oxygen metabolites) と,BAP test (biological antioxi12)
(単位は mM または,mEq/l)を抗酸化力(BAP)と定義し
/
dant potential) からなり,それぞれ生体の酸化ストレ
た.統計学的検定は,同一群の血清と硝子体中抗酸化力
ス状態と抗酸化力を包括的かつ迅速に評価することがで
の比較には,対応のある t 検定を用いた.血清あるいは
きる.BAP test は,サンプル中の抗酸化物質が試薬中
硝 子 体 中 抗 酸 化力の 3 群 間 の比 較に つい て は,まず
平成 26 年 8 月 10 日
網膜硝子体疾患の血清・硝子体中抗酸化力・橋本他
表 1
男:女
年齢
635
症例の臨床背景因子
PDR(n=9)
BRVO(n=9)
MH/ERM(n=9)
/
全症例(n=27)
4:5
4:5
3:6
11:16
63.6±13.0
67.1±5.9
70.4±5.1
67.0±9.1
高血圧
3例
3例
4例
10 例
糖尿病
9例
0例
0例
9例
白内障手術の既往
1例
1例
2例
4例
黄斑浮腫
7例
9例
1例
17 例
硝子体出血
2例
0例
0例
2例
牽引性網膜剝離
1例
0例
0例
1例
BRVO:網膜静脈分枝閉塞症,PDR:増殖糖尿病網膜症,MH/ERM:黄斑円孔/黄斑前
/
/
膜.年齢は平均値±標準偏差.
3500
*
3000
BAP
(μEq/l)
2500
2000
1500
1000
500
0
BRVO
10
PDR
MH/ERM
図 1 血清中抗酸化力の比較.
*
血清中抗酸化力は対照群と比較し PDR において有意に低値であった( :p<0.05,Turkey-Kramer test).
BAP:biological antioxidant potential(抗酸化力),BRVO:網膜静脈分枝閉塞症,PDR:増殖糖尿病網膜
/
/
症,MH/ERM:黄斑円孔/黄斑前膜.
analysis of variance(ANOVA)を行い,有意差が得られ
す.対照群では硝子体 BAP,血清 BAP に有意差は認め
た場合,Turkey-Kramer post hoc test を用いた.
なかった(p=0.67).一方,BRVO 群は血清 BAP と比
Ⅲ 結
果
3 群における患者背景因子を表 1 に示す.年齢,性別,
較し,硝子体 BAP は低い傾向を認め(p=0.09),PDR
群では硝子体 BAP が有意に低値であった(p=0.009).
また,全 27 例の硝子体 BAP と血清 BAP の関連につ
高血圧,白内障手術既往の頻度は各群で差がなかった.
いて単回帰分析を行ったところ,両者の間に有意な正の
黄斑浮腫の頻度は,PDR,BRVO で有意に高値であり,
相関が認められた(r=0.422,p=0.028,図 3)が,PDR
糖尿病,硝子体出血の合併は PDR 群で有意に高値であっ
群,BRVO 群,対照群の各群において相関はみられな
た.図 1 に PDR,BRVO,対照群における血清 BAP の
かった.
結果を示す.3 群間に有意差(一元配置分散分析,p=
0.015)を認め,PDR 群は対照群より血清 BAP が有意に
Ⅳ 考
按
低値であった(p<0.05).3 群における硝子体 BAP の結
今回用いた BAP test の再現性に関して,野島らは測
果を図 2 に示す.3 群間に有意差(一元配置分散分析,
定値の異なる 2 種類の血清サンプルを用いて同時・日差
p=0.0012)を認め,PDR 群,BRVO 群は対照群より硝子
再現性を検討した結果,BAP test の同時再現性の変動係
体 BAP 値が有意に低値であった(p<0.01,p<0.05).
数(CV)値は 0.5〜1.6% であり,日差再現性の CV 値は
表 2 に各群における血清および硝子体の BAP 値を示
2.2% と良好であった .一方,我々は BAP test の日差
13)
636
日眼会誌
118 巻
8号
*
3500
**
3000
BAP
(μEq/l)
2500
2000
1500
1000
500
0
BRVO
11
PDR
MH/ERM
図 2 硝子体中抗酸化力の比較.
*
**
硝子体中抗酸化力は対照群と比較し PDR,BRVO において有意に低値であった( :p<0.05, :p<
0.01,Turkey-Kramer test).
略語は図 1 と同様.
表 2 各群における血清と硝子体中の抗酸化力(BAP)
の比較
血清中(mEq/l)
/
硝子体中(mEq/l)
/
BRVO で硝子体,血清値の比較を行った.
その結果,対照群とした MH/ERM
/
では硝子体 BAP
p値
と血清 BAP に差はなかった.一方で,BRVO 群では硝
*
PDR
2,307±51.9
1,843±402
0.0089
子体 BAP は血清 BAP より低い傾向を認め(p=0.09),
BRVO
2,390±149
2,120±413
0.0878
PDR 群の硝子体 BAP は有意に血清 BAP より低い結果
MH/ERM
/
2,532±141
2,634±201
0.6732
*
:paired t test,略語は表 1 と同様.
であった(p=0.009).この結果より,虚血性網膜疾患
である BRVO,PDR では血清と比較して,より眼局所
における抗酸化力が低下している可能性があると考え
た.
再現性を冷蔵(4℃)および冷凍(−30℃)で検討したとこ
今回,PDR 群では対照群と比較して,硝子体 BAP は
ろ,冷 蔵 で は 30 日,冷 凍 で は 60 日 ま で は 変 動 係 数
有意に低値であった.Takano ら は,PDR 群や増殖硝
2.8% と良好であった(河井ら,未発表データ).今回,
子体網膜症群が対照群と比較し,硝子体中の抗酸化物質
硝子体を−80℃にて凍結保存したのは,抗酸化力を血清
であるアスコルビン酸濃度が有意に低下していたと報告
14)
18)
と硝子体液で測定した他の報告 に倣った.また,BAP
しており,原因として,眼局所において酸化ストレスが
test により測定された結果は,従来用いられてきた抗酸
増大した結果,アスコルビン酸が消費されたためとして
化能測定法の一つであり,血漿がサンプルを第二鉄イオ
いる.同様に,PDR 群では対照群に比べ,硝子体内の
ンに還元できる量を測定することができる ferric reduc-
抗酸化力が低下している原因として,虚血性網膜疾患の
ing antioxidant power(FRAP)法による測定結果と正の
発症や進展に酸化ストレスが関連しているとの報告もあ
15)
10)
有意な相関がある .他科の領域においても,頭部外傷
る .PDR 群では対照群に比べ,硝子体内の VEGF 濃
後や消化器外科手術前後での血清抗酸化力を評価するた
度が高値であるが ,酸化ストレスは血管内皮細胞にお
16)17)
めに BAP test が用いられている
.このようなこと
4)
い て VEGF シ グ ナ ル 伝 達 の 重 要 な 下 流 メ デ ィ エ ー
7)8)
に加えて,BAP test はその他の測定法と比較し,測定
ター
に必要な検体量が 10 ml と微量で測定することが可能
VEGF によって酸化ストレス産生亢進が生じたと考えら
で,測定時間も約 10 分程度と短く,簡便であることよ
れる.酸化ストレス産生が過剰に亢進した結果,硝子体
り,今回我々は BAP test を抗酸化力測定に使用した.
内の抗酸化物質や酵素が消費されたことが,PDR 群の
で あ り,PDR の 硝 子 体 内 に お い て 増 加 し た
これまで PDR,BRVO の硝子体における酸化ストレ
眼局所で BAP が低下した原因として考えられる.実際
スの検討は多数報告されているが,抗酸化力,また硝子
に,PDR の硝子体内では,抗酸化酵素であるカタラー
体,血清での比較を検討した報告は我々が検索した限り
ゼやグルタチオンが低下しているとの報告
14)
19)20)
もある.
2+
では見つからなかった.そこで,今回我々は抗酸化力の
Izuta ら は,Cu の酸化還元反応を測定する potential
指標となる BAP test を用いて,PDR,黄斑浮腫を伴う
antioxidant(PAO)を用いて,PDR の硝子体内の抗酸化能
平成 26 年 8 月 10 日
網膜硝子体疾患の血清・硝子体中抗酸化力・橋本他
637
3250
3000
血清BAP
(μEq/l)
2750
2500
2250
2000
1750
1500
1250
1000
2000 2100 2200 2300 2400 2500 2600 2700 2800 2900
硝子体BAP
(μEq/l)
図 3 血清・硝子体中の抗酸化力の相関(全例).
血清,硝子体中抗酸化力に有意な相関を認めた.相関係数 0.422,p=0.0283,Y=−694.44X+1.191
は上昇していると報告し,その原因として PDR の硝子
すべき点であると考える.
体内で産生された VEGF に対するホメオスタシスとして
今回,全 27 例の血清 BAP と硝子体 BAP では有意な
の抑制効果のため抗酸化能が増加した可能性があるとし
相関が認められたが,PDR や BRVO などの虚血性網膜
ている.今回の研究では,PDR の硝子体内の全抗酸化力
疾患の細小血管では周皮細胞の変性・脱落に伴う血管壁
の指標である BAP は低値を示しており,この報告と相
の脆弱化に伴い,血液網膜関門破綻による血管透過性亢
反している.一般に産生された ROS を抗酸化システム
進が認められており
により除去する過程で,抗酸化力物質や酵素は減少し,
ストレスが眼局所においても反映され,酸化ストレス産
ROS が完全に除去されると抗酸化レベルが回復してく
生が亢進した結果,抗酸化力低下が生じた可能性が考え
16)
る .
25)26)
,全身に過剰に産生された酸化
られる.このように,血清 BAP の低下は眼局所の病態
14)
今回,Izuta らの報告 と異なり BAP が低下している
をも反映していることが示唆されるが,今後,症例数を
理由としては,測定法の差異のみならず検体の病態の違
増やし,病期や無血管野の範囲などとの関連について検
いも考えられる.本研究では,PDR 全 9 症例中 7 症例に
討を行うことで,血清 BAP 測定が網膜硝子体疾患の重
著明な黄斑浮腫を伴っており,硝子体内酸化ストレス産
症度評価の一指標になり得るかどうかをさらに検討する
生がより亢進していたことで,硝子体内抗酸化物質や酵
必要がある.一方,酸化バランスの防御系や,血中のフ
素が低下していた可能性があり,今後症例数を増やし検
リーラジカルレベルに,喫煙,睡眠障害,遺伝などが関
討する必要がある.
与することが報告されている ことから,今回,硝子体
27)
さらに,血清において,対照群と比較して PDR の
内 BAP 値が血清 BAP 値と有意な相関を示したものの,
BAP は有意に低下していたが,既報でも,高血糖状態が
さまざまな要因がそれぞれに作用する可能性があること
持続するとさまざまな機序による酸化ストレスの亢進と
から,硝子体内 BAP 値は必ずしも全身の酸化ストレス
同時に,抗酸化物質や酵素の減少が生じると報告されて
を反映しない場合もあると考えなくてはならない.
21)
おり ,PDR の発症の全身背景には抗酸化力の低下が存
以上より,虚血性網膜疾患である PDR,BRVO にお
ける抗酸化力の指標である BAP の測定は,血清,眼局
在している可能性があると考えた.
また,BRVO の硝子体内では虚血網膜より過剰に産生
22)
所である硝子体液の両者でその病態を反映しうる重要な
された VEGF が高値に存在しており ,血管透過性亢進
評価系である可能性が示唆され,治療においても,硝子
や毛細血管内皮細胞の tight junction 障害による血液網
体手術時に眼内灌流液に新たな抗酸化薬を投与すること
23)24)
膜関門破綻が起こっている
.今回,BRVO 群でも全
症例において黄斑浮腫を伴っており,サイトカインや虚
で,術中・術後に生じる硝子体内酸化ストレスによる細
胞障害を,さらに抑制できる可能性があると考える.
血再灌流による酸化ストレスが硝子体内で産生亢進した
しかし,本研究にはいくつかの限界が存在する.第一
結果,硝子体内の抗酸化物質や酵素が消費された可能性
に今回我々は,測定系に FREE®を使用したが,酸化ス
があり,対照群と比較し硝子体内 BAP が低値を示した
トレスの指標である d-ROMs を測定するテストは実施
ものと考えられる.また血清と比較し,硝子体内は抗酸
できなかった.このテストは生体における活性酸素代謝
化物質や酵素が少ない可能性もあるが,今後,明らかに
物の一種である血中のヒドロペルオキシド(ROOH)濃度
638
日眼会誌
を呈色反応で計測し(光学測定,505/546
/
nm),生体内
の酸化ストレス度の状態を総合的に評価する方法であ
28)
る が,硝子体液において ROOH の存在は報告されて
おらず,眼局所での測定が不可能なためである.一方,
BAP test は,アスコルビン酸,蛋白質,尿酸,a-トコ
フェロールなどの多くの抗酸化物質の総合的な評価をも
たらしており,特定の一つの抗酸化物質の濃度を計測す
る検査方法と比較すると臨床的有用性が高いと考えられ
29)
ており ,それ故今回は,抗酸化力の指標である BAP
test のみを行った.今後,その他の酸化ストレスの指標
を用いて酸化度,抗酸化力の再検討を行う必要があると
考える.第二に今回の検討では,虚血性網膜疾患に強く
関与する VEGF といった炎症性サイトカインと抗酸化力
の比較を行っておらず,今後の検討課題である.最後に,
本研究は少数例での検討であり,PDR における重症度や
BRVO 症例における黄斑浮腫の程度での検討は行ってい
ない.今後さらに症例数を増加して再検討を行う必要が
ある.
利益相反:利益相反公表基準に該当なし
文
献
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