運動・食餌制限による肝脂肪蓄積改善メカニズムの解明

第 29 回健康医科学研究助成論文集
(68)
平成 24 年度 pp.68∼76(2014.3)
運動・食餌制限による肝脂肪蓄積改善メカニズムの解明
―脂肪細胞サイズとの関連に着目して―
黒 坂 裕 香*
湊 久美子*
代 谷 陽 子**
EFFECTS OF HABITUAL EXERCISE AND DIETARY RESTRICTION ON
HEPATIC FAT ACCUMULATION: THE RELATIONSHIP BETWEEN
ADIPOSE TISSUE AND HEPATIC FAT ACCUMULATION
Yuka Kurosaka, Kumiko Minato, and Yoko Shiroya
SUMMARY
Dietary restriction and exercise are commonly recommended for the prevention and amelioration of obesity and
lifestyle-related diseases, including fatty liver. We investigated the relationship of adipose tissue and hepatic fat
accumulation with habitual exercise and dietary restriction in Zucker fatty rats.
Six-week-old male Zucker fatty rats were assigned to one of three groups: fatty sedentary(SED), sedentary +
dietary restriction(SED+DR)
, and exercise + dietary restriction(EX+DR). Male Zucker lean rats(L)were used as
a control group. The rats in the L and SED groups were maintained on ad libitum diets. The rats in the SED+DR and
EX+DR groups were fed a 30% restricted diet. The rats in the EX+DR group exercised voluntarily on a wheel ergometer.
After 6 weeks, all rats were prepared for the experiment. Blood was collected, and the liver and adipose tissue were
excised. In addition, hepatic triglyceride(TG)levels, hepatic fatty acid synthase(FAS)activity, adipose cell size,
and blood components were measured. Liver and adipose tissue sections were observed with an optical microscope
after hematoxylin and eosin staining.
The hepatic TG content in the SED group was significantly higher than that in the L group, and hepatocyte fat
infiltration was observed with hematoxylin and eosin staining. The serum leptin levels in the SED group were
significantly higher than those in the L group. These changes were suppressed by EX+DR group, but not by SED+DR
group alone. Adipose cell hypertrophy had progressed in the SED and SED+DR groups, but was suppressed in the
EX+DR group. These results suggest that habitual exercise inhibits adipose cell hypertrophy, which may help prevent
hepatic fat accumulation.
Key words: obese, fatty liver, adipocyte, exercise, diet restriction.
緒 言
いる7)。これまでに、いくつかの大規模なコホー
ト研究において、体力や運動習慣の有無は、BMI
習慣的な運動の実施や食習慣の改善は、肥満や
や体脂肪率で測られる肥満の程度とは独立して健
それに伴う疾病の基本的な予防法として知られて
康状態の重要なファクターであることが指摘され
*
**
和洋女子大学運動生理学研究室
和洋女子大学生命科学研究室
Exercise Physiology, Wayo Women s University, Chiba, Japan.
Life Science, Wayo Women s University, Chiba, Japan.
(69)
てきた 1,12,13)。肥満であっても、活動的な生活を
に伴う合併症の重要な因子となることが報告され
送っている者は、やせや標準体型で運動不足の者
た。したがって、脂肪組織の状態によって肝臓へ
よりも生活習慣病罹患率や死亡率が低いことが示
の脂肪蓄積の進行が影響を受けることが予想さ
されている。その一方で、我が国の現状は、 1 日
れ、脂肪細胞サイズの変化は運動や食餌制限が肝
の歩行数の推移が減少傾向にあり、同時に 1 日の
脂肪蓄積に及ぼす影響の違いを説明する 1 つの現
エネルギー摂取量も減少傾向にある 。
象である可能性が考えられる。
脂肪肝は、肥満の進行に伴い病態の悪化が生じ
そこで、本研究では、肝脂肪蓄積に対する運動
ることが知られているが、一方で、脂肪肝が観察
や食餌制限の効果と脂肪細胞のサイズの変化との
される非肥満者も少なくないことが報告されてい
関連性を検討することを目的とした。
10)
2)
る 。クワシオルコルに代表される低栄養状態の
研 究 方 法
病態では脂肪肝が生じることも知られており14)、
過度な食事制限や低栄養状態は肝の脂肪蓄積を促
A.対象と群分け
進するケースがあることが指摘されている。我々
本実験は、和洋女子大学動物を対象とする研究
はこれまでに、成長に伴い体重の増加が著しい遺
に関する倫理委員会により審査され承認を得て実
伝性肥満ラット(Zucker fatty ラット)を用いて、
施した(受付番号:第1015号)。実験動物は、 5
運動の実施により肝脂肪蓄積は抑制されるが、食
週齢の雄性 Zucker lean(ZL: fa/+ または +/+)ラッ
餌制限のみの実施では、抑制されないことを明ら
ト お よ び Zucker fatty(ZF: fa/fa) ラ ッ ト(日 本
かにした 。適切な体重のコントロールだけでな
チャールズリバー)を用い、 1 週間の適応期間を
く、肝への過剰な脂肪蓄積を回避することは、全
おいた。ZL ラットを対照群(lean: L, n = 8 )とし、
身の糖脂質代謝を改善し
、生活習慣病への進
ZF ラットは各群平均体重が一致するように、肥
展を防ぐために有効であると考えられる。しかし
満 群(fatty sedentary: SED, n = 8 )
、食餌制限群
ながら、そこに運動や食習慣などの生活習慣がど
(sedentary + dietary restriction: SED+DR, n = 8 )
、運
のように関与するのか、その効果に関する詳細な
動+食餌制限群(exercise + dietary restriction: EX
メカニズムは不明な点が多い。
+DR, n = 8 )に群分けした。
11)
15,20)
近年、脂肪細胞はエネルギー貯蓄の役割だけで
B.飼育条件
なく、多くの生理活性物質を分泌する組織として
L 群、SED 群、SED+DR 群のラットは、ステ
注目されており、運動の実施によっても、脂肪細
ンレス製のメッシュケージ内で、EX+DR 群の
胞におけるエネルギー代謝調節や細胞内情報伝達
ラットは、居住空間を有する過負荷式回転自発運
が影響を受けることが報告されてきた 。脂肪萎
動量測定装置(円周 1 m)(YTS 山下技研)内で
縮症でみられる症状の 1 つに脂肪肝があるが 、
それぞれ個別飼育した。飼育室は7:00点灯、19:00
そのほかにも、遺伝子操作により脂肪組織への脂
消灯とした。室温は、21.8±0.6℃、相対湿度は
肪備蓄能力を軽減した遺伝性肥満マウス(db/db
45.3±4.0%に維持された。体重測定と摂餌量の計
マウス)では肥満体型は改善されたが脂肪肝が進
測は毎日同時刻に行った。EX+DR 群の運動装置
行したこと 、肥満ラットの過剰に蓄積された内
には、春日ら 8) の報告を参考にラットの体重の
臓脂肪を外科的に除去した場合には脂肪肝が改善
30%の負荷が生じるよう設定した。飼料は、げっ
されたこと
など、肝臓と脂肪組織の連関に関
歯目動物用固形飼料(NMF,オリエンタル酵母
する報告がされている。これまでに、脂肪細胞の
工業)を用いた。L 群、SED 群の餌は自由摂取と
サイズが必要以上に肥大した場合には、異所性脂
し、SED+DR 群の餌は SED 群の摂取量の30%減
肪蓄積が惹起されやすいこと 、総脂肪重量が増
となるように制限給餌を行った。EX+DR 群には、
大しても脂肪細胞個々のサイズの肥大が抑えられ
SED+DR 群と体重が一致するように給餌量をコ
ていれば異所性脂肪蓄積の進行が抑制されるこ
ントロールした。食餌制限量の決定には、先行研
と などが明らかとされ、脂肪細胞サイズが肥満
究 11,19) を参考としたうえで予備実験を実施し、
6)
21)
23)
24)
22)
5)
(70)
SED+DR 群の最終体重が L 群より有意に高値に、
1.46, National Institutes of Health, http://rsb.info.nih.
SED 群より有意に低値になるよう設定した。飲
gov/ij/)にて平行線を画像の上に重ね、平行線と
料水はすべての群において、水道水の自由摂取と
細胞壁が交わる部分を交点としてその距離をソフ
した。
トウェア上で各群 2000本(n = 3 ∼ 4 )を計測した。
D.統計処理
C.材料採取と各種分析
6 週間の飼育期間終了後、ペントバルビタール
各項目の群間比較に関しては、群ごとに平均値
ナトリウム(pentobarbital sodium,ネンブタール
±標準誤差で示した。群間の平均値の差の検定に
麻酔薬,大日本製薬,50 mg 体重 kg)を用いた
は、一元配置の分散分析を用い、有意な F 値が
全身麻酔下で後大静脈より血液を採取し、心臓を
検出された場合には、群間の差を検定するために、
摘出することにより安楽死させた。直ちに肝臓、
Tukey-Kramer 法による多重比較検定を行った。
副睾丸周囲脂肪(左)を摘出し、重量を測定し、
いずれも、有意水準は P < 0.05 とした。また、項
分析まで−80℃で保存した。採取した血液は、血
目間の相関に関しては、Pearson の相関係数を用
清を得た後、組織と同様に凍結保存した。
いて評価した。
血 清 中 の レ プ チ ン 濃 度 の 定 量 は、Rat Leptin
ELISA キット(YK050,矢内原研究所)を、血清
アディポネクチンの定量にはマウス ラットア
結 果
A.体重・摂餌量・自発走運動走行距離
ディポネクチン ELISA キット(大塚製薬)を用
図 1 に飼育期間中の体重、摂餌量、EX+DR 群
いて行った。
の走行距離を示した。飼育期間中の SED 群の体
肝トリグリセライド(triglyceride; TG)の測定
重は著しい増加を示したのに対し、SED+DR 群、
は Folch et al. の方法に従い、肝組織をクロロホ
EX+DR 群の体重は緩やかな増加であった。最終
ルム・メタノール(v/v, 2 : 1 )混液中で磨砕する
体 重 に お い て SED 群、SED+DR 群、EX+DR 群
ことにより脂質を抽出し、得られた脂質抽出液を
の体重は、L 群と比較して高値を示し(P < 0.01)、
トリグリセリド E −テストワコー(和光純薬)
SED+DR 群と EX+DR 群は SED 群と比較して低
を用いて測定した。肝湿重量の値に基づき、全肝
値を示した(P < 0.01)。なお、SED+DR 群と EX
臓当たりの TG 含有量を得た。
+DR 群の間に有意差がないことが確認された。
肝脂肪酸合成酵素(fatty acid synthase; FAS)活
1 日当たりの摂餌量は、L 群に比較し SED 群(P
性の測定は、肝組織を Tris-HCl 緩衝液(pH 8.0)
< 0.01)、SED+DR 群(P < 0.05)、EX+DR 群(P <
でホモジナイズ後、105000× g で 1 時間遠心分離
0.01)で多く、食餌制限を実施した SED+DR 群
した上清を酵素液として Nepokroeff et al.
の方
と EX+DR 群は SED 群に比較して少量であった(P
法に従って測定した。活性の測定は、アセチル
< 0.01)。また、SED+DR 群と EX+DR 群の食餌
CoA 存在下にてマロニル CoA による NADPH の
制限量は、それぞれ SED 群の摂餌量の33%と
減少速度を 340 nm の吸光度の減少により求めた。
30%であり、結果的に SED+DR 群と EX+DR 群
分子吸光係数 6.22×10 から NADPH の減少量を
の摂餌量に有意な差は認められなかった。EX+
求め、各サンプルの蛋白質濃度で標準化した値を
DR 群の運動量は、実験期間中の 1 日当たりの走
得た。
行距離の平均は 2.9±0.4 km であった。
4)
18)
3
肝・脂肪組織のパラフィン切片の作成および HE
(hematoxylin and eosin)染色は、肝組織を20%ホ
B.肝組織所見
図 2 に肝組織の HE 染色を行った光学顕微鏡像
ルマリン液で固定後、株式会社 SRL に委託した。
を示した。L 群の肝実質細胞には、ほとんど脂肪
組 織 像 は DP70 microscope camera(Olympus) を
滴は観察されなかった。SED 群は、肝実質細胞
用いて観察し、デジタル画像を保存した。脂肪組
内脂肪滴が多く観察され、SED+DR 群で脂肪滴
織の細胞サイズの比較は、交点間距離法 により
の蓄積が改善している様子は観察されなかった。
行った。画像解析ソフト Image J software(version
EX+DR 群は、SED 群や SED+DR 群に比較する
9)
(71)
(A)
(B)
300
Final body weigh
ht (g)
400
200
100
0
1wk
(C)
2wk
**
*
Food intakes (g/day)
3wk
4wk
20
10
0
SED
**
**
300
200
100
L
SED
SED+DR EX+DR
(D)
**
30
L
**
400
0
5wk
**
**
40
**
500
L
SED
SED+DR
EX+DR
SED+DR EX+DR
Running distaance (km/day)
Body weight gain (g)
500
**
6
EX+DR
4
2
0
1
2
3
4
5
6
(weeks)
図 1 .飼育期間中の体重変化、摂餌量、EX+DR 群の自発走運動走行距離
Fig.1.Body weight gain, food intake, and running distance.
Body weight gain over 6 weeks in the lean(L), fatty sedentary(SED)
, sedentary + dietary restriction(SED+DR)
, and exercise
+ dietary restriction(EX+DR)groups(A). Differences in body weight on the last experimental day(B). Average food intake
during the experiment(C). Changes in running distance in the EX+DR group(D).
The values are means ± SE. **P < 0.01, * P < 0.05.
と観察される脂肪滴は少なく、肝への脂肪蓄積が
L
SED
改善している様子が観察された。
図 3 に肝 TG 含有量と肝 FAS 活性の結果を示
した。肝 TG 含有量は、L 群に比較し SED 群と
SED+DR 群が高値を示し(P < 0.01)、L 群と EX
SED+DR
+DR 群との間に有意な差は認められなかった。
EX+DR
また、EX+DR 群は SED 群と SED+DR 群と比較
して低値を示した(P < 0.01)。肝 FAS 活性は、L
群に比較して SED 群(P < 0.05)と SED+DR 群(P
< 0.01)が高い活性を示し、SED+DR 群に比較し
100μm
図 2 .肝組織の光学顕微鏡像(HE 染色)
Fig.2.Representative images of hematoxylin and eosin(H&E)
-stained liver tissue.
Note the infiltration of fat in the fatty sedentary(SED)and sedentary + dietary restriction(SED+DR)groups compared with
the lean(L)and exercise + dietary restriction(EX+DR)
groups.
て EX+DR 群が低い活性を示した(P < 0.05)。
C.副睾丸周囲脂肪組織所見
図 4 に副睾丸周囲脂肪組織の HE 染色像を、図
5 に副睾丸周囲脂肪組織湿重量と交点間距離の平
均値を示した。図 6 に副睾丸周囲脂肪細胞の交点
間距離法で算出したサイズの分布を示した。副睾
(72)
Epididymal fat wet weight(g)
**
2
**
**
1.5
1
05
0.5
0
L
SED
Liver FAS activity
(nmol/min/mg protein)
(B)
*
8
10
**
**
2
0
L
SED
SED+DR EX+DR
図 3 .肝組織中のトリグリセライド(TG)含有量と肝脂
肪酸合成酵素(FAS)活性
Fig.3.Differences in liver triglyceride content(A)and liver
fatty acid synthase activity(B)in the lean(L)
, fatty
sedentary(SED)
, sedentary + dietary restriction(SED+DR)
,
and exercise + dietary restriction(EX+DR)groups.
The values are means ± SE. **P < 0.01, *P < 0.05.
SED
**
4
2
0
L
SED
**
SED+DR EX+DR
**
**
**
100
4
**
6
(B)
*
**
8
SED+DR EX+DR
6
L
**
(A)
**
Point distance(µm)
Liver TG(g/ whole liver)
(A)
**
75
50
25
0
L
SED
SED+DR EX+DR
図 5 .副睾丸周囲脂肪の湿重量および脂肪細胞サイズ(交
点間距離)
Fig.5.Differences in epididymal fat wet weight(A)and adipose cell size by point distance(B)in the lean(L), fatty
sedentary(SED)
, sedentary + dietary restriction(SED+DR)
,
and exercise + dietary restriction(EX+DR)groups. Adipose
cell size was measured 2000 times in each group.
The values are means ± SE. ** P < 0.01.
丸 周 囲 脂 肪 湿 重 量 は、L 群 に 比 較 し SED 群、
SED+DR 群、EX+DR 群は高値を示し(P < 0.01)、
SED+DR
SED 群に比較し SED+DR 群と EX+DR 群は低値
EX+DR
を 示 し た(P < 0.01)。SED+DR 群 と EX+DR 群
の間に有意差は認められなかった。脂肪細胞のサ
イズは、各群の交点間距離の平均値を比較すると、
L 群と比較して、SED 群、SED+DR 群、EX+DR
100μm
図 4 .副睾丸周囲脂肪組織の光学顕微鏡像(HE 染色)
Fig.4.Representative images of hematoxylin and eosin(H&E)
-stained epididymal fat tissue.
Note the adipose cell hypertrophy in the fatty sedentary(SED)
and sedentary + dietary restriction(SED+DR)groups compared with the lean(L)and exercise + dietary restriction
(EX+DR)groups.
群で肥大化が観察された(P < 0.01)。また、EX
+DR 群は SED 群、SED+DR 群に比較し肥大化は
抑制されていた(P < 0.01)。
D.アディポサイトカイン
図 7 に血中レプチン、アディポネクチン濃度の
結果を示した。血中レプチン濃度は、L 群に比較
し SED 群、SED+DR 群、EX+DR 群が高値を示
した(P < 0.01)。また、SED 群に比較して SED+
0
50
200
100
0
50
100
150
200
**
**
SED+DR
0
50
100
150
200
EX+DR
300
200
100
0
50
100
150
Point distance (µm)
200
図 6 .副睾丸周囲脂肪組織の脂肪細胞サイズ(交点
間距離法)の分布
Fig.6.Distribution of adipose cell size in the lean(L)
,
fatty sedentary(SED), sedentary + dietary restriction
(SED+DR), and exercise + dietary restriction
(EX+DR)groups.
DR 群 が 高 値 を 示 し(P < 0.01)、EX+DR 群 は
SED 群と SED+DR 群と比較して低値を示した(P
< 0.01)
。血中アディポネクチン濃度は、L 群に比
較し SED 群、SED+DR 群、EX+DR 群で高値を
示した(P < 0.01)。また、SED 群に比較し、SED
+DR 群で有意に高値を示し(P < 0.05)、SED+
**
8
6
4
2
SED
SED+DR EX+DR
**
**
10
**
*
た(P < 0.05)。
図 8 に肝 TG 含有量と血中レプチン濃度の関連
を示した。肝 TG 濃度と血中レプチン濃度の関連
性は、正の有意な相関関係を示した(r = 0.857, P
*
8
6
4
2
0
L
SED
SED+DR
SED
DR EX
EX+DR
DR
図 7 .血中レプチン、アディポネクチン濃度
Fig.7. Differences in serum leptin(A)and serum adiponectin(B)in the lean(L)
, fatty sedentary(SED),
sedentary + dietary restriction(SED+DR)
, and exercise + dietary restriction(EX+DR)groups.
The values are means ± SE. **P < 0.01, *P < 0.05.
20
r = 0.857
P < 0.01
15
10
L
SED
5
SED+DR
EX+DR
DR 群に比較し、EX+DR 群は有意に低値を示し
< 0.01)
。
**
10
(B)
100
0
**
12
L
0
200
0
**
0
Serum adiponectin
(µg/ml)
Count lines
150
200
300
Count lines
100
SED
300
Count lines
(A)
L
Serum leptin
(ng/ml)
500
400
300
200
100
0
Serum lep
ptin (ng/ml)
Count lines
(73)
0
0
1
2
3
4
Liver TG (g / whole liver)
図 8 .肝トリグリセライド(TG)含有量と血中レプチン
の関係
Fig.8.Relationship between liver triglycerides(TG)and serum leptin.
A strong positive correlation was detected between liver TG
and serum leptin.
(74)
考 察
SED+DR 群では、脂肪細胞の肥大化が進行し、
血中レプチン濃度が高値を示したことが確認され
本研究の目的は、肝脂肪蓄積に対する運動や食
た。一方、食餌制限と運動を併用した EX+DR 群
餌制限の効果と脂肪細胞のサイズの変化との関連
では、脂肪細胞の肥大化の抑制とともに血中レプ
性を検討することであった。本研究では、SED
チン濃度の減少が確認された。運動の実施によっ
群に比較して EX+DR 群は肝脂肪蓄積の抑制と脂
て脂肪細胞サイズが小型化することは既に報告さ
肪細胞の肥大化の抑制が認められたが、SED+DR
れている。Miyazaki et al.16) は、運動トレーニン
群では肝脂肪蓄積は抑制されず、脂肪細胞の肥大
グによる脂肪細胞サイズの小型化とアディポサイ
化も抑制されなかった。一方、体重や脂肪湿重量
トカインの分泌量の関連性を検討し、レプチンは
は、SED+DR 群と EX+DR 群の間に有意差は認
脂肪細胞サイズの小型化に依存して減少するこ
められず、ともに SED 群に比較し有意に低値で
と、アディポネクチンは脂肪細胞サイズ以外の要
あった。肝脂肪蓄積および脂肪細胞肥大化の抑制
因によって影響を受けることを報告した。本研究
は、運動を併用した際に特異的に観察されたこと
の血中レプチン濃度と脂肪細胞サイズの結果は、
から、SED+DR 群と EX+DR 群では、肥満の程
運動を併用することにより低値を示した一方で、
度が同じであっても、肝脂肪蓄積と脂肪細胞サイ
食餌制限単独では脂肪細胞サイズの肥大は SED
ズの状況が異なることが明らかとなった。
群と同等に進行しており、血中レプチン濃度は
肝を含めた非脂肪臓器における異所性の脂肪蓄
SED 群よりも高い値を示した。したがって、脂
積は、インスリン抵抗性を生じ、臓器の機能不全
肪細胞肥大化の抑制や血中レプチン濃度の抑制
へとつながる 。我々は、ZF ラットを用いた研
は、食餌制限単独ではみられず、運動と併用した
究において、食餌制限単独の実施では、肝脂肪蓄
場合の特異的な効果であることが明らかとなっ
積の抑制効果が認められないものの、運動と食餌
た。また、本研究の場合には、SED+DR 群と EX
制限の併用によって明らかな肝脂肪蓄積の抑制が
+DR 群の脂肪組織重量はほぼ等しく、EX+DR 群
認められたことを報告している 。本研究では、
は単に脂肪細胞の肥大化が抑制されただけでな
肝 TG 含有量と肝 HE 染色光学顕微鏡所見を確認
く、新たな脂肪細胞の出現が生じている可能性が
し、SED+DR 群と EX+DR 群の明らかな脂肪蓄
考えられた。新規脂肪細胞の出現の有無について
積の違いを認めた。SED+DR 群では、肝実質細
は、今後の検討課題である。
胞内に泡沫状に脂肪滴が確認され細胞の膨張がみ
脂肪組織と肝脂肪蓄積の連関機構については、
られ、小・大滴脂肪が混在する SED 群の像とは
脂肪組織の脂肪が蓄積できない場合に肝の脂肪蓄
異なる所見も観察された。この泡沫状に脂肪滴が
積が促進されることを示唆する報告がされてい
観察されるタイプの肝脂肪蓄積は、大滴状の脂肪
る 21,23,24)。本研究において、脂肪細胞サイズに依
蓄積に比べ肝機能が障害されているケースが多
存して産生されるレプチンの血中濃度と肝 TG 含
い
との見解もあり、SED+DR 群は肝臓の機能
有量の関係は、強い正の相関関係を示し、脂肪細
不全が悪化している可能性が考えられた。した
胞サイズと肝脂肪蓄積の関連が強いことが推測さ
がって、ZF ラットにおいて、体重増加を抑制す
れた。実際に肝 FAS 活性は、血中レプチン濃度
ることを目的に食餌制限を単独で実施した場合に
や肝脂肪蓄積と同様の変動を示し、SED+DR 群
は肝脂肪蓄積リスクが伴うが、運動を併用するこ
で最も強い活性を示した。一方、肝脂肪蓄積が抑
とにより肝脂肪蓄積リスクの軽減が可能となるこ
制された EX+DR 群では、肝 FAS 活性は低く、
とが明らかとなった。
脂肪細胞サイズの肥大が抑制された。したがって、
本研究では、食餌制限単独と食餌制限と運動を
SED+DR 群と EX+DR 群の結果の比較から、運
併用した場合の肝脂肪蓄積に対する効果の違いに
動と食餌制限の併用で特異的に観察された脂肪細
ついて、脂肪細胞サイズとの関連に着目した。食
胞肥大化の抑制は、肝脂肪蓄積の改善に関連して
餌制限単独の実施により体重の増加を抑制した
いる可能性が示唆された。
22)
11)
17)
(75)
本研究では、運動のみを実施させた群を設定し
ていない。ZF ラットに強制走運動を実施させた
謝 辞
本研究課題に対して、多大な助成を賜りました公益財
研究において、肝 FAS 活性の低下が示されてい
団法人明治安田厚生事業団に深く感謝申し上げます。ま
ること3)、本研究での SED+DR 群と EX+DR 群の
た、本研究を遂行するにあたりご協力いただきました諸
摂餌量には有意差がないことなどを考慮すると、
先生方に感謝の意を表します。
SED+DR 群と EX+DR 群の結果の違いについて
参 考 文 献
は、主に運動習慣の有無による違いであったと推
1)Blair SN, Kohl HW 3rd, Paffenbarger RS Jr, Clark DG,
察される。しかしながら、運動のみの効果であっ
たのか、運動と食餌制限を併用したことにより生
じた効果であったのかは本研究では明らかにでき
ておらず、今後の課題である。
Cooper KH, Gibbons LW(1989)
: Physical fitness and allcause mortality. A prospective study of healthy men and
women. JAMA, 262, 2395-2401.
2)Das K, Das K, Mukherjee PS, Ghosh A, Ghosh S, Mridha
AR, Dhibar T, Bhattacharya B, Bhattacharya D, Manna B,
本研究の結果より、通常脂肪を蓄積する組織で
Dhali GK, Santra A, Chowdhury A(2010): Nonobese
ある脂肪組織と、異所的に脂肪蓄積が生じる肝と
population in a developing country has a high prevalence
は、相互に連関している可能性が示唆された。ま
た、肝への脂肪蓄積のメカニズムの 1 つとして、
脂肪細胞サイズが影響している可能性が考えられ
た。本研究の限界は、すべての被験動物に対する
脂肪細胞サイズの計測ができていない点にある。
そのため、個体ごとの脂肪細胞サイズと肝 TG と
の相関関係を解析することができていない。今後
of nonalcoholic fatty liver and significant liver disease.
Hepatology, 51, 1593-1602.
3)Fiebig RG, Hollander JM, Ney D, Boileau R, Jeffery E, Ji
L(2002)
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body fat in obese Zucker rats. Med Sci Sports Exerc, 34,
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4)Folch J, Lees M, Lees Stanley GH(1957)
: A simple method for the isolation and purification of total lipides from
animal tissues. J Biol Chem, 226, 497-509.
は、脂肪細胞サイズと肝 TG との関連をより明確
5)Hoffstedt J, Arner E, Wahrenberg H, Andersson DP, Qvisth
にし、脂肪細胞の増殖や脂肪細胞の障害の程度に
V, Löfgren P, Rydén M, Thörne A, Wirén M, Palmér M,
着目をした解析を進めていきたいと考えている。
総 括
本研究では、遺伝性肥満ラットを用いて、食餌
Thorell A, Toft E, Arner P(2010)
: Regional impact of adipose tissue morphology on the metabolic profile in morbid
obesity. Diabetologia, 53, 2496-2503.
6)井澤鉄也(2011)
:脂肪組織のモルフォロジー,脂肪
細胞の大きさと生理機能.井澤鉄也,駒林隆夫編,
制限と運動の実施が肝脂肪蓄積に及ぼす影響を脂
脂肪組織のエクササイズバイオロジー,15-16,ナッ
肪細胞サイズとの関連に着目して検討した。
プ,東京.
本研究の結果、食餌制限単独で体重の増加を抑
制した場合には、肝脂肪蓄積が進行しており、脂
7)Johnson NA, Keating SE, George J(2012)
: Exercise and
the liver: implications for therapy in fatty liver disorders.
Semin Liver Dis, 32, 65-79.
肪細胞の肥大化も進行していた。一方、食餌制限
8)春日規克,山下 晋,小笠原仁美,鈴木英樹,辻本
と運動を併用した場合には、肝脂肪蓄積は改善さ
尚弥,石原昭彦(1999)
:加負荷式回転車輪によるラッ
れており、脂肪細胞サイズの肥大化の抑制が確認
された。肥大化した脂肪細胞で分泌されるレプチ
ンの血中濃度や肝脂肪合成を促進する酵素である
肝 FAS 活性は、食餌制限単独の実施で高値を示
したが、運動を併用することにより低値を示した。
本研究において、脂肪細胞肥大化の抑制と肝脂
肪蓄積の改善は、食餌制限単独では確認されず、
食餌制限と運動を併用した際に特異的に観察され
た。脂肪細胞肥大化の抑制と肝脂肪蓄積の改善は
相互に連関している可能性が示唆された。
トの自発走特性と骨格筋への効果.体力科学,48,
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