6 超関数

超関数
6
いよいよ「超関数」を導入する準備が整った.普通の関数との関連にも注
意しながら,徐々に超関数に慣れていくのがこの章の目標である.
6.1
超関数の定義
前章で関数空間 C ∞ (T) に位相を導入した.これを利用して「超関数(dis-
tribution)」が次のように定義される:
定義 6.1
関数空間 C ∞ (T) から C への連続な線形写像を T 上の超関数という.そ
して T 上の超関数全体の集合を D(T) と表す.
この定義をもう少しかみくだいて言うと次のようになる:
C ∞ (T) から C への写像 F が超関数であるのは次の 3 条件をみたすと
きである:
1) 任意の u, v ∈ C ∞ (T) に対して
F (u + v) = F (u) + F (v).
2) 任意の u ∈ C ∞ (T) と任意の c ∈ C に対して
F (cu) = cF (u).
∞
3) C (T) の任意の関数列 {uk } (k = 0, 1, 2, · · · ) に対して
lim uk = u ならば lim F (uk ) = F (u).
k→∞
k→∞
この 3 条件のうち,条件 1) と 2) が線形写像であることを表し,条件 3) が連
続写像であることを表している.超関数の例はすぐに次の節で見て行くとし
て,ここでは D(T) には自然に「和」と「定数倍」が定義できて,D(T) が
C 上の線形空間になることを注意しておきたい.それらの定義は以下のよう
になる:
F, G ∈ D(T) に対し,その和 F + G は
(F + G)(u) = F (u) + G(u)
(u ∈ C ∞ (T))
(6.1)
F ∈ D(T), c ∈ C に対し,その定数倍 cF は
(u ∈ C ∞ (T))
(cF )(u) = c · F (u)
1
(6.2)
どちらも,普通の関数の和や定数倍の定義と全く同様であることに気がつけ
ば,(6.1),(6.2) で定義された F + G や cF が定義 6.1 の意味で超関数になっ
ていることを示すのは容易である.普通の連続関数の和や定数倍が連続関数
であることと同様に証明すればよいからである.
6.2
超関数の例 I
この節では T 上の普通の関数が超関数の一種とみなせることを見て行こう.
まず任意の f ∈ C ∞ (T) に対して,
∫ 2π
1
Ff (u) =
f (x)u(x)dx
2π 0
(u ∈ C ∞ (T))
(6.3)
と定義する.この Ff は C ∞ (T) の元 u に,複素数 Ff (u) を対応させる写像
となっている.これが上の条件 1),2),3) をすべてみたすということを順に
示していく.まず 1) については,任意の u, v ∈ C ∞ (T) に対して
∫ 2π
1
Ff (u + v) =
f (x)((u(x) + v(x))dx
(⇐ Ff の定義)
2π 0
∫ 2π
1
(f (x)u(x) + f (x)v(x))dx (⇐ 分配法則)
=
2π 0
∫ 2π
1
=
f (x)u(x)dx
2π 0
∫ 2π
1
f (x)v(x)dx
(⇐ 積分の線形性)
+
2π 0
= Ff (u) + Ff (v)
(⇐ Ff の定義)
となるから成り立っている.また 2) については,任意の u ∈ C ∞ (T) と定数
c ∈ C に対して
Ff (cu) =
1
2π
∫
2π
f (x)(cu(x))dx
(⇐ Ff の定義)
0
∫ 2π
1
f (x)u(x)dx
2π 0
= cFf (u)
= c·
(⇐ 積分の線形性)
(⇐ Ff の定義)
となって成り立っている.3) については次の補題を使う:
補題 6.2
ある正の定数 C が存在して,任意の v ∈ C ∞ (T) に対して
|Ff (v)| ≤ Ckvk
が成り立つ.実際は C =
1
2π
∫ 2π
0
|f (x)|dx としてこの不等式が成り立つ.
2
証明] 次のように基本的な事項だけで示すことができる:
1
|Ff (v)| = |
2π
≤
=
≤
1
2π
1
2π
1
2π
∫
∫
2π
f (x)v(x)dx|
(⇐ Ff の定義)
|f (x)v(x)|dx
(⇐ 積分の性質)
|f (x)||v(x)|dx
(⇐ 絶対値の性質)
0
2π
∫
0
∫
0
2π
2π
|f (x)|kvkdx (⇐ 定義よりつねに |v(x)| ≤ kvk)
0
1
2π
= Ckvk
∫
2π
= kvk
|f (x)|dx
(⇐ 積分の線形性)
0
これで補題が証明された.
この補題から Ff の連続性 3) を次のようにして示すことができる:
|Ff (uk ) − Ff (u)|
=
|Ff (uk − u)|
(⇐ Ff の線形性)
≤
Ckuk − uk
(⇐ 補題 6.2 より)
→
0 (k → ∞)
この最後のステップの根拠は,3) の仮定より {uk } が u に (C ∞ (T) で)収束
しており,したがって定義 5.2 の p = 0 の場合から kuk − uk が 0 に収束する
からである.以上から Ff が 1),2),3) をみたすことがわかり,次の命題を
得た:
命題 6.3
任意の f ∈ C ∞ (T) に対して,
1
Ff (u) =
2π
∫
2π
f (x)u(x)dx
(u ∈ C ∞ (T))
0
で定義される Ff は超関数である.
言い換えれば,f ∈ C ∞ (T) に Ff ∈ D(T) を対応させる写像ができたことに
なる.この写像を Φ : C ∞ (T) → D(T) と表そう:
Φ(f ) = Ff
(6.4)
この写像によって,普通の C ∞ -関数を超関数とみなしたいのだが,そのため
には次のことをチェックしておく必要がある:
3
命題 6.4
1)
Φ は線形写像である.
2)
Φ は単射である.
証明] 1) 次の二つのことを示せばよい:
(1.1) 任意の f, g ∈ C ∞ (T) に対して Φ(f + g) = Φ(f ) + Φ(g) が成り立つ.
(1.2) 任意の f ∈ C ∞ (T),c ∈ C に対して Φ(cf ) = cΦ(f ) が成り立つ.
(1.1) について:まず等式「Φ(f + g) = Φ(f )+ Φ(g)」の意味を確認しておこう.
両辺とも超関数であるから,それらが等しいというのは,任意の u ∈ C ∞ (T)
に対して
Φ(f + g)(u) = (Φ(f ) + Φ(g))(u)
(6.5)
が成り立つという意味である.この左辺を計算していくと
Φ(f + g)(u)
= Ff +g (u)
(⇐ Φの定義 (6.4))
∫ 2π
1
=
(f + g)(x)u(x)dx
(⇐ Ff +g の定義 (6.3))
2π 0
∫ 2π
1
(f (x) + g(x))u(x)dx
(⇐ 普通の関数の和の定義)
=
2π 0
∫ 2π
1
=
(f (x)u(x) + g(x)u(x))dx (⇐ 分配法則)
2π 0
∫ 2π
∫ 2π
1
1
=
f (x)u(x)dx +
g(x)u(x)dx (⇐ 積分の線形性)
2π 0
2π 0
= Ff (u) + Fg (u)
(⇐ Ff , Fg の定義 (6.3))
=
Φ(f )(u) + Φ(g)(u)
(⇐ Φの定義 (6.4))
=
(Φ(f ) + Φ(g))(u)
(⇐ 超関数の和の定義 (6.1))
となって右辺と等しくなり,(1.1) が示された.
注意 上の証明,そして次に出てくる証明のどのステップをとっても,あた
りまえのことをくだくだ言っているようにみえるが,いろいろな記号や定義
がどのように使われているのか,ということをしっかり確認していく訓練で
もある.簡単だと思ってとばすといずれ訳がわからなくなるのも数学ではよ
くあることであり,最初のうちはじっくり一歩一歩進んでいくのが大事であ
4
る.
(1.2) について:(1.1) と同様に,ここの等式は,任意の u ∈ C ∞ (T) に対して
Φ(cf )(u) = (cΦ(f ))(u)
(6.6)
が成り立つという意味である.この左辺を計算していくと
Φ(cf )(u)
(⇐ Φの定義 (6.4))
= Fcf (u)
∫ 2π
1
(cf )(x)u(x)dx
=
2π 0
∫ 2π
1
=
(cf (x))u(x)dx
2π 0
∫ 2π
1
= c
f (x)u(x)dx
2π 0
= c(Ff (u))
(⇐ Fcf の定義 (6.3))
(⇐ 普通の関数の定数倍の定義)
(⇐ 積分の線形性)
(⇐ Ff の定義 (6.3))
= c(Φ(f )(u))
(⇐ Φの定義 (6.4))
= (cΦ(f ))(u)
(⇐ 超関数の定数倍の定義 (6.2))
となって (6.6) の右辺と等しくなり,(1.2) が示され,(1.1) と合わせて Φ が線
形写像であることが示された.
2) 前半の 1) で Φ が線形写像であることを示したから,Φ が単射であること
を示すためには
Φ(f ) = 0 ならば f = 0
(6.7)
であることをいえばよい.
(⇐ 章末問題参照.
)ここで「Φ(f ) = 0」とは,超
関数として 0,すなわち任意の u ∈ C ∞ (T) に対して Φ(f )(u) = 0 が成り立
つ,ということを意味することに注意しよう.そこで (6.7) の対偶を取って,
f 6= 0 ならば,Φ(f )(u) 6= 0 であるような u ∈ C ∞ (T) が存在する
ということを示そう.定義によって
Φ(f )(u) = Ff (u) =
1
2π
∫
2π
f (x)u(x)dx
0
であるから,
1
f=
6 0 ならば,
2π
∫
2π
f (x)u(x)dx 6= 0 であるような u ∈ C ∞ (T) が
0
5
存在する
ということを示すことになる.まず,f 6= 0 という仮定より,f (a) 6= 0 となる
ような a ∈ [0, 2π) が存在する.そこで f を実部と虚部に分けて f = fre + ifim
とおこう.すると f (a) 6= 0 ということから fre (a) 6= 0 または fim (a) 6= 0 であ
る.以下 fre (a) 6= 0 の場合を考える.
(fim (a) 6= 0 の場合も全く同様に議論で
きる.
)さらに fre (a) > 0 としてよい.
(⇐ −f を考えればよいからである.) こ
のとき f の連続性,したがって fre の連続性により,すべての x ∈ [a − , a + ]
に対して fre (x) > 0 となるような正の定数 が存在することに注意しよう.
そこで次の条件をみたすような u ∈ C ∞ (T) を考える:
x ∈ (a − , a + ) のとき u(x) > 0,
x 6∈ (a − , a + ) のとき u(x) = 0,
このような u ∈ C ∞ (T) が存在することはよく知られている.
(⇐ 補説 II 章命
題 II.25(3) 参照.
)すると
1
2π
∫
0
2π
1
fre (x)u(x)dx =
2π
∫
a+
fre (x)u(x)dx
a−
(⇐ u は区間 [a − , a + ] の外では 0 だから)
>0
(⇐ fre , u ともに区間 (a − , a + ) で正だから)
であることがわかる.よって
∫ 2π
∫ 2π
∫ 2π
1
1
1
f (x)u(x)dx =
fre (x)u(x)dx + i
fim (x)u(x)dx
2π 0
2π 0
2π 0
6= 0
(⇐ 実部が 0 でないから)
となって (6.7) の対偶が示され,したがって 2) も証明された.
この命題によって,関数空間 C ∞ (T) を,単射線形写像 Φ : C ∞ (T) → D(T)
を通して超関数の空間 D(T) の部分空間とみなすことができるのである.
6.3
超関数の例 II:デルタ関数
与えられた a ∈ T に対し,
「a におけるデルタ関数(delta function)δa 」を,
u ∈ C ∞ (T) に a での値 u(a) ∈ C を対応させる写像として定義する:
δa (u) =
6
u(a)
(6.8)
また実数 α に対して「α におけるデルタ関数 δx=α 」を
δx=α (u) =
u(eiα )
(6.9)
で定義する.したがって
δx=α = δeiα
(6.10)
という関係が成り立っている.
注意 一見 (6.8) と (6.9) で二通りのデルタがあって混乱しそうだが,後にデ
ルタ関数の微分やフーリエ変換が活躍し始めたときに,このような記号が「実
数を変数としてみているのか,複素数を変数としてみているのか」という立
場を明確にしてくれることになる.
この節の目標はこのように定義されたデルタ関数が超関数であることを示す
ことである.
命題 6.5
任意の a ∈ T に対し,δa は C ∞ (T) から C への連続な線形写像である.
したがって T 上の超関数である.
証明] 線形性は次のように簡単である:u, v ∈ C ∞ (T) に対して
δa (u + v) =
(⇐ δa の定義 (6.8))
(u + v)(a)
= u(a) + v(a)
(⇐ 普通の関数の和の定義)
= δa (u) + δa (v)
(⇐ δa の定義 (6.8))
また,u ∈ C ∞ (T) と c ∈ C に対して
δa (cu) =
(⇐ δa の定義 (6.8))
(cu)(a)
= c · u(a)
(⇐ 普通の関数の定数倍の定義)
= cδa (u)
(⇐ δa の定義 (6.8))
となるからである.連続性は次のように示される.問題は C ∞ (T) の関数列
{uk } と u ∈ C ∞ (T) に対して,
lim uk = u ならば lim δa (uk ) = δa (u)
k→∞
k→∞
(6.11)
ということが成り立つかどうかである.
(ここで最初の「lim」は C ∞ (T) での
極限,あとの「lim」は複素数列の極限である.
)まず C ∞ (T) における収束の
定義より
kuk − uk → 0 (k → ∞)
7
が成り立っている.ところが
kuk − uk = maxz∈T |uk (z) − u(z)| ≥ |uk (a) − u(a)|
であるから,はさみうちの原理によって
|uk (a) − u(a)| → 0
(k → ∞)
が成り立つ.しかし,この左辺は定義によって |δa (uk ) − δa (u)| に等しいから
|δa (uk ) − δa (u)| → 0
(k → ∞)
したがって
δa (uk ) → δa (u)
であることがわかり (6.9) が示された.
(k → ∞)
注意 デルタ関数は普通の関数 ではない.より正確にいうと,デルタ関数は
Φ : C ∞ (T) → D(T) の像には入っていない.この事実はのちにフーリエ変換
を用いて証明される.
注意 デルタ関数は離散トモグラフィーの理論において最も重要な役割を果
たすことになる.
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第 6 章 練習問題
1. 線形空間 V, W とその間の線形写像 ϕ : V → W に対して,ϕ が単射であ
ることと「ϕ(v) = 0 ならば v = 0 が成り立つ」こととは同値であることを示
せ.
2. 与えられた a ∈ T に対し,u ∈ C ∞ (T) に a での微分係数 u0 (a) ∈ C を対
応させる写像を Da と定義する:
Da (u) =
u0 (a)
このとき Da は超関数であることを示せ.
(この Da は本質的に次章で定義される「デルタ関数の微分」になっており,
トモグラフィーの理論で重要な役割を果たす.
)
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