3.地球磁気圏 - プラズマ・核融合学会

J. Plasma Fusion Res. Vol.90, No.11 (2014)6
97‐703
小特集
太陽系プラズマ
3.地球磁気圏
3. The Earth’s Magnetosphere
3.
2 地球磁気圏における磁気リコネクション
3.2 Magnetic Reconnection in the Earth’s Magnetosphere
長井嗣信
NAGAI Tsugunobu
東京工業大学
(原稿受付:2
0
1
4年5月2
9日)
地球磁気圏尾部の磁気リコネクションについては,人工衛星による詳細な観測をもとに「その場」で起きて
いる物理過程が解明されてきている.地球磁気圏尾部は,太陽とは反対方向の地球の夜側で地球固有のダイポー
ル(双極子)磁場が引き伸ばされて,地球の南半球から出ていく磁力線と北半球に入る磁力線がひき伸ばされ,
「尾」のような反平行の磁場構造をしている領域である.この磁場構造は,反太陽方向に伸びている「尾」とは直
角方向に朝側から夕方側へ流れる電流により維持されている.地球半径の20−30倍程度の磁気圏尾部の電流層の
中で,反平行の磁場が磁気リコネクションを起こす.基本となる物理過程は,イオンの慣性長より小さいスケー
ルの磁気拡散領域の周辺で,電子とイオンが各々独立したダイナミクスを示すことにより引き起こされる.電子
は,磁気拡散領域から地球向きと反地球向きの両側へアルヴェン速度以上になる高速ジェット状のアウトフロー
を形成する.電子はさらに,反平行の磁場構造の中で磁力線に垂直方向の運動することにより,薄いが強度の高
い電流層を形成している.多くのイオンは,インフローとして流れ込む過程で,電子とイオンの運動の分離によ
りできるホール電場で加速され,さらに磁気リコネクション電場による加速を受けて,アルヴェン速度程度のア
ウトフローを形成する.最終的には,電子のアウトフローが減速され,イオンのアウトフローと同じ速度となり,
MHD アウトフローとなる.この電子とイオンが独立した運動を示す領域は,磁場拡散領域を中心にして尾部の
方向に全長がイオンの慣性長の10倍程度の長さをもち,ここで磁気リコネクションの主要な物理過程が起きてい
る.
Keywords:
reconnection, magnetotail, substorm, aurora, MHD, Hall
3.
2.
1 磁気リコネクションの観測
程が活発なオーロラを輝かせるサブストームのエネルギー
地球磁気圏は,地球がもつ固有磁場が,超音速の太陽風
の源となっている.ほかにも極域上空の磁気圏境界面や磁
の中に閉じ込められた領域と定義できる
[1].南を向いた
気圏遠尾部おそらく磁気圏尾部側面でも,磁気リコネク
磁気双極子として近似できる地球磁場は,赤道面ではどこ
ションは起きているが,直接的なその場での観測は少ない.
でも北を向く.磁気圏の前面(昼間側)の境界は,太陽風
磁気リコネクションの起きる領域での磁場とイオンの慣
の動圧と地球の磁場による圧力の釣り合いで決まり,ほぼ
性長(イオン密度)は重要なパラメータで,磁気リコネク
10倍の地球半径の位置にできる.太陽風により運ばれてき
ションの空間スケールや構造,発生するエネルギーが推定
た太陽起源の磁場(惑星間空間磁場,IMF)に南向き成分
できる.磁気圏尾部でのイオンの慣性長はおよそ 500 km
があると,その場の北向きの地球磁場と反平行になるた
のオーダーであり加速されたプラズマの流体としての速度
め,磁気リコネクションが起きる.この磁気リコネクショ
はアルヴェン速度程度なので,1500 km/s を超えるものと
ンした磁場は,一端は地球とつながっているが,もう一端
なる.さらに,磁気圏尾部の赤道面で起きるため,反平行
は太陽風の磁場とつながっているため,地球の後部(夜側)
対称磁場中の(強い guide field のない)磁気リコネクショ
へと運ばれていく.運ばれてきた磁場が蓄積すると,地球
ンとなる.現在の人工衛星搭載の磁場,電場,プラズマ観
後部の磁気圏尾部と呼ばれる領域の赤道面で,爆発的に磁
測機器は,このような条件下の磁気圏尾部での磁気リコネ
気リコネクションを起こし,磁場のエネルギーをプラズマ
クションを詳細に観測することを可能にしている.一方,
のエネルギーに変換して,磁場の過剰を解消する.この過
磁気圏前面での磁気リコネクションは,非対称構造(太陽
Tokyo Institute of Technology, TOKYO 152-8551, Japan
author’s e-mail: [email protected]
697
!2014 The Japan Society of Plasma
Science and Nuclear Fusion Research
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.90, No.11 November 2014
風のプラズマ密度は,磁気圏プラズマの密度より1ケタ以
上大きい)の中で,アルヴェン速度は尾部に比べて1ケタ
小さく(プラズマ密度が大きい),空間スケール(プラズマ
密度が大きいためイオン慣性長は短い)が小さいところで
起きている.また guide field が大きい場合が多い.磁気リ
コネクションが起きる磁気圏境界面自体も,太陽風の変動
により大きく不規則に運動している.継続時間は長いとし
ても局所的には生成されるプラズマの運動エネルギーが小
さい.磁気圏前面で起きる磁気リコネクションは磁気圏を
駆動するメカニズムとして重要であるが,磁気リコネク
図1
ションの物理過程を解明するという観点からは観測的に難
しい点が多い.
さらに磁気圏前面で起きる磁気リコネクションと磁気圏
尾部で起きる磁気リコネクションには,決定的な違いがあ
磁気圏尾部で起きる磁気リコネクションの様子.左の円が
地球を表わし,太陽は図の左側にあり(x 方向),北向きが
上方(z 方向)となる.地球の南半球より出ていく磁力線と
北半球に入る磁力線により作られた領域が,磁気圏尾部と
なる.磁気リコネクションは,地球半径(6371.2 km)のほ
ぼ2
0−3
0倍の距離で起きる.
ると考えられる.磁気圏前面は半球形をしており幾何学構
球の中心に原点をとり,!軸の正の方向を太陽方向,z 軸の
造として太陽風磁場と反平行の磁場構造をもつ部分がどこ
かに現れ,そこに太陽風の磁場が太陽風の流れによって押
正の方向を北向きにとる座標系を使う.したがって "軸の
し付けられて磁気リコネクションを起こしている(forced
正の方向は夕方向き(磁気圏尾部の電流層の電流の方向は
reconnection)と考えられる.一方,磁気圏尾部はどこでも
+"方向)となる.また,磁気圏尾部では,地球の反太陽方
中央部で電流層を挟む反対称磁場構造をしている.電流層
向にできているため,!軸の正の方向は「地球方向」と呼ぶ
は全体として薄くなるが,おそらくある小さな(磁気圏尾
ことになる.
部のスケールに対して)領域で自発的(spontaneous)かつ
磁気圏尾部のどの位置で磁気リコネクションが起きるの
爆発的(explosive)に磁気リコネクションが起きると考え
かは,実際に多くの例が観測されるまで不確定な要素が大
られる.磁気リコネクションの起きる場所がどのように選
きかった.日本の人工衛星 Geotail による長期間の観測か
択されどのタイミングで,言い換えればどのような条件が
ら,磁 気 リ コ ネ ク シ ョ ン の 中 心 と な る「磁 気 中 性 線」
満たされると発生するのかはいまだにわかっていない.こ
(X-line)は,ふつう地球半径の20−30倍の距離の領域に形
こでは,磁気リコネクションの一般論につながりやすい磁
成されることが確立した
[3].この地球からの位置は,太
気圏尾部での磁気リコネクションの観測について述べるこ
陽風の電場によってコントロールされ,太陽風の電場が大
とにする.3.
2.
2では,磁気リコネクションが尾部のどこで
きいほど,地球に近くなる[4].したがって,太陽風が大
起きているかを述べる.3.
2.
3では,磁気リコネクション構
きく変動している時などは,地球に近いところ,たとえば
造が,プラズマの速度分布関数というミクロな視点から見
15倍の地球半径程度の距離でも観測される.磁気中性線
ていかなければならないことを示す.3.
2.
4では,ミクロな
は,地球半径の50倍程度の幅のある磁気圏尾部のうち,中
性質が,ホール電流系というマクロな構造を作っているこ
心から夕方側にかけての地球半径の8倍程度の広がりしか
とを示す.3.
2.
5では,磁気リコネクションのマクロな3次
もたない[5].したがって,磁気リコネクションは,地球
元構造は,実はミクロな視点から捉えなければならないこ
磁気圏尾部の限られた領域のしかも薄い電流層の中で起き
とを示す.3.
2.
6にまとめとして,現在の研究の到達点と今
る現象であり,その継続時間もサブストームの開始直後の
後の展望を述べる.磁気リコネクションと波動・乱流との
20‐30分程度までに限られていることから,直接観測の例
関係については最近の解説がでている[2].
は少ない.磁気リコネクションは,磁気圏尾部に過剰に蓄
積されたほとんどの磁力線を地球方向に運ぶことができる
3.
2.
2 磁気圏尾部での磁気リコネクションのマ
クロな性質
ため磁気圏の重要な物理過程である.
3.
2.
3 磁気リコネクションでの電子とイオンの
ダイナミクス
地球磁気圏尾部は,地球の夜側(後部)に地球の双極子
磁場が引き伸ばされた形状をしている領域であり,幅は地
球半径の5
0倍程度,長さは地球半径の1
00倍以上に伸びて
磁気圏尾部での磁気リコネクションも3次元的構造をも
いる.南半球から出る磁力線と北半球に入る磁力線に挟ま
つはずであるが,磁気圏尾部のほぼ中央で起きるため,
れる赤道面では,電流層が形成されている.この領域には
「磁気中性線」の線方向には,かなり一様な構造をしている
プラズマがあり,プラズマシートと呼ばれている.この電
ことがわかっている[5].多くの場合,形成された「磁気中
流層を挟んだ反平行磁場構造の中で磁気リコネクションが
性線」は 100 km/s 程度の速度で反地球方向へ動いてい
起きている.図1には,磁気圏尾部での磁気リコネクショ
る.1点にほぼ静止している人工衛星の観測により,「磁
ンの模式図を示してある.磁力線の形状は,プラズマ流を
気中性線」から両側に出ていく高速プラズマ流を観測でき
描くためデフォルメされており,実際は非常に薄い電流層
る.したがって,よく行われている2次元の磁気リコネク
で磁気リコネクションが起きている.磁気圏物理では,地
ションのシミュレーション(!
-#平面に対応)の計算結果と
698
Special Topic Article
3.2 Magnetic Reconnection in the Earth's Magnetosphere
比較することが可能となる.
T. Nagai
(!"#)を観測し,その後,北向きの磁場("!%)を運ぶ高
人工衛星 Geotail は,
2003年5月15日の 1050 UT 頃に,サ
速プラズマ流(""#)を観測したことになる.さらに,常に
ブストームにともなって地球から地球半径の28倍程度の離
熱いプラズマが観測されているので,磁気リコネクション
れた磁気圏尾部で起きている磁気リコネクションを観測し
の内部を観測していることになる.図1に対応していえば
た[6].衛星に搭載されている観測機器の性能を最大限に
赤道面で右から左に磁気中性線を横切ったことになる.
生かせるモードで観測しているうえ,多くの例を代表する
磁気リコネクションの起きている場所では,電子とイオ
性質をもっていることから,この例について解説して,現
ンの慣性長の違いにより,電子とイオンの運動が異なって
在どこまで磁気リコネクションの観測ができているのかを
くる.慣性長の小さい電子は,磁力線とともに運動しやす
示すことにする.図2には,磁場(北向き成分 !%,全磁力
く,中心部の小さな磁気拡散領域(diffusion region)にまで
Btotal)
,電子とイオンの流体としての速度成分 "#(地球
入ってから出ていく.一方,慣性長の大きなイオンは,小
方向)と "$(夕方方向)を示している.比較のために,2
さな磁気拡散領域に留まれない(通り過ぎる)ため,電子
次元の粒子シミュレーションによる同様の結果も示してい
の運動とイオンの運動の分離,すなわちホール効果(Hall
る.この例では,磁場強度の !$#$!"が小さいこと(電流層の
effect)が起きる
[7].電子は磁気拡散領域から高速のアウ
外側では 25 nT 程度)から,電流層のほぼ中央付近(赤道
トフローとなって出ていくが,イオンの流れの速度は,磁
面)で観測がされている.磁場の南北成分 !%は,1055:
気拡散領域近傍では相対的に遅い.電子の高速流は減速さ
44.2 UT に南向きから北向きに反転している.これと同じ
れていくため,電子の流れの速度とイオンの流れの速度が
くして,イオンの高速のプラズマ流は,反地球向き(!"#)
一致する地点があり,これより外側では電子とイオンが一
から地球向き(""#)に方向を変えている.前に述べたよ
緒に流れる MHD(磁気流体力学)的な流れになる(図2の
うに,磁気圏尾部中央での磁場は本来北向き("!%)しか
電子とイオンのプラズマ流速成分 "#がこのことを示して
ないはずである.したがって,この例では,「磁気中性線」
いる).さらに,磁気拡散領域を中心とする領域では,電子
から出てくる南向きの磁場(!!%)を運ぶ高速プラズマ流
が反平行の磁場構造をつくる電流層を担うために,負の $
方向(朝側方向)への高速の電子の流れ(正の $方向すな
わち夕方方向の電流となる)が形成されている(図2の電
子とイオンのプラズマ流速成分 "$がこのことを示してい
る).人工衛星 Geotail のプラズマ観測器(LEP)は,まさ
にこの様子を初めて観測した.
電子のアウトフローの速度は,磁場の南向き(!!%)か
ら北向き("!%)への反転を挟んで,反地球向き(!"#)の
−2500 km/s から地球向き(""#)の+2500 km/s となって
いる.この電子の流れが,高速な(アルヴェン速度より大
きな)ジェットのアウトフローとなっている.イオンのア
ウトフローの速度は,反地球向き(!"#)に−1000 km/s
から地球向き(""#)の+600 km/s になっている.イオ
ンの流体としての速度は最高でもアルヴェン速度以下であ
り電子の流体としての速度よりかなり遅い.さらに電子で
は,磁場の南北反転の時を中心として,−$方向(朝側方
向)に−3500 km/s の流れを形成しており,電子とイオン
図2
左側の図は,磁気リコネクションの2次元粒子シミュレー
ションの磁力線の構造(中心に X-type の磁場構造)と,電
子 と イ オ ン の 流 体 と し て の 速 度 の x 成 分(Vx)
と y 成分
(Vy)
.右側の図は,人工衛星 Geotail により観測された磁
=(−27.8, +3.4, +3.5 Re)
における磁気リ
気圏尾部(X , Y , Z )
コネクションを示す2
0
0
3年5月1
5日 1053‐1058 UT の5分
間の観測データ.右の一番上のパネルの磁場南北成分 Bz
で,1055:44.2 UTに南向きから北向きに反転している.右
の2番目のパネルは,磁場強度 Bt を示している.磁場強度
Bt が 10 nT より小さいことは,衛星が電流層のほぼ中央に
位置していることを示す.右の3番目のパネルは,電子と
イオンの流体速度の x 成分(Vx)を示している.磁場の反
転と同時に,反地球向きから地球向きの流れに反転し,そ
の前後では電子の流体速度(electron Vx)がイオンの流体
速度(ion Vx)より著しく大きくなっている.右の4番目
(一番下)のパネルは,電子とイオンの流体速度の y 成分
(Vy)を示している.電子の流速(electron Vy)が−y 方向
に大きいことを示し,夕方側に流れる(+y 方向)電流層を
形成している.さらに,電子とイオンの流体速度の様子は,
シミュレーションとよく一致していることもわかる.
の速度差から,電子が反平行磁場に垂直方向に電流を流し
ていることがわかる.この"$の絶対値が加速された電子の
ジェットのアウトフローの速度("#)の絶対値より大きい
ことは注目に値する.このように電子とイオンが別々の運
動をしている領域が形成されている.この領域の大きさ
は,磁気リコネクション領域それ自身の運動の速度から磁
気拡散領域を挟んでイオン慣性長程度の1
0倍と推定され,
地球半径より小さいことになる.また,中央に位置する磁
気拡散領域で,場のエネルギーの散逸量が大きくなってこ
とが,磁場,電場,プラズマの観測を合わせることにより
わかる[8].
図3には,磁気リコネクション領域での電子とイオンの
特徴を,#
-%の2次元で模式的に示している[9].この電子
とイオンの運動が分離している領域では,電子は特徴的な
速度分布関数を示している.地球磁気圏のなかのプラズマ
699
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.90, No.11 November 2014
は,ほとんどの場合,電子もイオンもマクスウェル(熱的)
るため !"方向を磁力線に平行にとっている.電子(右のパ
分布をしており,磁気圏尾部のイオンの温度は 10 keV 程
ネル)は全体としては等方的ではあるが明らかに !#!!
度,電子の温度は 1 keV 程度である.したがって,観測さ
の部分(右半分で朝側方向)に偏っている.電子では熱速
れる 5 keV 以上の電子のフラックスは,1 keV 以下の電子
度がバルクの流体としての速度より大きいため全体が一方
のフラックスに比べてかなり少ない.この磁気リコネク
向に流れるような分布にはならないが,それでも !!#が大
ションの電子とイオンが別々の運動をしている領域では,
きくなっていることはこの速度分布関数から明らかであ
1 keV 以下の電子のフラックスが減少し,5 keV 以上の電
る.図3に示してあるように,中央の C の位置(磁気拡散
子のフラックスが増加する.つまり,電子は全体として加
領域)のこの電子の速度分布関数のフラットトップ度は小
速されていることになる.マクスウェル分布の電子は,な
さい.両側の A と F の位置でフラットトップの様子が顕著
だらかな山型の速度分布関数をもつ(図3の M に相当する
になっていることは,電子がより加速・加熱されているこ
電子の分布)が,この磁気リコネクション領域で加速され
とを示している.
ている電子は,低エネルギー側でほぼ一定になっているフ
磁気リコネクションは非熱的なエネルギーをもつ電子の
ラットトップ(flat-top)型をしている(図3の A と F に相
加速のメカニズムの1つと考えられること多い.磁気圏尾
当する電子の分布).電子のプラズマ流速は,たとえ 3000
部にも10 keV以上のエネルギーをもつ電子が存在する.し
km/s の速度をもっていても,この速度は 25 eV のエネル
かしながら今までの観測ではこの磁気リコネクションの電
ギーに対応するにすぎず,電子の温度が 1 keV 程度ならほ
子とイオンが別々の運動をしている領域で,10 keV 以上の
ぼ等方的に見えてしまう.ところが,3000 km/s の速度を
エネルギーをもつ電子のフラックスが顕著に大きくなるこ
もって電流層を形成している電子のフラットトップ型速度
とはない.逆にこの磁気リコネクションの電子とイオンが
分布関数は,明らかに !#方向(朝側方向)に偏った非等方
別々の運動をしている領域のあとに観測される熱的なプラ
性を示す[6].このように,磁気リコネクション領域の電
ズマの中のほうが 10 keV 以上のエネルギーをもつ電子の
子は,ほかの領域では見られない特徴を示してくれる.図
フラックスが高くなっていることが多くある.したがって
4には磁気拡散領域に最も近い領域で観測されたイオンと
磁気圏尾部の磁気リコネクションが直接電子を高エネル
電子の速度分布関数(Phase Space Density,PSD)を示し
ギーまで加速できるということは観測的には示されていな
ている.イオンについては !"-!#平面(尾部の赤道面)と
い.
!#-!$平面(尾部の東西断面),電子については !"-!#平面
イオンでは,いわゆる熱速度(温度に対応する)とバル
を表示している.ここでは電子の対称性をわかりやすくす
クの流体としての速度が分離可能なため,速度分布関数の
観測から直接的にダイナミクスを解明しやすい.磁気リコ
ネクションの中心に位置する磁気拡散領域を横切った時で
も,イオン密度は小さくなっているが,図3の C の位置の
速度分布関数が示すように,低エネルギーから高エネル
ギー(40 keV 程度)のイオンが存在する.実際には,本当
に小さな磁気拡散領域内だけを切り取った観測ではないと
考えられるため,磁気拡散領域にどのようなエネルギーを
もちどのような運動をしているイオンが存在しているか
は,今のところわからない.図4に !"-!#平面(左のパネ
ル)示してあるように 1−40 keV のイオンは全体として地
球向き(図で上向き)に運動している.磁気拡散領域のす
ぐ近傍(図3の A と F)でも,>20 keV 程度のイオンは存
在している.しかし,>20 keV 程度のイオンのフラックス
は,電子とイオンの運動が分離している領域の外側へ行く
ほど増加し,すぐ外側の MHD の領域に至って最大に達す
る.この観測では示していない(人工衛星 Geotail は高エネ
図3
電子とイオンの運動が分離している磁気リコネクションの
中心部での電子とイオンのダイナミクスの磁気圏尾部 x-z
面(子午面)の模式図[8].一番上には,X-type の磁場構造
とその両側に出ていく電子の高速ジェットアウトフローと
その外側の減速領域.この領域が,電子とイオンの運動が
分離している領域に対応し,全長はイオンの慣性長の1
1倍
程度となる.電子の速度分布関数(PSD)がフラットトッ
プになる領域,イオンの速度分布関数(PSD)が 10 keV
でピークをもつ領域,>20 keV 以上のエネルギーをもつイ
オンが増加する領域を示す.下の2つのパネルは電子とイ
オンの速度分布関数(PSD)の特徴により4つの領域(左
右対称のため7つ)でのイオンと電子の平均的な速度分布
関数を示している.
ルギーイオン観測機器 EPIC を搭載)が,40 keV を超える
エネルギーをもつイオンも大量に生成され,磁気リコネク
ションがイオンの加速のメカニズムとして有効なことを示
している.
40 keV までのイオンのダイナミクスについて検討す
る.エネルギーの高いイオンは,磁気拡散領域のすぐ近傍
ほど夕方側("#方向),磁気リコネクションの電場の方向
に運動している(図4の !"-!#平面で左側へのシフト).こ
れらのイオンは,中心から離れるにしたがって,地球向き
と反地球向きの流れを形成している.すなわち,磁気拡散
700
Special Topic Article
3.2 Magnetic Reconnection in the Earth's Magnetosphere
T. Nagai
きの運動するイオンの群とほぼ北向きの運動するイオンの
群,アウトフローとして,"$方向(夕方方向)に運動する
イオンの群が同時に観測される
[6].図4の尾部の断面に
対応する"$
-"%平面(中央)には上向きと下向きの2つのイ
オン群が見える.この2つのイオン群は図3の A の位置で
より顕著となり,その場のイオンの速度分布関数の 10 keV
付近のピークを作っている.この2つのイオン群は,北と
南から磁気リコネクション領域に入ってくるインフローで
あり,ホール電場により 10 keV 程度まで加速されている.
図4 2
0
0
3年5月1
5日1
0
5
5:44 UT に磁気圏尾部の磁気リコネク
ションのほぼ中央で観測されたイオンと電子の速度分布関
数(PSDs)
.左側の図はイオンの Vx-Vy 平面(上方が Vx
の正,左が Vy の正)中央はイオンの Vy-Vz 平面(左が Vy
の正,上が Vz の正(北向き)
).右は電子の Vx-Vy 平面(上
が地球向き,左が夕方向き)での PSD の分布をカラーで示
してある.値の大きいところは赤から黄系の色,値の小さ
いところは緑から青系の色.Vx 方向は磁力線方向をとって
いるが,ここではほぼ x 軸方向.カウントのない部分は黒,
イオンの検出器がカバーしていない領域は明るい青色と
なっている.イオンは40 keVまで電子は20 keVまでのエネ
ルギー範囲に対応する.
インフローするイオンは,ホール電場を作ることと,それ
により加速されることの2つの役割がうまく釣り合うよう
な状態となっていると考えられる.赤道面より離れたとこ
ろ(磁場の !#成分が大きい)では,アウトフローとなって
いるイオン群と,北半球なら赤道方向へ !%方向の運動す
るイオン群,南半球なら赤道方向へ "%方向の運動するイ
オン群,というように2つのイオン群が同時に観測され
る.ここでも,インフローをなしているイオンのエネル
ギーは最大 10 keV 近くまで達している.注目すべきは,こ
のインフローしているイオンは,!$方向(朝側方向)に運
領域でも少数のイオンは,赤道面付近の反対称磁場構造の
動していることである.これは,先に述べたホール電場と
中を運動することにより磁気リコネクションの電場により
反平行磁場による "#!ドリフトであると考 え ら れ る
加速され,夕方方向へ運動していく.きわめて小さい磁気
[10].このように,電子とイオンの運動の分離は,ホール
拡散領域より離れるにしたがって,侵入してくるイオン
電場を形成することによって,イオンのダイナミクスを大
(インフロー)も多くなるため,これらのイオンは,磁気リ
きくコントロールしている.
コネクションの電場で加速されたのち,大きくなってくる
3.
2.
4 ホール電流系の形成
南北磁場により,より磁力線方向に速度をもつアウトフ
ローを形成していく.磁気拡散領域のイオンのバルクの流
磁気拡散領域からでるアウトフローとしての高速電子
体速度は,磁気拡散領域のすぐ近傍ですでにイオンとして
ジェットに対して,イオンのアウトフローは相対的に低速
は,かなり高速になっており,イオンの流速が電子とイオ
である.したがって,この電子とイオンの速度差によって
ンの運動が分離している領域の端で電子の流体速度に追い
赤道面近傍に磁気拡散領域に入る方向の電流が2方向(地
つくわけではない.イオンは,この領域内では,ほぼ一定
球側と反地球側)に形成されてしまう.この電流を閉じよ
の流体速度をもち,この領域の端で,減速されてきた電子
うとする電流回路としてホール電流系が形成される[7].
図5には,ホール電流系を形成している電子の運動方向
の流体速度と一致することにより,MHD プラズマ流を形
成していると考えるほうが妥当である.
(したがって電流の向きの逆)が模式的に示してある.磁気
従来,イオンはおもに磁気リコネクション電場である
リコネクションのセパラトリックス(磁気リコネクション
"$方向(夕方方向)の電場によって加速されていると考え
られてきた.確かに,"$方向の磁気リコネクション電場に
よって,加速されていることは,今述べてきたように,中
心部付近で高エネルギーのイオンほど "$方向に運動して
いることからわかる.しかしながら,ホール電場による加
速も重要である.先に述べたように,電子とイオンとは慣
性長の違いからその運動は分離され,電子は磁気拡散領域
の中まで入るが,イオンはそれより外側により多く存在す
図5
る.この電荷の分離は,中心に向かう電場を形成する.実
際には,赤道面の上側(北半球)では !%方向の電場,赤道
面の下側(南半球)では "%方向の電場が形成され,観測に
より確認されている.もちろん,磁気リコネクションの粒
子シミュレーションでは,この強い電場が形成されること
が示されている.このホール電場は,磁気リコネクション
領域に入ってくるイオンを,赤道面方向に加速していると
考えられる.
赤道面近くでの観測では,インフローとして,ほぼ南向
701
磁気リコネクション領域にできるホール電流系と,4重極
構 造 を 示 す 磁 場 構 造(By)の 模 式 図.右 上 の 象 限 は,
X-point の反地球側の北半球に対応する.セパラトリック
ス(磁気リコネクションする前と後の磁力線の境界)の上
方では,磁力線に沿って<5 keV の電子が流入し,磁気リコ
ネクションで生成された電子アウトフロージェットとなっ
て高速で出ていき,その後南北磁場 Bz のために磁力線の沿
う方向となっていく.このループに従うことが電子の主要
な運動のパターンとなっている.このループは4つの象限
で形成され,電子の流れのパターンのほぼ逆向きのホール
電流系を作る.ループに囲まれた部分の磁場は4重極構造
(図では4つの By)が形成される.
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.90, No.11 November 2014
する前の磁力線と磁気リコネクションした後の磁力線の境
から"#方向(夕方方向)に地球半径の8倍程度離れたとこ
界)が,2次元的(尾部の南北断面 "
-$
)には磁気拡散領域
ろでは,逆向きのものが観測される.すなわち,高エネル
から4方向に伸びている.このセパラトリックス付近で
ギーイオン成分は,反地球向き,!#向き(朝側向き),そ
は,反平行をなす磁力線に近い構造をもち磁場も強く,電
して,地球向きと運動の方向を変えていく.この !#向き
子の速度分布関数は,磁場方向が磁場に垂直方向より卓越
(朝側向き)の流れは,低エネルギー成分と混ざった MHD
する分布(field-aligned)となっている
[3].この領域は2
なプラズマ流となっている.つまり,磁気リコネクション
層構造になっている.内側では>5 keV の高エネルギー電
の電場の"#方向と逆向きのプラズマの流れが観測される.
子のアウトフローになっていて,アウトフローの高エネル
図6には,磁気リコネクションの位置を,ふつうに夕方側
ギー電子がイオンよりも卓越して,流入する電流となる.
に高エネルギーイオンが運動していくものは白丸で,逆方
外側では,磁力線に沿って磁気リコネクション領域に入っ
向にイオンが運動しているものを黒丸で示している.一般
て い く 方 向 に,5 keV 以 下 の 電 子 ビ ー ム が 形 成 さ れ る
に,磁気リコネクションの領域は,外側の領域に比べてプ
[3,
10].この領域では,アウトフローとして出ていく高エ
ラズマ圧力は低くなっているので,このプラズマ流は,圧
ネルギー電子(>5 keV)より,入ってくる電子(<5keV)
力勾配によって端となる境界から流れ込むプラズマと解釈
の量が卓越し,イオンを含めても,外に出ていく電流を形
できる.このようなプラズマ流は,"#方向(夕方)の端だ
成できる[1
0,
11].ホール電流系という名前のため,磁場方
けでなく,!#方向(朝側)の端でもあってもよいはずであ
向に垂直方向の電流によって形成されているように思われ
る.しかし,!#方向(朝側)の端に近い観測例で,特に高
てしまうが,完全に磁場に垂直に流れる電子が担っている
エネルギー成分を含む MHD 的なプラズマ流が観測される
電流は,高速の電子ジェットとして,磁気拡散領域から出
ことはない.シミュレーションでは,3次元の磁気リコネ
ていく領域に限られる.
クションが電流方向の有限な幅の中で起きると,電流を担
磁気拡散領域の両側の2つの電流は,南北対称にできる
う電荷の流れの方向に拡大していくことが知られている
ほぼ磁力線に沿った外側の出ていく電流とその内側の入る
[13].つまり,イオンが電流を担っている時は,イオンの
電流によって,4つのループ電流系を作る.そのループの
流れの "#方向(夕方方向)に拡大し,電子が電流を担って
内側 で は,4重 極 構 造 を も つ ホ ー ル 磁 場 が 形 成 さ れる
いる時は,電子の流れの !#方向(朝側方向)に拡大してい
(図5の !#
).したがって,2次元の平面の構造を考えて
く.磁気圏尾部の磁気リコネクションでは,観測されるよ
も,磁場は平面にとどまることはできずに,3次元構造と
うに電子が電流を担っている.したがって,"#方向(夕
なる[12].さらに,電子もイオンも磁場に捕捉されれば,
方)の端は固定していて,隣接して MHD 的なプラズマが
磁力線方向の運動により,平面から飛び出す方向の運動と
流入しやすい.一方,!#方向(朝側)の端では,磁気リコ
なり3次元的になる.
ネクション自体が拡大していくことにより,隣接するプラ
ズマが流れ込むことを阻止していると考えられる.このメ
3.
2.
5 磁気リコネクションの3次元構造
カニズムの観測的検証は必要である.しかしながら,この
磁気圏尾部は図1に示した構造が東西方向に一様連続し
イオン流の流れの方向の観測は重要である.磁気リコネク
ているように考えてしまうが,上に見たように,磁場と粒
ションが,“X-line”的に「線構造」をしていることは,直
子はホール効果により本来的に3次元的な構造と運動を示
接的には観測されていない.したがって,
「点」状の磁気
してしまう.磁気圏尾部の磁気リコネクションの X-line
は,地球半径の8倍程度(磁気圏尾部の幅の20%程度)の
有限な幅(#方向)をもつ
[5].この有限な幅の中で,磁気
リコネクションの構造はどのように変わっているのか.現
在までのところ,衛星による多点観測によって,この問題
を直接調べることはできていない.衛星の位置が #方向
(東西方向)に異なるイベントを集めて統計的に解析して
みても,マクロな構造に #方向に有意な違いは検出できな
い.このことは逆に,X-line が実際に尾部の磁力線に対し
て直角な“line”的であることを示している.
ミクロな構造としては,イオンの運動の方向に唯一の違
いが見出せる[5].磁気リコネクションの電場は "#方向
(夕方方向)を向いているため,アウトフローになるイオン
は,X-line の反地球側では "#方向(夕方方向)を向きなが
ら反地球向き,X-lineの地球側では,"#方向(夕方方向)を
図6
向きながら地球向きの流れを形成する.実際に観測される
イオンの速度分布関数の高エネルギーのイオン成分は,反
地球向き,"#向き(夕方向き),そして,地球向きと運動
の方向を変えていく.しかしながら,磁気圏尾部の中心軸
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磁気圏尾部での磁気リコネクション(磁場・プラズマ流の
反転時に強い電流層が観測されたもの)の分布.ふつうに
高エネルギーイオンが夕方方向に運動しているもの(上の
速度分布関数)は白丸,逆向きの流れが観測されたもの
(下の速度分布関数)は黒丸で表示.黒丸の例は,全体の分
布の中で夕方側の端のみで観測されている.
Special Topic Article
3.2 Magnetic Reconnection in the Earth's Magnetosphere
T. Nagai
リコネクションが,同時にいくつも存在して,あたかも
取った観測」ができていないため電子のダイナミクスにつ
「線」構造をしているものが存在しているように観測され
いて詳しく議論できる段階ではない.さらに,
「なぜ磁気
ている可能性がある.しかし,この場合なら,各「点」で,
リコネクションは起きるか」という究極的な問いに答える
!!方向(夕方)から流れ込むプラズマ流が存在していても
ためには,1点または数点での観測では不十分で,ミクロ
よいはずである.しかし,観測的には !!方向(夕方)から
構造とマクロ構造をつなぐような観測を行って磁気リコネ
のプラズマ流は,磁気圏尾部の中央から地球半径の8倍程
クションが起きているときの全体構造の中でどのようなプ
度離れた限られた領域でしか観測されていない.このこと
ラズマ物理過程が引き起こされているかを正確に解明する
は,磁気リコネクションが“X-line”のような「線」構造を
必要がある.
していることを支持している.このことも,直接的な観測
参考文献
的な検証が必要である.
[1]國分 征:太陽地球系物理学
(名古屋大学出版会,
2
0
1
0)
.
[2]篠原 育,横井喜充:プラズマ・核融合学会誌 11, 765
(2013).
[3]T. Nagai et al., J. Geophys. Res. 103, 4419 (1998).
[4]T. Nagai et al., J. Geophys. Res. 110, A09208(2005).
[5]T. Nagai et al., J. Geophys. Res. 118, 1667(2013).
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[7]B.U.Ö. Sonnerup, Solar System Plasma Physics (NorthHolland, New York, 1979), Vol. 3, p. 45.
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[1
1]T. Nagai et al., J. Geophys. Res. 108, 1357 (2003).
[1
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[1
3]T.K.M. Nakamura et al., J. Geophys. Res. 117, A03220
(2012).
3.
2.
6 今後に向けて
磁気圏尾部に起きる磁気リコネクションは,マクロ的に
は対称な反平行磁場をもつ電流層の中で地球半径の 8 倍程
度の長さをもつ“X-line”的に起きている.この X-line は,
地球半径の20‐30倍の位置し,その継続時間は20‐30分程度
である.ミクロ的には,MHD 的な構造の中で,電子とイオ
ンの運動が異なることにより,小さな磁気拡散領域からの
高速の電子ジェットが作り出されるので,効率よく磁気リ
コネクションが起きている.現在の衛星観測でも,イオン
の速度分布関数は十分な時間空間分解能で観測ができるの
で,イオンのダイナミクスについては,かなりのところま
で解明できるはずである.しかしながら,電子の速度分布
関数についての観測は,時間分解能と3次元的空間分解能
とも十分とはいえない.特に「磁気拡散領域だけを切り
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