I. イスラーム金融の特徴

東南アジア経済論 II 第 10 回 12 月 04 日
「イスラーム金融(2)
「イスラーム金融商品の仕組み」
http://islamandeconomy.web.fc2.com/2014chuSEA2/
【今日のテーマ】
・ イスラームには、どのような契約形態があるのか?
・ イスラーム金融商品の仕組みは、どうなっているのか?
・ イスラーム金融商品には、どのようなものがあるのか?
I.
イスラーム金融の特徴
1.リバーの排除
リバーに該当する利子を排除した金融商品を提供:
預金、融資、債券、保険、投資信託など
利子の代わりに、近代以前に実践された取引形態を導入:
リバーの排除:
ムダーラバ、ムラーバハ、など
イスラーム金融誕生のきっかけとなった
2.ハラールであるものを対象とした取引の実施
ハラール(許容)であるもののみが取引。ハラム(禁止)であるものが取引の対象とならず
イスラーム金融でハラムが取引の対象となる例:
アルコール製造、養豚、売春、ギャンブルを
行う企業への融資。イスラーム投資信託において、上記企業の株式を組み込むこと。イスラーム
不動産投資信託において、保有する不動産に上記企業がテナントとして入居すること。リバーを
含んだ金融商品
3.ガラルの排除
ガラル(Gharar):
アラビア語「リスク」「偶然」→「不確実性」
ハディースにてガラルを含む取引の禁止を明記
「ガラルが含まれる」とみなされる取引:
を含む取引
「将来においてどのようになるかが不明確なこと」
(例)まだ生まれていない(生まれてくるかわからない)ラクダの胎児の取引。「他の契
約を履行すること」を前提とした取引
「ガラルが含まれる」とみなされる金融取引:
保険=いつかはわからない人の死期を契約に含
めている。金融・商品先物取引=将来の売買する権利を、現在において売買
4.イスラーム金融機関によるザカートの負担
法人としてのイスラーム金融機関が、ザカートを負担
会計上の扱い:貸借対照表の「負債の部」で計上、損益計算書において「純利益」(Total Net Income)
から「税金」(Taxation)とともに差し引かれる。引かれたものが「当期利益」(Net Profit)
負担者:
法人としてのイスラーム金融機関。預金者、借り手、従業員、株主の代理ではない
5.シャリーア会議の設置
シャリーア会議:
業務がイスラームに適っていることを担保する仕組み。イスラーム法ないし
はイスラーム金融の専門家によって構成。イスラームの観点からの外部監査を行う企業統治機構。
マレーシアでは設置がイスラーム銀行のライセンス発行の要件
役割:
①業務や金融商品開発など対し、イスラームの観点から助言、②財務諸表について、イ
スラームの視点からの監査を実施
6.実体経済から乖離した取引の禁止
物品の売買は認められる
⇔
「売買する権利」の売買は認められない
「売買する権利」が対象とみなされる金融取引の例:
1
債券(スクーク)=発行市場は認められ
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るが、流通市場は不可。ローンを証券化(債務の返済を受け取る権利)した金融商品は不可
イスラーム金融における実物取引を介在させた金融商品の例:
ムラーバハ、イジャーラ etc…
II.銀行のビジネス・モデル
イスラームの視点から見た銀行ビジネスの問題点
預金金利と貸付金利: 預金や貸付自体は問題ないが、そこに利子が伴えば「禁じられたリバー」
に該当とみなされ不可。利子が付加であるため、利鞘も取ることはできない。
証券・債券等の運用益: 運用対象がイスラームに反していなければ可。
(例)ビール製造会社や
養豚会社の株式投資は不可
各種手数料:
手数料は「提供したサービスに対する対価」とみなされ可
イスラーム銀行のビジネス・モデル
利子以外の方法で、融資や預金から利益を上げる必要あり
近代以前よりイスラーム圏で用いられた契約形態を採用。ムダーラバ(共同事業の形態)、ムラー
バハ(売買契約の応用)
、イジャーラ(リース)
、ワディーア(預金)
これら契約形態に基づいて金融商品/サービスを構築:
銀行から保険、債券、投資信託などへ
III.ムダーラバ
概略
意味: Mudharabah, アラビア語「協力」。現代経済用語「有限責任組合、匿名組合、合資会社」。
イスラーム金融では「共同出資」方式をとる、融資・出資、預金などで用いられている契約形態
ムダーラバ融資の概要
契約対象:借り手企業が行う事業
契約者: 出資者(Rabb al-Maal)=イスラーム銀行、資金を提供(=融資)。代理人(Mudharib)=借
り手企業、労働力を提供
利益分配率:
ムダーラバ融資の契約時に定めておく
元本の償還:
元本は定期的に返済(年 1 回・2 回・12 回など)
利益と損失の分配:
元本返済時に当該事業の損益を確定
・利益:
元本とともにイスラーム銀行に返済
・損失:
元本と相殺した上で、差額をイスラーム銀行に返済
ムダーラバ融資のプロセス
①企業が事業を計画、イスラーム銀行とムダーラバ融資の契約を結ぶ。利益の分配比率を決定。企業は
労働力を拠出
②イスラーム銀行は、融資によって資金を提供
③事業を実施。利益が出た場合、イスラーム銀行は融資元本と利益の一部を受け取る。企業は分配比率
に基づき利益の一部を得る。
④損失が出た場合、イスラーム銀行は元本と利益の一部を得る。損失が出た場合、元本で相殺する。
ムダーラバ預金の概要
ムダーラバ預金:
ムダーラバ契約に基づく預金
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契約対象:
イスラーム銀行の融資・投資などの各種業務
契約者:
・出資者(Rabb al-Maal):
・代理人(Mudharib):
利益分配率:
預金者、資金を提供(=預金)
イスラーム銀行、労働力を提供
ムダーラバ預金の契約時に定めておく
元本(預金)の償還:
自由に引き出せる預金(当座預金)と一定期間引き出せない預金(定期預金)
利益と損失の分配: 定期的(年 1 回・2 回など)あるいは預金の満期時に融資業務での損益を確定
・利益:
預金者に配分
・損失:
預金と相殺か、あるいはイスラーム銀行が負担(=元本保証)
ムダーラバ預金のプロセス
①イスラーム銀行が業務を企画、預金者とムダーラバ預金の契約を結ぶ。利益の分配比率を決定。イス
ラーム銀行は労働力を拠出
②預金者は、イスラーム銀行に預金をすることによって、融資のための資金を拠出
③業務で利益が出た場合は、分配比率に基づきその一部をイスラーム銀行が得る。残りを預金者に分配。
④業務で損失が出た場合は、原則としては預金者が損失を負担。しかし現実には、元本保証がなされる
場合もある。
IV.ムラーバハ
ムラーバハの概略
意味:
Murabahah, アラビア語「利益を得ること」。同語根の Ribh は「利益」。イスラーム銀
行では「仕入原価に利益を上乗せしての販売」によって融資と同じ機能をはたす契約形態
比較:
有利子銀行における自動車ローン
「自動車を買いたいが即金で支払えないので、銀行からお金を借りて支払い、利子付のローンで
返済する」
①顧客、X 円の自動車購入を希望、自動車販売会社に伝える
②購入資金がないため、銀行から利子(α円)付のローンを組んで資金(X 円)を調達する
③顧客、調達した資金と引き換えに自動車を取得する
④顧客、元本(X 円)と利子(α円)を銀行に分割返済する
結ばれる契約:
「顧客と自動車販売会社の間の売買契約」と「顧客と銀行の間のローン契約」
ムラーバハ契約の仕組み
契約対象:「完成された物品」が契約対象。自動車・重機などの機器、住宅などの建物
契約者:
顧客(Customer)=契約対象物の需要者、貸し手に返済。貸し手(Financer)=顧客に代
わって契約対象物を購入、顧客に再販売。提供者(Supplier)=契約対象物の販売者
ムラーバハ融資のプロセス
①顧客、自動車購入を希望。イスラーム銀行にメーカー、車種等を伝える
②イスラーム銀行、自動車販売業者から当該自動車を購入(X 円)
③顧客、イスラーム銀行から自動車本体と用益権を得る。イスラーム銀行、購入原価(X 円)と利幅(α円)
を顧客に請求
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④顧客、X+αを分割払い
⑤顧客が支払いを終えた時点で、自動車の所有権がイスラーム銀行から顧客に移動
ムラーバハ融資の特徴
2 段階の売買契約: 「提供者と貸し手」間、および「貸し手と顧客」間で、2 つの売買契約。そ
の都度対象物品そのものと所有権が移転
有利子銀行との違い:
有利子銀行=「貸し手と顧客」間で利子を伴うローン契約⇔イスラーム
銀行=「貸し手と顧客」間で売買契約
V.イジャーラ
概略
意味:
Ijarah, アラビア語「賃貸」。イスラーム金融では「リース」方式で融資・出資にて用い
られている契約形態
イジャーラ契約の仕組み
契約対象:
「完成された物品」が契約対象。消費・消却されるものは不可。現状復帰で返却で
きる物品のみ。コピー機、パソコン、自動車、医療・検査機器などの機材が中心。不動産、工場、
プラントなどが対象となることもある
契約者:
貸し手(Lessor)=契約対象物の所有権を有する者、イスラーム銀行。借り手(Lessee)
=貸し手に対して、使用料を支払って契約対象物の用益権を一定期間得る者、イスラーム銀行に
対する借り手
イジャーラ融資のプロセス
①顧客、コピー機のリースを希望。イスラーム銀行にメーカー、機種等を伝える
②イスラーム銀行、コピー機販売業者から当該コピー機を購入(10)
③顧客、イスラーム銀行からコピー機本体と用益権を得る。イスラーム銀行、リース料(8)を顧客に請求
④顧客、リース料(8)を定期的に支払う
⑤リース期間終了後、顧客はコピー機をイスラーム銀行に返却。イスラーム銀行は、コピー機を中古市
場で売却(4)
VI.ワディーア
概略
意味:
Wadi’a, アラビア語「置く、預ける」「預金」。イスラーム金融では顧客がイスラーム銀
行に預金する際に用いられる契約形態
契約内容
寄託された金銭の管理人である受託者に対し、寄託金銭の用益権を認める代わりに、寄託金銭に
対する補償義務を負う契約形態
委託者:
預金者。受託者であるイスラーム銀行に金銭を寄託
受託者:
イスラーム銀行。預かった現金を保管する義務がある一方、その金銭の用益権が受託
者に認められる
ワディーア預金のプロセス
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①預金者、イスラーム銀行に預金(現金とその用益権の移転)
②イスラーム銀行、預金を原資に融資や出資、投資を行う
③イスラーム銀行、融資や出資、投資によって利益を得る
④預金者、イスラーム銀行から預金を引き下ろすとともに、利益の一部をイスラーム銀行から得る
ワディーア契約に基づく預金の流れ
ポイント
元本保証:
ワディーア契約に基づく預金においては、元本保証が必須←「受託者は、委託者か
ら寄託されたものを、現状のまま返却する」というワディーアの原則に基づく。ムダーラバ預金
は、預金者によるイスラーム銀行への出資
預金者へのリターンの取り扱い:
預金という寄託物からえた利益を委託者に還元する義務は、
受託者にはない。現実のイスラーム銀行では、
「預金をしてくれた御礼」として利益の一部を還元
←預金者に対するインセンティブとして機能
VII.金融諸分野への応用
契約形態と金融商品
イスラーム金融商品:
契約形態:
各契約形態に基づいて形成
金融商品の土台、内容や目的に合わせて選択
イスラームの契約形態を用いることによって利子を避けつつ、従来型の有利子金融商品と同等の
機能を持つイスラーム金融商品を、イスラーム金融機関が提供
イスラーム金融産業
銀行業:
融資、預金、送金、各種金融サービス
保険業:
生命保険、損害保険
証券業:
債券(社債、私募債)、投資信託・不動産投資信託(REIT)、など
タカフル保険
タカフル(takaful):
アラビア語で「相互扶助」の意味
従来型保険との違い: 従来型保険は「不幸があったらいくらもらえる」という契約。
「将来にお
いて起きるかもしれないこと」を契約の内容に含めるのは、不確実性(ガラル)に該当。これに
替わり、タカフル保険では「全ての加入者を 1 つのコミュニティーとみなし、困ったこと(病気・
ケガ、死亡)があったら、コミュニティー全体で支える」という発想で、掛け金に応じて、受け
られる便益が決まる。土台となる契約形態は、主にムダーラバが用いられる。
スクーク
スクーク(Sukuk)
: アラビア語で「契約証書、小切手」の意味。単数形の Sakk は、英・仏語
の check、cheque の語源になったとされる
従来型債券(公社債)との違い:
従来型債券では、債券購入者に対して、資金提供の見返りと
してクーポンを提供。クーポンが「禁じられたリバーに該当」と指摘。資金需要者と発行主体を
分け、土地のリース契約等を介在させることで従来型債券と同様の機能をはたす仕組みを考案。
スクークは「今後返還される資金を受け取る権利」であり、
「権利の売買は認めない」として、発
行市場のみが存在し、流通市場は存在しない
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イスラーム投資信託
従来型投資信託との違い:
投資信託の仕組み自体は、イスラームの観点からは問題ない。問題
視されるのは、資産運用先
・株式:
イスラームに反するビジネス(有利子金融、豚肉やアルコールを扱うスーパー、レス
トランなど)を行う企業の株式への投資は不可
・金融先物商品:
不可
シャリーア・ボードが、投資先をイスラームの観点から吟味
シャリーア・ボード:
イスラーム金融機関が組織する、イスラーム法学者による外部監査機関
イスラームに反していない範囲で、不動産投資信託や船舶投資信託も存在
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