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〈国内展望〉
(2014 年 12 月 23 日)
12 月 14 日の総選挙で自民党が解散前より 4
41、次世代は 17 議席を減らして 2 議席に転落
議席減らして 291 議席(追加公認の井上貴博
した。
「アベノミクス解散」と首相が名づけた
を含む)
、公明党が 4 議席増やして 35 議席を
今回の選挙の意味は、集団的自衛権の今後の
獲得。自公与党は安定多数とされる 3 分の 2
対応とその先にある憲法改正を睨んでのもの
(317 議席)を 9 議席も越える 326 議席を確
と本紙は推測した。総選挙の位置付けについ
保した。野党は民主党が 10 議席増の 73、共
て、本紙の観測は選挙後も変わらないが、世
産党が 13 議席増の 21 と議席を増やしたが、
界情勢を見据えながら今後の安倍政権の方向
第三極を担うと期待された維新は 1 議席減の
性を考えてみたい。
来年の景気は上昇するか
自公与党が 3 分の 2 以上の議席を確保した
平均の上昇は日本の景気が好転する兆しであ
翌日、12 月 15 日の東京株式市場日経平均は
り、安倍政権のアベノミクスは成功している
前週終値より 272 円安、翌 16 日にはさらに
と見做す評論もある。だが通貨の増刷で財政
344 円下げて、1 万 7000 円を割ってしまった。
赤字を支え、バブルを引き起こそうとするや
原油価格の下落により産油国とくにロシア、
り方は、決して健全ではない。カネ持ちの投
ベネズエラなどの経済不安が市場を覆ったた
資家や大企業の資金が株価を押し上げるのは
めと解説されている。自公与党の圧勝は織り
短期的なことで、1990 年代初頭のバブル崩壊
込み済みで、市場関係者はむしろ「思ったほ
の記憶がある以上、適当なところで投資家た
ど自民の議席が伸びなかった」と、選挙結果
ちが市場から逃げ出すことは確実だ。そうな
には冷ややかだった。日本国内の選挙結果よ
れば一気に不況に転じてしまう。日本の国内
り国際情勢のほうが市場株価に強く影響する
消費は依然として低迷しており、庶民大衆が
ことが、ここからも理解できる。
好景気を感じられる状態が来る気配はまった
東京市場はその後、18 日に+390 円で 1 万
くない。
7000 円台を回復、19 日にはさらに+411 円と
アベノミクスが成功するか、失敗に終わる
復活している。来春には日経平均が 2 万円を
かは、まだ判断できる状況にない。成功に向
越す可能性が高いと見る分析家も多い。日経
かっていると強気の発言をする評論家もいる
行政調査新聞 2014 年 12 月
今後 4 年間、解散総選挙のない日本は激動、激変が続く世界情勢とどう向き合うのか
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し、失敗と断定し安倍政権を批判する声もあ
とが怖かったから対抗策を出さなかったのだ
る。どちらかというと批判する声のほうが多
としたら、もはや野党には何の期待もできな
い。
い。
今回の選挙では、アベノミクスの悪口が野
安倍政権がいう経済成長戦略が成功するか
党候補から噴出していたが、どの野党もアベ
否かは、来春 3 月末から 4 月には明確になっ
ノミクスに代わる経済政策を出していない
てくるだろう。その時点でアベノミクスが成
(共産党だけは出していた)。世界的に知られ
功しない雰囲気が生まれてきたら、夏前には
る英国の『フィナンシャル・タイムズ』紙も
日本経済に分厚い暗雲が垂れこめる。
「日本経済を改善する方法はアベノミクス以
世界が日本 1 国しかなければ、安倍政権の
外にいくつもあるはずなのに、自民党はアベ
経済成長戦略「アベノミクス」は意味がある
ノミクスしかないと言い張ってウソをついて
だろう。だが、米国に追従しているだけの金
いる。共産党以外の野党が対抗策を打ち出さ
融緩和政策であるなら、そう遅くはない時期
ないのも奇妙だ」と書いていた。
『フィナンシ
に日本経済は破綻を迎える。米国が、そして
ャル・タイムズ』紙の指摘通り、明らかに野
欧米が、あるいは BRICS がどう動くのか。日
党勢力は怠慢だった。怠慢な野党など存在意
本経済の分析には世界情勢を見据える必要が
義はない。怠慢ではなく、財務省に楯突くこ
ある。これについては後に説明しよう。
集団的自衛権行使に向けて
今年(平成 26 年)7 月 1 日に安倍政権は「集
団的自衛権行使容認」を閣議決定した。この
総選挙日程には、そうした意味もあったこと
が理解できる。
とき国内には反対論も強く、与党公明党から
これに関連して江渡防衛相は「集団的自衛
も異論が出ていた。審議に時間をかけるべき
権の行使容認を含む安全保障法制の整備と、
だとの声に対し、安倍政権は「日米防衛協定
防衛協定ガイドライン改訂は、できるだけ一
のための指針(ガイドライン)を年内に再改
緒にしたい」と説明している(12 月 19 日)。
訂することが決まっており、それに間に合わ
この発言の意味するところは、
「日米防衛協定
せるためには 7 月 1 日閣議決定が必要だった」
ガイドライン改訂と集団的自衛権行使関連の
としていた。
安保法制整備は、4 月の統一地方選終了後の
ところが 12 月 19 日に、日米両政府は「日
話になる」ということである。
米防衛協定のための指針(ガイドライン)改
いずれにしても集団的自衛権行使容認に関
訂の最終報告は来年前半に延期する」と発表
しては、江渡防衛相が語るとおり、
「安全保障
したのだ。
法制の整備」が必要だ。しかし法令制定には
この発表により、7 月 1 日閣議決定の根拠
与党内でもかなり紛糾する可能性が高い。す
はもろくも崩れてしまった。総選挙後に日米
でに本紙は 11 月末に「解散総選挙の最大目的
両政府が延期を発表することは、かなり以前
は「集団的自衛権」運用にある!」という解
から決まっていたものだろう。12 月 14 日の
説記事を掲載しているが、公明党内にはなお
行政調査新聞 2014 年 12 月
今後 4 年間、解散総選挙のない日本は激動、激変が続く世界情勢とどう向き合うのか
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集団的自衛権行使に疑問を持つ勢力も存在し
る「一本釣り」で無所属議員や野党の誰かが
ている。統一地方選後には集団的自衛権行使
自民に同調する動きを見せるように働きかけ
のための法案がいくつか審議されることにな
るはずだ。しかし公明党が与党を割って出る
るが、政権側と与党内公明党との折衝は注目
可能性は極めて低い。公明党が与党から外れ
すべきところだ。
れば、創価学会の宗教法人としての疑念がい
公明党の一部は、安保関連法案に反対する
くつも表立って噴出するだろうし、自民党の
だろう。このとき、与党を割って出る覚悟が
中からは池田大作名誉会長の証人尋問を要求
公明党にあるか否かが問題である。公明党が
してくる可能性が高い。不確定ではあるが、
与党を離脱すれば自民党単独 291 議席で法案
集団的自衛権行使に関する細則は、揉めに揉
を通さなければならない。この場合、いわゆ
めながら最終的には政府案で収拾するだろう。
憲法改正論議に向けて
12 月 14 日の総選挙で与党が大勝利を果た
第二章 安全保障(平和主義)
したことにより、憲法改正に向けた論議が活
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする
発になると、マスコミ各社は予想している。
国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦
中国でも人民日報系の『環球時報』は、
「自民
争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、
党の圧勝は安倍政権のより一層の憲法改正へ
国際紛争を解決する手段としては用いない。
の加速を意味する」と分析。北京の『京華時
報』も「安倍首相は選挙では経済政策を焦点
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるもので
はない。
にしたが、今後は重点政策を安保や憲法改正
(国防軍)
に移すだろう」と分析している。本紙もこれ
第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び
らの分析と同様に、安倍政権が憲法改正に向
国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最
けて大きく動き出すと確信している。ただし
高指揮官とする国防軍を保持する。
その時期は、4 月の統一選よりずっと以降の
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する
こと。集団的自衛権行使に向けての法整備が
際は、法律の定めるところにより、国会の承認その
優先され、改憲論議はその後、おそらく夏以
他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行す
降になると考える。
安倍首相は今年(平成 26 年)7 月のテレビ
るための活動のほか、法律の定めるところにより、国
番組(長崎国際テレビ)で憲法九条の改正に
際社会の平和と安全を確保するために国際的に協
意欲を示している。すでに一昨年(平成 24 年)
調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は
4 月に自民党は憲法改正案を提示しているが、
国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うこ
そこでは憲法九条改正案は以下のようになっ
とができる。
ている。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、
統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定
行政調査新聞 2014 年 12 月
今後 4 年間、解散総選挙のない日本は激動、激変が続く世界情勢とどう向き合うのか
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める。
来年後半以降は間違いなく憲法論議が巻き
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその
職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する
起こる。
そのとき、安倍首相の改正の狙いである九
罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めると
条が話題の中心になることも、おそらく間違
ころにより、国防軍に審判所を置く。この場合におい
いない。
ては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障さ
れなければならない。
しかし、もし九条だけ、自衛隊を国軍と規
定するか否かだけが議論されるのだったら、
(領土等の保全等)
それはあまりにもお粗末、あまりにも上っ面
第九条の三 国は、主権と独立を守るため、国
だけの、底の浅い論議で終わってしまう。
民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その
資源を確保しなければならない。
国民の多くが納得するためには、深い論議
が必要であり、そのためには国民一人ひとり
【参考】現行憲法第 9 条 第二章「戦争の放棄」
が憲法と正対すべきである。憲法について学
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和
ぶことは国民の義務と考えていいだろう。
を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力によ
憲法論議の素材として、本紙の「別館」で、
る威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する
本紙社主・松本州弘によるブログ版『国家と
手段としては、永久にこれを放棄する。
憲法』が掲載されている。憲法に関しては各々
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦
さまざまな形で学習され、またご意見もお持
力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認
ちと思われるが、ぜひブログ版『国家と憲法』
めない。
をご一読願いたい。
『考察 国家と憲法』
(松本州弘)ブログ版
安倍政権は以前から「広く国民の理解を得
⇒「行政調査新聞・別館」
つつ、
『憲法改正案』の国会提出を目指し、憲
http://blog.livedoor.jp/gyouseinews/
法改正に積極的に取り組んでいく」ことを公
※本文は全 3 章から構成されている論文で
言していた。7 月のテレビ番組で安倍首相は、
す。現在掲載中の本論外の補講も近々公表の
憲法九条の改正により自衛隊の存在と役割を
予定。ぜひお立ち寄りください。
明記するとしたうえで、
「改憲の基本は九条に
ある」と断言している。
未曾有の金融危機が迫る
アベノミクスは「大胆な金融政策」
「機動的
そもそもすべての政策は国際情勢によって大
な財政政策」
「成長戦略」の 3 本の矢から成り
きく変化するものであり、とくにアベノミク
立つと、安倍首相は説明する。金融政策、財
スでは米国の経済情勢を注視することが重要
政政策は首相のいうとおり粛々と実現に向か
である。
っているが、最後の矢である「民間投資を喚
起する成長戦略」は未だ実像が見えてこない。
行政調査新聞 2014 年 12 月
米国では雇用統計や失業率、消費者物価指
数などが米政府により粉飾されている。中国
今後 4 年間、解散総選挙のない日本は激動、激変が続く世界情勢とどう向き合うのか
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でも同様な操作は行われているが、この作為
れは正しい観測だ。ここでいう「非伝統的な
的粉飾を忘れてはならない。米国の実体経済
石油産出勢力」とは米国のシェールガスを指
は改善されていない。改善どころか、ますま
す。つまり、わかりやすくいえば、サウジだ
す悪化の一途をたどっている。為替や金利す
けではなくイラク、イラン、クウェートさら
ら、政府当局と金融界が談合して動かしてい
にはロシアまでが結託して米国のシェールガ
る状態にある。
ス業界を潰しにかかっているのだ。
米国では一時、
「シェールガス革命」が叫ば
もちろん原油安は産油国にとっても痛手と
れたことがあった。シェールガスがエネルギ
なっている。とくにウクライナ問題で経済制
ー状況を激変させるというので、あちこちに
裁を受けているロシア経済は非常に厳しい情
シェール井が掘られ、稼働を開始した。
「シェ
勢に追い込まれている。普通に考えればプー
ールガス革命」の言葉に踊り、
「シェールガ
チンはサウジを非難するはずなのに、そうは
ス・バブル」が巻き起こった。この状況下、
せず、先物売りを仕掛けてルーブルの下落を
資金調達のために、担保が少量で利回りの良
誘導する米欧に激しい怒りをぶつけている。
いコブライト債権が多用されている。しかし
ロシアとしては、この苦境を乗り越えれば米
コブライト債権は以前のサブプライムローン
経済が潰れることは間違いないと確信してい
と酷似したもので、シェールガス革命が成功
る。
しない場合には、リーマンショックを越える
大金融危機を誘発する可能性がある。
そしていま、世界的な原油安が米国シェー
ルガス業界に襲いかかっている。
いっぽう米国は、シェールガス業界救済の
ために大手石油会社を合併させて体力をつけ
させるとか、あるいは QE(金融緩和)を再開
するとか、何らかの手を打ってくる可能性も
原油価格はいま 1 バレル 60 ドルほどに下が
ある。そうなると株式市場は高騰し、産油国
っている。じっさいにはサウジなど OPEC 諸国
は青息吐息状態に陥る。米ロの経済戦争が長
はこれより安く原油を売っており、1 バレル
引けば、世界の金融市場はますます不透明な
50 ドルを切り、さらに 40 ドルを切る日が間
ものになるだろう。
もなくやってくるだろう。
原油価格を巡って、いま、世界を舞台にし
「サウジは非伝統的な石油産出勢力が潰れ
た金融戦争が始まったところだ。この金融戦
るまで原油安を続ける。彼らが潰れたら、サ
争はどちらに転んでも日本にとってはありが
ウジは原油安をやめて元の価格に戻す」(
「ブ
たい話ではない。
ルームバーグ通信」)という情報があるが、こ
激動、激変が続く国際情勢
金融市場の状況を一見しただけで、世界が
域で危ない興奮状態が続いている。米国の産
いま、不安定極まりない状況にあることが理
軍複合体に見られるように、軍事衝突を絶好
解できる。この金融戦争状況を横目に見なが
のカネ儲けの機会と考えている勢力もある。
ら、中東やウクライナだけではなく、世界全
こうした勢力がイスラム過激派を支援したり
行政調査新聞 2014 年 12 月
今後 4 年間、解散総選挙のない日本は激動、激変が続く世界情勢とどう向き合うのか
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少数民族自立運動を支援する。最近 50 年間で
最も危ない状態に全世界が置かれている。
いま世界は稀にみる混乱期に差しかかって
いる。噂される金融ハルマゲドンが勃発する
こうした状況を百も承知で安倍政権は総選
可能性は高いうえ、テロ、紛争、地域戦争は、
挙を実施した。そして選挙が終わったいま、
いつどこで起きてもおかしくはない。朝鮮半
永田町界隈では「今回の衆院は任期満了まで
島有事も考えられるし、隣国と思いがけない
解散はない」という見方が圧倒的だ。平成 30
突発事件が発生するかもしれない。そうした
年(2018 年)年末まで安定多数の与党で政局
緊急事態に備える政権と考えるべきだろう。
を運営する――それは明確にいうなら、集団
さらに自然災害の問題もある。ご存じのと
的自衛権行使に関わる安保細則から憲法改正
おり現在太陽は活動期にあり、地球も活発な
まで、世論が騒ごうが支持率が落ち込もうが、
運動を展開している。大地震、火山噴火は、
今回の政権でこれを乗り切る覚悟だというこ
世界のどこで起きてもおかしくない。
とだ。
ここから先の 4 年間の日本を、日本人は安
改めていうまでもない。安定多数を獲得し
た政権与党が、向こう 4 年間の政治に自信を
倍政権に委ねたのだ。日本の未来のために死
力を尽くしていただこうではないか。■
持ち責任を以て運営にあたるのは当然のこと
である。集団的自衛権にしても憲法改正にし
ても、安倍首相がずっといい続けてきたもの
で、この姿勢を貫くことで世論が騒ぐことは
ないし、支持率が急落することも考えにくい。
向こう 4 年間、この政権を維持する安倍首相
の覚悟は、そんな当然のところにあるのでは
ない。
行政調査新聞 2014 年 12 月
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