相続・資産税の世界 相続と意思能力・自由意思 ④

No56
( 2015.1)
相続・資産税の世界
相続対策の専門家
堀光博税理士事務所
相続と意思能力・自由意思
④
~養子縁組の成立要件と相続税対策 ~
はじめに
なぜ簡単にでき、且つ即効性のある節税対策をお断りしたか
筆者が、相続手続きを受託しているある団体からの話です。高齢のご婦人の長男さん
からのご依頼で即効性ある相続税対策を受けてくれないかという要請がありました。詳
細をお聞きしましたところ、90歳前半の母親についての相続税対策で、相続開始が目
前に迫っているという状況のようでした。相続人は 60 歳ぐらいの専門職業人の長男一
人です。父親も同じ職業で所得も高く遺産も相当額おありのようで、第二次の相続税対
策でした。
即効性のある節税対策はいくつかありますが、目前に相続開始があるかもしれない対
策でコストがかからない対策は養子縁組しかありません。そこで、母親の状況をいろい
ろお聞きしました。被後見人ではないということでしたので、
「ではお母様は、意思能力
はおありですか。」とお聞きしました。お答えは、「近親者に会っても、誰であるかとい
う認識は良くはできてはいないようです。」そこで、「では、以前に貴方の奥様かあるい
はお孫さんの誰かを養子にしたい、ということをおっしゃっておられて、養子になられ
る方もご承知しておられましたか。そしてその事に関して、いざというときは客観的な
証拠なり、証言を得ることはできますか。」とお尋ねしましたところ、「そういうことは
ありませんでした。」ということです。
「 では、コストのかからない対策はできませんね。」
確定申告を毎年、税理士にお頼みになっておられたとお聞きしましたが、その税理士
さんはどのような相続対策をされておられましたか。」とお聞きしましたところ、「税理
士は、自分の申告を頼むだけで、母の相続については何も頼んでいませんでしたし、税
理士の方からも相続対策については何もお話はありませんでした。だからお願いしてい
るわけです」というお答えでした。
筆者は、
「では、コストがかからず、合法的に相続税対策を取ることはできませんね。」
とお答えするしかありません。しかしながら、
「ぜひ自分の子を養子にするという対策を
取ってくれませんか。」ということでしたが、「養子縁組は双方が養子縁組をするという
意思があってのことですから、私ができるものではありませんので、他の方にお願いし
てください。」と言ってお断りしました。
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なぜ意思能力のない状態では相続(税)対策はできないか
1.
意思能力のない状況下での相続対策はできない
相続対策は何らかの法律行為をしなければできません。たとえば賃貸不動産を建築、
売却あるいは購入する。保険契約をする、養子縁組をする、贈与をする等々すべて法
律行為です。意思能力のない被後見人であっても、後見人は被後見人の財産を保護す
るためにありますので、相続人のために賃貸不動産の建築、その他の前述の対策を取
るこということはできません。意思能力のない方の法律行為は無効となるからです。
また、第 53 号で、中小企業の経営者が弱い立場の従業員 20 数名を自分の父親の
養子にして相続後に離縁をさせた事件を取り上げました。養子縁組や婚姻などは法律
行為の中でも 「身分行為」 と言われるものです。裁判所は調査の結果、養子縁組に関
して双方に養子縁組をするという意思が存在していなかったと判断して養子縁組その
ものが成立していなかったということで、課税庁の処分を支持しました。
以上のように、意思能力が無い状況下では相続税対策は一切取れないということに
なります。なぜなら、対策を実行するのは被相続人自身がなすべき行為です。相続人
が被相続人に意思能力が有るときに相続人等にある法律行為を委任していたという客
観的証拠ないし証言がない限り、被相続人を代理して法律行為をすることはできませ
ん。
(以下私のこのコラムではすべて、相続させる側の者を生前でも被相続人、相続を受ける側を相続
人と称させていただいております。)
2.養子縁組の届け出は書類だけでなされている実態がある
養子縁組は双方に養子縁組の意思があったとしても、
「養子縁組届」
を管轄の市町村役場に提出することによって、初めて法律上実の親
子と同じ関係となり、養親との間に相続の権利や、扶養の義務が発生することになり
ます。
この届け出の提出時には、養子親子の双方に役場に出頭させて、役場の担当官が本
人の意思確認をする役所と、養子縁組の意思確認をしない役所とがあります。届出書
を代理人が届けることもあります。届け出書類が所定の書式や様式に合致しているか
どうかというだけの審査しかしない役所もあります。印鑑証明書の添付と実印の捺印
なども不要です。そこで養子縁組の当事者の意思に関係なく養子縁組の届け出がなさ
れているということもあります。ですから、意思能力のない被相続人が養子縁組をし
たように届け出がなされていることもあるようです。
筆者が、お客様が養子縁組をしたいと言われた時には、
「必ずお互いが養子縁組をす
るかどうかの意思確認を必ずしてください。」とご指導いたしています。
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3.相続税の税務調査では、被相続人の意思能力を確認する方向にある。
冒頭に被相続人に意思能力のない被相続人に養子縁組をする相続税対策を、お断り
をしたのは、このコラムの意思能力のシリーズにある通り、課税庁も相続税対策をだ
れが行ったかという被相続人の意思能力の有無を問題にする時代になっているからで
す。
もし税理士が、被相続人に養子縁組の意思がないこと、あるいは意思能力が無いこ
とを知りながら相続税の申告を受託していた場合に、税務調査で養子縁組が成立して
いなかったとして税務否認がされた場合には、相続人は専門家であるから養子縁組を
確認して申告をしたはずであるとして、税理士職業損害賠償事件として争いになる可
能性が出てまいります(前号の 3 億円の保険契約の件を思い出してください。)。
4.養子縁組による節税対策効果
この事に関しては、当コラムの第 45 号、第 46号をご参照ください。
5.養子縁組による養子への支障について
私見ではありますが、第 46 号 4 ページには養親と養子の間に養子縁組の意思の合
致があったとしても、税務上否認される可能性がある場合についても言及しています。
ご注意していただきたいのは、節税目的だけの養子縁組は養子の方にいろんな問題を
生じさせる可能性があるということを考慮していただきたいのであります。
このコラムの第 44 号~第 46 号まで養子についてもコラムを書いていますが、そ
の中でなぜ養子をするかというその目的を述べています。養子縁組をするには節税目
的のほかに何らかの目的を伴うようにしておきませんと、養子の方に何らかの障害が
生じるのではないかと危惧しています。特に未成年者を養子にする場合は親権者の同
意だけで養子縁組がなされています。
注:未成年者を養子とする場合は原則として,養子縁組の申立てをして家庭裁判所の
許可を得なければなりません。しかしながら、自己又は配偶者(死亡した配偶
者を除く)の直系卑属を養子とする場合は,家庭裁判所の許可は必要ありませ
ん。
いまだ社会人になりきっていない未成年者をいわゆる孫養子にした場合に生じるかも
しれない問題について述べたいと思います。
① 就職する場合に、禁じられてはいますが就職希望者の戸籍を調べる会社もあります。
② 婚姻をする場合には、両親が相手の戸籍を調べることがあります。節税対策として
孫を養子にする家庭を嫌う方もいます。
③ 祖父母の養子にさせられて、実の両親は親子関係を嫌っているからではないかと感
じ取ることもあります。
私は、お客様が孫養子をしたいと言われる場合には以上の三点を必ずお話しします。そ
して必ずご養子になられるご本人の意思を確認してくださいとお話します。
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相続人の配偶者を養子にするのであれば、それなりの理由が付きますので、こちらの方
をお勧めいたしております。理由はこのコラムの第 44 号~46 号をご参照ください。
最近、九州のある県の地方都市で、孫養子になっていることを知った未成年者がその 3
日後に父を死亡させようとしたショッキングな事件がありました。そのほかに同級生を殺
害したという事実やその他の異常行動もありましたので、必ずしも孫養子ということだけ
が影響を及ぼしたとは考えられませんが、やはり、未成年を孫養子にすることだけは避け
ていただきたいと思っています。
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身分行為の法的意義について
冒頭の「はじめ」で、
「では、以前に貴方の奥様かお孫さんの誰かを養子にしたい、ということをおっ
しゃっておられて、養子になられる方もご承知しておられ、いざというときは客観
的な証拠なり、証言を得ることはできますか。」とお尋ねしました、
と書いています。
結婚、離婚、養子縁組、離縁など家族法における身分関係の取得や変動、消滅と言
った法律効果をもたらす法律行為のことを 身分行為 と言います。経済行為は財産法で
たとえば贈与契約などは、「ただでやる」
「もらいます。」の意思の合致だけで成立しま
す。しかしながら、結婚や養子縁組の法律行為は真実の意思に基づいて行わなければ
なりません。したがって、身分行為は一定の手続きが必要であり、また未成年が単独
でできる行為もあります。
未成年者が単独でできる身分行為としては、養子縁組や認知などがあります。したが
って、ここでは未成年者に意思能力があれば、行為能力は必要とされていません。
(意思能力と行為能力については、第 53 号の 6 ページをご参照ください。)
身分行為は婚姻や養子縁組、認知、相続の承認・放棄など、あくまでも本人の意思によ
ってのみ決められるものであるということです。したがって、身分行為は、何よりも本人
の意思が尊重されなければならないために、同意を要するとか他者が本人に代わってする
ことはできません。身分行為については、その意味内容を理解することができれば(意思
能力があれば)その効力を認めても問題はないとされています。
したがって、冒頭のお尋ねの言葉で、被相続人が亡くなられても、当時意思能力が有り、
本人の本当の意思であることが確認されるのであれば、そして養子縁組の届出の代理をさ
せる意思が客観的に証明。証言があるのであれば、有効に養子縁組は成立します。
引用
東京高裁
昭和 44 年 12 月 15 日判決
上告審
最高裁昭和 45 年 11 月 24 日判決
判決の要旨
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当事者間において養子縁組の合意が成立しており、かつ、その当事者から他人に対し、右
縁組の届け出の委託がなされているときは、届け出が受理された当事者が意識を失っていた
としても、その受理の前に翻意したなどの特段の事情が存在しない限り、右届け出の受理に
より養子縁組は有効に成立する。
戸籍法施行規則
(TKC,LEX/DB
27000672 より)
62 条では
養子縁組の届け出は、他人にその届出人の氏名を代書させ若しくは押印を代行するぽ途によっても
することが許されています。
【雑学です】
婚姻、離縁、養子縁組、離縁などは 365 日 24 時間届け出が受理される。
①
婚姻、離縁、養子縁組、離縁などは届け出によって有効に成立しますので、役所
では 365 日 24 時間届け出が受理されます。
ただし、役所、役場の戸籍謄本係の窓口が閉じている時は、時間外窓口に提出を
します。時間外の場合は、その場で訂正することができないので記入漏れに注が
必要ですが、 万が一、記入内容に誤りがあった場合でも、後日修正をすれば、受
付日は提出日のまま受領してもらえるそうです。
何故でしょうか、届け出が受理されなければ、届け出ができない日に相続が開始
した場合に相続人としての身分が不安定になるからでしょう。
②
死亡診断書には死亡した日と時間が記載され、戸籍簿にもその通り死亡時間が
記載されます。ところが、出生届をしても、誕生した日しか記載されません。子
が出生する前に親が死亡しても、胎児は相続能力が有りますから出生すれば相続
権を取得できるからだとも推測されますので、出生した時間が記載されていなく
ても何ら支障がないからでしょう。
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