Title 銀行取引法と小切手 Author(s) - HERMES-IR

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銀行取引法と小切手
川村, 正幸
一橋大学研究年報. 法学研究, 14: 243-365
1984-06-30
Departmental Bulletin Paper
Text Version publisher
URL
http://hdl.handle.net/10086/10084
Right
Hitotsubashi University Repository
銀行取引法と小切手
銀行取引法と小切手
ノ1[
正 幸
基本的理論を構築することが目ざされている。私見は、そのためには、まずもって、銀行取引、銀行企業の特質の経
第一章に於ては、銀行取引に関する法的諸問題︵とくに、銀行と顧客との間に生ずる法的諸問題︶の考察のための
更に前者に限定される。
上の責任の問題、およぴ、顧客の銀行に対する私法上の責任の問題が検討される必要があるが、本論文では、対象は
引上の法律関係、および、それに基づいて生ずる銀行取引上の諸間題である。その際には、銀行の顧客に対する私法
ぴ、銀行と非顧客との間の関係に於て、考察される必要があるが、本論文の対象とするのは、銀行と顧客との間の取
銀行取引およぴそれに関する法的諸間題は、銀行と顧客との間の関係に於て、銀行と銀行の間の関係に於て、およ
村
済的側面および法的側面からの解明が必要であると考える。この検討は、銀行取引を銀行と顧客との間に成立する継
続的な取引関係に於てとらえることの必要性を明らかにする。
243
序
一橋大学研究年報 法学研究 14
第一章に於ける銀行取引上の銀行と顧客との間の取引関係の理解を前提として、第二章以下では、銀行取引の中で
とくに、当座勘定取引および小切手取引︵小切手の支払委託︶関係を取り上げて検討を加える。第二章では、当座勘
定取引および小切手契約に関する総論的検討を、第三章では、小切手法上に規定がなく、専ら当座勘定取引上の問題
となっている偽造小切手支払による損失の負担者の問題︵とくに印鑑照合の問題︶の検討を、第四章では、当座勘定
取引と小切手法上の規定とが交錯する支払委託の取消の間題、とくに、支払呈示期間経過前の支払差止の問題の検討
を行う。
第一章 銀行取引法の基礎理論
第一節対象としての銀行、銀行取引
本章では、銀行取引法上の諸間題、とくに、銀行と顧客との間に生ずる法的諸問題の解決のための基礎理論を検討
する。但し、その際に、銀行という名称で、我国に於けるすべての銀行と称する金融機関を、更にはその他のすぺて
の金融機関を指そうとするわけではない。すぺての金融機関の行なう取引を、その与信業務、受信業務それぞれ別個
に、取引主体たる金融機関と切り離してとらえるということは、私見によれば不適当である︵後述︶。本論文では、
我国に於て、顧客との間の法的関係が考察されるべき預金銀行中、とりわけその業務において同質性の認められる、
普通銀行︵都市銀行および地方銀行︶を対象として論ずることとする。
︵1︶
更に、銀行取引という語をもって示そうとするのは、銀行において行われる企業取引の一切である。それは、銀行
が自己の顧客との間に行う取引に限られない。それは、顧客ではない他の銀行、金融機関、更には、非顧客一般をも
相手方として行われう る 。
244
銀行取引法と小切手
︵−︶ 田中誠二﹃新版 銀行取引法︵再全訂版︶﹄、一九七九年、四頁以下。
銀行法第二条第二項によれば、﹁銀行業﹂とは、﹁預金又は定期積金の受入れと資金の貸付又は手形割引とを併せ行なうこ
果たす.︸とが銀行の基本的機能であるという経済上の通念に立脚して、前者の営業を基本としつつ、後者をも銀行業に含める
と﹂、﹁為替取引を行なうこと﹂のいずれかをなす営業を言うとする。この定義は、与信受信を併せて行い、資金仲介機能等を
こととしているのである︵大蔵省銀行局内 金融法研究会編﹃新銀行法の解説﹄、一九八一年、四六頁︶。
第二節 銀行取引法研究の基本的立場
ω 現代資本主義経済の中での銀行の地位
一六九四年のイングランド銀行の設立を契機として、近代的預金銀行制度発展への道が切り開かれた。貨幣資本家
と借手たる産業資本家との間の資本の運動︵信用の授受︶の媒介者としての銀行の発展過程は、また、資本主義経済
の発展の過程でもあった。とくに、経済的後進国として、急速な経済的発展により先進諸国に追いつこうとした、我
国およびドイツにあっては、工業の急速な発展のために巨額の設備資金が必要とされ、銀行制度は兼営銀行主義の方
向で発展をとげることとなった。このことは、イギリスの商業銀行との大きな相異を生ずることとなった。そして、
︵−︶ ︵2︶
大兼営銀行の発展は、産業資本の集中、独占化との相互作用のうちに進行し、独占資本主義の段階に至り、産業の集
︵3︶
中、独占化に対応した資本の提供に依拠して、それは、独占金融資本として、産業資本に対し優越的、支配的地位を
獲得することとなった。このような状況は、企業の自己金融力が乏しいとされている我国の資本主義の現状において
は、いまだ当てはまると言えよう。
︵4︶
右で見た現代資本主義中で銀行の占める中核的地位は、その業務たる銀行取引の法的考察の前提として認められる
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一橋大学研究年報 法学研究 ユ4
ことが必要である。
図 銀行取引に関する法の適用・解釈
銀行取引に関する法、即ち、銀行取引法としては、固有の実定法は殆んど存在しておらず、もっぱら民法、商法、
手形法、小切手法、民事訴訟法などの諸実定法、約定書︵約款︶、取引慣行によって、銀行取引は規制されている。
そこで、銀行取引法研究の目的を、銀行取引に関する法規範の認識、あるべき法規範の認識ということに求めるので
あれぱ、右の諸実定法が直接的に銀行取引自体を規制しているわけではないために、そこでは、当然に、右の銀行取
引に関する諸法の適用・解釈の基準、すなわち、右の諸法に依拠した銀行取引に関する法的諸問題解決の基準が問わ
れなけれぱならない。銀行取引の主たる相手方である顧客と銀行との間の利害の衡平に適った調整との関連で、従来、
銀行業の特質・銀行取引法の特異性としての銀行業の公共性、銀行の信用の重視、顧客の信用の重視、更には、銀行
︵5︶
取引の集団性・反覆性・定型性といった諸点が指摘されている。とりわけ、最後の点は銀行取引上の約款の法的重要
性に目を向かせる。
銀行取引法研究の出発点としては、右のような、銀行業、銀行取引の特質を再検討することが不可欠であろう。銀
行取引の有するその経済的意義・本質を十分に把握することなしには、銀行と顧客との間に生ずる銀行取引上の法的
諸問題を解決するための両者の利害の調整基準を見出すことはできず、また、銀行取引に関する法規範認識の共通的
基盤の形成は、法的判断の基礎となっている法的現象の実体的関係上での明白な認識を不可欠の前提とするからであ
る。とくに、その際、正しい把握のために、銀行業、銀行取引が現代資本主義経済中で占める国家経済上、国民経済
上の地位に目を向けることが必要であろう。したがって、以下では、銀行取引上の法的諸問題の解決、とくに、銀行
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銀行取引法と小切手
と顧客との聞に生ずる法律関係とそれに基づく銀行の私法上の責任の問題解決にとって意義を有し、 必要である限り
︵6︶
で、相互にからみ合った銀行業、銀行取引の意義・本質が検討されることになる。
㈹ 預金取引と貸付取引の経済的意義の検討
銀行は、貨幣取引︵貨幣の流通を管理・媒介し促進する取引、たとえば預金取引、発券取引を指すが、更に、送金、
両替、代金取立、地金売買なども貨幣取引の一種である︶と貸付取引とを不可分な形で一体化して営む経営組織であ
︵7︶
る。即ち、銀行は、貨幣取引を営むことによって形成される貸付けうぺき貨幣資本を貸付けるのである。銀行の収益
の主要な源は貸付利息収入であり、反対に、主要な支出は、預金に対する支払利息である。したがって、銀行取引に
ついては、一体化されて営まれる預金取引と貸付取引とを分離して、相互の関連性に目を向けることなく考察するこ
とには疑問がある。
︵8︶
預金取引は、右に見たように銀行にとり貸付貨幣資本の形成としての意義を持つ。それは、一応、預金総額から預
金取引のための支払準備金を差し引いたものとして考えることができる。支払準備金は、その必要となる理由によっ
て分けると、日常的に預金者からの払戻し請求に応ずるために必要な現金、手形交換尻決済・内国為替決済などのた
めに保有する日本銀行への預け金、金融恐慌あるいは不測の支払いに備えるための準備金に分けられる。一般的に、
︵9︶
支払準備金が大きくなればなるほど、銀行の流動性、健全性は増大するが、収益性を損なうという関係がある。しか
し、貸付可能な資金の算出のためには、右の支払準備金だけを考慮するのでは不十分である。銀行にあっては貸付取
引は連続的にかつ円滑に、しかも流動的に行なわれなけれぱならないが、そのためには、貸付資本の一部が常に保有
されていることが必要となり、このような一定分量を貸付準備金と呼ぶ。したがって、これも支払準備金と共に、預
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金総額から差し引かれねばならず、更に、その差額から不可避的に滞留する貸付可能な資本である過剰準備金を差し
引いて算出されたものが、既に貸付けられた未回収の貸付資本︵名目的貸付資本︶およぴ新たに貸出すことのできる
︵m︶
実質的貸付可能資本の合計である。
右の支払準備金は、銀行の預金総額全体に対するものであるから、個々の預金口座の出入の問題とは区別して理解
されねばならない。したがって、一普通預金口座に入金されて一日しか滞留しない資金も、貸付資本の一部を形成す
る。右の意味で、預金の種別はなんら貸付資本供給の源たる点において相違を生ずるものではない。預金取引と貸付
取引の不可分一体性は、預金取引を単純に消費寄託取引に還元できないことを示唆するだろう。
右の貸付資本形成の面では、定期預金は長期安定性を有する預金と言える。我国の銀行は、ドイツの銀行と同様に、
預金中で長期性預金の占める割合が高いという特色を有する。他分、要求払性預金たる当座預金は大きな経済的意義
︵11︶
を持っ。即ち、それは、現代資本主義国家に於ける貨幣中、主要な部分を占め、経済的意義のきわめて大きな預金通
貨供給の主要な源としての意義を有する。この銀行の預金通貨供給機能、即ち、銀行の信用創造の機能は、それ自体
が現代社会に於ける銀行という機構の重要な地位を示す。これは、今日では、当座預金は原則的に手形・小切手のみ
により処分できること、および、手形・小切手はまた当座預金に入金されるということ、更には、顧客に対し銀行が
貸付をしたときには、当座預金口座に貸方記帳されること、およぴ、手形・小切手は原則的に手形交換所を通じて決
済され、その交換尻の決済は、日本銀行における各銀行の当座預金口座上での振替によって行われることから、きわ
めて大きなものとなっている。かくして当座預金中で現金通貨をもって引出される部分は小さなものとなっており、
当座預金もまた貸付資本供給の源となる。手形・小切手といった信用取引の発達は、支払準備金を少なくすることに
役立っ。我国の当座預金取引の特色の一つは、当座預金口座の九五%程度が法人・企業の口座であることだろう。こ
︵12︶ ︵13︶
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銀行取引法と小切手
︵耳︶
のことは、交換決済される小切手一枚当りの金額と相まって、我国に於ては、現金通貨はもっぱら個人所得・消費の
︵15︶
過程に於て賃金給料の支払や個人と小売商間の取引、ならびに農村方面などに用いられ、他方、預金通貨は主に企業
相互間の取引決済に使用されているであろうという推測を裏付けるものであろう。
定期預金は本来的には貯蓄の目的で預金される貯蓄預金たる性格を有し︵貸付の担保として利用されれぱ営業預金
の性格を併せ持っ︶、当座預金は、預金者が日常の出納を銀行に管理させる目的で預金する出納預金中に含まれると
共に、企業者が営業上の収支の必要から預け入れる営業預金の性格を有する。普通預金は、俸給生活者、金利生活者、
︵16︶
企業家などが個人所得のあるたびに預金し、それから支出する所得預金であることがその主な性格だが、貯蓄預金、
営業預金にも利用される。このような性絡上の差異は認められても、銀行にとっての各種預金取引の経済的意味は、
いずれも、貸付貨幣資本供給の源であるということにある。したがって、これらの預金取引に基づく銀行の顧客に対
する種々のサービスを、銀行の純粋に好意的な、義務負担なきサービスとどこまで見てよいのかは、検討されるべき
間題である。
︵17︶
貸付取引について目を転ずると、貸付取引は、獲得された貸付資本の主要な利用方法であり、貸付利息は銀行の主
要な収益源となっている。兼営銀行としての我国銀行は、従来一貫して、産業界、企業に対して貸付を行ってきたが、
政府金融機関、保険会社などの各種金融機関の発展、企業の内部資金の増加に伴って、銀行の企業向貸出額は低下す
る傾向にある。その反面で、収益性の高い有利な資金運用先としての消費者信用の拡大の傾向が近時は認められ︵そ
︵B︶
れにはまた預金獲得のための手段としての意義も認められよう︶、全貸付額中でその占める割合も増加しっっある。
全国銀行︵普通銀行、信託銀行、長期信用銀行︶の貸出にあっては、昭和五五年一二月末に於て、割引手形一九・
︵P︶
七%、手形貸付三八二二%、証書貸付四〇・六%、当座貸越一・四%の割合であるという。このうち、商業手形の割
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引は、特殊な意義を有する。即ち、商業手形中の日銀再割引適格手形は、日本銀行により再割引され、またそれを担
保とした手形貸付が行われることである。したがって、銀行にとって貸付である手形割引は、銀行の日本銀行からの
貸付資本の調達を可能にするものでもある。更に、我国に於ける銀行貸出に当っての担保については、無担保の信用
貸付がきわめて大きな部分を占めること︵企業向けが一般的であろう︶、および、物的担保として定期預金が用いら
︵20︶
れるという事実が認められる。これらの事柄は、預金取引についてと同様に、貸付取引を単純に消費貸借取引に還元
することだけでは、問題を解決できないことを示唆するだろう。企業に対する手形割引は、右に見たように、銀行に
とっても新たなる貸付資本の源をなすものであるし、また、定期預金取引を行っていた者に対する貸付、担保をとら
ない信用貸付は、いずれも、銀行と借主との間の継続的な取引関係、信頼関係の存在を前提としているものである。
右のような事情を前にしては、貸付取引についての銀行の顧客に対する一定範囲の義務の存在の認容、および、銀行
取引約定書中の諸規定み妥当性、銀行の貸付取引慣行としての取り扱いの妥当性に関して再検討することが正当化さ
れるだろう。
︵21V
以上に見た、預金取引、貸付取引の経済的意義の検討によれば、更に、銀行に対する関係では、企業は、預金者
︵貸主︶であると同時に借主であり︵借主であるならば殆んど必然的に貸主である︶、また、個人︵消費者︶も、個々
人に目を向けることなく、消費者として類的に見れぱ、貸主であると同時に借主であるという関係にあると認められ
る︵総合口座取引はこの関係を明確に示している︶。また、現代社会に於ては、企業は預金通貨などの面で銀行機構
を利用することの利益を享受し、消費者も多くの点で銀行機構を利用する利益を享受しており︵たとえぱ、給料振込、
公共料金の振替など︶、更にこのような点に於ても、顧客と銀行との間の一定の相互依存的関係を認めることができ
る。そこで、銀行と顧客との間の関係を理念的に見れぱ︵個々具体的な関係に目を向けるのでなけれぱ︶、両者が相
250
互依存的関係に立つ継続的な取引関係として認めることができ、そこに両者の間の一定の信頼関係を見出すことが可
五節︶。
㈲ 銀行経営の原理の検討
次に、銀行という経営組織自体に目を向けて検討をする。ここでは、銀行取引との関係で、銀行経営の原理に注目
することとする。銀行の経営原理としては、①収益性、②安全性、③公共性の三つの原理が挙げられている。①収益
︵22︶
︵23︶
性の原理と②安全性の原理とは表裏の関係にある。収益性の追求は、それに伴う危険の負担を生じ、安全性を損う危
険がある。しかし、この収益性と安全性とは、あらゆる企業経営の一般的な原則である。私企業としての銀行が自ら
の営利を追求するのは当然のことであって、今日の資本主義国家中で銀行制度の占める地位も、私企業としての銀行
の活動の結果であるにすぎない。この限りでは、顧客と銀行との間の取引関係は、私的自治の原則.契約自由の原則
に服すべき関係として、衡平に適って取り扱われるべきことが要求される。しかし、この側面の強調は、現代資本主
義経済の中で銀行の占める地位、すなわち、一国の経済取引上不可欠な存在としての地位、国家からその独占的活動
の認容が与えられているという地位、および、他方で、国民は、経済制度としての銀行機構の利用を享受できるとい
った関係を無視することになる。このことは、銀行取引を単純に民法上の債権・債務関係に還元することに対して疑
問を生ぜしめる。
︵ 餌 ︶
右の事柄は、③公共性の原理に繋がってくる。即ち、私企業たる銀行は、それにも拘らず、他の企業とは異なった
公共的責任を担っている。その説かれる所によれぱ、第一は、預金者保護の貴任である。広範囲の預金者の存在のた
251
能となる。したがって、銀行と顧客との間の取引上の関係は、更に検討されるべき意義を有している︵本章第三ー第
銀行取引法と小切手
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めに、その経営破綻に基づく預金払戻不能は、銀行がその存立基礎を失うだけでなく、広範囲に社会に対して損失を
与える。また、一つの銀行の破綻は、銀行組織の全体に波及していく。第二は、預金通貨の供給者としての責任であ
る。銀行の預金の払戻不能が生ずれば、それは連鎖的に波及して、社会の取引が杜絶するということが起こりうる。
第三は、資金供給者としての責任である。その社会への資金供給が、いかなる産業分野に向けて、どのような条件で
︵25︶
行われるかは、国民経済の動向を左右し、資源の社会的配分に影響を与える。
以上のような銀行の有する公共性は、一面に於て、政府による銀行の公共性の確保のための銀行監督行政として現
われ、他面に於て、銀行に対する行政当局による手厚い保護として現われる。先の二つの銀行の私企業に基づく原理
︵26︶
との関係では、収益性の過度の追求は、公共性を損う危険があると言える。また、公共性の名目での銀行の過度の私
︵ 2 7 ︶
法上、行政上での保護は、顧客を初めとする国民一般にとり不利益をもたらす。他方、公共性の見地に基づく預金者
保謹の制度︵国の監督行政、預金保険制度︶以上に単純に私法上の保謹を預金者に与えようとする銀行取引法上の取
り扱いは、右の私企業たる銀行の収益性の原理を不当に損う恐れがあると言わねぱならない。
︵艶︶
更に検討すべきは、銀行自体について信用が重視されると説かれることが多いという点である。このことは、一見
して、銀行の有する公共的性格と結ぴつくように思われる。更に、明らかに、銀行にとって、社会的信用力のあるこ
とはまさに預金獲得を初めとするその企業活動上不可欠な事柄である。しかし、信用の重視の点は、単純にその経営
上の公共性の原理に還元できるのではなくて、経営上の収益性の原理に基づいて要求される事柄でもあるのであって、
むしろ、それが歴史上での銀行の信用強化の根底にあったものではないだろうか。確かに、銀行の公共性に基づく銀
行の信用の重視が、銀行監督行政をはじめとして銀行の組織上、制度上に反映していることは明らかに認められるが、
個々の取引行為に於ける銀行の側からの信用重視の程度は、銀行の経営上の判断に委ねられて決せられるべきものと
252
銀行取引法と小切手
言ってよく、﹁信用﹂は、いわぱ、銀行にとり倫理的拘束力を持った自律的規範であるにすぎないと考えるべきであ
る。したがって、銀行の信用の重視という事柄が直ちに銀行取引上の法的諸問題解決のための一つの基準を与えるも
のとは言えないのである。確かに、銀行と顧客との間に生ずる法的諸問題の解決に当っては、相互の信用、信頼が重
︵29︶
視されるべきなのだが、その点に関しては、より一層の検討が必要である︵第三節ー第五節︶。
結局、ここで取り上げた銀行経営を指導する三つの原理によっては、以上述べたことからうかがえるように、法的
問題解決のための十分な効力を持った基準は与えられないであろう。
㈲ 銀行取引の特質の検討
更に、ここでは、商取引行為としての銀行取引の有する特質にっいて検討される。そのような特質として、銀行取
引の集団性、反覆性、定型性を取り上げることとするが、この特質と言われるものは、それ自体に於て意義を有する
ってくる。ここでは、右の諸特質につき、第一に、銀行取引の大量性、反覆性、継続性の問題として、第二に、銀行
ものではなく、その取引が銀行取引であることと、したがって、銀行取引の本質と結び付いてこそ、法的に意義を持
取引上の普通取引約款の利用の間題として検討する︵第二の問題については後述、本節ω︶。
銀行の国家経済上で担っている役割から見れば、取引の大量性・反覆性の基盤の上に銀行の経営が成り立っている
ことは、まさにその役割の要求する所と合致し、銀行取引はそのようなものとして社会的に認容されているのであっ
て、銀行取引の考察の一つの出発点とされるべき点である。銀行取引の大量性・反覆性は、第一に、銀行取引は定型
︵30︶
的な取引でもあるという事柄に繋がる。これは、銀行取引制度の利用者である顧客の側の要求に適ったものであり、
いわぱ、銀行の信用の一側面を形成している。第二に、銀行取引の大量性・反覆性は、銀行取引上の法的間題につい
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ては、銀行と当該の顧客との間の個別的関係に於て考察するだけでは十分ではなく、将来の顧客をも含めた、更には、
一回限りの取引︵両替など︶を行う顧客をも含めた、理念的な意味での顧客との関係に於ても考察することの必要性、
即ち、銀行取引についての﹁理念的考察﹂、つまり、﹁類概念としての﹁顧客﹂概念を用いての考察﹂の必要性に対し
て一つの根拠を与えると言える︵この点については、本節㈲︶。第三に、反面に於て、銀行取引の大量性・反覆性の
個別取引に対して有する意義も認められなければならない。取引の大量性は、たとえば、預金の払戻、小切手の支払
に当っての印鑑照合を中心とした銀行の免貴要件の軽減にかかわるものとして論じられる。確かに、銀行取引の大量
性・反覆性は、右の点について、単純に債務の弁済、委任事務処理の問題に還元して論ずることに対して疑問を提示
するが、その法的意義については、第三章で検討される。
更に、銀行取引の継続性という特質に目を向けることにより、銀行と顧客との間に存在する継続的取引関係に対し
︵31︶
て考慮を払うべき必要性に導ぴかれるのであって、この継続的取引関係の問題は、本章第三節以下で考察される。
㈲ 銀行取引に関する考察のための視点
本節での以上の考察を踏まえて、銀行取引に関する法的諸問題、とくに、銀行と顧客との間に生ずる法的諸問題の
考察のための、段階構造的な視点を提示しておこう。
①理念的考察一銀行取引の意義、および、銀行取引の成立によって生み出される銀行と顧客との間の相互依存的な、
継続的取引関係・信頼関係の有している意義が、まずもって把握されなけれぱならない。その揚合、銀行取引の本質
である受信取引と与信取引の不可分一体性という事柄は、それを自らの存立基盤としている銀行にとっての銀行取引、
銀行取引関係の考察に当っては、その出発点とされねばならないが、顧客にとっての意義に関しては別異に考えるべ
254
銀行取引法と小切手
きである︵銀行と対立する当事者である顧客は、右考察に於ては、呉体的な顧客としてではなく、類概念として理解
されることが必要である︶。
理念的考察上、銀行取引によって、顧客は銀行に対して相互依存的な継続的取引関係・信頼関係の一方当事者とし
ての地位を有するに至ると認められるが、けれども、そのことは、受信・与信取引の不可分一体性を存立基盤とする
銀行にとって意味するものとは異なり、顧客が銀行に対して負担する義務にとっては、副次的、二次的意義を持つに
止まる。銀行取引は、顧客にとっては右のような銀行にとっての一体性の意義が欠けており、一般的に、顧客にとっ
ては、与信取引、受信取引は切り離して考察されるぺきである。
②類型的考察“右に次いで、個々の銀行取引を類型的に考察して、それぞれの銀行取引の個別的類型の意義、特色
が把握されねばならない。即ち、個々の預金取引類型、個々の貸付取引類型の意義、特色が解明されねぱならない。
③ 個別具体的考察“以上に次いで、銀行と顧客との間の個々具体的な取引関係、取引内容を考察することが必要
となる。
よびその法的意義を解明する。それを前提として、第二章以下では、②の類型的な考察を実際に展開するために、当
本章に於ては、第三節以下で、①の理念的考察をより一層押し進めて、銀行と顧客との間に成立する取引関係、お
座預金取引と小切手に関するいくつかの法的間題を取り上げる。
ω 銀行取引と約款に関する予備的考察
銀行取引にあっては、その大量性、集団性およぴ定型性は、普通取引約款の利用へと導びき、各種の約款が個別的
に作成され、取引規定のひな型の制定によりその統一化が促進されてきた。ドイッに於ては、銀行取引全般に適用の
255
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ある銀行普通取引約款がすぺての銀行取引に先立って合意されるのと異なって、我国の銀行取引上の約款利用は、与
信取引の開始時点で与信取引全般に適用される銀行取引約定書が差入れられることを別にすれば、個別取引ごとの約
款が利用されるに止まっている。約款の拘束力の根拠に関しては多くの議論がなされているが、約款に依った銀行取
引契約の成立により、約款内容がこの銀行取引契約の内容を構成することになる。銀行取引に於ける約款の利用は、
銀行にとって合理的な取引技術を提供するが、内容的には、明らかに、銀行側の貴任の軽減をはかり、銀行側の権利
の確保、強化をはかろうとする傾向が認められる。したがって、銀行取引上の約款は、少なくとも消費者との関係に
於ては、経済的強者としての約款作成者たる銀行にとってのみの私的自治の原則・契約自由の原則の享受と、その経
︵32︶
済上の優越的地位の一方的な確保を意味するという点、および、銀行取引上の約款による契約の附従契約性といった
点が、約款の内容の適正性に関する検討を要求することとなる。約款内容の限界性を問題にすることは、つまり、こ
︵33︶
の分野に於ては、現代では、対等な自由平等な市民間の契約に際して認められる契約自由の原則の制限されるべきこ
とを主張するわけである。この内容的限界としては、まずもって、強行法、公序良俗に反せざること、および、同様
に、信義・誠実の原則に反せざることが、前提的限界として認められる。近時に於ては、それ以上の内容的限界とし
︵34︶
て、﹁約款の条項の合理性﹂を示す見解が多くなっている。このような内容的限界に関しては、当該の銀行取引契約
︵35︶
がその約款を内容とする契約であることに照らして見れば、契約自由により、契約内容は当事者間で自由に定めるこ
︵36︶
とができるのが原則であることとの関係から、右のような限界は、より一層の限定を必要とするのではないか、また
は、より一層明確な基準を必要とするのではないか、とも考えられる。この点に関しては、契約自由の原則が制限さ
︵y︶ ︵38V
れるぺきことを前提として、当該の銀行取引上の約款の条項の内容が、当該の銀行取引の合理的と考えられる規制に
照らして見て、その離反が許容される範囲内に止まるものかどうか、即ち、その離反が合理的な枠内に止まるものか
256
銀行取引法と小切手
どうか、したがって、このような意味で、当該約款が﹁合理的﹂かどうかが適正性の判断基準であると考えるぺきで
あろう。右に言う当該銀行取引の合理的な規制は、本節㈲で示した銀行取引に関する理念的考察、類型的考察により、
︵39︶
銀行取引.銀行取引関係の本質的意義に適合して客観的に見出されるぺきであり、更に、合理的規制からの離反の許
容性の評価も、同様の考察方法により、銀行取引・銀行取引関係の本質的意義に照らして行われるべきである。なお、
右のような合理的な規制の探求およぴ、離反の許容性の評価に当っては、任意法規、任意法規範も当然に考慮に入れ
られるべきである。
︵㈹︶
︵−︶ 板倉董一﹃銀行論﹄、一九六五年、一二頁。
︵2︶ 商業銀行の本質を短期金融機関であることに見るものが、商業銀行主義である。したがって、それは、商業銀行は、短期
の預金を受け入れ、それを企業の運転資金などの短期の金融にのみ運用すぺきものとする。これに対立する兼営銀行主義とは、
それ以上に更に長期性の預金をも受け入れ、企業の設備資金などに長期的に運用することを認めるものである︵板倉、銀行論、
︵3︶ イギリスの商業銀行にあっては、これと異なり、銀行と産業との結ぴ付きは希薄であって、銀行資本と産業資本との融合
一一〇頁︶。
︵4︶ 板倉、銀行論、一六七頁。もっとも、アメリカに於ては、第二次大戦後、産業の自己金融力の高まりと共に、商業銀行の
関係は成立してこない︵板倉、銀行論、一六三頁︶。
板倉、銀行論、一六五頁以下、高木暢哉編﹃銀行論﹄、一九七五年、九七頁、一〇八頁︶。
地位が相対的に低下しているとして、銀行による産業資本の支配ということは当てはまらないとの指摘がなされている︵参照、
頁、参照、黒田巌・折谷吉治﹁わが国の﹁金融構造の特徴﹂の再検討﹂金融研究資料二号︵一九七九年︶一頁以下︶、我国の
今日の我国に於ても、企業の自己金融力の増大傾向が指摘されており︵北原道貫編﹃図説日本の金融 五六年版﹄、一三〇
経済構造に於ける銀行の地位の低下、銀行の経営方針の転換も考えられる。この点に関しては、産業への長期貸付の減少の反
面、銀行の国債への投資の増大およぴ消費者信用の拡大は、政府の財政支出の増大・消費者の購売力の増大をもたらすという
257
一橋大学研究年報 法学研究 14
業の結ぴ付きは、より大きく、より強固になってくるとの指摘がある︵高木編、前掲、一〇九頁︶。
形で、間接的に企業に対し影響を及ぽし、銀行による株式、社債の保有とあいまって、国家経済的見地から見れば、銀行と産
︵5︶ たとえば、竹内昭夫﹁銀行取引と法律﹂﹃新銀行実務講座 第一四巻﹄、一九六七年、一頁以下、田中誠、前掲、一一頁以
下、高橋勝好﹃新版銀行取引の法律問題﹄、一九六五年、一一頁以下。
的にどれだけの特異性を有しているだろうか。また、継続的取引性、大量取引性も、それ自体では、銀行取引だけに固有のも
︵6︶ 個別的に見た個々の銀行取引を、他の商取引、たとえば売買などと比較してみると、それ自体がどれだけの特異性を有し
ているかは、さほど明確には確定できないのではないだろうか。個々の与信業務、受信業務も、それ自体の有する内容は、法
のではない。したがって、銀行取引を他の商取引と区別しているものは、銀行業、銀行業務といった概念との関連付けにある
と言えるのであって、更に、銀行取引の法的特異性をどこまで認めるのかの問題は、その特異性がどれだけ銀行取引上の法的
諸問題解決のための具体的に妥当な基準を提示するかにかかっていると言うぺきである︵なお注︵31︶参照︶。
板倉、銀行論、 二 六 六 頁 。
支払準備金は、現金、預け金、およぴそれに準ずる流動性の高い資産︵コール・ーン、国債など︶により構成される。
高木編、一六二 頁 以 下 。
高木編、前掲、二五頁。
︵9︶
預金通貨には、当座預金だけでなく、広義に解して、他の要求払預金である、普通預金、別段預金、更には通知預金をも
︵7︶
︵−o︶
︵8︶
︵11︶
︵12︶
小泉明・山下邦男編﹃金融論﹄、一九七八年、三四頁によれば、昭和五〇年九月末の時点で、法人の当座預金は、都市銀
板倉、銀行論、 二 六 六 頁 。
含め る の が 適 切 で あ る と 言 わ れ る︵板倉董一﹃金融の理論と実際﹄、一九七一年、七二頁以下︶。
︵13︶
我国でも個人用のパーソナル・チェックがあり、小切手は個人の利用の可能性が大きいのだが、御室龍﹃手形。小切手と
九
六
%
、
地方銀行では九一・四%を占める。
行では
︵14︶
引 銀行取
﹄ 、 一九八二年、七七頁によれば、昭和五五年九月中の全国の手形交換高からの推計によると、小切手一枚当りの平
258
銀行取引法と小切手
金小切手も含めた一枚当りの平均金額は、七、二七八千円︶、手形一枚当りの平均金額の一、六七九千円よりかなり高額であ
均金額は三、九六六千円であって︵東京手形交換所の当座小切手一枚当りの平均金額は、七、三二五千円、自己宛小切手、送
︵15︶ 板倉、理論、七八頁。
り、このことも、我国では小切手が殆んどもっぱら企業取引の決済に利用されていることを裏付けているとされる。
︵16︶ 板倉、理論、二四二頁以下。
︵17︶ 昭和五四年下期の統計によれば、経常収益中、貸出利息は、都市銀行で五六・五%、地方銀行で六九・六%を占める。な
慮すると、収益に対する寄与率は大きく、銀行のサービス機能の拡充に伴って今後はその重要性が高まるものと考えられてい
お、為替業務、代理業務による手数料は、同じく、三・四%、三・一%を占めるにすぎないが、ネットの収益であることを考
る。更に、都市銀行では外為部門収益が大きく、総運用収益の一四・五%︵五五年上期︶を占めている︵北原編、前掲、二三
︵18︶ 北原編、前掲、一四〇頁によれば、昭和五四年には、都市銀行の貸出残高中、個人その他への貸付の占める割合は、一
四 頁 ︶ 。
︵19︶
板倉、銀行論、二九三頁以下。
御室、前掲、一三頁。
七二一%、地方銀行では一二・一%である。
︵20︶
貸付取引、とくに手形割引に関しては、後日の研究を予定している。
この三つの原理に関しては、以下は、高木編、前掲、一七七頁以下の説く所によっている。
︵21︶
銀行法第一条に於ては、第一項では、銀行の公共性がうたわれ、他方で、第二項では、銀行の私企業性に基づく自主的経
高木編、前掲、一七七頁以下、一八九頁。
︵22︶
︵24︶
︵23︶
︵25︶
高木編、前掲、一八七頁。近時は、更に銀行の社会的責任論が問題とされることがある︵同、一八八頁︶が、本論文では
高木編、前掲、一八五頁以下。
営 へ の
配
慮
が
規
定
さ
れ
て
い
る
。
この規定の趣旨については、金融法研究会、前掲、三三頁、三九頁以下、四三頁以下。
︵26︶
259
一橋大学研究年報 法学研究 14
︵27︶ 一九七一年制定の預金保険法。
取り上げられない。
︵28︶ たとえば、田中誠、前掲、一一頁。
︵29︶銀行の具体的行動︵取引︶に当っての通常的な信用重視の傾向を、法的問題解決のための依り所として認めるためには、
な形での約款中の表明、または、法的根拠付けに基づかせること︵後述第四節−第五節︶が必要であろう。
たとえば、西ドイツ銀行普通取引約款の第一章総則の序文が﹁銀行と顧客の取引関係は相互信頼関係である﹂と規定するよう
︵30︶ 竹内、前掲、六頁。
︵31︶ 銀行取引の特異性として挙げられる大量性︵集団性︶、反覆性、継続性、定型性といった点も、さまざまな商取引の類型
と比較する揚合、銀行取引だけに法的意義を有する特異性として、直ちにアプリオリに認められるわけではない。右の諸点は、
を有する銀行取引、特異な企業としての銀行、銀行の国家経済中で占める特異な地位といった諸観念も、直ちにそれが必然的
銀行取引の行為主体である銀行企業と結ぴ付けられて、はじめて法的意義ある特異性として評価される。しかし、特異な性絡
に認められる諸点が法的意義を有するというのは、法的問題解決の出発点のための方法論上の仮説であるにすぎないと考える
に、一般取引に比して、銀行取引の別異の法的取り扱いに導ぴくものとは考えるぺきではない。これらの社会学的、経済学的
ぺきである。右の諸点はアプリオリに存在する法的意義を有する事実というわけではない。この仮説に基づいた法的諸問題の
検討、解決が、そうでない揚合に比して、実際的関係、具体的関係により適合した結果に導ぴくことこそが、この方法論的仮
︵32︶高橋、前掲、一二頁以下、田中誠、前掲、五七頁以下。
説の妥当性を確認すると考える。
︵33︶ 銀行取引契約上の約款の拘束力に関しては、顧客に対する開示の問題があるが、通常の契約の揚合のように、当事者の契
約の全内容についての意思の合致は要さず、特にこれに依らない意思を表示して契約しない限りは、契約時にその内容を知悉
していなくてさしつかえないと解される︵田中誠、前掲、五八頁、高橋、前掲、三二頁、大判大四二二・二四民録一二輯二
一八二頁︶。約款の拘束力に関しては、参照、大塚龍児﹁普通取引約款の拘束力﹂法学教室︿第二期﹀八号︵一九七五年︶六
260
銀行取引法と小切手
一頁、林良平.安永正昭﹁銀行取引と約款﹂加藤一郎・林良平・河本一郎編﹃銀行取引法講座上巻﹄、一九七六年、一三頁、
石田喜久夫﹁わが国における約款論の一斑﹂﹃銀行取引法の諸問題﹄、一九八二年、五頁以下、岩崎稜﹁普通契約条款の法源
間題性格と約款論へのアプローチを中心としてー﹂法と政治三三巻四号︵一九八二年︶一二九頁以下など。
性﹂谷川久.龍田節編﹃商法を学ぶ﹄、一九七三年、八頁以下、朝田良作﹁我が国における約款論の展開と現状−約款論の
︵34︶ 田中誠、前掲、六三頁は、契約相手方に信義則に反して不利益を与える条項は無効であるとする西ドイツ普通取引約款法
九条の規定は、我国でも同様に認められるどされる。この規定に関しては、参照、石原全﹁西ドイツ﹁普通取引約款法規制に
︵35︶石田、前掲、一二頁以下、椿寿夫﹁契約の自由と銀行取引﹂法時四一巻七号︵一九六九年︶九頁、山下友信﹁普通保険約
関する法律﹂について﹂ジュリ六三七号︵一九七七年︶一五二.頁。
款論1その法的性絡と内容的規制についてー㈲﹂法協九七巻三号︵一九八○年︶三四八頁以下。更に、約款の拘束力を約
︵一九七三年︶一五二頁以下、朝田、前掲、一五七頁以下︶。
款内容の合理性、正当性にかからせようとする見解もある︵安井宏﹁普通約款の拘束力に関する一考察﹂法と政治二四巻二号
︵36︶ 大塚、前掲、六三頁は、﹁顧客にとって異常に不利益、不衡平か否か﹂に約款の内容上の有効性をかからせる。そして、
︵37︶ 安井、前掲、一五四頁は、条項の合理性を、等価交換の原則を破壊するか否かにより判断しようとする。
右の点は当該契約種類を規制する任意法規範︵成文、不文を問わず︶を基準として判断すぺき利益衡量の問題とされる。
︵38︶ 銀行取引にあっては、顧客はすぺて消費者のように経済的弱者というわけではない。経済力の面でも、組織上の面でも、
銀行に対して対等あるいはそれ以上の地位を有して、取引に関する個別的交渉により特別約款・特約によって銀行取引を行な
う大資本の企業の存在を考慮に入れる必要がある︵岩崎、前掲、一七頁︶。このような特別約款・特約による場合に、その契
費者と銀行との取引とは区別して考察されるぺきなのだろうか。当然、企業は、消費者一般よりは約款内容について熟知して
約内容は明らかに原則的に拘束力を持つ。このような大資本あるいは企業一般が銀行と約款に基づいて取引を行う揚合は、消
が契約内容について熟知せしめられるかどうかだけに基づくに止まらず、更に、約款自体が作成企業たる銀行により一方的に
いる。しかし、銀行取引上の約款による契約を契約自由の原則の下に全面的に服せしめることができないという事柄は、顧客
261
一橋大学研究年報 法学研究 14
は、少くとも、当該の個別取引契約に先立っての内容決定の自由が制約され、他方、その内容が銀行側の立揚から一方的に決
作成されることにも基づいていると考えるぺきではないだろうか︵参照、石田、前掲、一二頁︶。顧客たる企業の側にとって
差、およぴ、銀行取引についての約款の統一化は、事実上、顧客から、契約相手方選択の自由を全面的に奪っている.一とから
定され、したがって、その内容について完全に承知しているのは常に銀行側であるという事柄、更には、尊門的知識の有無の
考えると、銀行に対する顧客の地位の優位、劣位に基づいて、約款内容の規制に関して別異に取り扱うこと︵.一のような区分
を認めるとしても、実際上それが可能かどうかは疑問である︶は、不合理なものであろう︵参照、第三節、第四節︶。
︵39︶ 石田、前掲、一二頁以下は、合理性とは、当該の特殊具体的な状況のもとで、判断の自由が実質的にもあるとすれば、一
況は、合理的規制からの離反の許容性との関係で意義を有するものと考えるべきであろう。
般にひと1平均人ーがどのような意思をもつであろうかが、判断基準であると信じる﹂とされる。しかし、特殊具体的状
銀行と顧客の取引関係
︵⑳︶ 参照、林・ 安 永 、 前 掲 、 一 八 頁 。
第三節
ードイツに於ける取引結合の観念i
ω 一般銀行契約理論
更に、銀行と顧客との間の取引関係を考察するが、ここでは、ドイツに於ける議論を参考にして検討を加えること
とする。まず本節で、ドイッに於ける銀行取引結合︵O窃9弩冨<R互呂暮σq︶に関する議論、とくに、一般銀行契約
︵巴蒔。3。ぎ曾切雪犀く①﹃貸お︶理論を、次いで、その否定説中の近時有力な9尽冴の提唱する信頼責任理論に基づく
︵1︶
見解を検討し︵第四節︶、そのうえで、我国に於けるこの間題の把握の方向性を示そうと思う︵第五節︶。
銀行と顧客との間の取引関係は、通常的には、単一の一時的な取引に尽きるものではなく、長期間にわたっての多
262
o
銀行取引法と小切手
︵2︶
数の取引の基礎をなすものであって、そこに取引結合なる観念が成立する。ドイツに於ては、この取引結合を、個別
取引契約︵振替契約、割引契約、貸付契約など︶から区別されるものとしてとらえ、それに基づいて銀行の守秘義務、
情報提供義務などの種々の法的義務を認めようとする努力が行われてきた。その代表的な見解が、一九二〇年代から
︵3︶
近時まで有力であった︵一般︶銀行契約という理論であった。即ち、この見解は、銀行と顧客との間の取引結合の法
的性質を銀行契約としてとらえ、この銀行契約の存在に依拠して、個別的取引契約が締結されると構成している。
銀行契約理論の出発点は、二〇世紀初頭に於て、銀行と顧客との取引開始に当り、普通取引約款が利用されるに至
ったことにある。当初は、銀行契約は、普通取引約款の通用力を基礎付ける契約として把握され、それは、あるいは、﹄
︵4︶
︵5V
取引約款契約︵o。ω9映房訂良お琶σqωく曾霞お︶として、あるいは、規範契約︵29ヨ聲くR貸お︶として把握されてい
た。しかし、その後、銀行契約理論は、それは普通取引約款の領域を越えた顧客と銀行との間の基礎的関係を規律す
︵6︶
るものであるという方向で展開されるに至った。そこで、あるいは、取引結合契約として、あるいは、利益擁護契約
︵8︶
︵7︶
︵ヨ話8鴇臼薯昏﹃巨σq累Rq品︶として、あるいは、基本契約︵O歪&話葺お︶または枠契約︵園号ヨ9奉葺品︶とし
て、把握されるに至ったが、最後の見解が有力である。これらの見解は、銀行と顧客との間に、普通取引約款を用い
︵9︶
て、将来の個別的契約の基礎となる契約関係が成立せしめられるとする。
これらの銀行契約理論の内容について検討してみよう。銀行と顧客との銀行契約の締結により、継続的な取引結合
が基礎付けられるが、それは、一方では、将来の個別的取引契約の基礎を与え、他方では、個別的契約とはかかわり
のない継続的に存続する債務・義務関係を成立せしめる。銀行契約は個別的取引契約とは区別されるので、一般的に
は、個別的な取引契約と同時に締結されるという関係になる。銀行契約の内容としては、第一に、相互的な信頼関係 3
︵10︶ 2
の契約的基礎の作出があげられる。これは、銀行およぴ顧客の双方に対し、お互いの利益を擁護すべきことを義務付
一橋大学研究年報 法学研究 14
ける。顧客の側にっいても、真実の報告、自己の銀行口座の出入の適切な監視、銀行の損害を避けるために注意を払
うことなどの義務が挙げられている。しかし、この義務の多くは銀行の側にかかわり、従来主張されてきた銀行のさ
︵ 1 1 ︶
まざまな義務︵注意義務、保護義務、利益擁護義務︶が、銀行契約の附随義務として認められている。その具体例と
して、守秘義務、情報提供義務、助言・教示・警告義務、顧客の利益擁護義務があげられる︵後述︶。
︵12︶
第二に、銀行契約は、顧客に銀行の機構、施設、営業活動を自由に利用することを認める合意を含んでいる。この
︵13︶ ︵14︶
意味で、銀行契約の法的性質は、事務処理契約︵O①。。号弾号9曾磐梶る。奉旨﹃お・ゆOω伽α謡︶であるとされ、雇傭契約
法︵Uす翼話葺品・劇Oω伽伽ひ=顕︶または請負契約法︵≦。身くR貸お・ωOω纒9一旨︶の適用が認められている。
そして、個別的取引契約の締結は、事務処理契約の実行と解されている。この揚合に、銀行は銀行契約に基づいて、
顧客の個別的取引契約締結の申し出に応じるぺき義務を負っているのかが問題になる。このような義務は、銀行普通
︵15︶
取引約款の文言︵今日の西ドイツ銀行普通取引約款の第一章総則の序文第二文︶から引き出すことができる。しかし、
︵16︶
この文言は、ぎ≦9ぎ区o詩ヨ身日︵申込の誘引︶にすぎないと理解されている。そこで、銀行の契約締結義務は、
銀行契約それ自体から出てくるとするのが有力な見解である。そして、国03は、銀行取引を中性的取引︵事務処理
︵17︶
を対象とする取引、とくに取立、振替、証券、預金取引︶と、与信的性格をもった取引である積極的取引の二つのカ
テゴリーに分けて、前者についてのみ銀行契約から契約締結義務が生じ、後者については、銀行は、顧客との取引の
︵娼V
検討のみを義務付けられているにすぎないとする。
︵19︶
第三に、銀行普通取引約款に関する合意が内含されている。この合意は、銀行契約とは構成的一体をなしている。
この銀行契約の成立が認められる時点に関しては、当然に、個別的取引契約の締結の時点に於てはじめて銀行契約
は成立すると考える見解もあるが、近時は、銀行契約は、個別的契約の締結に向けられた準備行為の段階に於て、合
264
銀行取引法と小切手
︵20︶
意されたものと推定されるとする見解が有力である。たとえば、口座開設のための準備行為の終了、小切手帳の交
︵21︶
付.受領、普通取引約款の請求.交付・送付などが行われる段階で十分であるとされる。このような個別的取引契約
締結以前の段階での銀行契約の成立の認容は、第一には、8一冒ぎ8算犀箒且o︵後述第四節︶に基づく信頼保護の
思想に、第二には、個別的取引契約締結に銀行を義務付けることは、銀行契約が個別的契約締結以前に効力を有して
いる揚合にのみ認容されうるということに依拠している。確かに、契約の締結には至らなかったが、その交渉中に銀
︵22︶︵23︶
行側の知るに至った秘密についての守秘義務や、契約交渉段階での誤まった情報提供・説明に対する銀行の責任の問
題を考えると、右の点は妥当であろう。しかし、銀行と顧客との最初の法律行為的接触の時点で銀行契約の成立を認
めてしまうと、銀行側では、望ましくない顧客に対し、どのようにして銀行契約の締結を拒絶することになるのかの
︵24︶
疑問が生じよう。他方、顧客の側としても、個別的取引契約締結以前に、銀行契約に基づいて一定の拘束を受けるこ
とは望まないであろう。
︵25︶
更に、銀行契約は、継続的な取引結合を生ぜしめるものであるため、あらかじめ一回限りの取引︵霊コヨ巴鴨8薮δ
︵26︶
であることが判明しているとき︵たとえば両替取引︶には、銀行契約の成立は否定されることになるゆしかし、この
ような一回限りの取引に於ても、それにより銀行が知るに至った顧客の秘密について守秘義務を認めるべき必要性が
︵27︶
認められるだろう。
図 一般銀行契約理論に対する批判
今日では、銀行契約理論に対しては強い批判が加えられている。
①取引結合の開始の時点に於て、銀行契約の成立を見るのは、社会的事実関係と一致せず、 技巧的にすぎる。銀行
265
一橋大学研究年報 法学研究 14
︵28V
と顧客とは、この時点に於て、すべての将来の個別取引について契約関係を生ぜしめようとは考えてはいない。
②銀行契約は、銀行と顧客との間の信頼関係たる銀行取引結合に、契約的基礎を与える竜のであるが、契約概念の
本質は、当事者によってなされた意思表示によって法的効果が生じることにあることに照らしてみると、銀行契約に
は法的効果が欠けている。即ち、取引結合には当事者の法的結合は欠けているのである。なぜなら、それは、いつで
も解消されるから、法的拘束力を有していないからである。
︵29︶
③銀行に対して、銀行契約に基づいて個別的取引契約締結の義務を負わすことはできない。このような義務を、あ
る個別的取引契約の交渉の段階に於ける銀行契約の成立の認容によって認めることも、全く不合理である。更に、個
別的取引契約締結後に、中性的取引についてのみ右の義務を認めることも不当である。それは、銀行の利益に明らか
に反する。銀行が、たとえば、振替契約締結と共に、貸金摩を使用させる義務を負うとは考えられないだろう。顧客
の要求する時点で必ず応じることができるか否かは不明だからである。更に、振替契約締結に基づいて、銀行が信用
力に疑いを持つ顧客とも小切手契約を締結すぺき義務を負わせられることは不適当であろう。また、銀行普通取引約
款がさまざまな種類の取引のための条項を含んでいるということは、単に簡略化と統一の目的に基づくものであっ
て、それは、何ら銀行の取引の引受義務の存在を示すものではない。更に、第一章総則の序文第二文は、言≦鼠3
︵30︶
器oゆR窪費ヨにしかすぎない。
④通常、顧客と銀行との取引は、銀行普通取引約款にしたがって行われるが、この約款に関する合意を独立の契約
類型と見るべきかどうかの問題は別として、それを認めるとしても、このような合意は、銀行取引にとってのみ特有
︵31V
のものではなく、これを銀行契約としてみる十分な理由とはなりえない。
︵32︶ ︵33︶ ︵糾︶ ︵35︶
⑤銀行契約理論は、銀行の守秘義務︵秘密保持義務︶、情報提供義務、助言・教示・警告義務、利益擁護義務を、銀
266
銀行取引法と小切手
︵36︶
︵37︶
行契約の附随義務としてとらえる。しかし、これらの附随義務︵保護義務︶の根拠は、銀行契約に求められるよりも、
信頼責任の理論に求められる方が、具体的な揚合により一層適合する︵後述第四節︶。
︵−︶ これらの点に関しては、既に岩崎教授が要を得た紹介、検討をされており︵岩崎稜﹁ヨー・ッパにおける銀行取引法の展
開﹂法時五〇巻二号︵一九七八年︶四三頁以下︶、参考にさせていただいた点が多い。ここでは、更に主に、Ω塁甲ミ穿。巨
O帥P貿旦国帥ロ犀くo洋β⑳鴇9耳りbo,>=コこ這oo一および、瞑四ロ甲d三〇プ問仁9︸9Nロ﹃び巴肖oくoヨ巴市①日Φぎoコ切餌p犀くo詳﹃帥鱒ちooN
る。
によって、検討を行なうこととする。岩崎論文四五頁以下では、9轟誹の見解についても、適確な要点紹介をされておられ
︵2︶9畠詳㌧劇陣爵こ閃段’ド
︵3︶ 判例上、まれに銀行契約についてふれられる場合にも、それから特別の法的効果を引き出すことは通常避けられており、
して用いているのかは不明確である︵O曽胃ダ団馨ぎヵ身・N︶。
判例が﹁銀行契約﹂という語によって、独立の契約類型を指しているのか、または、振替契約のような個別的契約と同義語と
︵西原寛一﹃民事法学辞典下巻﹄、一七三二頁︶が、それは更に、全く法的拘束力の生じない準則契約︵困9二三窪く雪賃品︶、
︵4︶ ≧h﹃a=ま舞の提唱にかかる、将来の個別的契約の内容となる規範そのものをあらかじめ協定する契約を規範契約という
当事者の債務法的義務を包含する債務法的規範契約︵㎝号巳昏。9集。ぎ﹃Zoヨ芭・お昌βσQ︶、および、直接的に効力を生ずる規
範を根拠付ける法拘束力的規範契約︵器。算<①誉ぎ象9R20<ヨ9お﹃賃お︶とに区別され︵閃9募㌧鐸勲ρψひ︶、この説中
の多くの見解は、銀行契約を準則契約とみていた。
︵5︶ 以上、明8冨卑PPoo■鼻中この時代の銀行普通取引約款は、今日のものと同様に、すぺての銀行取引について適用
のある条項と、個別的取引にかかわる条項とを含んでいた。銀行契約という概念は、このように、銀行取引の開始に当って、
らかなように思われる︵後述第五節︶。
将来の個別的取引契約にもかかわる条項を含む取引約款が合意されるドイツの銀行取引の形態と大いに関係があったことは明
︵6︶甘一ぎ<99。蒔ρ=勢&。一馨。算⋮ooり。げ5聾膏§ヌ。。ー>魯■し凛。。㌧ω齢お9
267
一橋大学研究年報 法学研究 14
いQ■
268
︵7︶ たとえぱ、菊O凶巳箪乱司器ぎR﹃︿O昌OO良戸勾色9詔①ユ3富鼠竃犀Oヨ目O算曽昌日=O押ω即コO一=,9>旨こ一〇ひ辞>三一.
︵8︶たとえば、ω。藷。5ぎ。昌切費⑳霞一喜89ω爵ど3評呂い︸o。身包§耳目す︾島二一8P窟誤>§﹂ズ蟹三︶u
一 N口 伽いひ頓 >口日、 ド Nり N 口︶’ >ロヨ・ oo,
一〇ひN︸ ω’
四, 帥 含 O■ ︾目げ含 一 N= ㎝ ωα軌 >昌ヨ’ 刈︾一 >5葺’ 刈>。 Q。
ψ旨中
pO﹃
帥ー○ 。 uり■ 一軌“ OPコ曽﹃一〇〇一 ︼W㊤一一犀こ 国α昌。 O一 く■ OOα一P一 騨’ 即’ ○’ >Pげ’ 一 N賃 ㎝ Qひ“ >コ嶽口, 一 N。 N 脚︶り >口旨。 轟 σ︶旧
騨騨ρω・呂およぴ、︿・O&旦㊤・勲ρ>昌﹂塁㎝まu>ββ8は、雇傭契約法または請負契
騨O 一8Qo、
国①Oげ酔ω℃﹃①Oげ⊆昌αp qOo隠 ︼W口昌αOoo⑳O﹃一〇げけ㎝げO︷U Nqヨ ω即口評<O吋峠﹃四αq一帳軋≦冒 一〇UV︸ 一トoOOー
こO一〇
<。 OOα一口り
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O魯碧グω雪犀 ■
たとえば、<。 Oo色登②■鋭ρ>呂・一自伽ωひ肋>β芦勲=5昌帥●勲○■一舘o。◆
<●Oo象P麟■四。 ○● >昌7・ 一 N二 ㎝ ひQ軌 >口︻口。 一N■ 一旧 菊ロ一肋①﹃や 印・ 帥’ ○・ ω■ 一恥Nい
閃口O一一㎝一 即﹃ P■ ハ︶ ■ QQ■ NO一 M︿OO﹃㌧ P■ 騨■ ○’ qり■ 一一いい 冒詠=O﹃,閏り﹃N一∪四〇7㌧ のひ 四■ ︵︾、 ωり ひ軌一。
男呂o一h蜜自 R 自
園 げ 8
F
U窪房98=睾α①一毛。冨o耳︸bo。慧自ω●>魯こ一800︸ooひaド
り菊島pooり
としている。なお、>﹃ミa民ooFUざ≧市o巳oぎ茸O㊦ω号鐵錺σa言窄お9qRω雪ぎP一8ρ
を顧客に提供するも の で あ る ﹂
行
普
引
約
一
序
文
二
文
今日の西ドイ ッ 銀
通 取
款 の 第
章 総 則
の 第
は 、﹁銀行は、種々の委託を処理するために、その営業設備
約法の適用を認める。
国①﹃O一へ7]﹁一℃℃ 一 ㎝ 0 7 ︸
霞蓋βρ・
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閃口Oプの− 四■
悶仁O﹃ω︸ 帥齢
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以上詳しくは
((((
8どεどど幹盈ど鞄どど浮ど昌33ド
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((((( ( (( 銀行取引法と小切手
︵21︶ <りOo岳ロ ■ P P ρ
︵22︶ 閃9訂︸勲勲O,ψ8
︵23︶ 個別的取引契約締結の時点ではじめて銀行契約が成立するとすれば、契約締結準備段階での信頼保護は、2一窟菅8・
け声冨&o︵身︶責任の問題として考えられることになる。しかし、これに対しては、身原則は有効に契約が成立する以前の
段階のみにかかわるものであることから、このような9・責任で補充された銀行契約理論に対して、9冨冴b問8房は反対
する︵後述第四節︶。
︵25︶
喝自07ω一勲
明qoげ9聾
閏β3ω一
閃8房’
︵26︶
︵24︶
︵27︶
〇帥昌P風の一
ω即 口 ぎ
閃目Oげの”勲
︵29︶
︵28︶
〇即口帥ユ即 ω帥昌岸
軌Nい
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籍’
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カα戸一9蜀qo70・”帥■即●O。ω、ま隔ー
閃α戸9ざooU閏8げ即欝即●O,qo、曽■
こ れ は 、銀行が、 顧客の口座に関して知るに至った事実、およぴ、取引結合に基づいて知るに至ったその他の事実に関し
︵30︶
法定の例外的揚合 でな
い
限
り
は
、
他に情報を与えてはならないということ︵守秘義務︶、およぴ、この情報提供を拒絶す
O餌コpユ9 ω即口犀
.︾
て、
行の秘密保持義務﹂加藤
﹃ 銀 行 取 引 法 講 座上
・
林
・
河
本
編 巻
﹄
、
一九七六年、二五頁以下、および、後藤、銀行秘密、一一〇
持
義
務
に
関
し
て
は
、
河本一郎﹁銀行の秘密保持義務﹂金法七四四号︵一九七五年︶四頁以下、同﹁銀
我国での銀行の秘密保
取引約款﹂岡山商大論 叢 一 四 巻 二 号 ︵ 一 九 七 八 年 ︶一〇八頁︶。
る権利︵情報提供拒絶 権︶
を有するということを意味する︵守39鋭帥■900臼8い後藤紀一﹁銀行秘密と西ドイツ普通銀行
︵32︶
︵31︶
訟
ψψψψφ
頁以下があげられるが、
後の二つは、この問題に関するドイツの判例、学説について検討を加えている。
269
勲P騨P些
ρPρρρ
一橋大学研究年報 法学研究 14
︵33︶情報提供の中で最も重要なのは、信用照会に対する回答の揚合である。それは、銀行が、自己の顧客の経済的状態、即ち、
信用力及ぴ支払能力に関して行なう報告である。この照会は、顧客からも、非顧客からも、他の金融機関からもなされうる。
西ドイツ銀行普通取引約款第一〇条第一項は、﹁銀行は誠意をもって顧客に対して銀行にふさわしいあらゆる情報およぴ助言
を認めることは不適当である︵閏9冴一PPρω、o。団卑︶。更に、右の銀行普通取引約款第一〇条第一項第一文は、その第四
を提供する﹂と規定する。この情報提供の問題は、銀行の秘密保持義務と矛盾する要素を含んでいるから、一般的に二の義務
文が﹁情報およぴ助言を与えなかった場合についても、︵法秩序の範囲において許される限り︶、銀行の責任が排除される﹂と
規定していることから、なんら請求権を認めるものとは解釈されえない。第四文は明らかに、銀行の不作為︵情報の不提供︶
言提供義務を負うとは言えないことになる︵O塁曽量ω目〆勾身﹄qo。ヨ問8房・勢PO・ψo。軌南∴後藤、銀行秘密、九六頁
に対して責任を排除しており、銀行の情報提供拒絶に対しても責任は排除されていると言える。したがって、銀行が情報・助
︵糾︶ ヵOは、﹁助言と勧告とは、銀行取引の不可欠な分肢を形成している﹂とする︵園ON鳶﹂翫︵一呂︶︶。この判決の対象と
以下︶。我国の信用照会制度に関しては、参照、田中誠、前掲、三八頁以下、後藤、銀行秘密、八五頁以下。
務、また、書式記入に当っての銀行の説明義務があげられる︵ぎo房・騨Pρoo﹂&︶。これらは銀行普通取引約款第一〇条
しているのは、投資に関する助言であるが、広くこのような義務は認められ、財産的危険・利益に関する一般的報告・警告義
︵35︶ 顧客の利益擁護義務としては、個別的取引契約締結義務、およぴ、個別的契約に還元されない一般的利益擁護義務があげ
の規定に服する。
られている。
︵36︶ <.O&一P騨鋭P>号■一昌㎝ま軌>口e■9>コ500・N・y>pβO︾∴く,9①詩ρ鉾騨ρω■おご切曽ヨ訂3−
∪&①p国餌区o一品。器欝σロoFN避>島こ一〇〇。ρ>5げ■一一β9㎝8ひ菊号、一い盟ぎ登騨曽・ρ一b。い檜○いO民胃一胃多。∈客
︵37︶ O壁費一即閃雪ぎ、菊qP曾問8一一9P勲ρの。NOh、
一窯ど轟ooひ︵わooN︶■
270
銀行取引法と小切手
第四節 取引結合に基づく信頼責任の理論
ω取引結合−一次的給付義務なき法定の債務関係
銀行契約理論は、銀行契約により相互的信頼関係としての取引結合が成立せしめられるとした。しかし、既に見た
ように、この取引結合の根拠に銀行契約を持ち出す考え方に対しては、近時強い批判がある。そして、取引結合は契
約関係でも、さりとて、単なる事実的関係でもないとしたうえで、法定の債務関係であるとする見解が有力になりつ
つある。即ち、それは、銀行の顧客に対する︵または、顧客の銀行に対する︶諸義務の根拠を、取引結合に基づく信
︵−︶
頼関係に求めるのである。既にして、 菊巴器﹃は、取引結合の中に、法律行為によって成立せしめられたのではない
法律関係、更には、債務関係を認め、それは、。巨醤ざ8昌霞聾Φ民o︵。す契約締結上の過失︶に当っての責任︵不
法行為責任よりも過重された契約法上の責任︶の基礎をなしている契約交渉と同一の性質をもった契約外の特別な結
合であるとしている。今日、この法定の債務関係は、一次的給付義務なき法定の債務関係︵σo。。。。艮芭話on9三身①吾−
︵ 2 ︶
巴9誘80ゴo唱ぎ警oH駐ε昌αq招臣o算︶として示されている。右のような、o一。責任と同一の基盤において、銀行
取引結合上の諸義務をとらえる見解が今日有力になりつつある。その代表的主張者は9β誘であるが、この見解は、
︵3︶ ︵4︶
︵5︶
結局、銀行取引結合を、守秘義務、助言義務などに基づく責任の基盤をなすものとして、一次的給付義務なき法定の
債務関係としてとらえ、行為義務︵く。旨巴3塁且8耳︶の根拠付けをはかることに尽きているのであり、かくして、
銀行の負担する右の諸義務は、この法定の債務関係に基づいて生ずる保護義務︵ω。ど欝菖ざ耳︶1たとえば、注意
義務︵uooお邑房葛8算︶、保謹義務︵○σど錺菖8耳︶、解明義務︵>亀犀犀毎茜。。覧巨6などーとしてとらえられる。
そして、この義務に違反した場合の責任は、契約責任として理解されることになる。
271
一橋大学研究年報 法学研究 14
圖 9轟房の信頼責任の理論
右の見解について、9墨房の見解を中心にして検討する。
9轟冴は、私的自治の原則の支配する法律行為に基づく貴任の体系、およぴ、不法行為に基づく責任の体系とは
︵6︶
区別される、それらの中間的カテゴリーである第三の責任体系たる信頼責任の体系を、理論的に構築する。そして、
︵7︶ ︵8︶
︵9︶
契約交渉の段階に於ける保護義務違反に基づく貴任に関しての§責任は、この広汎な信頼責任の中に包摂される。
9轟冴の信頼責任の一般的要件は、第一に、信頼構成事実︵<曾貫窪。畠寅3窃琶・“︶ー信頼は一定の客観的基礎
に基づくものであることが必要ー、第二に、信頼者の善意ー内心的な信頼だけでは保護に値せず、処分行為
︵U一ぞ8三9︶または、信頼投資︵くR賃p5冨営く鵠叶三9︶へと客観化されなければならないー、第三に、帰貴性であ
る19畠冴は、この保護義務の場合の帰責性の基準を危険思想︵困降お巴弩ぎ︶にではなく過失主義︵くR鴇言5
魯冥5N首︶に求めるー。
︵10︶
このような保護義務に対する強化された信頼責任の内的な法的根拠は、すべての契約当事者は、相手方の法益が契
約交渉、契約締結に基づいてその者の影響下におかれる限り、相手方の法益に対する侵害から守るぺき義務︵保護義
務︶を負うということ、および、それと結び付けられた特別の信頼の要求と保護とにあるのであって、更に、その実
︵11︶
定法上の基盤は、信義・誠実︵↓﹃窪琶9Ω婁σ魯︶の原則中に存する︵切Ω田㈱N畠︶。このように、この貴任は当事
者の法律行為的意思に基づいて成立するのではなく、それはそれから独立した法に基づくものであり、その基礎をな
す、当事者相互の特別な信頼を要求し、それに対し保護を与える特別な関係︵契約交渉、取引結合︶は、法定の債務
︵12︶
関係として性質付けられる。それは契約締結とは無関係に成立し、法律行為的接触︵お。算.σq。の。鼠h隻。げ。因o馨算叶︶
またはより適切には法律行為的取引への参加︵↓①ぎ聾ヨΦpヨ﹃8耳品。8峯旨三一曾<。蒔Φげ﹃︶と共に成立する。右
︵13︶
272
銀行取引法と小切手
の責任およぴ保護義務は、。一。責任のように契約交渉の段階に於てだけ認められるものではなく、契約締結後にも認
められる。当事者間の結び付き、および、特別な信頼関係は、契約締結前のみだけでなく、真の意味では契約締結後
にはじめて生ずるからである。このような信頼関係が、契約締結前に既にして保護義務の根拠となることができるの
ならぱ、他者の法益への作用がより強化され、信頼関係のより強化される契約締結後︵また、後に契約が取消されよ
︵14︶
うとも︶には、まさにそのことが一層強く妥当しなけれぱならない。かくして、契約成立の前、後を問わずに、統一
︵15︶
的な保護関係に基づいた保護義務の成立が認められる。
偶 銀行取引結合上の信頼貴任ー保護義務
右のような法規範の、銀行と顧客との間に成立する銀行取引結合への適用は、容易に認められる。なぜなら、銀行
取引結合は、法律行為的接触としての意義を持つと共に、銀行と顧客との間の特別な信頼関係として理解されている
からである。取引結合に於ては、法律行為的接触に基づいて、他者の法益に対する影響の可能性のために相手方は高
︵ 1 6 ︶
度の注意を払うはずであるという観念に結ぴ付けられた、相手方の周到な取引準備に対する両当事者の相互的な期待
により、信頼関係が生み出される。西ドイッ銀行普通取引約款の第一章総則の序文第一文も、﹁銀行と顧客の取引関
︵17︶
係は、相互信頼関係である﹂と規定する。右の銀行取引結合としての一次的給付義務なき法定の債務関係は、守秘義
︵18V
務、情報提供義務、助言義務などのさまざまな保護義務を生み出す。この義務は、契約に基づくものではなく、それ
は、振替契約、貸付契約、割引契約などの個別的取引契約からは独立して成立する。それは、これらの契約の締結前
の契約交渉の段階で既にして成立するだけでなく、個別的契約の履行後にも存続する。それは、個別的契約の成立に
︵四︶
より消滅するわけではなく存続し、とくに、銀行取引結合の存続中には濃密化する。個別的契約の無効、取消にょり
273
一橋大学研究年報 法学研究 14
︵20︶
給付義務および附随義務が消滅しても、保護義務は存続する。
右の保護義務を、個別的契約の成立に基づくその附随義務としてとらえるときには、それらが給付結果に還元され
︵班︶ ︵22︶
えない独立的な附随義務であることから、その違反による不完全履行の場合には、積極的債権侵害︵℃。。。三く。閃。.畠。,
ヨお男毘卑慧品︶の一つの重要なケ;スということになる。しかし、既に述べたように、。圃。責任と同様の信頼責任
︵23︶ ︵24︶
が個別的契約締結後にも認められるべきであるとされる。
なお、ここで銀行の守秘義務等を、個別的な取引契約︵たとえば振替取引︶に基づく附随義務の一つとして理解し、
ハあソ
守秘義務違反を、個別的契約の積極的債権侵害として、顧客の銀行に対する損害賠償請求権を認める少数説について
一応検討を行うこととする。確かに、当該の顧客に対する前述の諸義務を全面的に個別的取引契約に結び付けること
ができる揚合も考えられる。たとえば、ある振替口座を有する顧客のその口座状況の情報を銀行が第三者に提供する
場合にはそのことが当てはまるだろう。しかし、この顧客の経済状況についての情報を、銀行が種々の.︸の顧客との
取引︵たとえぱ預金取引、振替取引、証券取引など︶を総合することによって得て、それを提供するような揚合には、
右のような繋がりを否定せざるをえないだろう。更に、顧客が、個別的取引ごとに自己の秘密保持の保護を放棄する
揚合には、具体的な法律関係を考慮に入れなければ、銀行の免責の有無は確定されない。また、銀行が、顧客との個
別的取引とは全く関係なく、継続的な取引結合の中で獲得したにすぎない情報の揚合にも、右の個別的契約との繋が
リは否定される。他方、個別的取引契約に基づく附随義務の構成にあっては、銀行の責任の基準について、銀行と顧
パめレ
客との間に既に存在している取引結合に基づいた相互的信頼の強化を考慮することができない。更に、銀行の個別的
︵27︶
契約に基づく責任は、個別的契約の有効な成立の有無にかかわるから、責任基盤としては不確実である。
以上のような理由から、銀行の負う諸義務を個別的契約の附随義務とする構成は排除され、銀行契約理論の否定の
274
銀行取引法と小切手
後にも、その義務を個別的契約とは切り離された、銀行取引結合自体から生ずるものとして議論する方向が支持され
ているのである。
︵28︶
回 法律行為的接触の要件
保護義務成立のための要件である法律行為的接触に関しては、銀行が自己の顧客に対してでなく、他の銀行の顧客
に対して責を負うぺき揚合があることとの関係で、若干の補足が必要である。たとえぱ、銀行の顧客が、その取引銀
行以外の銀行と取引を持つ者についての信用情報を得ようとして、その自己の取引銀行に依頼したところ、誤まった
情報が提供された揚合である。この揚合には、問い合わせを受けた銀行にとっては、この顧客との一回的な情報提供
のための接触それ自体が欠けており、情報提供は、提供銀行から問い合わせ人の取引銀行に対してなされ︵銀行から
︵29︶
銀行への情報提供︶、それが間い合わせ人に伝えられる。この揚合には、取引結合は、この顧客と取引銀行との間に
のみ存しているから、第三者たる報告銀行の責任はどのような根拠により認められるのかが間題となる。ωO匡の判
決は、﹁第三者自身が契約の締結に経済的に強度の利害を有し、そして、当該取引から個人的利益を得る揚合、また
︵30V
は、第三者が、特別な範囲に於て、個人的信頼を要求した揚合に、第三者の責任を認める﹂としている。銀行は誤っ
た情報の提供に当って、通常、強度の範囲に於て、自己に対する信頼を要求することから、右の責任が肯定され、こ
の提供銀行は、問い合わせ人と取引銀行との法律関係中に取り込まれる。右の保護義務違反に基づく責任は、銀行と
その顧客との間の法律関係に結ぴ付けられるのではなくて、顧客と第三者たる銀行との間の法律関係、または、取引
銀行と第三者たる銀行との間の直接的関係に結び付けられる。したがって、信頼責任にとって必要な法律行為的接触
を成立させるための取引結合は、多様な可能性を持っている。同様な関係は、冨器。ぼ浮取引に於て、﹁支払支店﹂
︵31V
275
一橋大学研究年報 法学研究 14
が﹁取立支店﹂もしくは﹁呈示人﹂に、支払人がrpω富。耳洋の償還を拒絶したということを適時に伝達しなかった
揚合、およぴ、ある企業が、銀行に開設した口座を﹁設立口座﹂と表示して、投資家.株主に.︶の口座に払い込ませ
たが、実際には通常の振替口座にすぎず、他方、銀行がそれ故に、口座に関する処分が﹁設立のために﹂のみ行われ
パぬロ
るかどうかに関して管理せずに放置している揚合などにも認められる。
㈲ 保護義務違反の責任
既に述べたように、保護義務違反は、契約責任を生ずるが、幟で述べたように、保護義務は個別的取引契約から独
立しているから、当該の保護義務違反は、特定の個別的契約とではなく、取引結合自体と内的関連性を有しているこ
とが必要である。たとえば、銀行に振替口座のみを有している者が、振替口座とは無関係だが、顧客として当然に与
えられるぺき情報について誤まった内容の提供を受けた揚合には、この者は保護される。
︵33︶
この保護義務違反の揚合に生ずる損害賠償責任は、原則的には信頼利益・消極的利益︵無効.不成立の契約を有効
と信じたことによって蒙った損害という伝統的な意味のものではない︶の賠償である。例外的には、履行利益.積極
パ お
的利益にまで及ぶ揚合がある。
個 信頼責任と免責条項
西ドイツ銀行普通取引約款第一〇条は、銀行の情報および助言の提供に関する免責条項を含んでいる。このような
免責条項により正当かつ合理的な範囲で信頼責任を排除することが認められるのかどうかが問題となる。
免貴条項による信頼貴任の排除は肯定されている。その理由は、第一に、銀行普通取引約款の条項の適用は、個別
276
銀行取引法と小切手
的取引契約についてのみならず、全体としての取引関係︵取引結合︶についても合意されているからである。第二に、
そのようなことが当てはまらない揚合であっても、このような免責条項の存在によって大抵は、それに対する信頼の
保護が問題となりうる信頼構成事実の成立が阻害され、したがって、信頼責任のための請求権要件を欠くことになる
のだから、信頼責任は、原則的に相手方の同意なくても一方的に排除されることになるからである。
︵35︶
免貴条項が顧客に対する信頼責任に関して効力を有する以上、保護範囲に含められる第三者は、自らが当事者であ
る揚合以上に有利な地位を与えられることはありえず、この第三者に対しても、この免責条項は働く。したがって、
︵36︶
非顧客に対する情報提供︵前述︶に関しても、銀行普通取引約款第一〇条の免責が効力を有する。
︵1︶ 国ONミ﹂一〇。’この判決は次のように説く。﹁二人の人間の取引結合は、それ自体はまずもって、これらの人々が相互に
締結し、相互に対して履行する偶発的な相互的存在以外のなにものでもないけれども、しばしば生ずる取引関係により、およ
び、相互に相手につくし合うことだけが両当事者にとり有益であるという認識によって、それに於ては、信義・誠実の維持が、
相互に不知の人々の間での取引に於けるよりも高次にかつ広範に不可欠となる信頼関係が形成される。個々の取引の締結と履
行だけでなく、全取引結合が信義・誠実によって支配されており、そして、それにより、二の取引者の結合がなければ、法的
︵2︶即巴器﹂勲勲ρoo﹂い段、
には無意義な事実と思われる行為が、法的内容を獲得することができるに至る。﹂
qo3暮壱ヨo年<①3巴9剛。。葡、、一N一〇Nρ一鵠象
︵3︶9奉量騨巳︷・、盈戸旨∋寄身わ勲o■ψひ一勢℃。3﹃6ぼ警き馨一一宰o量ゆ:b一。o①の。憂響①琶&琶αQ島
蒔U碁3.、σ。一巳9凝g<①葺禽g..﹂Nち塁ミ象﹃∴望①<霞賃婁Φ邑義言お言量話9聲ギぞ”幕。Fち鐸およぴ、渡
︵4︶ 9母昔の信頼貴任一般については、9奉冴:>房鷲9箒ミ品の⇒も含穿R<㊦§謎撃①﹃醇窪お、.・且あ9昇塁罵ざ夷
民商八八巻二号︵一九八三年︶二六〇頁以下。o嘗豊ρ<R賃き。轟では、所謂権利外観理論に代表される、信頼に合致した
辺博之﹁契約締結上の過失責任をめぐる体系化の傾向と﹁信頼責任﹂論ーカナリスおよぴシュトルの所論を中心としてー﹂
277
一橋大学研究年報 法学研究 14
請求権の保護である積極的信頼保護を中心にして論じられているが、ここでの問題は、保護義務違反に基づく信頼損害に対す
︵5︶ この法定の債務関係は、行為義務のみを根拠付け、一次的給付義務を内容としない。右の行為義務に違反した揚合に、は
る賠償請求権である消極的信頼保護の問題である。
︵6︶ 9旨岳㌧くRヰ呂窪望ω﹄=貸9轟ユ硫の信頼責任の一端については、私も<。葺曽9の、により、不十分な紹介をしたこ
じめて損害賠償義務︵二次的給付義務︶が成立する。
とがある︵拙稿﹁手形法におけるレヒツシャイン法理に関する若干の考察﹂一橋論叢七一巻六号︵一九七四年︶五〇頁以下︶。
9畠誹の信頼貴任理論の紹介としては、渡辺、前掲、二七二頁以下が非常に有益であるが、更に、豆①鼠3勾oヨぎ﹃:≧R,
茸曽窪昏駄εおゐぎoo貸易ε壱旨嵜一℃盆ω閃壁犀<R窪お鴇9算のぎ..N=カ一ミ︵一〇〇。いy曽頃は、とくに、O壼胃置切婁ドに於
ける信頼責任理論の展開の紹介、批評を行なっている。
︵7︶。一。貴任に関しては、渡辺、前掲の外、北川善太郎﹃契約責任の研究﹄、一九六三年、一九四頁以下、三三九頁以下、同
﹁契約締結上の過失﹂﹃契約法大系1﹄、一九六二年、二二一頁以下、上田徹一郎﹃注釈民注面﹄、一九六六年、五四頁以下、山
田晟﹁﹃契約締結のさいの過失﹄に関するドイツの判例の比較法的分析﹂成険大学政治経済論叢一七巻三艮四合併号︵一九六
︵8︶
〇騨5ρユooい
OP⇒帥ユロo一
属ミひ卑
八年︶八二頁以下。
O即昌帥ユP くo﹃貫帥βo昌㎝こωー軌い“自■
切帥⇒ぎ一菊飢p罵一一N 禽曾くRヰ窪o島こψ恥ホB
<o﹃ q ρ 翼 ① 昌 ω こ ψ 斜 ε 融 、
︵10︶
O四昌帥ユoo一
︵9︶
〇卑昌節ユ即
<①耳雷虐o房こoo■鴇oo渉∼男goげ即帥■勲○。oo■ひピ
噛台9
︵12︶
︵11︶
O即コ帥ユもo﹄
なぜなら、信
頼
責
任 的
効
果
を
生
ず
る
も は 契 約 責 任 と 同 一 の法
の だ か ら 、このことは、少なくとも、法律行為的な取引に内含
︵13︶
される行為が存在し、真の契約違反の場合との一定の類似性が存する揚合にのみ正当化されるからである︵9呂﹃グ切器﹃
278
銀行取引法と小切手
即冒・猛︶。したがって、信頼責任は、法律行為に基づく責任ではなく法定の責任ではあるが、 法律行為的接触に基づく責任
または、法律行為的取引への参加に基づく責任としての機能を有する。
14
︶ Oρロ巽5一N ≒ 9 ≒ P
︵ ︵
1 O帥昌即ユ即切㊤議犀こ男畠p一ρ一轟、
6︶
1 5︶O聾鶏凶9一NミO■
︵ ︵
1 閃qoげ㎝一騨勲O。qo。ひQ
7︶
︵
B ︶O印ロ曽一pω四巳︻こ閃αp轟O⇒■︵禽y著ゆ‘一〇いR
題となる。助言義務についても同様であるが、説明・警告義務については、それを行うこと自体が問題となる。しかし、これ
信用情報の提供義務に関しては、とくに、正しくかつ完全な情報の提供、すなわち、誤まった情報に対する責任が主要な間
らの諸義務については、まさに個別具体的ケースに則して議論される必要がある。利益擁護義務については、顧客の財産的利
○
’
uo,9勢oり■猛O臣こoo●aPoo。一8h。︶。
益の擁護が問題になるが、その保護されるぺき程度は、銀行と顧客との具体的な利害の調整の問題である︵<αQ一■浮39P騨
︵
1 閨偏oげ9pの。O●oり.刈N■
9︶
︵ 20
︶ O即ロPユ9一N令曾国Pロ犀二勾αP旨℃一9
︵ 21 ︶ 北川、契約責任、九〇1九一頁。
︵ 22 ︶ 我民法では、四一五条で﹁債務ノ本旨二従ヒタル履行ヲ為ササルトキハ﹂とされているから、積極的債権侵害は、債務不
不履行による損害賠償請求権が考えられることになる︵参照、於保不二雄﹃債権総論︹新版︺﹄、一九七二年、一一〇頁、西村
履行の一態様として理解されている。したがって、保護義務を個別的契約の附随義務としてとらえると、右の関係では、契約
︵23︶ この概念については、参照、於保、前掲、一〇九頁以下、北川、契約責任、四二頁以下、三〇七頁以下。
信雄﹃民事法学辞典下巻﹄、一七〇九頁︶。
於保、同所によれば、積極的債権侵害とは、単に給付義務を履行しないことによって消極的な損害を生ぜしめることではな
279
一橋大学研究年報 法学研究 14
これは、債務者の給付義務の不履行では
くて、債務者が職疵ある目的物︵例えぱ、虫の喰ったリンゴや伝染病に罹った家畜︶ を給付したために債権者に損害を生ぜし
めること、即ち、不完全な履行行為のために積極的な損害を生ぜしめることである。
なく、給付義務に 附 随 す る 注 意 義 務 の 不 履 行 で あ る 。
︵2 4︶
O即ロ曽一。n︸一N 轟 凝
︵ 26
︶問属oゲ9勲帥■○’ω。Nド
︵ 25
︶ oo一。耳Rヨ雪口:b霧ω雪凝魯。互包切=呂器凶髭Oお目op..呂∪勾這器㌧一畠”ωO匡NNざN訟︵N&︶■
︵ 2 7︶閃眞oびω︸㊤■勲O。ψ団一艶
た場合には、法定の債務関係は終結し、契約的債務関係によって代替されるとする。そして、契約締結前の法定の債務関係中
︵ 28︶
以上の点に関連して、冨話目は、保護義務関係を、追求された契約の無効の揚合にのみ認容し、有効な契約締結に達し
なるとする︵民賢一ピ巽9きピ魯吾琴げα窃oo9巳昏①9房劇阜一、≧面。日oぎR↓巴一9>二〇こ一〇。。ρoo。一旨じ。
で成立した保護義務は、契約的債務関係によって引継がれ、契約上の附随義務もしくは附随的給付義務として存続することに
したがって、責任の根拠は、積極的債権侵害に求められることになる。二の見解に対しては孚3ω︵勲騨ρoo・翼も軌︶は
反対する。即ち、継続的な銀行取引結合のさまざまな段階に於ける保護義務に関する責任根拠に関する構成は1契約交渉の段
階での08責任、契約段階での積極的債権侵害、契約終了後の8一蜜℃8σ8暮揖99巨診一ε9︵契約終了後の過失︶1、共
通的な基盤、即ち、信頼の保護と信頼の要求を内容としてきたものであるのに対して、右見解によれば、契約の無効や契約の
段階に応じて、保護義務の根拠を異にすることになること、および、守秘義務を例にとると、それは特定の個別的契約に必ず
しも結ぴ付けることができないこと︵前述︶を理由としている。なお、9轟誹こN≒。は、保護義務については、契約締結
前の責任と契約締結後の貴任とが構成的にも、内容的にも同一のままであること、およぴ、契約締結を境として、何故に右の
きであるとしている。
ような責任の性格、基盤の転換を生ずるのかは理由を見出しがたいことに基づいて、統一的な保護関係の理論を打ち立てるぺ
︵29︶ 守秘義務については、一回限りの銀行取引も、法定の債務関係の成立にとり十分である︵閃琴房㌧P勲ρψ籍︶。
280
銀行取引法と小切手
︵32︶
︵31︶
︵30︶
O動b帥ユ9切餌ロ犀■︸勾島昌
O即口費ユωヤ団帥コ犀こ菊α戸
O騨コ即ユ即閃のコぎ一即島鼻
Oゆ昌即ユ9ω四昌犀こ勾山P
切O一山 ■目2づ
ωρ
一い
誠︸卜ooo’
NyNoo︾一∋問ロoげoo㌧勲勲○・oD.一ω一中
︵33︶
Oごミ巴$﹃O曾9こけ:一U一①国賦ε謁ω聴。凶N。凶3ロ信おぎ器旨巴σα島⑳o。。9N一凶38
一轟︹ 閃巴
ま ω・
Oこ
ω の判決については、O雪弩す切目犀こ男号・鴇によっている。
讐
㈱
N ︵34︶
O雪即ユ9切餌ロ犀こ勾α昌。
.、一N一Sρ軌鴇い
︵35︶
一器。ω、
勲帥■P訟oo︶。
O①味﹃斜﹃α“
げ目けN<①﹃﹃巴け昌−
免貴約款の許容される範囲については、西ドイッ普通取引約款法中の免貴条項に関する原則が問題になる︵話一・
︵36︶O嘗豊即国塁﹃閑曾。旨“。8責任に関しても、この免責条項は効力を持つ︵9召﹃﹃ω塁F勾倉・呂︶。
第五節 我国に於ける銀行と顧客との聞の取引関係の把握の問題
ω 一般銀行契約理論および信頼責任理論の基盤
護義務と信頼責任の理論を、我国に於ける銀行と顧客との間の取引関係にも当てはめることができるか否かに関して
第三節、第四節において検討された、ドイツに於ける銀行と顧客の取引結合に関する、一般銀行契約理論または保
は、慎重な検討が必要である。なぜなら、我国と西ドイツに於ては、銀行取引の開始に際しての相違が存するからで
ある。
我国では、銀行取引は一般的には、普通預金取引をもって開始されるだろう。その際には、普通取引約款である普
通預金規定または総合口座取引規定によって、普通預金取引契約が締結される。これらの規定は、当該の個別的取引
281
uD
一橋大学研究年報 法学研究 14
のみにかかわるものとしての性格を与えられている。それに対して、西ドイツにあっては、顧客が銀行と最初に締結
︵1︶
する個別的契約は、一般的に、振替口座︵Oぎぎ暮o︶の開設を目的とするものである。今日の西ドイツの銀行預金
は、要求次第払出可能なきわめて低利または無利子の要求払預金︵我国では当座預金、普通預金がこれに当る︶であ
る振替預金︵当座預金︶、預入期間一ケ月以上の預金である定期預金、および約定により三ケ月または六ケ月以上前
︵2︶
に解約告知しないと引き出せない︵告知できない期間︵三ケ月または六ケ月︶が別途ある︶貯蓄預金に分けられるが、
︵3︶
右の振替預金︵当座預金︶は振替口座に対する預金である。そして、この振替口座の開設に当っては、要求払預金の
預入れ・受入れに関する合意、交互計算に関する合意、振替契約、小切手契約といった個別的契約が締結される。更
にその際同時に、顧客により通常、銀行普通取引約款、小切手取引︵ω98すRぎ腎︶に関する特別規定、ユー・チ
エックに関する特別規定、振替取引︵⇔げ・ヌ霧巨σqω<①詩。日︶に関する特別規定などが承認される。したがって、こ
︵4︶ ︵5︶
の口座の開設は広範な銀行取引とかかわりを持っている。そこで、この振替口座の有している意義との関係から、お
よび、一六−一七世紀に発生したOぎ制度がドイッに於ては、主要な現金不要の支払制度としての意義を有してき
たということとの関係から、一般銀行契約理論中の一つの見解は︵少数説に止まっているが︶、振替契約と銀行契約
︵6︶
とを同一視してもいる。
更に、西ドイツの銀行普通取引約款は、我国の個別的な銀行取引約款とは異なり、多くの広く銀行取引全般にかか
わる一般的な諸規定を含んでいる。そして、この銀行普通取引約款は、銀行契約と一体をなしていると考えられてい
︵7︶
るので、かつては、この銀行普通取引約款に関する合意・契約そのものが、銀行契約であると考える見解も存した
︵8V
︵今日では、銀行契約の内容は銀行普通取引約款を越えるものと考えられている︶。
右のようなドイツに於ける銀行取引にあっては、個別的取引の開始の時点に於て、銀行取引の将来的展開をも予見
282
銀行取引法と小切手
させる﹁銀行取引結合﹂という観念が認められ、銀行と顧客との間の相互的信頼関係の存在が容易に承認されるに至
るのは、むしろ当然と言うべきであろう。一般銀行契約理論は、まずもって、銀行普通取引約款に関する合意の性絡
︵9︶
付けのために生み出され、次いでその後に、その内容の銀行普通取引約款の枠を越えた拡大を見るに至ったものであ
る。そして、保護義務に基づき信頼責任を認める近時の理論も、銀行契約理論と同様に、この取引結合という信頼関
係の基盤の上に立っている。そこで、我国に於て、この信頼責任理論の銀行取引法上での展開が、法的に承認される
のか否かが検討されなければならない。
図 。一。責任、信頼責任の理論
そこで、まずもって、理論的見地から、信頼責任の理論が、我国の私法上の理論として、また、我国の銀行取引法
上の理論として認められるものか否かを検討しておこう。
我国に於ては、信頼貴任理論と共通の根拠基盤に立脚する契約締結上の過失責任︵。一。責任︶自体が、どこまで認
められうるのかの間題が提起されており、更には一般的承認を受けているものとは言いがたい。o一〇貴任の理論は、
それにより契約貴任を認めようとするが、我国学説上では、この理論により、その揚合に不法行為貴任を認めるより
︵10︶
は、挙証責任の配分、締結補助者の故意・過失の扱いの面でより妥当な結果に到達すると指摘されている。しかし、
責任に関しドイッ法上で問題になったケースの多くは、我国に於ては不法行為責任、債務不履行責任ないしは蝦
︵11︶
疵担保責任によって救済をはかりうるものであるとの指摘もある。
右の。8責任の認容の間題を一応未確定にして、信頼責任の間題に目を転ずると、これは、契約締結の交渉段階か
ら、契約の存続中、更には、契約締結後まで、一貫して保護義務の存在を認めようとするものである。とくに、契約
283
。凶
一橋大学研究年報 法学研究 14
の存続中の責任にしぼって考察すると、信頼貴任を否定して、右の保護義務を各々の個別的取引契約に依拠させる可
︵12V
能性が問題となる。このような可能性は、銀行取引にあっては、銀行の信用の重視といった観念、更には、銀行と顧
客との間に締結される諸契約自体については、契約一般について認められる信義誠実の原則が当然に働き、しかも、
︵BV
それは通常の契約よりは強化されたものと考えられるといった事柄により補強されうる。右のうち前者に関しては既
述したように、銀行の信用からは、直ちに銀行の特別な法的責任を引き出すことはできない。後者に関しては、信義
誠実の原則が、守秘義務などの銀行が顧客に対して負う種々の義務︵保護義務︶に対する責任を要求するとなすため
には、その前提として、銀行と顧客との間に、信義誠実の原則と各種の義務︵保護義務︶とを結び付けるような法的
意義ある特別な法的関係を認めることが必要であると言わざるをえない。
しかし、右の守秘義務などの各種の義務︵保護義務︶を、個別的取引契約に基づかせることには、ドイツでの議論
の示すように疑問がある。即ち、このような各種の義務︵保護義務︶の存在・内容は、個別的取引の種類とはかかわ
りはなく、原則的に、個別的取引の内容によっって影響を受けるものではないと考えるべきであること︵なお、後述
㈲︶、および、ケースによっては、各種の義務︵保護義務︶の存在・内容が、個別的取引との結び付きを困難にする
ものであることから、支持することはできない。
私見によれば、我国の銀行取引に関する諸議論は、銀行取引の個別的取引としての側面をいたずらに強調する傾向
があるように思われる。
個 銀行と顧客の取引関係に関する私見
既に本章第二節に於て示したように、理念的考察に立って、 銀行と顧客との関係を分析すれば、この両者の間には、
284
銀行取引法と小切手
与信・受信取引を一体化した相互依存的継続的な取引関係を認めることができる。そして、その他の種々の継続的な
取引関係に対する銀行取引関係の特色は、銀行取引にあっては、銀行と顧客とは相互依存的な関係にある点に求めら
れる。理念的考察上、この相互依存的関係の存在は、預金取引、貸付取引といった基本取引については明らかであり、
また、これらの基本取引に結び付いた附随取引である振替、手形交換、債権取立、債務の保証、保護預りについても
同様と言える。更に、基本取引である為替、および、両替・金銭の出納といった附随取引については、具体的取引と
しては一回限りの取引に当る場合もあるが、顧客との間の取引であることも多く、また、銀行にとっては抽象的な将
来の顧客との取引の意味を有するから、やはり、相互依存的関係の存在を認めることができる。したがって、理念的
には、銀行と顧客との間には、すべての個々の個別的銀行取引契約を通して成立する、両者が相互依存的関係に立っ
た、継続的取引関係の存在が認められるべきである。そして、この取引関係には、信頼関係としての性質を認めるこ
とができる。このような取引関係は、個別的取引関係に吸収されうるものではなく、それとは区別される別個の関係
としてとらえることができる。このように、この関係は、9轟冴が信頼責任の基盤とした取引結合と同一の信頼関
係として性質付けることのできるものであって、右責任は、ドイツに於てだけ認められるものではない。したがって、
この取引関係の存在に基づいて、個別的取引契約に結び付けることの不適当な守秘義務等の保謹義務の存在と、それ
︵艮︶
に対する信頼責任を認容する余地を認めることができる。
9β冴の説く信頼責任の理論が我国に於ては認められがたいものとしても、我国に於て、少なくとも、個別的取
引契約に基づいて生ずる右の取引関係が、銀行取引上での信義誠実の原則の広範な展開を要求し、それに基づいて、
個別的取引契約が、各個別的取引契約の内容・枠を越えた、銀行の顧客に対する広範な種々の︵保護︶義務︵附随義
務︶を生み出すということを認容できるであろう。即ち、それは、個別的取引契約の附随義務として認められる。け
285
一橋大学研究年報 法学研究 14
れども、個別的契約の交渉段階、契約消滅後の段階に於ける問題をも考え合わせると、 銀行取引関係に依拠して、銀
行の信頼責任を認めるという方向がより適切であるように思われる。
回 個別的取引と取引関係
しかし、右のような理念的考察からの検討だけでは十分ではない。銀行取引が個別的取引契約に還元される側面を
有していることは、無視されるべきではなく、前述の類型的考察が行われるべきである。そして、右の個に於て確定
された取引関係に基づく責任に関しても、取引類型に従って相違が認められる。即ち、当該の取引が一回限りの取引
の性格を有するものである揚合には、継続的取引的性格を有するものの場合と比較して、保謹義務︵附随義務︶の内
容上差異が認められようし、また、個別的取引の内容が、銀行の保謹義務︵附随義務︶の認められるべき範囲に関し
︵15︶
て、影響を及ぽすことを認めること︵たとえぱ、顧客の財産的利益に配慮すべきことを要求する利益擁護義務を、普
通預金の顧客に対してよりも強度に、当座預金の顧客に対して認めるべきこと、あるいは、本来的に銀行と顧客との
間の強固な取引関係を前提として行われる貸付取引については、一般的に、強度の保護義務を認めるぺきことなど︶
は、より一層銀行取引の本質に適合した問題解決をもたらすであろう。
︵16︶
更に、そのうえで、各個別的取引についての当該の銀行と顧客との間の具体的な取引関係が問題にされうる︵個別
具体的考察︶。全くの一回限りの取引であったのか、銀行にとって全く不知の客であったのか、同種の取引を繰り返
し行っていた関係が認められるのかなど、具体的な諸事情も、具体的に妥当な問題解決にとって不可欠な要素であ
る。
以上の考察は、銀行の保護義務を対象としているものだが、銀行と顧客との間に、個別的契約関係の存在と共に、
286
銀行取引法と小切手
相互依存的な継続的取引関係の存在を認めることは、個別的取引契約の解釈および、それに関する法的諸間題の解決
に対して、大きな意義を有していることが一般的に認められなければならない。それは、当該の個別的銀行取引上の
︵17︶
法律関係の正しい把握に対して大きな意義を有するのである。この点の具体的検証は、第二章以下の課題となるが、
たとえぱ、このような取引関係こそが、個別的銀行取引契約上で、信義誠実の原則が強度に働くべきことを根拠付け
ている。このことは、個別的銀行取引契約上で銀行が顧客に対して負う各種義務の内容上の拡大として、更には、各
種附随義務の成立として現出しうるであろう。
︵1︶ 閃87ロ”鋭勲ρψひoo.
︵2︶ 池内康彦﹁西ドイツの金融構造変化と制度改革﹂金融一九八一丁二、一六頁。
︵3︶○び。・?震昌言。きO。一α﹂ωp鼻虚&切驚の聲≦①器PいN。︾賃ゆ;這。。ρoo﹂・。一
︵4︶ 振替取引については、参照、田辺光政﹁ドイツにおける振替取引−現金を用いない合理的支払取引﹂阪南論集一一巻二号
︵5︶Oぴの什−霞鼻ロΦさ勲勲Poo﹂。。累
︵一九七五年︶一五頁以下、後藤紀一﹁振込取引における法律関係﹂香川法学二巻一号︵一九八二年︶三七頁以下。
︵6︶≧爲α属仁①。ぎ菊9耳α巽≦ΦH6p且R。しρ︾島こ一。ひyω﹂。軌■
︵7︶ 我国でも近時、西ドイツに於けるような銀行取引約款を作成しようとの考えが表明されている。堀内仁﹁銀行取引約款へ
の志向﹂金法七四〇号︵一九七五年︶一七頁以下、鈴木正和他﹁銀行取引約款中間報告について﹂金法七七五号︵一九七六年︶
︵8︶ ○凶①蒔PP帥、○■oD●お9出Ro5・び首覧しDo一ごρ■p■○、oD■呂り
四頁以下。
︵9︶ぎ3。。る●黛○、oo■轟ぬ■㌧oりり。。2■
︵−o︶ 上田、前掲、五九頁。ドイツ法上の不法行為責任と我国の法制度との相違について、参照、山田、前掲、九二頁以下。
︵11︶ 山田、前掲論文。
287
一橋大学研究年報 法学研究 14
︵12︶後藤、銀行秘密、一〇二頁、河本、金法七四四号九頁。
︵13︶参照、河本、金法七四四号九頁。
︵14︶参照、北川、契約責任、三七九頁以下。
︵15︶ 銀行の顧客の財産的利益を守るべき義務は、予めその内容、程度を確定することができない。それは、個々の銀行取引関
係に於て個別具体的に確定されうるものである。この義務は、信義誠実の原則を表現するものに他ならず︵害39騨幹ρ
ωQo﹃
ooレま顕︶、9冨旨は、それを誠実義務︵↓お巷艶。算︶として示している︵ω目ぎ勾号,=o。中︶。く頓一﹂窪ヨぎび勲Pgoo・
︵16︶ 以上は、銀行の顧客に対する義務に関する考察である。理念的に見て、銀行と顧客との間に、継続的な相互依存関係、信
頼関係が存するとしても、それは、第一義的に、銀行業を営む企業である銀行に対して意味を持つ事柄であって、顧客の銀行
に対して負う義務に関しては限定された範囲に於てのみ意義を有する。なぜなら、銀行は銀行取引を与信・受信の不可分一体
性に基づいて行なうのに対して、顧客にとっては、銀行取引はこのような意味を持っていないという差が両者の間にはあるか
らである。右取引関係が、顧客の銀行に対して負う義務の範囲の確定にとってどのような意味を持つのか、更には、右取引関
て検討されるぺきである。
係の存在をどこまで考察の基礎に置くぺきかは、個別的取引の内容、およぴ、認めるぺきか否かの問われる義務の内容に応じ
︵17︶ 我妻栄﹃債権各論中巻二︵民法講義%︶﹄、一九六二年、︹九七三︺は、銀行と顧客︵商人︶との問の継続的取引関係︵包
括的な信用関係︶を銀行取引約款の考察の出発点として認容すべき必要性を指摘される。
︵営業預金︶としての要求払預金であり、また預金通貨の中核的存在であ
第二章 銀行と顧客との当座勘定取引上の関係−小切手取引に関する予備的考察1
第一節当座預金の性格
当座預金は、 既に見たように、出納預金
288
銀行取引法と小切手
︵−︶
るが、それと同時に、銀行にとり貸付貨幣資本の重要な部分を占めている。預金通貨機構の発達は、支払準備金を小
さくする。したがって、当座預金は、顧客の側にとっては、顧客が日常の金銭の出納を銀行に管理させる目的でなす
預金という意義を持つ。他方、銀行の側にとっては、貸付貨幣資本の一つの源としての意義を持つ。更に、国家経済
上は、預金通貨創造の意義を持つ。一国の貨幣流通は、現金通貨と預金通貨とが一体となって構成されているが、預
金通貨の割合は、長期的ないし大局的に見れぱ、その国の信用取引の発達程度、産業構造や所得水準の相違など、い
︵2V
わぱ経済的進歩の差異を反映すると言われる。我国に於ては、当座預金口座の殆んどすべてが法人︵企業︶のものに
よって占められ、手形・小切手は殆んど専ら企業取引の決済に利用されていることから、右の意味での預金通貨の発
︵3︶
展には一応の限界がある。
しかし、当座預金の有する意義は、右のような表面的なものだけに止まらない。一国の資本主義経済の発展上で、
預金通貨機構の展開は不可欠なものであり、その意味で、その機構を機能させている銀行という企業には、一方では、
その機関としての存在の保障が与えられねぱならないし、他方では、その機構の展開のためには、銀行の信用が確保
されねぱならない。顧客の側では、その機構の利用による利益を享受するためには、多少の犠牲も甘受せねぱならな
いことになりそうである。けれども、銀行にとっては、顧客の当座預金の出入の動向を監視することにより、その顧
客︵企業︶の経営状況・動向を容易に知ることができる。また、銀行業界全体としてみれば、このような企業に関す
る情報は、きわめて充実したものとなる。このことは、我国で当座勘定取引をなしているのは、殆んどすべてが企
業.個入商人であるから、銀行と当座勘定取引をなしている者は同時に銀行の貸付先でもあるという事柄との関係に
於て、重要な意義を有している。預金︵受信︶取引と貸付︵与信︶取引の結合は、当座勘定取引に関しては、直接的
かっ具体的でもあるわけである。他方、当座預金の貸付貨幣資本としての意義に関して言えば、それは要求払預金で■
289
一橋大学研究年報 法学研究 14
あるために、定期預金と比較すれぱ、普通預金、別段預金︵雑預金︶と同様、安定性を欠くものとして位置付けられ、
小切手引落しなどの当座預金口座の管理のために銀行は多くの労力を提供する必要があるために、低利息の普通預金
以上に、無利息とされている︵預金に対する支払利息と預金獲得のための人件費などの経費を合わせた預金コストは、
銀行の収益性との関係で重要な要素であり、このコストの面は無視できないものだが、各預金科目ごとに個別的に問
題とされるべきものではない︶。更に、当座預金の利用は顧客にとって大きな便宜があるから、その濫用に向かいや
すいこと、およぴ、銀行には、自らの経営上の危険、信用の低落を避ける必要があることから、その他の預金の揚合
と異なって、銀行は顧客の信用力を重視して、顧客の選別を行っており、また、手形交換所規則による不渡処分制度
も設けられている。これは、銀行の担っている国家経済上の預金通貨機構の健全な維持のためにも必要不可欠な.︶と
と言えるが、顧客の信用力の評価は、専ら銀行の経営上のリスクにおいて行われ、その顧客との取引関係の維持、継
続も、また、銀行の経営上の判断・行動にかかる所が大きい。
右のような種々の側面の指摘は、第一に、当座勘定取引関係中には、顧客と銀行との間の強固な継続的取引関係を
見るべきこと、および、第二に、当座勘定取引に関して銀行と顧客との間に生ずる法的諸問題は、単純に、消費寄託
関係︵預金取引の側面︶、委任事務処理関係︵手形、小切手の支払委託の側面︶、更には消費貸借関係︵当座貸越契約
の側面︶に還元して考察するだけでは不十分であることを示している。銀行取引契約の殆んどすべては、典型契約の
概念とは完全には一致しないものだから、それを無名契約、独自の契約として理解しないにしても、当該の銀行取引
パヰレ
契約の正しい把握こそが銀行取引上の法的諸間題の検討にとって不可欠な事柄である。
﹃銀行論﹄、一九七 五 年 、 二 九 頁 。
︵−︶ 板倉董一﹃銀行論﹄、一九六五年、二六六頁、参照、板倉﹃金融の理論と実際﹄、一九七一年、八二頁以下、由、同木暢哉編
290
銀行取引法と小切手
︵2︶ 板倉、理論、七四頁、参照、高木編、前掲、一四〇頁以下。
︵3︶ 我国に於ては、アメリカ、イギリスといった小切手利用の先進国に比ぺて、小切手利用は少ない。その最大の理由は、個
人による小切手利用、即ちパーソナル・チェックの普及の立ち遅れにある。したがって、我国の現状では、小切手による預金
貨の比率は著しく小さくなる。もっとも、普通預金、通知預金およぴ別段預金をもそれに含めるときには、預金通貨の比率は
通貨の拡大には限界があると言える。預金通貨に含まれる範囲を当座預金のみに限ると、我国では欧米諸国に比して、預金通
金を預金通貨とみなす一般的考え方にならうこと、およぴ、これらが現金通貨あるいは当座預金との間でたえず振り替えが行
欧米諸国とほぼ同程度になる︵板倉、理論、七五頁︶。二れらのものを預金通貨とするのは、アメリカなどの諸国の要求払預
われることに理由が求められている︵板倉、理論、七二頁以下︶。但し、ここで、とくに我国の普通預金口座の多くが個人口
座で占められていること︵小泉・山下編﹃金融論﹄、一九七八年、三四頁によれば、昭和五〇年九月末現在で、普通預金中個
人預金は、普通銀行で五七・五%を占めている なお、全預金中、普通預金は一七・三%、当座預金は九・三%、通知預金
れて、手形、小切手の利用の水準という面から見れば、我国での現金通貨の占める比重は大きいものと言うべきである。
は九・七%、その他の要求払預金は六・四%、定期預金は五六・三%、定期積金は一%ー︶を考えると、経済的見地から離
英米手形法が裏書偽造の危険を手形取得者およぴ支払った債務者に負担させ、それに対応して指図式小切手が一般的であるの
アメリカ、イギリスと比較した我国の小切手利用の停滞の理由として、従来さまざまな事柄があげられている。たとえば、
に対して、ジュネーヴ手形法では、これらの者は善意であれば保護されるという法制度上の差異が指摘されている︵道田信一
郎﹁手形小切手法の国際的分裂と理論の利益と代償﹂法学論叢六六巻五号︵一九六〇年︶一頁以下、それ以上の理由について、
竹内昭夫﹁小切手の普及を阻んできたものは何か1消費者問題としての小切手ー﹂﹃大森忠夫先生還暦記念商法・保険法
手を振出人が受取人に宛てて郵送する揚合の紛失、盗難の危険について顕著に認められる。ジュネーヴ手形法系の国々のうち、
の諸問題﹄、一九七二年、七一五頁以下︶。この点の差は、実際上は小切手流通は限られたものであるために、とりわけ、小切
85鋸房冥o<邑oP一S一という実務的小冊子によれば、一九七〇年現在、銀行の小切手口座は七〇〇万、郵便小切手預金口
フランスでは小切手は大いに発展をとげ、個人、企業によって大いに利用されるようになったが︵↓頴﹃曾。O色ぎ599−
291
一橋大学研究年報 法学研究 14
座は七〇〇万であって、人口三・五人当り一口座である︶、ドイツでは、小切手利用はなかなか拡大しなかった。ドイツでは、
ドイツ、フランスいずれも共通しているが、フランスでは、定期性預金が高い率を占めるドイツと異なり、預金残高の大部分
小切手に代わる振替取引の発達があったことが大きな理由であろう。預金通貨の需要、銀行の貸付貨幣資本獲得の必要性は、
は、小切手預金︵8三︶弱号98話の、個人取引先の勘定︶もしくは当座預金︵8目冥88一一.即囲一び事業用およぴ商業用の勘
定︶であること、およぴ、それと共に、郵便小切手預金の預金額の拡大が、銀行の預金獲得にとり大きな障害となっており、
それに対抗する必要性があることを指摘できる︵参照、R・S・セイヤーズ編、高垣寅次郎監修三菱銀行調査部訳﹃西欧の銀
行制度﹄、一九六四年、一〇頁以下、一五頁︶。ちなみに、イギリスに於ては、商業銀行は専ら短期性預金を受入れて、短期の
貸付を行うという点に特色を持ち︵商業銀行主義︶、預金は当座勘定と預金勘定︵我国の通知預金に類似する︶に分けられる
が、その結果、小切手制度の普及は、銀行にとっても貸付貨幣資本獲得のために不可欠なことであった。但し、小切手の普及
は、心理的要因、すなわち支払方法として慣行的にどのようなものが受け入れられてきたか、どのような形のものに抵抗を感
一〇Nどψ蜀O色訂βoや9叶;℃■旨9窪マは、フランスに於ける小切手発展の理由を、経済上の理由︵国家経済上の有
じないかといった諸側面にかかわる所も大きいようである︵頃塁房6腎蜂09N曽﹃昌ぴ望Φ匹3。跨簿αR誓げ8一.。回、一一密琶鱒
益性︶、心理学的、社会学的理由︵銀行側からの普及努力と小切手のステイタスシンボル性︶、およぴ、社会的発展︵婦人の経
済的自立、農業への貸付に当っての小切手利用、若年層の小切手受容の傾向︶に分けて論じている︶。
西ドイツに於ては、近時、小切手利用の促進をはかるために、シェックカルテシェック、ユー・チェックの制度が導入され
一〇〇。どoo30>昌轟>旨∴O塁琶9切導牙①洋﹃品鴇8算、9>魯こ一℃o。どヵ身・o。8象い後藤紀一﹁現金なき支払取引ー西ド
るに至った︵これらの制度については、浮耳昇い勲PO∴ω窪ヨ富9出鉱oヨ一Φヌ≦8訂巴σQ①器9冒αoo99凝窃9Nしω・>島こ
て︵一︶︵二︶﹂民商七八巻五号︵一九七八年︶六七八頁以下、七九巻一号︵一九七八年︶三三頁以下︶。ドイツに於ては、振
イツのシェック・カルテ制度の現状と問題点﹂手研二五八号︵一九七七年︶六頁以下、同﹁ユーロ・チェック.カルテについ
あり、合理的な支払取引技術としては小切手よりも劣っているので、預金通貨の拡大のためには、小切手普及が望まれたとい
替取引が発達しており、当初は、小切手よりもその方が選好されたのだが、利用者は取引先銀行に振替証書を提出する必要が
292
銀行取引法と小切手
う理由がある︵N昏.旨“勲勲ρψま︶。更に、銀行側の事情を見ると、近時、預金量の面で商業銀行︵シェックカルテ導入
座の預金が減少し、預金金利の高い定期預金の割合が増加していること︵預金コストの上昇︶︵池内康彦﹁西ドイツの金融構
の主体であった︶のシェアが低下し、貯蓄銀行、信用組合のシェァが増加したこと、およぴ、利息の殆んどつかないΩ3口
といった事情など︵参照、後藤、ユー・・チェック︵−︶、六八一頁以下、六八七頁以下、︶もあげることができるだろう。こ
造変化と制度改革﹂金融一九八二.二、一五頁以下︶、更には、シェックカルテ制度に伴う当座貸越による消費者信用の開拓
力を高める.︸とが目ざされた︵Np7.旨“騨勲ρψぐ中シェックカルテ成立までの過程につき、ω・8中︶。かくして、現在
の新制度の目ざしたものは、消費者振出の小切手の相手方の受領を促進することにあった。即ち、消費者振出の小切手の信用
の西ドイツに於ては、家賃、電話料金、税金等はい霧錺。ぼ5により、商品購入代金や賃金は、小切手とασ。暑o一窪おに
ω騨昌犀目口山ωα﹃器コぞ①器Pω団ー>¢頃■一一〇〇〇ρoo。OooN︶。
より支払われるに至り、現金払いは、殆んど日常生活上の取引にしか行われなくなってきたという︵○σ等国ぎ930巴?
で見ても、銀行側は消極的である。貸付貨幣資本調達の面から個人当座預金の拡大をはかる必要があるのか、預金コスト上間
我国に於ても、右の西ドイツと同様に消費者小切手の利用の促進をはかることも考えられようが、パーソナルチェックの例
都合の面を別にしても︶、小切手利用の普及の可能性を考察してみると、今日の我国では、小切手の利用の現在以上の拡大、
題がないのかといった銀行側の面、およぴ、消費者小切手の受取手の側に心理的障害がないかといった面から︵法制度上の不
って一層決定的となっていると思われる。クレジット・カード取引の決済が銀行口座を通して行われるので、銀行には預金の
即ち、消費者取引の分野での小切手利用の拡大の可能性は認めにくいだろう。それは、近時のクレジット・カードの普及によ
︵4︶参照、来栖三郎﹃契約法﹄、一九七四年、七四三頁。
確保と手数料収入がえられ、更に、カード会社への融資が可能である。
第二節 当座勘定取引と小切手契約
293
一橋大学研究年報 法学研究 14
n はじめに
以下の第三章、第四章では、上述の第一章での見地に基づいて、銀行取引と小切手取引の交錯する諸問題のうち、
偽造小切手支払の揚合の損失負担者の問題、および、小切手の支払委託の取消の法律関係、その効力に関する問題を
取り上げて論ずることとする。そこで、本章の第二、第三、第四節では、これらの問題を考える上で必要な限りで、
当座預金と小切手取引との関係、小切手上の権利について、若干の考察を行っておこうと思う。
図 支払人としての銀行
ジュネーヴ統一小切手法は、小切手は銀行に宛てて︵銀行を支払人として︶振出されるぺきことを規定する︵小三
条︶。小切手は歴史的に見れぱ、一四世紀頃から、銀行、銀行業者に宛てて振出される支払の指図として利用されて
きたものであり、特に、近代的小切手制度の基礎を作り上げたイギリスでは、小切手は、銀行業をも営んだ金匠宛に
︵−︶
振出されるものとして発展を遂げた。しかし、必ずしも、従来、各国とも小切手支払人を銀行に限ってきたわけでは
ない︵フランスなど︶。
︵ 2 ︶
ジュネーヴ統一小切手法は、小切手支払人は銀行である二とを原則とするが、小切手の流通保護のために、銀行宛
に振り出すぺきことを絶対的ルールとはしなかった。但し、各国は留保規定により、銀行宛にのみ振り出せると規定
することができるものとされた︵第二附属書四条︶。また小切手振出には、資金が存在しなければならないとはされ
︵ 3 ︶
たが、この資金の存在すべき時点︵振出の時点に於てか、または、支払呈示の時点に於てか︶については、合意に達
︵4︶
しなかった。そこで、資金の存在すぺき時期については、各国に決定が委ねられた︵第二附属書五条︶が、我国では、
︵5︶
資金は支払呈示の時点で存すれば足りるものとされている。
294
銀行取引法と小切手
⑬ 当座勘定︵取引︶契約
一般に、当座勘定︵取引︶契約︵当座預金取引︶には、顧客が債務を負担した手形小切手の支払事務の処理を目的
とする準委任たる小切手契約と、その支払資金としての当座預金の預入れと受入れに関する消費寄託契約ないしその
予約とが含まれるとされている。まずもって、当座預金契約と当座勘定契約との関係が明らかにされる必要があろう。
︵6V
これらを同一のものと考える見解が従来一般的であったようだが、近時は、これらを明確に分けて、当座預金契約
︵7︶
︵消費寄託契約︶、小切手契約を包括したものが、当座勘定契約であるとする見解が有力である。しかし、このような
議論はさして意義があるとは思われない。我国に於ける当座預金のように、原則的に手形、小切手により払戻される
︵引落される︶ぺき預金について︵後述︶、それに対し民法上の消費寄託に関する諸規定を適用するために、当座預金
契約を消費寄託という典型契約の一種に完全に押し込めるということを止めるのであれぱ、それを、いずれの術語を
用いて表示してもさしたる差はないと思われるからである。消費寄託的要素と小切手契約的要素とを包含する一個独
︵8︶
自の包括的な契約が当座預金契約であるとすることも可能であろう。右のような区別をなすべき必要性の理由として
は、第一に、当座勘定契約は、預金契約とは別の複雑な内容を有すること、第二に、当座預金が零になっても、当座
勘定契約が直ちに消滅しないこと、第三に、包括的な当座勘定契約を考えることによって、消費寄託の要物性から離
れることができることなどが挙げられている。しかし、第一の理由は、当座預金契約を消費寄託契約の狭い枠内に押
︵9︶
し込めているだけにすぎず、第二の理由は、当座預金契約は、普通預金契約と同様に、毎回の預け入れに伴い、債権
︵m︶
額が最終残高であることになるいわば勘定設定契約としての性質を有し、それは、残高が零になっても直ちに消滅す
ることのない契約関係である︵普通預金であれぱ、利息の間題があり、残高が零になっても、将来付け込まれるべき
295
一橋大学研究年報 法学研究 14
利息分の預金が残っているのと同様の関係になる︶と考えれば、解決できるものである。第三の理由は、銀行実務上、
当座預金の第一回の預入れと共にのみ当座勘定契約を成立させているという事柄に対する批判と結び付いているが、
この点は一概に実務上の取り扱いが不都合なものであるとは断定できないだろう。預入れなくても当座勘定取引契約
が成立すべきであるとしても、預入れを契約発効の条件とすれば同じであろう。
しかし、右のような議論は、実際上の意義は乏しい。いずれと解しても大きな差は認められないからである。但し、
当座勘定取引契約は、当座預金の受入れ、手形小切手の支払事務処理の委任の他にも、手形類の取立委任、過振りに
当っての取り扱い、支払保証などの多くの内容を含んでいる当座勘定規定︵普通取引約款︶に従って締結される︵更
には当座貸越契約を伴う︶包括的かつ継続的な契約であるから、内容上も、性質上も、その他の預金契約とは相違が
大きく、法律関係の明確化という面からは、当座勘定契約を当座預金契約から分けることも不当とは言えないだろヶ。
叫 当 座 預 金 と 手 形 小 切 手 の 支 払
当座預金と小切手契約との関係に関しては、当座預金は手形小切手によってのみ払い戻されうるかの問題について
検討してみよう。これは裏返して言えぱ、当座預金の払戻しと銀行による手形小切手の支払とを完全に同一視できる
のかという問題である。当座勘定規定七条二項は、﹁当座勘定の払戻しの揚合には、小切手を使用してください﹂と
規定している。この規定は、振替支払に際しても適用され、顧客が、その銀行の他の預金口座へ振り替えたり、他の
銀行の口座へ送金する揚合にも、小切手を持参して依頼する。但し、銀行が顧客から受取るぺき貸付利息、割引料、
手数料、保証料、立替費用、その他これに類する債権は、小切手によらないで、当座勘定からその金額を引落すこと
ができるものとされている︵当座勘定規定一二条一項︶。これは銀行における事務の合理化から、貸出金の金額をと
296
銀行取引法と小切手
りあえず当座勘定に入金しておき、その利息、割引料、手数料等は本部集中計算のうえ、数日後に当座勘定から引き
︵11︶
落すことが一般化していることから規定化されたものであるという。更に、銀行と顧客との間の別途の契約に基づく
公共料金その他の各種料金の当座預金からの口座振替︵自動支払︶も同様に、小切手の提出も、預金払戻請求書の提
出も要さずに、引落される︵当座勘定規定一二条二項︶。後の二者では、小切手を用いないで当座預金の払戻しが行
われていると言ってよいが、それらは、当座勘定規定上は、通常的な預金の現金による払戻し請求とは同視できない、
一定の要件をみたす揚合についての例外的取り扱いと考えてよいであろう。
︵12︶ ︵13︶
学説上では、預金者は、小切手によりうるというだけであって、現金の払戻しを請求できないのではないと解する
見解や、契約を解除しなけれぱ現金による引出は許されないと解する見解がある。我国の当座預金は、専ら手形小切
︵翼︶
手の支払に宛てられるものとして、銀行の提供する取引類型上あらかじめ性格付けられ、そのことが当座預金契約
︵当座勘定規定︶中に取り込まれていること、およぴ、この特約が、画一的定型的事務処理という銀行の利益と強く
︵15︶
かかわるものであることを考えると、当座勘定契約︵当座勘定規定︶上は、本来、預金者は現金による払戻しは請求
︵16︶
できないと考えるべきである。しかし、銀行の整理中や支払拒絶中などの特別の事情のある揚合や、預金者の債権者
が当座預金を差押えた揚合には、現金による払戻請求も認められてよいであろう。
︵17︶
㈲ 当座勘定契約と交互計算
更に、当座勘定契約中に、交互計算契約が含まれているかどうかの争いがある。.交互計算を認める見解は、小切手
契約という準委任契約に基づいて、銀行は、小切手の支払により、委任事務処理費用の償還請求権を取得することに
なり︵民六五〇条一項︶、これと、当座預金の払戻請求権とが相殺されるとの考え方を基礎に有している。相殺は、
297
一橋大学研究年報 法学研究 14
︵18︶
期末に於て、その期問内に生じた費用償還請求権の総額と、当座預金債権の総額について、交互計算により一括して
行われ、それは、当座預金者に対する計算書の送付の時に生ずるものとされる。
しかし、現在では、当座勘定契約中には交互計算契約は含まれていないと解するのが通説である。そのように解す
る理由としては、交互計算の内含を認めると、交互計算に組み入れられた当座預金について、交互計算期間中には、
交互計算の不可分の原則により、その残額についての差押・転付を禁止されてしまうことになり、当座預金者の債権
者に対して不利益になること︵但し、善意の第三者には交互計算組入債権の差押が認められるべきとの見解も有力で
ある︶、銀行実務では、このような差押・転付命令の到達した時の残高について命令に表示された額だけは差押または
転付があったものとして処理していること、銀行は小切手支払の都度残高を算出していること、およぴ、当座貸越の
利息に関しても、赤字になっている間だけ、その額について利息をとっているのは、交互計算が含まれていないと考
えると説明がつきやすく、銀行から顧客に送付される計算書は単なる確認のためにすぎないと考えればよいといった
ことがあげられている。
︵ 1 9 ︶
︵20︶
そこで、現在では、当座勘定契約中には交互計算契約は含まれていないとしたうえで、小切手の支払の都度残額が
決定されるとするのが通説であると言ってよいが、その際に、更に、相殺の観念に対して疑問が示されている。即ち、
相殺は相手方たる顧客に対する銀行の意思表示によってなされることを要し︵民五〇六条一項︶、このような意思表
示を必要としない旨の特約は、法律関係を紛糾させたり、相手方に不利益を与えないために相殺の意思表示には条件
を附することはできないとされている関係上︵民五〇六条一項但書︶、相手方の利益を著しく害するものとしてその
︵21︶
有効性は認めがたいと解されることから、学説は、相殺の観念から離れる方向に向かっている。そこで、小切手の支
払は当座預金の払戻しであって、小切手契約に基づいて、銀行と顧客との間には、手形小切手の所持人に対して当座
298
銀行取引法と小切手
︵22︶
預金から支払をなすとの合意が存しているとされている。これは、当座預金は原則として手形小切手によってのみ払
戻されうるという事柄︵四︶とは完全に調和するだろう。即ち、そのような関係があれば、手形小切手の支払による
当座預金の引落しに、より一層強く当座預金の払戻しとしての性格が与えられるのである。
それでは、委任事務処理費用請求権という観念もまた不要になるのであろうか。更には、現在の銀行実務では、手
形交換尻の決済により、その日に交換呈示されたすぺての手形小切手について解除条件付の支払が行われ、その後に
顧客の当座預金から個別的に引落しが行われる関係にあることから、右のように、銀行の委任事務処理費用償還請求
︵%︶
権の成立を全く考慮する必要がないのかという疑間があろう。
右の委任事務処理費用償還請求権は、準委任契約である小切手契約に依拠するものであり、手形小切手支払はその
事務処理の委任に基づくものである。したがって、手形小切手の支払は委任事務の処理の実行であり、また、手形小
切手の有効な支払のためには、委任の趣旨に適った支払であることが当然に必要であろう。そして、受任者である銀
行は、委任事務の処理に要した費用の償還を請求できる関係にあるが、ここでの間題は手形小切手の支払自体なので
あるから、あえて、費用償還請求権の成立として構成することなく、直接的に手形小切手の支払を当座預金の払戻し
として構成する方がより適切であろう。右の交換尻決済に伴う疑問も、既にして交換決済の時点で、手形小切手自体
︵24︶
の支払が行われ、同時に当座預金から払戻しが行われたものとなり、その後に行われる実際の引落しは、単なる銀行
内部の事後的な事務処理にすぎないと考えればよい。
そこで、更に検討される必要のあるのは、手形小切手の支払が当座預金の払戻しであるとして理論構成するのであ
れば、その支払に関しては、預金債務の弁済として、一般の債務の弁済に関する法理の適用が考えられねぱならない
︵25︶
のか︵たとえば、宣8玄は、偽造小切手の支払の問題に関して、その法理に従っている︶、の問題である。けれども、
299
一橋大学研究年報 法学研究 14
この揚合の預金の払戻しは、第一義的には、通常的な預金の現金による払戻し、振替による払戻しとは区別される、
固有の法的制度に基づいた手形小切手の支払としての意義を有するものである。更に、我国の当座預金にあっては、
現行の当座勘定契約︵当座勘定規定︶上は、原則的にその払戻しは手形小切手の支払として行われるものであるから、
この手形小切手の支払と当座預金の払戻しとの強固な結合関係は、他の預金の払戻しとは相違して取り扱われるぺき
であると考えられよう。したがって、本来的には、手形小切手の支払の問題に関して、預金債務の弁済の法理の適用
を考えることは不必要であろう︵この点に関しては、更に後述第三章︶。
︵1︶ たとえぱ、山窪ヨ富9出駄9ヨ①F鍵勲○■頃巳緯目σqoo30菊号■ど大橋光雄﹃小切手法﹄、一九三五年、七頁以下、
竹田省﹃手形法・小切手法﹄、一九五五年、二三九頁以下、鴻常夫﹃小切手法入門﹄、一九六四年、四二頁以下、猛ぎ窃寓o一,
︵2︶ 大橋、前掲、一〇頁、四四頁。
幕p↓箒謀ω8蔓o崩Z①αQo就p匡①一冨賃葺器葺ωぎ閃お=鴇■ρ≦し3摯℃℃■NO鼻■
9β・。9。。。8呂。。①邑g9β・①9ま一︵ρN。“●客毫■ま一﹂一。国y℃●旨︵勾。℃。昌ξ量α邑菖αqo§包洋①①y
︵3︶閃①8乱。。。=一・。冒ぎ﹃尽ひ一〇β一〇〇畦R自88﹃芸①晋芽豊。・o︷岳誇9亜一一ωo︷国誉星おρ℃﹃。巨ω。。。蔓2。霧雪α
︵4︶一び一P
︵5︶ フランスに於ては、小切手の振出、移転が同時に、冥o<ζ9の譲渡を生ずるものと解されているから、小切手振出の際
に、既に完全な資金の存することが要求されている︵とくにフランス小切手法一七条、なお後述︶。
︵6︶ 当座預金契約と小切手契約との関係については、これを並列的に考えるぺきでなく、当座取引契約の中心は、小切手支払
の事務処理を委任する準委任契約であって、当座預金契約は、小切手の支払という委任事務処理費用の前払い︹個々の預金︺
︵7︶寿円秀夫﹃新銀行実務講座2預金﹄、一九六八年、八八頁以下、田中誠二﹃銀行取引法﹄、一九七九年、二二四頁、鈴木竹
︵民六四九条︶を予約する副次的な契約であるとする見解もある︵高窪利一﹃現代手形・小切手法﹄、一九七九年、五頁︶。
雄編﹃銀行取引セミナiω当座預金﹄、一九六二年、二四頁以下、大隅健一郎・河本一郎﹃注釈手形法・小切手法﹄、一九七七
300
銀行取引法と小切手
年、
四八六頁。
田中誠、銀行、;一四頁以下、鈴木編、前掲、二四頁以下。
西原寛一﹃金融法﹄、一九六八年、八四頁、我妻栄﹃債権各論中巻二︵民法講義鴨︶﹄、一九六二年、︹二〇五︺。
寿円、前掲、九一頁。
︵8︶
︵10︶
我妻、前掲、︹一一〇六︺。
堀内仁・大島鋼丁岩沢真三・村山邦夫・富永修身著﹃銀行実務総合講座−預金﹄、一九八0年、一三〇頁。
︵9︶
︵11︶
大隅・河本、前掲、四九〇頁。
河本一郎﹃総合判例研究叢書商法㈲﹄、一九六〇年、一九四頁、大隅・河本、前掲、四九〇頁、田中誠、銀行、一三六頁。
︵12︶
︵14︶
ドイツにあっては、臼8ぎ旨o中の預金は、小切手によっても、⇔げ㊦暑。一畢おによっても、更には、現金による払戻しに
︵13︶
︵15︶
︵18︶
︵17︶
︵16︶
鈴木編、前掲、三四頁以下、山口幸五郎・茶田善嗣﹁小切手支払と銀行の免責﹂加藤一郎・林良平・河本一郎編﹃銀行取
参照、西原、前掲、八四頁、河本、商法㈲、二四七頁、田中誠、銀行、二二六頁。
前田庸﹃銀行取引判例百選︵新版︶﹄、三八頁。
大判昭八・四・四民集ご一巻六号五四三頁。
も
引
落
さ
れ よって
う る か ら 、我国とは議論に相違が生じうるかもしれない。
︵19︶
︵20︶
小切手支払の都度差引決済が行われる点から、当座勘定契約中に含まれている交互計算は段階交互計算であると解すぺき
引法講
座 上 ﹄ 、 一九七六年、一九〇頁、田中誠、銀行、一三六頁以下、河本、商法㈲、二四七頁以下。
見
解
も
あ
る
が
︵前田庸﹁振出人と支払人の関係﹂鈴木竹雄・大隅健一郎編﹃手形法・小切手法講座2﹄、一九六五年、
とする
田中誠、銀行、一四二頁、河本、商法㈲、二四八頁、寿円、前掲、九二頁、鈴木禄弥・清水誠編﹃金融法﹄、一九八○年、
京都地判昭三二・七二九下民集八巻一二号二三二八頁、田中誠、銀行、一四〇頁。
田
中
誠
二 法
学
の
諸
間
題 て﹂﹃
先 生 古 稀 記 念 現 代商
﹄ 、一九六七年、三八七頁︶、商五二九条とは相入れないであろう。
頁
︶
、
段
階
交
互 め
ら
れ
る
と
の
見
解 原
、
前
掲
、
八五頁、同﹁当座勘定契約につい
一六七
計 算 も 交 互 計 算 に含
は あ る け れ ど も ︵西
︵21︶
︵22︶
301
一橋大学研究年報 法学研究 14
︵23︶ ドイツ学説は、小切手契約を事務の処理を目的とする契約︵O。。。。鼠穿訂8お巨鵯<R霞p⑳国Oω㎝ひ凝︶としたうえで、
六八頁、中馬義直﹁預金契約﹂﹃契約法大系5﹄、一九六三年、四九頁など。
互計算上の相殺として構成している︵O馨巽グω雪ぎ菊身ひひo。ド$9類o凝嘗αQ濯一ぎ05ミ96も一9器oヌヌ>5■︸一〇〇。押
Oぎ語ヰ轟αQによる場合と同様に、小切手の支払による費用賠償請求権︵ωOω⑳ひNo︶の成立を認めて、これと預金債権との交
oo・まご国夷2d目3u霧国g耳盆﹃譲豊6も凶①β一8。。”oo﹂ご茸ωo=z旨ミ一。卸$o。盈8︺︶。但し、預金口座所持人
は、銀行による当該指図金額の借方記帳の時点からーしたがって、交互計算によって定期的に行われる相殺の時点からはじ
根拠付けるために段階交互計算の理論に依る必要はないとする。即ち、右の処分権限の範囲の限界は、交互計算契約によって
めてではなくてi、その金額を差引いた残額についてしか処分権限を有してはいないことになるとされる。しかし、これを
冨ンω閃嘗α”這冨、㎝い親>コヨ・8⇒こ認︶。他方、ω窪ヨ区9出鉱R琶魯一闇騨騨ρω90>拝加閃αP軌は、小切手を指図
ではなく、その基礎に存する取引契約によって画されるからであるとする︵O塁霧量ω塁犀こ国身’象分コ○ωOさ鱒oヨヨ雪−
︵>昌≦①房琶眼︶と規定したうえで、ωO切㎝お刈Hにより、被指図人たる銀行は、預金債務に基づく指図たる小切手に対する支
︵24︶ 小橋一郎﹁偽造小切手の支払﹂ジュリ一七六号︵一九五九年︶七六頁は、小切手の支払を当座預金債務の弁済と解すると、
払により、その額に応じて預金債務を免れるとしている︵後述︶。
口座に入金されているものとして考えればよく、当座貸越契約なしに、顧客の過振りに対して銀行が任意的に小切手支払をす
当座貸越の揚合には別の説明を要することになるとされるが、当座貸越の揚合も、消費貸借に基づく貸付金が顧客の当座預金
︵25︶ 国誓の什冒89名9冨平琶αω38ξ9算・這象・oQ・8N中肋小橋、前掲、七五頁以下。この問題については第三章で論じ
る揚合も同様である 。
小切手所持人の支払銀行に対する権利
第三節 小切手上の権利
ることになる。
︵11
302
銀行取引法と小切手
小切手の所持人は、小切手については引受が禁止されているために︵小四条︶、小切手の受取りにより支払銀行に
対して小切手支払を求める直接的訴権を獲得することはない。この点は、小切手振出の法的性質を支払指図として構
成して、受取人が支払受領権限を獲得するとしても同様である。銀行の小切手支払義務は、顧客たる振出人との小切
手契約に基づくものであって、銀行は、小切手によって指示される金額を、顧客の当座預金から支払うべき義務を顧
客に対してのみ負担している。
右の点に関し、フランス法系の諸国に於ては、小切手の振出交付は、資金の小切手所持人への移転を含み、所持人
は資金を保有している支払銀行に対して直接的訴権を有するものと立法されていたのであり、それを否定する考え方
と厳しい対立を生じたのであって、そこで、ジュネーヴ統一小切手法は、この点を留保事項に委ねている︵第二附属
︵1︶
書一九 条 ︶ 。
③ 小切手振出の法的性質
小切手の振出の法的性質は、ドイツでは一般的に、民法上の︵支払︶指図︵>5ミ。一ω琶αp︶の一方式としてとらえら
れている。それによれば、指図人たる小切手振出人は、一方では、被指図人である支払銀行に対し支払権限を授与し、
︵2︶
他方では、指図受取人である小切手受取人︵所持人︶に対し支払受領権限を授与する︵二重授権︶。そして、民法上
︵3︶
の指図に関する諸規定︵切Oω脇誌い角︶は、小切手法が特別の規定を有していない限りで、適用されることにな
る。
我国でも同様に、小切手振出をドイッ民法上の支払指図、または、広い意味での支払指図としてそれに準じたもの
として構成する見解が多い。しかし、近時これを否定する見解もふえている。この間題に関しては後にもふれられる
︵4︶ ︵5︶
303
一橋大学研究年報 法学研究 14
が︵第四章︶、あらかじめ指摘しておきたいのは、ジュネーヴ統一小切手法自体は、ドイツ小切手法を引き継いだも
のとは考えるぺきではないという点である。確かに、小切手はその歴史的由来から見ても分かるように、銀行に対す
る支払の命令︵指図︶たるものとして形作られたということは明らかである。したがって、民法上に指図の制度を有
︵6︶
するドイツにあっては、小切手法の理解・解釈についてこの民法上の諸規定を援用することになりやすい。しかし、﹃
このような解釈方法は、それ自体疑間がある。それは、国際的統一法としての小切手法に固有の統一性の理念と相入
れない。小切手法それ自体の規定の解明に向かう方がより有益である。
︵7︶ ︵8︶
右のような小切手振出を支払指図と見る見解は、小切手中に支払委託︵小一条二号︶が含まれていることと親近性
を持つ。確かに、小切手の法的本質は支払委託にある。小切手法上、小切手の振出交付により、受取人は小切手上の
権利︵支払人の支払に対する期待利益︵期待権︶を享受する地位、および、支払拒絶の揚合の償還請求権︶を取得し、
また、小切手中の支払委託により、支払人は小切手所持人に対して支払をなす権限を授与される。この関係をドイツ
法上の支払指図によって法律構成すべき必要性はない。他方、支払人である銀行と顧客である振出人との間には、振
出人の振出した小切手に対して支払をなす︵当座預金から支払をする︶という内容の小切手契約が存在している。こ
の小切手契約により、支払銀行に対して原則的に継続的かつ包括的に手形小切手の支払の事務が委託されており、支
払銀行は支払の効果を振出人に帰することができる。そして、個々の小切手の振出は、右の小切手契約に対応した個
別具体的な支払の命令︵指図︶の意味を持つ。この個々的な支払の指図は、小切手上の支払委託の記載を通して︵小
切手を通して︶、支払人に伝達される。したがって、小切手上の支払委託は、一方では、小切手契約に対応した個々
的支払の指図を意味するわけだが、これは資金関係上で効力を生ずる事柄である。この支払委託の効力により、支払
人は支払の効果を振出人の計算に帰することができる。小切手関係も、ジュネーヴ統一小切手法上、手形関係と同様
304
銀行取引法と小切手
に、原因関係たる資金関係から切り離されている。我国の手形法中には資金関係にかかわる規定は全く存しないが、
小切手法中では、三二条が資金関係にかかわる規定であると認められる︵支払委託の取消に関しては第四章︶。更に、
小切手上の支払指図は、他方では、小切手法上支払人に支払を委託する効力を有する。但し、これにより、小切手法
上、支払人は支払義務を負わず、小切手所持人も支払人に対し直接的権利を取得するわけではない。しかし、この支
払委託が、小切手法上全く意義を有してはいないとは言えないであろう。小切手法は、小切手契約︵資金関係︶の存
︵9︶
在をも、小切手の有効性の絶対的な要件とはしていないと考えられるからである︵小三条但書︶。そうではなくて、
この振出人のなした小切手上の支払委託に基づいて、一方では、小切手関係が成立し︵それは支払により消滅する︶、
他方では、支払人の小切手支払が、小切手法上の効力を持った、支払委託に対応した有効な支払となるのである。即
ち、それは、振出人に対して効力を持った小切手支払となる︵これは、本来的には、支払人が資金関係︵小切手契
︵10︶
約︶上で小切手支払の効果を振出人に帰することのできる前提要件である︶。
︵−︶9日ヨ葺㊦Φo︷ピΦ⑳巴国巷①器9望σ9穿3曽碧㊤&98羅9勾招989①国88巨。9ヨ巨箒。﹂o卜。。。︵ρ一鐸
︵2︶たとえば、評毒9号寓昏§。耳繕錯oあ。器<。﹃>拝一勾α鍔ごo塁昼守昇扇9§一N些蚕ひpρψ
冨■象・一80。●目yや曾大橋、前掲、七〇頁。
猛一■
︵3︶田ロヨげ帥。げ,頃鉱①﹃目①年勲勲○あ90<自>拝一菊冒乙は、小切手は特別な方式の指図だが、ゆ﹃。。ω卑切O国の意味
での指図ではなく、当事者間の法的諸関係には、小切手法の規定が決定的であって、小切手法の規定と矛盾しない限りで、民
の間の対価関係に対して、小切手支払が及ぽす直接的効果は、授権としての指図の性質から導びき出されるとする。
法上の指図に関する諸規定の類推適用が認められうるとする。そして、支払人と振出人との間の資金関係、振出人と受取人と
︵4︶ たとえば、伊沢孝平﹃手形法・小切手法﹄、一九四九年、二八八頁、五四二頁、竹田、前掲、九三頁、二四五頁、大隅健
305
一橋大学研究年報 法学研究 14
一郎﹃手形法小切手法講義﹄、一九六二年、九〇頁、一八八頁、大橋、前掲、六九頁。
︵5︶・鈴木竹雄﹃手形法・小切手法﹄、一九五七年、三二二頁、石井照久・鴻常夫﹃手形法.小切手法﹄、一九七二年、三〇一頁、
三四一頁、田中誠二﹃手形・小切手法詳論﹄、一九六八年、上五〇頁、下七一二頁以下、八四二頁以下。
︵6︶ しかし、ドイツに於ても、為替手形、小切手の振出を︵支払︶指図として構成する.︶とに対する批判も強い。一餌。。σ一、勲
騨O.ω.まN卑とくに小切手については、ω﹂覗卑我国の文献では、田中誠、詳論下、七一二頁以下が詳細に論じておられ
︵7︶ 拙稿コ一つの国際的統一手形法﹂一橋論叢八七巻四号︵一九八二年︶九六頁以下。
るo
と論理﹄、一九八一年、二七七頁︶。なお、ω雲ヨ9号出99昌oヌ勲野PoogO>井い閃身己は、銀行による小切手の支
︵8︶今日では、為替手形、小切手の振出に於ける支払委託が支払指図かどうかを論ずる二とはあまり実益がないとの指摘もな
されている︵前田、講座、一三五頁注ω、木内宣彦﹃手形法小切手法﹄、一九八二年、一三三頁、倉沢康一郎﹃手形法の判例
払が・顧客の有効な指図に基づくものであれば、ωO切鷲o。N一により、被指図人である銀行は、小切手支払によってその額
れが小切手支払による預金引落し︵減額︶の法的根拠であって、ここでは、事務処理費用の賠償請求権︵㈱ひぎ切O切︶よる預
に応じて預金債務を免れる乙とになるとして、小切手支払により支払銀行の顧客に対する債務が直接的に消滅するとする。こ
金債務の相殺の問題は出てこないとする。
を欠く小切手自体も全く無効とは解されず、民事上、刑事上、税法上の制裁を課すことができるとの了解が存した︵菊。。。.α.り
︵9︶ ジュネーヴ会議においては、資金の存在を小切手の絶対的要件と解したうえで、第二附属書四条、五条では、支払人を銀
行に限定するかどうか、資金の存在すべき時点はいつかに関して、各国に決定権限を与えている。しかし、更に、資金の存在
一頁以下、四八九頁以下、五六二頁︶︶。
罵■ご下峯o。旧大橋、前掲、六五頁以下、参照、ハーグ草案四条︵﹃一九一二年第二回海牙万国手形法統一会議議事録﹄、四七
︵−o︶木内、前掲、二⋮責は、前田、講座、一四七頁に従い、﹁支払委託文句はまったく形骸的なものとみるぺきではなく、
支払人がその支払の効果を振出人の計算に帰せしめることができる二とは、支払委託文句により、振出人の支払人に対する支
306
銀行取引法と小切手
払人との間の資金関係、あるいはこれがない場合は事務管理に基づく︶を有しなければ、求償できないものではないといった
払委託がなされていることに求められるべきであり、この支払委託に応じて支払えば、それ以外に補償の請求権︵振出人と支
程度に、支払委託の記載は実質的な意義を有しているというべきである﹂とされるが、この支払人が振出人の計算に帰しうる
第四節 当座勘定取引と銀行の責任
関係の発生は、小切手法上の支払の効果自体ではない。
qD はじめに
当座勘定契約中に内含される準委任契約たる小切手契約に基づいて、銀行は顧客に対して善管注意義務を負担する。
しかし、小切手の支払委託関係が委任法理に服するとしても、それにより直ちに、銀行、顧客の権利・義務内容が完
全に確定されうるわけではなく、小切手契約に基づく善管注意義務の内容も、銀行と顧客との間の当座勘定取引関係
上に於て、具体的に確定されねぱならない。すべて相互依存的な継続的関係である銀行取引関係の中でも、当座勘定
取引関係は、とりわけ強固な取引関係であると認められるが、具体的な考察に当って検討されるぺき諸側面に関して
は既述した。以下および、第三章、第四章はその具体的展開である。
③ 銀行の過振り
小切手契約に基づいて、支払銀行は、顧客の当座預金の存する限りで、また、あらかじめ当座貸越契約が締結され
ている揚合には、その貸越極度額までの範囲内で、顧客振出の小切手の支払事務を処理すべき義務を負っている。右 7
の
の範囲を越えて小切手が支払呈示される揚合は、資金不足ということになり、その小切手は不渡となりうるわけだが、語
一橋大学研究年報 法学研究 14
銀行はこの揚合に、義務ではないにせよ、無資金の小切手を支払う権利を有している︵当座勘定規定一一条︶。銀行
実務上も、取引先の信用が良好で、錯誤による振出が明らかなような揚合は、銀行として取引先の信用失墜を防止す
︵−︶
るために、回収に懸念のない限り不渡にするのを避け、便宜的に支払をすることがあるとされている。右のような銀
行の任意的支払を過振りといい、この揚合に、銀行はこの不足金を顧客に対して求償できるわけだが︵当座勘定規定
一一条一項︶、この過振りの法的性質に関しては検討の余地がある。
︵2︶
銀行の求償の根拠を事務管理︵民六九七条︶に基づく費用償還請求権に求める見解を否定して、委任事務処理に基
︵3︶
づく費用請求権︵民六五〇条︶にその根拠を求める見解が有力である。当座取引に基づく銀行の支払は、取引先との
間の継続的な信用関係に基づくものと解すぺきだから、﹁商行為の受任者は委任の本旨に反せざる範囲内において委
任を受けざる行為をなすことを得﹂︵商五〇五条︶ることにしたがって、過振りが銀行の故意または重大な過失によ
り行われたものでない限り、当座勘定契約の本旨に反しないものとして、支払の効力は取引先に対抗できるとするの
である。
︵4︶
右のように、過振りも委任事務処理の枠内であると考えるのであれぱ、過振り額に対して銀行は利息を徴収できる
︵ 5 ︶
ことになる︵商五一二条、または、商五一三条二項︶。更に、当座勘定規定の保証人の保証債務は、この過振り小切
︵6︶
手の支払に当っての不足金に対する求償債務にまで及ぶことになろう。それに対して、当座貸越契約の存する揚合に
っき、当座貸越契約について存在した担保の効力が、右の求償債務にまで及ぶのかの点に関しては、当座貸越契約の
趣旨が、小切手契約に基づく支払事務処理上必要な場合に消費貸借を生ぜしめることにある点を考えれぱ、肯定する
︵7︶
ことができるであろう。
しかし、右のような議論に関しては、若干疑問がある。過振りが行われるのは、顧客の当座預金上の資金が不足し
308
銀行取引法と小切手
ている揚合だが、この場合一般的に顧客にとり過振りが利益になるものと考えられ、他方、銀行にとっての過振りの
意味は、当座貸越と異なる所はなく、その処理の仕方も当座貸越に準じたものとなっている︵当座勘定規定一一条︶。
したがって、当座貸越の法的性質は消費貸借であると前提したうえで、より端的に、振出人は無資金小切手の振出に
より、銀行に対して相応額の消費貸借契約の申込をしており、銀行はその支払によって明示的に右契約の承諾をなし
︵8︶
た、という形で理論構成できるであろう。このように解せぱ、当座貸越契約の存する揚合には、それに基づく消費貸
借上の債務として、また、当座貸越契約が存しない揚合にも、当座貸借契約に基づく消費貸借上の債務に準ずるもの
として考えられる。したがって、この揚合、求償債務に対する利息は、右の契約上の利率によるべきことに転琵。
③ 銀行の過振りによる支払の義務
更に、右の議論を越えて、銀行が顧客の資金の不足する揚合に、支払義務を負うような揚合があるのかが問題にな
る。右の図の議論からは、この揚合には、銀行は本来支払義務がなく、あくまでも銀行の裁量に基づく例外的な支払
だけしか問題にならないということになりそうである。けれども、たとえば、必要な過振りの額がわずかなものにし
かすぎない揚合や、従来の口座の出入りから見れぱ、資金不足は顧客の単なる錯誤に基づくものであり、その状態は
短時間のうちに解消されることが予想されるような揚合、信用力の高い顧客についてのものである揚合などを考える
と、銀行の負担する委任に基づく法的責任は、これらの場合には拡大され、むしろ、銀行に対して過振りによる支払
の義務が課せられると解されるべきである。それが、銀行と顧客との間の当座勘定取引関係上、信義誠実の原則に適
パねレ
過振りに当っての間い合わせ義務
った取り扱いと言えるであろう。
141
309
一橋大学研究年報 法学研究 14
銀行実務上でも、不渡返還に際しては、可能な限り連絡をしたうえで対処することが望ましいとされているが、そ
右の圖のような議論は、更に、過振りをなそうとする揚合に、顧客に対して時間的に、手段的に可能な範囲で問い
パど
合わせをなすべき義務を銀行に対し認めることに結び付く。
れは銀行の受任者としての善管注意義務外のことであり、法律上の義務ではないけれども、ア︸とは取引先の信用の問
パねロ
題であり、また、銀行としても気がつかない処理上のミスも考えられるからであるという理由が示されている。しか
し、右見解の説くように、不渡りは取引停止処分にもつながりうる顧客の信用にとりきわめて重大な問題であるから、
銀行と顧客との間の当座勘定取引関係上では、右のような顧客に対する銀行の義務が、信義誠実の原則により銀行に
対して要求されるものと解すぺきであろう。
この圏の冒頭に述ぺた過振りに当り顧客に対し問い合わせをすべき︵電話で十分︶義務を認めても、実際上は、右
に見たように銀行は既に顧客に対する相応の問い合わせの努力を払っており、改めて過重な責務を負わせるわけでも
なく、また、それに要する労力も各支店ごとに見れば、さして大きくはない。したがって、当該の委任の趣旨が顧客
の提供する資金による小切手の支払にあることから見れぱ、右義務を委任事務処理上の善管注意義務に直接的に含め
ることは困難と考えられそうだが、信義誠実の原則により右の義務を善管注意義務中に含めるのが妥当であろう︵な
お、③の義務に関しても同様である︶1より厳密には、右の義務を当座勘定契約︵小切手契約︶上で銀行が顧客に
対し負担する附随義務として構成するのがより一層適切であろう︵⑥についても同様︶﹂なぜなら、それにより、
銀行の利益が不合理に害されることはなく、他方、自己の顧客に対して適切な保謹処置をとるア︶とは、当座勘定取引
の本質に照らせぱ、銀行自身の利益ともなるからである。このように銀行の利益という問題も、単なる銀行の当該業
務提供に対する出費の有無だけで考えるべきではなく、銀行自体にとっての巨視的見地から考察されるべきである。
310
銀行取弓1法とノ」、切手
︵1︶ 堀内他、前掲 、 一 三 二 頁 。
︵2︶ 事務管理に基づく費用償還請求権と解すると、その費用が本人のために有益かどうか、本人の意思に反して管理をしたか
どうかなどについて判断する必要がでてくる︵民七〇二条︶からである。
︵3︶ 前田庸﹃銀行取引﹄、一九七九年、九二頁、同、講座2、一三二頁、香川保一・味村治・堀内仁監修﹃銀行窓口の法務対
策二〇〇〇講上﹄、一九八二年、七六頁、大判昭一八・四・一六法学二一巻一〇号九四頁。反対、田中誠、銀行、一五〇頁。
︵4︶ 香川他監修、前掲、七六頁。但し、あえて商五〇五条を援用しないでも、委任の効力として、受任者は委任の本旨に従っ
て事務を処理すべきなのだから、事務の範囲を越えなければ委任の終局の目的を達しえない事情があるときには、それを越え
︵5︶ 香川他監修、前掲、七六頁。
ることは受任者の権利であると同時に義務であるから︵我妻、前掲、︹九八二︺︶、同様に解せるであろう。
︵6︶ 和歌山地新宮支判昭五〇・一二・二六金判五〇九号三二頁、但し傍論。反対、東京地判昭三四・一一・六下民集一〇巻一
︵7︶ 同説、大隅・河本、前掲、四九六頁。
一号二三四三頁。
︵9︶ 担保、保証人についても、前述と同様の関係になるが、保証人の貴任については、銀行の過振りが、銀行の合理的な裁量
︵8︶O雪畳9ω雪F勾身,$ざ切窪ヨ93−=駄雪目①耳P勲ρω30>井軸勾身■9
︵10︶ 9畠募、切器ぎ菊身■$o嚇鵠撃ω−⊆﹃陣3蜀ロ9PNξroぼ①<o鷺巴一⑳①き①ぎ曾b馨犀<R賃お﹂Oo。ρqり﹂o。軌,
の範囲内で行われたことが要件となる︵参照、大隅・河本、前掲、四九六頁︶。
︵n︶99岳㌧些勲9更に、銀行が㈹に論じた無資金小切手の過振り支払をなそうとする揚合にも、振出人が全くそれまで無
資金の小切手を振り出したことがなかったり、また、振出人の人格やその者の従来の取引状況から見て、無資金小切手を振り
出すとは考えられないような揚合にも、銀行は、時間的に、手段的に可能な範囲で、振出人に対し小切手の正規性について問
い合わせをなすぺき義務を負う。このような揚合には、小切手が偽造されたか変造されたのではないかとの疑念が生ずるから
であり、銀行は、信義誠実の原則に従い、問い合わせをすぺきである。特に、銀行が普通取引約款中の免責条項により、偽造
311
一橋大学研究年報 法学研究 14
の危険を振出人に転嫁している場合には、
︵12︶ 堀内他、前掲、一四二頁。
第三章 偽造小切手の支払
第一節問題の所在
一層そのことが当てはまる︵9養房、切婁F勾曾・ひ鶏︶。
支払銀行による小切手支払が、小切手法三五条の意味での小切手法上の効力を持つ有効な支払なのであれば、小切
手上の権利は消滅し、支払銀行はその結果を振出人たる顧客に帰することができ、振出人は遡求義務を免れる。但し、
これは、小切手が振出人により真正に振出されたものであることを前提としている。偽造の小切手の支払については、
右規定の適用はないことになるが、偽造小切手について支払がなされた揚合に、その損失を振出人、支払人のいずれ
が負 担 す ぺ き か が 問 題 と な る 。
第二節 ジュネーヴ統一小切手法会議に於ける議論
ジュネーヴ統一小切手会議に先立つ各国政府への質問の一項目としてこの偽造︵および変造︶の問題が取り上げら
れている。その回答によれぱ、支払人負担の立揚、振出人負担の立揚、更には、過失ある者が責任を負担すぺきとの
︵1︶
立揚、支払人が負担すぺきとしたうえで、免責条項を認容しない立揚などが示されている。
ジュネーヴ会議に於ても同様に、この揚合の危険を支払人、振出人のいずれが負担すべきか、および、免責約款を
︵2︶
認容すぺきか否かが、更には、危険の負担者を小切手法中で規定すぺきか否かが激しく議論された。支払人たる銀行
が負担すべきとするかなり広範に支持された見解の根拠は、第一に、これは職業上の通常的危険であるから、それに
312
銀 予取弓1法とノ」、切手
従事する者が負担すぺきであるという一般原則の適用に、第二に、小切手の支払手段としての価値を高め利用を促進
するためにはそれが必要であることに、第三に、銀行は個人に比して経済的強者であるから損失を負担しやすいとい
うことに、第四に、それは銀行が注意を払うことに仕向け、特に、顧客選択の段階で注意を払うことに向かわせると
いったことなどに求められていた。更にそれ以上のこの立揚の根拠としては、偽造小切手にあっては、有効な支払の
指図︵委託︶が存在しないこと、および、偽造署名は無効だから、支払銀行は無権限で支払っており、振出人の支払
︵3︶
︵4︶ ︵5V
の指図に応じた支払をしていることにはならないといったことなどがあげられている。このように、支払銀行が責任
︵6V
を負うとしても、銀行はその揚合に免責条項により責を免れることができるかには、きわめて対立があった。
右の支払人負担の立揚に対しては、会議に於て、それが必ずしも利害状況に適合するものとは言えないとの指摘が
なされている。即ち、支払銀行は業務を迅速に処理しなければならず、個々の証券を十分に調べることはできないこ
︵7︶
と、振出人と支払人のうち過失ある者が責を負うぺきこと、支払人たる銀行に責を負わせるべき法的根拠の不明確、
更には、支払銀行の方が振出人よりも自らを防禦しやすいといっても、顧客たる振出人もその多くは商人であること、
支払銀行が自らを守ろうとするために、手数料が一般的に増加し、かえって小切手利用を阻害する恐れがあるのでは
︵8V
ないかといったことなどが指摘されている。しかし、それに対しては、支払銀行に損失を負担させることに対してな
︵9︶
んらの疑念も表明されていない国もあることが指摘されている。
右のようにジュネーヴ会議に於ては、意見の対立が解消されず、そこで、この間題が振出人と支払人との間の小切
手契約にかかわるものであることを踏まえて、この問題を統一法の外に置くこととするとした一九一二年のハーグ草
案にならうことになり、この点に関する規定を、統一小切手法中に取り込まないことが決せられた。
︵−︶鐸。ヨ監。邑9三。曇8︷。二ぎ95聾一昌。=冨ぴ畢=舞3堕。o﹂募鉱国図3書圏ギ。目誘。曼多醇p&9。・
313
一橋大学研究年報 法学研究 14
ρβ①即・り①8且ω。隆9”旦厨ξ9。oo<①馨。耳の8誓①O=。ω富9琶3﹃①駆三ぎαq9①2①切﹂3。︵o・B。。・罫Nお・一8。・
目︶■当時、この点に関して規定を有していたスイス債務法一〇八三条は、振出入たる者に過失がない限り︵小切手用紙の保
管に十分な注意を払わなかワた揚合には過失がある︶は、小切手の偽造・変造による損失は、支払人が負担するとしていた。
更に、オーストリア小切手法二〇ー四条は、振出人に過失があるか、又は、振出人の雇い人が偽造をなした揚合には、振出人
が損失を負担するとし、原則的には支払人の負担としていた。現行のスイス債務法二三二条も、小切手偽造の危険を支払人
客が小切手偽造の危険を負担するものとされている。︵即民o罵こ窃9ぎ:b一①=鋒ロお。触窪器。三詩器α曾︸吟&三霧窪昇①尽。プ
に負担させているが、それは強行規定ではなく、銀行の小切手約款により、一般的に、銀行に重過失なき限り、振出人たる顧
︵2︶寄8爵。=ぼ算R屋梓一9巴08h。89。嘗些。9茜。器9。h9壽9ω一一一ω。h穿9きσqρ牢。邑毯蔓z。冨即&
匹oロ≧一鵯邑。ぎ窪O窃3蹄。げaぎσq・5αQ。一ニコαR勺声邑ω、.℃∈冨一ミ9頓ON’︶。
︵3︶o塁畳即浮爵語鋒品窒。げけ﹄,診∋む。。ど国身,Σ。︸切目昌。些出昏聲㊦年≦8訂藷羅g巨αω号R凝轄貫鼻
Oげ02Φ即ooo8呂ω①。。切一9902。9一3一︵ρb。O避罫一鴇■這呂■一一◆切︶讐℃℃・801い一舛
︵4︶ イギリス手形法では、支払銀行は、エストッペルの存在により顧客の負担に帰しうる揚合でなけれぱ、自ら責任を負担す
>一5こ一〇〇〇ごoooげO>昌.ω閃創戸y
ることになる︵ω。。・N“︶。アメリカのd■ρO上では、このような支払は、振出人に過失︵㈱いム09伽令8ひ︵一︶︶なき限り、
︵5︶ フランスでは、学説、判例は間題を二分し、第一に、小切手がはじめから偽造されている揚合︵振出人の署名が模造され
不適当なものとなり︵賢ふ9︵一︶︶、支払銀行が損失を負担する︵但し、伽やNS︵一︶︵σ︶︶。
はこの揚合には、口座所持人の預金を、適法な小切手たる証券︵委任︶なしに支払うからである。︵9路9く・駆。o男三一ε。
ている揚合︶には、外見上の振出人である顧客に過失がない限りは、支払銀行が損失を負担するとする。なぜなら、支払銀行
裏書の偽造・変造など記載の変更︶には、支払銀行は原則的に免責されるとする。しかし、銀行に小切手面上から分かる疑点
旨ρ閏むお目這鶏︶。第二に、正常に振り出されたが、後に偽造・変造された揚合︵たとえば、振出人署名の書き直し、
を見落した過失のある場合には、振出人は過失の存在を主張して損害賠償を請求できる。但し、銀行は、通常は免書条項を設
314
銀行取引法と小切手
けて重過失ある場合を除いて責任を免れている︵星罵ヰ,男o乞o“↓﹃巴梓ひ勉ひヨΦ簿巴お3昏鼻8ヨヨ角。芭噌↓o日o戸這o。ン
p。器oo。旧国四旨①一白夷の巳①−一国臨﹃。8、﹃邑8留α﹃o詳。g巨Φこpど↓oヨ①一一し。ひ9昌。のく三ー一Σε。
︵6︶ ジュネーヴ会議に於けるチェコス・ヴァキァ案、ユーゴスラビア案は、このような合意を無効とみなす旨の条項を含んで
フランス︵前述︶、西ドイツ︵銀行取引における小切手取引約款︵田aεαQ琶⑳撃診﹃α雪oo9①畠話蒔¢訂︶一一条−小切手、
いた。当時既に、ドイツでは、免貴条項によりうるものとされていた︵会議でのO轟躬o壽憲発言、ヵ①8&。D堵や80︶。今日、
免責約款の有効性が認められている。
小切手用紙の喪失、濫用、偽造、変造についてー︶、オーストリァ︵口88ざ噌≦三一Sρ8α︶、スイス︵前述︶などでは、
︵8︶ ジュネーヴ会議に於けるオーストリア代表の臭巴の発言︵閑。8aω、署﹂。γ8。。︶、およぴ、フランス代表評岩R2の
︵7︶ 同旨、山尾時三﹃新手形法論﹄、一九三五年、七九頁以下、納富義光﹃手形法・小切手法論﹄、一九八二年、三九三頁以下。
発言︵マ呂一︶。
︵9︶ イギリス代表O昇器ユ轟①の発言︵菊。8&9サQ二︶。但し、今日ではこの点について疑問が提示されている︵塩田親文
﹁偽造小切手の支払と銀行の免貴﹂﹃銀行取引と消費者保護﹄、一九八一年、八三頁以下︶。=。器。ざは、この問題に関するア
第三節 理論的考察
︵≦旨一〇Nρ8刈︶。
メリカの制度が原則的に支払銀行に負担させていることが、アメリカに於ける小切手利用の促進の一因であると見ている
ω はじめに
右のように、この振出人、支払人のいずれが損失を負担すべきかの問題は、理論的には決し難いものであるが、今
日の我国に於ては、原則的には支払人が負担すべきだが、それは、免貴約款︵特約︶または商慣習によって振出人に
転嫁されるとする見解と、振出人が本来的に負担するとの見解が対立している。なお、今日の権利外観理論によれぱ、
315
一橋大学研究年報 法学研究 14
小切手偽造に当り、偽造発生に対して、外見上の振出人に帰責性が認められ、その小切手の真正性を善意で信頼して
︵1︶
支払銀行が支払う揚合には、支払銀行はこれを振出人の計算に帰することができると考えてよいと思われる。但し、
その帰責事由の存在の認定は、振出人本人がその意思に基づいて、銀行に届出られた小切手取引のために用いる印鑑
を他人に交付しているといった場合に限られるぺきである。
︵2×3︶
図 振出人負担説の検討
被偽造者に帰責性ある例外的揚合を除いた一般的揚合に関して、ここでは、前掲の見解中、振出人が本来的に損失
︵4︶
を負担するとの見解に含まれる諸説に関して検討をすることにする。しかし、いずれが損失を負担すべきかは決し難
いという事柄との関係では、そのいずれの説も確固たる根拠を与えるとは言えないようである。
その一は、債権の準占有者への弁済に関する民法四七八条の規定を類推適用して、銀行が善意であり、銀行業者と
︵5︶
しての注意義務に違反がなかった揚合には、弁済は有効であり、顧客たる振出人が損失を負担するとする。それは、
支払人たる銀行は小切手上の債務者ではないが、資金関係上で債務を負担し、この意味で顧客は債権者であるから、
偽造小切手の請求者は、顧客の有する債権の準占有者と見ることができるということ、および、呈示された証書が偽
造であっても、他の事情と総合して、債権の準占有者と認められる場合には、準占有者への弁済として有効とすると
いう見解とに依拠している。この第一説に対しては、第一に、ここでの問題が小切手契約に基づく受任者である銀行
︵6V
の支払に関するものであることを考えると、銀行が顧客に対して負担する当座預金債務の弁済の問題としてとらえる
と、当座預金は原則的に小切手︵または手形︶によってのみ引き出されうるという当座勘定取引の特異性を無視する
ことにならないだろうか、という疑問がある。第二に、当座勘定契約それ自身または小切手契約それ自体の存在だけ
︵ 7 ︶
では、顧客は未だ銀行に対して弁済を請求できず、原則的に、小切手・手形の振出により銀行の顧客に対する資金関
316
銀行取引法と小切手
係上の債務は、はじめて具体化されるのであって、それ以前の段階や偽造小切手の揚合には、当座預金の本来的な意
味での弁済は考えられるべきではなく、したがって、偽造小切手の支払について民法四七八条の適用を考えることに
は疑間がある。
そこで、第二説として、小切手契約に基づいて間題を考える見解がある。小切手契約は真正の小切手に対し支払を
なすべきことの委任であって、偽造小切手の支払は委任事務の処理には当らないとの批判に対して、真正の小切手を
支払えとの委任は偽造が認識しえない限り実行できないのであり、したがって、委任の内容はせいぜい最高の慎重さ
をもって支払えということにしかなりえないと反論したうえで、それは、受任者である銀行は、委任事務処理に必要
と認めたことに過失がない限りは、振出人に支出費用を求償でき、顧客の負担とすることができるとする︵委任事務
︵8︶
処理費用説︶。右の第二説に関しては、まずもって、前述したように︵第二章第二節㈲︶、我国の当座勘定契約中に交
互計算関係は含まれていないとするのであれば、とりたてて、右のような委任事務処理費用求償権に問題を還元すべ
き必要があるのか、また、それを肯定するのであれば、その求償権と顧客の預金債権との相殺という理論構成が不可
避的なものとなるのかといった間題が生じてこよう。けれども、委任関係である小切手契約に於ては、明らかに当事
者間での契約内容は、顧客の振り出した小切手・手形、即ち、顧客のなしたる支払の指図・委託に対応して支払をな
すぺきことにあるのだから、このような偽造小切手の支払は、委任の本旨に従った委任事務の処理︵民六四四条︶に
は該当せず、銀行のなした支出も、委任事務を処理するのに必要と認むべき費用︵民六五〇条一項︶に当ると言える
︵9︶
のかは疑わしいと言わ ざ る を え な い 。
圖 oり覧一警曾些①oユo
317
一橋大学研究年報 法学研究 14
ドイツにあっては、右第二説と同様に、銀行は小切手の支払により、顧客に対して事務処理費用の賠償請求権を取
得する︵ωO切脇ひ誤ふNo︶と構成する見解が一般的だが︵前述︶、顧客は、小切手契約に基づく特別な注意義務の違反、
即ち、積極的債権侵害の存する揚合にのみーしたがって、とくに顧客に過失のある場合にのみー、損失を負担す
るに止まり、偽造小切手の支払の揚合には有効な支払委託・指図が存しないことを理由として、原則的に支払銀行が
︵10︶
損失を負担するとされている。しかし、近時では、顧客の側に帰貴の可能性がある揚合、とくに顧客の側に過失のあ
る揚合には、銀行と顧客との間で危険の分配がはかられるべきことを出発点として、銀行契約上では、顧客と銀行と
の間で、顧客の支配領域と銀行の支配領域との間の妥当な限界付けによる危険分配がなされるべきであるとの主張が
︵n︶
有力になっている︵これが⊆巳曾のoo喜弩。暮冨9δである︶。これによれば、銀行は、自己にとって知ることので
きない偽造が、振出人の支配領域中に存する事情に還元される場合︵たとえば、過失の有無にかかわりなく、顧客が
小切手帳を紛失した揚合︶には、支払を顧客の計算に帰することができるとされる。しかし、右のような要件が満た
されない限りは、一般的に銀行が損失を負担することになる。
︵皿︶
このようなドイツ学説の見地から、先の委任事務処理費用説を見れば、それだけでは未だ支払銀行の費用求償権を
認めることはできず、右のuo℃匡話簿冨a。により、顧客に損失が帰せられるべき場合にはじめて、銀行は顧客に対
して費用求償権を取得することになる。右のドイツ学説は、支払人の負担を原則としたうえで、uD喜警窪38藷の
適用を必要となしているのだから、したがって、我国の委任事務処理費用説が妥当性を有するためには、それが振出
人負担に基礎を置くものなのであれば、小切手振出をしていない者は本来責任を負うはずはないのだから、その損失
負担の十分に説得力を持った法的根拠が示されねばならず、あるいは、この説がいずれの者の負担に本来的に帰せら
れるべきものかについては評価を加えていないのであれぱ、同様に、その説自体の十分な説得力を持った法的根拠が
318
銀行取引法と小切手
示されることが必要であろう。
︵−︶ o昏曽ξ閑目犀こ菊身・二ρ伊沢孝平﹃手形法・小切手法﹄、一九四九年、四六〇頁も同旨か。
︵2︶ 参照、拙稿、金判五七七号︵一九七九年︶五八頁以下。
︵3︶印鑑の相違する偽造小切手を支払った銀行は、その偽造が被偽造者の被用者によってなされている場合には、重大な過失
ある︵東京高判昭五五・二二一五金判六一〇号三五頁︶。
なくして支払ったのなら、被偽造者たる使用者に対して、民法七一五条により損害賠償請求をすることができるとする判決が
︵4︶ 我国の学説の詳細に関しては、畑雛﹁偽造手形と支払銀行の免責﹂河本一郎編﹃商法H 判例と学説6﹄、一九七七年、
三四二頁以下、梶山純﹁偽造手形の支払と銀行の免責﹂北沢正啓編﹃商法の争点﹄、一九七八年、三〇〇頁以下。
三五一頁以下、同﹁偽造小切手支払の効果﹂星川・山口・堀口・酒巻編﹃法学演習講座7手形法・小切手法﹄、一九七三年、
︵5︶ 柴田博、﹃商事判例研究昭和三十年度﹄、七八頁以下、矢沢惇、法学教室七号︵一九六三年︶二〇四頁。田中耕太郎﹃手形
法小切手法概論﹄、一九三七年、四四六頁。
︵6︶ 我妻栄﹃債権総論︵民法講義N︶﹄、一九六四年、︹四〇五︺、於保不二雄﹃債権総論﹄、一九七二年、三六〇頁。参照、吾
の印によって利益配当受領証を偽造して弁済を受けたような揚合︵大判昭二・六・二二民集六巻四〇八頁︶をあげる。しかし、
妻光俊﹃債権法﹄、一九六四年、九一頁以下。我妻右掲は、このような例として、他人の株式についてまず改印届をなし、こ
対する弁済により銀行は保護されないとする見解が示されている︵鈴木竹雄編﹃当座預金 銀行取引セ、・・ナiω﹄、一九六二
これに対しては、これは極めて特殊な例にすぎないとして、完全に印章を偽造した偽造小切手の場合には、債権の準占有者に
︵7︶ 冒8葺ミ9訂。ご且oり〇一5。す8言一39匂oしきNは、純粋な委任関係である小切手契約と、委任と共に預金契約などの
年、二四五頁、加藤一郎発言︶。
債務関係にも依拠する小切手契約の揚合とを区別して、前者には委任に関する規定が適用されるが、後者の揚合にはそれに全
とはないとする︵ヤコピの見解に関しては、小橋一郎﹁偽造小切手の支払﹂ジュリ一七六号︵一九五九年︶七五頁以下参照︶。
面的に依ることができず、後者の場合の偽造小切手の支払にあっては、支払人は債権者でない者への支払により免責されるこ
319
一橋大学研究年報 法学研究 14
︵8︶ 小橋、ジュリ、七五ー七六頁、畑、判例と学説、三五三頁。
︵9︶誌一■ω雲ヨ鼠9出9。§。耳鉾函■○あ90>罫ω勾身ーざ9目傘U田寄。耳αR薯R6も醇。﹂8。。一qo・ω峯
︵10︶ 閃磐ヨぎ3−=蝕。﹃ヨo年四、騨ρoo30>拝軸男身■o。一〇四冨募一ωp鳥こ菊身■N一〇,
︵n︶9旨g勲ρρoo﹂嵩頃い漂ぎg∈e6も属お9梓しQ・>島こ一〇。。ρ¢ま7ま錦9冨岳、ω雪F菊身㍉一9ω窪ヨ監
︵12︶ ﹁損失が善意無過失の支払人に帰せしめられるぺからずして、かかる危険を予防し得る地位にある被偽造者に帰すぺきは、
σ8字=鉱臼目〇三b鋭些ρω90>罫い菊αpo。。
ミュラ!・エルツバッハの危険負担の思想に基づく﹂とされている田中耕、前掲、四四六頁も、同様の考え方を示されている
のであろう。
山尾、前掲、八○頁は、①手形振出人のみが過失があるか、あるいは、原因を与えているときはそれの負担に帰せしめ、②
支払人のみが過失あるか、あるいは、原因を与えているときはそれの負担に帰せしめ、③両者に過失又は原因が存在するとき
は両者の計算に帰せしめ、④両者に過失又は原因を認め得ないときは、支払人の計算に帰せしむべきであるとされるが、これ
も同様の方向性を持つ。但し、uD嘗畦魯98ぎは、けして顧客の過失に基づく貨任に還元されるものではない。
第四節 当座勘定規定一六条一項の検討
ω 当座勘定規定中の免責約款
以上のように、この問題に関する諸見解、およぴ、我国学説の検討を行った後では、今日、我国に於ては、いずれ
の説にも依ることはできないと言うべきである。そして、今日の我国に於ては、一般的に、偽造小切手の支払にっい
ては銀行と顧客との間の特約により、﹁手形・小切手に使用された印鑑または署名を、届出の印鑑︵または署名鑑︶
と相当の注意をもって照合し、相違ないと認めて支払った場合には、偽造・変造その他の事故のために生じた損害は
顧客の負担とする﹂と定められている︵当座勘定規定一六条一項︶ことの方がより重要なように思われる。即ち、現
320
銀行取引法と小切手
在、銀行が右免責約款によって当座勘定取引をなしている以上は、その規定内容の合理性、妥当性が、まずもって考
︵1︶
察の対象とされるべきであって、右のような免責約款が有効なのであれぱ、先の対立した間題に関して、小切手契約
の本質上、偽造小切手に対する支払は、外見上の振出人である顧客に対し原則的に効力を有さないと解するのであっ
ても、利害状況の衡平に著しく反する結果を生まないからである。右の約款に関しては、その有効性を認める見解が
︵2V
︵3︶
一般的である。
ところで、分析すれば、右の免責約款は二つの内容を含んでいると見ることができる。それは、一つには、偽造の
手形小切手の支払によって生ずる損失を振出人に帰するという点であり、他は、支払の際に銀行の尽くすぺき注意義
務の程度について、とくに印鑑に関して︵当座勘定規定一六条二項は、手形小切手用紙について、同三項は、手形小
切手の記載の仕方について︶規定しているという点である。前者は、本論文に於けるように、当座勘定取引関係が委
任関係を内含するものであるとしても、その委任の本旨には、偽造小切手の支払は適ってはいないと考えるときには、
偽造小切手支払の損失を、支払人、振出人のいずれに、かつ、いかなる時に負担させるべきであるとしても、本来的
︵4︶
に振出人に帰しているという意義を有していることになる。
③ 当座勘定規定一六条一項の有効性
右約款の有効性という問題に関しては、右の二点は、前者の妥当性は、後者の内容の妥当性に不可避的にかかって
いるという関係にある。そして、後者は、当座勘定契約︵小切手契約︶が委任の法理に服することから、受任者たる
銀行は、﹁善良ナル管理者ノ注意﹂をもって委任事務を処理すべき義務を負っているので、右免責約款は、まさに右
の委任法理上の注意義務との関係に於て評価されるぺきことになる。判例、学説は、銀行は、小切手支払に当り、社
321
一橋大学研究年報 法学研究 14
会通念上一般に期待されている業務上相当の注意を払うべき厳格な注意義務を負担しており、右免責約款はそれを尽 2
くすべきことを前提とするものであって、それを軽減緩和するものではないとしている。そこで、まずもって、右の 3
︵5︶ 2
前者の点、即ち、偽造小切手の損失の振出人負担を定める約款の有効性について、後者の注意義務の範囲の点を妥当
なものであると仮定したうえで、検討することとする。
︵6︶︵7︶
前述︵第一章第一節Oδ︶したように、銀行取引上、銀行と顧客との間では、私的自治の原則、契約自由の原則に基
づいて、その法律関係につき広範に約款による取り決めが可能であるが、しかし、法的に認容される約款内容は、強
行法、公序良俗、更には信義誠実の原則に反することなく、当該銀行取引の合理的と考えられる規制に照らしてみて、
パ ソ
その離反が許容される範囲内に止まる合理的なものであることが必要である。その意味では、まずもって、銀行が手
形小切手の偽造について悪意であるかまたは重過失により不知である揚合には、右免責約款は適用の余地がないこと
になる。右当座勘定規定の条項は、当然に、銀行が偽造について悪意、重過失なき場合を前提としていると理解され
る。
銀行と顧客との間に存する当座勘定取引関係は、既に見たように、種々の銀行取引関係中でも強固な関係として特
色付けられ、この意味では、銀行の顧客に対して負担する誠実に行動すべき義務は強化されたものとなる。この面か
ら考えれぱ、偽造小切手の支払により、原則的に銀行が全面的に損失を負担すべきであるというようにも考えられ、
右約款は信義誠実の原則に反すると見ることもできる。しかし、更に、当座勘定取引自体に目を転じてみると、それ
は、今日の我国に於ける預金通貨の中核をなし、小切手制度の維持は、我国の経済取引活動にとり重要な意義を持つ。
このような小切手制度の担い手、即ち、預金通貨︵信用︶創造の担い手としての銀行に対し、その存在の維持、保護
の要請が働くと認められる。また、銀行の国家経済上で占める地位、国民︵預金者︶に対して負っている責務は、合
理的な範囲で、銀行の存在の維持、保護をはかるべきことを要請する。更に、当座勘定取引が預金通貨としての役割
を果たすためには、大量取引性が実現されねばならず、また、銀行にとっての当座預金の貸付貨幣資本としての意義
は、それが普通預金と同様に、日々大量に預入れ、払出しがあるところにこそ見出されるのである︵その意味では、
この預金は口座管理にコストのかかるものであり、それ故にこそ当座預金は無利息とされている︶。このようにして
見出される当座勘定取引の大量取引性は、当該約款との関係で、多くの学説がこの点に大きな意義を見出しているよ
うに、当座勘定取引に対して重要な意味を持つ。それは、顧客の振出す手形小切手の支払の義務を銀行が引受けると
いう銀行の顧客に対する業務の提供に関しては、顧客は、当座預金について本来要求しうべき利息の放棄に見合った
銀行の業務提供の範囲を越えた領域に於ては、合理的な限界付けを認容すぺきであると要求するのを正当化する。
銀行にとっては、当座預金口座管理の手数料を意味し、顧客にとっては、銀行の業務提供の対価を意味するが、それ
が、銀行の顧客に対するサービス、業務提供、責任負担の限界を定めるわけではない。 他方、当座勘定取引に於
て、銀行は大量の手形小切手の引落し業務に従事するが、現実に、各銀行支店は、日々大量の手形小切手の決済を行
っている。その顧客の当座預金口座からの引落しの作業は、大量の手形小切手の迅速な決済という目的を実現しよう
とする手形交換制度に従って、限られた時間のうちに行われることが必要である。また、当座預金の貸付貨幣資本と
しての意義が大量の預入れ、払出しのうちに認められることからも、大量の人員をその業務に当てることは、私企業
としての銀行の経営上不合理である。したがって、銀行がすぺての手形小切手の支払の都度、顧容に対しその真正性
にっいて問炉合わせをする.︶とは、時間的にもコスト的にも、銀行に対して期待したり、要求することはできない。
このような意味で、いわば、銀行は、手形小切手の迅速な引落しに強制された地位にある。そして、このような迅速
323
1当座勘定取引上の銀行と顧客の間の利益の衡平は、預金利息相応額に基準を求められるわけではない。それは、
銀行取引法と小切手
一橋大学研究年報 法学研究 M
な引落しは、顧客の期待、要求に対応したものであると考えるべきである。 4
以上のような当座勘定取引に関するさまざまな諸側面を考察すれば、次の⑥に於て考察される銀行の支払に当って 3
負担する注意義務の程度が合理的なものである限りは、偽造小切手の支払によって生ずる損失を原則的に顧客の負担
とするという約款条項の有効性を認めてもよいのではないかと思われる。右のような経済的諸側面に付け加えて、更
に法的根拠として、銀行は、顧客との当座勘定契約に基づき、顧客振出の手形小切手の支払義務を負い、真実の顧客振
パ レ
出の手形小切手の支払を怠るときには契約違反を間われることになること、および、現在の我国の統一手形、小切手
用紙の制度のもとでは、偽造に際して顧客の元から盗取された手形小切手用紙が利用される揚合がきわめて多く、ま
た、更に印鑑も盗用されている揚合もあることから、顧客に対し、用紙、印鑑の保管義務の慨怠を認めてよい揚合も
多いこ︵響要・右のよう琵責約款の内容が・判例上商慣習として認められていること奮をあげること奪きる.﹄
③ 銀行の負担する注意義務の程度の妥当性
次に、右免責約款の第二の内容である銀行の負担する注意義務の程度の限界を画する面に関しては、やはりそれが
合理的な規制に照らして妥当な内容のものなのかどうかが検討されねばならない。特に、第一の内容を認容して、原
則的に振出人に損失を負担させる以上は、支払に当って銀行がそれに相応した注意を払うぺきは当然であって、.一の
点についての約款内容が妥当なものであってこそ、振出人への損失負担が約款内容として妥当性を持ってくる関係に
ある。
小切手契約が準委任契約であることから、受任者である銀行は、善良な管理者の注意義務を負う︵民六四四条︶。
この義務は、受任者の職業、地位、知識等において一般的に要求される注意義務を抽象的に指しているから、個別具
銀行取引法と小切手
体的な委任事務の内容、委任者、受任者の地位、両者の信頼関係などによって、個別具体的に相当と認められる注意
の程度が決定されることになる。なお、民法六四四条は任意法規であるために、特約によって注意義務を軽減または
免除することは妨げられない。
︵11︶
銀行と顧客との間の強固な当座勘定取引関係から見れば、銀行は顧客に対して誠実義務を尽くして、したがって小
切手支払につき大きな注意を払って、きわめて慎重に支払事務を処理すべき義務を負うことになりそうであるが、し
かし、前述したように、この手形小切手の引落しに関しては、大量取引性に依拠することが認められ、更にそれに付
け加えて、迅速に処理すべきことが銀行に要求されることが認められ、この支払に際して銀行の払うべき注意義務の
程度、範囲は、銀行と顧客の間の利害の衡平に適った妥当なものとして、一定程度に限定されて確定されるべきこと
が容認される。したがって、当座勘定契約上の免責約款が、銀行の負担すべき注意義務を合理的な程度以上に軽減緩
和をはかるものであるならば、更に、それ以上に、全面的に注意義務を排除しようとするものであるならば、それは
不当なものとして認容できないものとなる。
︵12︶
最高裁の昭和四六年六月一〇日の判決は、﹁手形小切手の印影が届出の印鑑と符合すると認めて支払をなした上は、
これによって生ずる損害につき銀行は一切その責に任じない﹂旨の免責約款に関して、﹁銀行は委任の本旨に従い善
良な管理者の注意をもってこれを処理する義務を負い、この約款は、銀行の照合事務担当者に対して社会通念上一般
に期待されている業務上相当の注意を尽くして照合にあたるべきことを前提として、その注意義務を尽くしてはじめ
て右約款を援用しうる﹂としている。この判決当時の当座勘定約定書中のこの点に関する免責約款が、銀行の注意義
︵13︶
︵14︶
務の程度についてはとりたてて述べていないところから、右判決が銀行の負う善良な管理者の注意義務を﹁社会通念
上一般に期待されている業務上相当の注意﹂として示し、それが右免責約款適用の前提要件であるとしたのは、当然
325
一橋大学研究年報 法学研究 14
のことであって、右約款条項それ自体が、銀行の右のような注意義務自体を排除する趣旨のものであったとは考えら
れない。
︵15︶
現在の当座勘定規定一六条一項が、﹁手形、小切手の印影を届出の印鑑と相当の注意をもって照合し、相違ないも
のと認めて取扱いましたうえは、偽造、変造、その他の事故があっても、そのために生じた損害について、当行は責
︵16︶
任を負いません﹂としているのは、右最高裁判所判決の趣旨と一致し、﹁相当の注意﹂という文言は、右判決の言う
﹁社会通念上一般に期待されている業務上相当の注意﹂を軽減緩和する趣旨のものとは考えられないから、右規定中
にいう﹁相当な注意﹂の程度の意味内容の確定は、同時に、銀行にとって要求される善管注意義務の程度の意味内容
の確定としての意義を持つことになる。銀行は本来的に善管注意義務を負担するので、それを軽減緩和するためには、
その旨の明確な規定を置くことが必要であろう。
右約款条項は、専ら、印鑑照合にかかわる注意義務についてのものだが︵当座勘定規定一六条二項は、用紙につい
て、同三項は記入方法について同様に規定する︶、銀行の負担すべき注意義務は、印鑑照合に関してだけに止まらな
いので︵後述︶、右約款にも拘らず、民法上の善管注意義務が依然として意義を有するとも考えられるが、当座勘定
規定一六条全体は、そのように注意義務の範囲を限定する趣旨のものではなく、主要な注意を払うぺきポイントにつ
いて例示的に示すものにすぎず1但し、この規定は、銀行は印影については印鑑照合という方法を用いて注意を払
うべき義務を負担することを表明していることになるー、銀行は一般的に相当の注意を払うぺき義務を負うという
︵17︶
旨を 述 べ て い る も の と 解 さ れ る べ き で あ る 。
︵−︶ この免貴約款と同様の銀行の免責は、かつては、判例上、商慣習として認められるとされていた。即ち、我が国に於ては、
﹁銀行所定の小切手用紙を使用して偽造した当座小切手について、その取引銀行が相当注意をしても偽造の署名が極めて巧妙
326
銀行取引法と小切手
でその真偽の鑑別がむずかしかったため、この小切手が偽造であることを知ることができないで支払ったときは、その損失は、
銀行の責任を排除する旨の特約の有無にかかわらず、支払銀行は負担しない﹂という商慣習が存在することを認めることがで
きるとされている︵東京高判昭三〇・九・二〇高民集八巻七号四七九頁︵四八三頁︶、同じく、東京高判昭四四・一一・二八
しない限り、このような慣習による意思を有するものと認められる︵民九二条︶。学説中には、右のような免責は、﹁銀行とそ一
金判一九四号一八頁︶。したがって、銀行と顧客との間に特約が存しない揚合には、取引を行なう者は特に反対の意思を表明
のではない﹂と解する見解︵前田庸﹃現代の経済構造と法﹄、一九七五年、四四一頁︶もあるが、この偽造小切手支払に際し
の当座勘定取引先との間で商慣習上、特に認められるものであって、免責約款の効果として当然に認められるという性質のも
ての銀行の免責の問題は、顧客と銀行との間の利害の衡平に適った処理として論ぜられるべきものであって、免責約款の存し
︵2︶ 銀行は小切手契約の締結に当って、預金者に小切手帳を交付するときに、預金者からその印鑑を届出させているが、それ
ない揚合は別として、あえて商慣習にその根拠を求めるという必要はないであろう。
って、偽造小切手に対処しようとしたものであり、従って、銀行はこのような小切手でない限り、支払わないでも、振出人に
は、その小切手帳の用紙を用い、かつ、その印鑑によって小切手を作成させ、それを調査して支払をなす方法をとることによ
対し債務不履行の責を負わず、これに反し、このような小切手に対して支払えぱ、たとえそれが小切手用紙や印鑑を盗み出し
切手法﹄、一九五七年、三六五頁︶。右見解は、用紙、印鑑を共に盗用して小切手を偽造する揚合に限っての立論であるように
て作った偽造のものであっても、有効な支払をしたのと同様に取扱われるぺきであるとの見解がある︵鈴木竹雄﹃手形法・小
によって、振出人に損失負担が帰せられるぺき揚合を論ずるのと変わりはない︵石井・鴻﹃手形法・小切手法﹄、一九七二年、
思われるが︵参照、鈴木編、当座預金、二四五頁、二五二頁、鈴木発言︶。そうであれぱ、それは、帰貴性、衡平の観念など
勘定契約︵小切手契約︶の内容としての当事者︵顧客︶の意思を越えるものとして、認められないと言うべきである。したが
三三七頁、梶山、前掲、三〇一頁︶。それ以上に、印鑑それ自体を偽造した小切手偽造に関して、右立論に依ることは、当座
︵3︶ 田中誠二﹃銀行取引法﹄、一九七九年、一四七頁、大隅・河本﹃注釈手形法・小切手法﹄、一九七六年、五一九頁、高窪利
って、このような偽造小切手に関しては、やはり、銀行と顧客の間の特約に依る必要がある。
327
一橋大学研究年報 法学研究 14
︵4︶前述したように、偽造小切手の支払も正当な委任事務処理の中に含まれるとする見解︵小橋教授︶に立てぱ、ア︺の振出人
一﹃現代手形・小切手法﹄、一九七九年、二二四頁、鈴木編、当座預金、二七三頁以下など。
への損失負担という免責約款の法的意味、更には、注意義務の程度についての意味も、委任契約からは当然に出てくるもので
あり、その法律閾係を明確にするという意味をもつにすぎないことになろう︵小橋、前掲、七七頁、参照、柴田保幸﹃最高裁
判所判例解説 民事 篇 昭 和 四 六 年 度 ﹄ 、 二 三 八 頁 ︶ 。
と解していると理解するのは︵畑、判例と学説、三四九頁以下、三五三頁︶、しかし、右判決が銀行の注意義務と免責約款の
最判昭四六・六・一〇︵後掲注︵5︶︶を、それは偽造手形︵小切手︶の支払も当座勘定取引契約に基づく委任事務である
︵5︶ 最判昭四六・六・一〇民集二五巻四号四九二頁、田中誠、銀行取引、一四七頁、高窪、前掲、二二五頁、大隅.河本、前
関係の問題を論じるに止まっているという事実と一致しない。
︵6︶ 西ドイツに於ては、銀行は、小切手取引約款一一条により、偽造小切手支払の損失を、銀行にこの損害発生につき過失あ
掲、五二〇頁、喜多了祐、﹃銀行取引判例百選︵新版︶﹄、四四頁など。
薯国一Sρ軌090聾ロ貰賞ω讐爵こ菊qpΣど切鎧日σ露魯−頃90畦ヨo巨︾帥●勲ρuり070>ヰ・い男αロ■O齢︶
る揚合を除いて、顧客に負担させている。この免責約款の有効性に対しては、なんら疑念は提示されていない。︵ロ霧95
︵7︶ この免責約款の有効性の根拠をそのような商慣習の存在に求めることは、約款の存在する以上は、その内容的妥当性を間
では、銀行取引法研究にとり無意味である。
題にすぺきことから、生産的議論とは思われない。同様に、この約款の法的妥当性を単に正義衡平の観念に還元することだけ
︵8︶ 法律行為の形成は、当事者がそれを意欲したということに妥当性の根拠を持ち、それは当事者の自己決定に基づかねばな
らないところ、この免責約款により被偽造者が、まったく意思がないにもかかわらずき法律行為が成立したと同様の取扱いを
甘受しなければならず、それは自己決定の放棄であり、法律行為を支配する私的自治という公の秩序に反するとの批判がある
﹃銀行取引と消費者保護﹄、一九八一年、八一頁は、それに賛意を表される︶。しかし、この約款の効果は、偽造小切手上の債
が︵高橋三知雄﹁印鑑照合による免責﹂法時四一巻七号︵一九六九年︶二六頁、塩田親文﹁偽造小切手の支払と銀行の免責﹂
328
銀行取引法と小切手
務の成立に基づく小切手の外見的振出人の責任負担に関するものではなく、この点を否定したまま、または、度外視したまま、
偽造小切手の支払に基づいて生ずる損失を支払銀行、顧客のいずれが負担するかに関するものであって、このような小切手取
引を行うに当って生じうる損失に関し、予め両当事者間で損失の分担につき特約しておくことは、経済的取引活動上十分に合
︵9︶ 木内宣彦﹃手形法小切手法﹄、一九八二年、二五八頁、田中誠、銀行取引、一四七頁、鈴木編、当座預金、二四六頁。
理性を持ったものと言えるのであり、私的自治の原則・契約自由の原則と矛眉するものではないと考える。
︵−o︶ 喜多了祐、﹃銀行判例百選﹄、三一頁は、銀行側の外観信頼に対する顧客の与因行為として小切手用紙、印鑑の保管義務塀
怠の過失を論ずべきとされるが、相当の注意をもって行う印鑑照合を銀行免責の要件とする現行の免責約款の有効性を認める
はない。銀行が相当の注意を欠いて偽造印鑑を見落したために責任を負うべき揚合に、顧客の側に小切手用紙、印鑑の保管に
以上は、偽造小切手の支払による損失を振出人に対して負担させるために、小切手用紙、印鑑の保管義務を問題にする必要性
ついて不注意があるとき︵参照、小切手用法七条︶、または、顧客の従業員が偽造をなしたときには、顧客に対する支払銀行
の損害賠償︵引落し金額の回復︶に当って、顧客の側の過失事由の存在として、過失相殺の形で考慮される︵民四一八条︶。
最判昭五八・四・七金判六七二号三頁は、手形小切手振出事務を担当する従業員のなした偽造に当っての過失相殺に関するも
︵n︶ 梅謙次郎﹃民法要義巻之三︵債権編︶﹄、一八九七年、七二〇頁、中川高男、﹃注釈民法閲﹄、一九六七年、一七〇頁。
のである︵第三節注︵3︶に掲げた判例も同旨のものである︶。
︵12︶ 免責約款によって銀行の注意義務を全面的に排除すること、または、顧客振出の小切手か否かの認定を銀行の恣意に全面
九巻三号五四二頁、大阪高判昭四一・九・二六下民集一七巻九・一〇号八四四頁、東京地判昭四二・七・一四金法四八五号三
的に委ねることを容認しないということを最判昭四六・六・一〇も当然に前提としている。福岡高判昭三三.三.二九下民集
四頁も同様である。
ドイッ学説も、支払に当っての銀行の注意義務を免責約款により完全に排除することは許されないとする。その理由は、あ
るいは、この銀行の調査義務の全面的排除は、西ドイツ普通取引約款法の九条二項二号にいう﹁約款の本質上生ずぺき主要な
義務を著しく制限﹂することに当るということに︵9β岳讐切塁﹃勾号㍉=︶、あるいは、それは公序良俗に反することにな
329
一橋大学研究年報 法学研究 14
注意義務の程度が問題にされているが、そこでも、大量取引性が決定的意義を与えられている︵Oき貧5閃嘗F幻身,N一ト。い
るということに︵切窪旨富3出鉱Rヨ。年即、勲Poo30﹀拝いヵ含乙o︶、求められている。そのうえで、銀行の負担する
査の義務の重要なポイントであるに止まる。
口島①鼻ρ≦霞一Sρ8ざ切○匡≦憲一8P撃o︵N台︶︶。その際に、振出人の署名の照合は、銀行の尽くすべき注意深い調
︵13︶ 前掲、注︵5︶。
︵14︶ 鈴木編、当座預金、二三七頁にあげられている各銀行の免責約款参照。
︵15︶参照、本判決以前に、寿円秀夫﹃新銀行実務講座2預金﹄、一九六八年、一八五頁以下。また、偽造小切手支払の損失を
振出人に負担させるという商慣習の存在を認める判例︵前掲の東京高判昭三〇・九・二〇︶も、その商慣習が﹁銀行の相当の
︵16︶ この現行の当座勘定規定の免責約款については、﹁従来から銀行が免責されるには照合にあたって銀行が業務上合理的に
注意をなす﹂二とを前提としている二とを示している。
要求される程度の注意を払うことが必要であると考えられており、右免責約款は、実質的には従来の約定書とかわりがない﹂
︵17︶ 普通預金、定期預金の払戻しに関しても、銀行は、民四七八条に基づいて注意義務を負担するが、その注意義務は、﹁印
とされている︵吉原省三、判タニ六六号︵一九七一年︶七三頁︶。
影︵または署名、暗証︶を届出の印鑑︵または署名鑑、暗証︶と相当の注意をもって照合し⋮⋮﹂とする免黄約款︵普通預金
規定七条、総合口座取引規定一〇条、通知預金規定︵証書式︶六条、同︵通帳式︶七条、定期預金規定︵証書式︶六条、同
︵通帳式︶七条など︶によって、なんら軽減されるものではなく、銀行は印鑑照合さえすれば免責されうるというわけではな
くて、印鑑照合を含む払戻手続全体について相当の注意を尽くすことを要するものと解されている︵中馬義直﹁印鑑照合義
銀行の負担する注意義務
第五節 注意義務の具体化
務﹂金法一〇〇〇号︵一九八二年︶一四二頁︶。
︹11
330
銀行取引法と小切手
銀行は顧客振出の小切手の支払、即ち、顧客の当座預金口座からの引落しに際しては、社会通念上、銀行に対して
要求される業務上相当の注意を尽くして処理に当らなけれぱならない。この銀行にとり業務上相当の注意義務という
ものがどの程度のものなのかは、まずもって、銀行と顧客との間の当座勘定取引関係に依拠して確定されねぱならな
い。そして、受任者としての銀行の善管注意の程度は、一般的、客観的基準に基づいて決せられるべきものであるか
ら、それは、具体的な小切手支払に際して、現実に銀行が尽くすぺき注意の程度が間題になるのではなくて、当座勘
定取引関係上、銀行が顧客に対し小切手支払の結果を帰しうるために必要な尽くすべき注意の程度が問題なのであっ
︵1︶
て、それは、銀行と顧客との間の関係に於て、客観的に確定されうる注意の程度なのである。現実にその程度の注意
を銀行が尽くしていなくとも、客観的に見て、その程度の注意を尽くしても偽造であることを発見しえなかったであ
︵2︶
ろう揚合には、銀行の注意義務違反があるとは言えないが、反対に、具体的支払に際し、銀行の担当者が主観的には
十分な注意を尽くしたが、その者の能力不足から、客観的には右程度の注意を尽くせば容易に発見できたはずの偽造
を見抜けなかったような揚合には、銀行の注意義務違反があることになる。したがって、ここでは、業務上相当の注
意をもって事務処理に当る主体として、抽象的に、﹁かかる事務に習熟している銀行員﹂が観念されることになる。
︵3︶
かかる銀行員が相当の注意を払って小切手支払事務を処理すべきことが、銀行に対して理念的に要求されるのである。
小切手の支払に当り、銀行が尽くすべき注意義務の対象は、単に印鑑照合だけに限られず、銀行は、当該の小切手
支払が有効なものか、疑間のないものかについて広く、業務上相当の注意をもって調査すべき義務を負っている。現
在の当座勘定規定一六条一項が、印鑑照合についてのみ規定している︵同条第二項は用紙について、第三項は用法に
ついて規定する︶のは、印鑑照合が右の広範な注意義務の中心をなしているからであり︵後述︶、右一六条は、銀行
が払うべき注意義務の中心が印鑑照合、および、用紙の同一性の調査にあること、並びに、注意を尽くしたうえで支
331
一橋大学研究年報 法学研究 14
払をなせぱ銀行が免責されることを示して、それにより更に、顧客に対し用紙、印鑑の保管について注意を払うぺき
︵4︶
ことをうながしている︵更に小切手用法七条︶ものにすぎないと解すべきである。
囲 注意義務の具体的範囲
小切手支払に限って言えば、支払に当り銀行は、①小切手用紙はその銀行支店の交付のものか、②小切手番号に重
複がないか、③小切手の印影が届出印鑑と相違していないか、④金額の記載に改ざんや異状がないか、⑤盗難届また
︵5︶
は紛失届が提出されていないか、などについて注意を払う必要がある。
右諸点のうち、①∼④は、銀行が小切手の支払事務を処理する︵当座預金口座からの引落し︶際に、必ず注意を払
う必要のあるものであり、それは、印鑑照合および当座預金口座からの引落し記帳に際して、当然に注意が及んでよ
い点である。伺の盗難届、紛失届は、当該銀行の店鋪に対して振出人より届出のなされた以上は、銀行は常に了知し
ているものとみなされる。これら以上に、小切手の記載全体について︵振出年月日の記載など︶は、一般的に、格別
︵6︶
に注意を払うべき必要はないが、右①∼⑤の諸点から疑念の生ずる揚合や、一見してその異常に気付くべき場合には、閣
調査をなす必要がある。但し、振出人の記名捺印と密接した揚所に記入される振出人の住所、肩書き等については、
︵7︶
右①∼⑤の諸点に準じて当然に注意義務の対象となろう。
㈹ 印鑑照合
︵8︶
右の①∼⑤のうち、注意義務の中核を占めるのは、小切手用紙の同一性の確認および印鑑︵署名︶照合である。印
鑑照合に関しては、印鑑以外に、記名判︵署名︶の届出も合わせてなされている揚合に、それも照合の対象となるか
332
の間題は、銀行が日々処理すべき小切手の大量性から否定されるべきであろう︵実務上の取扱いも、印鑑の照合のみ
を原則としている︶。しかし、届出印鑑との同一性に疑念のある揚合には、記名鑑・署名鑑との照合が注意義務の範
︵9︶
︵10︶︵11︶
︵E ︶
囲に入ってくるし、反対に、記名︵署名︶部分について疑念を抱くべき場合には、印鑑照合について尽くすべき注意
義務は強化される︵後述︶。そして、この印鑑の照合に当っては、折り重ね、重ね合わせによる照合や、拡大鏡、顕
とされている。﹁印鑑照合﹂という以上は、最低限、平面照合の方法がとらえられるべきであるが、前述した銀行に
︵13︶
要求されている手形小切手の支払事務の大量処理、迅速な処理という側面から見れば、熟練した銀行員が肉眼をもっ
てする平面照合の方法によっては発見しえない印鑑の偽造の見落しは、銀行の責に帰することができないと言ってよ
いであろう。なお、平面照合の方法による印鑑照合という以上は、当然に、届出印鑑との照合に当って全体について
︵ 瓦 ︶
ちらりと一瞥するだけでは不十分であって、当該印鑑の主要な特色点︵チェックポイント︶を中心に、慎重に熟視さ
れることが必要である。
︵15︶
但し、平面照合の方法では不十分な揚合がある。それは、銀行が当然に払うべき注意をもって調査するときに、小
切手の真正性について疑念を抱くぺき場合、たとえば、小切手金額が、振出人の通常の振出のものと異なって、もし
くは、振出人に不相応に、チェックライターを用いないで手書きされているとき、振出人の通常の振出のものと異な
って、もしくは、不相応にきわめて高額であるとき、または、過振り額が大きいときといったように、小切手の真正
性について疑念を生ぜしめるものである揚合、更には、振出人の記名が小切手の真正性につき疑念を生ぜしめるもの
であるといった揚合には、印鑑照合についての注意義務は強化され、平面照合以上に、折り合わせ、または、重ね合
わせなどの方法をとることが必要となる。更に、それ以上にこのような場合には、小切手全体について十分な注意を
333
微鏡等による科学的方法による照合までは、一般的に要求されず、肉眼による平面照合の方法をもってすれば足りる
銀行取引法と小切手
一橋大学研究年報 法学研究 14
払うぺきことが要求される。右のような注意義務の強化は、同様に、銀行店鋪の窓口に小切手が呈示され支払を求め
︵16︶
られる店頭払いの揚合にも認めることができる。たとえば、窓口に小切手を所持して現われた請求者自身について疑
︵1 7 X B ︶
念を生ぜしめる点があるといった揚合である。この場合にも、印鑑照合をはじめとする諸点に関する注意義務が強化
される。以上の場合に於ては、いずれも、銀行の注意義務の充足との関係では、具体的な支払に当って、当該の銀行
担当者が具体的に疑念を抱いたかどうかが問題なのではなくて、業務に習熟している銀行員であれば、当然に疑念を
抱くべきであったか否かが、問題になる。当該の銀行店鋪と振出人との間の具体的取引関係に基づいて生ずべき疑念
にっいても、それと同様に考えることができる。銀行の注意義務の充足との関係では更に、当該の担当者が、具体的
転畦
な支払に当って疑念を抱くべき事情があったか否かも、また、考慮されうる要素である。
︵−︶前掲最判昭四六・六・一〇、喜多、銀行判百︵新版︶、四三頁以下。最判四六・六二〇の第二審判決である大阪高判昭
の程度の注意義務に軽減緩和する趣旨であるとして、このような約款を有効としているが、右のような趣旨のものとしてこの
四一・九・二六下民集一七巻九・一〇号八四四頁は、この免責約款は、注意義務を銀行が現実の業務に当って払っている通常
︵2︶ 銀行の事務取扱い量の大きいことから、通常は、担当係員は手形小切手のすぺてについて現実に印鑑照合をすることなく、
免責約款を理解すぺきではない︵後述︶。
記憶による照合によって、現実の照合によらない揚合が多い。これは後述の印鑑照合の基準と合致しないが、この方法によっ
たというだけで直ちに銀行に偽造小切手支払につき注意義務違反があったとみなされるわけではない。前掲大阪高判昭四一・
九・二六が、﹁記憶による照合は銀行の危険負担においてこれを行ったものと認めるのが相当で、この揚合にはたとえ現実の
ほ正当である︵同説、蓮井良憲﹁記憶による印鑑照合と支払担当者の注意義務﹂金法五三二号︵一九六九年︶一二頁︶。
照合を行ったとしても結果は同一であったと認められる揚合のほか免貴されないものと解するのが相当である﹂としているの
︵3︶前掲最判昭四六・六・一〇。この事務員は、印鑑照合について、通常一般人よりもやや高いが、筆蹟鑑定の専門家よりは
334
銀行取引法と小切手
低い注意を尽くすぺきとされる︵東京高判昭四四・一一二一八金判一九四号一八頁。︶
︵4︶ このような﹁免責約款は、支払委託を受けたものであるかどうかについての調査の範囲を原則として印鑑に限定すること
により、注意義務の軽減をはかったものであって、印鑑照合についての銀行の注意義務を軽減・緩和する趣旨のものではない
とする見解は︵堀内仁、手研一七五号︵一九七一年︶六頁、同旨、吉原、判タニ六六号七三頁︶、その前段について行き過ぎ
︵5︶ 参照、福岡高判昭三三・三二一九下民集九巻三号五四二頁、山口幸五郎・茶田善嗣﹁小切手支払と銀行の免責﹂加藤・
がある。
︵6︶ 当座勘定規定一五条一項は、紛失、盗難の届出について規定する。
林・河本編﹃銀行取引法講座上巻﹄、二〇一頁。
︵8︶ この点については、普通預金、定期預金の払戻しに当っても同様の問題がある。これらの揚合には、預金者本人以外の者
︵7︶ 参照、前掲福岡高判昭三三・三・二九。
による預金払戻請求を認める必要性、便宜があるから、銀行が、筆蹟照合を怠っても、また、その届出署名との相違を認めて
判昭五七・一一・二四金判六七一号三六頁︶。
いたというだけでは、銀行に注意義務違反があるとは言えない︵参照、普通預金につき銀行の筆蹟照合義務を否定する東京地
︵−o︶ 鈴木禄弥・中馬義直・菅原菊志・前田庸﹃注釈銀行取引約定書・当座勘定規定﹄、一九七九年、一九〇頁︵前田︶。
︵9︶ 反対、中馬、金法一〇〇〇号一三九頁以下。
︵11︶ 但し、署名︵自署︶の照合については、署名は印鑑と異なり恒常性に乏しく、﹁署名時の用紙、用具、揚所の状況、署名
筆勢等に変化の存し得るものであり、また長年月を経過すれば、当初のものと比較して変化する場合もある﹂との指摘がある
者の姿勢、精神状態、健康状態、運動の直後にしたものであるかどうか等によって、同一人によってなされても、字形、筆圧、
井・斎藤編﹃新銀行実務法律講座−﹄、一九八二年、三三八頁は、照合技術をマスターすれば印鑑照合より容易である二とを
ように︵東京高判昭四四・一一・二八金判一九四号一八頁︶、その照合には印鑑照合とは異なった面が認められる︵星川・石
指摘する︶。我国当座勘定規定一六条一項は、支払に当り銀行は印鑑照合を現実に行うことを表明しているが、それは、印鑑
335
一橋大学研究年報 法学研究 14
照合は、印鑑のポイントを押えれば比較的容易であって、銀行員の技術習熟も容易であると、また、一般化している記名判、
印鑑を用いての小切手振出は、大量の小切手の迅速かつ能率的な処理に適した制度であると考えられているためであろう。そ
の面から、判例の銀行に対する印鑑照合についての高度な要求も理解できるものであろう。ドイツに於ては、銀行はその偽造
小切手支払による責任負担を保険でカバーしているが︵切窪ヨ鼠3−=9。旨・。ヌ騨讐ρoogO>拝ω勾身.二︶、我国では
そうではない。その理由としては、偽造小切手発生の頻度、銀行の偽造見落しの頻度といった事柄の他に、右の印鑑照合の方
があるのであろう。
式で十分に偽造の危険に対応しうるから、保険料負担によっていたずらにコスト増を生ぜしめる必要はないとの経営上の判断
︵12︶ 署名や記名判が届出のものと同一である揚合でも、印鑑の照合について払うぺき注意義務は軽減されない︵大阪高判昭四
︵B︶ 前掲最判昭四六・六・一〇。
九・九・三〇金判四三五号二〇頁︶。
︵14︶ 普通預金に関しては、それは、銀行にとり当座預金と同様に大量取引性に依拠した意義︵貸付貨幣資本としての意義︶を
有し、顧客にとっても出納預金としての性格が強いから、銀行には大量取引性に対応した取扱いが認められ、更に、銀行にと
っては、その受信にコストのかかるものであるので、したがって、銀行の尽くすぺき注意義務の程度は比較的低いものと考え
てよい。そこで、印鑑照合も平面照合の方法で十分である︵更に後述︶。しかし、定期預金は、銀行にとって安定した貸付貨
幣資本を意味し、我国銀行にとり大きな意義を持っており、更に、定期預金者、とくに個人預金者の預金目的は明らかに利息
意義務が銀行に対して課せられるぺきであり、印鑑照合の方法としては、平面照合の方法では足りず、折り合わせまたは重ね
の獲得にあり、それは極めて貯蓄性の高い預金である。したがって、定期預金に関しては、普通預金についてよりも高度の注
︵15︶ 同旨、喜多、銀行判百︵新版︶、四四頁。
合わせの方法によることが必要である。
︵16︶ このような揚合には、その疑念の内容によっては、時間的に、手段的に可能な限りで、振出人に対して間い合わせをすぺ
き義務が銀行に課せられる。
336
銀行取引法と小切手
︵17︶ 東京高判昭四七.一一.一五金判三四七号五頁は、小切手を持参した請求者について疑念を抱いて当然という事例である。
︵18︶請求者が疑念を抱かしめない者であるか否かに関する注意は、銀行は、普通預金、定期預金の払戻しについても当然に尽
くさなければならない。特に、定期預金については、それは重要な注意義務の一つであり、中途解約の揚合には、一層強化さ
れる。普通預金については、一般的には右要求は弱いものであるが、高額の払戻しの揚合には、定期預金についてと同様と考
えられる。なお、前掲東京地判昭五七.一丁二四は、総合口座について、請求者が偽造の印鑑を用いて、顧客の普通預金残
戻に当って、普通預金残高相当額については預金の払戻しということになるが、残額︵不足額︶については、総合口座定期
額と当座貸越極度額との合計額にほぽ匹敵する金額の払戻請求をなした事例についてのものである。この揚合には、銀行の払
預金を担保とする貸付ということになる。右事例では、その後に顧客の普通預金ロ座に預入れられた資金が、総合口座取引規
定七条四項により、自動的に右貸越金の返済に当てられた。右事例にあっても、右取引規定一〇条の免貴規定中の印鑑照合等
定、貸付、相殺についても民法四七八条の類推適用が認められるかどうか、更には、担保設定、与信行為については注意義務
に当っての﹁相当の注意﹂の意味が問題になる。とりわけ、民法四七八条との関係が問題になり、定期預金に対する担保の設
が過重されるべきではないかが問題になる。判例はその類推適用を肯定するが︵最判昭四八・三・二七民集二七巻二号三七六
宜雄、﹃昆法の判例︵第三版︶﹄、一三八頁以下、月岡利男、﹃民法判例百選︵第二版︶﹄、八八頁以下︶。
頁、最判昭五三.五.一判時八九三号三一頁︶、この揚合に民法四七八条の適用を否定する見解も有力である︵詳細は、平井
引はその主要な収益源であり、まさに銀行にとり本質的な取引活動である。また、一般には、顧審との間に預金取引関係を伴
銀行と顧客との間の与信取引については、両者の間に強固な取引関係の存在を認めるべきである。即ち、銀行にとり与信取
信取引、受信取引関係が、この揚合には具体化しているわけである。そこで、この与信取引関係にあっては、一般的に、銀行
い、通常は担保の設定がなされて貸付ける。したがって、銀行と顧客との間に理念的には存在するとみられる一体化された与
は、更に、消費者保護の法的要請が働きうる。
に対し︵更に顧客に対しても︶強度の誠実義務が課せられることになる。特に、顧客に対する与信が消費者信用に当る揚合に
ところで、右の総合口座取引については、右の一般論から直ちに、銀行の印鑑照合をはじめとする調査義務の要求が強化さ
337
一橋大学研究年報 法学研究 14
れるかを論ずる必要はないだろう。なぜなら、総合口座取引に於ける当座貸越は、消費者︵個人︶を対象とした簡便な貸付の
は、同時に、顧客たる消費者にとっても便宜を与えるものとして認められる。総合口座の定期預金には預入れの時点でその上
形態であって、それは普通預金の払戻しに伴って、または、それに準じて行われる貸付としての意義を与えられている。それ
に質権が設定されるから、この貸付に当っては、定期預金について改めて特別な質権設定の手続がとられるわけではなく、自
の揚合と同一であって、特に加重されることはないと考えるべきである︵同説、堀内仁他﹃銀行実務総合講座1﹄、二三六
動的に貸付が行われる。したがって、右のような事例に於て、銀行の尽くすぺき注意義務の程度は、一般の普通預金の払戻し
頁︶。先述の総合口座取引規定中の免責規定は、右の趣旨で理解される。
第四章 小切手の支払委託の取消
第一節間題の所在
小切手法三二条一項は、﹁小切手ノ支払委託ノ取消ハ呈示期間経過後二於テノミ其ノ効力ヲ生ズ﹂と規定する。振
出人のなす支払委託の取消は、小切手の盗難、喪失などの揚合に、公示催告の複雑な手続に代えることができるとい
う効果を持っている。当座勘定規定一五条は、小切手、小切手用紙、印章などを喪失した揚合に、顧客たる振出人に
事故届の提出を求めているが、小切手の喪失届は、支払委託の徹回を含むものと解されている。したがって、支払呈
示期間経過後の右届出は、まさに小切手法三二条一項の規定する有効な支払委託の取消に当る。
しかし、支払呈示期間経過前に右届出がなされた場合、または、更に、小切手受取人との間に存する小切手振出の
原因関係の無効、取消などに基づく支払の差止のために事故届が振出人たる顧客によりなされた揚合に、右規定との
関係でどのように考えられるのか。我国通説は、右規定を強行法規と解しているので、それによれぱ、銀行は少くと
も右のような事故届に反して支払うことができることになる。けれども、我国実務に於ては、右のような揚合にあっ
338
銀行取引法と小切手
ては、銀行は小切手支払を拒絶している。盗難、喪失による事故届の揚合には、小切手所持人は無権利者であること
が多いから、その可能性を知りつつ支払をなせぱ、悪意または重過失ある支払となることが多く、そのときには、銀
行は支払の結果を顧客の計算に帰することができないことになる。更に、盗難・喪失の揚合に限らず事故届のあると
︵1︶
きに銀行が支払を拒絶する一般的理由として、小切手所持人が正当な権利者かどうかの調査は困難だから、支払を留
保して不渡とした方が銀行にとり安全であること、銀行は顧客たる小切手振出人の保護を第一に考えること、および、
支払銀行は小切手所持人に対してなんら義務を負っていないので、支払を拒絶しても所持人に対して責任を負うこと
がないことがあげられている。
︵2V
右のように、盗難、喪失の事故届を見落して無権利者に対して支払ってしまった銀行には、その支払は有効な支払
ではないとして、その結果を顧客に帰することはできないとし、二重払いの責任を負わせてよいわけだが、しかし、
たとえば、小切手振出人が受取人たる所持人から商品を購入し、その支払のために小切手を交付したところ、商品受
領後にその暇疵に気付いて、銀行に支払差止を求めた揚合にはどうであろうか。これは、小切手所持人の権利者資格
にかかわらない、実質的権利についての暇疵にすぎないから、支払銀行がその事情を知って支払っても、その支払は
小切手法上は有効なものと言うべきであろう。そこで、この事故届を見落して支払っても、銀行は小切手法三二条一
︵3︶
項に依拠して、その支払の結果を顧客の計算に帰することができ、顧客の当座預金口座から有効に小切手金額を引落
せることになりそうである。この揚合に、銀行が支払拒絶をして小切手を不渡とすれば、支払呈示は適法だから、小
切手所持人は振出人に対して遡求権を行使することになるので、振出人は、原因関係上の抗弁の対抗により支払を拒
絶できる関係にある。したがって右のような銀行の事故届の失念は、顧客にとってはなはだ不当な結果を生ずる。こ
の揚合に、銀行と顧客との間に存在する当座勘定取引関係から、銀行は顧客の支払差止を遵守すぺき義務が導ぴかれ
339
一橋大学研究年報 法学研究 14
てはこないか、即ち、銀行は小切手振出を通して顧客がなす小切手の支払指図に従って支払うという事務の委託を引
受けているのであるから、その支払指図が徹回されれば、支払を止めるべき義務を当座勘定契約に基づいて負担して
いると言えるのではないかという疑問が出てくる。このような義務の存在が認められるのであれば、支払銀行がそれ
に違反して支払うのであれば、顧客の当座預金口座からの引落しは許されず、更に揚合によっては、損害賠償責任を
負担すべきことになる。
けれども、問題はこのように簡単ではない。それは、小切手法三二条一項の規定の存在である。この規定は、我国
の銀行実務および通説の認めているように、このような場合の銀行の支払拒絶が単なる銀行のサービスにすぎず、し
たがって誤って支払っても銀行の責任間題は生じえないといった考え方を正当化する内容を有しているものなのだろ
うか。即ち、小切手法三二条一項の支払委託の取消は呈示期間経過後に於てのみしか効力を有さないという規定は、
強行法規であって、それにも拘らず、銀行は顧客に対するサーピスとして敢えて支払を拒絶しているにすぎないと考
えるべきなのだろうが。この問題は、我国に於ては振出人が小切手の振出日を記入しないまま振出、交付する.︶とが
多いので、その揚合には、支払がなされる迄のいつの段階で支払委託の取消をしても、常に支払呈示期間経過前の支
払差止ということになりそうだから︵参照、小二九条四項︶、実務上も大きな意義を持っているだろう。この呈示期
間経過前になす小切手支払の差止の効果の問題は、銀行取引法と小切手法とが交錯する論点である。
が振出人の呈示期間経過前の支払委託の取消に従うことに義務付けられているというように構成される必要がないからである
︵−︶ この揚合には、銀行は支払拒絶に強制されている。但し、それは、小三二条一項を強行法規と解することと矛盾しない。
なぜなら、それは、銀行が小切手所持人の権利者資格に関して有する知識、疑念に基づく支払拒絶であると言えるから、銀行
︵く⑳一■冒8瓢”≦g訂巴古昌αω3g評g一FψおN︶。
340
銀行取引法と小切手
︵2︶ 大隅・河本﹃注釈手形法・小切手法﹄、五一五頁以下、香川・味村・堀内監修﹃銀行窓口の法務対策二〇〇〇講 上﹄、九
︵3︶ 小三五条の規定が指図式小切手だけでなく、持参人払式小切手にも適用があると考えれば、その規定上は、振出人と小切
四頁。
間内およぴ支払呈示期間後でも支払委託の取消なき限り、有効な支払をなすことができそうである。このような毅疵は所持人
手所持人との間の原因関係上の暇疵に関しては、支払人は調査義務を負ってはおらず、その暇疵を知っていても、支払呈示期
8ヨげ邑①し濃9P蟄o︶。但し、小切手法上では、支払人は遡求義務者たる振出人の免責のために支払うぺき地位にあること
の権利者資格を排除しないからである︵冒8亘騨穿O・oo・総即手四〇条三項について、勾o﹃98ζo鴇p↓β欝8牙萄
ても支払呈示期間内の支払についてはこのような解釈には無理があろう。
から、手四〇条三項の揚合とは別異に解する余地もありそうであるが、しかし、小三二条一項の規定の効力が及ぶから、少く
更に、この揚合に、銀行と顧審の間の当座勘定取引関係上︵小切手契約上︶、特約を要さないで銀行の顧容の支払差止遵守
によれば、右取引関係上で銀行が顧客に対して負担する義務として、顧客の支払差止を遵守すぺき義務を認めることができる
の義務を認める余地があるか否かについても検討される必要があるだろう。即ち、信義誠実の原則に適った右取引契約の解釈
だろうか。銀行と顧客との間の小切手契約の信義誠実の原則に従った解釈にあっては、銀行は、所持人の実質的権利について
の調査義務を負担し、支払差止の通告があれば当然に支払を拒絶すべきであると解すぺきであると考えたり、振出人の支払銀
行に対する支払指図の趣旨は、権利者に対する支払を内容としているはずであり、また、顧客たる振出人の利益にそのような
小切手に対する支払拒絶が合致すると考えることができそうである。したがって、小切手契約上の義務として、顧客の一方的
のような義務を認めることは、小三二条一項との関係で困難な問題がある。この規定を強行法規と解するのであれば、それに
な支払差止の要請に従うぺき銀行の義務︵附随義務︶を認めることができるか否かは検討されるべき問題である。しかし、右
違反した支払人に対してなんらの責任が課せられないとしても、右の義務を認める余地はないであろう。更に、右規定を任意
法規と解する時にも、同様に右義務を認めることはできないであろう︵後述第五節注︵5︶︶。
341
一橋大学研究年報 法学研究 14
第二節 支払委託の取消の法的意義と小切手法三二条一項の意義
支払委託の取消の法的性質に関して述べれば、既に小切手振出の法律構成について検討を加えたように︵前述、第
二章第三節︶、それを支払指図として構成して、その中に二重授権を見る説によれば、支払委託の取消は、この支払
指図自体を撤回することであると解される︵支払指図撤回説︶。これは更に二説に分かれ、その一は、支払指図を支
払人に対する関係でも、受取人に対する関係でも撤回するものと解し、その二は、支払人に対する関係でのみ撤回す
るのであって、受取人に対しては効果は及ぱないと解する。他の説は、振出人と支払人との間には小切手の支払の事
務を委託する小切手契約が存するが、個々の小切手振出はこの小切手契約に対応する小切手関係外の支払指図をも意
味しており、支払委託の取消は、この小切手関係外の支払指図の徹回であって、それは民事小切手法上の概念である
と解している︵支払事務委託撤回説︶。
小切手振出の法的構成に関しては、既に私見を述べたが︵前述、第二章第三節︶、ここで検討されるべきは、右の
諸見解が小切手法三二条一項に対してどのような意義付けをしているかである。これらの説を分析して検討すると、
第一に、支払事務委託撤回説、および、支払指図説中の第二説は、支払委託の取消は小切手振出人と支払人との間に
のみ効力があるものとしている。即ち、これらの説は、小切手法三二条一項にいう支払委託の取消とは、支払人の支
払権限の授与の撤回を意味するとする。このことは特に、小切手の受取人、所持人の支払受領権限が、支払委託の取
消のなされた後にも存在することに意義があり、支払委託の取消された後に、支払人から支払を受けた所持人は、無
効な小切手の支払に基づく不当利得返還請求権にさらされないという効果を生じ、更に、支払拒絶により振出人に対
する遡求権が発生した後には、支払委託の取消によりこの遡求権が消滅することはないという効果を生ずる。そして、
支払呈示期間経過前の支払委託の取消ある揚合に、それを有効と解したときにも、支払人の支払拒絶による振出人に
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銀行取引法と小切手
対する遡求権を所持人は保全できるという効果を生ずる。
更に、第二に、支払指図説はいずれの説によっても、支払委託の取消は小切手関係上の効力を生ずるものとしてお
り、小切手法三二条一項の支払委託の取消は小切手法上の効力を生じ、小切手振出の効力にかかわるものと解してい
るのに対して、支払事務委託撤回説は、支払委託の取消は小切手関係外の効力を生ずるものであり、小切手法三二条
一項の支払委託の取消は、振出人と支払人との間の資金関係上の法律関係に効力を及ぼすものと解している。この立
場によれば、小切手法は、手形法と異なって、小切手法三条と並んで本条でも資金関係にかかわる規定をなしている
こと に な る 。
私見は、以下の第三節での検討の結果を先取りしてまとめておくと、前述した小切手振出の法律構成に関する見解
に基づいて、支払委託の取消は、小切手法上の効力を生ずるものであり、小切手上になされた支払権限授与の徹回で
あると考える。そして、それは小切手関係上の支払差止の意思表示をも意味し、小切手法三二条一項は、小切手関係
上の効力について規定すると共に、小切手契約上︵資金関係上︶の効力をも規定するものと理解されるべきであると
考える。更に、その小切手法上の効力は、小切手の振出交付によって小切手所持人になった者の権利は振出人の一方
的意思表示によって消滅させられることはないが故に、支払人の支払権限のみにかかわり、所持人の支払受領の権限
には効果を及ぽさないと考えられる。
第三節 小切手法三二条一項の再検討
ω ジュネーヴ統一小切手法会議に於ける議論
小切手法三二条一項に関しては、その立法過程で大きな議論があった。 各国の従来の立法がこの支払委託の取消に
343
一橋大学研究年報 法学研究 14
関しては、大いに対立していたからである。英米法系およびスカンディナヴィア諸国の立法に依れば、支払委託はい
︵1︶
っでも取消せるものであった。正当な理由なくして取消す振出人は訴求され、刑事制裁を受けるものとされていた。
ドイツ法系にあっては、支払委託の取消は支払呈示期間経過後にのみ効力を有するものであった。そして、小切手所
持人は、支払人に対して何らの直接的権利を有さないものとされていた。更に、フランス法系にあっては、小切手所
持人は、冥o<巨8に基づいて、支払人に対する直接的請求権を有し、支払委託の取消は、支払呈示期間経過前はも
︵2︶
とより、経過後も時効にかかるまで許容されないものとされていた。
結局、ジュネーヴ統一小切手法会議では、この点についての統一は放棄され、統一法の条文としては、右ドイツ法
︵3︶
系立法に従って、今日の小切手法三二条一項が採用されたが、第二附属書一六条により、各締約国は、ω呈示期問経
過前と錐も小切手の支払委託の取消を認容すること、㈲呈示期間経過後と錐も小切手の支払委託の取消を禁止するこ
︵4︶
とについての権限を留保されることになった。
︵ 5 ︶
そこで、ジュネーヴ統一小切手法会議に於ける議論を再検討してみると、その議論の中心は、小切手の支払委託の
取消の原則的排除または制限が、小切手流通を促進するのか否か、即ち、小切手所持人の保護にとり有益か否かとい
う点にあった。各国の代表者達の多くは、小切手の支払委託の取消を排除、制限しないと、次のような幣害を生ずる
とした。即ち、振出した後で直ちに取消すことができるのであれば、それは小切手制度の信用を害し、支払手段とし
て小切手を不十分なものとしてしまい、濫用、詐欺、不信への門戸を開いてしまうと指摘された。そして、小切手の
振出人は、現金を支払う揚合と同様に取り扱われるべきであるといった意見が出された。結局、支払委託の取消を制
限することが、小切手の支払手段としての意義のうえで、また、小切手制度の発展のうえで不可欠であると考えられ、
それが会議の大勢を占めるに至った。そこで、支払委託の取消は呈示期間経過後でなけれぱ許されない︵呈示期間経
344
銀行取引法と小切手
過後であれぱ許される︶とされたのである。それに対して、イギリス法の立揚からは、支払委託の取消の自由を認め
ても、それは過去の実例の示すところでは濫用に導びきはしなかったのであり、また、正当な理由なしに取消す者は
自らの信用を損うことになるにすぎないと指摘された。更に、現在の小切手法三二条一項の条文では、支払呈示期問
︵6︶
経過前の支払委託の取消を不許容としているが、その意味するところは、振出人が取消しても支払人は支払うことが
でき、その結果を振出人の計算に帰することができるというものであるけれども、しかし、実際には、支払人は取消
にも拘らず支払えるとしても、顧客に損失をかけないために支払うことはしないであろうし、このような支払委託の
取消の制限に反する支払人の支払拒絶に対してサンクションを欠くのであれぱ、この揚合には、所持人の保護は、振
︵7︶
出人の取消に対して支払人が妥協しないということにしか依拠しておらず、その意味で、この規定は、一負巨速幕?
$であるという点が指摘されている。
したがって、右のような議論からは、まずもって、会議に於ては、小切手法三二条一項は、小切手所持人の保護を
目ざしたものではあるが、その実効性に関しては既に疑間のあることが認められていたと言える。更に、右の諸議論
は明らかに、小切手の効力自体を問題にしているものであるから、小切手法三二条一項の支払委託の取消の効力を、
︵8︶
小切手関係外の資金関係上のみのものと限定する支払事務委託徹回説には無理があることを認めざるをえないであろ
︾フo
③ 小切手法三二条一項の小切手関係上、資金関係上の効力
小切手法三二条一項の支払委託の取消の効力に関しては、更に検討されるべき間題として、それが小切手法上の効
力のみにかかわるものか否か、更に、資金関係上でも効力を有するものなのか否かの問題がある。我国の支払事務委
345
一橋大学研究年報 法学研究 14
既述したように、ドイツでは、一般的に小切手振出は支払指図︵>舅お冨目σq︶として理解されているが、この立揚
託撤回説は、後者についての効力のみを認める。支払指図説がこの点をどのように解するのかは不明確である。
から、支払呈示期間経過前の支払委託の取消︵支払差止︶の支払銀行に対する効力を認めようとして、勾①霞。一騨は
︵9︶
次のように説く。即ち、支払呈示期間経過前の支払委託の取消を排除する小切手法三二条一項の規定は、小切手自体
についての支払指図︵︸舅話陣曽夷︶にのみかかわるものであって、したがって、右差止があっても、支払銀行の支払
権限は存続するが、しかし、この規定は、支払銀行と顧客との間に存する小切手契約に基づくこの支払差止の中に含
まれている指図︵㈱ひ謡ω○切に基づく≦Φ肪昌αq︶の拘束力にはなんらかかわりのないものであるから、顧客のなす
︵n︶ ︵11︶
右支払差止は、この意味での指図として、銀行に対し支払拒絶の義務を課するものとして拘束力を有しているとして
いる。ドイツのωO国判決︵ωO国N象・譲N︶は、明らかに、この園魯笹騨の見解に依っている。
前述したように、小切手法一一三条一項の立法趣旨は、まずもって、小切手所持人の保護をはかることにあったから、
この規定が振出人と支払人との間の関係を規律していることは、小切手所持人の小切手法上の権利との関係で理解さ
れるべきであり、その意味で、本規定が小切手上の関係を規律していることは否定されるぺきではない︵したがって、
支払事務委託撤回説は本規定の理解に関して疑問である︶。但し、小切手法の規定上は、小切手所持人と支払人との
間には、所持人の直接的請求権を基礎付けるなんらの関係も存しないものとされているから、右の所持人の権利は、
支払人がその小切手の支払を小切手法三二条一項の規定にも拘らず拒絶することが可能であるという限りでのみ認め
られるものでしかない︵後述︶。けれども、このことは、右國Φ匡①一島および切O国判決の見解のように、直ちに、
小切手法三二条一項は、小切手上の関係に於てしか効力を有さないものとすることを正当化するものでもない。本規
定の立法趣旨を小切手所持人の保謹に見る以上は、それは、小切手振出人と支払人︵支払銀行︶との間の資金関係
346
銀行取引法と小切手
︵小切手契約︶上でも効力を有するものとして理解されるべきである。小切手法上では、三条に於て、小切手振出に
は資金の存在が必要であり、かつ、小切手振出は銀行に宛ててなされるべきであるとされ、明らかにそこでは、資金
関係、小切手契約の存在といった観念が前提されている。それは、まさに、手形法と小切手法との大きな相違点であ
って、それは、小切手が銀行を支払人とする制度として形成されてきたことに基づく不可避的な事柄である。したが
って、小切手法上に於ては、手形法上に於けるのに倣った、小切手関係と資金関係との明確な分離、区別といった観
念は、右の限りでは排除されている。このような小切手法の基礎的理解、および、小切手法三条の存在を前提として
小切手法三二条一項の規定を理解するのであれぱ、その所持人保護の理念は、振出人と支払銀行との間に存する資金
︵12︶
関係上、小切手契約上も、支払呈示期間経過前の支払差止︵支払委託の取消︶の許されないという規範が妥当すると
解すべきことを要求する。但し、小切手法三二条一項の規定は、本来的には小切手関係上の規定であると解され、右
の点は本規定の趣旨から演繹される解釈論である。即ち、小切手法三二条一項が、小切手上の振出人の支払人に対す
る支払指図に関する規範を定めている以上は、小切手契約上の支払指図についても、それと矛眉した効力を与えられ
てはならないというわけである。したがって、私見は、小切手法三二条一項の規定は、実質的には、小切手関係およ
︵13︶
ぴ資金関係のいずれにもかかわる両面性を有する規定であると解する。
㈲ 小切手法三二条一項の小切手上の効力
更に、小切手法三二条一項に関しては、小切手所持人の保護という立法趣旨との関係で、その小切手上の効力につ
いて検討しておこう。
既述したように、右立法趣旨については、ジュネーヴ会議の段階に於て既にしてその実効性につき疑問が示されて
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一橋大学研究年報 法学研究 14
いる。それは全くその通りであって、今日多くの見解が指摘するように、小切手法三二条は実質的には支払人保護の
規定としての意義を有する。即ち、支払人は、L支払呈示期間経過前には振出人の支払委託の取消について顧慮する
必要がなく、この取消に反して支払をしたとしても、振出人に対して損害賠償責任を負うことはないこと︵一項︶、お
よび、乳支払呈示期間経過後には、振出人、裏書人は本来は責任を免れるが、支払人は依然として有効に支払うこと
ができるということ︵二項︶に、本条の実質的意義がある。したがって、本条一項によれば、振出人が所持人に対し
て負担する支払呈示期間内は支払人の支払を妨げないという義務に違反するということは、本来的には阻止されてい
るわけだが、実質的には、所持人の利益に於て振出人の支払呈示期間経過前の支払差止︵支払委託の取消︶を遵守し
ないでおくかどうかは、支払人が所持人に対して直接的に責任を負わないが故に、支払人の自由に委ねられているの
である。そして、支払人は、振出人の右のような支払委託の取消に従わないときにも、振出人に対してなんら責任を
︵耳︶
負わないが故に、振出人の支払委託の取消について悩む必要がないとされているのである。したがって、小切手法三
二条一項によれば、支払呈示期間経過前の支払委託の取消にも拘らず、その無効の故に支払人の支払権限は残存し、
当然に、所持人の振出人に対する遡求権は残存する。そして、適法な支払呈示により成立した遡求権は、呈示期間経
過後に生ずる支払委託の取消の効力によって消滅させられることはないと考えるべきである。更に、より一般的に言
えば、小切手法三二条の支払委託の取消の効力は、支払人の支払権限のみにかかわるものと解すべきであろう。小切
︵15︶
︵16︶
手の振出・交付により付与された受取人、所持人の支払受領権限には、振出人の一方的意思表示による支払委託の取
消の効力は及ぴえない。そのことは、小切手上の権利が小切手証券に表章されているものであることと合致する。し
たがって、たとえば、支払銀行が、支払呈示期間経過後に有効に支払委託の取消された小切手を誤って支払ってしま
った場合に、小切手所持人に対して直接的に不当利得返還請求権を有するわけではない。支払銀行はこの支払を振出
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銀行取引法と小切手
人の計算に帰することができないから、振出人がその支払の結果不当に利得した限りに於てのみ、振出人に対し不当
︵17︶
利得返還請求をなしうるに止まる。
但し、右のような、支払委託の取消の効力は所持人の支払受領権限には及ばないという事柄は、支払呈示期間経過
前の支払委託の取消に関しては、それが法的効力を有さないが故に全面的に妥当するが、支払呈示期間経過後の有効
な支払委託の取消ある揚合には、全面的に妥当するとは言えないであろう。支払呈示期間の経過と共に、振出人は小
切手上の貴任を免れ、また、支払人はもともと債務を負担していないので、小切手上の支払人に対する支払指図は、
右小切手法上の期間の経過により本来的には効力を失い、支払人による支払は中止されるぺき関係にある。また、小
切手契約上の支払指図の趣旨も本来右のようなものであろう。けれども、小切手の支払制度としての意義のうえから
も、また、振出人の利害との一致のうえからも、支払呈示期間経過後も支払委託の取消なき限り、支払人は支払を有
︵B︶
効になすことができ、その結果を振出人の計算に帰することができる旨を、小切手法三二条二項は規定している。こ
のことに依拠すれば、支払呈示期間経過と共に小切手上の権利が消滅すると考えるべきか否かの問題に解答を与える
ことなく、支払呈示期間経過後にも、本来的に1支払委託の取消なき限りー、小切手上の支払指図、および、小
切手契約上の支払指図は存続するものと考えられ、したがって、この意味で、所持人の支払受領権限は法的に存続す
るものと看倣される。したがって、この所持人の支払受領権限に対しては、当然に法的保護が与えられねばならず、
それを排除する振出人と支払人との間の事情、即ち、支払委託の取消は、その存在を知らない第三者を害することは
ないと考えるぺきである。そこで、支払呈示期間経過後に有効な支払委託の取消がある揚合に、支払銀行により誤ま
︵19︶
ってなされた支払を確保することができるのは、善意の小切手所持人に限られると考えるぺきである。
︵1︶ 英米手形法にあっては、小切手を支払う銀行は、顧客である振出人の代理人として支払うのであるから、顧客の指図に従
349
一橋大学研究年報 法学研究 14
ω。。o曼20$鉾O魯R巴菊①bo昌㊤且一且三身巴勾Φ℃o﹃梓ωい一8い︵ρ轟o。y竃、ひ。8◎一〇舘。一H■国.一〇ひy℃■二轟︵σ鴇冨8ぎ目︻・
うことに義務付けられているので︵浮90忌。9ヨ巨箒9dロ一ぼ壁9亀鵠壽邑毘お8田房9国蓉げ嘗鳴書阜即o巨−
︵2︶即①8邑。陰o︷9①一暮①馨注o尽一〇9h魯曾8︷o﹃9。¢昌58け一80隔雰壽9ω一一一。po隔円N。一β茜9⋮⋮ω①8呂ωΦ隆9
U・9巴日①話︶、小切手の支払前であれば、いつでも支払委託の取消は可能である。︵ω国>oo①ρ謡・qOO伽令8い︶。
︵3︶ ジュネーヴ統一小切手法三二条一項は、条文としてはドイツ旧小切手法一三条三項と同一内容である︵この条文の立法趣
0ぼ名霧︵ρN£・客一いy一〇い一’一H切y℃℃■一81一8︵勾招o誹σ冤夢①U﹃鑑身αqOoヨ巳洋8y℃やN呂占禽。
旨に関しては後述参照︶。なお、ドイツに於ては、銀行が顧客振出の小切手の支払を保証しているシェックカルテ︵oり38冥・
︵ドイツ小二九条の支払呈示期間に対応︶、銀行による支払が保証されているので︵ユー・チェック・カルテ約款四条︶、この
帥昌o︶を利用する小切手については、約款により、振出日から国内小切手については八日間、外国小切手については二〇日間
人により支払差止がなされないことに保証されているわけである。
シェックカルテ小切手については、支払呈示期問内は、顧容には支払委託の取消が制限され、小切手所持人は、その間は振出
︵4︶ 支払委託の取消をいつでもできるとする立法としては、ノルウェー小切手法、デンマーク小切手法、スウェーデン小切手
法の三二条一項があげられる。それに対して、フランスに於ては、支払委託の取消は常に認められないとされている。その理
由は、一つには、小切手を流通に置く者は支払を保証すべきであって、支払を妨げてはならないということに、更には、振出
ということに︵フランス小一七条は、この旨を規定する趣旨と解されている︶求められている︵刀の8三ωu℃﹄意いuR。臼2
人が支払人に対して有する冥o<邑9に関する債権は、小切手の振出により受取人に、次いで譲渡により所持人に移転される
出人には小切手の支払につき異議を認められないとする三二条二項、およぴ、支払の差止をなした振出人に対する刑事制裁を
発言︶。現行のフランス小切手法上の冥o<邑9の移転についての一七条、小切手の喪失、所持人の破産の揚合を除いて、振
されている。
定める六六条とがあいまって、フランス小切手法上、支払委託の取消は、呈示期間の経過の前後を問わずに、原則として禁止
︵5︶ヵ。8乱9毛﹄呂−舘ω■
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銀行取引法と小切手
︵6︶ 勾①8乱7やN茸O暮8ユ凝①発言
︵7︶ 男①8三。。いマ80。ω三ぎ壽匠︵ポーランド代表︶発言、℃■oホOa讐毘︵フィンランド代表︶発言、℃■§o。冒壁窃<8
署母8目竃お︵スウェーデン代表︶発言。
︵8︶ この支払事務委託撤回説は、統一手形法が、その対象を専ら手形関係に限定して規定し、原因関係、資金関係についての
規定を設けなかったのと異なって、統一小切手法は、小切手が発生史的にも、法制度的にも支払人を銀行としていることを前
の存在が必要であること、およぴ、小切手は銀行に宛てて振出されるぺきことを規定する三条と本三二条︶、したがって、小
提として作り上げられているために、必然的に資金関係にかかわる諸規定を含まなけれぱならなかったこと︵小切手には資金
︵9︶切①ヨ富&菊。ま。江計2一≦一。茎。。。ひ︷◆
切手法上では、小切手関係と資金関係とが明確に分けられてはいないことを無視するものである。
︵10︶ 近時、一雪∈酵oぎ:b一①浮器9昌夷島Rい爵言口αq富剛署こR葺暁①ぎ①﹃>ロミΦ一旨夷﹂塁σ舘9留おoぎ①ωoD99誘:噛
する支払差止が行われても、支払指図は、小三二条一項により取消しえないものとして残存するが、しかし、銀行と顧客との
>亀一覗︵這誤︶届宝中も、これに類似した小三二条一項の理解を示している。即ち、支払呈示期問経過前に顧審の銀行に対
て支払拒絶を義務付けるものであるとする︵ωミ鉾とくに、呂一占結︶。
間に成立する顧客のなす支払差止︵取消︶を遵守するという特約は、全く小三二条一項を変更するものではなく、銀行に対し
︵11︶ 小三二条一項は、顧客たる振出人の支払呈示期間経過前の支払差止にも拘らず、小切手中に含まれる支払指図が残存する
ことを示すが、それは、支払銀行と顧客との間の小切手中の支払権限を行使しない旨の特約が公序良俗に反する︵惚睾田Ob︶
︵12︶ 同旨、切き目σ8マ寓鉱Rヨ巴一ご≦8房Φ蒔①器旨ロ呂oo。ロ8蔚窃Φ貫ω30>﹃け・いN勾号・唐国睾の,甘碧旺旨勺コgαQ・こω39,
ことを意味せず、この関係では契約自由は制限されないとする︵団O鵠N罫器o︶。
︵13︶ 小切手契約は、それに基づいてなされる小切手指図に関して規定しているいくつかの小切手法上の諸規定︵三二、三三
訂究旨o目α=即呂①一ωげββ。F=N鵠即一ω軌︵一S一y一〇卑
条︶によって規制され、その他の点に於ては契約上の合意によって決せられるとしている冒8σ一︵ppPψ8N︶も同旨
351
一橋大学研究年報 法学研究。14
︵14︶ 甘8げ剛−勲 勲 ρ ω 。 い N O い
の見解であろうか。
︵15︶ 我国の学説は一般的に正当にこの点を指摘している。とくに、近時は、支払指図説と支払事務委託撤回説との対立を止揚
したうえで、この点を主張する見解が有力である︵前田庸﹁振出人と支払人との関係﹂鈴木・大隅編﹃手形法・小切手法講座
︵16︶ この点は、支払指図説に立たない以上は容易に認められる。但し、伊沢孝平﹃手形法・小切手法﹄、五六四頁は、支払指
2﹄、一五二頁、倉沢康一郎﹁小切手における支払委託の取消﹂﹃手形法の判例と論理﹄、二七七頁など︶。
図説に立ちつつも、善意の小切手所持人の保護に基づいて、取消の効力が受領権限に及ぱないことを説かれる。更に、小切手
いN勾号,甜ωO頃N9一No。O︵Nε︶︶。
振出を支払指図と見るドイツ学説、判例も同一の結果を認めている︵たとえぱ、国雲目鼠号−鵠昏§Φ年空勲9ω90>拝
︵17︶ 河村博文﹁小切手の支払委託の取消﹂星川他編﹃法学演習講座7手形法・小切手法﹄、三三七頁、切臣日訂号記駄Rヨ。年
ppρω30︾芦認男身。卸9畠誘讐ω器す9賃品ω﹃9耳勾身甲謡pなお参照、前田、講座2、一五七頁。
︵18︶冒89p騨○訪しヨ浮8昌ぎ9日巨落。も﹂茎ζ①田o声&⋮5︻二8∪邑二昌R昌注8巴冨壽霧8Ωお2$
︵男①宕#ξ男=・3冒。訂8僻且冒8ぎ目一。曽9巴ヨRω︶㎞大隅・河本﹃注釈手形法・小切手法﹄、五一六頁、田中誠二
︵支払差止︶をなす揚合に、支払銀行が、予め存する顧客−
︵19︶ 結果同説、ωき日富魯出臥Rヨo巨篭勲勲○・ω90>拝8園冒・押9畠房、田鼻こ菊曾.刈8鐸vい汐伊沢、前掲、五
﹃手形・小切手法詳論 下﹄、八四七頁。
六四頁。
第四節 小切手法三二条一項は強行法規か
ω銀行と顧客の間の特約
支払呈示期間経過前に振出人が小切手の支払委託の取消
352
銀行取引法と小切手
との間の特約に基づいて、または、その都度成立する特約に基づいて、支払を拒絶するということが認められるか。
即ち、右のような特約は、小切手法三二条一項の規定との関係で、その効力が認められるものなのか否かという問題
解する見解は、このような特約を無効とする。それに対して、この規定を任意法規と解する見解は、このような特約
を検討することにする。この支払呈示期間経過前の支払委託の取消の効力を認めない小切手一一三条一項を強行法規と
︵−︶
を有効なものとする。しかし、実際上は、我国に於ても︵前述︶またドイツに於ても、このような顧客の支払差止に
︵2︶ ︵3︶
従って支払銀行は支払を拒絶しているので、前述したように、右諸見解の実質的対立点は、銀行がこの支払差止に反
して誤まって支払をなしてしまった揚合の効果に存している。
小切手法は手形法と共に、多くの強行法規を含むことは一般に認められている。けれども、手形法、小切手法の領
域中でも、その諸規定や手形・小切手制度の機能的本質がそれを排除していない限りは、手形・小切手上の権利の内
容に関して、契約自由の原則が全面的に排除されているわけではないーたとえぱ、任意的記載事項に関する規定で
ある手形法九条二項・一五条二項・二二条・四六条、小切手法一八条二項・三七条・四二条などー。したがって、
ここでの問題の小切手法三二条一項の規定は強行法規であって、それを変更する合意の認められる余地はないという
︵4︶
推定が予め妥当するというわけではなく、規定の趣旨自体から強行法規か否かが決せられるべきことになる。
図小切手法三二条一項の前身としてのドイツ旧小切手法二二条三項
現在の小切手法三二条一項は、ドイツ法系の規定であり、ドイツ旧小切手法二二条三項と一致するものである。こ
の旧規定に関する即○の判決は、この規定の意義は、支払呈示期間経過前の取消を無効とすることにあるのではな
︵5︶
くて、その期間後の取消の許容されることにあるという点を強調している。即ち、この規定の前身である一八九二年
353
一橋大学研究年報 法学研究 14
の小切手法草案の一〇条三項は、小切手所持人の支払人に対する直接的訴権を認めたうえで、その実効性の確保のた
めに、振出人は支払呈示期間の前にも後にも小切手を取消しえないものとしたのであるが、一九〇八年小切手法一三
条三項に於ては、右の訴権の排除と共に、支払呈示期間経過後の取消が許容されるに至ったとする。そして、この規
定は、呈示期間経過後の有効な取消を顧慮する所持人が呈示期間内の迅速な支払呈示に向かわせられ、それにより小
切手の支払手段としての性質が確固たるものとなるという新たな意義を獲得するに至ったとする。このような見解に
依れば、法の力点の置き所は取消の全面的排除から期間経過後の取消の有効性の認容へと移行していることになり、
それは期間経過前の取消を全く排除することには結び付かず、期間経過前の取消を必ずしも排除するものではないと
いう見解に導びく可能性を有している。けれども、既に見たように、ジュネーヴ統一小切手法会議に於ては、明らか
︵6︶
に、小切手法三二条一項の意義は、支払呈示期間経過後でなければ支払委託の取消は許されず、また、期間経過後で
あれぱ許されるということにあるというコンセンサスが存在していたと考えられ、右のようなドイツの旧小切手法規
定についての意味付けは、ここでの問題にとって意義を有してはいない。
㈹ 強 行 法 規 と 認 め る 諸 見 解 の 検 討
次に、小切手法三二条一項の立法趣旨、およぴ、右規定への意味付与との関係で、右規定が強行法規であることを
︵7︶
主張する諸見解を検討してみよう。
①第一に、この支払呈示期間経過前の支払委託の取消の特約が排除される根拠を、本条の小切手所持人の保謹と
いう立法趣旨に求める見解がある。しかし、この見解に対しては、既述したように、本規定の立法趣旨は小切手所持
︵8︶
人の保護にあるけれども、その実質的意義は、支払人は、振出人の期間経過前の支払差止︵支払委託の取消︶の遵守
354
銀行取引法と小切手
の義務を負わず、それを遵守するか否かは支払人の自由に委ねられており、振出人は取消の結果を支配してはいない
という限りで、結果的に所持人が保護されているにすぎないというものであり、更に、支払を拒絶した支払人に対し
︵9︶
て所持人はなんらの直接的請求権を有さないということが指摘されなければならない。更に、小切手法上、右のよう
な呈示期間経過前の支払差止をなした振出人に対するサンクションが欠けている︵なお後述︶。したがって、右規定
の立法趣旨は、それ自体が法的に確保されるための前提を欠いている。所持人の保護の実効性を実質的に支払人の自
︵10︶
由な行動に委ねておきながら、それを強行法規として意味付けることは無意味であろう。また、この規定を強行法規
︵11︶
と解したところで、所持人保護のためには実際上意義がなく、強行法規と解すべき実益はないとされている。
② 第二に、小切手の支払手段としての機能上、また、小切手の流通性の確保のために、したがって、小切手の支
払手段としての価値を確保するためには、支払呈示期間内の支払委託の取消は許されるぺきではなく、それに反する
特約は無効であるとの見解が有力に主張されている。
︵12︶
右見解に対しては、第一に、既にみたように、統一小切手法は、第二附属書一六条一項により各国国内立法が小切
手法三二条一項から離反することを認めており、それは留保規定に属するということが反論される。つまり、支払呈
示期間経過前の小切手の支払委託の取消が小切手の支払手段としての価値を排除するものであるとは断定的には言え
ないということが、立法過程に於ても認められているわけである。事実、近代的小切手制度確立の地であるイギリス
に於ては、このような取消を認めることが、小切手の支払手段性を害するものでも、流通性を害するものでもないこ
とが経験的に実証されていると言われる。また、右規定が留保規定であることは、右規定を小切手法の理論構成上の
︵13︶
︵14︶
基礎に置くことに対する疑問を生み出す。
小切手法は、小切手の信用証券化を防ぎ、支払証券たることを促進、確保する多くの規定を有している。即ち、持
355
一橋大学研究年報 法学研究 14
参人払式小切手の認容︵小五条・一条三号︶、小切手の一覧払性︵小二八条一項︶、短期の呈示期間︵小二九条︶、先日
付小切手の効用の減殺︵小二八条二項︶、引受の禁止︵小四条︶、支払人たる銀行の裂書の禁止︵小一五条三項︶など
の規定があげられる。そして更に、小切手法三条により支払人は銀行に限られ、振出人が小切手の呈示の時点で支払
資金を支払銀行の自己の口座に手配すべきことを義務付け、それを怠れば、振出人は所持人に対し遡求義務を負担す
︵15︶
る︵小一二条︶。以上のような形で、小切手の支払手段としての機能は、実質的に確保されているわけである。ここ
に於て、更にそれ以上に、支払呈示期間経過前の支払委託の取消の排除が小切手の支払機能を確保、促進するために
不可欠であると言うべきなのか、という第二の疑問が出てくる。無資力であるのに小切手を交付して自己の債権者を
欺こうとする者にとっては、受取人である債権者に小切手を交付した後で直ちに支払委託の取消をすることができる
かどうか、または、受取人の小切手呈示の時点で小切手を不渡とするかどうかは、どうでもよいことであろう。反対
に、自己の経済的信用を失いたくない者は、たとえ振出交付後直ちに支払委託の取消が可能であるとしても、自己の
振出した小切手を、自己の信用喪失という危険を冒してもよいと考える正当な理由なしには、取消すことはないだろ
う。したがって、小切手の支払手段としての機能は、実質的には、まずもって、債務者たる振出人の信用、モラルに
かかっている。そして、そのうえで、小切手の支払手段としての利用促進、発展が、右の債務者たる振出人の信用・
︵16︶
モラルに対応した、債権者たる受取人・所持人の信頼にかかるという事柄も否定できないのである。
③ 第三に、支払呈示期間内の支払委託の取消を排除すれば、支払銀行は、支払に際して、取消が行われていない
︵17︶
かどうかを一々調べるぺき義務を免れることになるので、銀行の営業業務を簡素化するうえで適切であるとの見解が
ある。しかし、実際の実務上では、既に見たように、小切手の支払に当り、銀行は、顧客たる振出人から支払差止の
ための事故届が提出されていないかどうかを調べているのであって、小切手法三二条一項の規定との関係上、支払銀
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銀行取引法と小切手
︵18︶
行が顧容の支払差止に応じることができる以上は、また実際上それに応じている以上は、右の見解は、支払呈示期間
経過前の取消の遵守の特約を無効とする根拠とはなりえない。
︵−︶ 我国の通説である。田中誠、詳論下、八四六頁、大隅・河本、前掲、五一五頁、伊沢、前掲、五六五頁、田中耕太郎﹃手
①o認。器貫一8♪︾拝路︾ロヨ.一ロ●い︸冒8σ一一貸勲Poo,鴇9≦o凝目⑳N色器5N鵠幻誌ひ︵一〇象︶い一ひ甜d巨①きU器勾①。鐸
形法小切手法概論﹄、五九一頁、竹田省﹃手形法・小切手法﹄、二五五頁。ドイツでも有力である。曾霧8藷寧≧耳①9“ω魯−
めの包括的特約は認めないとする。
αR類R6巷善Pφ呂ol但し、詐欺に基づく小切手交付といった正当な理由があるときには個別的特約を認めるが、予
︵2︶ 9昌誹.劇目F勾号,刈8ごω窪簿鼠3出駄9B①耳騨勲Pω99>拝8即畠p一F∋勺評σqる・pρ前出の国o寓−
①弼の見解、ωo=判決、≦蓉①巨の見解、大橋光雄﹃小切手法﹄、一二〇頁、前田、講座2、一五三頁。
ω号①o町09窃α貫3魯①勺β×一9、.2一ミ一〇ひo。︸認押即oビo一騨2︸ミG軌♪ooOひ■
︵3︶ 属塁塁−O耳厨8℃げN聾ヨ“∪一。ω一9。甚o犀αRoo。訂o竃巨αの⋮oqり一〇Nどω・蕊“≦簿邑日ooo菖斤N:b一①閃o箒げ二含夷q窃
︵4︶ ℃身鱒帥、騨O●q り ■ い
︵5︶ 勾ONOP凝︵嵩ソニの判決については、℃3中勲帥・ρoo・ひい
ニニ条三項の立法由来の理解に対して、∈ま包β鋭勲ρoり・いま崩・は反対して、小切手所持人の保護のために、支払呈示期
︵6︶ 菊ONoP凝︵ま中︶は、このような呈示期間経過前の取消を許容する。しかし、以上のような力O判決の一九〇八年法
間経過後にしか支払委託の取消は許されないということにその規定の意義はあり、したがって、支払呈示期間経過前の取消は
全く排除されているとする。
︵7︶ 既に、このような立法趣旨、この規定への意昧付与は、前出の閑99留に於て示されている。
︵9︶ 同説、︸自=中帥PO■ω、o。頃、
︵8︶ 宣89即■騨ρ堕鴇oい竹田、前掲、二五五頁。
︵10︶ 同旨、前田、講座2、一五三頁。
357
一橋大学研究年報 法学研究 14
︵11︶ 大橋、前掲、一二〇頁。
︵翅︶ O奉切8壽孚≧げ﹃Φ。拝、鉾鋭ρ︾拝8>昌β一F曾田中耕、前掲、五九一頁、田中誠、詳論下、八四六頁、伊沢、前
︵13︶ ジュネーヴ会議に於ける前述︵第三節注︵6︶︶の〇三け豊凝。発言。
掲、五六五頁。
︵14︶ <σq一し℃聲αq讐ppPω。Q■
︵15︶ 唱穿中鐸野○・oo溶中
︵16︶ 同旨、℃穿中勲勲ρoo・弥前述したように、西ドイツのシェックカルテ・シェックの制度は、無資力小切手に対する小
切手受取人の側の不信を排除しようとする目的で生まれたものである。このことは、支払手段としての小切手の利用の拡大の
ためには、西ドイツに於ても一般的に銀行は顧審の支払差止に従っているという現実の存在するにも拘らず、小切手の支払
︵く鱒一、℃ロ夷胃簿■勲○■oo■軌︶。
委託の取消の呈示期間経過前の全面的排除が不可欠な事柄であるわけではないということを示しているのではないだろうか
︵18 同旨、℃身鱒勲㌍900●y
︵17︶曹鶴8壽苓≧賢9芹p■勲ρ︾拝鵠>p昌﹂,
第五節 小切手法=三条一項の任意法規性と特約の有効性
OD 小切手法三二条一項の任意法規性
支払呈示期間経過前の支払委託の取消を排除する小切手法三二条一項が強行法規であるか否かに関して、私見はそ
れを否定し、右規定は任意法規であって、それは、振出人と支払銀行との間のそれに反する特約の有効性を排除する
ものではないと考える。その理由は以下のようである。即ち、第一に、第四節に於て示されたように、小切手法三二
条一項は強行法規であると解すべきとする諸々の理由は、いずれも根拠を欠き、したがって、この規定を強行法規と
358
銀行取引法と小切手
見ないことの妥当性の可能性が認められ、契約自由の原則に依拠して、右規定に反して支払呈示期間経過前の支払差
止︵支払委託の取消︶を遵守すべき旨の特約の有効性を認める余地がある。第二に、第三節に於て示されたように、
小切手法三二条一項の規定は所持人保護を本来的目的としたにも拘らず、実際上の意義に於ては、それは支払人のた
めの規定であり、支払銀行には、顧客の呈示期間経過前の支払差止があっても、小切手の支払をなすか否かの自由が
︵1︶
認められている。したがって、この自由を制限する特約の有効性を認めることができるであろう。更に第三に、右の
支払人の自由は小切手上の関係に於てのみならず、資金関係上︵小切手契約上︶でも認められていると解される。そ
こで、右規定を強行法規であると解すると、支払銀行の右のような自由を、顧客と銀行との間の特約により排除する
ことはできないこととなるわけだが、そのような結果は、銀行と顧客との間の取引関係から見れば全く不適当なもの
であることは、実務上の取扱い自体が示しているところである。第四に、このような顧客の支払差止を遵守すること
は、なんら銀行の業務上特別に支障をきたすものではなく、そのような支払拒絶により、支払銀行は所持人に対しな
︵2︶
んらかの責任を負担するわけではないので、このような特約により支払銀行が害されることはない。最後に第五に、
第四節に見たように、小切手法三二条一項の規定に反する特約を有効としても、それによって小切手所持人がことさ
らに害されるわけではない。
ω 特約の個別的成立
右のような特約の成立は、顧客による口頭または電話による支払差止の要請に対して、銀行側がその支払差止を了
解した旨、即ち、それを遵守する旨を表明する揚合に、まずもって個別的に認められる。この揚合に、銀行と顧客と
の間に存する当座勘定取引関係に基づき、当座勘定契約の信義誠実の原則に適った解釈により、小切手契約︵当座勘
359
一橋大学研究年報 法学研究 14
定契約︶上銀行が顧客に対して負っている附随的義務として、銀行は、顧客のなす支払差止の要請に対して、銀行自
体の利益にかかわるといった正当な理由︵たとえば、銀行自身が受取人であったり、支払保証をしたが、振出人の支
払差止には正当な理由が欠けているといった揚合︶がなければ、特約を承諾すぺき義務を負っていると認められる。
右の点に関して、実務上支払銀行は振出人の支払差止に従っているという事実に依拠して更に歩を進めて、より積
極的に、振出人の支払差止を銀行が遵守するという商慣習の存在を認めるという可能性がある。即ち、この揚合には、
︵3︶
この顧客の小切手支払差止の命令の遵守義務は、小切手契約の附随義務であると解されるわけであり、銀行は、顧客
の一方的意思表示である支払差止のあるときにはそれに従うべき義務を負っていることになる。
しかし、商慣習法としてにせよ、事実たる商慣習としてにせよ、我国に於て右のような商慣習の存在を認めること
には疑問がある。当座勘定規定一五条一項の事故届に関する規定は、手形、小切手、手形小切手用紙、印章の喪失の
揚合の届出についてのものであるから、それは、小切手の喪失、盗失、あるいは、偽造の危険ある揚合についての事
故届を念頭に置いているものである。したがって、小切手の喪失、盗失などといった事由に基づく以外の支払委託の
取消︵支払差止︶については、小切手法三二条一項に基づいていることが前提とされていると推定される。このよう
な推定は、明らかに小切手法三二条一項についての我国の従来の意義付け、解釈論に対応している。そして、このよ
うな従来の一般的見解に依れば、顧客のなす右のような支払差止を遵守することは、純粋に銀行のサービスに基づく
ものであって、たとえそれを見落して支払ったとしても、銀行は顧客に対して損害賠償義務を負担すべき関係にはな
いという考え方に銀行は依ることができるとされている。したがって、右のような支払差止をなすに当って顧客の側
で、それが銀行に対して拘束力を有しているはずであるといった観念を有していることは別として、少なくとも銀行
︵4︶
側には、右のような支払差止が自己に対して拘束力を有しているという観念は欠けていると言うべきであろう。それ
360
銀行取引法と小切手
故に、右のような商慣習の存在について、当事者の法的確信を認めることも、それに反する当事者の意思は一般に存
していないということを認めることもできないであろう。右のような実務上の状況に於ては、通常的には、支払呈示
期間経過前に顧客から小切手支払の差止の要請がなされる揚合には、銀行がその支払差止を了解する時にその都度、
︵5︶
両者の間にこの支払差止に従う旨の特約が成立すると見るのが適当であろう。
③ 個別的特約と包括的特約
右の銀行と顧客との間にその都度個別的に特約が成立するための顧客の申込としては、既に述べたように、顧客の
銀行に対する小切手支払の差止を要請する口頭あるいは電話による通告で十分であって、それ以上に事故届の提出は
要求されない。しかし、事故届は、支払委託の取消をなすことを顧客が銀行に対し明確に確認し、取消の対象となる
手形、小切手を特定するという意義を有しているから、銀行側の右事故届をすみやかに提出することを求める要求に
︵6︶
対して、顧客にはそれに応ずべき義務が認められるべきである︵参照、当座勘定規定一五条二項︶。顧客の申出が、
右のように明確な形で小切手支払の差止を要請するものではないが、顧客が支払銀行に対し、自分の小切手振出は詐
欺によるものである旨を銀行が信用できるように説明するといった揚合には、銀行はその顧客に対して負う誠実義務
︵7︶
に基づいて、支払を拒絶すぺき義務を負うであろう。
以上のように顧客と銀行との間にその都度の個別的特約の成立を認める以上は、更に、そのような特約を、予め小
切手契約の締結と共に包括的に締結すること、即ち、このような顧客の支払差止を遵守すぺき義務を負担すべき旨の
包括的な契約を締結することも可能であると考えられる。その揚合には、銀行は振出人のなす一方的意思表示による
︵8︶
小切手支払の差止がある揚合に、原則的にそれに従うべき義務を予め負担していることになる。︸
361
一橋大学研究年報 法学研究 14
四 顧客の支払差止に基づく銀行の義務
支払呈示期間経過前に支払差止︵支払委託の取消︶がある揚合には、このような小切手の手形交換所を通しての支
払呈示も支払呈示期間経過後の揚合と異なり、所持人の振出人に対する遡求権を保全するに足る適法な支払呈示であ
るから、支払を拒絶した支払銀行は、手形交換所に対し不渡届の提出をなす必要がある。この揚合には、支払の差止
を要求するに至った理由、たとえば、契約不履行などの事由を記載して不渡届︵第二号不渡届︶を提出する︵但し、
︵9︶
資金不足を伴う揚合には第一号不渡届となる︶。この不渡届に対しては、振出人は手形交換所に対し不渡小切手金額
相当額を提供して異議申立をすることができる。
右のように支払呈示期間経過前に支払差止の特約が成立した揚合には、支払銀行は、当該小切手の信用、支払の可
能性などについて問い合わせをしてきた第三者に対して、支払差止の通告をなすぺき義務を負担すると考えられる。
呈示期間経過前の支払委託の取消の揚合には、未だ振出人は遡求義務を免れていないから、振出人は、善意の第三者
がこの小切手を取得することにより、受取人に対する抗弁を切断されたり、または、受取人が喪失した小切手を善意
取得されて、支払銀行が支払を拒絶しても遡求義務を有効に負担させられてしまったり、もしくは、それにより自己
の債権者である受取人が損失を蒙ってしまうといった危険がある。したがって、顧客の利益の保護のために、右の支
払差止あるときには、支払銀行は、第三者からの当該小切手の支払能力につき、または、当該小切手に蝦疵がないか
どうかにつき問い合わせある場合には、支払差止のあることを通告すべき義務を、当座勘定取引関係︵小切手契約︶
に基づいて負担すると解されるのである。
︵10︶
︵1︶ 9奉﹃グω曽F即曾・刈o押切器日σ8マ国9R旨害一”鐸勲ρω魯O︾拝8菊号・一一前田、講座2、一五三頁。
362
銀行取引法と小切手
︵2︶ 支払呈示期間経過前に支払委託の取消がなされ、支払銀行が支払を拒絶する揚合には、小切手所持人は、振出人に対して
︵大隅・河本、前掲、五一六頁︶。なお、右の取消理由が不当なことを知りながら敢えて支払を拒絶する支払銀行に対して、共
遡求権を有すると共に、振出人が正当な事由なしに取消したのであれば、不法行為に基づく損害賠償を問いうる揚合もある
同不法行為上の貴任を問う可能性も認められよう。したがって、このような責任の問われうる揚合には、銀行は顧客の支払差
止に従ってはならず、また従うぺき義務がないことになる。大阪地判昭三七・九・一四下民集一三巻九号一八七八頁は、傍論
で、契約不履行を理由とする手形についての支払委託の取消に基づき、その事由による不渡︵異議申立のできる第二号不渡事
任を間うべき関係はないと考えるぺきである︵竹内昭夫﹁不渡手形﹂﹃手形法・小切手法講座5﹄、七頁、田中誠﹃銀行取引
由︶として銀行が取扱った事例について、右の点を指摘する。しかし、手形、小切手の有効な取消にあっては、支払銀行の資
法﹄、一四五頁︶。けれども、ここで問題になっている小切手についての支払呈示期間経過前の取消の揚合には、支払拒絶は銀
行と顧客との特約に基づくのであるから、銀行が虚偽の理由であることを知りながら敢えて顧客の言うままに第二号不渡届を
一二頁は、右の大阪地判と類似の事例について、銀行は支払委託撤回の理由の真偽を調査する義務を負わないとする。
提出するのであれぱ、銀行に対し不法行為貴任を問うことも妥当であろう。なお、大阪高判昭五五・六二一五判時九八五号一
他方、﹁支払呈示期間経過前の支払委託の取消に支払銀行が従う揚合にも、多くの揚合には、所持人は振出人に対し原因関係
上の債権を有しており、また、︵呈示期間経過前の支払委託の取消が振出人と支払人との間において強行法に反して無効であ
債権者代位権︵民四二三条︶にもとづき、支払人に対して、この意味における小切手の支払を請求する権利がある﹂とされて、
る以上、︶振出人は依然として支払人に対してその小切手の支払をなすぺきことを請求する権利を有しているので、所持人は
現在の我国の実務上の取扱いに対して疑念を呈される見解がある︵田中誠、詳論下、八四六頁︶。しかし、振出人は右取消の
時点で小切手上の権利を有する者ではないから、所持人が振出人の有する小切手金請求権自体を有するものとは解することは
できず、更に、振出人が当座勘定取引契約に基づき支払人に対して有する当該小切手を支払うべしという旨の抽象的債権︵資
個に行使されうるものではない︵参照、倉沢、前掲、二八一頁︶。
金債権︶は、右見解のようにこの支払委託の取消を無効とする以上は、小切手上の権利と切り離されて、この所持人により別
363
一橋大学研究年報 法学研究 14
︵3︶ ℃嘗σq讐勲勲ρoり,お中
︵4︶ 9爵誘ヤ国塁F男身㍉8は頃鋤=αpの見解に対して、西ドイツ銀行取引における小切手取引約款一〇条の規定に基づい
て疑念を提示する。即ち、それによれぱ、﹁支払金融機関は呈示期聞経過前の小切手の取消︵小切手支払差止︶を遵守すぺき
義務を負わない﹂とされている。西ドイツの銀行が実務上一般的に顧客の支払差止に従っておりながら、他方に於て、このよ
うな約款を設けていることは、右支払差止の遵守の義務を銀行が負担しているという商慣習の存在に対して疑問を生ずる。こ
のような約款の存在は、顧客の支払差止の要請ある揚合に、顧客と銀行との間にその都度個別的に右差止に従う旨の特約の成
立することを認める必要性を要求するであろう。℃ゆロσpは、このような約款の効力を排除するために、これは銀行の実際的行
動に照らしてみれぱ、駿o諺9ぎ貯。88昇β﹃昼︵反対事実の表明︶としてしかみなされないとする。
︵5︶ 銀行と顧容との間の当座勘定取引関係上︵小切手契約上︶、特約を要さずに、銀行の顧客のなす支払差止の遵守義務を認
めることができるか否か、即ち、小切手契約上の義務として、顧客の一方的な支払差止の要請に従うべき銀行の義務︵附随義
務︶を認めることができるか否かに関しては︵前述第一節注︵3︶︶、それを否定すぺきである。それは、小三二条一項の規定
を任意法規と解するとしてもそれと矛盾するからであり、その適用を排除する当事者の明示の意思表示を必要とすぺきだから
銀行に対して拘束力を生ずる。
である。したがって、顧客の支払差止の要講は、顧客と銀行との間に支払差止遵守の特約が成立すると認められる揚合にのみ、
︵6︶参照、前田庸﹃銀行取引﹄、九七頁。当座勘定規定一五条二項は、事故届の前に生じた損害については、銀行は貴任を負
わない旨を規定するが、盗難、喪失の場合に小切手の所持人が無権利者であるときには、右の規定により盗難、喪失の通告を
顧客の間に支払差止遵守の特約の成立を認める以上は、この揚合には右規定の適用は排除される。反対に、右規定に基づいて、
受けた支払銀行が免貴される余地はないし、また、一般的に、顧客から呈示期間経過前の支払差止の要請ある揚合に、銀行と
右のような支払差止は常に書面による届出︵当座勘定規定一五条一項︶によらなければ効力を生じないとするのが右規定の趣
理性を欠く約款条項と解すべきであろう︵なお、特約を無効とする立揚から、参照、田中誠、銀行取引、四〇六頁︶。
旨であるとするのであれぱ、特約の有効性を前提とする以上は、それは、小切手振出人である顧客の利益を不必要に害する合
364
銀行取引法と小切手
︵7︶
O壁βユ即国曽一犀こ国αp刈ON’
<⑳一●Opβ費グω印コ評こ菊山戸刈Oωー
O塁p計いω塁犀こ菊αpNO9切袈ヨ93−国①噛R日①耳勲p■ρω90≧斤■総勾身﹂層切O国N繍いN旨︵認Oh■y
御室龍﹃手形・小切手と銀行取引﹄、七二頁、服部栄三・彦坂信次郎編﹃新銀行実務法律講座5﹄、一九七二年、二二九頁。
︵8︶
︵9︶
︵−o︶
︵昭和五八年一〇月二七日受理︶
365