AR「凸レンズの働き」教材を使った授業実践の分析

科教研報 Vol.28 No.3
AR「凸レンズの働き」教材を使った授業実践の分析
Analysis of the lesson using AR materials
小松 祐貴*1
渡邉 悠也*1
KOMATSU, Yuki*1
徹*1
桐生
中野 博幸*2
WATANABE, Yuya *1
NAKANO, Hiroyuki
*2
久保田
善彦*3
KIRYU, Toru
KUBOTA, Yoshihiko*3
上越教育大学大学院*1
上越教育大学*2
宇都宮大学*3
*1Graduate School of Joetsu University of Education,
*2Joetsu University of Education,
[要約]
*3Utsunomiya University
「凸レンズの働き」によってできる像の規則性の理解を促すために AR 教材を開発し
た。授業実践による評価から,AR 教材は規則性の理解を促すことが分かっている。しかし,学
習者が AR 教材をどのように利用しているのか,また,AR 教材のどの機能が理解を促している
のかは,まだ明らかになっていない。このため,AR 教材の利点を学習者の姿から検証した。AR
教材を使った実験では,光学台上の物体を凸レンズに近づけたり遠ざけたりする操作を繰り返
し行っていた。また,実験と作図を比較し関連付けながら光の道筋を作図していた。
[キーワード]
1
AR,凸レンズ,光学台,作図,ビデオ分析
はじめに
二に,光学台での実験と作図を関連付けることが
中学校学習指導要領解説理科編(2008)による
できず,作図の意味を十分に理解できない。つま
と,「凸レンズの働き」の単元では,物体と凸レ
り,「凸レンズの働き」を理解するプロセスの B
ンズの距離を変え,実像や虚像ができる条件を調
と D をどのように支援するかが大きな課題である。
べさせ,像の位置や大きさ,像の向きについての
これら課題に対して,LED やレーザー(佐久間
規則性を定性的に見いださせることがねらいで
ら,2011),ICT(白石ら,2012)によって光の道筋
ある。この際の補助的な手段として,凸レンズを
を視覚化する教材など様々な工夫がなされ,一定
通る光の道筋の作図を用いる。しかし,麻柄ら
の成果を上げている。しかし,これら教材は光の
(2006)は「単なる機械的な作図になっている」と
道筋を可視化することが主なねらいであり,実験
し,山下(2011)や佐久間ら(2010)は,作図はでき
と作図を直接関連付けることを意図したもので
るが規則性は理解できないことを報告している。
はない。そのため,佐久間ら(2011)が「像につ
以上から,作図を手がかりに「凸レンズの働き」
いて考える際,光の道筋の作図を基に考える学習
を学習者が理解するプロセスを,以下と仮定した。 者は時間の経過と共に 55.6%から 36.8%へ減少
A.凸レンズの働きにより像ができることを理解
する」としているように,実際に実験と作図が関
する。
連付けられていない様子も報告されている。
B.凸レンズを通る光の道筋をイメージする。
これらを受け,実験と作図を関連付けることに
C.代表的な光の道筋の作図ルールを理解する。
よって「凸レンズの働き」の理解を促すため,拡
D.作図と実験を関連付ける。
張現実(AR:Augmented Reality,以下 AR とする)
E.作図から像についての規則性を導き出す。
技術を用いた教材を開発し,授業実践を通して有
また,「凸レンズの働き」の学習上の課題を大
用性を評価した(小松ら,2013a)。その結果,AR
きく以下の2点に整理した。第一に,凸レンズを
教材が規則性の理解を促すことが明らかになっ
通る光の道筋をイメージすることができない。第
ている。しかし,学習者が AR 教材をどのように
27
科教研報 Vol.28 No.3
利用しているのか,また,AR 教材のどの機能が何
を支援し理解を促しているのかは,まだ明らかに
なっていない。このため本研究では,AR 教材の
利点を学習者の姿から検証することとした。
2
AR 教材の開発
AR 教材は,現実世界に情報を付加できること,
また,能動的に操作できることで現象の理解を促
すことができる(小松ら,2013b)。この特長を生
図2 光学台に重畳表示された光の道筋と像
かし,「凸レンズの働き」学習上の課題解決を図
るための教材を開発した。プログラミング言語と
3
AR 教材の活用
して Processing を採用し,AR アプリケーション
1) 対象
を作成した。光学台の光源とレンズにつけたマー
AR 教材を使った実践は,新潟県の公立中学校1
カーをウェブカメラにより認識することで動作
年生 11 名を対象とした。2013 年 10 月,表1で示
する(図1)
。
したような単元展開で,対象生徒が通う学校の理
科室において行った。
以下には,AR 教材開発の概要を示す(図2)。
a.凸レンズの働きによってできる像をイメージ
表 1 単元展開
主な学習内容
時
することを支援するため,光源と凸レンズによっ
b.凸レンズを通る光の道筋をイメージすること
・太陽や蛍光灯,白熱電球の光を集めるこ
1 とで,凸レンズの働きにより像ができるこ
とを理解する
を支援するため,黄色い帯として表示する。
2
てできる像の CG モデルを表示する。
c.代表的な光の道筋の作図ルールを理解するこ
とを支援するため,3本の線を表示する。
d.作図と実験を関連付けることを支援するため,
レンズの軸,焦点及び a~c を生徒実験で使う光
学台に重畳表示する。
これら機能により,光学台を操作することで,
光の道筋や像が変化するようすを連続的に観察
できる。また,①~③はボタン操作により,それ
・光学台を使って,凸レンズによってでき
る像の位置や向き,大きさの関係を調べる
・凸レンズで屈折した光の進み方とその代表
的な光の通り道を理解する
3
・像ができる位置がどこになるのか作図を用
いて考える
・凸レンズを利用している身近なものの仕
4 組みを考える
・単元のまとめ
【遅延テスト】(1カ月後)
2) 実践の方法と AR 教材導入のねらい
ぞれ表示・非表示の切り替えができる。
AR 教材を使った実践は,表1で示した単元の中
で2回行った(以下 AR 実践 1, AR 実践 2 とする)。
その際,対象生徒 11 人をα・β・γの3グルー
プに分け,1グループにつき1台の AR 教材を用
意した。以下は,実践の詳細である。
AR 実践 1 は,光学台の実験によって見出した規
則性を連続的に捉えさせることを目的とし,表2
に示したように第2時の終盤に導入した。時間は
約5分である。
AR 実践2は,光学台での実験と作図を関連付け
ることを目的とし,表3に示したように第3時の
図1
光学台と AR 教材の概観
終盤に導入した。時間は約 10 分である。
28
科教研報 Vol.28 No.3
表2
、 少しの間。
第2時の授業展開
主な学習内容
。
・虫眼鏡を使って,白熱電球の光をスクリーン
に映す実験を行い,逆さまの像ができること,
像の位置や大きさが変化することを確認する。
[実験]凸レンズによってできる像の位置や向
き,大きさの関係を調べる。
[実験①]光学台を使用し,物体(光源)と同じ
大きさの像ができる位置を探す。
[実験②]物体を凸レンズから近づけたり遠ざ
けたりしてできる像の位置や向き,大きさを
調べる。
・全体で実験のまとめを行い,規則性を見出す。
?
区切り。語尾の下降。
語尾の上昇。
≪≫ ビデオ分析による活動の様子。
<> 筆者による補足。
下線 筆者による注1。
下線 筆者による注2。
4.1 「作図」と「規則性」の理解度
単元終了の約1カ月後に質問紙により「作図」と
[AR 実践1] AR 教材により実験②と同様の操作
を行い,規則性を確認する。
「規則性」についての理解度調査を行った。
調査問題は,物体を焦点距離の2倍の位置より遠
くに置いた場合,焦点距離の2倍の位置に置いた場
表3
第3時の授業展開
主な学習内容
合,焦点距離の2倍と焦点との間に置いた場合につ
いて,光の道筋と像を作図させるもの(「作図」)と,
・前時の確認テストをする。
像の大きさと位置を問うもの(「規則性」)である。
・AR 教材により,光学台の実験装置上で,レン
ズの軸と中心,焦点を確認する。
・AR 教材により,凸レンズで屈折した光の進み
方と,その代表的な光の道筋の作図ルールを確
認する。
表4は調査の結果である。先行研究のような
「作図はできるが規則性は理解できない」傾向は
なく,すべての生徒が「作図」でき,「規則性」
も理解できるようになった。
・物体が焦点距離の2倍の位置にあるときに,
像ができる位置や向き,大きさについて,作図
を用いて考える。
表4 「作図」と「規則性」の理解度調査の
完答者数(N=11)
作図
規則性
11人
11人
[AR 実践2] AR 教材を操作,確認しながら,物
体の位置を変えて像を作図する。
4
4.2 AR 実践1の分析
AR 実践の分析と評価
AR 教材を使用した実践で学習者が「作図」と「規
表5は AR 実践1におけるグループαの発話と
則性」について理解できるようになったのか調査
活動の様子である。01OA から 06IS までは,AR 教
した。また,学習者が AR 教材をどのように使用
材の操作と動作確認をしている。その後,11UA ま
したのか,AR 実践1,2における活動と会話分析
で,物体を動かして凸レンズに近づけたり遠ざけ
によって考察した。なお,活動の様子は教室の前
たりする操作を繰り返すことで,08OA「うわー」
後に設置した2台のビデオカメラの映像を分析
や 10 OA/KM/IS「うわーぁ、おーお、うあはは。」,
した。会話データはグループに1台設置した IC
12OA「でけ。ちっちゃ」で表れているように規則
レコーダに録音したものを以下の方法でトラン
性について連続的に捉え,実感を伴った理解がな
スクライブして分析した。
されている。
13 から 18 では,授業者により AR 教材で表示さ
記述の方法

発話の単位は,間と内容によって設定する。
れた像と実際のスクリーンに映る像が一致するこ

発話者をアルファベットで示す。
とが示された。学習者は 19UA から 24KM までスク
リーンの位置を調整する操作で確かめ体感し, 光
記号
//
学台と AR 教材をリンクさせている。
発話の重なり。
(5) 5秒の沈黙
29
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このように AR 教材を使用した約3分間の中で,
表 5 AR 実践1におけるグループαの様子
OA 生・IS 生・KM 生・UA 生:グループαの学習者
02IS 生のように物体を動かして凸レンズに近づけ
01 OA 生
こっち<物体>を動かすの?
たり遠ざけたりする操作が3人によって計9回行
02 IS 生
≪物体を凸レンズから遠ざける≫
われていた。この AR 実践1における操作が多かっ
03 OA 生
≪物体をモニタに映らないところま
で遠ざける≫
たのか,光学台のみで行った実験②と比較するこ
04 OA/UA
あっ消えた。
間の活動である。表6のように,どのグループも
05 UA 生
そこまで行ったら消えるみたいな。
AR 教材を使用した場合の方がより多く実験操作を
06 IS 生
これ<物体>が画面に映らなきゃい
けないの?
行っていた。
07 UA 生
≪物体を凸レンズに近づける≫
08 OA 生
うわー。
09 UA 生
≪物体をモニタに映らないところま
で遠ざける≫
とで検証した。実験②は5分間,AR 実践1は3分
AR 実践1における学習者の姿から,AR 教材を
使用することで,短時間で実験操作を繰り返し行
うことができ,像の変化を連続的にとらえられる
学習者が育成されることが明らかになった。
10 OA/KM/IS うわーぁ、おーお、うあはは。
11 UA 生
12 OA 生
13 授業者
14 全員
4.3 AR 実践2の分析
≪物体を焦点距離の2倍付近で遠ざ
けたり近づけたりを2回繰り返す≫
1) 学習者の活動の様子
でけ。ちっちゃ。
≪画面に表示された像を指さす≫
これにね、実はちゃんと合っている
んですよ。ほらこの辺かな。
≪スクリーンの位置を合わせる≫
うわー。
表7は,AR 実践2におけるグループαの発話と
活動の様子の一部である。物体が焦点距離の2倍
の位置にある場合についての作図をクラス全体
で確認した。その後,グループごとに AR 教材を
操作し,物体が焦点距離の2倍より近い位置にあ
21 UA 生
ほんとだ。
じゃあちょっと遠ざけてみてくださ
い。
≪物体を遠ざける≫
≪スクリーンの位置を合わせる≫
そうすると合う場所がここら辺です
か?
≪物体を近づける≫
≪スクリーン位置を調節し,実際の
像がはっきりうつる位置を探す≫
≪スクリーンの位置を微調整する≫
22 OA 生
斜めから見ているかな?
ため AR 教材を再び操作している。また,この後
23 KM 生
もうちょっと前でしょ。
に作図しようとする場面である焦点距離の2倍
24 KM 生
≪スクリーンの位置を微調整する≫
15 OA 生
16 授業者
17 UA 生
18 授業者
19 UA 生
20 OA 生
る場合についての作図をしている場面である。
まず,02OA, 06KM のように実験を想起し,これ
から作図する状況(物体と凸レンズの位置関係)
と関連付けながら作図を始めようとしている。
UA は 07UA「はい、終わり。
」と,この場面での
作図を終え,その後はグループメンバーからの確
認に応対している。しかし,15UA では自分で作図
した結果と実験結果が一致しているか確認する
よりも遠い位置についても確認している。これに
対して,OA は AR 教材のモニタが自分の確認した
い場面でなくなっていることから,16OA「で、ち
表6 物体を動かして像を確認した回数(回)
グループ
実験②
AR 実践1
α
5
9
β
2
12
γ
5
9
平均
4
10
ょっとちょっとみえないよー、ちょっとちょっ
と。」と発言し,自分で作図した結果と実験結果
が一致しているか確認しようとしている。
このように学習者が AR 教材によって実験と関
連付けながら作図している姿が見られた。
30
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表7 AR 実践2におけるグループαの様子
そしたら、ここ終わったら焦点通っ
01 UA 生
て曲がるから、ドゥイーってなって、
どこまでいくかわからない。
これは2倍じゃないんだよね。
02 OA 生
04 KM 生
05 IS 生
06 KM 生
回答させた。それぞれの項目について,肯定的な
回答をした人数と,それ以外の回答をした人数を
算出し,人数の偏りについて直接確率計算を行っ
た。表8は,それぞれの回答者数と平均,直接確
(30)
03 OA 生
ない」「1:まったくそう思わない」の4件法で
率計算の検定結果を表している。すべての項目で
やばーい2番<焦点距離の2倍の位
置>のとこに書いちゃった。
これ3番<焦点距離の2倍より近い
位置>だよね。
うん3番です。
肯定的な回答が否定的な回答に対して有意に多
かった。質問項目「実験と作図の関係が分かった」
に対する回答からも分かるように,学習者は作図
と規則性について意識しながら取り組んだことが明
ってことは、こればかでかくなるん
だ、映った像が。
らかになった。
07 UA 生
はい、終わり。
08 KM 生
5
10 UA 生
えっ、はやいね、ちょっとまってよ。
こう通って、こう?
UA、こう通って、こう?
うん、そう。
11 KM 生
こう通って、こう?
うに AR 教材を利用し,
「規則性」を理解していく
12 UA 生
うん、そう。
のか調査した。学習者は,AR 教材により,短時
13 IS 生
こう通って、またまっすぐ行ってか
らのーでしょ。
間で実験操作を繰り返し行うことができ,像の変
14 OA 生
そう、まっすぐ行ってからのー、焦
点通りーみたいな。
た。また,実験と作図を比較して関連付けながら
15 UA 生
≪物体を動かしながら他の位置につ
いて確認する≫
で、ちょっとちょっとみえないよー、
ちょっとちょっと。
≪物体を元の位置に戻す≫
09 OA 生
16 OA 生
17 UA 生
18 KM 生
まとめ
本研究では,AR 教材を用いた「凸レンズの働き」
の授業実践について分析を行い,学習者がどのよ
化を連続的にとらえられることが明らかになっ
そしたら UA ちゃんちょっといい?
≪U のワークシートをのぞきこむ≫
光の道筋を作図することができた。
これら学習者の姿から,AR 教材は課題として
挙げた「凸レンズの働き」を理解するプロセスの
B(凸レンズを通る光の道筋をイメージする)と D
(作図と実験を関連付ける)を支援できたと言え
る。また,AR 教材の利点が明らかになった。学
習者が操作する光学台に光の道筋や像,レンズの
表5,表7でも表れているように,連続性を加味
軸,レンズの中心,焦点が重畳表示されることで
した上で作図と実験を関連付ける姿が見られる。作
ある。この機能により,短時間で実験操作を繰り
図と実験を関連付けることを学習者が意識している
返し行うことができるため,像の変化を連続的に
かを確認するために意識調査をした。質問項目は,
とらえられる学習者が育成されることが明らか
5項目であった。それぞれについて「4:とても
になった。また,実験と作図を関連付けながら学
そう思う」
「3:ややそう思う」「2:あまり思わ
習を進められたりするため,「規則性」の理解が
表8
意識調査(N=11)
質問項目
4
3
2
1
平均
凸レンズによって像ができるしくみが分かった
3
8
0
0
3.27 p=0.0005 **
凸レンズによってできる像の規則性が分かった
1
10
0
0
3.09 p=0.0005 **
実験と作図の関係が分かった
3
7
1
0
3.18 p=0.0059 **
AR 教材の画像は見やすかった
7
4
0
0
3.64 p=0.0005 **
AR 教材は学習に役に立つと思う
7
4
0
0
3.64 p=0.0005 **
31
検定の結果
科教研報 Vol.28 No.3
促進された。
今後の課題は,今回明らかになった AR 教材の
利点を踏まえて,AR 教材の改良を行ったり,他の
単元での教材開発を行うことである。また,AR 教
材を活用しない「凸レンズの働き」の学習に対し
ても示唆を提供できるものと考える。
参考文献
麻柄啓一・岡田いづみ:「レンズと像」に関する
ルール適用はなぜ難しいのか, 教授学習心
理学研究,2(1), 12-22, 2006.
小松祐貴・渡邉悠也・桐生徹・中野博幸・久保田
善彦:AR 技術を使った「凸レンズの働き」教
材の開発と評価, 日本理科教育学会北陸支
部大会(2013)研究発表要旨集,32 ,2013a.
小松祐貴・渡邉悠也・鬼木哲人・中野博幸・久保
田善彦:月の満ち欠けの理解を促す AR 教材
の開発と評価. 科学教育研究, 37(4),
307-316, 2013b.
文部科学省: 中学校学習指導要領解説理科編,
27-29,2008.
佐久間彬彦・定本嘉郎:レンズを通る光線の作図
と結像の理解, 物理教育,58(1),12-15,
2010.
佐久間彬彦・定本嘉郎・牧井創:レンズを通る光
の道筋と像に関する教材開発と授業実践,
物理教育,59(1), 14-19, 2011.
白石一雄・定本嘉郎:レンズを通る光と像に関す
る ICT 教材の開発,物理教育,60(2),
pp,115-116, 2012.
山下修一:凸レンズが作る実像・虚像に関する作
図能力と理解状況, 理科教育学研究,51(3),
145-157, 2011.
32
科教研報 Vol.28 No.3
溶解度の学習で用いられる曲線グラフと棒グラフによる複合グラフの読解に関する研究
Research on reading comprehension of the compound graph of a curve graph and a bar graph
which are used by study of solubility
○荻野伸也*,桐生徹**,久保田善彦***
OGINO, Shinya* KIRYU, Toru** KUBOTA, Yoshihiko ***
*
上越市立城北中学校,**上越教育大学教職大学院,***宇都宮大学
*
Jouetsu municipal Johoku junior high school ,**Jouetsu University of Education teacher graduate school,
***
Utsunomiya University
[要約]本研究は,溶解度の学習などで用いられる,曲線グラフと棒グラフの両方が記載された複合グ
ラフの読解能力に関して調査・分析を行ったものである。中学校 2,3 年生を対象に実態調査を
した結果,学習済みでも,複合グラフの読解は困難であった。また,誤答分析の結果,領域を
含めて溶解度曲線の性質を理解していないことが読解が困難となる要因としてあると分かった。
そこで,実験から溶解度曲線を作成する活動と,領域についての説明を盛り込み,授業実践を
行った。その結果,この 2 つの指導が,複合グラフの読解能力の育成に繋がると分かった。
[キーワード]
グラフ読解能力, 溶解度, 複合グラフ, 領域
1.問題の所在
ている。また顧・谷(2007)も,アニメーションを用
理科の学習において,観察・実験のデータをグラフ
いた効果を報告している。しかし,生徒にどのような
化することは,測定数値の規則性や関係性の発見に繋
知識や技能が備わり,複合グラフの読解能力が育成さ
がる。中学校理科の内容においても,グラフの活用は
れたのかは明らかにされていない。
同様に,複合グラフが用いられる中学校 1 年の溶解
重要な要素である。それ故,これまで生徒の実態に関
する研究が数多く成されてきた。例えば岡本ら(2010)
度の学習では,学習者の多くが,複合グラフはもちろ
は,
「実験結果から得られるグラフは直線形になるも
ん,曲線グラフも初見である。加えて生徒は,小学校
のと思い込んでいるものが多い」ことや「既知のグラ
5 年「もののとけかた」の学習で,溶解度を棒グラフ
フ形を根拠にして結論を導き出す傾向を見せる」こと
で表記した経験をもつ。しかし,複合グラフでは,溶
から,既有知識が大きく影響を及ぼすことを報告して
解度を溶解度曲線で表し,容器内にある物質の量を棒
いる。また中村・小嶋(1997)は,グラフ作成の多く
グラフで表してある。この現状から考えると,多くの
の場面において,教師の指示に従って,問題意識やグ
生徒にとって負荷が高い学習内容といえる。しかし,
ラフ作成の必要感もなく取り組んでいる実態を報告
効果的な指導法は,まだ明らかにされていない。
上記の背景を受け,
本研究の目的を次の 2 点とする。
している。これらから,グラフの活用は,生徒にとっ
て多くの問題を抱えていることが伺える。
第 1 に,この複合グラフの読解に焦点を当て,溶解度
また中学校理科では,グラフを作成する過程を省略
について学習済みの中学校 2,3 年生を対象に実態調
し,教科書等に記載されているグラフから現象を分
査をし,読解に必要な知識や技能を明らかにする。第
析・解釈する学習事項もある。例えば,溶解度や飽和
2 に,分析結果を基に,有効な指導法について検討・
水蒸気量の学習で用いられるグラフである。この学習
実践・評価することである。これにより,複合グラフ
で用いられるグラフは,曲線グラフと棒グラフの 2 種
の指導について提言できると考える。
類が同一グラフ上に記載されている。学習者は,この
グラフから現象を分析し,解釈する。棒グラフや曲線
2.実態調査について
グラフの 1 種類ではなく,複合表記されたグラフ(以
1)調査対象
新潟県内中学校 2,3 年生 145 人(2 年生 71 人,3
下,複合グラフと称す)の読解能力が必要となる。
この複合グラフの読解能力の育成を目指し,榊原ら
年生 74 人)で調査をした。この生徒達は,教科書の
(2009)は,中学校 2 年の飽和水蒸気量の学習におい
内容に則して溶解度の学習を行っている。
て,水蒸気柱モデルを作成し,使用時の効果を報告し
2)調査時期
33
科教研報 Vol.28 No.3
2013 年 6 月
3)調査方法
ら,読解が困難となる要因の分析を試みた。
1)現在の溶解量に関する問題の分析
図 1 より,正答者 103 人であった。対して,誤答者
質問紙による複合グラフ問題の調査
4)実態調査の結果
調査に用いた問題と,各問題の正答者人数(正答率)
を図 1 に示す。
は 42 人となる。この問題では,棒グラフのX軸とY
軸の値を読み取る。しかし,誤答者の 20 人がY軸の
値を,4 人がX軸の値をそれぞれ曲線から読み取った。
複合グラフには,棒グラフと曲線グラフの 2 種類が
〇水 100g を入れたビーカーA をあたためて,ある物質をとか
表記されている。そのため,この 24 人の中には,読
します。図の棒グラフ A は,ビーカーA が今何℃で,物質
解方法は理解していたが,一方の値を読み取る際に,
がどのくらいの量とけているかをしめしています。曲線グラ
誤って曲線グラフに視点移動をした生徒もいると推
フは,物質が水 100g にとける限度の量を表しています。
測される。2 種類のグラフがあることで,読むべき点
【4 問全問正答 23 人(16%)
】
1)現在の溶解量に関する問題
が焦点化されないという要因があるといえる。
2)現在の溶解可能量問題の分析
図 1 より,正答者 65 人であった。対して,誤答者
ビーカーA は今何℃ですか。また何 g とけていますか。
【103 人(71%)
】
2)現在の溶解可能量に関する問題
は 80 人となる。この問題では,棒グラフと曲線グラ
フのY軸の値の差を求める。誤答者のうち,18 人がグ
ビーカーA に物質はまだとかすことができますか。
とかせま
ラフに表記された溶解度曲線の最大値と現在の溶解
せんか。とかせるならば,あと何gとかせますか。
度の差を,5 人が溶解度曲線の最大値と最小値の差を
【65 人(45%)
】
3)温度上昇時の溶解可能量に関する問題
求めていた。この生徒達は,現在の溶解量を表してい
る棒グラフを視野に入れずに読み取りを行ったと考
ビーカーA を 80℃まであたためると,物質はまだとかすこ
えられる。またこの設問で,物質を更に「溶かせる」
とができますか。とかせませんか。とかせるならば,あと
のか「溶かせない」のかを選択させたところ,41 人が
何gとかせますか。 【44 人(30%)
】
「溶かせない」を選択した。この生徒達は,小学校 5
4)再結晶する温度に関する問題
ビーカーA を 20℃まで冷やしていく途中で,ビーカー中で
年の学習で溶解度を棒グラフ表記した記憶が残り,棒
グラフが限界量を表すと捉えている可能性がある。
複合グラフにおいて,曲線グラフは溶解度曲線を,
ある変化がおきます。それは何℃以下でおきますか。
【37 人(25%)
】
棒グラフは現在容器内にある物質の質量を表してい
る。問題文章中にもその記述はされている。しかし,
上記 3 つのパターンの誤答者計 64 人の中には,棒や
曲線グラフが,どのような値をグラフ化したものなの
かを理解していなかった生徒もいると推測される。棒
や曲線グラフの値が何を示しているのか,その意味を
理解していないことも,困難になる要因といえる。
さらにグラフの意味理解について,詳しく分析を試
みる。複合グラフに示された曲線グラフは溶解度曲線
図1 複合グラフの読解調査で用いた問題と正答人数
である。溶解度曲線は,各温度の溶解度を結んだ線グ
ラフである。そのため複合グラフ上では,容器内に入
4.実態調査の分析
複合グラフの読解について,図 1 の 4 つの設問で調
れた物質の質量と現在の温度を表した棒グラフを視
野に入れ,その位置関係を考慮しなければならない。
査した結果,完全正答者は 145 人中 23 人であった。
その 1 つに,複合グラフの読解時には,溶解度曲線に
複合グラフについて学習済みの中学校2,
3 年生でも,
よって隔てられた領域によって容器内の状態が異な
読解が困難な実態が伺える。そこで,各設問の誤答か
ることを理解しておかなければならない。複合グラフ
34
科教研報 Vol.28 No.3
では,棒グラフの頂点が溶解度曲線の下の領域にあっ
要因 1:2 種類のグラフが同一グラフ上に表記される
ため,読むべき点が焦点化されない。
た場合,容器内の物質は全て溶ける。上の領域にあっ
た場合,物質は溶け残る。この違いの理解について,
要因 2:棒グラフ,曲線グラフがどのような値をグラ
図 2 の設問にて調査をした結果,正答者は 145 人中
74 人,正答率 51%であった。また,領域の理解と現
フ化したものなのかを理解していない。
要因 3:溶解度曲線の性質を理解していない。
在の溶解可能量問題には中程度の相関が見られた
この要因のうち,要因 1 と要因 2 は,問題演習等で
(r=0.495,F= 46.30,df1=1,df2=143,P<.01 )
。
解消が可能と考える。しかし要因 3 については,従来
調査に用いた複合グラフは,棒グラフが溶解度曲線
も指導してきた内容である。分析結果を踏まえ,指導
より下の領域に表記されている。容器内の物質は,全
法を見直す必要があると考える。
て溶けている状態である。しかし,領域について理解
1)教科書分析
していない生徒は,複合グラフから現状を把握できて
読解を困難にする要因 3 を改善するため,まず教科
いないと考えられる。それぞれのグラフがどのような
書 5 社の表記を分析した。分析は,溶解度の温度変化
値を示しているのか,その意味理解ができていないこ
に関する実験の扱いと,複合グラフ上の棒グラフの表
とに加え,領域によって容器内の状態が違うことなど,
記の比較を行った。各社の表記を表 1 に示す。例えば
溶解度曲線がもつ性質について理解が不十分なこと
A 社では,溶質 3g を 50℃まで加熱することを指示さ
も読解を困難にする要因であると分かった。
れている。また,複合グラフ上に示された棒グラフは,
飽和状態を表すものと,そこから温度を下げ,再結晶
〇 右のグラフは,水 100g にある物質を限界までとかした
時のようすを表したものです。曲線より下の A の部分は
した場合の 3 本の計 4 本の棒グラフが示されている。
表 1 教科書会社 5 社の表記の比較
何を表していますか。
A社
B社
C社
D社
E社
実験の方法
複合グラフに上に示された棒グラフ
溶質 3g を
50℃まで加熱
溶質 3g を
60℃まで加熱
溶質 5g を
60℃まで加熱
溶質 3g を
50℃まで加熱
溶質 3g を
50℃まで加熱
飽和状態,再結晶時の 3 本の計 4 本
曲線を境に色を区別
飽和状態,再結晶時の計 2 本
曲線を境に色を区別
飽和状態,再結晶時の計 2 本
曲線を境に色を区別
飽和状態,再結晶時の計 2 本
曲線を境に色を区別
温度上昇,飽和状態,再結晶時の計 3 本
曲線を境に色を区別
図 2 溶解度曲線の領域に関する調査問題
中学校学習指導要領(2008)では,溶解度について
3)温度上昇時の溶解可能量問題,再結晶する温度の
「水溶液から溶質を取り出す実験を行い,その結果を
問題の分析
溶解度と関連付けてとらえること」とある。また溶解
温度上昇時の溶解可能量問題や再結晶する温度の
度曲線は「溶解度曲線にも触れること」とある。その
問題は,図 1 より,現在の溶解可能量と比較して正答
ため,どの教科書会社も,水溶液を加熱後,再結晶や
者が少ない。複合グラフ上で温度変化が伴う問題では,
蒸発乾固させる実験を掲載しているが,実験に用いる
棒グラフを指定された温度まで移動させて読み取り
溶質の質量や加熱する温度の上限をあらかじめ指定
を行う。しかしその操作は,棒グラフの値の意味理解
している。また 5 社中 4 社が,実験に関する記載の前
や,溶解度曲線の性質を理解した上で成り立つ。その
に,溶解度曲線の説明を行っている。そこに用いられ
ため,現在の溶解可能量問題と比較し,正答者数が少
る複合グラフでは,曲線を境に棒グラフの色を区別し,
ないと考えられる。
再結晶量を視覚的に分かりやすくしている。しかし 5
社中 4 社には,溶解度曲線の下の領域に棒グラフの頂
5.複合グラフ読解の指導法についての考察
実態調査より,複合グラフの読解を困難にする要因
点がある場合の記載が見られない。このことから,次
の 2 つの活動が複合グラフの読解に繋がると考えた。
に次の 3 点があるといえる。
35
科教研報 Vol.28 No.3
・5 時 複合グラフの問題を班で演習
2)実験結果から溶解度曲線を作成する活動
教科書の実験方法を複合グラフ上で考えると,Y 軸
・ポストテスト(2 週間後)
,遅延テスト(2 ヶ月後)
に設定した質量 1 つについて,X 軸の変化を観察する
4)プレテスト,ポストテスト,遅延テストについて
ことになる。この方法では,溶解度の温度変化と溶解
実践にあたり,4 ヶ月前にプレテストを実施した。
度曲線を関連づけて理解できない生徒もいると推測
プレテストは,実態調査と同じ複合グラフ問題 4 問で
される。そこで,実験に以下の工夫点を加えた。
調査をした。また,手立て①は溶解度の温度変化につ
まず硝酸カリウムの質量を班毎に変え,班内でも異
いて,手立て②は領域についての理解をねらっている。
なる質量を用意する。そして,硝酸カリウムが溶けき
それぞれの知識が備わることが,複合グラフの読解に
る温度の測定を行う。測定結果は共有し,学級で溶解
繋がると考える。そこで,
「溶ける量に限界はあるの
度曲線を作成する(以下,手立て①と称す)
。
か」
,
「限界の量は温度が上がるとどうなるのか」
,
「限
この実験方法は,班内でも異なる質量を用いるため,
界の量は温度が下がるとどうなるのか」の溶解度の温
現象を理解する上で比較対象がある。それ故,
「温度
度変化に関する 3 問,図 2 と同じ領域の問題 1 問をプ
が上がれば溶かせる量が増える」という溶解度の変化
レテストに取り入れた。
について,従来の方法より視覚的に捉えられると考え
また指導直後のポストテスト,実践の 2 か月後の遅
た。また,測定した温度を用いて実際にグラフを作成
延テストでは,プレテストと同じ問題を実施した。3
することにより,体感を通して,溶解度の温度変化を
つの結果を比較し,指導の効果を検証することとした。
含む溶解度曲線の理解が促せると考えた。
5)授業の実際
授業では 第 2 時に手立て①を実践した。手立て①
3)領域の説明
中学校 2,3 年生の実態調査の結果から,溶解度曲
は,実験から溶解度曲線を作成する活動である。班毎
線の領域に関して,従来の指導法では充分に理解して
に 2 種類の質量の硝酸カリウムを用意し,湯煎で溶け
いるとはいえない。教科書の複合グラフでも,容器内
きる温度を測定した。その後流水で冷やし,再結晶を
に入れた物質の状態は理解しにくいといえる。これま
確認した。各班の溶解温度の測定結果を共有し作成し
で教師が見落としがちな指導事項と考える。
たグラフは,本来の硝酸カリウムの溶解度曲線とは異
そこで,複合グラフでは,棒グラフが上下どちらの
なるが,
「溶解度は温度が上がると増える」ことは把
領域にあるかによって容器内の状態が異なることに
握できる形状となっていた。ワークシートに記述させ
ついて説明をすることとした(以下,手立て②と称す)
。
た溶解度の温度変化に関する考察から,
「水に溶ける
溶解度曲線がもつこの性質についての理解が,複合グ
量に限界はある」は 16 人全員,
「限界の量は温度が上
ラフの読解に繋がると考えた。
がると増える」
,
「温度が下がると減る」については 16
人中 13 人が理解したことが読み取れた。
手立て②の溶解度曲線の領域に関する説明は,第 4
6.授業実践について
1)実践対象
新潟県内中学校 1 年生 16 人
2)実践時期
時の複合グラフの説明時間に組み込んだ。説明時には
プレゼンテーションソフトを使用し,温度変化時の棒
グラフの操作についても理解を促した。
2013 年 6 月
3)実践単元
第 5 時には,複合グラフの演習問題を班で取り組ま
せた。演習問題は,実態調査と同じく,現在の溶解量,
中学校 1 年「水溶液」にて実践した。指導の流れは
現在の溶解可能量,温度上昇時の溶解可能量,再結晶
以下の通りである。
する温度に関する問題の 4 問を取り組ませた。ワーク
・プレテスト(4 ヶ月前)
シートの記述から,班員との活動で理解が促進され,
・1 時 溶解現象・濃度の説明
16 人全員が 4 問全問正答であったことが読み取れた。
・2 時 溶解度の実験(手立て①の実施)
・3 時 溶解度・再結晶の説明
7.授業実践の結果
・4 時 複合グラフの説明(手立て②の実施)
1)複合グラフの読解について
36
科教研報 Vol.28 No.3
実態調査と同じ 4 つの設問で調査した結果,各問題
の正答人数(正答率)は表 2 のようになった。
表 2 複合グラフ各問題の正答人数
N=16
プレ
ポスト
遅延
現在の溶解量
9(56%) 14(88%)
16(100%)
現在溶解可能量 4(25%) 16(100%)
14(88%)
温度上昇
1(6%)
14(88%)
14(88%)
再結晶温度
0(0%)
15(94%)
14(88%)
4 問完全正答
0(0%)
12(75%)
14(88%)
2)溶解度の温度変化について
溶解度の温度変化に関する理解を「溶ける量に限界
はあるのか」
,
「限界の量は温度が上がるとどうなるの
か」
,
「限界の量は温度が下がるとどうなるのか」の 3
問で調査した。その結果,プレテストでは 16 人中 8
人(50%)
,ポストテストと遅延テストでは 16 人中 15
人(94%)が 3 問全問正答であった。
3)領域の理解について
図 2 に示した問題で調査をした。その結果,プレテ
ストでは 16 人中 10 人(63%)が,ポストテストと遅
延テストは共 16 人全員が正答であった。
8.授業実践の分析
1)複合グラフの読解について
表 2 より,授業実践後のポストテストでは,完全正
答者が 16 人中 12 人であった。2,3 年生の実態調査
結果(145 人中 23 人)と比較すると,有意に多かっ
た(直接確率計算,p<.05)
。さらに,分散分析をした
結果,プレテストから有意な上昇がみられた。実践の
効果はあったといえる(F(1,15)=131.49, p<.05)
。ま
た 2 ヶ月後の遅延テストでは,16 人中 14 人が完全正
答で,ポストテスト時より増えた。この増加は,ポス
トテストの結果と分散分析したが,有意なものではな
かった(F(1,15)= 0.07 ,p=ns)
。ポストテストで得た
結果,ポストテストでは 16 人中 15 人,遅延テストで
も同じく 16 人中 15 人が全問正答であった。この問題
の調査は2,
3 年生の実態調査においても行っていた。
その結果は 145 人中 106 人が全問正答であった。実践
した生徒の正答率は事態調査をした 2,3 年生と比較
すると有意に多かった(直接確率計算,p<.05)
。さら
に,溶解度の温度変化に関する知識と,複合グラフ問
題の正答数の相関を調査した結果,中程度の相関が見
られた(r=0.686,F= 14.22,df1=1,df2=15,p<.05)
。
これらから,溶解度曲線を作成する実験は,複合グ
ラフ読解の有効な手段の 1 つといえる。
3)領域の理解について
複合グラフの読解の手立て②は,溶解度曲線の領域
の理解を目指したものである。図 2 の問題にて調査し
た結果,ポストテスト,遅延テスト共に 16 人全員が
正答であった。2,3 年生の実態調査結果(145 人中
74 人)と比較し,有意に多かった(直接確率計算,
p<.05)
。また,領域に関する知識と,複合グラフ問題
の正答数の相関を調べたところ,相関は見られなかっ
た。領域に関して全員が正答であったため,統計上こ
の結果になったと考える。
これらから,領域に関して説明を行うことは,複合
グラフの読解の有効な手段の1つと考える。
4)誤答者(生徒 A)の分析
遅延テストで誤答であった生徒は,16 人中 2 人(生
徒 A,生徒 B)であった。この 2 人は,共に現在の溶
解量問題以外は誤答であった。ここでは生徒 A を事例
に,読解ができなかった要因を探る。
生徒 A は,ポストテスト段階では,温度上昇問題の
み誤答であった。この要因について,まず,5 時に実
施した班別演習場面の発話から分析した。温度上昇問
題に関する発話を下に示す。
生徒 C:これ,答え 30g。
実態を遅延テストでも維持しているといえる。
生徒 D:30? 30? よく見ろよ。
これらから,実践した授業は,複合グラフの読解能
教師 :説明してあげてください。
力の育成に効果があり,実践により身についた知識や
生徒 D:40-20 は何なんだよ?
技能は,2 か月後も維持していると考えられる。
80℃の限界は 40g になっているだろ?
2)溶解度の温度変化について
今 20g なんだから,40―20 になるだろ?
複合グラフ読解のための手立て①は,実験から溶解
生徒 C:あっ。
度曲線を作成する活動である。これにより,溶解度の
温度変化について理解が促されると考えた。
溶解度の温度変化について 3 つの設問で調査をした
生徒 A:20 だよね。適当だったけど当たった。
この内容から,生徒 A は正答であったが,温度上昇問
題の読解において,必要な操作を理解していないこと
37
科教研報 Vol.28 No.3
が読み取れる。
また,この時間のワークシート記述を図 3 に示す。
であった。複合グラフの読解は困難といえる。誤答分
析をした結果,
「2 種類のグラフが同一グラフ上に表記
この記述から,生徒 A は,棒グラフを指定された温度
されているため,読むべき点が焦点化されない」,
まで移動させる操作は理解していることが読み取れ
「棒・曲線グラフがどのような量を表しているのか理
る。しかし,溶解度曲線と棒グラフの値の差を読み取
解していない」,「溶解度曲線の性質を理解していな
る操作は行わず,棒グラフの値で解答していることも
い」という要因があると分かった。中でも,溶解度曲
読み取れる。生徒 A は,この操作により得た解答が偶
線の性質の理解には,指導法を工夫する必要があった。
然正答であったため,グラフ操作は理解したが,その
そこで,溶解度曲線の性質の理解を促すため,実験
意味理解まで及んでいなかったと考える。実際,ポス
から溶解度曲線を作成する活動と,領域についての説
トテストでも,棒グラフの移動操作は行っているもの
明を工夫点として加え,授業実践を行った。その結果,
の,差は読まず,棒グラフの値で解答していた。
2 ヶ月後の遅延テストでも複合グラフ問題の完全正答
率は 88%であった。この 2 つの活動は,複合グラフの
読解能力の育成に繋がると分かった。
9.今後の課題
実態調査では,温度変化が伴う複合グラフ問題では
正答者が少なかった。この時の誤答者には,溶解度曲
線の性質は理解しているが,指定された温度への棒グ
ラフの移動操作を誤って行っているものもいる可能
図 3 生徒 A の温度上昇問題のワークシート記述
性もある。この指導法の検討が必要である。また,同
じく複合グラフを用いた飽和水蒸気量の学習におい
さらに 2 ヶ月後の遅延テストを分析すると,複合グ
て,どのような実験で飽和水蒸気量曲線の理解を促す
ラフ問題が読解できなかったことに加え,溶解度の温
のか,実験方法の検討,検証,評価を行っていきたい。
度変化について「温度が上がると,溶ける限界の量は
減る」
,
「温度が下がっても溶ける限界の量は変わらな
引用文献
い」と捉えていた。この概念は,手立て①の実験にお
中村重太・小嶋秀一:理科学習における科学的能力育
いて記述させた考察にも現れていた。
成のための一考察,日本科学教育学会研究会研究
これらから,生徒 A は,複合グラフ読解に必要なグ
報告,第 12 巻,第 2 号,37-42,1997
ラフの操作に関する知識を得る以前に,実験から溶解
岡本英治・山下雅文・小茂田聖士・蔦岡孝則・梅田貴
度の温度変化について把握することができなかった
士・前原俊信:実験データの科学的解釈に関する
といえる。そのため,ポストテストでは,グラフ操作
基礎研究(2)―グラフの解釈を活かした授業を
は記憶に残っていたが,その意味理解までは至らず誤
探る―,広島大学学部・附属学校共同研究機構研
答であり,2 ヶ月後の遅延テストでは,グラフ操作の
究紀要,第 38 号,301-306,2010
記憶も薄れ,誤答となったと考える。読解のための手
顧萍(王百合)
・谷雅美:中学校理科におけるコンピ
立て①の実験については,より多くの種類の質量で実
ュータを活用した教材づくりとその効果―飽和
験を行うなど,更なる工夫が必要といえる。
水蒸気量について―,和歌山大学教育学部教育実
践総合センター紀要,第 17 巻,85-91,2007
8.まとめとして
榊原保志・小高正寛・中野潔・大日方雄一・湯本めぐ
本研究は,曲線グラフと棒グラフの両方が記載され
み:水蒸気柱モデルを用いた気温の変化に伴う水
た複合グラフの読解能力に関して調査・分析を行った
蒸気⇔水滴の変化・湿度に関する学習,日本理科
ものである。中学校 2,3 年生を対象に実態調査をし
教育学会第 59 回全国大会要項,338,2009
た結果,
複合グラフの 4 つの設問の完全正答率は 16%
38
科教研報 Vol.28 No.3
欧米の科学教育における教師用指導資料の特徴
-実験計画場面を中心に-
Studies in the Contents of Teacher’s guide in European and American Science Education
:Focusing on Planning a Scientific Inquiry
○鈴木禎弘,稲田結美
SUZUKI,Yoshihiro INADA,Yumi
上越教育大学大学院
Graduate School of Education, Joetsu University of Education
[要約]
本研究では,欧米の科学教育における教師用指導資料 Learning and Assessing Science
Process Skills および AKSIS Investigations を横断的に分析した。その結果, Learning and
Assessing Science Process Skills で 4 点,AKSIS Investigations で 5 点の実験計画場面に
おける特徴が明らかとなった。また,2 種類の教師用指導資料の共通点として,次の 4 点の
特徴が明らかとなった。(1)教師が指導内容を見通すことができるように,段階を追って学習
内容が配列されていること。(2)生徒のスキル習得状況を把握するために指導内容が細分化さ
れていること。(3)科学的な知識の習得を目的とせず,特定のスキルを指導することに焦点化
していること。(4)ペアおよびグループ学習をベースとして活動が計画されていること。
[キーワード]探究,実験計画,プロセススキルズ,指導法
1 はじめに
急に検討する必要があると考える。
平成 20 年告示の中学校学習指導要領における
科学の方法であるプロセススキルズをもとに,
理科の目標では,科学的に探究する活動が重視さ
科学的に探究する能力を育成することの必要性
れ,探究する際には,観察,実験の計画を立てる
は,昭和 44 年中学校学習指導要領で示されて以
過程が重要であることが示された。このような過
来,現在の小学校学習指導要領にも踏襲されてい
程が重視されるのは,探究の能力を育成するため
る。さらに中学校理科では,小学校において習得
だけではなく,村山(村山,2013)が言及してい
した能力を踏まえて探究する能力の育成に取り
るように,生徒が目的をもち自分事として観察,
組むことが示されている。しかし,日本では,探
実験を行うことにつながると考えられているか
究の能力を育成することに着目した指導教材は
らである。しかし,平成 24 年度中学校理科教育実
ほとんど開発されていない。そこで,Rezba らに
態調査(科学技術振興機構理科教育支援センター,
よって開発されたプロセススキルズの育成を目
2013)では,授業中に実験を計画させている中学
的 と し た 教 師 用 指 導 資 料 Learning and
校教師は少なく,生徒にとっての観察,実験は平
Assessing Science Process Skills(Rezba, et al.,
成 24 年度全国学力・学習状況調査(国立教育政
2007)と AKSIS プロジェクトによって提案され
策研究所,2012)から示唆されるように手順を追
た 教 師 用 指 導 資 料 AKSIS Investigations
うだけの活動になっている可能性が高い。そのた
(Goldsworthy, et al.,2000)に着目する。これ
め,中学校理科教育において実験を計画するプロ
らの指導教材を用いた実験計画指導の研究には,
セスを重視した探究活動の具体的な指導法を早
変数を同定する指導法に着目した研究(大嶌ら
39
科教研報 Vol.28 No.3
2009,2013)
,実験活動における変数制御の指導
4
結果と考察
法に着目した研究(大嶌ら,2009)
,データ解釈ス
1)
Learning and Assessing Science Process
キルに着目した研究(宮本ら,2012)等があるが,
Skills の分析結果
多様な要素が含まれる実験活動の手順を記述し
本書は,Rezba らが提唱した 16 のプロセスス
たり,独立変数の値設定や値の範囲設定をしたり
キルズをもとにチャプターが設定されており,6
などの指導法については明らかにされていない。
の基礎的プロセススキルズを指導した後に,10 の
統合的プロセススキルズが続く配列となってい
2 研究の目的
る。これらのチャプターを構成する項目および内
本研究では,欧米の教師用指導資料を分析し,
容に着目して特徴を明らかにしていく。
指導資料の実験計画場面における特徴を明らか
にすることを目的とする。なお,本研究における
(1)
指導内容を網羅するためのチャプター項目
実験計画とは,生徒が問題を把握・設定する段階
この指導資料には,小・中学校の教師にサイエ
から観察,実験の計画を完成させる段階までを指
ンスプロセススキルズを身につけさせることに
すこととする。
よって,生徒にも同様の効果が得られるという発
想から教師教育を意識した項目がチャプターに
3
研究の方法
設定されている。具体的には,学習と関連する国
1)
指導資料 Learning and Assessing Science
家および州の基準を記した“National and State
Process Skills の調査
Standards Connections”,単元の中で身につけさ
調査対象は,Rezba らによって作成されたプロ
せたい能力を記した“Purpose and objectives”,得
セススキルズの教師用指導資料である。本書は,
点がそのまま進路に関わる問題を紹介した“High
理科教科書とは異なり,プロセススキルズの指導
Stakes Testing”,スキルに関する理解を深めるこ
に特化している。本調査では,まずチャプターの
とができる Web サイトなどを紹介した“Websites
構成に見られる指導資料の特徴を明らかにする。
and Search Terms”,生徒の学習到達度を評価す
次に,Rezba らが提唱するプロセススキルズモデ
る方法を示した“A Model for Assessing Student
ルをもとに各スキルの関係性を明らかにする。最
Learning”,そして,生徒にスキルを習得させるた
後に,各スキルの指導用アクティビティを分析し,
めのアクティビティなどである。この他にも,基
アクティビティ 構成に見ら れる特徴,お よび
礎的プロセススキルズのチャプターには,プロセ
Chapter16 Designing Experiments における指
ススキルズが科学教育に影響している事例を紹
導資料の特徴を明らかにする。
介した“Classroom Scenario”や授業での発問例を
示した“Start Kids Thinking”,授業での活用例を
示した“Idea for Your Classroom”などが設定され
2) 指導資料 AKSIS Investigations の調査
調査対象は,AKSIS プロジェクトによって提案
ている。このように,基礎的プロセススキルズに
された教師用指導資料である。本書は,理科教科
含まれている項目の一部が,統合的プロセススキ
書とは異なり,実験における問題設定,実験の計
ルズでは省略されていることから,本書の初めの
画,実験の分析の指導に特化している。本調査で
方では,授業における教師と生徒のやりとりをイ
は,実験を計画することに関係の強い 2 章
メージさせたり,発問を具体的に示したりするこ
Planning a scientific enquiry に着目し,指導資
とが意識されていることが示唆される。以上のこ
料の特徴を明らかにする。
とから,本書では,教師が生徒の進路を見通して
40
科教研報 Vol.28 No.3
スキルを指導できること,教師が生徒にスキル育
徒が辿るべき段階があることが明らかとなった。
成のための指導および評価をできること,教師が
まず,観察スキルにおいては,多くの感覚を用い
学習内容をより深く学ぶための情報を入手でき
て物体を観察する段階,測定を通して量的な観察
ることが重要視されていることが明らかとなっ
を行う段階,物体に起こる変化に目を向けて観察
た。
する段階の 3 段階があるといえる。次に,実験デ
ザインスキルにおいては,デザインに必要な要素
(2)
スキル同士の関係性やスキル指導の順序を
の有無を判別する段階,手順を正確に示す段階,
示すプロセススキルズモデル
デザインに必要な要素と関係する文脈を同定す
Rezba らは,16 のプロセススキルズの関係を建
る段階,デザインを作成する段階の 4 段階がある
物モデルで表している。このモデルは,科学実験
といえる。また,このように段階分けがなされて
に必要となるスキルを家のパーツに例えており,
いることは,生徒のスキル習得状況を評価するこ
家の土台に観察スキル,屋根に実験スキル,土台
とができること,教師が指導の手順に対する見通
と屋根の間に残りのスキルを配置している。この
しをもつことができることにも役立つといえる。
モデルの土台と屋根の間のスキルの配置に着目
すると,観察スキルの上に推論スキル,その上に
(4)
Chapter16 Designing Experiments におけ
予測スキル,仮説設定スキルが続き,その上に実
る特徴
験デザインスキルとなっている。この順序は,科
Chapter16 Designing Experiments では,実験
学実験を行う際の探究過程と対応しており,スキ
デザインスキルの習得を目的として,前述した段
ル同士の関わりを示していることが考えられる。
階ごとに六つの指導用アクティビティが設定さ
なお,本研究における実験デザインスキルとは,
れている。これらのアクティビティおよび生徒の
仮説設定後から実験を始める前までに必要とな
学 習 を 評 価 す る た め の 資 料 “A Model for
るスキルを指すこととする。
Assessing Student Learning”に着目して実験デ
ザインにおける指導資料の特徴的な面を指摘し
(3)
指導用アクティビティにおける段階を追っ
ていく。
た配列
生徒にスキルを育成するための指導用アクテ
①
デザイン構成要素を知るための同定活動
ィビティは,多くの思考を伴わない単純な活動か
Designing Experiments では,実験手順の中か
ら多くの思考を伴う複雑な活動へと徐々に移行
ら,実験デザインの構成に必要な要素を判別させ
する配列となっている。以下に,観察スキルおよ
るアクティビティが設定されている。このアクテ
び実験デザインスキルにおける具体例を示す。
ィビティは,要素を確認したら印をつけるという
・観察:味覚以外のすべての感覚を用いて観察す
単純な活動形式であり,短時間での実施が可能と
る→質的,量的な観察をする→事物,現象の変
なる。また,様々な事例を用いて練習を繰り返す
化を観察する
ことによって,7 種類の要素に対する認識も深ま
・実験デザイン:実験手順にデザインに必要な要
ることが考えられる。
素が含まれているかを確認する→手順を書く
→実験手順からから必須要素に関する文脈を
②
イメージを正確に伝達するための記述活動
Designing Experiments では,活動の手順を記
同定する→実験をデザインする
これらの配列から,各スキルの習得過程には,生
述させるアクティビティが設定されている。この
41
科教研報 Vol.28 No.3
アクティビティは,手順を作成した後に,他者が
への取り組み方の変容を生徒自身が実感できる
実際に行って評価するという活動形式であり,文
可能性も示唆される。
章による作成者のイメージの伝達度をその場で
知ることができる。また,他者の記述をもとに,
(5)
指導用アクティビティにおける科学的な知
自分の記述を見直すことによって,記述内容が向
識の習得を求めない方針
上する可能性も示唆される。
指導用アクティビティでは,科学的な知識の習
得に活用できる題材が扱われている。例えば,タ
③
ンポポ,重曹と酢,電磁石などである。ここでの
デザイン構成要素を文脈から抽出するため
の分析活動
アクティビティには,前述した題材に含まれる科
Designing Experiments では,実験手順を分析
学的な知識を求める設問はなく,スキルを習得さ
し,必須要素に該当する文脈を同定させるアクテ
せるための内容のみが扱われている。このように
ィビティが設定されている。このアクティビティ
科学的な知識の習得を求めない方針は,各スキル
は,①のアクティビティと同様に要素を判別した
におけるアクティビティでも一貫しており,この
うえで,さらに要素を文脈から抜き出す活動形式
教師用指導資料の特徴といえる。
であり,①の段階以上に要素に対する認識が深ま
ることが考えられる。
AKSIS Investigations の分析結果
2)
本書は 4 章で構成されており,実験計画に直接
構成要素をもとに実験をデザインする活動
関連するところは,2 章 Planning a scientific
Designing Experiments では,仮説を検証する
enquiry である。また,この章は 9 節で構成され
ための実験をデザインするアクティビティが設
ており,前半の 7 節は“Unit5 How clear is your
定されている。このアクティビティでは,デザイ
question?”
,
“Unit6 Describing a scientific enquiry
ン構成要素をデザインの中に組み込むこと,およ
clearly”,“Unit7 Improving predictions by sketch-
び自分のイメージを正確に記述することが求め
ing graphs”,“Unit8 Getting useful evidence”
,
られており,実験を見通す能力及び適切なデータ
“ Unit9 Selecting the size of your sample ”,
を集めるための計画をデザインする能力が向上
“Unit10 Introducing repeated measurements”,
する可能性が示唆される。
“ Unit11 How and why to do repeat measure-
④
ments”のように,実験計画を作成するうえで役立
⑤
グループ単位での活動が主となる実験計画
つ内容となっている。残りの 2 節は,“ Unit12
A Model for Assessing Student Learning では,
Setting up a fair test: the sticky-label approach”
,
グループ活動における個人のパフォーマンスを
“ Unit13 Setting up a fair test: the variable table”
評価する項目が設定されている。例えば,話し合
のように,変数同定に役立つブレーンストーミン
いへの参加状況,アイデアの提供,グループでの
グの方法と変数制御をする際に役立つ変数表の
合意形成への貢献度などである。このことは,
使い方をトレーニングする内容が設定されてい
Chapter16 Designing Experiments における活
る。各節には,what to do あるいは strategy の項
動形態が,グループを主としていることを意味し
目がある。この項目では,スキルを育成するため
ており,この教師用指導資料の特徴といえる。ま
の指導展開例がスモールステップで示されてお
た, 4 件法による評価シートを,アクティビティ
り,教師が見通しをもてるように配慮されている。
ごとに実施することを前提としており,話し合い
この展開例における教師の働きかけに着目する
42
科教研報 Vol.28 No.3
と,作業を指示すること,判断するポイントを提
いる。このアクティビティでは,事象の独立変数
示すること,問題の文脈を伝えること,生徒の回
を変化させたときの従属変数の変化を予測し,グ
答に含まれている要点を示すことの 4 種類に分類
ラフの形状を想像することで,自ずと変数間の規
され,正解を伝える働きかけは含まれていない。
則性に着目することが可能となる。また,グラフ
このことから,教師の働きかけの位置づけは,生
に目盛りをつけず,形状を描くことに焦点化して
徒に正解を教えることにあるのではなく,作業を
いることから,変数間の規則性に着目させる際は,
通して目的となるスキル習得を支援することに
思考の負担を軽減することが重要であることが
あるといえる。ここでは,Unit5 から Unit11 ま
示唆される。
での 7 節に着目して実験計画における指導資料の
特徴的な面を指摘していく。
(4)
実験活動を見通させるための値設定
共通の事例に対して異なる変数制御が行われ
(1)
目的を明確にする疑問設定
た独立変数から,適切なものを選択させるアクテ
実験を計画する前に,疑問の中に独立変数およ
ィビティが設定されている。このアクティビティ
び従属変数が含まれていることを判別させるア
では,適切なものを選択する際に,実験中および
クティビティが設定されている。このアクティビ
実験後の様子を想像する必要があり,実験を見通
ティは,反復練習を前提としており,練習を繰り
す能力を向上させる可能性がある。また,題材が
返すほど変数を見抜く能力を向上させる可能性
特定の分野に限定されていないことから,すべて
がある。また,出題した疑問の種類は,2 種類の
の実験活動において活用可能であることが示唆
変数を含む疑問,どちらか一方の変数のみを含む
される。
疑問,そして,どちらも含まない疑問であり,目
的の明確さの違いを生徒自身が実感できる可能
(5)
性も示唆される。
平均値の効果を実感させるためのばらつき
あるデータの使用
測定を繰り返させて,実験の代表となる値を思
(2)
調査内容を的確に把握するための記述評価
考させるアクティビティがある。このアクティビ
疑問における調査内容を正しく解釈している
ティでは,ばらつきのあるデータの中から結果を
文章を選択させるアクティビティが設定されて
代表する値を考えさせており,自ずと平均値の有
いる。このアクティビティでは,独立変数,従属
効性を実感できる可能性がある。また,測定回数
変数および変数間の関係性が文脈に表れている
の増加に伴い,データのばらつきが大きくなる中
かを評価することが求められており,疑問が示す
で,平均値を算出させる活動も含まれており,平
調査内容を的確に把握する能力を向上させる可
均値への有効性はより高まることが期待される。
能性がある。また,6 種類の記述内容に順位をつ
ける回答形式を用いることによって,生徒が苦手
5
とする判断項目が表出し,指導のポイントを絞る
おわりに
本研究では,欧米の教師用指導資料における実
ことにつながる。
験計画場面の特徴を調査した。その結果,次のよ
うな特徴が明らかとなった。まず,教師用指導資
(3)
料 Learning and Assessing Science Process
規則性に着目させるための予測設定
明白な事実に含まれる変数間の関係を示すグ
Skills において,以下の 4 点を挙げることができ
ラフを思考させるアクティビティが設定されて
る。第一に,実験デザインを構成する要素を同定
43
科教研報 Vol.28 No.3
するための活動を行うこと,第二に,イメージを
引用及び参考文献
正確に伝達するための記述活動を行うこと,第三
, et al.
:AKSIS Investigations
Goldsworthy,A.
に,実験デザインを構成する要素を文脈から抽出
Developing Understanding,The Association
するための分析活動を行うこと,第四に,構成要
for Science Education, 2000.
科学技術振興機構理科教育支援センター:
「平成 24
素をもとにして実験をデザインする活動を行う
こ と で あ る 。 次 に , 教 師 用 指 導 資 料 AKSIS
年度中学校理科教育実態調査集計結果(速報)」,
Investigations において,以下の 5 点を挙げるこ
http://www.jst.go.jp/cpse/risushien/seconda
とができる。第一に,目的が明確となる疑問を設
ry/cpse_report_016.pdf , p.74, 2013 (入 手
定するための活動を行うこと,第二に,調査内容
2014.01.29).
を的確に把握するための記述評価活動を行うこ
国立教育政策研究所:
「平成 24 年度全国学力・学習
と,第三に,規則性に着目させるための予測設定
状 況 調 査 」, http://www.nier.go.jp/12chou
活動を行うこと,第四に,実験活動を見通させる
sakekkahoukoku/06chuu_shuukeikekka.htm ,
ための値設定活動を行うこと,第五に,平均値の
2012(入手 2014.01.29)
.
効果を実感させるためにばらつきあるデータを
宮本直樹,大髙泉:
「理科教育におけるデータ解釈の
使用した活動を行うことである。最後に,2 種類
指 導 法 - Learning and Assessing Science
の教師用指導資料における共通点として,以下の
Process Skills を中心にして-」,『日本理科教
4 点を挙げることができる。第一に,教師が指導
育学会全国大会発表論文集』
,第 10 号,p.259,
内容を見通すことができるように,段階を追って
日本理科教育学会,2012.
村山哲哉:
「4 検証計画の立案」
,
『問題解決 8 つのス
学習内容が配列されていること,第二に,生徒の
スキル習得状況を把握するために指導内容が細
テップ』
,pp.92-93,東洋館出版社,2013.
分化されていること,第三に科学的な知識の習得
大嶌竜午,大髙泉:
「実験活動における変数制御の指
を目的としていないこと,第四に,ペアおよびグ
導法の特質-AKSIS プロジェクトの分析を中
ループ学習をベースとして活動が計画されてい
心に-」
,
『日本理科教育学会全国大会発表論文
ることである。現在,日本の中学校理科では,上
集』
,第 7 号,p.277,日本理科教育学会,2009.
述した特徴が見られる場面はない。それにもかか
大嶌竜午,大髙泉:
「実験活動における認知的プロセ
わらず,観察,実験を計画することが重視されて
スとしての変数同定の指導」
,
『日本理科教育学
いる。このような状況の中で,実験計画を指導す
会全国大会発表論文集』,第 11 号,p.149,日本
るためには,やはり前述したような特徴を踏まえ
理科教育学会,2013.
た指導法を示すことが求められるであろう。しか
Richard J.Rezba, et al.
:Learning and Assessing
し,学校現場では,授業時数の不足,観察,実験
Science Process Skills Fifth Edition, KEN-
が分析・解釈に重点を置いて設定されているとい
DALL/HUNT Pub CO,2007.
う現状がある。これらのことを考慮したうえで,
観察,実験を計画する場面を導入するための方策
が今後は必要であるといえる。
44
科教研報 Vol.28 No.3
動力伝達の仕組みと制御技術を学習する制御基板を利用した教材の開発
Development of teaching materials using a control board to learn the mechanism and
control technology of transmission
○中村 光*,
東原 貴志*,
大森 康正*
NAKAMURA Hikaru*, HIGASHIHARA Takashi*, OOMORI Yasumasa*
*
上越教育大学大学院
Joetsu University of Education*
[要約]本研究は,カム装置を使用し動力を伝えるしくみとその制御を理解させることを目的とした教材の開発
を行った。具体的には,中学校技術・家庭科動力伝達の仕組みの学習で扱うカムを製作させ,カム装
置を手動または制御基板による動作を行った。J 大学学部生を対象として授業実践を行ったところ,カ
ム製作を通して動力伝達の仕組みについて理解したうえでカムの形状,精度,回転方向,材質によっ
て動力伝達に影響を与えることを学習していた。また,身のまわりの計測・制御が行われている電化製
品の仕組みについて興味・関心を抱く学生も見られた。
[キーワード]制御,動力伝達,コンピュータ,Arduino
下に示す。
①動力を伝える仕組みを理解する。
②日常生活における計測・制御技術を体験しな
がら学習できる。
2008 年改訂中学校学習指導要領(文部科学省,
2008)では,技術・家庭科技術分野,「B.エネルギ
ー変換に関する技術」の学習内容の1つである,
「(1)エネルギー変換機器の仕組みと保守点検」学
習において動力を伝える仕組みを知るためにカム
機構について学習する。
カム装置とは,回転運動を往復運動や揺動運
動に変える装置である。カム(原動節)の外周の形
状を様々な形に変化させることによって従動節に
複雑な動きを伝えることができる。カム自体にも
様々な種類が存在している(日刊工業新聞社,
2006)。日常生活においても自動車のエンジンの
吸排気バルブの開閉やエンジンのトルクを上げる
カムシャフトとしても使用されており,人々の生活
において非常に身近である。
これらの要件から,本研究では技術・家庭科で
動力伝達の仕組みを学習するときに用いられるカ
ム装置を取り入れることとする。
カムの動作については,授業時数の関係から
回転運動を往復運動に変えるものを扱うこととした。
また,カム装置を制御する際に使用するハードウ
ェアは,Arduino を使用する。Arduino は,プログラ
ムを組むことで様々な命令を送り,モータや
LED(発光ダイオード)をブレッドボードに差し込む
ことで実行することができる(オライリー・ジャパ
ン,2012)。
中学校技術・家庭科の学習において制御基板
を組み立てるには,多くの時間を必要とし,また必
1.はじめに
J 大学では,豊かな科学的素養をそなえた教員
を養成することを目的とした,「生活の中の科学」
という授業がある。この科目は,自然の事象等に
目をとめ,その変化に気づいたり,規則性に気付
ける優れた感性と観察力とともに様々な科学の課
題を理解したうえで解決しようとする力を養うことを
目標としている。この科目の一つのトピックスであ
る,「コンピュータによる計測・制御技術を学ぶ」で
は,日常生活における,エアコンや全自動洗濯機
といった電気機器がどのように動力を伝達しなが
ら制御されているのか,その仕組みを学習する。
例えば,エアコンは,熱交換器,冷媒を循環さ
せるパイプ,冷媒を圧縮するポンプ,送風を行うフ
ァンとモータ,風の向きを調整するルーバーなど
で構成されており,室内機に内蔵された CPU が
室温を監視して,設定された温度になるようにポ
ンプやファンの動きを制御している。これらの機器
は,センサで周囲の状況を瞬時に計測し,コンピ
ュータがセンサから得た数値情報を判断し命令を
出す計測・制御技術が利用されている。
本研究では,カム機構の原理を学び,日常で
使用される電気機器に応用されていることを理解
するとともに,カム装置を実際に手で触れ,プログ
ラムを動作させることで日常生活で利用されてい
るコンピュータによる計測・制御の仕組みを理解
することを目的とする教材を開発し,実践した。
2.研究の方法
2.1)教材の設定条件
本研究では,「生活の中の科学」のトピックスや
その内容から作成する教材の設定する要件を以
45
科教研報 Vol.28 No.3
ずしも正常動作するものを作成できるとは限らな
い。よって,組み立て済みの制御基板である
Arduino を利用することで時間の効率化や制御基
板の安定性を得られるため,、学びの焦点化がで
きると指摘している(劉,2012)。
制御基板といったハードウェアは,命令であるソ
フトウェアなしでは動作しない。Arduino も同様で
あり,動作に適したプログラムが必要である。しかし,
プログラミングは,初めて触れる学生にとって習得
に時間を要する。よって,プログラムは,講義時間
に限りがあることから事前に用意し,配布したもの
を学生が使用するものとした。
出力ピンやアナログ出力ピンにジャンパーワイヤ
を接続してブレッドボード上の電子部品とつなぐ。
Arduino は,半田付けをすることなく,ブレッドボー
ドやジャンパーワイヤを使用して回路を組むことが
できるため,組み立てに多くの時間を必要としな
い。また,半田付けのミスによる誤作動やハードウ
ェアの製作ミスを防ぐ役割を持っており,手軽に
実習を行うことができる。
Arduino と電子部品を接続する(図 2)。Arduino
とモータをつなぐ際にモータドライバ(TA7291P)
を使用した。これには,ブリッジ回路が使用されて
いる。この回路は,モータの回転を切り替えること
ができる。
2.2)動力伝達教材
カムの外周部分が平面曲線で表されている形
状を平面カムといい,この中でもっとも単純に回転
運動を往復運動に変えるカムを板カムという。
カム装置を構成する材料は,シナ合板を使用し
た。回転軸を回すことで取り付けられている板カム
が同時に回転し,従動節が往復運動を始める。
カム装置と Arduino を組み合わせた動力伝達
装置を図 1 に示す。
図 2.Arduino と電子部品の接続
3.授業実践の対象と方法
図 1.動力伝達装置
カム装置をギアボックスと Arduino につないでいる。
ギアボックスは、タミヤ製の 4 速パワーギアボックス
HE を使用し,動作を安定させるために木材で
作成した台で固定した。カム装置の回転軸には、
ギアボックスを接続するためにホールソーで木材
に穴を開けて円形の接続部品を作成した。
2.3)Arduino を用いた制御装置の教材化
カム装置を制御するためのハードウェアとして
Arduino UNO を使 用 した 。 この 制 御 基 板 は ,
Arduino の 入 門 キ ッ ト と し て 販 売 さ れ る ほ ど ,
Arduino の中でスタンダードな基板である。
このボードには,14 個のディジタル入出力ピンと
6 個のアナログ入力ピンがある。このディジタル入
開発した教材を用いて,授業実践を行った。
対象となる学生は J 大学学部 2 年生とし,4 つのグ
ループ分けを行い,1 グループ 21 名の編成で 4
グループに 90 分の授業を 2 回行った。
授業では,カム装置に用いるカムを 2 枚製作
(図 3)させた。
図 3.学生が製作したカム
46
科教研報 Vol.28 No.3
制作したカムをカム装置に取り付け手動で回転さ
せ,学生の作成したカムが回転運動から往復運
動へと運動伝達できているか確認した。1 週間後,
作成したカムを動力伝達装置に取り付け,
Arduino によるカムの制御を行った。2013 年 10 月
から 2014 年 1 月まで 4 つのグループを順に授業
実践した。
第 1 講では動力伝達の仕組みを説明し,カムを
製作させた。カムの使用材料は,合板(厚さ
2.7mm×幅約 100mm×長さ約 100mm)を 1 枚であ
る。カム製作にて使用した製作工具及び機械は,
さしがね,コンパス,ボール盤,糸のこ盤,ドレッサ
ーである。
学生は合板を半分になるように線を引き,片方
に直径 30mm の円形になるようにコンパスでけが
きを行わせ,中心から 5mm ずらしたところに穴を
あける印をさせた。もう片方は,自由な寸法でけが
きをさせた。けがきを終えた学生は,φ10 のボー
ル盤で穴をあけ,糸のこ盤でカムの外周に沿って
切り抜かせた。仕上げにドレッサーを用いて、表
面や回転部を切削させた。カム装置に製作したカ
ムを取り付けて手動でカムが回転するか確かめさ
せた。うまく回転しなかった学生には,その理由を
考えさせ,作り直しを行わせた。
第 2 講では,日常生活で使用されているエアコ
ンや全自動洗濯機などを例にコンピュータ制御や
制御基板の説明や動作確認を行った後,Arduino
を用いて実際にカム装置の制御を行い,動力伝
達を行う装置の制御技術について学習させた。
Arduino のプログラムを実行するには,コンピュ
ータに開発環境(Arduino IDE)をインストールしな
ければならない。学生のコンピュータに開発環境
がインストールされた後,プログラムの実行方法と
動作確認もかねて LED(発光ダイオード)を点滅さ
せた。
動作確認後,学生に図 3 のように電子部品を
Arduino と接続させ,ギアボックスと接続された
Arduino をカム装置と接続し,モータを回転させカ
ム装置を制御した。
カム装置を制御するプログラムは正回転,逆回
転,10 秒回転して停止するブレーキの 3 種類用
意した。初めに正回転のプログラムを実行させ,
カムが回転するか確認させ,逆回転やブレーキの
プログラムを実行させた。
4.結果と考察
カムの作成に関して,2 種類のカムをけがくこと
についてはどの学生も丁寧にけがきを行っている
ように見えた。
47
しかし,ボール盤や糸のこ盤でカムをカム装置
に差し込むための穴あけやカムの切り出しにおい
ては,普段から加工機械を使い慣れていない学
生は製作に遅れをとる形となった。その後のカム
の仕上がりにも影響し,ボール盤によって穴の直
径が回転軸よりも大きくなり,カムが正常に回転し
なかった。また,糸のこ盤による切削作業がうまく
いかず,受動節がカムに引っかかり回転しなかっ
た。
実際にカムを手動で回転させたところ,正常に
回転した学生と回転しなかった学生が見受けられ
た。
正常に回転した学生は,カム曲線が滑らかであ
り,回したときにスムーズに回転していた。これは,
糸のこ盤で切削したときにうまく曲線で切断できた
ことや仕上げでドレッサーを使って滑らかな仕上
がりにすることができたことから正常に回転したの
ではないかと考えられる。
正常に回転しなかった学生は,ボール盤や糸
のこ盤の使い方が苦手な学生に多く,うまく切削
できなかったことがカムの回転に影響を与えてい
るように考えられる。また,自由製作させたカムの
形状によっても影響を与えており,太陽の形や正
方形型のカム(図 4)といった従動節の動作を妨げ
るカム曲線をけがきした学生は正常に回転しなか
った。
図 4.太陽の形や正方形型のカム
動力伝達の仕組みを理解するためのカム製作
に関する学生の自由記述では,カムの製作方法
に関連するものが多く示され,動力伝達の仕組み,
カムの回転方向による違い,カムの材質に関する
ものが示された。これらのことから,学生の多くが
カム製作を通して動力伝達の仕組みについて理
解したうえでカムの形状,精度,回転方向,材質
によって動力伝達に影響を与えることを学習して
いることが分かる。特にカムの形状や精度に関し
ては,動力伝達の仕組みを学ぶうえで直接的な
影響を与えていることが挙げられる。
制御基板に関しては,Arduino を使ってはんだ
づけを行うことなく,回路を組むことができることに
科教研報 Vol.28 No.3
ついて学生は興味を抱きながら,楽しそうに作業
を行っていたように見受けられた。プログラムに関
しても,実行する際にコマンドプロンプト上で実行
コマンドを打つことなく,ボタン1つで実行できる。
そのため,プログラムに対して抵抗のある学生で
あっても簡単にプログラムを実行できた。
授業後に行った振り返りには,「プログラミング
は,もっと難しいものであると思っていたが,
Arduino を使うと簡単にプログラミングができた」と
記述されていた。
カムの制御に関しては,プログラムを実行する
ことでカム装置の回転方向やカムの回転を止める
といった制御を行うことができた。カムの形状によ
っては,正回転するが逆回転することができない
学生や,正回転しないが逆回転することができる
学生,正回転も逆回転もできる学生など,形状に
よって様々であった。また,原動節と受動節が回転
の際に摩擦が発生し,抵抗となって回転しなかっ
た。しかし,このような現象が発生することから,問
題解決に向けてあらゆる角度からカムの改善をす
る思考へと頭を働かせることができているのでは
ないかと考えられる。例えば,摩擦からなる原因で
あればそこには力学が関わっており,「生活の中
の科学」の目標である自然の事象等に目をとめ,
その変化に気づいたり,規則性に気付ける優れた
感性と観察力とともに様々な科学の課題を理解し
たうえで解決しようとする力を養うことにつながるの
ではないだろうか。
カムの制御に関する振り返りについては,「カム
を使った制御の仕組み」について多く示されてお
り,他には,「計測・制御の仕組み」,「Arduino に
よる回路作成」に関するものが示されていた。教
材への自由記述として,「プログラムを実行してカ
ムを制御する作業は,子どもたちと行っても面白
いではないかと思う。」,「回路を変えずに正回転
や逆回転,ブレーキといった様々な動きができる
のは便利だと思った。」,「Arduino で電子回路を
作成する際にどこがまちがっていて動かないのか,
すぐ確認できるので便利だと感じた。」といった記
述が示されていた。
5. 今後の課題
今後,本研究で得られた知見を基に,カムの形
状や材質による回転への影響を考えつつ,計測・
制御における計測の部分もこの教材に付加するこ
とを考えたい。
Arduino に関しては,学生の振り返りから,「ブレ
ッドボードに様々な配線を行って,Arduino と接続
したが,どの配線がどういう意味があるのか分から
なかった。」と示されていた。配線に関しては,回
48
路図を示すだけでなく,一つ一つの配線に意味
があることを理解させたい。また,板カムの他にも
カムには様々な形状がある。これらを用いて,往
復運動の他に陽動運動や中学技術における動力
伝達の仕組みや計測・制御を扱う際の効果的な
教材にするべく学習内容並びに教材を改良した
い。
[参考文献]
[1]文部科学省:“中学校学習指導要領解説”,技
術・家庭,教育図書,2008
[2]日本カム工業会技術委員会:“設計者のため
のカム機構図例集”,日刊工業新聞社,2006
[3]Massimo Banzim,船田巧:“Arduino をはじめよ
う 第 2 版”,オライリー・ジャパン,2012
[4] 劉璐・中村亮太・松浦敏雄:プログラムによる
計測・制御の仕組みについて学ぶための学習支
援ソフトウェアと教材開発,情報学,
9(1),p.16-24,2012