IP O ・内部統制 基礎講座

連載 第8回
IPO・内部統制 基礎講座
一般社団法人日本経営調査士協会 専務理事
下 田 秀 之
の企業グループが独自に事業活動を行ううえで必要な人員
を確保できる状況にあるか、また経営活動を行うにあたっ
てのコンプライアンス(法令遵守)の体制が整備されてい
るかなどが確認されます。
①内部管理体制維持のため、人員が確保されていること
事業を継続的に遂行していくため、
経営資源としての“人”
は重要な要素の1つです。人員管理、労働条件・労働環境
の管理、人材育成管理等は労働基準法等においてさまざま
に規定されており、上場審査においても「企業の継続性お
よび収益性・公益又は投資家保護の観点から取引所が必要
15/01/16 10:31
00-00連載IPO.indd 1
第7章 人事・労務管理
人事関係の上場審査は、企業の成長性・継続性・安定性
を人事面から捉えることを目的としています。すなわち、
上場申請企業が採用している人事・労務政策が、上場企業
としてふさわしい成長性・継続性・安定性を人事・労務面
から保証されているかが審査対象となり、重点的にチェッ
クされています。
一.上場審査における人事・労務管理
上場審査における人事・労務管理については、申請会社
—1—
②.新規上場申請者の企業グループにおいて、その経営活
動その他の事項に関する法令等を遵守するための有効な
体制が、適切に整備、運用され、また最近において重大
な法令違反を犯しておらず、今後においても重大な法令
違反となるおそれのある行為を行っていない状況にある
と認められること。
申請会社の企業グループが経営活動を行うにあたって
のコンプライアンス(法令遵守)体制整備の状況が確認
されます。労務リスクが重要視される理由は、企業の労
務コンプライアンス体制が不備であれば、業績の継続性、
妥当性ひいては企業の信頼性に疑義が生じる可能性があ
るからです。
⑵法令違反があった場合の経営に及ぼす影響
①法令違反行為の例
・最低賃金違反 ・賃金不払い ・不当解雇・契約解除 ・
サービス残業・未払い残業 ・加重・長時間労働 ・安全配慮義務違反 ・偽装請負・
違法派遣 ・不法就労の外国人雇用 ・セクハラ・パワ
ハラ ・労働・社会保険未加入
②法令違反行為のリスク(影響例)
*風評被害…2チャンネル・掲示板への書き込み
*労働争議…労働組合との闘争
*行政指導・司法処分…是正勧告・書類送検・起訴・罰金・
15/01/16 10:31
00-00連載IPO.indd 2
と認める事項」としてチェックされています。事業の成長
には、人の成長及びその効果的な活用が重要となります。
②人事・労務関係に関する諸法令が遵守されていること
人に関しては、人事関連制度の整備や労働者保護のため
に労働基準法、最低賃金法、育児休業法、男女雇用機会均
等法および労働安全衛生法の法令諸規則が多く定められて
います。就業規則をはじめ会社の定める規程や職場の慣行
的な規則及び運用は、これらに違反しないようにしなけれ
ばなりません。上場審査は上記の観点から行われますが、
法令諸規則について抵触する事項が存在した場合、単に労
務管理上の問題に該当するのみならず、コンプライアンス
の意識及び体制の欠如として会社経営そのものの問題と判
断されかねません。
二.人事労務リスクの排除
⑴上場審査の基本的な考え方
「企業のコーポレート・ガバナンス及
東証実質審査基準:
び内部管理体制の有効性」より
①.新規上場申請者の企業グループの経営活動の安定かつ
継続的な遂行及び適切な内部管理体制の維持のために必
要な人員が確保されている状況にあると認められること。
申請会社の企業グループが独自に事業活動を行ううえ
で必要な人員を確保できる状況にあるかどうかが確認さ
れます。
—2—
続きをとることができる権限があります。労働基準法102
条(司法検察官)に規定されています。
臨検(正しくは臨検監督)には定期監督と申告監督と災
害時監督と再監督の4種類があります。いま、急激に増加
している臨検が申告監督です。申告監督とは、会社の従業
員や事務所の元職員が不当解雇やサービス残業の問題で労
働基準監督署に申告(申立て)があった場合に実施される
臨検です。申告監督がないようにするには、結局、労使ト
ラブルを起こさないということが最大の対策といえます。
労働基準監督署の調査(臨検)が行われ、法令違反があ
る場合、また法令違反のおそれがある場合、監督官は指導票、
是正勧告書を交付します。指導票は、法令違反にはならな
いが、改善した方がよいと思われる事実が発見された場合
や、法令違反になる可能性がある場合にそれを未然に防止
するという意味で交付されます。是正勧告書は、法令違反
に該当すると判断した事項を確認した場合に交付されます。
この場合、監督官は事業主または立会人に違反事項を説明
し、是正勧告書の受領者は受領年月日、受領サイン、押印
をすることになります。是正勧告書には違反事項と是正期
日が指定され、期日までに是正をする必要があります。
三.人事労務体制の整備
⑴労務管理の整備
会社が経営活動を独自で継続させるためには、重要な経
15/01/16 10:31
00-00連載IPO.indd 3
懲役
*紛争・訴訟…個別労働紛争・労働審判・訴訟
③法令違反行為が経営に及ぼす影響の事例
・優秀な人材確保が困難 ・モラール(士気)の低下 ・
人材の流出・定着率の低下 ・対外的な信用の失墜 ・金銭の遡及支払い ・訴訟等に
よる金銭負担 ・業績悪化
・経営責任 ・IPO延期・中止 ・株主総会の混乱 ・
株価の下落
⑶労働基準監督署調査臨検・是正勧告について
過去に労動基準監督署が入っている場合には、取引所は
ゼロから確認するのではなく、労働基準監督署の指摘を軸
にした審査が行われます。
労働基準監督署の監督官が労働基準法の違反の有無を調査
するため事業場に立ち入ることを「臨検」といいます。この
臨検は労働基準法101条のなかで労働基準監督官の権限と
して規定されています。これを拒んだり、忌避したり、陳述
しなかったり、または虚偽の陳述をしたり、もしくは帳簿書
類を提出しなかったり、または虚偽の記載をした帳簿書類を
提出した者は、 万円以下の罰金に処せられます。また、臨
検の結果として労働基準法などの違反の事実があった場合に
は、是正勧告書が交付されることになります。この監督官の
是正勧告に従わないときには、労働基準監督官は刑事司法手
30
—3—
営資源である「人財」の管理体制整備が必要です。人員管
理、労働条件・労働環境の管理、人材育成管理などの労務
管理は労働基準法などにおいてさまざまに規定されており、
コンプライアンスの観点からチェックしておくことが必要
です。
⑵是正勧告指摘内容からみた労務管理の留意点
①就業規則について特に注意しなければならないこと
1)就業規則が制定されていること
2) 名以上の労働者を使用する事業場ごとに届出されて
いること
3)労働者過半数から選出された代表者の意見であること
4)代表者が適正に選出されていること
5)事業場ごとに掲示、または備え付けられていること
6)就業規則の変更の都度、届出がされていること
7)法改正に対応していること
8)従業員への周知徹底がなされていること
②管理監督者の範囲について
近年、企業内におけるいわゆる「管理職」について、十
分な権限、相応の待遇などを与えていないにもかかわらず、
労働基準法上の管理監督者として取り扱っている例もみら
れ、労働時間等が適切に管理されず、割増賃金の支払いや
過重労働による健康障害防止等に関し労働基準法に照らし
て著しく不適切な事例もみられ、社会的な関心も高くなっ
ています。
10
1)厚生労働省「管理監督者の範囲の適正化について」
(平
成 年4月1日)の通達
管理監督者の範囲については、指揮監督権限を有するなど
の要件を満たしているかを踏まえ、総合的に判断される
2)厚生労働省「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗
における管理監督者の範囲の適正化について」
(平成 年
9月9日)の通達(管理監督者の要件を否定する要素)
a.
「職務内容、責任と権限」についての判断要素
b.
「勤務態様」についての判断要素
c.
「賃金等の待遇」についての判断要素
③労働時間に関する注意点
1)労働時間の適正な把握のため、タイムカード等を使用
しない申告制の場合、社内で申告と実態に乖離がないか
どうか裏づけをとること
2)毎日申告すること(1週間や1ヵ月単位の申告では記
憶にあいまいさが残るため注意)
3)法定労働時間、 協定で定めた時間を超過しないこと
④休憩・休日に関する注意点
1)毎週少なくとも1日の休日を与える(労基法 条)こと
2)毎週1回の休日がない労働者に対しては振替休日や代
休で対応すること
3)1日の労働時間にあわせて休憩を与える(労基法 条)
こと
4)労働時間が1日6時間超で 分以上、8時間超で1時
20
36
45
35
15/01/16 10:31
00-00連載IPO.indd 4
20
34
—4—
間以上の休憩をあたえること
5)休憩を一斉に与えない場合、
労使協定を締結すること(届
出不要)
6)年次有給休暇の取得状況を把握すること(健康への配
慮と過重労働の防止のため)
⑤ 協定(時間外・休日労働に関する協定)に関する注意点
1)事業場ごとに労働基準監督署へ提出すること
2)労働者に対して周知徹底すること(事業場への掲示・
備え付け、書面交付等)
3)特別条項付 協定を締結できる要件を満たしていること
⑥時間外・休日・深夜労働の割増賃金に関する注意点
1)時間外労働割増率が適正であること
2)休日割増率が適正であること
3)深夜労働( 時 5時まで)に関する割増率が適正で
あること
4)みなし時間外手当が支給(みなし残業代として○○円
を含む、みなし残業代として○
5)年俸制を導入している場合、割増賃金の支払が適正か
確認すること
⑦健康診断に関する注意点
1)雇い入れ時に健康診断を実施していること(安衛法 条、
安衛則 条)
2)定期健康診断を毎年実施していること(安衛法 条、
安衛則 条)
36
43
44
3)定期健康診断結果を労基署に提出していること(安衛
法 条、 名以上使用する事業者)
4)一定の場合、パート・アルバイトについても健康診断
を実施していること(労働安全衛生法の一部を改正する
法律)
5)健康診断個人票を作成していること(安衛則 条、5
年間保存)
6)一定の要件を満たす労働者に対し面接指導を行ってい
ること(安衛法 条8、安衛則 条2 8、1ヵ月時間
外労働時間が100時間を超える労働者に対し、1ヵ月
に1度面接指導をし、記録を作成し5年間保存)
⑧勤務形態別労使協定に関する注意点
1)1ヵ月単位の変形労働時間制:就業規則への定めがあ
れば届出不要。 協定届は必要
2)1年単位の変形労働時間制:届出義務あり。 協定届
も必要
3)フレックスタイム制:就業規則へ明記。届出は不要。
協定届は必要
4)事業場外労働制:みなし労働時間が8時間以内なら労
使協定書・ 協定届不要。8時間超なら 協定届にみな
し時間を付記して届出必要
5)専門業務型裁量労働制:労使協定を締結し届出義務あり。
8時間超なら 協定必要
6)企画業務型裁量労働性:労使委員会を設け決議。6ヵ
52
36
51
36
66
36
15/01/16 10:31
00-00連載IPO.indd 5
50
36
36
66
66
36
22
52
36
—5—
月ごとに届出。
⑨ 責任者等の選任に関する注意点
1)産業医の選任(安衛法 条1項、安衛法施5条、 名
以上の事業場ごとに1名。 000名以上で専属、 0
000名以上で2名選任)
2)衛生管理者の選任(安衛法 条1項、安衛法施4条、
名以上の事業場ごとに1名。200名以上で2名、1
000名以上で専任等)
3)産業医、衛生管理者選任後、労基署に報告書を提出(安
衛則 条2項、7条2項)
4)衛生委員会を毎月1回開催(安衛法 条1項、安衛法
条、安衛法施9条、安衛則 条、安全委員会とあわせ
て安全衛生委員会でも可)
5)衛生推進者の選任(安衛法 条の2、安衛則 条の2、
名未満の事業場ごとに安全衛生推進者(または衛
生推進者)を1名選任。氏名を作業場の見やすい箇所に
掲示し、関係労働者に周知)
⑩ 法定帳簿に関する注意点
1)労働者名簿、賃金台帳を作成していること(労基法1
07条、108条)
2)法定帳簿が3年間保存されていること(労基法109条)
12
23
13
⑶人事労務管理体制のチェック事項
①人事労務管理体制の確認事項
1)就業規則及び関連規程の作成、変更の都度、労働基準
監督署に変更の届出
2)労働安全衛生法(安全衛生管理者、産業医、衛生推進
者等の選任、安全委員会・衛生委員会の設置)
3)就業時間管理(管理方法の確認)
4)各種手当の支払状況(時間外勤務手当、
休日勤務手当等)
5) 協定等の労働基準監督署への届出状況(適時適切に
対応)
6)従業員の採用、雇用形態及び定着率等、従業員の確保
7)従業員の能力向上に向けた研修、教育、訓練、福利厚
生について
8)人事考課について(組織的な評価、目標管理制度)
9)社会保険の加入状況(健康保険、厚生年金、雇用保険)
、
未払いの有無
②人事労務管理体制の整備すべき規程等
就業規則、 協定、労働協約、給与規程、人事考課規程、
安全衛生管理規程、福利厚生に関する規程、その他
③人事労務管理項目
、 休 日、 休 暇、 賃 金、 割 増 賃
採 用、 労 働 時 間( 出 退 勤 )
金、人事評価、人材育成、解雇、退職、労働環境、労働保
険、労災保険、社会保険、健康診断、女性に関する特別規制、
育児休業、介護休業、その他
36
36
⑷上場審査における主な確認事項の例
15/01/16 10:31
00-00連載IPO.indd 6
13
50
1
12
50
18
10
19
12
3 50
—6—
①従業員の状況
・正社員の人数、嘱託社員・顧問・契約社員・派遣社員等
が存在するか
・他社への出向者(派遣出向)
、他社からの出向者(受入出
向)が存在するか
・従業員の平均勤続年数、年間平均給与
・管理部門には受入出向者は存在しないか、今後の業務増
加に対応できるか
・従業員等(管理職・管理部門スタッフ)の退職理由を把
握、分析しているか
②労務管理体制
・就業規則(付随する規程含む)は事業場ごとに所轄の労
働基準監督署に届けているか
・就業規則(付随する規程含む)は変更の都度、労働基準
監督署に届け出ているか
・従業員の出退勤、遅刻、早退、欠勤、残業等の時間は全
て正確に把握、記録しているか
・人事考課に必要な業績査定システム等の適切な社内制度
が確立しているか
・人材育成のための階層別、職種(部署)別の研修制度が
整備されているか
・時間外労働、休日労働に関する 協定を毎年、事業場ご
とに労働基準監督署に届けているか
・不払賃金があった場合、過去2年間に遡り支払い済であ
36
るか
③サービス残業の排除
・残業代算定の際の時間単位は定まっているか
・時間外労働(早出残業含む)
、深夜労働( 時 翌5時)
、
休日労働に対しては割増賃金が支払われているか
・残業代は毎月定額となっていないか
・管理職(管理監督者)の深夜労働に対しては割増賃金が
支給されているか
④安全衛生
・事業場ごとに安全または衛生に関する責任者が選任され、
所轄の労働基準監督署に届出されているか
・事業場ごとに産業医が選任され、労働基準監督署に届出
されているか
・安全委員会または衛生委員会が定期的に開催され、議事
録が作成されているか
⑤労働保険・社会保険の状況
・すべての従業員(アルバイト・パート社員含む)は労災
保険に加入しているか
・社員及び加入義務のあるアルバイト・パート社員は雇用
保険、厚生年金保険及び健康保険に加入しているか
⑥その他
・従業員解雇の状況及び手続きに問題はないか
・労働基準監督署・社会保険事務所からの指導、勧告は改
善されており、適正に運用されているか
22
—7—
15/01/16 10:31
00-00連載IPO.indd 7
・労務管理全般について法令等への遵守の観点から定期的
にチェックが行われているか
あります。
・時間外・深夜・休日勤務をしても残業代を支払っていな
いケース
・法律的に正しく残業代計算をしていないケース
・雇用契約を結ぶとき、残業代を支払わないことで合意し
ているケース
・定額で残業代を支払っているが、超過した残業代は支払
っていないケース
・年棒制だから残業代は支払わないケース
・
「名ばかり管理職」
(注)に該当するケース
・残業を命令していないが、黙認しているケース
⑶時間外労働の管理
近年では、従業員の権利意識の変化、終身雇用の崩壊に
よる会社に対しての帰属意識の薄れから残業代の未払いに
ついて労働基準監督署に訴えるケースが増えています。サ
ービス残業が違和感なく行われていた時代には、さほど問
題になることはありませんでしたが、現在では最も大きな
労務リスクといえるかもしれません。パートタイマーの時
間外労働、管理監督者の取扱いに留意し、適正な労働時間
管理と割増賃金の支払が必要になります。
〈来月号「第8章 反社会的勢力の排除、IPO編:補講」
を掲載予定〉
15/01/16 10:31
00-00連載IPO.indd 8
四.その他の留意事項
⑴人事教育制度の整備
上場審査項目の1つである“経営基盤の安定性”は、企
業を構成する個々人の能力とそれを総合した組織力により
培われます。したがって、優秀な人材を有することは企業
の維持・発展に不可欠な条件といえます。この優秀な人材
を育成する最大の対策が企業内の教育制度・人事評価制度
にほかなりません。人材育成についての基本的な考え方や
人事考課の方法について具体的に質問を受けることになり
ます。
①人材育成
人事教育制度の整備における人材育成は、社員の自己啓
発を積極的に支援しているか、社員の希望にあった能力開
発の機会を提供しているか、などの観点が必要です。
②人事評価
人事教育制度の整備における人事評価は、その明確性(客
観的)
、人事評価制度と処遇の結びつけなどの観点が必要で
す。
⑵未払い残業に該当するケース
未払い残業に該当するケースとしては以下のような例が
—8—