(2015/1/7)バーゼル委員会のルール見直しと国内証券化

新生ストラテジーノート 第 177 号
2015 年 1 月 7 日
調査部長 江川 由紀雄
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バーゼル委員会のルール見直しと国内証券化市場との関係
「標準的手法の見直し」は、地域金融機関の証券化取引のインセンティブに影響する
バーゼル銀行監督委員会は、2014 年 12 月 22 日に、「信用リスクに係る標準的手法の見直
し」(原題:Revisions to the Standardised Approach for credit risk)と題する市中協議文書
を公表し、2015 年 3 月 27 日を締め切りとして意見募集を実施 1している。「信用リスクに係る標
準的手法」は、バーゼル2以降の「第1の柱」における信用リスクの資本賦課手法のひとつであり、
日本では、大多数の地域金融機関が採用している。併存する「内部格付手法」は、大手銀行や比
較的規模の大きい地銀を中心に採用されている。バーゼル2導入時に、たとえば、民間企業向け
のエクスポージャーであれば、リスクウェイトは一律 100%であったところ、格付会社による格付
け(適格格付機関による格付け、外部格付け)に応じて 20%から 150%の範囲での傾斜を設け、
リテールや中小企業に該当するものについて 75%にされた。抵当権でカバーされた住宅ローン
は、リスクウェイトは一律 50%であったものが、バーゼル2の導入により、35%に改められた。こ
れが信用リスクに係る「標準的手法」である。いっぽうで、「内部格付手法」は、各金融機関で運営
されている行内格付け体系と過去のデフォルト実績・回収実績のデータを元に、所定の計算式を
用いて資本賦課を決定する方式である。このうち、「標準的手法」を抜本的に見なおそうという具
体的な提案が行われているのである。
なお、バーゼル委は、同時に、「資本フロア:標準的手法に基づく枠組みのデザイン」と題する
市中協議文書を発表 2しており、これに対する意見募集も実施している。こちらは、「内部格付手
法」等において、各金融機関独自の内部モデルを利用して世界の大手金融機関がリスクアセット
や自己資本比率を算出するようになったところ、あまりにもばらつきが大きく比較可能性が失われ
たとの問題意識のもとで、内部モデル手法に起因するモデルリスクや測定誤差を軽減するために、
1「バーゼル銀行監督委員会による市中協議文書『信用リスクに係る標準的手法の見直し』の公
表について」 金融庁 http://www.fsa.go.jp/inter/bis/20141224-3.html
日本銀行 http://www.boj.or.jp/announcements/release_2014/rel141224c.htm/
(いずれも 2014 年 12 月 24 日付告知) 以下、本稿脚注ではこれを「市中協議文書」という。
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「バーゼル銀行監督委員会による市中協議文書『資本フロア:標準的手法に基づく枠組みのデ
ザイン』の公表について」 金融庁 http://www.fsa.go.jp/inter/bis/20141224-2.html
日本銀行 http://www.boj.or.jp/announcements/release_2014/rel141224d.htm/
(いずれも 2014 年 12 月 24 日付告知)
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標準的手法を用いた資本賦課のフロアを設定しようとする提案となっている。この提案が同時進
行しているため、標準的手法は、将来的には、大手行等の内部格付手法採用行にとっても無関
係ではなくなることになる。
「信用リスクに係る標準的手法の見直し」の要点
今般のバーゼル委員会による「信用リスクに係る標準的手法の見直し」では、法人向けエクス
ポージャーについては、格付け参照を廃止(外部格付準拠方式を廃止)し、売上高の規模とレバ
レッジ(総資産を自己資本で除した倍率) 3を基に、60%から 300%の範囲でリスクウェイトを決定
することが提案されている。
図表1 法人向けエクスポージャーのリスクウェイト案
売上高
売上高
売上高
売上高
EUR 5 百万
EUR 5 百万超
EUR 50 百万超
EUR 10 億超
以下
EUR 50 百万以下
EUR 10 億以下
レバレッジ 3 倍以下
100%
90%
80%
60%
レバレッジ 3 倍ない
110%
100%
90%
70%
130%
120%
110%
90%
し 5 倍の範囲
レバレッジ 5 倍超
債務超過
300%
注: 原文では、「Leverage: 3x–5x」のような表現が用いられており、「以上」か「超」か、「以下」
か「未満」かがあいまいになっている。本稿では便宜的に「3 倍以下」、「5 倍超」と訳出したが、そ
れぞれ、「以下」ではなく「未満」、「以上」ではなく「超」と解釈するべき可能性もあろう。
出所: バーゼル銀行監督委員会(2014 年 12 月)を基に整理
銀行向けエクスポージャーは、ソブリン格付けや銀行の格付けを参照する方式を廃止し(つまり、
主要先進国の銀行であれば一律リスクウェイトが 20%になる扱いを廃止し)、普通株式等 Tier
1 比率(CET1 比率)と不良債権の水準に応じて 30%から 300%の範囲のリスクウェイトを適用
するとされている。抵当権でカバーされた住宅ローンについては、現行の一律 35%とする扱いを
廃止し、LTV (loan-to-value) 4比率と DSC (debt service coverage) 5比率に基づき、25%
“Leverage means Total Assets/Total Equity, where both total assets and total
equity are determined by the accounting standards of the relevant jurisdiction.” (市
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中協議文著パラグラフ 24)
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“The LTV ratio is defined as the total amount of the loan divided by the value of the
property. For regulatory capital purposes, when calculating the LTV ratio, the value
of the property will be kept constant at the value measured at origination, unless an
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から 100%の範囲のリスクウェイトを適用するとしている。
図表2 抵当権付き個人向け居住用不動産担保ローン(住宅ローン)のリスクウェイト案
40%≦LTV
60%≦LTV
80%≦LTV
90%≦LTV
100%≦
<60%
<80%
<90%
<100%
LTV
25%
30%
40%
50%
60%
80%
30%
40%
50%
70%
80%
100%
LTV<40%
DSC
≦
35%
それ以外
出所: バーゼル銀行監督委員会(2014 年 12 月)を基に整理
このような提案に対して、実務者からは様々な疑問が呈せされることになることは容易に想像
がつく。企業向けエクスポージャーの扱いについては、レバレッジの水準がどの程度信用リスクの
程度に関係するのかは、業種によって顕著に異なるところ、業種に無関係に一律の扱いとするこ
とは、特定の業種が差別されることになるといった批判は容易だ。住宅ローンについては、 “LTV”
の “V” の決定方法が金融機関によって異なっている(取得価格であったり、保証会社または金
融機関自身による査定・推定価額であったり)ため、不公平だということも指摘できるかもしれない。
しかし、外部格付けも、行内格付けも、行内モデルも用いずに、簡単なルールを用いて、各種の信
用リスクについてリスクウェイトを割り振ろうというのが、標準的手法の見直し案の趣旨であること
も認識せねばならない。
地域金融機関がオリジネーターとして行う証券化取引は復活するか
ところで、日本では、「リレーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプログラム」
(金融庁、2003 年 3 月 28 日) 6で「中小企業の資金調達の多様化を図るため、各金融機関及び
政府系金融機関等に対し、証券化等に関する積極的な取組みを要請する」(4 ページ)とされたこ
とや、日本銀行金融市場局が 2003 年から 2004 年に掛けて「証券化市場フォーラム」 7を開催し
extraordinary, idiosyncratic event occurs resulting in a permanent reduction of the
property value.”(市中協議文書パラグラフ 40)
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“The DSC ratio is defined as the ratio of debt service payments (including principal
and interest) relative to the borrower’s total income over a given period (eg on a
monthly or yearly basis). The DSC ratio must be prudently calculated in accordance
with the following requirements” (市中協議文書パラグラフ 41)
6
金融庁 「リレーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプログラム」 平成 15 年
3 月 28 日
7
http://www.fsa.go.jp/news/newsj/14/ginkou/f-20030328-2.html
日本銀行 証券化市場フォーラム
http://www.boj.or.jp/paym/credit/secu_forum/index.htm/
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たことにも触発されたのか、1999 年頃から 2006 年頃に掛けて、多数の地域金融機関による企
業向け貸付債権や住宅ローン債権の証券化取引が見られた。
バーゼル2導入以降は、住宅ローンの証券化については特定少数の地域金融機関や新業態
銀行が行っている事例や、2011 年に中小企業向け債権の証券化が行われた(これは 2014 年
に償還済)事例を除けば、地域金融機関をオリジネーターとする証券化取引をほとんど見なくなっ
た。地域金融機関が証券化を行わなくなった理由のひとつが、バーゼル2以降の「標準的手法」に
おける証券化の扱いにあると筆者は考えている。オリジネーターとして保有する劣後受益権等の
低格付け・無格付けの証券化エクスポージャーが、標準的手法では、一律自己資本控除(バーゼ
ル3移行時にリスクウェイト 1250%へ変更)扱いとなることが決まり、オリジネーターが一部でも
劣後トランシェ等を保有すると、証券化を行わない場合に比べ、自己資本比率が低下してしまうと
いう問題が生じることになったからである。金融機関が証券化取引を行う動機は、必ずしも「規制
資本裁定取引」ではないが、負担するリスクが減りこそすれ、増えるわけではない取引を行う結果、
自己資本比率が低下してしまうとなれば、敢えてそうした取引を行おうとする決断は容易には下
せない。
標準的手法を採用する金融機関が「証券化取引を行えば(一般的には)自己資本比率が低下
してしまう」とする問題は、バーゼル銀行監督委員会が 2014 年 12 月 11 日に発表した「証券化
商品の資本賦課枠組みの見直し」 8が導入される時点(バーゼル委文書では、2018 年 1 月と明
記されている)で解消されることになる。標準的手法の見直しと相まって、日本の地域金融機関に
とっての証券化取引に対する自己資本比率規制関連のインセンティブ構造が大きく変わることに
なるため、今後数年の金融市場の環境次第では、地域金融機関による証券化が再活性化するこ
とが十分に考えられよう。なお、2014 年 12 月 12 日付け新生ストラテジーノート第 175 号「バー
ゼル委員会が証券化商品資本賦課の枠組み最終テキスト公表」で言及した通り、バーゼル委の
2014 年 12 月の「証券化商品の資本賦課枠組みの見直し」は、2018 年 1 月から導入される「最
終規則」という位置づけではあるが、2015 年中に見直しを行うことが明記されている点に留意が
必要であろう。
(調査部長 江川 由紀雄)
(報告書、議事要旨等が掲載されている)
8
「バーゼル銀行監督委員会による最終規則文書『証券化商品の資本賦課枠組みの見直し』の
公表について」 金融庁 http://www.fsa.go.jp/inter/bis/20141216-2.html
日本銀行 http://www.boj.or.jp/announcements/release_2014/rel141216a.htm/
(いずれも 2014 年 12 月 16 日付告知)
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名称
:新生証券株式会社(Shinsei Securities Co., Ltd.)
金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第95号
所在地
:〒103-0022 東京都中央区日本橋室町二丁目4番3号
日本橋室町野村ビル
Tel : 03-6880-6000(代表)
加入協会 :日本証券業協会 一般社団法人金融先物取引業協会
一般社団法人日本投資顧問業協会
一般社団法人第二種金融商品取引業協会
資本金
:87.5 億円
主な事業 :金融商品取引業
設立年月 :平成 12 年 12 月
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