神経細胞の初代培養法の改良

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神経細胞の初代培養法の改良
石
井
一
宏
京大 ・ウイルス研 ・細胞生物学部 門
1.は じ め に
子活性 を示 した。 しか し, この酵素 は液状 で市販
されてお り,その溶媒 の中に 2MEが入 っていた
神経細胞の初代培養 を用 いた研究 は,神経科学
ので,コン トロール実験 として 2MEの影響 を調
の一研究分野 として重要 な役割 を果 た して きた。
べ た ところ,2MEも顕著 な栄養 因子活性 を示 し
た とえば,神経栄養 因子やベー ター ・ア ミロイ ド
たOそこで,本格的に 2MEの栄養 因子活性 を研
タンパ ク質 な ど生体機能分子のバ イオア ッセイ,
究 した。
神経細胞の分化の研究, シナプス形成や神経 回路
形成機構の研究 などである。
しか し, この培養法には大 きな困難点が一つ あ
ところで,2MEが免疫細胞の増殖や免疫機能
の高進に効果のあ るこ とは,免疫学研究者の間で
は周知 の こ とであ り, その作用機構 も詳 しく研究
る。 培養後数 日以内に大半の細胞が死滅す ること
されて きた。す なわち, 2MEは培養液 中の シス
である。 この神経細胞死 を防 ぐ手段 はいろいろ と
チンと結合 してシスチンの細胞内取 り込み を促進
工夫 されて きた。培養液に神経栄養 因子 を添加す
す ること,つ いで,細胞内シスチン含量の増加 に
ること, グ リア細胞 をフィー ダー として用 いるこ
ともないグルタチオン合成がすすみ, その含量 も
と,サ ン ドイッチ法,すなわち,低酸素下 で培養
増加す る。 グル タチオンは細胞内の酸化還元の調
す ることな どである。 これ らの方法 はそれぞれ一
節に重要 な働 きのあるこ とが知 られている。
応の効果 をあげて きたが,やは り一長一短がある。
その理 由は神経細胞死の メカニズム とも関係 して
お り, この点につ いてはまたの機会 に論 じたい。
さて,私 たちは, 2-メルカプ トエ タノール (2
ME)が極めて顕著に神経細胞死 を抑制 し,細胞
3.神経細胞の生存 と分化 に対する 2-MEの効果
6日目の
培養 は次の ように行 った。妊娠マウス1
胎児脳か ら大脳皮質 と線条体 を取 り出 し,二価 イ
オンを含 まない PBS 中で加温処理 した後,細胞
生存率 を高め ることを見つけたので, ここに紹介
を単離 した。つ いで, ポ リリジンで コー トした培
したい(
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,
養皿に まいて,培養 した。培養液は特別 に調製 し
1
9
9
3
)
0
た無血清培地 である。
2.研究の発端
私 たちは,神経細胞の初代培養 を用 いて新規の
神経栄養 因子の探索 とい う研究 を行 って釆たが,
この ような培養条件下 で培養 を開始す ると,棉
経細胞の生存率 は 3,4日後 に急激に減少す る(
図
1)。 ところが,無血清培地に BI
M 細胞や VR-
2g細胞の培養上清液 (
神経栄養 因子が分泌 され
幾つかの酵素が神経栄養 因子活性 をもっているこ
ている) を添加 して細胞 を培養す ると,神経細胞
とに も興味 を持 っていた。 た とえば,エ ノラーゼ
の生存率 は 3, 4倍 (
図 1)
,場合 によっては1
0
倍
や カタラーゼなどである。 グル コー ス-6-リン酸
以上 も増加す る。 神経栄養 因子の判定 は,神経細
イソメラーゼ も栄養 因子活性 が あ る とい う報告
胞の生存の支持, な らびに分化 の促進 (
神経突起
(
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,
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8
9
)を見て,私 たちは, ある必要性か らその追
の伸展) とい う二つのカテゴ リーによ り行 われ る
が,確かに,上述の培養上清液は細胞分化 に対 し
試実験 を始めた。 この酵素 は市販の を用 いた。早
て も顕著 な効果 を示 した。 しか し,培養上清液 を
逮,追試 を行 った ところ確かにこの酵素 は栄養 因
加 えた培養液 を用 いて も,培養 開始後 7日日頃に
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図 2 線条体 の神 経細胞 におけ る神経突起伸 展の誘導
1
6日目のマ ウス胎児か ら線条体 を取 り出 し,細胞 を
a
)
無血清培地 ,(
b)2ME を
単離 した後,培養 した。(
C
)BI
M 細胞の培養上清液 と 2ME
添加 した培地 ,(
S(
一
)
S(
)
+2ME
H・
亡ト・ BI
M
=
-
BI
M+2ME
2
1
2
3
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d
a
y
5
を添加 した培地 ,(
d)VR-2g細胞の培養上清液 と 2
ME を加 えた培地。 2MEは神経細 胞の生存率 に
は効果が あ るが,神経突起の伸展 には誘導効果が な
いこ とに注意。
6
MEの
図 1 神 経細胞の生存に対す る培養上清液および 2効果
1
6日目マ ウス胎児脳か ら大脳皮質 と線条体 を摘 出 し,
PBSで洗 った後,ピベ ッチ ングに よ り細胞 を単馳 し
た。細胞は種 々の培養液 中で培養 した。特別 に調製
した無血清培養液 をベー スに,そこ- VR-2g細胞
M.
VR-2g)
(
a
)
, あ るいは BI
M細
の培養上清液 (
C.
胞 の培養上清液 (
C.
M.
BI
M)
(
b)
を単独 で, あ るいは
2ME (2-メルカプ トエ タノー ル) (
1
0J
J
M) と同
時 に加 えた。培養後 日数 を追 って,生存細胞数 をか
ぞえた。
図 3 大脳皮質の神 経細胞の突起伸展に対する 2MEの効
果
1
8日目のマ ウス胎 児脳 の大脳皮質細胞 を培養 した。
(
a)
無血清培地 ,(
b)2ME を添加 した培地。神経突起
は神経細胞の生存率 は急激 に減少す る (
図 1)
0
の形成が誘 導 されてい る。
ところが,無血清培地 に 2ME を添加す る と,
驚 いた こ とに,培養 開始後 4日た って も神 経細胞
調べ た ところ,線条体神 経細胞に対 しては,2ME
の生存率 は減少 しなか った (
図 1)。 さ らに,無血
は単独 では分化促 進効 果 はなか ったが (
図 2b)
,
ME とを同時 に加 え る
清培地 に培養上清液 と 2-
2MEを培養上清液 (
神経栄養 因子)と同時 に加
と,培養 開始後 6日たって も神経細胞の生存率 は
える と神経細胞 の分化 に対 して相乗効果 を示 した
大 して減少 しなか った (
図 1) 以上 の実験 は,大
(
図 2C,d) これに反 して,大脳皮質神経細胞 に
脳皮質 と線条体 の細胞 を混合 して行 ったが, それ
対 しては 2MEは単独 で分化促進効 果 を示 し(
図
。
。
ぞれ単独 で行 って も同 じような実験結果が得 られ
3b)
, ここへ神 経栄養 因子 を加 える と細胞分化 は
0
た (
図 2, 3)
加算的に増加 した. 2ME単独 の時,細胞分化促
次に,神経細胞の分化 に対 す る 2MEの効果 を
進効果が線条体神 経細胞 と大脳皮質神経細胞 とで
1
5
異な るこ とは, たい- ん興 味深 い。 この理 由は ま
で細胞 を培養 したが,私 たちは低 い細胞密度 で培
だ不 明であ るが, 両神経組織 の発生分化 時期 の相
養 したため に,個 々の細胞の形態変化 を感度 も精
違が関係 してい るか も知 れ ない。
度 も高 く測定 で きたのであ る。
それでは,2MEの作用 の分 子機構 は どんな も
4.今後の展望
のか。免疫細胞 に対す る効果 と同 じよ うな仕組み
2MEの神 経細胞の生存 と分化 に対す る極めて
顕著 な効果 は,予想 もしていなか った出来事 であ
で働 いてい るのだ ろ うか。 この問題 は今 後の研究
課題 であ る
。
ここで強調 したいこ とは,従来 は,
この よ うな効 果が脳 の各部域 におけ る神経細
神経細胞の初代培養 法 の改善 は半 ば経験主義 的に
胞において も普遍的に見 られ るこ とは,私 たち と
行 われて きたが,今後 は,神経細胞の細胞生物学
ほぼ同時に他 の研 究室か らも同 じよ うな研究結果
的特質 を解 明 しなが ら,研 究 目的に応 じて培養法
が発表 された こ とか らも明 らか であ る。もっ とも,
を改良 してい くこ とが可能 であ るとい うこ とであ
る
。
彼 らは,2MEは神経細 胞の生存 を支持 す るだけ
る 逆 に言 えば,従来 は,神 経細胞の初代培養 の
で,細胞の形態変化,す なわち,細胞分化 には効
用途 は限 られていたが,今後 は,神経科学 におけ
果が なか った と報告 してい る。 この点 は私 たちの
る多 くの問題 を初代培養 系 で細胞生物学的 ・分子
実験結果 と異な るが, その理 由は, 彼 らの論文 を
生物学 的に研 究す るこ とが可能 になった と言 えよ
見た限 りでは,実験 に もちいた培養 条件 の相違 の
ため である とお もわれ る 彼 らは, 高 い細胞密度
。
。
う
。