細菌走化性の分子生態工学的研究と 微生物機能を

〔生物工学会誌 第 93 巻 第 2 号 70–75.2015〕
2014 年度 生物工学功績賞 受賞
細菌走化性の分子生態工学的研究と
微生物機能を活用するケミカル生産
に関する研究
加藤 純一
Molecular ecological engineering of microbial chemotaxis and biotechnology
for microbial chemical production
Junichi Kato (Department of Molecular Biotechnology, Graduate School of Advanced Sciences
of Matter, Hiroshima University, Higashi-Hiroshima, Hiroshima 739-8530) Seibutsu-kogaku
93: 70–75, 2015.
はじめに
性という(図 1).細菌は化学物質の濃度勾配を認識して
走化性を引き起こすのであるが,細菌細胞はきわめて小
細菌走化性とケミカル生産,非常にかけ離れた内容と
さいため,ある時点での空間的濃度勾配を検知すること
思われるかもしれない.しかし,細菌走化性では微生物
はできない.その代わり,泳ぎながら常時特定の化学物
の物質認識機能に着目し,ケミカル生産では微生物が有
質の濃度を感知し,過去の濃度情報(3 秒前の情報)と
する物質変換能を利用する,すなわちいずれも微生物の
現在の濃度情報を比較し,その演算結果に基づいて鞭毛
優れた生物機能を活用した生物工学的研究であると認識
モーターの回転方向を制御し,走化性応答を示す.いわ
しており,特段ばらばらなテーマで研究を行っている
ば,P サイズのセンシング - プロセッサーシステムとも
とは思っていない.本来であれば,両テーマについて
とらえることができる.当時,大竹先生は微生物培養系
紹介すべきであろうが,本稿ではより解説が必要とな
での制御が,pH であったり,通気量であったり,微生
る(というよりは,より解説したい)細菌走化性と「分
物細胞に対し間接的な制御しかないことに不満を抱いて
子生態工学」について紹介したい.なお,微生物によ
おられた.しかし,もし走化性「センシング - プロセッ
るケミカル生産については,Journal of Bioscience and
Bioengineering で発表した我々の論文 1–5) を参照いただ
きたい.また,現在,微生物機能を活用して福島復興に
寄与するバイオ技術開発を展開しているが,それについ
ては文献 6 を参照されたい.
培養の direct regulation,
レーダー搭載型環境浄化細菌
1990 年,大竹久夫先生が主宰する広島大学工学部発
酵工学講座培養工学研究室に助手として赴任した.赴任
後開始した研究テーマの一つが細菌走化性の分子機構解
明であった.細菌は周囲の化学物質の濃度変化を感知し,
「好ましい」物質の濃度が高い領域に集積し,「好ましく
ない」物質からは逃避する.この行動的環境応答を走化
図 1.誘引物質を含むガラスキャピラリー開口部に走化性応答
を示す Pseudomonas aeruginosa
著者紹介 広島大学大学院先端物質科学研究科分子生命機能科学専攻(教授) E-mail: [email protected]
70
生物工学 第93巻
サーシステム」を活用できれば,微生物細胞に直接シグ
はこの細菌がかなり多数の走化性センサーを有している
ナルを入力する direct regulation が可能になるのではな
(つまり個性豊か)であることに気づいていた 9).幸運
いかと発想され,走化性研究を開始した.もう一つの出
なことにすでに P. aeruginosa PAO1 のゲノム解析が進
口として考えられたのは,走化性機能を強化した環境浄
行しており,筆者はゲノムアノテーションの国際コン
化細菌の育種である.走化性 / 運動性機能を有さない細
ソーシアに加わり走化性と運動性に関わる遺伝子のアノ
菌への走化性の付与はきわめて困難であるが,運動性 /
テーションを担当した 10)(著者には入っていないが,
走化性機能を有する環境浄化細菌に,浄化の対象となる
acknowledgements に入っている).アノテーションを
環境汚染物質に対する正の走化性を付与できれば,積極
通じ,P. aeruginosa が 26 もの走化性センサー遺伝子,
的に汚染物質を探し出して分解する「レーダー搭載型環
それに 3 セットの細胞内走化性シグナル伝達系遺伝子を
境浄化細菌」を創成できると発想したのである.実のと
有するというきわめて特徴的なゲノムを持つことを,文
ころ,斬新な制御法となるであろう direct regulation に
献 10 が公表されるかなり前から知っていた.
ついての筆者の理解は消化不足で,もっぱら分かりやす
典型的な走化性センサーは図 3 のような構造をしてい
い「レーダー搭載型環境浄化細菌」に飛びつき,漫画ま
る.すなわち,N 末端に 2 か所の膜貫通領域を持つ膜貫
.そして,運動性が良好であることと,
で自作した(図 2)
通型のホモダイマーであり,膜貫通領域に挟まれた部分
バイオレメディエーションを勘案し,その当時走化性研
がペリプラズムドメインを構成し,C 末端側が細胞質内
究があまり進んでいなかった Pseudomonas aeruginosa
のシグナルドメインを構成する.走化性リガンドはペリ
を研究対象に選んだ.実は,この菌株選択がラッキーで
プラズムドメインに結合する.走化性リガンドの多様性
あったことは,後年になって判明した.
を反映し,ペリプラズムドメインの配列は多様性に富ん
最初に行ったのは,走化性アッセイ法の確立である.
でいる.それに対し,シグナル伝達系のタンパク質と相
標準的なキャピラリーアッセイ(Alder 法)7) は手間暇が
互作用する細胞質内ドメインの配列は保存されている.
かかることから,走化性応答の顕微動画(図 1)をビデ
特に CheW タンパク質が結合する約 50 アミノ酸残基か
オ録画し,そのビデオ画面上の菌体数の増加率で走化性
らなるシグナル領域は原核生物全体で高度に保存されて
8)
を測定する改変キャピラリー法を開発した .この方法
いる.したがって,シグナル領域をクエリー配列とした
は 2–3 分の測定で定量的に走化性を評価できる簡便・迅
Blastp 解析できわめて容易に走化性センサーを特定する
速な測定法である.顕微画像を用いるので直感的にも分
ことができる(ちなみに環境細菌は実に多数の走化性セ
かりやすいので,より簡易な判定量的利用も可能である.
ンサー(20 ∼ 60)を有する傾向がある).しかし,感
以降の研究に対する本測定法の貢献は計り知れないもの
知する化合物が特定された走化性センサーは E. coli と
Salmonella typhimurium のものを除き,ほとんどない状
がある.
ゲノム時代到来
況であった.そのため,ペリプラズムドメインの配列の
感知できる化学物質のレパートリーをその細菌の走化
性の「個性」と見なすことができよう.非常に研究が進
んでいた Escherichia coli は 5 つの走化性センサーを有
する.P. aeruginosa の走化性研究の早い時期から,我々
図 2.レーダー搭載型環境浄化細菌
2015年 第2号
図 3.典型的な走化性センサーの構造
71
Blastp 解析によりある走化性センサーの走化性リガンド
のペリプラズムドメインの結晶構造解析がなされたの
を予測するなどと言うことは,望むべくもないことで
で,実際にどのようにアミノ酸が結合するかについても
あった.
明らかになるであろう 20).現在多数の細菌ゲノムが解読
そこで,事前に得た P. aeruginosa のゲノムデータを
されているが,この pctA のオーソログは運動性細菌に
基に 26 の走化性遺伝子の単独破壊株ライブラリーを 3
広く分布しており,アミノ酸走化性が細菌の生存に重要
年かけて構築した.そしてそのライブラリーのスクリー
な役割を果たしていることが推測される.ところでこれ
ニングにより,アミノ酸,リン酸,酸素,リンゴ酸,エ
らアミノ酸走化性センサーは,トリクロロエチレンやク
チレンに対する走化性センサーの特定に成功した 11–16).
ロロホルムに対する忌避応答(負の走化性)のセンサー
環境汚染物質関連では,トリクロロエチレン,クロロホ
でもあることが分かっている 18).トリクロロエチレンや
ルム,チオシアン酸エステル,クロロアニリンの走化性
クロロホルムが PctABC のどの部位に結合するのか,興
センサーを特定できた
17–19)
.
走化性センサーの特性化
P. aeruginosa には 26 も走化性センサーがあるためか,
味あるところである.
リン酸は生命に必須の分子であり,環境中ではしばし
ば枯渇することから,無機リン酸に走化性を示したとし
ても驚くに当たらないだろう.しかし,100 年以上続い
一つの走化性物質を感知する走化性センサーが複数ある
ている走化性研究の中で細菌のリン酸走化性を初めて発
場合が多い.アミノ酸を感知する走化性センサーは
見したのは筆者らであった 21).実はこれ,種も仕掛けも
PctA,PctB および PctC の 3 つであり,それらの遺伝子
は互いに隣接してゲノム上にコードされている.PctA,
PctB および PctC はそれぞれ 18,7,2 種類のアミノ酸
13)
.E. coli も複数のアミノ酸走化性セ
を認識する(図 4)
ンサー(Tsr および Tar)を持つ.Tsr と Tar はそれぞれ
ある話で,Adler らが走化性測定で推奨した緩衝液はリ
ン酸バッファー(これではリン酸走化性は測定できな
い)であったのに対し 7),筆者らは HEPES バッファー
を菌体懸濁液に用いていたため,「運良く」リン酸走化
性を発見することができたのである(それと E. coli や S.
を認識する.それに対し,PctA は 18 種類ものアミノ酸
typhimurium はリン酸走化性を示さない).リン酸走化
14)
(図 5)
.
性のセンサーも複数存在する(CtpH と CtpL)
を認識する.Tsr と Tar のペリプラズムドメインは約 150
この二つのセンサーは機能的に役割分担がなされてお
アミノ酸残基とコンパクトであるのに対し,PctA のペ
り,CtpH は高濃度のリン酸,CtpL は低濃度のリン酸の
リプラズムドメインは約 240 アミノ酸残基と長い.それ
感知を行っている.両センサーともリン酸欠乏条件で発
故,PctA は複数のアミノ酸結合サイトを持ち,そのた
現が誘導されるが,CtpL がいわゆるリン酸レギュロン
セリン,アスパラギン酸という極限られた数のアミノ酸
め多数のアミノ酸を認識できると考えた.最近,PctA
図 4.pctA,pctB,pctC 遺伝子の配置とそれぞれのセンサーが
感知するアミノ酸
72
図 5.リン酸走化性の分子機構.CtpL,低濃度リン酸走化性セ
ンサー CtpH,高濃度リン酸走化性センサー;PhoR/PhoB,リ
ン酸レギュロンの His キナーゼ / レスポンスレギュレーター;
Pst,リン酸特異的トランスポーター.
生物工学 第93巻
我々のようなスクリーニングを主要な研究手段として常
用している生物工学者にとっては,合点のいく話である.
では,彼ら(環境細菌)はただ闇雲に泳いでいるのか?
自然環境では往々にして何らかの生育基質が欠乏する状
態になる.したがって,運動性はその生育基質に巡り会
う確率を高めるためにあるのだろうと考えられてきた.
Howard C. Berg という生物物理学者がその点について
理論的に解析したところ,運動性を持たない細菌が拡散
や移流により移動してくる基質に遭遇する確率とただ闇
図 6. 走 気 性 の 分 子 機 構.Aer,Aer-2, 走 気 性 セ ン サ ー;
ANR,嫌気転写因子;RpoS,定常期 V 因子.
雲に動いている細菌が基質に遭遇する確率には差がない
(すなわち,運動性のアドバンテージがない)ことを見
いだした.しかし,細菌の運動に方向性があった場合(走
化性),明らかに基質に遭遇する確率は向上すると結論
の PhoB/PhoR 二成分制御系により転写レベルで制御さ
した.このことを考えると,「7 割」の運動性環境細菌
れているのに対し,CtpH は PhoB/PhoR の制御下にはな
はただ闇雲に泳いでいる訳ではなく,特定の化合物に集
く,翻訳レベルで発現制御されている 14).CtpH の発現
積する行動的応答(走化性)も発揮していると考えるの
制御が具体的にどのように行われているかはまだ解明さ
は合理的であろう.
れ て い な い.最近, 低 濃 度 リ ン 酸 走 化 性 セ ン サーの
運動性が非常に活発な細菌でもその移動距離はたかが
CtpL がカテコールやクロロアニリンなどの芳香族化合
知れている.それがどれだけの意味を持つのか?この疑
物の走化性センサーでもあることを突き止めた 19).リン
問はもっともなものであると思う.しかし,別の視点か
酸結合部位と芳香族化合物の結合部位はオーバーラップ
ら運動性 / 走化性を考えてみよう.運動性 / 走化性を発
していることを示唆するデータが得られている.詳細は
揮するのには,少なくとも 50 の遺伝子が必要である.
ペリプラズムドメインを精製し,等温滴定型カロリメト
永い自然淘汰圧があったにも関わらず,「7 割」の環境
リーなどでリン酸,芳香族化合物のペリプラズムドメイ
細菌が 50 もの遺伝子を必要とする運動性 / 走化性を保持
ンへの結合を直接計測することにより解明されるであ
しているという事実がある.この事実を説明するために
ろう.
は,自然環境での生存に対し,ともかく運動性 / 走化性
P. aeruginosa は酸素に対し誘引応答を示す.通常走
が何らかのアドバンテージ(それも大きなアドバンテー
気性と称しているが,実際は O2 自体を感知しているの
ジ)をもたらしていると考えざるをえない.では,その
ではなく,酸素呼吸で生じるエネルギーを感知して結
アドバンテージとは何か?走化性研究当初からこの疑問
果的に酸素に集積する「エネルギー走性」である.P.
が頭から離れなかったが,当時は走化性センサーの特性
aeruginosa の走気性センサーは Aer および Aer-2 の二つ
化が進んでいなかったため,この疑問に対し実験的に取
である 15).これら走気性センサーは細胞質膜に結合もし
り組むことができないでいた.しかし,P. aeruginosa
くは相互作用しているが,ペリプラズムドメインを持た
の走化性の分子機構に関する知見が蓄積するとともに,
.その代わり N 末端側に酸化還元電位の変化
ない(図 6)
改変キャピラリー法や走化性センサー遺伝子破壊株ライ
の感知に関与する PAS ドメインを有している.Aer およ
ブラリーなどの実験ツールも整い,この懸案事項に立ち
び Aer-2 とも溶存酸素が低濃度になる条件で転写レベ
向かう機会が熟してきた.
ルで誘導されるが,それぞれの転写因子は異なる.aer
そこで,土壌における植物−環境細菌の生物相互作用
遺伝子の転写には嫌気調節因子である ANR が関与し,
を研究対象に据え,植物病原菌 Ralstonia solanacearum
aer-2 遺伝子の発現には定常期の V 因子である RpoS が関
(青枯病菌)と植物成長促進根圏細菌(plant growth
与している 23).この aer のオーソログも運動性細菌に広
く分布している.
生態学的生物相互作用と走化性
promoting rhizobacteria, PGPR)3VHXGRPRQDVÀXRUHVFHQV
を対象菌株として選択した.R. solanacearum はトマト,
ナス,バナン,タバコなど経済的に重要な農作物をはじ
めとする多種多様な植物に感染し,青枯病・立ち枯れ病
かつて「環境細菌の 7 割は運動性細菌である」との言
を引き起こす土壌病原菌である.R. solanacearum は土
を著名な研究者(原山重明先生)から聞いたことがある.
壌中に長期生残し,感染対象の植物が植えられるとその
この「7 割」がどれだけ正しい数字かは判断できないが,
根圏に移動し,根の傷口や自然な開口部から植物体内に
2015年 第2号
73
侵入し感染を引き起こす.3 ÀXRUHVFHQV は植物の根圏に
検定菌と競合菌を 1:1 に混合して接種する.1 ∼ 2 週間
定着し,病原菌の感染を直接的(抗生物質の生産),間
後に根を回収し,根上に存在するそれぞれの菌株の細胞
接的(ニッチェの占有)に防除するとともに,バイオア
数を比較することで,根コロニー形成競合能を比較する
ベイラビリティの低い栄養源の植物利用性を高めたり
試験である.3 ÀXRUHVFHQV Pf0-1 親株と Pf0-1 のアミノ
(不溶リン酸の可溶化),植物ホルモン様化合物を分泌す
酸 走 化 性 欠 損 株 株('ctABC 株 ) と の 競 合 試 験 で は
ることで植物の成長を促進する.植物感染にしても,根
'ctaABC 株の競合的コロニー形成能が有意に劣ってい
圏定着にしてもまずは環境細菌が当該の植物宿主と出会
た(図 7).次に,アミノ酸走化性欠損株('ctaABC 株)
わなければ始まらないはずで,その生物−生物間の出会
とアミノ酸+ジカルボン酸走化性欠損株('ctaABC-
い(すなわち生態学的生物相互作用の最初期段階)に走
化性が関与するとの作業仮説は妥当なものと考えられ
mcpS1S2 株)を比較すると 'ctaABC 株の競合能の方が
有意に優れていた.以上の結果から,3 ÀXRUHVFHQV の主
る.確かに少なからずのところで「R. solanacearum の根
要な根分泌物アミノ酸,カルボン酸に対する走化性は効
圏への移動,根の傷口の探索,3 ÀXRUHVFHQV の根圏への
率的な根コロニー形成に寄与していることが初めて示さ
移動には走化性が関与する」となにげなく説明されてい
れた.
るが,実際にそれが実験的に証明されたのは 21 世紀に
入ってからである.しかし,具体的にどの化合物に対す
R. solanacearum の走化性センサー特性化は難儀した.
3 ÀXRUHVFHQV と同様に R. solanacearum が有する 22 の走
る走化性がこれら生物相互作用の最初期過程に関与して
化性センサー遺伝子のプラスミドライブラリーを構築
いるかは分からずじまいであった.それは偏に走化性セ
し,P. aeruginosa のアミノ酸走化性変異株もしくは L- リ
ンサーの特性化が遅れていたためである.
ンゴ酸走化性変異株に導入することでアミノ酸,L- リン
そこで,3ÀXRUHVFHQV Pf0-1 株を用い,走化性センサー
ゴ酸の走化性センサーの特定を図ったが,いずれも特定
の特性化を行った.まず,3ÀXRUHVFHQV Pf0-1 の植物関
できなかった.そこで,R. solanacearum の走化性セン
連物質に対する走化性応答を調べた結果,P. aeruginosa
サー遺伝子単独破壊株ライブラリーを構築し,それをス
と同様にアミノ酸やジカルボン酸(リンゴ酸,コハク酸,
クリーニングする戦略に転換した.その結果,アミノ酸
フマル酸)に対し強い走化性応答を示すことが分かっ
走 化 性 セ ン サ ー McpA と L- リ ン ゴ 酸 走 化 性 セ ン サ ー
た 24).一方,糖に対しては走化性応答を示さなかった.
McpM を 特 定 す る こ と に 成 功 し た 26). つ い で,P.
ÀXRUHVFHQV の競合的根コロニー形成試験で用いたトマト
の無菌培養系を利用して,トマト感染へのアミノ酸,L-
アミノ酸やジカルボン酸は根分泌物質の主要成分である
ので,これらの走化性センサーを探索した.3ÀXRUHVFHQV
Pf0-1 は 37 の走化性センサー遺伝子を持ち,その中には
P. aeruginosa pctA のオーソログが 3 遺伝子ある.それ
ら を PCR で 増 幅 し て プ ラ ス ミ ド に ク ロ ー ニ ン グ,P.
aeruginosa の pctABC 変異株(アミノ酸走化性欠損株)
リンゴ酸走化性の寄与を検討した.その結果,アミノ酸
走化性変異株('mcpA 株)は親株と同等のトマト感染
能を有するが,L- リンゴ酸走化性変異株('mcpM 株)
.
は感染能が有意に低下していることが分かった(図 8)
に導入したところ,確かにアミノ酸走化性センサーであ
ることが確認でき,ctaA,ctaB,ctaC と命名した.こ
れらもやはり PctA タイプの性質を持ち,多数のアミノ
酸(それぞれ 16 アミノ酸,16 アミノ酸,5 アミノ酸)
を感知する.ジカルボン酸に対する走化性センサーは,P.
ÀXRUHVFHQV Pf0-1 の 37 の走化性センサー遺伝子のプラス
ミドライブラリーを構築し,それを P. aeruginosa PAO1
の L- リンゴ酸走化性変異株に導入し,L- リンゴ酸走化
性 の 復 帰 を 指 標 に ス ク リ ー ニ ン グ し た. そ の 結 果,
mcpS1 と mcpS2 の 2 遺伝子の導入により L- リンゴ酸走
化性が復帰することが分かった 25).McpS1 と McpS2 は
L- リンゴ酸に加え,コハク酸も感知する.
ついで,3 ÀXRUHVFHQV の根コロニー形成へのアミノ酸
やジカルボン酸に対する走化性の寄与を検討するため
に,トマトを用い競合的根コロニー形成試験を行った.
この試験では,トマトを無菌的に砂耕栽培し,その砂に
74
図 7.3VHXGRPRQDV ÀXRUHVFHQV の競合的根コロニー形成試験.
トマトを植えた試験管に 2 種の菌株を同時に植菌する.2 週間
後,根を回収し,根に存在する菌株を平板計数法で定量した.
WT:親株,AA-:アミノ酸走化性欠損株,OA-:有機酸走化
性欠損株,AA--OA-:アミノ酸 / 有機酸走化性欠損株.
生物工学 第93巻
図 8.Ralstonia solanacearum のトマト感染実験.トマトを植
えた試験管に野生株,アミノ酸走化性欠損株('mcpA),リン
ゴ酸走化性欠損株('mcpM),走化性全般の欠損株('cheA)
を植菌し,枯死したトマトの割合を計測した.Cell free はコン
トロール.
分子生態工学
生態学的生物相互作用の最初期過程で走化性が重要な
役割を果たしていることが分かってきた.さらに筆者ら
の研究により,その最初期過程に関与する具体的な走化
性リガンドおよび走化性センサーも明らかになってきて
いる.となると,走化性を標的にして環境細菌の生態学
的挙動を制御したくなるのは,生物工学研究者の当然な
がらの性である.筆者はこれを分子生態工学と称し,今
後の研究の主課題に据えるつもりである.前節の菌株で
たとえるならば,P. fluorescens のアミノ酸やジカルボ
ン酸への走化性応答を強化して根圏定着能を向上させ
る(それによって PGPR 能をより効果的に発揮させる),
あるいは,R. solanacearum の走化性をかく乱するこ
とにより植物感染の防除を図ることが分子生態工学に
相当しよう.現在まだ予備的試験の段階であるが,R.
solanacearum の走化性 / 運動性をかく乱することで,確
かに植物感染能を低下させることができるとの結果を得
ている.今後研究対象を他の生態的に重要な運動性細菌
に広げ,分子生態工学を実践していきたいと考えている.
謝 辞
本稿の研究成果は,多くの方々からのご指導,ご援助があっ
て初めて得られたものである.広島大学での大竹久夫先生(現・
大阪大学),黒田章夫先生,池田宰先生(現・宇都宮大学),滝
口昇先生(現・金沢大学)
,田島誉久先生,中島田豊先生,東
京大学での兒玉徹先生,五十嵐泰夫先生,イリノイ大学での
Ananda M. Chakrabarty 先生はじめ,お世話になった多くの先
生方,所属した学生諸君にこの場を借りて御礼申し上げます.
文 献
1) Na, K.-S., Kuroda, A., Takiguchi, N., Ikeda, T., Ohatek,
H., and Kato, J.: J. Biosci. Bioeng., 99, 378–382 (2005).
2015年 第2号
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Ikeda, T., Ohatek, H., and Kato, J.: J. Biosci. Bioeng.,
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3) Sameshima, Y., Honda, K., Kato, J., Omasa, T., and
Ohtake, H.: J. Biosci. Bioeng., 106, 199–203 (2008).
4) Hamada, T., Maeda, Y., Matsuda, H., Sameshima, Y.,
Honda, K., Omasa, T., Kato, J., and Ohtake, H.: J.
Biosci. Bioeng., 108, 116–120 (2009).
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