J. R. コモンズの行政的アプローチ

J. R. コモンズの行政的アプローチ
― 資本主義社会における利害の調整方法 ―
高橋 真悟(東京交通短期大学)
1.はじめに
J. R. コモンズ(John R. Commons: 1862-1945)は、アメリカにおける労使関係の調査を通じて、
資本主義社会における利害の調整方法を模索してきた。その方法は、
「個人の行動を抑制し、解放し、
拡張する集団的行動」という彼の制度概念に反映されているといえる。
本稿は、コモンズが晩年に強調した「委員会(commissions)
」に焦点をあて、経済問題に対する行
政的アプローチが利害の調整方法としてどのような意味をもつのかを考察する。その際本稿では、コ
モンズの労働史研究の成果を組み入れ、市場の拡大による資本主義社会の変化および利害関係者自体
の変容に注目する。これは、固定化した階級による利害の対立とは認識が異なるので、解決方法も独
自のものとなる。そこでは、同じ資本主義経済を分析対象としながらも、マルクスやレギュラシオン
理論とは異なる利害の調整方法が示され、そこにコモンズの独自性と現代的な意義があると考える。
したがって本稿では、コモンズの労働史研究から考察を始め、その特徴と晩年に主張した行政委員会
制度、さらにコモンズ独自のゴーイング・コンサーンの概念がどのように結びつくかを整理し、最後
に現代的な示唆を得ることを目的とする。
2.コモンズの労働史研究からみる資本主義の発展
コモンズはヴェブレンやミッチェルとともに制度経済学の創設者とされるが、それと同時に労働史
研究におけるウィスコンシン学派の創始者とされる。小林 [1988] によれば、
「ウィスコンシン学派の
強みは、その事実に立脚する研究態度にあるが、既存の文献や資料の乏しいコモンズの時代にあって
は、事実と経験より必要な概念を構築する以外に研究の方法はなく、それがまたその道の権威者とな
る方法でもあった」
(小林 [1988] p.16)とある。コモンズは大学生の頃から労働組合のある印刷工場
で働いており、それがその後の労働問題を考える上での基礎になった。ここでは、コモンズの労働史
研究の代表作である、論文「アメリカの靴工」
(Commons [1909] 1913)を概説し、彼の労働史研究
の特徴を捉えていくことにする。
(1)市場の拡大と靴職人
労働史研究におけるコモンズの分析の特徴は、
「市場の拡大」に基づいた労使関係の変化にある。彼
はアメリカの靴工における「保護組織(protective organization)
」を歴史的に考察することで、この
変化を示していく。彼はまず、1648 年に結成され、アメリカ最初のギルドとされる、ボストンの「靴
工組合」の考察から始める。初期の靴職人は、顧客の家に出向いて顧客が用意した材料で靴を作る放
浪職人であった。これに対して自分の仕事場をもち、自分が用意した材料で靴を作る居住職人は、職
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人間で連携してギルドを結成していく。
ボストンで登場した靴工組合という保護組織は後者にあたり、
その目的は粗悪品を作る放浪職人の排除にあった(Commons [1909] 1913, p.222)
。
この時期の居住職人は、商人・親方・職人の三機能を兼ね備えた存在であった。商人機能は、仕事
の種類と質を管理し、報酬は質に応じた価格を顧客との交渉で決める能力による。親方機能は、仕事
場や作業道具を管理し、商人から受け取る注文を職人に渡し、報酬は資本と労働の管理による。そし
て職人機能は、注文品を生産し、報酬は労働の熟練度と質、作業速度などによる(ibid., pp.223-24)
。
この段階では、顧客からの注文で個人が「あつらえ品」を作るのが中心であった。よって、粗悪品を
排除することで、良質な商品に対する報酬を得られるので、商品の価格より質が問題となっていた。
ところが、一時的な滞在者や訪問してきた客の注文に即座に応えるため、一般的なサイズの靴を作
り置きする者が現れてきた。以前より多くの靴を一人で作るのは困難になってくるので、そこで親方
機能と職人機能が分化していく。親方はより広範な市場に対応するため、原材料を職人に渡して作ら
せ、完成品を納品させる。職人は「あつらえ品」に加えて「小売用の既製品」を作り、親方は小売商
人兼雇用主となる。こうして、三機能を個人が担っていた段階の組合は、機能ごとに分化していく。
フィラデルフィアで設立された「親方靴工組合」
(1789)と「靴職人連合組合」
(1794)がこれに該当
する。職人達は、親方衆が賃金を引き下げるのではないかという懸念から自己防衛のための保護組織
を結成した。しかし、初期の親方衆は、安売り業者を排除するための価格規制組織(保護組織)を結
成したので、この時点で親方と職人の利害が衝突したわけではなかった。
その後、親方衆の一部は外部市場の開拓に動き出す。彼らは外部市場にサンプルを送り、商品の注
文をとってから、製造・発送する。すなわち、彼らは「卸売商人兼雇用主」となった。コモンズはこ
の段階を産業の「卸売注文段階」とした(ibid., p.230)
。この段階から、親方衆は多くの商品ストッ
クを抱えると同時に、他の競争相手との熾烈な競争を広げていく。そのため、コスト削減のための賃
金交渉が重要性を帯びてきて、
雇用主機能が前面に出てくる。
その結果、
「資本と労働の衝突が始まる」
のである(ibid., p.240)
。
(2)商業資本の登場以後
こうした関係がしばらく続いた後、労使の関係をさらに悪化させる状況が生じる。それは、新たに
生まれた南部と西部の広大な市場の管理を通して、親方と職人の両方を支配する商業資本家の登場で
あった。その背景には、交通網の発達や銀行制度の確立がある。銀行信用の供与によって、実際の注
文に先立って大量の商品ストックをもつことが可能になり、
それはまた市場を投機的にさせていった。
商品販売網を支配する商業資本家は、さまざまな方法で親方や職人、すなわち生産機構を支配して
いく。彼らは職人を自分の倉庫で働かせることもできれば、原材料を職人に渡して完成品を納入させ
ることもできた。さらに、苦役労働をさせる請負業者に生産を委託させることもできたし、囚人労働
を利用して製品価格を下げることもできた(ibid., pp.244-45)
。こうした流れに対する職人の反発が、
1835 年に結成された「靴職人統一共済組合」である。その声明文には、賃金の下落に対する反発と長
時間労働に対する反発が記されていた。そしてついに、この組合の指導下にあった統一組織が、アメ
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リカで最初の 10 時間ストライキを起こしていくことになる(ibid., p.241)
。
一方、靴製造において、職人はさまざまな道具を使用するが、それは基本的に道具であって、本格
的な工場用機械ではなかった。また、初期の靴底ミシンも労働補完的な役割が大きかったので、靴職
人の脅威となることはなかった。ところが、1860 年前後に登場した釘打機や靴底ミシンは労働代替的
であったため、これらを導入した工場が、南北戦争による需要増加によって急速に拡大していった。
この時期の 1868 年に「聖クリスピン騎士団」という保護組織が結成されたが、彼らは機械の導入
そのものに反対したわけではなかった。彼らは「グリーンハンド」と呼ばれた未熟練労働者の雇用が
職人に取って代わることに反対した。しかし、未熟練労働者や蒸気機関を利用して製造された靴は、
安価とされていた囚人労働や中国人労働による靴よりも価格競争力をもっており、品質も職人による
ものと同等、あるいはそれ以上であった(ibid., pp.256-57)
。
靴製造における工場制は 1880 年代初期に概ね確立し、労働は協同作業や手作業に代わって、詳細
に分割された出来高払いの仕事になっていった。そして 1895 年に結成された「長短靴労働者組合」
という保護組織も、職種別というよりも一つの産業における被雇用者全体の組合を目指すものであっ
た。そして彼らは保護貿易を主張し、移民や囚人労働、児童労働、長時間労働に反対した(ibid., p.258)
。
以上がアメリカにおける靴産業の発展と、それに伴う靴工の労働史である。この一連の流れをまと
めると、表1のようになる。
表1 アメリカにおける靴産業の発展と保護組織
市場の範囲
① 職人の放浪範囲
売買の種類
産業階層
仕事の種類
報酬を交渉
農家/特殊技能者
脅威となる存在
保護組織の事例
家族労働者
なし (放浪職人個人)
特殊技能
の管理
商人-親方-職人
② 個人的関係の範囲
顧客からの注文
③ 特定の地域・範囲
小売
④ 水路での移動範囲
卸売注文
⑤ 街道での移動範囲
卸売・投機的
あつらえ品
ボストンの靴工組合
粗悪品
(未分化)
の製造
商人-親方-職人
小売用製品
1648
フィラデルフィアの
安売り品
(未分化→分化開始)
親方靴工組合 1789
の製造
卸売注文品
商人-親方
職人
靴職人連合組合
非組合員
1794-1806
の製造
商業
請負
共同作業
職人
資本家
業者
卸売・投機的
⑦ 世界規模
工場への注文
1835
による仕事
製造
⑥ 鉄道での移動範囲
靴職人統一共済組合
搾取工場
共同作業
卸商
職人
業者
聖クリスピン騎士団
未熟練労働者
1868-72
による仕事
賃金
出来高払い
工場主
長短靴労働者組合
移民、外国製品
労働者
の仕事
1895
(Commons [1909] 1913, p.220 より作成)
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(3)靴工論文の意義
表1では、商人・親方・職人の三機能を併せ持つ靴工が、市場の拡大ともに、資本家、仲介業者、
職人へと分化していき、最終的には工場主と賃金労働者となった。問題は、その過程における「保護
組織」のあり方である。つまり、商慣行の変化と産業階層の分化によって、各経済主体の脅威となる
存在(競争相手となるもの)も変化し、それに対抗する形で、さまざまな保護組織の盛衰が繰り広げ
られていくのである。これはコモンズの言葉でいうゴーイング・コンサーン(going concern:継続的
活動体)の形成ともいえる。
コモンズは靴工の考察を通して、市場の拡大と労使関係の変化が結びつくことを示した。彼はこの
論文の最後で、
「アメリカの靴工はアメリカ産業史の縮図である」
、
「彼らは開拓者であり、明白な記録
を残した。その進展は、典型ではないにせよ、
『説明的』である」
(ibid., p.264)と述べている。そし
て、労使の対立、ここでいう親方と職人の対立は、
「生産手段または生産方法における変化の結果とし
てではなく、市場における変化の結果として直接的に」生じたものである(ibid., p.231)という主張
は、その後のウィスコンシン学派に共通したアプローチとなり、労働史研究に大きな影響を与えた。
3.資本主義社会における行政的アプローチ
(1)コモンズが考える行政委員会制度
労働史や集団・組織の分析を一通り終えた晩年のコモンズは、遺著となった『集団行動の経済学』
(Commons [1950])の最後で、政策論に関わる提言をしていく。それは、誰がどうやって制度をつ
くるのがよいのかに関するものである。彼は、立法府(議会)
、行政府(執政府:大統領や州知事)
、
司法府(裁判所)に続く、第4の統治部門として、行政委員会に注目した。これは例えば、その一種
である産業委員会であれば、
統計調査の他に、
準司法的に労働者と経営者の利害を調整すると同時に、
準立法的に当事者たちの利害を法案に反映させる役割を担っている。つまり、利害の調整を迅速に行
う政策を考えるとき、裁判所の司法的判断は時間がかかり過ぎる。また、実際に法を制定する立法府
も、政治的駆け引きに時間を取られるため、タイミングを逃してしまうことがよくある。よって、当
事者からの直接の意見聴取や専門家が行う統計調査に基づく行政的な政策立案が、即効性という点で
優れている。コモンズは『集団行動の経済学』のなかで、
「農業」
・
「信用」
・
「労使」の3つの分野で、
こうしたアプローチが有効であることを主張した。
彼は権力の使い方を誤れば極端な方向へ行く危険性を懸念しつつも、それは統計調査による客観性
と「正当な手続き」
(デュー・プロセス)によって防ぐことができると考えた。そして、このような行
政委員会には、消費者や一般大衆でもある労働者の、政治的・経済的な「機会」を確保するための交
渉の場という重要な意味があった。コモンズにとって、個人は受動的な合理的経済人ではなく、能動
的で「自発的意志」
(willingness)をもった存在である。行政委員会における交渉の場の確保は、個
人に積極的な「自由」
(freedom)を発揮させる点で不可欠である。つまり、そうしない限りは資本主
義や民主主義を守れないとコモンズは考えたのである。
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(2)メゾレベルとしての行政委員会とゴーイング・コンサーン
コモンズは元々、処女作の『富の分配』
(1893)のなかで、独占的特権(特許・著作権・商標・独
占販売権など)が拡張しつつあるアメリカの資本主義においては、経済的な機会が不平等であること
が問題だと指摘していた。そして、その機会は政府によって規定された法的関係であるので、これを
是正することが社会を改良することであると考えた。初期のコモンズにおいて、それは具体的には選
挙制度の改革であり、少数意見を反映させる比例代表制を採用すべきだという主張につながった。し
かし結局、立法府において真に利害を代表しているのはロビイストであり、司法も個人間の紛争解決
には適しているものの、ルール自体が発展する階級衝突には適さないと考えるようになった
(Commons [1925] pp.383-84)
。
これらを捉え直すと、立法府である議会は、政治的駆け引きを行いながら、マクロ次元におけるル
ール(法律)を制定する場としての機能をもつ。そして、司法府である裁判所は、ミクロ次元である
個人間の紛争解決の場としての機能をもつとともに、立法府が制定したルール(法律)を、慣習の影
響を受けながら、人為的に淘汰する役割をもつ。行政委員会は、このミクロ次元とマクロ次元の中間
にある、メゾレベルの迅速な利害調整制度としての役割をもつといえる。それは、前述した産業委員
会を例にとると、労働組合というゴーイング・コンサーンと、企業または経営者団体というゴーイン
グ・コンサーンの利害調整の場となる。
ゴーイング・コンサーンは単なるグループと異なり、自発的意志をもった個人が目的や期待のもと
に集まってできる継続的な活動体である。その自発的意志は、自分の行動を能動的に決めるものであ
る。コモンズは、さまざまな政治的・経済的・文化的コンサーンがあり、そのなかでのワーキング・
ルールが、ゴーイング・コンサーン内での秩序を形成すると考えた。それは「個人の行動を抑制し、
解放し、拡張する集団的行動」という彼の制度概念そのものを意味する。ただし、注意すべき点とし
て、われわれは一つのゴーイング・コンサーンにのみ属しているということはない。家族という文化
的コンサーンと同時に、国家という政治的コンサーンにも属している。そして、経済的コンサーンに
ついては、企業というコンサーンに属しながらも、労働組合や消費者組合というコンサーンに属した
りもする。それらのゴーイング・コンサーンの代表者による利害調整の場が、行政委員会なのである。
4.市場の変化を踏まえた利害の調整方法
それでは、これらの考察から、利害の調整についてどのようなことが導き出せるのだろうか。われ
われは靴工論文の考察から、市場の拡大(変化)につれて、ゴーイング・コンサーンに該当する「保
護組織」が新たに誕生するという事実を確認した。これらを踏まえたうえで、さまざまな集団・組織
の利害交渉を考える際、以下の3つが重要になることを指摘したい。
第1は、行政委員会を利害の調整手段として活用する場合、真にゴーイング・コンサーンの利害を
反映できる場にする必要がある。行政委員会はアメリカでも日本でも存在するが、そもそも利害関係
者が出席していない場合がある。これでは、自分の行動を能動的に決める自由(フリーダム)が制限
されてしまい、経済的機会の不平等へとつながる恐れがある。
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第2は、第1と同様に行政委員会を活用する場合、委員会の出席者それぞれが、自らの行動を「自
制」する状況をつくる必要がある。日本の行政委員会、とくに「審議会」では、行政官である官僚が
議論の方向を決める傾向があり、
「正当な手続き」は形骸化している場合が少なくない。コモンズはこ
のような官僚政治に陥ることを危惧して、以下のように述べている。
官僚政治を矯正するのは、役所における交代制(rotation)ではない。最も民主的なアメリカ人
も、往々にして、官職に就任した途端に官僚的になる。官僚政治は、まさに通常の人間がもつ独
占的権力欲の本能そのものなのである。官僚政治の本質は、他人に真剣に相談することなく、他
人に対して自己の意志を押し付けることにある。(Commons & Andrews [1916]1936, p.476, 訳
596-97 頁)
最後の「他人に対して自己の意志を押し付ける」やり方では、交渉によって行動を「自制」し、そ
こから秩序を形成することは困難になり、真に利害を調整することにはつながらないであろう。
そして第3は、利害関係者であるゴーイング・コンサーン自体が、市場の変化とともに移り変わる
ことを意識する必要がある。これが、現代的意義を考える際に、本稿で強調したい点である。なぜな
ら、ウィスコンシン学派の祖としてのコモンズの分析はもちろん、彼の個人観や階級観が反映されて
おり、それが今日においても重要性をもっているからである。コモンズは、個人が特定の階級に属し
ていると捉えることに否定的であり、先のゴーイング・コンサーンの内容に代表されるように、個人
はさまざまな活動体に属していることを前提とする。個人は、成長していく過程で所属するゴーイン
グ・コンサーンが変わると同時に、靴工論文同様、市場の変化とともに自分の置かれる立場が変化す
る。その際ゴーイング・コンサーン、すなわち自分の利害を守る「保護組織」は、
「脅威となる存在」
の登場によって、新たに誕生または形態の変化が生じることになる。
よって、個人やゴーイング・コンサーンの自発的意志を尊重しつつ、さまざまな利害を調整する場
として行政委員会を活かすとするならば、行政官は公平な調停者として、保護組織としての各ゴーイ
ング・コンサーンの意見を汲み上げる必要がある。しかし、それだけでは不十分で、市場の変化によ
って生まれ変わるゴーイング・コンサーンを「保護組織」として認識することが必要であり、さらに
新たな「脅威」に対する保護組織への支援の有無などを予測することさえ必要となるであろう。
5.おわりに
資本主義経済を歴史的に考察し、個人と経済全体との間に存在する「制度」
、とりわけ労使関係(賃
労働関係)を扱うものとして、レギュラシオン理論が存在する。近年、B. テレ(B. Théret)など、
レギュラシオニストを含むフランスの研究者がコモンズに注目して、論文発表(Dutraive et Théret
[2013])や『制度経済学』
(Commons [1934])の翻訳作業を行っている。たしかに、コモンズの研究、
とりわけ本稿で取り上げた資本主義の歴史的考察は、レギュラシオン理論との関係において、歴史・
制度・調整・労使関係といった内容を扱っている点で共通している。
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レギュラシオン理論の場合、蓄積体制と大量消費の関係によって資本主義の成長体制が安定化する
か否かの分析がなされるが、出発点は 20 世紀フォーディズムであり、そこからポスト・フォーディ
ズムの多様な資本主義を分類している。そのなかで、労使調停などの利害調整は、調整様式(レギュ
ラシオン様式)として長期的な蓄積体制を調節する存在として理論に組み込まれており、それらが機
能するかどうかも、最終的にその国の資本主義が安定的に成長するか危機に陥るかに関係していく。
つまり、現代の資本主義が成長を維持できるかどうかが最大の関心事であるといえる。
一方、コモンズの場合、個人の対立と相互依存関係を前提とし、それに秩序を与えるには何が重要
かを論じるために、経済学・法学・倫理学を相関させる「取引」概念を最小の分析単位とした。そし
て、個人の自発的意志と個々の取引の集合体としてのゴーイング・コンサーンを扱って、集団的行動
の理論を構築しようとした。その際コモンズが重視したのは、制度は個人の行動を抑制するだけでな
く、個人の行動を拡大するものでなければならないという視点である。それは、前述した行政委員会
制度であれば、各経済主体が自発的意志に基づいて自分たちの主張を述べる機会を確保し、各々の能
動的「自由」を発揮するような「過程」
、すなわちデュー・プロセスの確保が重要となる。このように
利害の対立を調整することによって、最終的に「適正な」
(reasonable)資本主義を実現することが最
終目標となる。したがって、レギュラシオン理論がいうような資本主義の安定的成長が実現しても、
制度によって個人の自由が拡大しなければ、その資本主義は「適正」とはいえないのである。
前述の通り、コモンズは資本主義の発展過程を、市場の拡大とともに分析した。彼においては、市
場の変化に伴うミクロ次元の商慣行の変化が、新たな慣習を生み出し、それが裁判所の判決に影響を
与えると捉えた。財産概念が有体財産から無体・無形財産に変化したように、裁判所が人為的に淘汰
したルールが、マクロ経済活動に影響を与えていき、それが新たな市場の拡大へとつながっていく。
コモンズにはこのような経済社会に関する進化思想があるが、レギュラシオン理論にはそのような進
化的プロセスの説明があるのだろうか。このような点を考えると、両者にはかなり異なる面がある。
コモンズとレギュラシオン理論の融合にどれだけの可能性があるかは未知数であるが、少なくとも、
本稿で扱ったコモンズの考察やその意義も踏まえたうえで、可能性を探っていくべきだと考える。
主要参考文献
Commons, J. R. [1909] 1913. “American Shoemakers, 1648-1895,” Quarterly Journal of Economics, 24
(November). Reprinted in Commons [1913], pp.219-66.
――― [1913] Labor and Administration. New York: Macmillan.
――― [1925] “Marx Today: Capitalism and Socialism,” Atlantic Monthly, 136 (November).
――― [1934] 1990. Institutional Economics: Its Place in Political Economy. New Brunswick and
London: Transaction Publishers.
――― [1950] The Economics of Collective Action. New York: Macmillan. 春日井薫・春日井敬訳『集団
行動の経済学』文雅堂書店、1958 年。
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Commons, J. R. and J. B. Andrews [1916] Principles of Labor Legislation. New York and London:
Harper and Brothers. second revised ed.1920; third revised ed. 1927; fourth revised ed. 1936.
池田直視・吉原節夫訳『労働法原理(第 4 版)』(全2冊)ミネルヴァ書房、1959 年、1963 年。
Dutraive, V. et B. Théret [2013] “Souverainte politique et souverainte monetaire: une interpretation à
partir de l’oeuvre de J. R. Commons, ” Mimeograph. ヴェロニク・デュトレーヴ、ブルーノ・テ
レ著、中原隆幸訳「政治主権と貨幣主権-J.R.コモンズの著作からの一解釈」『経済論叢』(京都
大学)第 187 巻第 1 号、83-110 頁。
小林秀夫 [1988]『アメリカ労働史論―ウィスコンシン学派の研究』関西大学出版部。
高橋真悟 [2013]「法の進化と経済活動-コモンズの集団行動の分析を中心に」『経済論叢』(京都大学)第 187
巻第 1 号、51-63 頁。
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