情報処理学会第 77 回全国大会 6ZB-03 ピア・チュータリングにおける 指差し技術の向上・継承を支援するシステムの提案 猪平 萌映† 中村 嘉隆† 中村 美智子† 高橋 修† 公立はこだて未来大学 システム情報科学部† 1. はじめに 近年,高等教育が求める学力と学生の基礎学力の 差が問題視されている.これを受けて椿本ら (2012) は A 大学に基礎学力向上のための学習支援組織と してメタ学習ラボ (以下 MLL) を設置し,MLL での 指導が有用性のある新たな学習形態であることを示 した[1].また,MLL にはチューターと呼ばれる, 特別な研修を受けた学生の個別学習指導員がいる. チューターから指導を受ける学習者をチューティと 呼び,ここでの指導はチュータリングと呼ばれる. 椿本らは MLL の問題点としてチューターの知識 と技術の継承を指摘している[1].チューターのチ ュータリング技術の熟達には自身の実施に対する省 察や先輩チューターの実施記録などによる技術継承 が役立つと考えられるが,現在のチュータリングは 文章と画像のみを用いて記録されており,チュータ リング中の動作や発話といった情報が記録されにく い.そのため,それらに関する省察や技術継承が難 しいと言える. そこで本研究では,チュータリング技術の継承を 支援し,チュータリング技術の熟達を促すことを目 的とする.提案方式では特に,PC を用いたチュー タリング中の指差しと発話を対象とし,指差し技術 の継承及び省察を促すことを目標とした.人間同士 の対話において指差しは重要な動作であり,指差し にはその時の発話内容が必要不可欠である[2][3]. また,指差しは使い方によっては誤解を招くことも ある[3]ことからも,熟達すべき技術であると考え る. ーションである Touchless for Mac と Soundflower, LadioCast,QuickTime Player を用いる.提案システ ムの概念図を図 1 に示す. 図 1 システムの概念図 3. 実験 提案システムを評価するための実験を行った. 準備 参加者は,実際に MLL でプログラミングを 教えているチューター3 名であった.それぞれのチ ューター歴は 3 年,2 年 8 ヶ月,2 ヶ月であった.3 名には提案システムによってチュータリングを記録 するために約 20 分間のチュータリングのロールプ レイを実施させた.ロールプレイはプログラミング に関する相談とし,チューティ役は 3 名とは別に用 意した.さらに,3 名のチュータリングと比較する ために別の 2 名に同内容のロールプレイを実施させ, 同様にして記録した.また,現在の文字と画像によ る記録と比較するために省察を記録する用紙 (以下 2. 提案方式 リフレクションシート) と,アンケート用紙を作成 提案方式は文字や画像に加え,音声や動画での記 録を用いてチューターの省察や技術継承を支援する. した.リフレクションシートは自身のチュータリン グに対する省察事項を記録する用紙とし,記録項目 具体的には,PC を用いてチュータリング中の指差 は現在 MLL で使用される省察記録を基に作成した. しと発話を記録する.後に再現,他者の実施記録と アンケートは,以下の 3 つの観点を含めた 41 問を の比較を行うことで省察と技術継承を促す.提案シ 用意した. ステムでは,指差しと発話の記録に Leap Motion 社 1. 提案方式によって動作や発話に関する省察が促 の Leap Motion Controller (以下 Leap) 専用アプリケ せたか 2. 提案方式によって技術継承を支援できそうか “A proposal of support system to inherit and improve finger-pointing” 3. 提案システムの使いやすさについて Moe Inohira†, Yoshitaka Nakamura†, Michiko Nakamura†, 手 順 実験ではチュータリングロールプレイを実 † Osamu Takahashi † School of Systems Information Science, Future University Hakodate 4-617 Copyright 2015 Information Processing Society of Japan. All Rights Reserved. 情報処理学会第 77 回全国大会 施した後にリフレクションシートの記入とアンケ ートを実施した.リフレクションシートの記入は 3 つのステップによって構成される. ステップ1. 現在の記録方法と同様に振り返りを 行う.記憶だけを頼りに自身のチュータリ ングを省察し,リフレクションシートに黒 インクのペンを用いて省察内容をまとめる. ステップ2. 記録された自身のチュータリングを 見ながら,リフレクションシートに赤イン クのペンを用いて気づいたことを書き足す. ステップ3. 記録された自身のチュータリングと 記録された他者のチュータリングを比較し ながら,リフレクションシートに青インク のペンを用いて気づいたことを書き足す. 分析方法 リフレクションシートの記述内容とア ンケートの回答内容から,アンケートに用いた 3 つの観点について分析を行う.本研究ではリフレ クションシートの記述内容がステップを追うごと に増えていけば省察が促せたと判断する.また,3 ステップ目の内容で自身では実施できなかった方 法に言及している場合は技術継承を支援できたと 判断する.また,本研究では個人ごとの省察や技 術継承を対象とするため,結果は質的に判断する. 4. 結果と考察 分析の 3 つの観点に沿って結果を述べる. (1)動 作 や 発 話 に 関 す る 省 察 提案方式によって 省察を促すこと,指差しに意識を向けさせること ができた.リフレクションシートの記述内容はど の被験者においてもステップを追うごとに増加し ており,省察の深まりがみられた.ある被験者に は沈黙の数やチューターが考える時間など,動画 特有の内容に言及する記述もみられた.アンケー トに対する回答では,実験を通して指差しに対す る意識が高い水準にあることが明らかとなった. これは,提案システムによってチュータリング中 の指差しに意識を向けることができたと言える. また,アンケート結果からは指差しは誤解を招く 可能性があることを被験者らは判断できていたこ とが明らかとなった. (2)技 術 継 承 を 支 援 す る こ と が で き そ う か 提 案方式によって指差しを含むチュータリング技術 の継承を支援することができることが示唆された. リフレクションシートではどの被験者においても 自身では実施できなかった方法に言及する記述が みられた.特に,チュータリング経験の少ない被 験者では「相手の問題解決方法を聞く」等の具体 的な技術の記述も見られた.アンケートに対する 回答では,提案方式によって今まで記録されなか った動作に対する新しい発見があったことが示さ れた. (3)提 案 シ ス テ ム の 使 い や す さ システムに対し ては,動画教材として有効であるという評価が得 られた.アンケートの回答では特に,指差しが Leap によって示す箇所が明らかである点が評価さ れていた.Leap を用いることについては,慣れれ ば使いやすいという評価がある一方で,指差しを 明確にするツールとしてマウスカーソルを用いた ほうが良いという意見もみられた.これは Leap を 用いると,普通に指を差すよりも指がチラつくか ら,という理由の意見であった.しかし,MLL で はチューティの持ち物を操作しないことが前提と されているため,この意見は振り返り対象がロー ルプレイだったからこそ出た意見とも考えられる. 5. おわりに 本研究は,チュータリングにおける指差し技術 の省察と継承を支援するシステムの提案と評価を 行い,提案方式によってチュータリング技術の省 察や技術継承を支援が期待できることが示された. 一方で,指差しに関する気付きがあるにも関わら ず,リフレクションシートに指差しに関する記述 がされないという問題や,発話方法についても継 承すべき技術があることが明らかとなった.これ は,提案方式から気付いた点を記述するのには現 在の記録方法が適さないことを示唆している.ま た,被験者が少なかったことや,ロールプレイの チューティ役が MLL のチューターであったこと が結果に影響を与えている可能性がある.この理 由として,本研究では MLL というある意味では 非常にユニークな団体を対象としていること,被 験者が MLL のチューターに限られることが挙げ られる.今後は,提案方式によるチューターの熟 達度合いの定期的な観察や,提案方式で得た気付 きの適切な記録方法の考案が必要だと考える. 謝辞 本研究を進めるにあたり,メタ学習センターの 大塚 裕子准教授,MLL の皆様より多大なるご助 力を頂きました.ここに感謝の意を表します. 参考文献 [1] 椿本 弥生, 大塚 裕子, 高橋 理沙, 美馬 のゆり,“大学生を 中心とした持続可能な学習支援組織の構築とピア・チュ ータリング実践,” 日本教育工学会論文誌,Vol.36,No.3, pp.313-325,2012. [2] Adam Kendon,“Gesture: Visible Action as Utterance,” [3] Sotaro Kita ed. , “Pointing: Where Language, Culture, and Cambridge University Press,1832. 4-618 Cognition Meet”, Psychology Press; New., 2003. Copyright 2015 Information Processing Society of Japan. All Rights Reserved.
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