公表版 調査報告書 平成 26 年 6 月 18 日 外国法共同事業 ジョーンズ・デイ法律事務所 平成 26 年 6 月 18 日 武田薬品工業株式会社 御中 調査報告書 外国法共同事業 ジョーンズ・デイ法律事務所 弁護士 鈴木 正具 弁護士 森 弁護士 増田 好剛 弁護士 岡野 光孝 弁護士 金子 菜穂 弁護士 高橋 俊昭 弁護士 足立 昌聡 弁護士 長鎌 未紗 弁護士 藤本 博之 雄一郎 本調査報告書は、CASE-J 試験に関連した貴社による不正疑惑に関して、貴社 より独立した調査機関として調査を行うことの依頼を受けて、当事務所が行な った調査の結果をまとめたものである。 なお、本調査報告書における用語の定義については、「用語集」に記載のと おりである。 調査報告書 目 I. 次 調査の概要 ............................................................... 1 1. 調査の目的等 ......................................................... 1 1.1. 本調査の経緯及び目的............................................... 1 1.2. 本調査の調査範囲................................................... 1 2. 調査の独立性 ......................................................... 1 3. 調査の実施 ........................................................... 2 3.1. 3.2. 3.3. 3.4. 4. II. 当事務所における調査体制........................................... 2 実施方法 .......................................................... 2 武田薬品における協力体制........................................... 5 公的機関との連絡................................................... 5 調査の前提及び限界 ................................................... 6 本調査により判明した事実 ................................................ 8 1. 基礎的事実 ........................................................... 8 1.1. 1.2. 1.3. 1.4. 2. CASE-J 試験の進展と武田薬品の関与 .................................... 11 2.1. 2.2. 2.3. 2.4. 2.5. 2.6. 2.7. 2.8. 3. CASE-J 試験の企画(1999 年~2000 年 10 月) ......................... 11 CASE-J 試験の立ち上げ(2000 年 11 月~2002 年 12 月) ................ 14 CASE-J 試験症例追跡調査期間(2003 年 1 月~2005 年 12 月) ........... 20 データ解析・学会発表(2006 年 1 月~2006 年 10 月) .................. 24 論文掲載(2006 年 9 月~2008 年 2 月) ............................... 28 サブ解析・サブスタディ............................................ 28 CASE-J Ex 試験 .................................................... 31 武田薬品が拠出した寄附金.......................................... 34 販促資材の製作・使用 ................................................ 35 3.1. 3.2. 3.3. 3.4. 3.5. III. CASE-J 試験の概要 .................................................. 8 研究実施体制....................................................... 9 試験データの収集・管理............................................ 10 武田薬品の関連部署................................................ 11 CASE-J 試験に関連する販促資材の概要 ............................... 36 販促資材の製作プロセス............................................ 37 「CASE-J に学ぶ」の製作プロセス ................................... 40 KM 曲線の作成プロセス ............................................. 42 販促資材の保管・使用.............................................. 47 課題の検討 ............................................................ 50 i 1. CASE-J 試験におけるデータ捏造・改ざんの有無 .......................... 50 1.1. 1.2. 1.3. 1.4. 1.5. 2. 検討した課題...................................................... 50 試験参加医師による試験データ提供の過程における改ざん .............. 50 EBM センターにおける代行入力における改ざん ........................ 51 EBM センターのデータベースにおける改ざん .......................... 51 小括 ............................................................. 51 医師主導型臨床試験に対する武田薬品の関与 ............................. 52 2.1. 2.2. 2.3. 2.4. 3. 検討した課題...................................................... 52 CASE-J 試験に対する関与と認められる武田薬品の行為 ................. 53 背景と動機........................................................ 62 小括 ............................................................. 63 販促資材と薬事法 .................................................... 64 3.1. 3.2. 3.3. 3.4. 4. 検討した課題...................................................... 64 虚偽広告・誇大広告の該当性........................................ 65 背景と動機........................................................ 68 小括 ............................................................. 70 その他の問題となりうる武田薬品の行為 ................................. 71 4.1. 公正競争規約違反.................................................. 71 4.2. 個人情報保護法違反................................................ 71 4.3. 薬事法上の報告懈怠................................................ 72 IV. 結語 ................................................................... 74 ii 用語集 用語 疫学講座 公競規 個人情報保護法 個人パソコン等 スライド 成人血管病財団 製薬協 製薬協コード 全社 FS 武田薬品 本合本 本記載 本グラフ 本件 本件検討対象資材 本件資料等 本調査 本 KM 曲線 ワックスマン財団 CASE-J 試験 CASE-J 担当者 「CASE-J に学ぶ」 CASE-J Ex 試験 CRC EBM センター EDC ESC ESH ISH JSH MR MT 誌 意味 京都大学大学院医学研究科疫学研究情報管理学講座 医療用医薬品製造販売業における景品類の提供の制限に関す る公正競争規約 個人情報の保護に関する法律 武田薬品が在職者に支給しているパソコン及び武田薬品の在 職者が個人的に使用している外部記憶装置 パワーポイントスライド 財団法人成人血管病研究振興財団 日本製薬工業協会 製薬協の定めるプロモーション・コード 武田薬品が所有・運用している全社向けファイルサーバ 武田薬品工業株式会社 「CASE-J を活かす」(統合版) CASE-J 試験のサブ解析項目である累積糖尿病新規発症率に 関する記載 本 KM 曲線が交差している点を示す矢印が挿入されているグ ラフ CASE-J 試験に関連した武田薬品による不正疑惑 CASE-J 試験の結果発表直後のプロモーション活動において 製作された II.3.1.3.2)に記載の 16 種類の販促資材 武田薬品並びに関連会社の一切の書類、電子データその他資 料、情報及び人員 本件について当事務所が行った調査 CASE-J 試験の主要評価項目である心血管系イベントの累積 発現率に関するカンデサルタン群とアムロジピン群の KM 曲 線 財団法人日本ワックスマン財団 Candesartan Antihypertensive Survival Evaluation in Japan CASE-J 試験及び CASE-J Ex 試験の各段階において CASE-J 試 験又は CASE-J Ex 試験を担当していた武田薬品の従業員 販促資材「CASE-J に学ぶ」 Candesartan Antihypertensive Survival Evaluation in Japan Extension 臨床試験コーディネーター 京都大学医学研究科 EBM 共同研究センター Electronic Data Capture 欧州心臓学会議 欧州高血圧学会 国際高血圧学会 日本高血圧学会 医薬情報担当者 Medical Tribune iii PDD PMD TIB 審査会 TransPerfect UBIC 医薬開発本部 医薬営業本部 武田薬品医療用医薬品製品情報概要審査会(TIB(Takeda Information Brochure)審査会) TransPerfect Legal Solutions, Inc. 株式会社 UBIC iv I. 調査の概要 1. 調査の目的等 1.1. 本調査の経緯及び目的 武田薬品工業株式会社(以下「武田薬品」という。)は、2014 年になり自社の高血圧症 治療薬「ブロプレス」に関して新聞、テレビ、雑誌等で不正疑惑が大きく取り上げられた ことを受けて、2014 年 3 月 3 日に記者会見を開催し、医師主導型臨床試験である CASE-J (Candesartan Antihypertensive Survival Evaluation in Japan)(以下「CASE-J 試験」 という。)におけるデータ改ざん、利益相反、CASE-J 試験の研究成果のプロモーションへ の使用といった点について、社内調査の結果を踏まえた説明を行った。武田薬品は、記者 会見において、調査の透明性を高めるために、第三者機関に依頼し、社内調査が十分に行 われていない点を含めて、CASE-J 試験に関連した武田薬品による不正疑惑(以下「本件」 という。)に関する調査を進めることを表明し、当事務所を第三者機関として選定した。 武田薬品としては、本件について当事務所が行った調査(以下「本調査」という。)を含 む調査の結果を踏まえて、本件の原因を明らかにして、全社をあげて再発防止に向けたコ ンプライアンス機能の強化及びプロモーション全般の監査機能の強化をしていくこととし た。当事務所は、武田薬品の今後の対応の検討に資するべく、本件に関連する事実関係等 を明らかにすることを目的として、本調査を行った。 1.2. 本調査の調査範囲 本調査を通じて解明が求められる疑惑の対象については、当事務所が本調査の開始時点 において武田薬品より説明を受けていない重大な問題が本調査の過程において新たに認識 された場合を除き、①CASE-J 試験におけるデータ捏造・改ざんの有無、②医師主導型臨床 試験に対する武田薬品の関与及び③販促資材と薬事法との関係、とした。 当事務所は、本調査の目的に資するべく、これらの対象に関する事実関係や背景事情等 の調査分析を実施した。なお、CASE-J 試験における分析や検討内容の是非といった医学 的・科学的な問題については、本調査の対象外とした。すなわち、CASE-J 試験における評 価項目の設定、統計解析方法等といった試験内容の妥当性や症例データと学会発表、論文、 販促資材に用いられた図表や数値の整合性といった点は、本調査の対象としていない。ま た、本調査は、本件の関係者の法的責任及び経営陣の経営責任の有無の判定や再発防止策 の提言を目的とするものではない。 2. 調査の独立性 当事務所は、第三者機関として武田薬品から本調査の依頼を受けるに際して、その独立 性を確保し、維持することが本調査の結果に対する信頼性・客観性・透明性にとって必要 と判断し、武田薬品との間で概ね以下の事項を合意した。 1) 当事務所は、本調査の遂行方法の決定につき完全な独立性を有すること。この遂行 方法には、本調査を通じて解明が求められる疑惑の対象事実、検討資料の範囲、イ ンタビューの対象者及び質問事項、外部専門家の起用についての決定を含むが、こ れらに限られない。 2) 当事務所は、本調査のスケジュールの決定につき、完全な独立性を有すること。 1 3) 当事務所は、本調査を遂行するために必要な当事務所の弁護士及びサポート・スタ ッフの選定と人数並びに本調査における当該弁護士やサポート・スタッフの役割の 決定につき完全な独立性を有すること。 4) 当事務所は、本調査に関する武田薬品への報告書の作成、報告書の様式・内容の決 定及び報告書の提出時期につき完全な独立性を有すること。武田薬品は、当事務所 から受領した報告書を公表することができるが、当事務所の同意無くして、当該報 告書をいかなる方法であれ修正、要約、集約その他変更することはできないこと。 5) 本調査において当事務所が作成した、又は当事務所が起用した外部専門家から受領 した全てのメモ、記録、分析、ドラフト及びその他資料は、当事務所の独占的な財 産であり、本調査の完了後も当事務所の独占的な財産であり続けること。 6) 武田薬品は、本調査及びこれに関する当事務所からの合理的な要請に全面的かつ迅 速に協力し、武田薬品の取締役、監査役及び従業員並びに全ての関連会社に対して、 最優先事項として本調査に協力するよう指示すること。とりわけ、武田薬品は、当 事務所が本調査のために武田薬品及び関連会社の一切の書類、電子データその他資 料、情報及び人員(以下「本件資料等」という。)にアクセスできることを保証し、 当事務所の要請に応じて、第三者が所有又は占有している資料等への当事務所のア クセスを確保するために合理的な最大限の努力を尽くすこと。 7) 武田薬品は、正確な事実認定をすることが、その結果が武田薬品にとって不利なも のであるか否かを問わず、武田薬品にとっての最善の利益となることを理解してお り、武田薬品は、当事務所が自らの裁量により本調査の結果に基づき事実認定を行 い、かかる認定とその結果を最終報告書に含むことについて了承し、同意している こと。 3. 3.1. 調査の実施 当事務所における調査体制 当事務所においては、2014 年 3 月 7 日に武田薬品より本調査の依頼を受けてから、弁護 士 16 名が本調査に従事した。また、当事務所は、以下に述べるとおり、武田薬品のサー バー等の電子保存媒体に含まれるメール等の電子データの保全、復元及びデータベースの 作成等に関するデジタル・フォレンジック調査の支援を受けるために、株式会社 UBIC(以 下「UBIC」という。)及び TransPerfect Legal Solutions, Inc.(以下「TransPerfect」 という。)にデジタル・フォレンジック業務の一部をそれぞれ委託した。また、武田薬品 の販促資材と薬事法との関係については、慶應義塾大学大学院法務研究科(法科大学院) の井田良教授の意見を照会した。 3.2. 実施方法 当事務所は、2014 年 3 月 7 日から 6 月 16 日までの間、武田薬品から開示された本件資 料等(デジタル・フォレンジック調査により入手した電子データも含む。)、武田薬品の 社内関係者等に対するインタビュー及び一般に入手可能な公開情報に基づき、本調査を実 施した。本調査の具体的な実施状況は、概ね以下のとおりである。 2 3.2.1. 文書の検討 当事務所は、以下の文書を収集し、又は開示を受けて検討した。 1) 武田薬品が本調査に先行して実施した内部調査の際に収集・保全されたものとして、 任意に提出を受けた文書 2) 武田薬品の本社及び東京本社の関係部署並びに同関係部署の文書の保管場所におい て、当事務所の弁護士が閲覧の上、収集した文書 3) 当事務所が本調査に必要であると判断して武田薬品に対して提出を要請し、武田薬 品の法務部を通じて提出を受けた文書 4) 当事務所からインタビュー対象者に提出を要請し、任意に提出を受けた文書 なお、当事務所は、前記 3)に関しては、武田薬品に対して、関係部署毎に制定された文 書管理規則の提出を求め、同規則において保存対象としてリストアップされている文書の 内容を確認の上、関連性があると思われる文書を選択し、開示を要請するという手法で文 書の収集を試みた。もっとも、同規則が適時改定されていない部署や同規則に基づく管理 を実施していない部署もあったことが確認されたことから、文書管理規則を利用した文書 の開示の要請といった手法が使えないことで武田薬品においても存在を認識していない文 書を探り出す作業が十分にできなかった可能性は否定できない。 3.2.2. デジタル・フォレンジック調査 当事務所は、UBIC 及び TransPerfect の協力を得て、以下のとおり CASE-J 試験に関わっ ていたと思われる事業部や個人の電子データの保全、復元及びデータベースの作成等をし た上で、電子データについてキーワード検索によって CASE-J 試験に関連するものとして 検討すべき対象の絞り込みを行った電子データを検討した。UBIC 及び TransPerfect が保 全したデータ中レビューの対象としたデータの総容量は、それぞれ 2,662GB 及び 51GB で あり、総ファイル数はそれぞれ 7,408,983 点及び 46,892 点であった。 3.2.2.1. 個人パソコン等 当事務所は、本件資料等より CASE-J 試験に関与していたことが推認された武田薬品の 在職者 25 名について、武田薬品が各人に支給しているパソコン及び各人が個人的に使用 している外部記憶装置(以下「個人パソコン等」という。)について、その記憶領域に存 在する全ての電子データ(断片化したファイルにかかるデータを含む。以下同じ。)を保 全及び復元した上、データベースの作成等をした。 3.2.2.2. 全社ファイルサーバ 当事務所は、武田薬品が所有・運用している全社向けファイルサーバ(以下「全社 FS」 という。)について、前記の武田薬品の在職者 25 名に割り当てられた全社 FS 上の個人フ ォルダ在中の電子データ並びに武田薬品の医薬開発本部(以下「PDD」という。)及び医 薬営業本部(以下「PMD」という。)に割り当てられた全社 FS 上の共有フォルダ在中の電 子データを保全及び復元した上、データベースの作成等をした。 3 3.2.2.3. SharePoint 当事務所は、武田薬品が運用しているグループウェア「Microsoft SharePoint」上の PDD 及び PMD に割り当てられた領域に存在する全ての電子データを保全及び復元した上、 データベースの作成等をした。 3.2.2.4. 電子メール 当事務所は、前記の武田薬品の在職者 25 名及び退職者 1 名について、上記の個人パソコ ン等及び全社 FS に係る保全及び復元処理により確保した電子データから Outlook データ ファイル及びオフライン Outlook データファイルを抽出し、格納されている各メールデー タのデータベースの作成等をした。 3.2.2.5. 武田薬品の取締役会議事録等 当事務所は、保全されていた武田薬品の取締役会等の議事録等の書類を電子化したデー タ及び電子データのデータベースの作成等をした。 なお、デジタル・フォレンジック調査の実施においては、当事務所が、調査会社の選定、 業務委託契約締結及び作業指示を実施し、事務所内でデータレビュー等の作業を行ってお り、武田薬品の従業員は、データ保全及び復元作業を実施するために必要最小限の支援を 行う以外には、デジタル・フォレンジック作業に一切関与しなかった。 3.2.3. 武田薬品の関係者等からのインタビュー 当事務所は、武田薬品の社内関係者 10 人、社外関係者 4 人に対して延べ 23 回、合計約 50 時間のインタビューを実施した。当該関係者には、武田薬品の在職者に加えて、武田薬 品の販促資材等の製作にかかる業務受託会社の関係者及び京都大学との協議に基づきイン タビューを実施した京都大学関係者 1 名が含まれる。 なお、インタビューの実施に際しては、武田薬品の社内関係者に対しては、インタビュ ーについては、厳に秘密とし、社外はもちろんのこと、社内の上司を含め何人に対しても、 インタビューの内容のみならず、インタビューを受けたことも開示しないよう要請し、更 に、当事務所との連絡内容や当事務所の依頼に基づいて行った作業の内容については、作 業に必要な最低限度を除き、同様に開示しないよう要請し、了解を得た。更に、インタビ ューに立ち会った武田薬品の法務部員に対しても、インタビューで聞き及んだ事項につい ては、法務部以外の武田薬品の従業員と原則として共有しないように要請し、当事務所が 実施するインタビューの実効性を確保すべく、社内での口裏合わせを防止するよう留意し た。また、武田薬品の社外関係者に関しては、武田薬品の販促資材等の製作にかかる業務 受託会社及び京都大学との間で秘密保持契約を締結する等、守秘義務の合意を得ることで、 インタビューの秘密保持を確保した。 3.2.4. MR に対するアンケート 当事務所は、CASE-J 試験の試験参加医師を当時担当していた医薬情報担当者(以下「MR」 という。)であった武田薬品の従業員の約 1,100 名に対して、CASE-J 試験に対する関与等 を確認するため、アンケート用紙を送付してアンケートを実施した(アンケート回収率は 82% であった。)。なお、MR に対するアンケートの実施に際しては、武田薬品の法務部以 外の関係者(とりわけ PMD 関係者)に対してアンケート内容を事前に開示しないよう要請 4 するとともに、MR に対して回答を当事務所に直接郵送するよう要請し、武田薬品がアンケ ート調査に介入し、その実効性を阻害することがないよう留意した。 3.2.5. 証拠の保全 当事務所は、本調査に着手した後、直ちに武田薬品に対して本件に関する内部調査にお ける証拠保全措置の状況を確認の上、武田薬品の法務部長から武田薬品の役員及び全部署 長に対する証拠保全及び情報提供を行うよう要請し、2014 年 3 月 13 日、当該要請が実施 された。また、その後、MR に対するアンケートの実施に際して、MR に対する証拠保全等 が徹底されていなかったことが確認されたことから、当事務所は、武田薬品の法務部長か ら MR に対する証拠保全及び情報提供を行うよう要請し、同年 4 月 21 日、当該要請が実施 された。 なお、武田薬品は、本調査に先立つ同年 3 月 5 日及び 12 日、PMD 下の営業所長、営業所 スタッフ及び MR に対して、CASE-J 試験の関連資料及び印刷物の削除・破棄を要請する社 内通知を発信していた。これは、同月 3 日の記者会見において不適切な販促資料を使用し 続けていたことを認めたことを踏まえ、かかる資料を使用しないよう徹底する趣旨でなさ れた措置であるとのことであったが、結果においては、本調査における検討対象となりう る資料が削除・破棄されたという可能性があるという意味では、必ずしも適切な措置では なかったと言わざるを得ない。なお、本調査においては、他の医師主導型臨床試験におけ る不正疑惑の問題が報道等により取り沙汰されるようになった 2013 年以降、武田薬品社 内で組織的に証拠隠滅を実施した可能性があるかどうかにつき、デジタル・フォレンジッ ク調査により入手したデータを用いてその可能性を探ったが、組織的な証拠隠滅行為の兆 候は特段見当たらなかった。 3.3. 武田薬品における協力体制 本調査は、何ら強制力を有するものではなく、武田薬品の依頼を受け、その任意の協力 を前提として行われたものであった。しかし、当事務所が本調査に必要として要求した資 料の開示、インタビューのアレンジといった本調査の遂行について、当事務所の要請には 必要な範囲で協力して頂けたと考えている。すなわち、武田薬品においては、本調査を円 滑に行うために、当事務所からの資料の提供、インタビューのアレンジ等の要請を受ける 担当者として武田薬品の法務部員 2 名を指名した。当該担当者は専従で当事務所による本 調査をサポートしていたというわけではないが、本調査期間中、対応の迅速性には本来の 業務の影響によると思われる多少の波があったものの、概ね遅滞なく対応して頂けたもの と考えており、意図的に本調査の進捗を阻害するような動きは見られなかった。また、前 記の担当者においては、事務処理のみを行っており、当事務所による本調査の検討や報告 書作成には一切関与しなかった。なお、本調査の過程において、武田薬品から本調査の遂 行方法について、指示、提案、要請、意見その他当事務所の独立性を損ねるような行為も 行われなかった。 3.4. 公的機関との連絡 当事務所は、公的機関からの要請に応じて本調査に関したやりとりを行ったが、本調査 の独立性を維持する観点から、公的機関に対しても、本調査の内容については一切開示で きないことを説明した。公的機関においても、本調査の独立性を維持することが調査結果 の客観性・透明性だけではなく、調査の迅速性にも資するものであることを理解頂けたこ とから、当事務所からは、本調査の遂行状況のみを説明するに留めた。 5 4. 調査の前提及び限界 本調査報告書の内容については、本調査が以下の事項を前提として行なわれたものであ ることに留意されたい。 • 当事務所は、武田薬品から開示された情報の正確性、真実性又は完全性について独 自の調査を行っておらず、かかる情報が本調査報告書の作成日現在においても正確、 真実かつ完全であることを前提としている。 • 武田薬品から開示された書類の写しは全て、原本の正確、真正かつ完全な写しであ ること、武田薬品から開示を受けた書類に押印されている署名及び押印は権限を有 する者により適切かつ有効になされていることを前提としている。 また、当事務所は、日本における不正疑惑の際に実施される調査の実務慣行に照らして、 本調査が所与の条件・前提の下で本調査の目的との関係で一般に合理的に必要な範囲、程 度及び方法を著しく逸脱した不完全なものとならないように遂行するよう努めた。しかし ながら、本調査報告書の報告内容の正確性及び完全性については、以下に述べるような本 調査の性格、事案の特性、関係者の事情、時間的制約も考慮して限界があることに留意さ れたい。 • 本調査の対象となる資料は、武田薬品が実際に開示した書類及びデジタル・フォレ ンジック調査の実施により入手した書類等のみ(ただし、一般に入手可能なものと して当事務所が独自に入手した書類等は除く。)であり、本調査におけるインタビ ュー対象者も、武田薬品においてアレンジが可能だった社内外関係者に限定されて いる(とりわけ、CASE-J 試験の実施に関わった関係機関に保管されている書類等 の確認や医師等の関係者からの事情聴取はほとんど行われておらず、主として当事 者の一方の武田薬品側から得られた本件資料等に依拠している点に留意された い。)。本調査は強制力を有して行うものではなく、武田薬品を含む関係者の任意 の協力が得られた範囲以上に調査を推し進めることができないものであることから、 本件に関係する可能性のある全ての客観的資料及び関係者が本調査の対象となって いるわけではない。 • 本調査においては、調査対象となった事実関係が 1990 年代の終わりから 2010 年代 までと長期間に渡るものであり、個別の事実関係については 10 年以上も前の出来 事を調査対象とせざるを得ず、また、武田薬品における複数の関係者が退職してい たことにより、インタビューの実施や電子メールの確認もすることができないとい う側面があった。また、武田薬品における文書保存に関する規定と、何度か行われ ているパソコンの入れ替え作業により、本件に関連して作成されたはずの多くの書 類や電子データが削除されてしまっていた可能性が高い。 • 本調査は、一定の時間的制約の中で行われたものであり、本件に関連すると思われ る資料や関係者についても重要度が高いと思われる資料を優先的に検討し、インタ ビューをアレンジしていることから、全ての資料の検討や関係者からの事情聴取に 当てる時間が充分ではないこと等により、理解の精度も制約を受けざるを得ず、か かる事情の下では、時間を充分にかけていれば発見し得たであろう問題点や事実関 係を看過している可能性を否定することはできない。 6 以上のとおり、当事務所は、本調査の目的に沿うべく、本件に関する事実認定等を適切 に行い、確定的な事実の認定ができないものでも、疑念や兆候が認められたものには 合理性が認められる限度で可能な限り言及するよう最大限努めたが、かかる事実認定等 の検討を客観的に網羅的に行えたと断言できる立場にはない。それ故、本調査報告書は本 件に関する事実関係等を完全に解明し、本調査報告書に記載されている事項以外において 本件に関する重要な事実や問題は存在しないということを保証するものではないことに留 意されたい。 7 II. 本調査により判明した事実 当事務所は、本調査において検討した資料及び実施したインタビューに基づき、本件に 関するものとして、以下の事実関係を認定した。 なお、前記 I.4.で述べた本調査の限界により、本件に関する事実のうち、本調査におい て確認できなかった事実及び存否を確実に認定できなかった事実が存在したが、このよう な事実については、その旨を適宜言及する。また、以下で認定した事実については、本調 査で実施したインタビューの内容又は検討した資料の記載と矛盾するところが全くないと いうわけではないが、当事務所において、全ての情報を総合的に検討して認定したもので ある。 以下、当事務所が認定した事実関係について、①CASE-J 試験の概要等の本件に関する基 礎的事実、②CASE-J 試験の進展と武田薬品の関与に関する事実関係、③販促資材の製作・ 使用に関する事実関係の順で報告する。 1. 基礎的事実 本件に関する基礎的事実として、CASE-J 試験及び武田薬品の関連部署に関して、以下の 事実が認められた。 1.1. CASE-J 試験の概要 CASE-J 試験は、日本における高リスク高血圧患者での心血管系イベントの発生を指標と して、アンジオテンシン II 受容体拮抗薬であるカンデサルタンとカルシウム拮抗薬であ るアムロジピンの有効性を比較検証する目的で実施された日本最初の大規模な医師主導型 臨床試験である。カンデサルタンは、武田薬品が「ブロプレス」として販売している高血 圧症治療薬であり、アムロピジンは、武田薬品の競合会社が販売している高血圧症治療薬 である。カンデサルタンとアムロジピンは、作用機序は異なるものの、CASE-J 試験の開始 当時から今日に至るまで、日本における高血圧症治療薬の市場において競合する製品であ る。 CASE-J 試験は、2001 年 5 月にプロトコル(臨床試験実施計画書)が確定した後、2005 年 12 月末までの調査期間を経て、その試験結果が 2006 年 10 月に国際高血圧学会(以下 「 ISH 」 と い う 。 ) に て 発 表 さ れ 、 ま た 、 2008 年 2 月 に 米 国 心 臓 病 学 会 の 学 会 誌 Hypertension 誌に論文掲載された。試験結果は、主要評価項目である心血管系イベントに ついてはカンデサルタン群及びアムロジピン群の間で有意差が認められないとするもので あった。 以上に加えて、2006 年以降、2007 年に開催された欧州高血圧学会(以下「ESH」とい う。)で発表された高リスク高血圧患者に対する至適降圧値等、CASE-J 試験の主要評価項 目以外の副次的な解析を行ったサブ解析の結果が逐次発表されていた。また、CASE-J 試験 の本試験と並行して行われた付随的研究であるサブスタディが組まれており、高齢高血圧 患者を研究対象とした横浜サブスタディ及び長期投与時の心機能への影響を検討する岐阜 サブスタディについても、試験結果が公表された。 更に、CASE-J 試験発表直後から、CASE-J 試験に参加した医師より更に心血管系イベン トの追跡調査を継続して今後の経過も見るべきとの要望が多く寄せられたこと等の理由か 8 ら、CASE-J 試験の登録患者を対象とし、心血管系イベントの発生を指標としてカンデサル タンとアムロジピンの長期予後に対する影響を明らかにする CASE-J Ex(Candesartan Antihypertensive Survival Evaluation in Japan Extension)(以下「CASE-J Ex 試験」 という。)が実施された。CASE-J Ex 試験は、2006 年 1 月から 2008 年 12 月までの調査期 間を経て、その試験結果が 2010 年 6 月に ESH にて発表され、また、2011 年 8 月に日本高 血圧学会(以下「JSH」という。)の学会誌 Hypertension Research 誌に論文掲載された。 試験結果は、主要評価項目である心血管系イベントについて CASE-J 試験と同様にカンデ サルタン群及びアムロジピン群の間で有意差が認められないとするものであった。 1.2. 研究実施体制 CASE-J 試験の研究体制は、以下の図のとおりであり、試験のプロトコル作成やイベント 評価等を JSH が後援する CASE-J 研究会1が行い、試験の事務局業務やデータマネジメン ト・データ解析を京都大学内の京都大学医学研究科 EBM 共同研究センター(以下「EBM セ ンター」という。)が行うという体制で進められた。また、データマネジメントのシステ ム構築等については、α社が業務を請け負っていた。 1 2000 年当初は CASE-J 委員会として活動していたが、2004 年 11 月以降、JSH から事務業務を委託されて いた財団法人日本学会事務センターの破産宣告に伴い、CASE-J 研究会という団体を設立して活動してい た。 9 1.3. 試験データの収集・管理 CASE-J 試験においては、Electronic Data Capture(以下「EDC」という。)を用いて試 験データの収集・管理が行われていた。CASE-J 試験における試験データの収集・管理のプ ロセスの概要は、以下のとおりであった。 1) 試験参加医師は、プロトコル上の基準を満たした高血圧患者本人に CASE-J 試験の 内容を説明し、患者本人より参加について文書による同意を得る。 2) 試験参加医師は、同意を得た患者について、同意取得日、カルテ番号、患者イニシ ャル、性別、生年月日、登録前 1 ヶ月以内の血圧と登録時の血圧、脈拍等の情報を インターネット又はファクシミリで EBM センターに送信する(症例登録)。 3) EBM センターは、登録内容を確認の上、割付薬剤を試験参加医師に対して連絡する。 試験参加医師は、患者に対し割付薬剤を投与する。 4) 試験参加医師は、登録日から 6 ヶ月毎に、薬剤、検査項目及び有害事象について、 インターネット調査票に入力又はファックス調査票に記入して EBM センターに送信 する(6 ヶ月毎のデータ登録)。 症例登録及び 6 ヶ月毎のデータ登録については、原則として EDC を用いた登録システム (ウェブ登録)を使用することとされていたが、インターネットに不慣れな医師のために ファクシミリでの登録も認められていた。ファクシミリで登録された場合には、EBM セン ターの臨床試験コーディネーター(以下「CRC」という。)がウェブ登録のためにデータ 10 を代行入力した。この結果、全ての登録情報は、EBM センターの臨床試験情報処理システ ムのデータベースで管理されていた。 1.4. 武田薬品の関連部署 武田薬品において CASE-J 試験に関係した主要な部署は、PDD の市販後調査部2並びに PMD のプロダクトマネジメント部、マーケットマネジメント部及び医薬学術部3であった。 PDD は、武田薬品の開発を担当する部門であり、市販後調査部は同部門の傘下にあった。 市販後調査部は、CASE-J 試験立上げ時から一貫して EBM センターや CASE-J 研究会と直接 コンタクトをとって CASE-J 試験の推進に携わっていた。 PMD は、武田薬品の国内営業を担当する部門であり、プロダクトマネジメント部、マー ケットマネジメント部及び医薬学術部は同部門の傘下にあった。後記 II.2.において述べ るとおり、PMD 各部の CASE-J 試験への関わり方は、CASE-J 試験の進展に伴い、その時々 で異なるものであった。 2. CASE-J 試験の進展と武田薬品の関与 本項においては、CASE-J 試験の進展とこれに伴う武田薬品の活動を、CASE-J 試験の進 展段階毎にまとめて報告する。 本調査報告書においては、CASE-J 試験の進展を、①CASE-J 試験の企画(1999 年~2000 年 10 月)、②CASE-J 試験の立ち上げ(2000 年 11 月~2002 年 12 月)、③CASE-J 試験症 例追跡調査期間(2003 年 1 月~2005 年 12 月)、④データ解析・学会発表(2006 年 1 月~ 2006 年 10 月)、⑤論文掲載(2006 年 9 月~2008 年 2 月)、⑥主要解析結果発表後の CASE-J 試験に関する活動、に区分した。更に、主要解析結果発表後の活動については、 (a)サブ解析・サブスタディと(b)CASE-J Ex 試験に区分し、整理した。 2.1. CASE-J 試験の企画(1999 年~2000 年 10 月) 1999 年から 2000 年 10 月までの期間は、武田薬品によるカンデサルタンのアウトカムス タディ(後の CASE-J 試験)の企画に始まり、武田薬品による CASE-J 試験に関する寄附の 意思決定に至るまでの期間である。この間に、試験事務局の選定、専門医への相談・試験 参画への打診・承諾の取得、CASE-J 試験計画の確定等が行われ、最終的に、CASE-J 試験 が開始されることとなった。 2.1.1. 日本人を対象とした高血圧症治療薬の大規模臨床試験の必要性 1999 年 6 月、武田薬品は、ブロプレスを発売した。ブロプレス発売当時、後の CASE-J 試験における対照薬となったカルシウム拮抗薬のアムロジピンが高血圧症治療薬市場で最 2 2004 年 3 月末まで。2004 年 4 月に医薬情報部市販後調査グループ(~2010 年 9 月末)に、2010 年 10 月にファーマコビジランス部製造販売後調査グループに改組されている。なお、本調査報告書においては、 組織改変後については、市販後調査グループと記載する。 3 2002 年 9 月末まで。2002 年 10 月に同三部署がマーケティング部及び医薬学術部の二部署に改組され (~2013 年 3 月末)、その後改めて 2013 年 4 月にマーケットマネジメント部、プロダクトマネジメント 部、医薬学術部の三部署に改組(~2014 年 3 月末)されている。 11 大のシェアを誇っており、またアムロジピン以外にもブロプレスの競合品が多数存在して いた。 この当時、JSH は、厚生労働省の検討会において医療技術の使用に関する基準や指針が 記された診療ガイドラインの作成が重要視され、また、優先順位の高い疾病として高血圧 が選ばれたことを受け、2000 年 6 月に、高血圧治療ガイドライン 2000 年度版を発行した。 このガイドライン作成の過程で、ガイドライン作成にあたり参照する日本での試験成績が 著しく乏しいことが明らかとなり、日本人を対象とした大規模臨床試験が必要であること が JSH の会員間で認識されていた。 2.1.2. 武田薬品におけるカンデサルタンのアウトカムスタディの企画 武田薬品では、ブロプレスの発売以前から、当時開発中であったカンデサルタンの付加 価値最大化、売上最大化をはかるべく、競合品との差別化のためのデータ構築を行うこと が課題とされ、カンデサルタンのアウトカムスタディの計画・実行スケジュールの検討が 進んでいた。そうしたところ、1999 年 9 月、武田薬品の本部長会において、左室肥大を有 する高血圧患者を対象とし、投薬 3 年後までの心血管系イベントの発症率及び左室肥大の 進行抑制/退縮をアムロジピンと比較するアウトカムスタディについて具体的な作業を進 めることが承認された。なお、この当時から、武田薬品では、このアウトカムスタディを 医師による自主研究であるところの医師主導型臨床試験とすることを前提として検討が進 められていた。 2.1.3. 武田薬品による試験事務局選定 1999 年 10 月、武田薬品は、アウトカムスタディ実施のため、循環器病研究振興財団に 医師主導型臨床試験の事務局となることを打診した。同財団に打診した理由は、同財団に は、過去に臨床試験(JATE 研究等)の経験があり、ノウハウがあると期待されたことにあ った。 他方、京都大学大学院医学研究科においては、2000 年 4 月、臨床疫学研究の推進を図り、 EBM(Evidence Based Medicine)に関連する研究領域の発展に寄与することを目的として 「社会健康医学系専攻」が創設された。同月、京都大学医学部長が武田薬品東京本社に来 社し、臨床試験を京都大学(後の EBM センター)に委託することを含む京都大学に対する 支援を要請した。 この結果、武田薬品においては、循環器病研究振興財団と京都大学の 2 団体が、アウト カムスタディの試験事務局の候補となっていた。 2.1.4. 武田薬品による専門医への相談と委員就任依頼 2000 年 5 月から 7 月の間、武田薬品は、上記の試験事務局選定と並行して、後の CASEJ 試験の試験骨子について A 教授や B 教授に説明・相談を行い、A 教授には研究責任者へ の就任も要請した。その結果、A 教授が研究責任者となること、また、試験骨子として、 試験対象をハイリスク高血圧患者とすること、比較対照薬をアムロジピンとすること、心 血管系イベントの発現の抑制を目的とすること、試験期間を 5 年間とすること、がそれぞ れ決定された。 また、同年 6 月から 8 月の間(更にはその後 9 月から 10 月の間にも)、武田薬品は、 12 CASE-J 試験の各運営委員候補を訪問し、委員就任の了承を得た。 2.1.5. CASE-J 試験の大枠確定 以上の試験事務局選定及び専門医への相談を踏まえて、2000 年 7 月、武田薬品の「ブロ プレス及びアクトスの製品付加価値最大化プロジェクト」が、ブロプレスに関して国内の ハイリスク高血圧患者でのアウトカムスタディを優先的に実施することを経営企画部長に 答申し、これにより医師主導型臨床試験としての CASE-J 試験を実施することの大枠が武 田薬品において確定した。この答申では、武田薬品がアウトカムスタディを新 GCP(Good Clinical Practice)下での治験としての実施することは費用・内部工数・実施期間等の 面で極めて大きな困難を伴うことから委託財団での自主研究として実施することが妥当で あること、アウトカムスタディで得られた試験成績は、公表論文としてブロプレスのプロ モーション活動に利用できることが報告された。 なお、この答申に関連して、同年 8 月、武田薬品の本部長会において、国内開発部員の 増員が議題とされた。この本部長会の資料には、ブロプレスのハイリスク高血圧患者を対 象とするアウトカムスタディについては、自主研究を利用することにより、武田薬品の活 動は、試験が適切に実施されているかのチェック・フォロー活動が主体となり、武田薬品 の要員工数削減が可能であるが、それでも最低限の武田薬品の要員が必要となること、同 試験における武田薬品の主な業務内容は、試験関係者の指導、研究立ち上げのための実施 計画書・症例報告書・同意文書(案)の作成支援、試験関係者と試験実施施設の担当、MR との仲介業務等であることが記載されていた。 以上のとおり、CASE-J 試験を実施することの大枠を確定した後、同月中頃、武田薬品は、 ハイリスク高血圧患者のアウトカムスタディの中央事務局として、京都大学(後の EBM セ ンター)を選定した。当時、もう一つの候補であった循環器病研究振興財団については、 予定していた専門医が異動する等の事情があったために実質的に武田薬品の選択肢から外 れてしまい、結果的に臨床試験の実施経験がない京都大学(後の EBM センター)のみが選 択肢として残ったという背景があった。 2.1.6. 京都大学から武田薬品に対する 30 億円の支援要請 以上のとおり CASE-J 試験の試験骨子及び事務局が実質的に確定した状況において、 2000 年 8 月、武田薬品は、後に EBM センターのセンター長となる C 教授と、CASE-J 試験 の事務局の業務内容や寄附条件等についての折衝を実施し、その結果は、京都大学大学院 医学研究科研究科長が武田薬品の当時の代表取締役に送付した書簡である、「高血圧患者 における降圧薬治療の有効性に関する研究」に関わる基金について(依頼)」として結実 した。同書簡は、京都大学大学院医学研究科で同研究を実施することになったこと、同研 究実施に際して中央事務局機能を EBM センターの事業の一環として実施し、データ収集は 高血圧を専門とする全国約 200 名の医師を中心に組織を作り実施する予定であることを述 べ、武田薬品に対して同研究に対する基金として助成金 30 億円の支援を要請したもので あった。 その後、CASE-J 試験の第 1 回運営委員会(計画検討会)が開催され、A 教授、B 教授ら により、試験概略が正式に決定された。この会議には、武田薬品の関係者も参加していた。 13 2.1.7. 京都大学に対する 30 億円の寄附に関する武田薬品の取締役会承認 2000 年 10 月、武田薬品の経営会議において、京都大学大学院医学研究科への 30 億円の 寄附が承認された。当該経営会議においては、寄附の趣旨として、武田薬品として 1999 年 9 月にブロプレスのアウトカムスタディの実施が承認され、内容を検討していた一方で、 京都大学大学院医学研究科から研究助成依頼があったこと、同研究は自主研究として実施 されるために武田薬品内部の工数、経費の削減が可能であること、A 教授を中心とした組 織で実施されるために論文発表のインパクトが大きいこと等が挙げられていた。 以上の経緯を踏まえ、2000 年 10 月、武田薬品の取締役会において、京都大学大学院医 学研究科への 30 億円の寄附が承認された。 2.2. CASE-J 試験の立ち上げ(2000 年 11 月~2002 年 12 月) 2000 年 11 月から 2002 年 12 月までの期間は、武田薬品による寄附の意思決定から、症 例追跡調査期間開始に至るまでの期間である。この期間は、CASE-J 試験の立ち上げのため の期間であり、この期間中に、①試験実施体制の確立・補強、②プロトコルの作成、③デ ータマネジメントシステムの構築、⑤試験実施施設・試験参加医師の選定及び⑥症例登録 が行われた。これに対し、武田薬品は、①京都大学との CASE-J 試験準備に関する協議、 ②プロトコル作成支援、③データマネジメントシステム構築支援、④試験実施施設・試験 参加医師の選定支援、⑤症例登録促進活動並びに⑥パソコンのセットアップ及び回収等を 行った。 2.2.1. 試験実施体制の確立・補強 CASE-J 試験の実施体制は、以下のとおり、①EBM センター設立及び②EBM センターとα 社との関係構築を通じて一旦確立され、その後、③武田薬品から京都大学への寄附金の一 部を利用した EBM センターを支援する京都大学大学院医学研究科疫学研究情報管理学講座 (以下「疫学講座」という。)の開設、④寄附先変更による CASE-J 試験に対する資金確 保及び⑤JSH による CASE-J 試験後援決定等を通じて補強された。 (1) EBM センター設立とα社との研究協力協定の締結 武田薬品において「CASE-J プロジェクトチーム」(後記 II.2.2.2.参照)が立ち上がっ たのとほぼ同時期の 2001 年 2 月、京都大学において、EBM センターが正式に設立され、初 代センター長に C 教授が就任した。また、同月、EBM センターとα社は、データマネジメ ントシステム構築に関する研究協力協定を締結した。 (2) 疫学講座の開設 2001 年 10 月、武田薬品からの寄附講座として、EBM センターにおける臨床試験の支援 を目的とした疫学講座が開講され、D 教授が、同講座担当の教授に就任した。この講座設 置に関して、2000 年 11 月、京都大学から、武田薬品に対して、EBM センターを円滑に機 能させるべく疫学・生物統計学の知識のある専門家を常駐者として雇う必要性に鑑み寄附 講座開設を計画し、EBM センターへの寄附金を一部寄附講座に充当したいとの申し入れが あった。この申入れを受けて、武田薬品においては、2001 年 2 月、30 億円の寄附金のう ち、2 億円を同講座に配分変更することが取締役会で報告された。 14 (3) 寄附先変更 2001 年 11 月、C 教授は、武田薬品に対して、2002 年度以降の寄附予定額 14 億 5000 万 円のうち 9 億円の受け入れを辞退し、辞退分の支出先を JSH に変更するよう依頼した。こ の依頼は、京都大学経理処理システムの都合上、CASE-J 試験のサブスタディ関連費用、シ ステム維持費用等を京都大学から支出するのが困難であるため、これらの費用を JSH を経 て支出するために行われたものであった。ただし、JSH は直接寄附を受け入れることがで きなかったため、形式上の寄附の相手方は財団法人成人血管病研究振興財団(以下「成人 血管病財団」という。)及び財団法人日本ワックスマン財団(以下「ワックスマン財団」 という。)とすることとした。 これを受けて、成人血管病財団が、武田薬品に対して、CASE-J 試験を財団の助成対象事 業と決定し、推進しているとして、同事業に対する助成資金について支援の依頼をした。 また、ワックスマン財団が、武田薬品に対して、同財団の学術研究助成奨励のための寄附 の依頼をした。かかる依頼をうけて、同月、武田薬品の取締役会は、寄附先の変更を承認 した。 (4) JSH による後援正式決定 同年 10 月に開催された JSH で、CASE-J 試験が JSH の正式な後援事業として承認された。 2.2.2. 京都大学等との CASE-J 試験準備に関する協議 プロトコル案作成その他 CASE-J 試験の開始に必要となる準備活動は、本来、C 教授を中 心とした EBM センターにおいて行われるべきものであった。しかし、当時の京都大学(後 の EBM センター)には、臨床試験を自ら主導して計画し、立ち上げるために必要とされる 知識・経験・人材が不足していた。そこで、2001 年 1 月、武田薬品の市販後調査部に 「CASE-J プロジェクトチーム」が発足し、以後は、「CASE-J プロジェクトチーム」のメ ンバーが、主として CASE-J 試験の準備活動の支援を担当することとなった。 この、プロジェクトチームのリーダーは Z 氏であり、その他のメンバーは Y 氏他 3 名の 正社員と派遣社員 2 名(以下、CASE-J 試験及び CASE-J Ex 試験の各段階において CASE-J 試験又は CASE-J Ex 試験を担当していた武田薬品の従業員を、「CASE-J 担当者」という。) であった。武田薬品は、このプロジェクトチームを活用して、京都大学関係者との協議等 を通じて、CASE-J 試験の立ち上げを全面的に支援した。また、当時の武田薬品と京都大学 関係者との協議のための会議として、「CASE-J 検討会」、「京大-武田ミーティング」等 の名称の会議が存在していた。 2.2.2.1. CASE-J 検討会 「CASE-J 検討会」との名称の会議は、2000 年 11 月から 2001 年 2 月にかけて合計 5 回 開催された。 2000 年 11 月、第 1 回 CASE-J 検討会が京都大学の関係者と武田薬品の関係者が出席して 開催された。この会議では、(1)EBM センター設置手続、(2)寄附講座、(3)プロトコル及び (4)CRO(医薬開発受託機関)との連携について話し合われた。(1)については、EBM センタ ー設置の意義及びセンター規則案が説明され、武田薬品に対して積極的な意見が求められ た。(2)については、センターに疫学・生物統計学の知識のある専門家を置くために寄附 15 講座(後の疫学講座)を立ち上げ、教授、助教授、助手として雇うことが提案され、武田 薬品として社内で検討することとなった。(3)については、E 教授から、臨床家 2~3 名+ 生物統計家からなるプロトコル作成員会を 11 月中に作り、12 月中にはファースト・ドラ フトを作成すること、プロトコル作成委員会は CASE-J 運営委員から選出することが提案 され、了承された。(4)については、データマネジメントのシステム構築のために、α社 等の CRO と会合を持つことが報告された。 第 2 回から第 5 回までの CASE-J 検討会では、EBM センター関係者、武田薬品の関係者に 加え、α社等の CRO が参加して、主としてデータマネジメントについての協議が行われた。 2.2.2.2. 京大-武田ミーティング 「京大-武田ミーティング」との名称の会議は、2000 年 1 月より定期的に開催されてお り、EBM センター関係者と武田薬品の CASE-J 担当者が参加して CASE-J 試験の時々の課題 が協議されていた。 2001 年 2 月から 3 月にかけては、プロトコル説明会の打合わせやプロトコル案のチェッ クが行なわれ、また、II.2.2.5.2.において後述するプロトコル説明会について武田薬品 が日程調整や会場選定の作業を実施することが取り決められた。 同年 4 月には、試験参加医師に対する謝金の取り扱いについて協議がなされ、同年 5 月 には、運営委員会や試験参加医師に対するプロトコル説明会の事前打合せが実施された。 更に、同年 6 月には、同意取得文書の簡略化や狭心症の診断基準をプロトコルに載せる こと等が協議され、同年 7 月には、独立データモニタリング委員会やイベント評価委員会 による検討結果によるプロトコル・同意説明文書の変更点の確認や試験参加医師との契約 手続についての確認が実施された。 2.2.3. プロトコルの作成 2.2.3.1. プロトコル作成の経緯 CASE-J 試験のプロトコルは、2000 年 12 月から 2001 年 4 月まで合計 6 回開催されたプ ロトコル作成委員会の第 6 回会議において最終案が作成され、同案は、同年 5 月に開催さ れた第 2 回運営委員会において確認された。その後、同年 6 月のイベント評価委員会、同 年 7 月の独立データモニタリング委員会での検討結果を踏まえて、同年 8 月、京都大学の 「医の倫理委員会」の承認を受けた。 2.2.3.2. 武田薬品の支援 武田薬品の CASE-J 担当者は、上記のプロトコル作成委員会の全て及び第 2 回運営委員 会に参加していた。特に、プロトコル作成委員会においては、CASE-J 担当者のうち複数名 が参加し、オブザーバーとしてプロトコルの作成に関して助言、支援をしていた。 また、上記の会議に参加する以外にも、CASE-J 担当者は、京都大学関係者による CASEJ 試験のプロトコル作成に協力していた。たとえば、本調査においては、プロトコル原案 を CASE-J 担当者が作成したことまで確認することはできなかったが、武田薬品のプロト コルの雛形を京都大学関係者に提供しており、また、2000 年 12 月頃、武田薬品の統計解 16 析部門担当者が、E 教授から、当時プロトコル作成委員会で検討されていたプロトコル案 に記載されている症例数は誤りではないかとの問い合わせをうけ、E 教授の指摘のとおり 誤りであるとの回答をしており、京都大学関係者によるプロトコル作成を部分的に補助し ていたことが窺われた。 2.2.4. データマネジメントシステムの構築 2.2.4.1. CASE-J 試験におけるデータマネジメントシステム CASE-J 試験においては、前記 II.1.3.のとおり、症例登録及び 6 か月毎のデータ登録に ついて EDC を用いた登録システムが採用されており、当該データマネジメントシステムの 構築及び運用がα社に委託されていた。 2.2.4.2. 武田薬品の活動 これに対して、武田薬品は、データマネジメントシステムの構築に関する EBM センター 及びα社の活動に、以下のとおり参画していた。 2000 年 11 月に開催された第 1 回 CASE-J 検討会においては、京都大学より武田薬品に対 して、EBM センターにウェブベースのデータマネジメントシステムを持つことを考えてい ること、α社のシステムが今のところ一番であると考えていること、次回の武田薬品との 会合時にデモを実施することを考えていること、が伝えられた。 その後、前記 II.2.2.2.1.のとおり、同年 12 月から 2001 年 2 月に至るまで、CASE-J 検 討会においてデータマネジメントに関する検討が行われた後、同月、EBM センターがシス テム構築をα社に依頼することが決定された。前記 II.2.2.2.1.のとおり、CASE-J 担当者 は、CASE-J 検討会におけるシステム構築に関する協議に参加していた。なお、CASE-J 検 討会において、CASE-J 担当者は、データシステム構築に関する各種の提言を行ったものの、 Z 氏を含む CASE-J 担当者が、EBM センターにおけるα社の選定プロセスにまで関与した事 実は確認されなかった。 更に、その後、2002 年 1 月のα社や CASE-J 担当者も参加したイベント評価委員会にて ウェブ上でのイベント評価についての討議が行われた後、同年 2 月から毎月、武田薬品と α社との間で、定期的に打ち合わせが行われた。この打ち合わせでは、ウェブ入力の問題 点、イベント評価システムや登録完了後のスケジュール等が協議された。なお、この打ち 合わせには、α社に対する直接の業務委託者であるはずの EBM センターが参加していない が、その内容は C 教授に対して CASE-J 担当者から随時報告されていた。 2.2.5. 試験実施施設・試験参加医師の選定 2.2.5.1. 試験実施施設・試験参加医師選定の経過 2001 年 3 月から 4 月にかけて、EBM センターは、CASE-J 試験参加候補医師に対して、試 験参加依頼状、試験概要及び試験参加の意向を確認するアンケートを同封した試験参加依 頼の文書を郵送し、同アンケートで試験に対する参加の意向を表明した医師に対して、 EBM センターの主催するプロトコル説明会を、同年 6 月から 7 月にかけて開催した。その 後、同年 8 月以降、EBM センターと参加希望医師との間で研究協力協定書が順次締結され、 試験実施施設・試験参加医師が確定した。 17 2.2.5.2. 武田薬品の支援 武田薬品は、試験実施施設・試験参加医師の選定について、以下のとおり、支援を行っ た。 (1) CASE-J 委員会及び EBM センターからの要請 CASE-J 試験の開始当初、CASE-J 試験推進委員が試験実施施設・試験参加医師の選定を 試みたものの選定作業が進まなかった。このため、2001 年 1 月頃、A 教授及び C 教授は、 武田薬品に対して、試験薬剤であるカンデサルタンの使用施設並びに CASE-J 試験実施の 遂行可能な施設及び医師の推薦を依頼した。これに対して、武田薬品は、CASE-J 試験が医 師主導型臨床試験であることを踏まえて、京都大学(後の EBM センター)及び CASE-J 委 員会からの依頼に基づく武田薬品の協力であることを明確にするために、同旨の内容の書 簡を求めたところ、A 教授及び C 教授から武田薬品に対して同旨を内容とする書簡が提出 された。 (2) 候補医師の推薦 かかる要請を受けて、武田薬品の社内においては、プロダクトマネジメント部から各支 店の支店長に対して、支店内から早期に多数例のエントリーが可能で長期のフォローがで きる施設を選定するよう依頼がなされた。その後、武田薬品は、同年 2 月末に支店におけ る候補医師のリストアップ、候補医師の絞り込みを実施した上で、候補医師リストをとり まとめ、同年 3 月初旬に EBM センターにこれを提示した。同時に、優先度の高い医師に対 しては、担当 MR が、市販後調査部長名の「CASE-J スタディ参加についての推薦の承諾願 い」と題する文書を持参し、EBM センターから試験参加可能な医師の推薦に関する依頼を 受けて当該医師を推薦したこと、後日 EBM センターより正式な依頼状が届くことについて 説明した。 (3) プロトコル説明会 また、同年 6 月から 7 月にかけて行われたプロトコル説明会の開催に当たっては、 CASE-J 担当者が必要資料、会場手配、招待状等について助言し、会場については CASE-J 担当者が実際に手配を行った。また、プロトコル説明会に参加できなかった医師からの要 望を受け、Y 氏が、EBM センター主催のプロトコル説明会とは別に、EBM センターと事前に 協議の上、EBM センターが用いたプロトコル説明会資料と同内容の資料を用いて、医師向 けにプロトコルについて説明する会を 3、4 回開催した。 (4) 公正競争規約等に照らした検討 なお、武田薬品は、同年 3 月初旬、EBM センターからの要請を受ける際、「本試験にタ ケダがどこまで関わることが可能か」を検討テーマとして、とりわけ「医療用医薬品製造 販売業における景品類の提供の制限に関する公正競争規約」(以下「公競規」という。) との関係で武田薬品の MR が CASE-J 試験推進業務に合法的に関与できる体制を検討し、そ の結果を踏まえて、MR 向け質疑応答集を作成した。また、同年 8 月頃、武田薬品は、 CASE-J 試験が大学や財団の実施する自主研究であることから、MR の関与が取引誘因行為 となることの懸念があったため、自主研究の趣旨と MR の行動基準について記載した別の 文書を作成し、支店長及び営業所長に対して、これらの内容の MR への徹底を図るよう指 示した。 18 2.2.6. 症例登録 2.2.6.1. 症例登録の進捗 2001 年 9 月、EBM センターから研究協力協定書を締結した施設に対して登録書類が発送 され、同月中に、第 1 例症例が登録され、その後、2002 年 12 月末までの間、症例登録が 行われた。この間、同年 4 月から 10 月の間には、試験参加医師を対象に合計 10 回の進捗 状況説明会が EBM センターによって開催された。 2.2.6.2. 武田薬品の症例登録推進活動 この間、武田薬品は、症例登録推進活動を行った。具体的には、以下に詳述するとおり、 ①ブロプレスの情報活動強化による間接的な症例登録促進、②武田薬品の一部の MR によ る医師に対する直接的な症例登録依頼、③症例登録をしなかった試験参加医師に対する EBM センター名で行われたアンケート実施の代行、④症例登録促進のための武田薬品の MR に対する説明会及び医師対象中間検討会の企画、⑤CASE-J 試験プロトコルに適合する患者 の選択を行った。 (1) ブロプレスの情報活動強化と一部の MR の活動 PMD において、前記 II.2.2.5.2.のとおり CASE-J 試験は京都大学の自主研究であり、武 田薬品の MR が積極的に関与することはできないことを認識しながらも、試験参加医師に 対して、ブロプレスの情報活動を強化することで、結果として症例登録を促進させ、ひい てはブロプレスの業績向上にもつなげることが可能であること等が確認された。そして、 CASE-J 試験に対する今後の対応策として、試験参加医師に対する MR の面接回数を増やし、 医師のモチベーションを上げること、社内のモチベーションを上げる社内体制(試験参加 医師に対する定期的な面接と情報活動の強化を本部として指示する、毎月 CASE-J 試験の 状況について本部より支店に報告する等)を確立することといった方針が決定された。し かし、以上の PMD の方針にもかかわらず、武田薬品の一部の MR は、試験参加医師に対し て口頭で直接症例登録を依頼していた。 (2) アンケート代行 2002 年 2 月、武田薬品は、EBM センターからの依頼を受けて、当時、一例も症例登録を していない試験参加医師に対して、EBM センター名のアンケートを実施することで CASE-J 試験実施上の問題点を明らかにし、問題点の解決を図ることとし、そのためのアンケート を送付・回収するよう PMD 内に周知した。実施されたアンケートは、営業所毎にまとめて、 2 月末までに市販後調査部の従業員に送付することとされており、結果として、武田薬品 は 192 件のアンケートを回収し、これを EBM センターに交付した。 (3) 各種説明会の開催 2002 年 4 月、A 教授と C 教授の連名で、武田薬品の市販後調査部長に対して、現在の症 例登録進捗状況では同年 12 月の登録期限までの目標登録症例数の確保が危惧されること に鑑み、武田薬品が試験推進に協力するよう書面をもって要請がなされた。これを受けて、 同月、市販後調査部長は、プロダクトマネジメント部長に対して、公競規等の範囲内でで きる限り要請に答えるべく、CASE-J 試験実施を推進するよう依頼した。 19 武田薬品は、症例登録推進策として、同年 6 月に、武田薬品 MR 対象説明会を開催した。 同説明会は、担当 MR の CASE-J 試験の理解を深め、情報活動を通じて症例登録を推進する 体制を作ることを目的として実施したものであり、EBM センターのセンター長が、CASE-J の現状と今後の展望について講演を行った。 また、武田薬品は、試験参加医師を対象とする中間検討会の実施を計画し、EBM センタ ーがこれを進捗状況説明会として実施した。この進捗状況説明会は、試験参加医師に対し て、CASE-J 試験の現状報告と症例登録の依頼を行ったものであり、同年 4 月から 10 月ま で合計 10 回開催され、A 教授、B 教授等が司会を務めた。武田薬品からも、市販後調査部 の従業員が常に複数名参加していた。 (4) 試験参加施設における適合患者選択 この間、試験参加医師の担当 MR と市販後調査部の従業員が、試験参加施設のうち少な くとも一施設を訪問し、試験参加医師の同意の下、同施設のカルテ 2000 例分をチェック し、CASE-J 試験のプロトコルに適合する患者を選択した上で、同医師に対して、当該患者 から CASE-J 試験に参加することについての同意を取得するよう依頼した。 2.2.7. パソコンのセットアップ及び回収 前記 II.1.3.のとおり、CASE-J 試験においては原則として EDC を用いた登録システム (ウェブ登録)を使用することとされていたため、試験参加医師にパソコンが配布されて いたところ、2002 年 12 月末の症例登録期間満了に伴い、2003 年 1 月初頭から、EBM セン ターは一例も症例登録がなかった試験参加医師からのパソコン回収作業を開始し、2003 年 7 月に回収を完了した。 これに関して、武田薬品は、公競規への配慮から、MR に対してパソコンのセットアップ 及び回収の補助を指示することはなかったものの、武田薬品の一部の MR が、試験参加医 師に配布されたパソコンの設置、インターネット接続作業等のセットアップを補助し、ま た、パソコン回収作業についても補助していた。 2.3. CASE-J 試験症例追跡調査期間(2003 年 1 月~2005 年 12 月) 2003 年 1 月から 2005 年 12 月までの期間は、症例追跡調査期間であった。この間、 CASE-J 試験については、独立データモニタリング委員会による試験継続承認、運営委員会 での追加解析項目の承認及び JSH での CASE-J 試験中間報告が行われていた。これに対し て、武田薬品は、①EBM センターとの定期的な協議の継続、②武田薬品の一部の MR による 調査票入力作業補助、③CASE-J 試験の試験結果の影響を踏まえた CASE-J 対応プロジェク トでの協議に基づく追加統計解析計画案の策定及び同案の EBM センター及び CASE-J 研究 会への働き掛け、④2004 年及び 2005 年の JSH での CASE-J 研究会による学会発表用のパワ ーポイントスライド(以下「スライド」という。)の作成等を行った。 2.3.1. CASE-J 試験の進捗 CASE-J 試験の症例登録が 2002 年 12 月末日に終了し、4,728 例の登録が確認された後、 2005 年 12 月末に至るまでの間、登録された症例の追跡調査が実施された。 2004 年 8 月、独立データモニタリング委員会が開催され、中間評価が行われ、CASE-J 20 試験の継続が承認された。同年 10 月、JSH において、B 教授より、CASE-J 試験の現況とし て、カンデサルタン群とアムロジピン群の両薬剤群でほぼ同様の血圧推移が示され、優れ た降圧効果が認められたことが報告された。 2005 年 5 月、第 3 回運営委員会が開催され、糖尿病新規発症抑制に関する追加解析を含 む CASE-J 試験の追加解析項目について協議決定された。 同年 9 月に開催された JSH において、A 教授と B 教授が、CASE-J 試験の概要、登録症例 数の推移、患者背景、心血管系イベント発生状況、血圧推移、CASE-J 試験の特徴、CASE-J 試験から期待されること、今後の予定に加えて、予定される主なサブ解析として、糖尿病 新規発症抑制に関する解析、登録時背景によるイベントの層別解析を行うことを報告した。 2.3.2. 京都大学との協議の継続 2004 年 4 月までの間、武田薬品は、概ね 1 か月に 1、2 回開催される京大-武田ミーティ ングを通じて EBM センターによる症例追跡の事務運営を補助していた。同ミーティングで は、EBM センターのデータベース及びイベント評価システムの運用、変則的な症例報告の 取り扱い、症例登録のないパソコンの回収等が協議された。 また、2005 年 1 月以降も、京都大学、α社、CASE-J 担当者が参加する「京大ミーティ ング」と称する会議が月に 1-2 回開催されており、解析、運営委員会の計画等について話 し合われていた。 2.3.3. 武田薬品の一部の MR による調査票入力作業補助 CASE-J 試験の症例追跡調査期間中、武田薬品の一部の MR は、試験参加医師同席の下、 試験参加医師に貸与されたパソコンを使って調査票に入力する作業を代行する等、試験参 加医師による調査票入力作業を補助した。 2.3.4. CASE-J 試験結果の影響の検討 2004 年 9 月頃、武田薬品の社内において、CASE-J 試験の症例追跡調査期間が終わりに 近づいていることを踏まえ、CASE-J 試験のデータ活用に当たっての協議が行われるように なった。その結果、統計解析計画書・追加解析・サブ解析に関して、CASE-J 試験の「成績 がどうころんでも大丈夫なように」解析内容を考慮し、その内容・取り扱い基準を早期に明 確にする必要のあることが認識された。 なお、この協議において、CASE-J 試験の経緯やスケジュール、武田薬品の従前の関与が 紹介されていた。すなわち、武田薬品の支援業務として、①サブスタディ(岐阜:心臓、 横浜:高齢者)支援業務、②結果の早期入手及び解析方法に武田薬品の意向が取り上げら れるよう根回し(研究代表者・研究責任者・運営委員等へのアプローチ、サブ解析の実 施・解析項目の追加)、③事務局支援(調査票回収の促進、問題が発生した症例・施設に 対する援助、データクリーニング、CRC 訓練)が紹介された。他方、武田薬品が直接関与 できない業務として、各種委員会(運営、イベント評価、独立データモニタリング)の運 営、データベースへのアクセス、解析作業が紹介されていた。 21 2.3.5. CASE-J 対応プロジェクト 2.3.5.1. CASE-J 対応プロジェクトにおける協議 上記の CASE-J 試験結果の影響の検討を受けて、2004 年 11 月下旬、武田薬品社内で 「CASE-J 対応プロジェクト」が立ち上げられた。このプロジェクトは、ブロプレスについ て悪い成績が出ることにより、売上に悪影響が及ぶことを防止することを目的として立ち 上げられたものであった。また、CASE-J 試験に類似する VALUE 試験4の主要評価項目にお いて有意差なしとの結果が出たことも、このプロジェクトが立ち上げられた背景の一つに あった。 このプロジェクトには、武田薬品の医薬情報部、統計解析部、マーケティング部等が参 加した。当該プロジェクトは、CASE-J 試験結果の価値を最大限活かすこと、同試験でネガ ティブな結果が出た場合に備えたリスク管理を行うことを目的とし、CASE-J 試験における データ取扱い・解析方針についての武田薬品案の作成及び CASE-J 運営委員会・EBM センタ ーへの働き掛けの方法(統計解析計画書の入手、武田薬品としての解析方針を受け入れさ せる方法)等が検討されることとなった。 このプロジェクトの検討会は、同年 12 月から翌 2005 年 4 月まで合計 6 回開催され、第 6 回検討会において、最終的に京都大学に提案する「追加解析方針(案)」が確定した。 同方針案においては、患者背景によるサブ解析、心血管系イベントにおけるサブ解析、他 剤との併用効果、合併症(糖尿病、高脂血症)の新規発症率、臨床検査値(血清クレアチ ニン値、LVMI)の推移等が盛り込まれた。とりわけ糖尿病新規発症抑制は、VALUE 試験で 有意差が出ていた解析項目であり、CASE-J 試験でも同様の結果が出る可能性があるとの期 待があった。 2.3.5.2. 統計解析計画書に関する働き掛け 2004 年 12 月、CASE-J 担当者が、D 教授と面談した際、CASE-J 試験における今後のデー タマネジメントや解析業務担当について尋ねたところ、D 教授は、実際の解析については、 以前 D 教授のもとで助手をしていた F 講師に依頼する予定である旨及び解析等について D 教授を通してくれれば協力する旨を回答した。武田薬品が、統計解析計画等について武田 薬品なりに考えているところがある旨説明したところ、D 教授は、武田薬品の統計解析計 画を見せてほしい旨を述べた。 その後、2005 年 2 月に開催された「CASE-J 対応プロジェクト」の第 4 回検討会におい て、武田薬品が提示した「追加解析方針(案)」をもとに F 講師に追加解析計画書を作成 してもらうとの方針が合意された。同年 4 月、「CASE-J 対応プロジェクト」の第 6 回検討 会において、同検討会で決定された「追加解析方針」を京都大学側に提示し、検討に加え るよう折衝を進めることになった。 4 心疾患の高リスクを有する本態性高血圧患者に対するアンジオテンシン受容体拮抗薬バルサルタンとカ ルシウム拮抗薬アムロジピンの効果を比較した試験(The Valsartan Antihypertensive Long-term Use Evaluation)。 22 2.3.5.3. 第 3 回運営委員会 2005 年 5 月、第 3 回運営委員会が開催された。同委員会には、A 教授、B 教授、D 教授 その他運営委員、E 教授、F 講師及び G 助手が参加し、また、武田薬品からは Y 氏及び Z 氏が同委員会進行役兼オブザーバーとして出席した。 同委員会では、E 教授、F 講師が統計解析計画書(案)について説明し、その中で主要 解析に追加する解析項目が説明された。解析項目の詳細検討については、各委員が統計解 析計画書(案)を持ち帰り、後日解析担当者が意見を募ることとされた。Y 氏及び Z 氏は、 第 3 回運営委員会が終了してから 1 時間後に F 講師と面談し、武田薬品が提案した追加解 析項目が統計解析計画書(案)に可能な限り盛り込まれていることを確認した。 2.3.5.4. 統計解析計画書の完成 CASE-J 試験の統計解析計画書は、2005 年 5 月に F 講師が新規に作成し、その後 G 助手 による数回の改訂を経て、2006 年 1 月に最終版が作成された。統計解析計画書最終版には、 結果として、糖尿病新規発症率の解析を含む武田薬品作成の追加解析案の内容が概ね盛り 込まれていた。武田薬品は、統計解析計画書の最終版を非公式ながら入手していた。 なお、統計解析計画書の完成に先立つ 2005 年 2 月から 4 月にかけて、統計解析計画書 の作成に関する武田薬品及びα社間の会議や、京都大学、α社及び武田薬品間での解析に 関する会議が行われており、少なくとも Y 氏はこれらの会議に参加していた。 2.3.5.5. F 講師所属講座への奨学寄附 2004 年 12 月、武田薬品と D 教授が統計解析計画について協議をした際、D 教授から、F 講師は現在医療疫学教室にいるため武田薬品から医療疫学教室に奨学寄附金として年 100 万円程度(2~3 年)を入れてもらえれば、CASE-J 試験の解析業務を非常に依頼しやすい との話があった。 その後、F 講師から武田薬品宛に「高血圧領域の疫学調査等の解析方法を分析し、効果 の測定・評価に関する研究」を目的とする寄附依頼書が送付された。これを受けて、武田 薬品では、2005 年に、支出先を京都大学、支出金額を 100 万円、支出目的を研究助成、支 出の理由を高血圧領域における疫学研究とする奨学寄附金として社内手続を経た上、同年 7 月、寄附を行った。 その後、2006 年にも F 講師から同様の寄附依頼書が武田薬品宛に送付され、同様の手続 を経て同額の寄附が行われたが、2007 年に同様の奨学寄附金の支払いがなされた事実は確 認できなかった。 2.3.6. JSH での CASE-J 研究会発表スライドの作成補助 Y 氏は、JSH 2004 及び JSH 2005 において、A 教授や B 教授が CASE-J 研究会による中間 発表のために使用したスライドの一部につき、同教授らの要請を受けて、その作成を補助 した。 23 2.4. データ解析・学会発表(2006 年 1 月~2006 年 10 月) 2006 年 1 月から同年 10 月までの期間は、CASE-J 試験の学会発表の準備から学会発表に 至る期間であった。この間、CASE-J 試験終了を経て、CASE-J 試験の主要委員に試験結果 が報告され、CASE-J 試験の主要解析結果について学会発表が行われた。これに対して、武 田薬品は、CASE-J 試験発表の機会を利用したブロプレスのプロモーション活動の準備と並 行して、①仮解析結果を踏まえた更なる追加解析等を働き掛けることや、②学会発表スラ イドの作成補助、③同スライドへの武田薬品の意向の反映といった働き掛けを行った。 2.4.1. CASE-J 試験の進捗 同期間における CASE-J 試験の進捗は、以下のとおりであった。 日付 イベント 2005 年 12 月 31 日 症例追跡調査期間終了 2006 年 2 月 16 日 運営幹事会開催(ISH 2006 での発表に向けてのスケジュール検討) 同年 6 月 30 日 EBM センターによるデータ収集完了 同年 7 月 24 日 イベント評価委員会開催(全てのイベント評価終了は 7 月 28 日) 同年 8 月 30 日 同年 9 月 15 日 同年 10 月 15 日~ 19 日 同月 19 日 同年 11 月 11 日、 18 日 2.4.2. 独立データモニタリング委員会開催(試験終了までの経緯、今後の 予定等の報告・討論が必要な有害事象の発生例について審議と評価 判定の実施) 運営幹事会開催(主要委員に対して解析結果速報報告) ISH 2006 開催(福岡) 18 日: B 教授が CASE-J 試験の概要及び主要な結果を報告 19 日: A 教授による「腎機能障害別解析結果」の報告 B 教授による「年齢層別解析結果」の報告 H 教授による「糖尿病新規発症に関する解析結果」の報告 CASE-J 研究会各委員への成績報告会 試験参加医師を対象とした成績報告会 学会発表に向けた準備活動 武田薬品においては、2006 年初め頃より、CASE-J 試験の試験結果の学会発表に向けた 事前準備活動が開始された。その活動は、主として PMD が行うブロプレスのプロモーショ ンのための準備活動と、主として PDD が行う CASE-J 研究会及び EBM センターによる同年 10 月の学会発表の補助活動に分かれていた。 まず、PMD においては、CASE-J 試験発表の機会を利用してブロプレスのプロモーション 活動を行う計画が立案された。具体的には、同年 2 月、U 氏、V 氏、W 氏、X 氏等から構成 されるプロジェクトチームを立ち上げてプロモーション計画の立案が進められた。プロモ ーション活動は、①同年 9 月中旬から 10 月 18 日までのプレ CASE-J 活動期間、②同月 19 日から 12 月末までの CASE-J Stage 1 活動期間、③2007 年 1 月から 3 月末までの CASE-J Stage 2 活動期間の 3 つの期間に整理された。 24 ①のプレ CASE-J 活動では、CASE-J 試験の概要・意義を医師らに知ってもらうために、 専門医による CASE-J 座談会の開催や、専門ウェブサイト「CASE-J.com」の立ち上げが予 定され、また、各地域のオピニオン・リーダーの医師の囲い込み策としてスペシャル・コ ーディネーターを新設することとされた。②の CASE-J Stage 1 活動では、①の活動に加 えて、CASE-J 試験の結果を医師らに迅速に伝えるべく、講演会の本会場と全国各地の会場 をパソコン会議システムでつないで一斉にメッセージを発信する CASE-J サミットや TV 講 演会の開催等が企画され、③の CASE-J Stage 2 活動では引き続き CASE-J サミットや TV 講演会を開催していくとともに、各営業所単位でエリアミーティングを開催していくこと 等が計画された。 次に、PDD を中心として、CASE-J 研究会及び EBM センターによる学会発表の補助活動を 行うべく、同年 1 月、X 氏と Z 氏は H 教授と面談し、ISH 2006 における発表について協議 した。また、同年 4 月、Y 氏及び Z 氏が H 教授、I 助教授に面談し、抄録について打合せ を実施した。 同年 5 月、X 氏等の PMD における CASE-J 担当者及び Y 氏、Z 氏等の PDD における CASE-J 担当者が、試験結果発表に向けた「付加価値最大化会議」を開催した(武田薬品では、こ れ以後の PMD 及び PDD の CASE-J 担当者による CASE-J 試験に関する活動を「CASE-J プロジ ェクト」と称していた。)。この会議において、CASE-J 研究会より CASE-J 試験に関する プロモーション活動を行うことの許可を取得すること等が協議された。 この協議を受けて、武田薬品は、同年 6 月、A 教授に対し、「CASE-J 研究に対する期待 感を高め、更にその成果を正しく、迅速にお伝えすることを目的に、CASE-J 研究に関する 広報活動の実施を企画」したとして、CASE-J 試験の広報活動の承諾を文書で要請し、同年 7 月、A 教授、B 教授、H 教授から、「CASE-J 研究に関する広報活動は貴社並びに貴社の委 託する広告代理店に一任することといたしました。本試験の主旨を十分に理解し、公平か つ正確に、そして、迅速に多くの医療従事者に対し情報活動されることを期待します。」 として、広報活動を承諾する文書を受領した。 2.4.3. 仮解析結果の取得から解析結果の確定に至るまでの活動 2.4.3.1. 仮解析結果の取得 2006 年 8 月 1 日、CASE-J 研究会と武田薬品は、CASE-J 試験における解析結果を秘密保 持の対象とした秘密保持確認書を締結した。同確認書では情報開示対象者が特定されてお り、当時の PDD 及び PMD における CASE-J 担当者がその対象者となっていた。 同月 22 日、H 教授、I 助教授、G 助手、Z 氏等が参加した京都大学における打ち合わせ において、CASE-J 試験の少なくとも主要評価項目の結果を含む仮解析結果が伝えられた。 その結果は、主要評価項目において両薬剤群間で有意差なしとするものであった。この内 容は、同月下旬に、PMD の CASE-J 担当者にも伝えられた。 2.4.3.2. 仮解析結果を踏まえた対策の検討・働き掛け 以上で述べた仮解析結果を受けて、2006 年 8 月下旬以降、武田薬品は、既に集計された データの中から少しでもカンデサルタンにとって有利な情報を引き出そうとして、PDD 及 び PMD の CASE-J 担当者による追加解析項目等についての社内協議を踏まえ、EBM センター の統計解析担当者に対して、数多くの追加データや追加解析を繰り返し求めるようになっ 25 た。 この CASE-J 担当者で協議され、EBM センターに依頼された追加解析項目のうち、糖尿病 新規発症の定義を登録時糖尿病リスクありへと変更することによって得られた追加解析結 果は、ブロプレスに有利な結果をもたらした。すなわち、Y 氏は、遅くとも同年 8 月下旬 には糖尿病新規発症の解析結果について両薬剤群間において有意差なしとの結果が出てい たことを認識していたところ、遅くとも同年 9 月 1 日までに、新規糖尿病発症の定義を 「登録時リスクありへ変更する」との意見を反映した解析を G 助手に実施してもらった。 そして、結果として、糖尿病新規発症の解析について、有意差をもってカンデサルタン群 に有利な結果が認められることとなった。 前記 II.2.3.5.1.のとおり、糖尿病新規発症はカンデサルタンにとって有利な結果が出 ると武田薬品が期待していた解析項目であり、主要評価項目で武田薬品にとって望ましく ない「有意差なし」との結果を得ていた中で、当初は「有意差なし」との結果であったに もかかわらず、糖尿病新規発症の定義の変更によりカンデサルタンにとって有利な結果が 得られたことは、武田薬品にとって重要な成果であったと推認される。 2.4.3.3. 試験結果報告発表会用スライドの作成 2006年9月4日頃、Y氏は、G助手より、同月15日の結果報告会で使用するスライド原稿の 作成を依頼された。Y氏は、β社に外注をして、当該スライドの原稿を作成し、同月15日 より前にG助手に提供した。 2.4.3.4. 報告会結果の受領 2006 年 9 月 15 日、CASE-J 研究会の運営幹事会が開催され、CASE-J 研究会の主要メンバ ーに対して CASE-J 試験の試験結果が報告された。その直後、X 氏、Y 氏及び Z 氏は、この 運営幹事会で使用又は配布された CASE-J 試験の試験結果が記載された資料を受領した。 2.4.4. 解析結果の確定から学会発表までの活動 2.4.4.1. 学会発表用スライド作成の経緯 2006 年 9 月 15 日、試験結果が最終的に確定した後、CASE-J 研究会は、H 教授を中心と して、ISH 2006 の発表内容の準備を本格的に行うこととなった。この関係で、武田薬品は、 CASE-J 研究会より学会発表用のスライド・ポスターの原稿の作成を依頼され、β社に対し て、スライド・ポスターの原稿のうち、主として図やグラフ部分の作成等を外注した。 その後、同月 28 日、Y 氏は、CASE-J 担当者に対して、同日時点までに作成された学会 発表用の英語で書かれた全スライドを送付した。また、同月 29 日、Y 氏は、CASE-J 担当 者に対して、学会発表用スライド案(オーラル5×1, ポスター6×3)を送付した。 学会発表用のスライドの第一稿が作成された後、PMD における CASE-J 担当者は、スライ ドの修正案について内部で協議し、Y 氏ないし Z 氏を通じ、又は、自ら発表者と面談して 5 6 オーラル発表とは、講義形式により発表する発表方法である。 ポスター発表とは、ポスターの前で発表する発表方法である。 26 修正案を提案していた。そして、結果として、PMD の提案にかかるスライドの修正案の少 なくとも一部が、最終原稿に採用されていた7。以下、武田薬品の提案にかかるスライド修 正案が採用されていたことが確認できた具体的な事実を報告する。 2.4.4.2. B 教授発表原稿 B 教授のオーラル発表の原稿スライドについては、①発表原稿の結論部分中のメタボリ ックシンドロームの高血圧患者に対する治療薬としてカンデサルタンが推奨される旨を盛 り込むこと、②全死亡の KM 曲線のスライドの追加について、武田薬品から提案がなされ ていた。そして、結果として、①及び②いずれも武田薬品の提案に沿った内容が最終スラ イドに反映されていた。 なお、全死亡の KM 曲線は、「CASE-J に学ぶ」(後記 II.3.1.2.参照)で A 教授が、 「All-Cause Mortality(全死亡)は、カンデサルタン群で発現リスクが 15%低下したが、 有意ではなかった。」と述べているとおり、カンデサルタン群を一定程度評価するデータ であり、ひいては武田薬品のプロモーション活動に資するデータであったと推認される。 2.4.4.3. A 教授発表原稿 A 教授の発表に使用するポスターの原稿スライドについては、多変量解析の結果のスラ イドの追加について、武田薬品から提案がなされていた。そして、結果として、武田薬品 の提案がポスターに最終的に反映されていた。 なお、この多変量解析の結果については、「CASE-J に学ぶ」(後記 II.3.1.2.参照)で B 教授が「腎イベントは、日本人の心血管系イベント発現に最も大きく寄与する危険因子 であることも、CASE-J で示された。つまり、より積極的に ARB を適応とすべき患者像が CASE-J によって明らかにされた。」と ARB であるカンデサルタン群を評価しており、ひい ては、武田薬品のプロモーション活動に資するデータであったと推認される。 2.4.5. 学会発表直後の活動 2006 年 10 月、武田薬品の主催でブロプレス大規模臨床試験研究会が開催され、A 教授 が司会を務め、H 教授及び B 教授が講演を行った。武田薬品からは、出席したこれらの教 授に対して、講演料が支払われた。 CASE-J 試験の学会発表後、武田薬品は、当初のプロモーション計画のとおり、武田 TV 講演会、全国 CASE-J サミットを開催し、また、CASE-J.com を活用したウェブ経由のプロ モーション等も継続して行った。A 教授、B 教授及び H 教授は、武田 TV 講演会等の講演者 となっており、武田薬品からは、同教授らに対して、講演料が支払われた。 7 なお、本調査において、当事務所が認定した事実は、武田薬品がスライドの修正案を提案した事実及び 最終的に武田薬品が提案した内容に沿ったスライドが作成された事実のみであり、各教授におけるスライ ドの採否の理由は含まれず、武田薬品からの提案に対して、各教授が自らの専門的・学術的知見に基づき スライドの採否を判断したことまでも否定するものではないことに留意されたい。 27 2.5. 論文掲載(2006 年 9 月~2008 年 2 月) CASE-J 試験の試験結果を掲載した論文は、2006 年 10 月に、Lancet 誌に投稿されたが掲 載拒否され、その後、2007 年 2 月頃の、New England Journal 誌への投稿の試み、Lancet 誌に対する再投稿及び再度の掲載拒否を経て、同年 7 月頃、Hypertension 誌に投稿され、 2008 年 2 月、同誌に掲載された。 武田薬品は、CASE-J 試験の論文作成・投稿に関しては、CASE-J 研究会が執筆した論文 原稿や論文投稿情報を都度入手していた程度に過ぎず、情報収集等を超えて、CASE-J 担当 者が作成に関与した等の事実は確認されなかった。 なお、2006 年 9 月、Z 氏が論文の草稿を日本語で作成していた事実が認められたが、Z 氏は、当事務所のインタビューにおいて、当該草稿を CASE-J 研究会ないし EBM センター に提出しなかったと述べていた。本調査においては、この Z 氏の説明を疑わせる事情を確 認することはできなかった。 2.6. サブ解析・サブスタディ 2.6.1. 主要解析結果発表後の CASE-J 試験に関する活動の概要 2006 年 11 月以降に遂行された、CASE-J 研究会及び EBM センターを主体とする CASE-J 試験に関する主要な活動としては、前述した主要解析結果に関する論文の作成、後述する CASE-J Ex 試験に加え、サブ解析結果の国際学会等における発表及びサブ解析結果に関す る論文の公表があった。また、その他、CASE-J 試験に関連して 2007 年以降継続された活 動として、横浜サブスタディ及び岐阜サブスタディの結果公表、論文掲載があった。以下、 これらの活動について、報告する。 なお、PDD においては、2007 年 3 月末をもって、CASE-J 試験立ち上げ時から武田薬品に おいて一貫して CASE-J 試験に携わっていた Z 氏が自己都合退職し、EBM センターの主任研 究員に就任した8。Z 氏退職後、2008 年 3 月末までの間、市販後調査グループにおいては、 Y 氏が中心となって CASE-J 試験を担当し、同年 4 月には、Y 氏から T 氏にその担当が引き 継がれた。 2.6.2. 国際学会等におけるサブ解析結果の発表 2.6.2.1. 概要 2007 年から 2010 年までの間、CASE-J 研究会の主要メンバーである A 教授及び B 教授は、 国際学会及び JSH において CASE-J 試験のサブ解析結果に関する学会発表を行っていたが、 A 教授又は B 教授を発表者とする一部の学会発表において使用されたスライド、ポスター の作成等について、武田薬品の従業員が一定の活動を行った事実が認められた。この武田 薬品の活動の態様としては、(i)学会発表用スライド原稿の作成及び修正、(ii)学会発表 用スライドの英訳、ネイティブチェック及び学会発表用ポスター作成の業者委託並びに (iii)それぞれの過程における発表内容の提案等が認められた。以下、このような活動に 8 本調査では、Z 氏は武田薬品が退職を慰留したにもかかわらず自らの意思で移籍したものと認められ、Z 氏が武田薬品の意向を受けて EBM センターに移籍したとの事実は認められなかった。 28 ついて、本調査で認められた主要な事実を報告する。 2.6.2.2. ESH 2007 2007 年 6 月に開催された ESH 2007 で、A 教授及び B 教授は、CASE-J 試験のサブ解析結 果につきオーラル発表を行った。 この発表に先立ち、Y 氏は、B 教授の依頼を受け、発表用スライド原稿を作成してした が、その際、PMD の CASE-J 担当者と協議を行うことにより、武田薬品の意向を反映させた スライド原稿を作成し、B 教授に提供した。この提供されたスライド原稿は、B 教授によ り受諾された。また、Y 氏は、A 教授に対しても、武田薬品の意向を反映して修正したス ライド原稿を提案した。この提案は、A 教授により受諾された。 2.6.2.3. ESC 2007 2007 年 9 月に開催された欧州心臓学会議(以下「ESC」という。)で、A 教授は、CASEJ 試験のサブ解析結果についてオーラル発表を行った。 この発表に先立ち、Y 氏は、A 教授の依頼を受け、発表用スライド原案を作成した上で、 PMD の CASE-J 担当者と協議を行うことにより、武田薬品の意向を反映させたスライド案を 作成し、A 教授に提供した。武田薬品からの提案は、大きな修正なく A 教授の了解が得ら れた。 2.6.2.4. ISH/ESH 2008 2008 年 6 月に開催された ISH 2008 で、A 教授及び B 教授が、CASE-J 試験のサブ解析結 果についてオーラル発表を行った。 A 教授の発表に関しては、同年 4 月、Z 氏が Y 氏に対して学会発表時にスライドに掲載 する予定の図やグラフ案を発表用のスライド案に追加するよう依頼したところ、Y 氏が、 β社にスライド案の修正を依頼した。 B 教授の発表に関しては、同年 4 月から 6 月にかけて、T 氏が、B 教授の依頼を受けて、 学会発表用のスライドの作成・修正を行い、更に発表用原稿のネイティブチェックを含む 英訳を外注先に外注した。 2.6.2.5. 2009 年以降に開催された学会 T 氏は、2009 年 2 月に開催されたアジア太平洋高血圧学会議、同年 7 月に開催された世 界老年学会議、2010 年 6 月に開催された ESH 及び同年 9 月に行われた ISH における、B 教 授等による CASE-J 試験のサブ解析結果の発表に関して、抄録作成、スライド・ポスター 作成、発表原稿案作成、発表原稿やスライド等の英訳の発注等を行った。 2.6.3. サブ解析論文 2.6.3.1. 概要 2008 年から 2011 年までの間に掲載された CASE-J 試験のサブ解析結果に関する論文のう 29 ちの一部の作成等について、武田薬品の従業員が一定の活動を行った事実が認められた。 この武田薬品の活動の態様としては、(i)論文内容の検討及び提案、(ii)論文原稿の一部 作成、(iii) 論文投稿手続や翻訳の外注・費用負担等が認められた。以下、このような活 動について、本調査で認められた主要な事実を報告する。 2.6.3.2. 合併症至適血圧論文 合併症至適血圧論文は、2009 年に Hypertension Research 誌に掲載されたサブ解析論文 である。この論文に関し、2008 年 7 月初旬、T 氏が、同論文の共同執筆者の一人がまとめ た内容にしたがって合併症至適血圧論文案(日本語)の「はじめに」及び「考察」部分を 作成し、当該共同執筆者らに送付した。 2.6.3.3. 慢性腎臓病論文 慢性腎臓病論文は、2009 年に Hypertension Research 誌に掲載されたサブ解析論文であ る。2008 年 4 月、同論文の共同執筆者の一人が作成した最終案を見た PMD の CASE-J 担当 者が、従前より武田薬品が行ってきた、慢性腎臓病患者にはブロプレスが有効であるとの 販売促進活動に疑義を生じさせる等の理由から、同論文の発表阻止又は内容修正に向けて 社内で協議を行い、当該共同執筆者らに対して、同論文の図表の差し替え案を提示した。 2.6.3.4. その他のサブ解析論文 2010 年に Journal of American Geriatrics Society 誌に掲載された B 教授を主著者とす る論文及び 2011 年に同誌に掲載された B 教授を主著者とする論文について、T 氏が、B 教 授及び Z 氏の依頼を受け、論文英訳や論文投稿手続等を武田薬品の費用で外注先に依頼し た。 2.6.4 サブスタディ 2.6.4.1. 横浜サブスタディ 横浜サブスタディでは、2007 年 3 月、結果報告会にて試験結果が報告され、その後、 2008 年 4 月に刊行された「日本臨牀 2008 特別号 CASE-J –CASE-J Study の軌跡-」に研究 内容が掲載された。 横浜サブスタディ報告会用のスライドは、2007 年 2 月頃、研究グループの依頼を受けた Y 氏がスライド案を作成した上で、PMD の CASE-J 担当者の意見を踏まえて、初回割付薬投 与量と血圧コントロール等について資料を追加する等して、研究グループに提示されたも のであった。 上記の研究内容を掲載した原稿についても、2008 年 1 月、Y 氏と執筆者が内容について 協議した上で作成した。少なくとも、論文のプロトコルの部分は、Y 氏が作成した。 2.6.4.2. 岐阜サブスタディ 岐阜サブスタディでは、2006 年 11 月、最終報告会が開催され、2007 年 10 月、JSH 2007 において、結果が発表された上で、研究結果に関する論文が 2011 年に Blood Pressure 誌に掲載された。 30 Y 氏は、武田薬品の意向に沿った内容となるものとすべく、最終報告会に使用されたス ライド原稿及び JSH 2007 のスライド原稿を準備した。 また、岐阜サブスタディの論文は、2009 年から 2010 年にかけ、学会誌への投稿・掲載 拒否が繰り返されていた。このため、岐阜サブスタディの担当者であった市販後調査グル ープ員が、(i) 投稿先の選択に関する協議、(ii) 統計解析に関する G 助手と執筆者との 間のコミュニケーションの仲介、(iii) 英文の修正等に関するコンサルタント会社のアレ ンジ、(iv) 論文のレビュアーからの質問に対する回答案の作成支援といった、各種の支 援を行っていた。 2.7. CASE-J Ex 試験 CASE-J Ex 試験は、CASE-J Ex 試験の企画に始まり、プロトコル作成等の試験立ち上げ 段階を経て、症例追跡調査及び調査票回収を行った後に、統計解析、学会における試験結 果発表、論文掲載が行われるという、CASE-J 試験とほぼ同様の経過を辿った。これに対し、 武田薬品も、CASE-J Ex 試験の各段階において、CASE-J 試験について行ってきたことと類 似の活動を行っていた。ただし、CASE-J Ex 試験については、Z 氏が EBM センターに移籍 していたこと、また、PDD の CASE-J 担当者も、時期により Y 氏又は T 氏の 1 名のみであっ たこと等から、武田薬品の活動も、その質及び量において限定的であった。 2.7.1. CASE-J Ex 試験の企画 2006 年 12 月、CASE-J 研究会の運営委員会において、調査期間を 2006 年 1 月から 2008 年 12 月末までとする CASE-J 試験の追跡調査を行うことが決定された。 この決定に至る過程においては、CASE-J 試験の結果発表直後から CASE-J 試験各委員や 試験参加医師より心血管系イベントの追跡調査を継続して、今後も経過を見るべきとの学 者及び試験参加医師からの期待と、武田薬品における、追跡調査を行えばアムロジピン群 のイベント発症率がカンデサルタン群のイベント発症率を追い越し、その差が拡大すると の期待が存した。これらを踏まえ、2006 年 10 月、武田薬品では、CASE-J 試験の追跡調査 を検討することが決定され、同年 11 月頃には、PDD において追跡調査開始までのスケジュ ールや予算の詳細を検討していた。 2007 年 1 月、京都大学は、武田薬品に対し、CASE-J 試験の追跡調査のための基金とし て 6 億円の支援を要請した。また、同年 3 月、成人血管病財団は、武田薬品に対し、同様 に、資金助成を依頼した。同月、武田薬品の取締役会において、EBM センターに 6 億円、 成人血管病財団に 1 億円を、CASE-J 試験の追跡調査の実施を使途として、寄附することが 承認された。 以上述べた寄附の手続に並行して、同年 2 月、A 教授及び H 教授は、武田薬品に対し、 CASE-J Ex 試験推進においても CASE-J 試験と同様の武田薬品の試験推進に対する協力を要 請する書簡を提出した。 2.7.2. CASE-J Ex 試験の立ち上げ CASE-J Ex 試験のプロトコルは、2007 年 1 月に完成した。その後、EBM センターから試 験参加医師宛てに調査参加依頼の書状が発信され、同年 3 月から、京都大学と試験参加医 31 師との追加調査協定書の締結が開始され、CASE-J Ex 試験が立ち上がることとなった。 この段階においては、Z 氏及び Y 氏が、プロトコルをドラフト段階から確認、検討して おり、たとえば、観察期間が途切れたイベントの処理につき意見を述べる等していた。 2.7.3. 症例追跡調査期間 2.7.3.1. CASE-J Ex 試験における症例追跡調査 CASE-J Ex 試験のプロトコルにおいては、試験参加医師は、1 年間の経緯について、追 跡調査用紙に記入し、翌年 1 月に EBM センターにファクシミリ等で報告し、また、心血管 系イベント又は重篤な有害事象が発生した場合には、「イベント詳細調査票」「重篤な有 害事象調査票」を EBM センターにファクシミリ等で報告することが定められていた。また、 重篤な有害事象が発生した場合は、割付薬剤販売会社の MR にも連絡を行うことが定めら れていた。 2.7.3.2. EBM センターとの協議・情報収集 Y 氏は、2008 年 4 月までの間、EBM センターと接触し、プロトコル作成の進捗状況や登 録施設の数について情報を収集を行っていた。また、T 氏も、同月以降、EBM センターを 定期的に訪問し、CASE-J Ex 試験の進捗状況を聴取したり、武田薬品としてサポートでき ることがないかを確認する等、CASE-J Ex 試験が問題なく進行しているかどうか確認して いた。 なお、同年 11 月、Y 氏が、T 氏に対して、「未公表データ」との標題で、「イベント解 釈に必要なデータ送ります。」として、EBM センターから受領したものと推認される「登 録_解析対象例」「本試験_イベント」「追跡調査_イベント 20080222」と題する担当医 師や CASE-J 試験及び CASE-J Ex 試験のプロトコルに定められたイベントが記載された一 覧表を電子メールで送付した。したがって、Y 氏及び T 氏は、当該一覧表に記載されてい た CASE-J 試験及び CASE-J Ex 試験のイベントに関する情報を認識していたといえる。こ の一覧表には、ブロプレスを服用した 2 人の患者について試験参加医師がイベントと評価 した事象を、イベント評価委員会において「重篤な有害事象」が発生したと判定したこと が記載されていた。なお、この 2 人の患者について、武田薬品は、正式なルートでの「重 篤な有害事象」の発生の連絡を受けていなかった。 2.7.3.3. CASE-J Ex 試験調査票回収協力 T 氏は、EBM センターから依頼を受けて、2007 年度及び 2008 年度の調査票の回収に協力 した。具体的には、EBM センターより調査票回収の依頼を受け、その旨を T 氏が担当 MR に メールで通知し、医師らを訪問する際に調査票の提出を催促するよう依頼した。調査票が EBM センターに提出されると、EBM センターから T 氏に、回収が完了した旨の報告がなさ れた。 この過程の中で、ある試験参加医師について、2009 年 5 月、T 氏が、EBM センターから の催促を受けて、同医師を担当する MR に対して EBM センターから送付されたカルテ番号、 患者イニシャル、割付薬剤の投与量等、身長・体重・血圧等のデータが全て記載された 2006 年度の調査票を添付の上、回収状況の確認を依頼することがあった。 32 2.7.4. 試験結果の解析・公表 2.7.4.1. CASE-J Ex 試験の進捗 症例追跡調査期間終了後の CASE-J Ex 試験の進捗は、以下のとおりであった。 日付 2008 年 12 月 31 日 2009 年 6 月 7 日 同月 15 日 同年 8 月 7 日 同月 25 日 同年 10 月 3 日 2010 年 6 月 20 日 同年 9 月 26 日~ 30 日 2011 年 8 月 11 日 イベント CASE-J Ex 症例追跡調査期間終了 CASE-J Ex 解析計画検討会 CASE-J Ex 解析計画書最終版完成 CASE-J Ex イベント評価委員会 CASE-J Ex 独立データモニタリング委員会 CASE-J Ex 結果報告会 ESH 2010 I 教授が CASE-J Ex 試験の結果をオーラル発表 ISH 2010 A 教授、B 教授他 1 名が、CASE-J Ex 試験のサブ解析に関するポス ター発表 Hypertension Research 誌に CASE-J Ex 試験結果論文掲載 2.7.4.2. CASE-J Ex 解析計画書の作成 2009 年 5 月、T 氏は、G 助手から CASE-J Ex 解析計画書の第一案を受領し、武田薬品か らのコメントを求められた。これを受けて、T 氏が、PMD における CASE-J 担当者の意見を 照会したところ、BMI(Body Mass Index)や慢性腎臓病の分類方法や糖尿病新規発症者の 予後の検討を BMI 別の区分で解析することといった提案を受領した。これを踏まえ、T 氏 が、G 助手に解析の内容について提案した。 同年 6 月、解析計画検討会が開催され、T 氏他 CASE-J 担当者が出席した。同検討会にあ たり、武田薬品は、CASE-J Ex 試験結果の発表スケジュールについて、ESH 2010 において 主要解析結果を公表し、ISH 2010 においてサブ解析結果を公表するという希望スケジュー ルを提示した。後に、この希望スケジュールに沿って主要解析結果やサブ解析結果が公表 された。 2.7.4.3. イベント評価委員会・独立データモニタリング委員会・ CASE-J Ex 試験解析結果報告会 T 氏等は、CASE-J Ex イベント評価委員会、CASE-J Ex 独立データモニタリング委員会及 び CASE-J Ex 試験解析結果報告会に参加した。このうち、CASE-J Ex 独立データモニタリ ング委員会に参加した際に、T 氏は、「CASE-J Ex 重篤な有害事象」と題する資料等を受 け取った。この資料には、CASE-J Ex 試験においては、試験参加医師がイベントと評価し たもののうち 27 件について最終的に CASE-J Ex 独立データモニタリング委員会において 「イベントとしない重篤な有害事象」と判定したことが記載されていた。なお、当該資料 には、2008 年に判定された 7 例のうち 6 例については因果関係が否定できると記載されて いた。 33 2.7.4.4. ESH 2010 2010 年 6 月、ESH 2010 で、I 教授が、CASE-J Ex 試験の試験結果についてオーラル発表 を行った。この学会発表に関し、T 氏ら CASE-J 担当者が、2009 年 12 月頃から日程及び発 表者について、A 教授らとの調整を行う等、学会発表の補助を行った事実は認められたが、 学会発表用スライドの作成に関与した事実は認められなかった。 2.7.4.5. CASE-J Ex 結果報告会 2010 年 7 月に開催された CASE-J Ex 試験参加医師に対する結果報告会については、同年 1 月頃から、T 氏が、関係者との日程や発表者の協議、会場の手配等を行った。また、同 年 7 月、T 氏は、Z 氏の依頼に基づき、B 教授と協議し、B 教授が同報告会で使用するスラ イド原稿を作成した。 2.7.4.6. ISH 2010 2010 年 9 月に開催された ISH 2010 において、A 教授及び B 教授が、CASE-J Ex 試験のサ ブ解析のポスター発表を行った。 同年 8 月、Z 氏は、T 氏に対し、B 教授発表分のスライド及び A 教授発表分のスライドの たたき台を送付し、英文チェックを含めて再度作成するように依頼した。これを受けて、 T 氏は、和文箇所の英訳及びスライド全体のネイティブチェックを外注先に依頼した。納 品後、T 氏と Z 氏で微修正を重ねた後、両教授に確認した。また、T 氏は、武田薬品の費 用で、外注先にスライド原稿に基づく学会発表用ポスターを作成させた。 2.7.4.7. CASE-J Ex 試験論文掲載 CASE-J Ex 試験の論文作成については、武田薬品が関与した事実は確認できなかった。 2.8. 武田薬品が拠出した寄附金 本項においては、武田薬品が CASE-J 試験及び CASE-J Ex 試験に関して拠出した寄附金 について、あらためて整理する。この点、武田薬品が拠出した寄附金は、総額 37 億 5000 万円であり、その内訳は、以下のとおりであった。 (1) 寄附金 30 億円 前記 II.2.1.7.のとおり、2000 年 10 月、武田薬品は、取締役会において、高血圧患者 における降圧薬治療の有効性に関する研究に関わる基金として、京都大学に対する 30 億 円の寄附を決議した。 その後、前記 II.2.2.1.のとおり、2001 年 2 月、武田薬品の取締役会において、京都大 学に対する寄附金のうち 2 億円を新たに京都大学に設置する疫学講座に振り向けることが 報告された。 その後、前記 II.2.2.1.のとおり、同年 11 月、武田薬品は、取締役会において、寄附先 の変更を決議した。寄附先変更の目的は、京都大学の経理処理システムの都合上、CASE-J 試験のサブスタディ関連費用、システム維持費用等を京都大学から支出するのが困難であ 34 るため、京都大学からの依頼により、これらの費用を JSH を経て支出すべく、2002 年度以 降の寄附予定額 14 億 5000 万円のうち 9 億円の受け入れを辞退し、辞退分の支出先を JSH (JSH は寄附の受け入れができないため、形式上の寄附の相手方は成人血管病財団及びワ ックスマン財団)に変更することにあった。 疫学講座 2000 年度 2001 年度 2002 年度 2003 年度 2004 年度 2005 年度 合計 ― 5000 万円 5000 万円 5000 万円 5000 万円 ― 2 億円 EBM センター 9 億円 4 億 5000 万円 1 億 5000 万円 1 億 5000 万円 2 億 5000 万円 ― 19 億円 成人血管病財団 ― 1 億円 1 億円 1 億円 1 億円 1 億円 5 億円 ワックスマン財団 ― 1 億円 1 億円 1 億円 1 億円 ― 4 億円 (2) 寄附金 7 億円 前記 II.2.7.1.のとおり、2007 年 3 月、武田薬品は、取締役会において、CASE-J Ex 試 験に伴う基金として、京都大学に対する 6 億円の寄附及び成人血管病財団に対する 1 億円 の寄附を決議した。 2007 年度 2008 年度 2009 年度 合計 EBM センター 2 億円 2 億円 2 億円 6 億円 成人血管病財団 4000 万円 3000 万円 3000 万円 1 億円 (3) 寄附金 5000 万円 以上に加え、2006 年 2 月、武田薬品は、取締役会において、EBM センターの基盤維持・ 強化のため、京都大学に対する 5000 万円の寄附を決議し、京都大学に拠出している。こ れは、当初、武田薬品は、京都大学から新たな大規模臨床試験の依頼について支援の要請 を受けたものの、当時、EBM センターへ委託する大規模臨床試験テーマの予定はなく、そ の後の協議の結果、EBM センターの基盤維持・強化のために武田薬品が支援を行うことに なったものである。 3. 販促資材の製作・使用 本調査においては、販促資材と薬事法との関係を検討する前提として、武田薬品が製 作・使用した、CASE-J 試験に関連する武田薬品の販促資材の製作、保管、使用に関する事 実関係を調査した。以下、①CASE-J 試験に関連する販促資材の概要、②販促資材の製作プ ロセス、③「CASE-J に学ぶ」(後記 II.3.1.2.参照)の製作プロセス、④本 KM 曲線(後 記 II.3.1.2.参照)の製作プロセス、⑤販促資材の保管・使用について、当事務所が認定 した事実関係を中心として報告する。 35 3.1. CASE-J 試験に関連する販促資材の概要 3.1.1. 概要 本調査において、武田薬品の製作・使用した CASE-J 試験に関連する販促資材が 78 種類9 あることが確認された。これらの販促資材を大きく分類すると、以下のとおりである。 1) CASE-J 試験の結果発表前に製作された 19 種類の販促資材は、CASE-J 試験結果の公 表前における武田薬品のプロモーション活動の一環として製作されたものであり、 CASE-J 試験の結果は記載されていない。 2) CASE-J 試験の試験結果が公表された直後から 2007 年 1 月までに製作された 16 種 類の販促資材は、2006 年 10 月から 2007 年 3 月までの間に武田薬品が遂行した、 CASE-J 試験の試験結果自体を主たる題材とするブロプレスのプロモーション活動 の一環として製作されたものであり、主として ISH 2006 で発表された CASE-J 試験 の試験結果及びこれに対する医師のコメントにより構成されている。 3) 2007 年 2 月以降に製作された 43 種類の販促資材の大部分は、CASE-J 試験の試験結 果が販促資材の一構成要素として使用されているという特徴を有している。すなわ ち、同年 1 月までに製作された販促資材が、CASE-J 試験の発表自体ないしその試 験結果自体をプロモーション活動の中心に据えるというプロモーション計画に基づ き製作されたものであるのに対し、2007 年 2 月以降に製作された販促資材は、 2007 年以降に策定されたブロプレスに関する様々なプロモーション計画のなかで、 CASE-J 試験の結果を販促資材の一部を構成する情報のひとつとして使用するにと どまっているという特徴を有している。 本調査においては、CASE-J 試験の結果発表直後のプロモーション活動において製作され た前記 2)の 16 種類の販促資材(以下「本件検討対象資材」という。)を中心に、その製 作・保管・使用に関する事実関係を確認した。 3.1.2. KM 曲線 本件検討対象資材のうち、「Medical Tribune」(以下「MT 誌」という。)の 2006 年 10 月 26 日号に記事体広告として掲載され、後に、同内容のパンフレットが製作された販 促資材「CASE-J に学ぶ」(以下「CASE-J に学ぶ」という。)を含む、以下に記載する 6 種類の販促資材において、CASE-J 試験の主要評価項目である心血管系イベントの累積発現 率に関するカンデサルタン群とアムロジピン群の KM 曲線(以下「本 KM 曲線」という。) が交差している点を示す矢印が挿入されているグラフ(以下「本グラフ」という。)が記 載されている。なお、本グラフには、観察期間開始後 36 ヶ月目から 42 ヶ月目の期間にか かる P 値(帰無仮説の下で実際にデータから計算された統計量よりも極端な統計量が観測 される確率)が 0.969 であることも記載されていた。 9 販促資材中には、最初に記事体広告が作成され、後に、同一の内容でパンフレットが作成されたものが 存在している。本調査報告書においては、内容が同一の記事体広告とパンフレットは、同一種類の販促資 材であると整理した。 36 1) 「CASE-J に学ぶ」 2) 「CASE-J を活かす(J 教授コメント)」 3) 「座談会 ARB を軸とした 21 世紀の降圧 Strategy(K 教授司会)」 4) 「座談会 ARB を軸とした 21 世紀の降圧 Strategy(L 教授司会)」 5) 「座談会 ARB を軸とした 21 世紀の降圧 Strategy(M 教授司会)」 6) 「CASE-J を活かす」(統合版)(以下「本合本」という。) このうち、「CASE-J に学ぶ」においては、「心血管系イベントの発現は、全く同等であ った(図 2)…(中略)…累積イベント発現率の曲線も、途中で交差している(図 2、3 の 矢印)。この交差は、ALLHAT や VALUE では認められておらず、CASE-J で初めて明らかに なったゴールデン・クロスであり、RA 系抑制による臓器保護や臓器障害のリセットが発揮 されたことを示唆するものと考える。」等、A 教授による主要解析結果に関するコメント が記載され、曲線の交差部分について「ゴールデン・クロス」という表現がなされている。 なお、他の販促資材中には、「ゴールデン・クロス」という表現が記載されているものは なかった。 3.1.3. 糖尿病新規発症の抑制 本件検討対象資材のうち「CASE-J に学ぶ」を含む、以下に記載する 5 種類の販促資材に おいて、CASE-J 試験のサブ解析項目である累積糖尿病新規発症率に関する記載(以下「本 記載」という。)が掲載されている。 1) 「CASE-J に学ぶ」 2) 「CASE-J を活かす(N 教授コメント)」 3) 「座談会 ARB を軸とした 21 世紀の降圧 Strategy(K 教授司会)」 4) 「座談会 ARB を軸とした 21 世紀の降圧 Strategy(L 教授司会)」 5) 本合本 「CASE-J に学ぶ」においては、A 教授のコメントとして、「糖尿病の新規発症は、カン デサルタン群で発症リスクが 36%低下した(図 5)」との記載がなされている。なお、図 5 は、糖尿病新規発症への影響と題して、経時的発症率の図及び BMI 別発症率の図が組み合 わさった図であり、アムロジピン群に比べてカンデサルタン群の方が糖尿病新規発症率が 36%低いことを示している。 3.2. 販促資材の製作プロセス 3.2.1. 販促資材の製作プロセス 本件検討対象資材が製作された 2006 年 10 月から 2007 年 1 月までの間、武田薬品の社 37 内においては、実質的に、医薬学術部製品グループの主席部員であった U 氏が、単独で CASE-J 試験に関する全ての販促資材を製作を担当していた。したがって、本件検討対象資 材も全て U 氏によって製作されていた。 2006 年当時、U 氏の直属の上司であった医薬学術部製品グループのグループマネージャ ーは、製作された販促資材の最終確認を行うのみであり、ブロプレスに関する販促資材の 製作には実質的に関与していなかった。また、PMD における CASE-J 試験に関するプロモー ション活動の責任者は X 氏であったが、X 氏は、CASE-J 試験に関する販促資材について、 いつ、いかなる内容の販促資材を製作するかの具体的な決定を U 氏に一任していた。この ため、U 氏は、後に述べる武田薬品医療用医薬品製品情報概要審査会(TIB(Takeda Information Brochure)審査会)(以下「TIB 審査会」という。)の審査を受けることを 除き、X 氏らが構築した CASE-J 試験に関するプロモーション計画の枠内において、CASE-J 試験に関する販促資材の記載内容等を自己の裁量で決定していた。他方、U 氏による CASE-J 試験に関連する販促資材の製作過程を実質的に管理・監督する武田薬品の従業員は 存在しなかった。 なお、U 氏は、販促資材の製作過程の全てを自ら担うのではなく、自らは、販促資材の 企画、販促資材の構成要素となる記事及び図表の製作、販促資材の大まかなレイアウトの 決定等を行い、ゲラ刷り原稿作成、印刷、新聞・雑誌への掲載といった販促資材の具体的 な製作業務は、複数の広告代理店に委託していた。「CASE-J に学ぶ」の製作を委託した広 告代理店は、γ社であった。 U 氏及び広告代理店による販促資材の製作プロセスは、概ね共通していた。その概要は、 以下のとおりである。 1 2 3 4 5 6 原稿作成 U 氏が、販促資材の基礎となる原稿を作成する。 • 原稿は、大きく記事部分と図表部分に分かれており、記事部分については、U 氏が専門医から聴取した内容に基づき、ワードファイルで作成する。 • 専門医の座談会等を基礎とする記事の場合には、座談会を録音して、外注業 者に録音内容の書き起こし及び初稿の作成を依頼し、納品された書き起こし を見ながら、同じく納品された初稿を修正して原稿を作成する。 • 図表部分については、印刷物に挿入したい図表の原稿を、U 氏がパワーポイ ントファイル、手書き等で作成する。 広告代理店への製作発注 U 氏が、広告代理店に原稿を送付するとともに、印刷物のレイアウト等について大ま かな指示をし、販促資材の製作を依頼する。 ゲラ刷り原稿の作成 広告代理店は、U 氏から受領した原稿及び U 氏からの指示に基づき、ゲラ刷り原稿を 作成する。 TIB 審査会の審査 U 氏が、ゲラ刷り原稿を TIB 審査会に提出し、同審査会の審査を受ける。なお、TIB 審査会の審査の仕組みについては、後記 II.3.2.2.で述べるとおりである。 専門医による校正 U 氏が、ゲラ刷り原稿を専門医に送付し、専門医が、内容の校正を行う。 最終校正刷の作成 広告代理店が、専門医の校正を反映させた販促資材の最終校正刷を作成する。 38 7 8 9 専門医の最終確認 U 氏が、完成した最終校正刷を専門医に持参し、内容を最終確認してもらい、確認し た事実を記録するため、専門医に最終校正刷の上に直接署名してもらう。 TIB 審査会による最終確認 U 氏が、最終校正刷を TIB 審査会委員長に送付し、確認と了承の押印を取得する。 記事体広告の掲載・パンフレットの印刷 記事体広告の場合は、広告代理店を通じて出版社に最終校正刷が送付され、出版物に 掲載される。 パンフレットの場合は、広告代理店を通じて印刷会社において印刷され、武田薬品に 納入される。 3.2.2. TIB 審査会 武田薬品では、2006 年当時より、武田薬品が製作・配布する医療用医薬品に係る製品情 報概要及び広告等の記載内容の適正化を図り、もって医療用医薬品に関する情報の正確な 伝達を期することを目的として、「武田薬品医療用医薬品プロモーションコード」第 3 項 に基づき、PDD の医薬情報部内に TIB 審査会を設置していた。 TIB 審査会は、原則として新規に製作する「医療用医薬品専門誌(紙)広告作成要領 (日本製薬団体連合会)」の対象となる広告等を審査の対象とし、その判定は、日本製薬 工業協会(以下「製薬協」という。)の製品情報概要審査会の審査判定基準に準じて審 査・判定するものとされていた。 これに対し、2006 年 10 月から 2014 年 3 月までの間、武田薬品には、一度 TIB 審査会の 審査を経て製作された販促資材の内容を、(i)定期的に、(ii)増刷時に、又は(iii)製薬協 のプロモーション・コード(以下「製薬協コード」という。)等販促資材に適用される規 則の変更時に、TIB 審査会等において再確認する制度は存在していなかった。 TIB 審査会における販促資材の審査プロセスは、概ね、以下のとおりであった。 1) 販促資材の製作担当者が、販促資材の原案を TIB 審査会に提出する。 2) TIB 審査会が、販促資材の原案の審査判定を行う。 3) TIB 審査会が、審査判定結果を「審査結果連絡書」で製作担当者に連絡する。審査 において、原稿の一部を削除・修正する必要があると判断された場合には、その旨 が「審査結果連絡書」に指示事項として記載される。 4) 製作担当者が、指示事項を反映して作成した販促資材の最終校正等を、「最終確認 書」という書類に添付して TIB 審査会委員長及び実務責任者に提出する。 5) TIB 審査会委員長及び実務責任者が指示事項への対応がなされたか等を確認する。 6) TIB 審査会委員長及び実務責任者が、指示事項等が遵守されていることを確認した 場合、「最終確認書」に押印して、製作担当者に返還する。なお、TIB 審査会委員 長及び実務責任者の押印欄には、「本製品情報概要等の製作を許可する。」と記載 されていた。 39 7) 重要事項があれば「最終確認書」を医薬開発本部長に提出する。 上記審査の過程において、販促資材の記載内容が製薬協コードの明確な違反とはならな いものの、違反の可能性が否定できないと判断される場合においては、TIB 審査会のメン バーと販促資材の製作担当者である医薬学術部員との間で、当該販促資材の使用の是非に ついて個別に協議が行われることがあった。そして、当該協議の結果、TIB 審査会の了承 のもと、表現・内容を変更することなく、原案のまま販促資材が製作・使用されることも あった。 3.3. 「CASE-J に学ぶ」の製作プロセス 「CASE-J に学ぶ」の製作経緯は、概要、以下のとおりであった。 3.3.1. ダミー原稿の作成 2006 年 9 月頃、U 氏は、ISH 2006 における試験結果発表直後に、CASE-J 試験結果を記 載した記事体広告を掲載することを計画した。 同月上旬、U 氏は、CASE-J 試験の結果について、ブロプレスが「勝ち」「負け」「引き 分け」の 3 パターンを想定した記事体広告のダミー原稿(TIB 審査会の審査を受ける目的 で、仮定の試験結果を想定して作成する原稿)を作成した。このうち「引き分け」パター ンの原案には、A 教授、B 教授、H 教授のコメントが付されており、とりわけ A 教授のコメ ントには、「・・・そのため、累積発症率が、イベント、総死亡とも対象群と交差する。 ALLHAT や VALUE でも見られなかったこのゴールデンクロスの発現は、RA 系の抑制による 臓器保護のメリットが、これ以降に発揮されることを意味している。」との記載があった。 U 氏は、CASE-J 研究会と武田薬品との間で締結された同年 8 月 1 日付秘密保持確認書の 下で、CASE-J 研究会から Y 氏・Z 氏を通じて受領した情報により、CASE-J 試験の主要評価 項目である心血管系イベントの累積発現率について、カンデサルタン群とアムロピジン群 との間に有意差はなかったという結果を認識していたが、秘密保持確認書で認められてい る情報受領者の範囲外であった TIB 審査会の委員等には、CASE-J 試験の結果を開示できな い状況であった。他方、CASE-J 試験の結果公表後速やかに「CASE-J に学ぶ」を記事体広 告として掲載するためには、早期に TIB 審査会を通しておく必要があった。このため、ダ ミー原稿により審査を受けることとした。 3.3.2. TIB 審査会によるダミー原稿の審査 2006 年 9 月 11 日、第 141 回 TIB 審査会において、上記ダミー原稿が審査された。同審 査会は、同案について、「構成、内容等については、特に問題はないが、発表結果を確認 し、再検討する。」との審査判定を出し、同月 19 日付けで、審査結果連絡書を発信した。 3.3.3. 原稿作成 2006 年 9 月下旬又は 10 月初め、U 氏は、同年 9 月 15 日に開催された CASE-J 研究会の 運営幹事会において主要評価項目においてカンデサルタン群とアムロピジン群の間で有意 差はなかったとの試験結果が報告されたことを踏まえて、上記ダミー原稿のうちの「引き 分け」パターンの原案を編集して「CASE-J に学ぶ」の原稿を作成し、γ社に記事体広告の 製作を発注をした。 40 U 氏が作成した原稿は、ワードファイルの記事部分とパワーポイントファイルの図表部 分があり、図表部分には本グラフの原稿も含まれていた。このパワーポイントファイルは、 ISH 2006 において B 教授が CASE-J 試験結果を発表するために使用するスライドの原稿に 含まれている画像データを基に、U 氏が作成したものであった。U 氏は、本 KM 曲線のある スライドに黄色い矢印を挿入し、また、それ以外のスライド中にも矢印(糖尿病新規発症 率の頁、総死亡率の頁、致死性心血管イベント発症率の頁)を挿入した。 3.3.4. A 教授等による確認 2006 年 10 月 4 日、V 氏、W 氏、Z 氏を含む CASE-J 担当者が A 教授と面談した。この席 で、CASE-J 担当者は、A 教授に、MT 誌記事の確認を依頼した。 同月 6 日頃、A 教授は武田薬品に対し、「CASE-J に学ぶ」の原稿に数カ所の文言の追 加・修正を手書きで記載した校正稿を提供した。 同時期、武田薬品は、B 教授、H 教授にも原稿案の内容の確認を依頼した。同月 10 日、 H 教授は、武田薬品に対して、自ら作成した修正原稿を送付した。B 教授は、武田薬品の 原稿案に対して特段の加筆・修正を付することがなく、原稿案の内容に同意をしたものと 推認される10。 3.3.5. γ社による原稿作成 2006 年 10 月 10 日頃から 18 日頃にかけて、γ社により「CASE-J に学ぶ」の原稿が作成 された。 なお、U 氏は、当事務所のインタビューにおいて、最終的に学会発表で使用されるスラ イドのうち、本 KM 曲線が記載された部分をγ社に送付して、学会発表用スライド中の本 KM 曲線と、「CASE-J に学ぶ」に掲載された本グラフと形状が異なっていないか確認する ことを要請したと述べている。しかし、γ社に当該スライドを送付したことを記録した書 類、電子メール等は、本調査において確認できなかった。 3.3.6. TIB 審査会による最終確認 2006 年 10 月 18 日頃、U 氏は、ISH 2006 の会場において、CASE-J 試験結果の発表内容 と「CASE-J に学ぶ」の原稿の内容との間に相違がないかを確認した。その後、U 氏は、 TIB 審査会の事務局担当者にファクシミリで記事体広告の原稿を送信して、最終確認を依 頼した。 これに対し、TIB 審査会の委員長と事務局担当者は、「CASE-J に学ぶ」に関して、「ゴ ールデン・クロス」の「ゴールデン」が強調にあたり好ましくないので削除をしてもらい 10 なお、本調査において、武田薬品が B 教授に原稿案の内容確認を依頼した事実又は B 教授が原稿案に同 意を与えた事実を直接記録する書面・記録は確認できなかったが、U 氏が販促資材を作成するに当たって は専門医に原稿の内容を確認することが通常のプロセスであり、かつ、U 氏が B 教授の確認を取得しなか ったことを疑わせる事情は確認できなかったこと及び U 氏が作成した原稿中の B 教授のコメント部分の内 容と MT 誌に掲載された内容が同一であったことから、U 氏は、A 教授、H 教授と同時期に、B 教授に対し ても原稿の確認を行い、特段の加筆・修正の指示を受けることなく同意を取得したものと推認した。 41 たい等の要請をした。 U 氏は、A 教授らより原稿内容につき了承を得ていることに鑑み、原稿内容を変更する ことなく「CASE-J に学ぶ」を掲載することを希望し、TIB 審査会の事務局担当者らを説得 した。この結果、TIB 審査会は、原稿の修正をすることなく使用することを了承した。 なお、「CASE-J に学ぶ」に関して TIB 審査会委員長及び実務責任者が押印した最終確認 書は武田薬品の社内には残っていなかったが、最終確認書を取得することは武田薬品にお ける販促資材の審査プロセスにおいて必要とされる手続であり、U 氏が最終確認書を取得 せずに「CASE-J に学ぶ」を MT 誌に掲載させたことを疑わせる特段の事情も窺われなかっ たことから、最終確認書が紛失されたものと推認した。 3.3.7. A 教授らによる最終確認 U 氏によると、「CASE-J に学ぶ」最終原稿に対して、A 教授、B 教授、H 教授から確認の 署名を得ていたとのことであったが、同教授らの署名を得た原稿は武田薬品の社内には残 っていなかった。この点、販促資材製作の最終プロセスにおいて最終原稿に専門医の署名 を取得することは武田薬品が通常行っていた実務であり、また、専門医の了解を得ること なく武田薬品が販促資材を公表することは考え難いことから、署名を得た原稿は紛失され たものと推認した。 以上のプロセスを経て、「CASE-J に学ぶ」は MT 誌に掲載された。その後、MT 誌に掲載 されたものと同一の内容で、パンフレットが製作され、また、日経メディカル誌に掲載さ れた。 3.4. KM 曲線の作成プロセス 3.4.1. 概要 本調査においては、以下のとおり、CASE-J 研究会又は武田薬品が最終版11として作成・ 使用した本 KM 曲線の記載された主要なスライド等が確認された。 1) CASE-J 研究会が 2006 年 9 月 15 日に開催した運営幹事会における結果報告で使用 したスライド12 2) B 教授が 2006 年 10 月 18 日に ISH 2006 で使用した学会発表用スライド 3) 2006 年 10 月 19 日頃に作成された CASE-J 研究会のオフィシャルスライドセット英 語版 4) 2006 年 10 月 18 日頃に作成された CASE-J 研究会のオフィシャルスライドセット日 本語版 11 なお、本調査においては、最終版として作成・使用した KM 曲線の記載されたスライドの原稿の存在も 多数確認された。 12 なお、結果報告時においては、試験結果内容の詳細が記載された紙媒体の資料が配布されており、武田 薬品は、運営幹事会直後に、当該資料を入手していた。当該紙媒体資料中には、白黒で KM 曲線が記載さ れていた。 42 5) 2006 年 10 月 18 日頃に作成された武田薬品のスライドセット日本語版 6) 2006 年 10 月から 2007 年 1 月にかけて作成された「CASE-J に学ぶ」他 5 点の販促 資材 7) 2008 年 2 月に Hypertension 誌に掲載された論文 当事務所は、本件において、異なる本 KM 曲線のグラフが複数存在すること、特に武田 薬品の販促資材で用いられた本 KM 曲線について、CASE-J 研究会で作成されたものとの同 一性が問題視されているものと認識している。そこで、本調査においては、そのような問 題があるのかを検討すべく、これらのスライドに記載された本 KM 曲線の作成プロセス等 について検討した。 3.4.2. CASE-J 研究会が 2006 年 9 月 15 日に開催した運営幹事会における結果報 告で使用したスライド 前記 II.2.4.3.3.のとおり、2006 年 9 月 4 日頃、Y 氏は EBM センターの G 助手の依頼を 受け、同月 15 日に開催された CASE-J 研究会の運営幹事会における試験結果の報告に使用 するスライドの原稿を作成し、同日までに、G 助手に渡した。 本調査においては、同発表において使用されたスライド自体は確認できなかったが、同 月 11 日現在の原稿のスライドを確認した。この原稿には、カンデサルタン群の心血管系 イベントの累積発現率を黄色の細い曲線とし、アムロジピン群の心血管系イベントの累積 発現率を赤色の細い曲線とする本 KM 曲線が記載されていた。なお、この本 KM 曲線の右端 においては、カンデサルタン群の曲線が下、アムロジピン群の曲線が上となっており、か つ、両曲線間に隙間ができている13。 Y 氏は、これらのスライドの作成をβ社に外注しており、更に、β社は、θ社に当該ス ライドの作成を再発注していた。したがって、本 KM 曲線を含むスライド原稿を実際に作 成していたのは、θ社であった。 θ社においては、スライド上の本 KM 曲線を、トレーシングという手法を用いて作成し た。トレーシングのプロセスは、概ね以下のとおりである。 1) 武田薬品から受領した本 KM 曲線が記載された資料を描画ソフトで画像データとし て取り込み、これを下敷きにして、本 KM 曲線の屈折している部分を目測でクリッ クし、クリック毎にクリック元からクリック先まで直線を引く方法により、下敷き とした本 KM 曲線をなぞることにより、スライド用の画像データを作成する。 2) 完成した画像データをスライド原稿に貼付する。 3) 武田薬品から受領した本 KM 曲線が記載された資料と画像データを貼付したスライ ド原稿を照らし合わせて校正する。 このようにトレーシングが行われている以上、トレーシングの対象とした武田薬品から 13 ただし、曲線の太さを学会発表用スライドと同じ太さとすると、隙間はなくなる。 43 受領した資料に記載されていた本 KM 曲線の形状とトレーシングの結果作成されたスライ ドに記載された本 KM 曲線の形状は、全く同一となることはないが、大幅に異なったもの となることもないものと考えた。 なお、武田薬品がβ社を経由してθ社に提供した本 KM 曲線を記載した原稿自体は、破 棄又は紛失されて武田薬品の社内には残っていなかった。しかし、当事務所は、Y 氏が、 同月初旬頃に、G 助手より受領した本 KM 曲線の画像データ(G 助手が統計解析用ソフトを 用いて作成したもの)をβ社経由、θ社に提供した可能性が高いものと認定した。 3.4.3. B 教授が 2006 年 10 月 18 日に ISH 2006 で使用した学会発表用スライド ISH 2006 の発表において使用されたスライドには、カンデサルタン群の心血管系イベン トの累積発現率をオレンジ色の太い曲線とし、アムロジピン群の心血管系イベントの累積 発現率を青色の太い曲線としている本 KM 曲線が記載されていた。パワーポイント上で画 像データのサイズ及び各曲線の始点の位置を確認したところ、この本 KM 曲線の画像デー タのサイズ及び各曲線の位置関係は、前記 II.3.4.2.に記載した、2006 年 9 月 15 日の運 営幹事会で使用されたスライドの原稿に記載された本 KM 曲線と同じであり、両曲線の間 に隙間はなく、各曲線の形状は、双方のスライド中の曲線の画像データを別のスライド上 に写し、パワーポイント上で曲線を重ね合わせて目視により確認した限りにおいては、同 一のものと考えられた。 以上より、当事務所は、本 KM 曲線は、運営幹事会で使用されたスライドにおける本 KM 曲線の太さ及び色を変更したものであると判断した14。 3.4.4. CASE-J 研究会のオフィシャルスライドセット英語版 CASE-J 研究会のオフィシャルスライドセット英語版には、カンデサルタン群の心血管系 イベントの累積発現率をオレンジ色の太い曲線とし、アムロジピン群の心血管系イベント の累積発現率を青色の太い曲線としている本 KM 曲線が記載されていた。前記 II.3.4.3.で 記載した方法で確認したところ、この本 KM 曲線の画像データのサイズ及び位置関係は、 学会発表用スライドと同一であり、両曲線の間に隙間はなく、各曲線の形状も、前記 II.3.4.3.で記載した方法で確認した限りにおいては、同一のものと考えた。 以上より、当事務所は、学会発表用スライドの本 KM 曲線とこのオフィシャルスライド セット英語版のスライドの本 KM 曲線は、同一のものであると判断した。 3.4.5. CASE-J 研究会のオフィシャルスライドセット日本語版 CASE-J 研究会のオフィシャルスライドセット日本語版は、U 氏が、B 教授の依頼を受け、 2006 年 10 月 13 日時点で準備されていた学会発表用スライドを和訳することにより作成さ れた。 CASE-J 研究会のオフィシャルスライドセット日本語版には、カンデサルタン群の心血管 14 なお、本調査においては、学会発表用のスライドを準備する過程における B 教授と武田薬品の協議にお いて、B 教授が線の太さ及び色を指定し、また、武田薬品側からも、ブロプレスのプロモーションで使用 する色を統一するため、カンデサルタン群の曲線をオレンジ色にすることを要望した事実が窺われた。 44 系イベントの累積発現率をオレンジ色の太い曲線とし、アムロジピン群の心血管系イベン トの累積発現率を青色の太い曲線としている本 KM 曲線が記載されていた。前記 II.3.4.3. で記載した方法で確認したところ、この本 KM 曲線の画像データのサイズは、学会発表用 スライドと CASE-J 研究会のオフィシャルスライドセット英語版と同一であり、各曲線の 形状も、前記 II.3.4.3.で記載した方法で確認した限りにおいては、同一のものと考えた。 以上より、当事務所は、少なくとも各曲線は、学会発表用スライド及び CASE-J 研究会 のオフィシャルスライドセット英語版に記載されているものと同一のものと判断した。 もっとも、このグラフにおける両曲線の始点が、学会発表用スライド等とは若干ずれて いるため、学会発表用スライド等においては、グラフの右端において両曲線間に隙間がで きていないのに対し、CASE-J 研究会のオフィシャルスライドセット日本語版のグラフにお いては、グラフの右端において、両曲線の間に隙間ができていた。当事務所は、このよう な「ずれ」が生じた原因について U 氏に質問したが、U 氏がスライド作成の具体的プロセ スを記憶していないと答えるのみであったため、かかる「ずれ」が生じた理由を確認する ことはできなかった。 なお、後述するとおり、U 氏が 10 月 4 日までに別途作成した「CASE-J に学ぶ」の原稿 として使用した本 KM 曲線にも同様の位置の「ずれ」が認められるところ、二度も同じよ うな「ずれ」が偶然生じることは不自然であったが、U 氏からはその理由について合理的 な説明を得ることができなかった15。 3.4.6. 武田薬品のスライドセット日本語版 武田薬品のスライドセット日本語版は、U 氏が、CASE-J 研究会のオフィシャルスライド セット日本語版のデータを武田薬品が別途作成したスライドに移転する方法で作成された。 武田薬品のスライドセットには、カンデサルタン群の心血管系イベントの累積発現率を オレンジ色の太い曲線とし、アムロピジン群の心血管系イベントの累積発現率を青色の太 い曲線としている本 KM 曲線が記載されていた。前記 II.3.4.3.で記載した方法で確認した ところ、この本 KM 曲線の画像データのサイズ及び両曲線の位置関係は、CASE-J 研究会の オフィシャルスライドセット日本語版と同一(すなわち CASE-J 研究会のオフィシャルス ライドセット英語版とは「ずれ」がある)であり、各曲線の形状は、前記 II.3.4.3.で記 載した方法により確認した限りにおいては、同一のものと考えられた。 以上より、当事務所は、CASE-J 研究会のオフィシャルスライドセット日本語版の本 KM 曲線とこのスライドセット日本語版の本 KM 曲線は、同一のものであると判断した。 15 学会発表用スライド及び U 氏が学会発表用スライドを基に作成して CASE-J 担当者らに 10 月 13 日に送 付した CASE-J 研究会のオフィシャルスライドセット日本語版の初稿並びに翌 14 日に送付したその修正版 では、カンデサルタン群の曲線の始点(画像データの左下端)はアムロジピン群のそれよりも高い位置に あり、グラフの右端において両曲線の間に隙間はない。しかし、翌 15 日以降に送付された再修正版では、 パワーポイント上で曲線の始点(画像データの左下端)の位置を確認したところ、カンデサルタン群の曲 線の始点はアムロジピン群のそれよりも低い位置にあり、始点の位置関係が作成途中に変化していた。ま た、グラフの右端において両曲線の間に隙間ができていた。 45 3.4.7. 「CASE-J に学ぶ」他 5 点の販促資材 3.4.7.1. 「CASE-J に学ぶ」の原稿 以上で述べたとおり、U 氏は、ISH 学会発表用のスライド原稿から画像データを転記す ることにより、「CASE-J に学ぶ」の原稿を作成した。 本調査においては、2006 年 10 月 4 日現在及び同月 14 日現在の「CASE-J に学ぶ」の原 稿に本 KM 曲線が記載されていることを確認した。なお、γ社による原稿作成時期がこの 両日に近い時期であったことを勘案すると、γ社がいずれかの原稿をトレーシングに使用 したものと推認される。 上記の原稿の本 KM 曲線は、いずれも、カンデサルタン群の心血管系イベントの累積発 現率をオレンジ色の太い曲線とし、アムロジピン群の心血管系イベントの累積発現率を青 色の太い曲線としているものであった。この本 KM 曲線の画像データのサイズは、前記 II.3.4.2.から II.3.4.6.までに記載したスライドの本 KM 曲線より若干大きく、縦横比が 異なるものであった。しかし、このスライドの本 KM 曲線のサイズと縦横比を調整した上 で、前記 II.3.4.3 で記載した方法で確認した限りにおいては、このスライドの本 KM 曲線 と学会発表用のスライド等の本 KM 曲線の形状は、同一であると考えられた。 ただし、学会発表用スライドの本 KM 曲線と CASE-J 研究会のオフィシャルスライドセッ ト日本語版の本 KM 曲線との間においてみられるものと同様、両曲線の位置関係には「ず れ」があり16、グラフの右端において、両曲線間に隙間ができていた。かかる「ずれ」が 生じた理由を確認することができなかったことは、前記 II.3.4.5.で述べたとおりである。 3.4.7.2. γ社による記事作成 γ社は、U 氏から受領したスライドの本 KM 曲線をベースに、トレーシングにより、記事 体広告で使用する図形データを作成した。γ社で行っていたトレーシングのプロセスは、 β社の再委託先であるθ社が行ったトレーシングのプロセスと概ね一致している。 したがって、U 氏から受領したスライドの本 KM 曲線とγ社の作成した本 KM 曲線の図形 データは、本 KM 曲線の形状が全く同一となることはないが、トレーシングにより作成さ れている以上、大幅に異なったものにはなっていないはずであり、目視により確認した限 りにおいても、そのように考えられた。 γ社は、この図形データを使用して「CASE-J に学ぶ」他 5 点の販促資材に記載された本 KM 曲線を作成した。ちなみに、販促資材としてのデザインの一環として、本 KM 曲線の色 彩やグラフの縦横比等を変更しているため、各販促資材における本グラフは色彩や大きさ 等が異なっている。なお、前記 II.3.4.7.1.で述べた「ずれ」が最終的に販促資材で訂正 されたか否かについては、目視で確認することはできなかった。 16 パワーポイント上で確認する限り、ずれ方は CASE-J 研究会のオフィシャルスライドセット日本語版及 び武田薬品のスライドセット日本語版とはわずかに異なるものと考えられた。 46 3.4.8. Hypertension 誌に掲載された論文 本調査においては、武田薬品が、2006 年 9 月 26 日に本 KM 曲線のグラフを含む論文原稿 を入手していたことを確認したが、CASE-J 研究会又は EBM センターが最終的にどのような プロセスで作成された本 KM 曲線を論文原稿に用いたのかについては確認できなかった。 なお、武田薬品が入手した当該論文原稿中の本 KM 曲線のグラフは、学会発表用スライ ドよりも若干大きく、縦横比が異なり、また白黒のものである。しかし、曲線のサイズと 縦横比を調整した上で、前記 II.3.4.3.で記載した方法で確認した限りにおいては、曲線 の形状は学会発表用スライドのものと同一であると考えられた。また、両曲線の始点の位 置関係については、パワーポイント上で確認する限り、カンデサルタン群の曲線の始点が アムロピジン群のそれよりも高い位置にあり、また、曲線の太さを学会発表用スライドと 同じ太さとするとグラフの右端において曲線間の間に隙間もないことから、学会発表用ス ライドにおける位置関係と整合するものと考えられた。 また、武田薬品が入手した上記論文原稿中の本 KM 曲線のグラフは、期間が 48 ヶ月であ り、Hypertension 誌に掲載された本 KM 曲線のグラフの 42 ヶ月よりも長い期間を対象とし ているが、グラフの体裁の他の部分は、目視により確認した限りにおいては、極めて類似 していると考えられた。 3.4.9. 小括 以上より、当事務所は、本調査において確認したスライド等に記載された本 KM 曲線の グラフについて、以下の事実が認められるものと考えた。 • 「CASE-J に学ぶ」における本グラフを含め、武田薬品で作成したスライド等に記 載された本 KM 曲線のグラフは、EBM センターの G 助手より武田薬品が提供を受け た、CASE-J 試験の最終結果に基づき作成された本 KM 曲線の資料を基にして作成さ れている。 • EBM センターから武田薬品に提供された本 KM 曲線の形状が、武田薬品によって意 図的に変更された事実は認められない。(但し、本 KM 曲線の位置関係に「ずれ」 があることは、前記 II.3.4.5.及び II.3.4.7.1.に記載のとおり。) • トレーシングという技法が用いられている以上、トレーシングの基礎となった曲線 と、トレーシングにより作成された曲線の形状が全く同一となることはないが、曲 線の形状が大幅に異なったものとなることはない。 • 「CASE-J に学ぶ」他 5 点の販促資材に記載された本 KM 曲線における両曲線の位置 関係は、EBM センターが提供した本 KM 曲線における両曲線の位置関係と若干ずれ ていた可能性がある。 3.5. 販促資材の保管・使用 3.5.1. 販促資材の保管・使用 2006 年から少なくとも本調査開始時までの間、武田薬品は、TIB 審査会による審査を経 て製作された販促資材を倉庫に一括して保管し、販促資材の使用を希望する MR が送付を 47 請求した場合には、請求に応じてこれを MR に送付していた。MR は受領した販促資材を、 特段の制約を受けることなくプロモーション活動に使用していた。 倉庫に保管されていた販促資材の部数が少なくなった場合には、当該販促資材の作成を 担当する学術情報部の担当者が通知を受け、増刷を行うか否かを判断していた。医師向け の販促資材の増刷を行うか否かは、当該販促資材の使用頻度、当該販促資料の対象となっ ている医薬品の販売状況等を勘案して、各担当者が判断していた。その際、製薬協コード の変更等は、増刷の要否の判断の際の考慮事項とはなっていなかった。 3.5.2. 製薬協の通知及び論文発表の影響 製薬協は、2006 年 10 月 20 日付製薬協第 588 号により、2007 年 1 月以降、学会におけ る臨床成績等の発表情報を販促資材で紹介できないとする運用を厳格に適用することを改 めて確認する通知を行った17。しかし、武田薬品は、同月以降も、学術雑誌に投稿・掲載 されていない CASE-J 試験の学会発表データを掲載した販促資材を、自由に使用できる状 態に置いていた。 また、武田薬品は、同年 1 月に、本合本を新たに製作しているが、本合本においても CASE-J 試験の学会発表データが使用されていた。すなわち、武田薬品においては、上記通 知が発せられた後も、通知に抵触すると認定されうる販促資材が製作されていた。 更に、2008 年 2 月、Hypertension 誌に CASE-J 試験結果に関する論文が掲載された。同 論文においては、観察期間が 42 ヶ月までの本 KM 曲線が掲載されていた。しかし、武田薬 品は、論文発表後も、ISH 2006 で発表された観察期間が 48 ヶ月までの本 KM 曲線が記載さ れた販促資材を利用できる状態に置いていた。 以上のように販促資材の使用の継続又は本合本の製作にあたり、CASE-J に関する販促資 材製作の唯一の担当者であった U 氏は、当時以下の認識を有していた。 • 学会発表データを使用した販促資材であっても、2006 年 12 月までに製作されたも のであれば、2007 年 1 月以降も継続して使用しても問題はない。 • 本合本は、既に TIB 審査会で承認された資材内容をまとめたものであるから、2006 年 12 月までに製作されたものとみなすことができ、あらためて TIB 審査会による 審査を受ける必要はない。 上記のとおり、U 氏は、上司の実質的な指揮監督を受けることなくブロプレスに関する 販促資材を製作していたため、医薬学術部において、U 氏の認識を正し、又は U 氏の活動 を制止することは行われなかった。 また、上記のとおり、同年 10 月から 2014 年 3 月までの間、武田薬品には、一度 TIB 審 17 臨床比較試験は、学術雑誌に投稿・掲載されたものでなければ学術印刷物に掲載してはならないことは、 2004 年 4 月に発行された医療用医薬品製品情報概要記載要領の解説において記載されていたが、会員会 社が遵守しなかったこともあり、製薬協は、2005 年 11 月 30 日に比較臨床試験における医療用医薬品製 品情報概要記載要領補遺を発行し、改めてその旨周知したが、そのルールが正しく理解されていないこと を受けて、更に 2006 年 9 月 22 日に説明会を開催して上記厳格な運用を行う旨周知したという経緯があっ た。 48 査会の審査を経て製作された販促資材の内容を、その後に再確認する制度は存在していな かった。また、医薬学術部における販促資材の担当者も、医師向けの販促資材について増 刷時等にその内容を再検討することは、通常行っていなかった。 49 III. 課題の検討 本調査においては、本件に関して、①CASE-J 試験におけるデータ捏造・改ざんの有無、 ②医師主導型臨床試験に対する武田薬品の関与、③販促資材と薬事法との関係を調査の対 象としており、以下では、当事務所が認定した事実関係を踏まえて、これらについて検討 した結果を報告する。更に、本調査の過程において当事務所が認識した、④その他の問題 となりうる武田薬品の行為についても、検討をした結果を報告する。 1. 1.1. CASE-J 試験におけるデータ捏造・改ざんの有無 検討した課題 当事務所は、データ捏造とは、存在しないデータを作成すること、データ改ざんとは、 データを真正ではないものに加工する意図的な操作を行うことをそれぞれ意味する18と理 解し、武田薬品が、CASE-J試験において収集し、解析の対象とされた試験データの捏造・ 改ざん(以下「改ざん」と総称する。)を行ったか否かを検討した。 前記II.1.3.のとおり、CASE-J試験において、試験データは、インターネット又はファ クシミリを送信する方法で試験参加医師よりEBMセンターに提供され、EBMセンターの臨床 試験情報処理システムのデータベースで管理されていた。そして、ファクシミリにより送 信された試験データについては、EBMセンターのCRCがウェブ登録のためデータを代行入力 していた。したがって、CASE-J試験において収集・使用された試験データを武田薬品の従 業員が改ざんしうる機会としては、①試験参加医師による試験データの提供の過程に関与 することにより改ざんする機会、②ファクシミリで受信した試験データのEBMセンターに おける代行入力に関与することにより改ざんする機会、③EBMセンターのデータベースに アクセスして改ざんする機会が考えられた。そこで、本調査においては、上記の機会毎に、 武田薬品による試験データ改ざんの有無・可否を検討した。 1.2. 試験参加医師による試験データ提供の過程における改ざん CASE-J試験のプロトコルに従えば、試験参加医師は、自らインターネット又はファクシ ミリを利用して調査票を送信することにより試験データを提供することとされていたとこ ろ、本調査においては、武田薬品、特にPMDが、試験参加医師による試験データの提供を 組織的に支援することを計画し、又は実行したという事実は認められず、また、そのよう な計画等の存在を窺わせる事情も認められなかった。 他方、前記II.2.3.3.のとおり、武田薬品の一部のMRが、医師立会いの下でパソコンに 調査票情報を入力するという方法等により、担当していた試験参加医師の症例報告を支援 した事実は認められた。しかし、このような支援を行ったMRが、送信した試験データを改 ざんした事実は認められなかった。 この点、前述のとおり、PMDが症例報告を組織的に支援することについてMRに指示を出 していた事実は認められず、その他にもPMDがデータ改ざんをMRに指示をした兆候は認め られなかった。そして、EBMセンターによるCASE-J試験の業務の実施に対する支援は、Z氏 18 「研究活動の不正行為への対応に関する指針」(2007 年 12 月 26 日・2013 年 1 月 22 日改正) 50 を中心に市販後調査部が担当していたため、試験参加医師の担当MRは、EBMセンターにお けるCASE-J試験に関する業務に関与する立場にはなく、PMDからの改ざんの指示がなくMR 個人で改ざんを行う動機の存在を窺わせる事情は認められなかった。これらを勘案すると、 MRが症例報告を支援していた事実があっても、ウェブ入力が不得意な又は多忙な医師を手 伝っていたに過ぎなかったものと考えられ、他にMRが独自にデータ改ざんを行ったことを 示唆する事情も認められなかった。 1.3. EBM センターにおける代行入力における改ざん 本調査においては、武田薬品の従業員がEBMセンターにおける試験データの代行入力を 行っていたという事実は認められず、また、そのような事実の存在を窺わせる事情も認め られなかった。更に、EBMセンターにおける試験データの入力をEBMセンターのCRCが行っ ていたことについて、疑いを生じさせる事情も認められなかった。 1.4. EBM センターのデータベースにおける改ざん 本調査においては、武田薬品が EBM センターで保管されていた試験データを改ざんした との事実は認められなかった。 そもそも、EBM センターで保管されていた試験データを改ざんするためには、EBM セン ターのデータベースへのアクセス権が必要であるが、本調査においては、武田薬品の従業 員がかかるアクセス権を有していたという事実も、アクセス権を得たことを窺わせるよう な事情も認められなかった。 特に、CASE-J 試験における試験データの解析は、京都大学の G 助手等が担当しており、 試験データへのアクセスを前提とした解析業務を武田薬品の従業員が行っていたことを窺 わせる事情も認められなかった。 他方、前記 II.2.3.4.のとおり、2004 年 9 月に開催された CASE-J 試験のデータ活用に あたっての協議のために準備された資料の中に、武田薬品が直接関与できない業務として 「データベースへのアクセス」と記録されており、武田薬品の従業員は、試験データへの アクセスを行わないことを前提として、CASE-J 試験に関する業務を遂行していたことが窺 われた。 また、その後立ち上げられた一連の「CASE-J 対応プロジェクト」において、武田薬品に とって不利な結果が出た場合に備えた追加解析計画が検討され、CASE-J 試験の関係者への 働き掛けが行われているが、試験データの改ざんが可能であれば、解析段階におけるこの ような対策を検討・実行する必要はなかったものと考えられる。すなわち、武田薬品にお ける一連の働き掛けの事実は、試験データの改ざんが行われていない状況において、 CASE-J 試験の結果をブロプレスの販売促進に有効活用できるよう模索している姿であると もいえ、そのような事実はむしろ試験データの改ざんが行われていないことを示すものと 考えられる。 1.5. 小括 以上のとおり、本調査においては、武田薬品による試験データの改ざんは認められなか った。 51 2. 2.1. 医師主導型臨床試験に対する武田薬品の関与 検討した課題 本件においては、CASE-J 試験には利益相反があったのではないかとの指摘がなされ、武 田薬品は、2014 年 3 月 3 日の記者会見において CASE-J 試験に関連して武田薬品の行った 寄附が利益相反に当たるとは考えていないとの説明を行った。そこで、当事務所は、本調 査において、利益相反とは、経済的な利益関係等の関与によって、医師主導型臨床試験で 必要とされる公正かつ適正な判断が損なわれるのではないかと第三者から懸念が表明され かねない事態を意味するものと理解し、CASE-J 試験において、かかる事態が認められるよ うな武田薬品の関与が存したのか否かを検討することとした19。 そして、今日における医師主導型臨床試験に対する製薬企業の関与の有り方に関する理 解20を勘案すると、CASE-J 試験が医師主導型臨床試験である以上、臨床試験の実施主体た る CASE-J 研究会や EBM センターが自らの責任と費用で独立・中立の立場において臨床試 験を進めることが当然の前提とされており、製薬企業である武田薬品がこれに関与するこ とは基本的に想定されておらず、したがって、武田薬品が CASE-J 試験に関して資金提供 や無償の役務提供等をすることは、原則として、CASE-J 試験における公正かつ適正な判断 が損なわれるのではないかと第三者から懸念を表明されかねない事態を生じうるものであ ったと考えた。 他方、CASE-J 試験がカンデサルタンとアムロジピンの比較試験であることからすれば、 カンデサルタンをブロプレスとして日本国内で製造販売している武田薬品が、CASE-J 研究 会や EBM センターの要請を受けて純粋に科学的見地からブロプレスに関する知見を提供す る程度の関与までもが問題とされるべきではないと考えた。なぜなら、このような知見の 提供は、試験で必要とされる公正かつ適正な判断が損なわれるとは通常考えられないばか りか、試験にとって有益であり、その結果が国民の健康福祉に還元されることに鑑みれば、 むしろ促進されるべきものであるからである。 以上を踏まえ、当事務所は、武田薬品が純粋に科学的見地からブロプレスに関する知見 を提供すること以外に、CASE-J 試験に関して資金提供や無償の役務提供等をすることによ り臨床試験に関与することが、CASE-J 試験で必要とされる公正かつ適正な判断が損なわれ るのではないかと第三者から懸念を表明されかねない関与に該当すると考え、本調査にお いては、このような武田薬品の関与が存したのか、すなわち、武田薬品が、科学的見地か らの知見を提供する以上に、CASE-J 試験に関して資金提供や無償の役務提供等を行ったの か否かを検討することとした。その上で、武田薬品の CASE-J 試験に関する関与が認めら れた場合には、当該関与が行われた背景及び動機についても、あわせて検討することとし た。 なお、本調査を開始するにあたり、以上のような基準で CASE-J 試験に対する武田薬品 の関与を検討することは、基本的には今日における医師主導型臨床試験における製薬企業 の関与の在り方に関する理解を前提とするものであり、10 年以上前に遡る過去の行いを検 19 「厚生労働科学研究における利益相反の管理に関する指針」(2008 年)では、利益相反とは、「外部 との経済的な利益関係等によって、公的研究で必要とされる公正かつ適正な判断が損なわれる、又は損な われるのではないかと第三者から懸念が表明されかねない事態をいう。」とある。 20 この点、製薬協は、2014 年 4 月 22 日付「製薬企業による臨床研究支援の在り方に関する基本的考え方」 を公表している。 52 証する方法としては必ずしも適切とはいえないのではないかという意見もあった。しかし、 本件に関する事実関係を解明するためには、今日における医師主導型臨床試験における製 薬企業の在り方に関する理解に照らして武田薬品の過去の行為を評価することにも一定の 意味があるものと考え、本調査においては、当事務所の検討の対象とする「関与」の意義 を整理したことにご留意頂きたい。 2.2. CASE-J 試験に対する関与と認められる武田薬品の行為 2.2.1. 概要 本調査において、上記の基準にしたがい、前記 II.2.において認定した事実関係を踏ま え、CASE-J 試験に対する関与と認められる武田薬品の行為を検討したところ、かかる行為 は、資金提供と役務提供その他の行為に大別できるものと考えられた。 そして、後者の役務提供その他の行為については、CASE-J 試験の進捗(①CASE-J 試験 の企画段階→②CASE-J 試験の立ち上げ及び症例追跡調査期間→③統計解析計画書の策定か ら試験結果の公表までの期間→④試験結果公表後の期間)に応じて、武田薬品による CASE-J 試験への関与の態様が異なった特徴や性格を有していたと考えられた。 このため、以下では、上記の区分にしたがい、武田薬品の CASE-J 試験に対する関与を 分析し、検討した結果を報告する。 2.2.2. 資金提供 前記 II.2.8.のとおり、武田薬品は、CASE-J 試験に関して、京都大学大学院医学研究科 に対し 21 億 5000 万円、成人血管病財団に対して 5 億円、ワックスマン財団に対して 4 億 円の合計 30 億 5000 万円の寄附を実行した。また、CASE-J Ex 試験に関して、京都大学大 学院医学研究科に対して 6 億円、成人血管病財団に対して 1 億円の合計 7 億円の寄附を実 行した。 そもそも大学に対する寄附は、学術研究や教育充実等のために行われる見返りを求めな い性質のものであり、寄贈者である企業の事業目的、事業活動との紐つきがないはずのも のである。しかし、武田薬品の寄附は、実質的には CASE-J 試験と紐ついており、CASE-J 試験に必要とされる費用は、武田薬品が寄附金として拠出した資金により賄われていたこ とが認められた。すなわち、武田薬品は、実質的には CASE-J 試験のスポンサーの立場に あったと評価できると考えられる。 武田薬品には、CASE-J 試験の各過程において、CASE-J 研究会や EBM センターから本来 の医師主導型臨床試験であれば提供されることのない、(i)EBM センターの業務運営やプロ トコル作成・データマネジメント構築に関与する機会、(ii)統計解析計画書に対する武田 薬品の意向を提供する機会、(iii)仮解析結果判明後に追加解析を依頼することができる 機会、(iv)学会発表スライドに武田薬品の意向を示す機会等が提供されていた。これは、 武田薬品が実質的には CASE-J 試験のスポンサーの立場にあったからこそ与えられたもの であったと考えられる。 このように、武田薬品が行った上記の寄附は、CASE-J 試験と紐ついていたことで、武田 薬品の意向が反映され、あるいは、受け入れられやすくなる素地を作ったと評価できる。 この意味で、医師主導型臨床試験である CASE-J 試験の独立性・中立性を疑わしめるもの 53 であり、CASE-J 試験に対する武田薬品の関与を示すものであったと考えられる。 なお、これらの寄附に関する武田薬品の社内の意思決定の手続について、手続上の瑕疵 は確認できなかった21。 2.2.3. 役務提供その他の行為 2.2.3.1. CASE-J 試験の企画段階における関与 前記 II.2.1.のとおり、CASE-J 試験は 2000 年に実行することが決定されたが、CASE-J 試験の企画段階において、武田薬品は、CASE-J 試験の開始に向けて積極的な活動を行って いたことが認められた。 すなわち、1999 年から 2000 年にかけて、武田薬品は、ブロプレスの付加価値最大化の ためにはアウトカムスタディを実施することが必要であるとして、医師主導型臨床試験を 活用することを前提に、その実施を決定していた。医師主導型臨床試験を活用することを 選択するにあたっては、武田薬品内部の費用及び工数を削減しつつ、その試験成績をブロ プレスのプロモーション活動に利用できるとの判断がなされていた。この決定に基づき、 武田薬品は、医師主導型臨床試験の事務局の選定作業を行い、最終的に京都大学(後の EBM センター)を選定した。また、試験概要について A 教授や B 教授に相談して決定する とともに、A 教授から研究責任者への就任の承諾を得、更に、CASE-J 試験の委員の選定を 進めた。 CASE-J 試験の実行の決定は、最終的には A 教授、B 教授等、CASE-J 研究会を構成する JSH の会員である専門医が行ったものであり、また、高血圧症治療薬について日本人を対 象とした大規模臨床試験が必要であることが JSH の会員間で認識されていたことも事実で ある。しかしながら、CASE-J 試験の開始に至る経緯を勘案すると、CASE-J 試験について は、武田薬品が主体的かつ能動的に企画を進め、医師のためにいわばお膳立てをしていた という実態があったことは否定できないと考えられる。 医師主導型臨床試験とは、臨床試験の実施を医師自らの責任で行う試験であることにと どまらず、臨床試験の立案・企画も医師自らの意思と責任で行うことが前提とされている と理解されていると考える。したがって、武田薬品が、ブロプレスの付加価値最大化のた めのアウトカムスタディを実施させる目的で、後に CASE-J 研究会の構成メンバーとなる 研究者に働き掛け、かつ、試験事務局として京都大学(後の EBM センター)を選定したこ とは、医師主導型臨床試験においては本来医師が自らの責任で行うべきであった行為を、 製薬会社たる武田薬品が主体的かつ能動的に実行したものと評価できる。武田薬品がこの ような主体的かつ能動的な活動を行った背景には、多額の寄附を投入する以上、その目的 に沿って CASE-J 試験が円滑に遂行されるように組織・体制を確立しようとの意図が存在 したのではないかと窺われる。この意味において、武田薬品の CASE-J 試験の開始に向け た上記の行為は、医師主導型臨床試験で必要とされる公正かつ適正な判断が損なわれるの 21 なお、CASE-J 試験の学会発表後に武田薬品が開催したブロプレス大規模臨床試験研究発表会において、 A 教授が司会、B 教授及び H 教授が講演を行い、武田薬品は同教授らに対して講演料を支払っており、ま た、その後に武田薬品が複数回開催した CASE-J サミットや TV 講演会においても、同教授らは講演等を行 っており、武田薬品は同教授らに対して講演料を支払っていたが、武田薬品による講演料の支払いについ ては、その金額において社会的相当性を著しく欠くところは認められなかった。 54 ではないかと第三者から懸念が表明されかねない関与であったと評価できると考えた。 2.2.3.2. CASE-J 試験の立ち上げ段階及び症例追跡調査期間における関 与 2.2.3.2.1. CASE-J 立ち上げ段階の活動 前記 II.2.2.のとおり、CASE-J 試験が企画段階から立ち上げ段階へと進んだ後は、武田 薬品は、概要、以下のとおり、CASE-J 試験の立ち上げや遂行のために必要とされた様々な 活動を行っていた。 (1) EBM センターの業務運営に対する関与 武田薬品は、Z 氏をリーダーとする「CASE-J プロジェクトチーム」を社内(市販後調査 部)で立ち上げて、CASE-J 試験の立ち上げに関する様々な課題(プロトコル説明会に関す る事前打合せ、試験参加医師との契約手続きや謝金の取扱い等)について定期的に EBM セ ンターと協議し、武田薬品としての意見を提示する等、臨床試験を自ら主導した経験のな い EBM センターによる CASE-J 試験の立ち上げに全面的に携わっていた。 (2) プロトコル作成に対する関与 武田薬品の CASE-J 担当者が、プロトコル作成委員会へオブザーバーとして参加したり、 プロトコルの雛型を提供すること等を通じて、CASE-J 試験のプロトコル作成に携わってい た。 (3) データマネジメントシステム構築に対する関与 武田薬品の CASE-J 担当者が、主として CASE-J 試験のデータマネジメントについて協議 していた CASE-J 検討会に参加して、データマネジメントシステム構築に関する各種の提 言を行い、更には、α社と定期的かつ継続的にイベント評価システムや登録完了後のスケ ジュール等につき協議を行う等して、データマネジメントシステム構築に携わっていた。 (4) 試験参加医師選定に対する関与 武田薬品は、CASE-J 試験に参加する医師を十分に集めることができなかった EBM センタ ーからの要請を受けて、候補医師をリストアップしてこれを EBM センターに提示し、更に は優先度の高い医師には事前に武田薬品の MR から打診する等、試験参加医師の多数を実 質的に選定していた。 (5) プロトコル説明会に対する関与 EBM センターが地区毎に CASE-J 試験のプロトコル説明会を開催するに当たり、武田薬品 の CASE-J 担当者は、説明会の開催に必要となる資料や招待状の送付等につき助言を行い、 また、会場の手配については自ら行っていた。また、プロトコル説明会とは別に、同説明 会に参加できなかった医師に対して、武田薬品の CASE-J 担当者が自らプロトコルを説明 する会を数回開催していた。 55 (6) EBM センターによる症例登録促進活動に対する関与 武田薬品は、症例登録を促進しようとした EBM センターからの依頼を受けて、試験参加 医師に対するアンケートの送付や回収作業を代行した。また、武田薬品は、同アンケート 作業にもかかわらず症例登録が進まなかったことを危惧した EBM センターから試験推進の 要請を受けて、MR の CASE-J 試験に対する理解を深めるために社内で MR 説明会を開催し、 また、EBM センターが実施主体となる進捗状況説明会を企画し、EBM センターによる説明 会実行に携わっていた。 また、この頃、武田薬品の一部の MR は、口頭で医師に対して症例登録を促しており、 更に、一つの CASE-J 試験参加施設において、CASE-J 担当者及び武田薬品の MR は、2000 例に及ぶカルテをチェックして CASE-J 試験のプロトコルに適合する患者を選択し、試験 参加医師に対して当該患者が次回来院した時に同意を取得するよう依頼していた。 (7) パソコンのセットアップ及び回収に対する関与 武田薬品は、公競規への配慮から、パソコンのセットアップ及び回収のような活動を指 示することはなかったものの、武田薬品の一部の MR は、試験参加医師に貸与されたパソ コンのセットアップや回収を補助していた。 2.2.3.2.2. 症例追跡調査期間の活動 前記 II.2.3.のとおり、武田薬品は、症例追跡調査期間へと進んだ後も、以下のとおり、 引き続き CASE-J 試験の遂行のための各種の活動を行っていた。 (1) EBM センターの業務運営に対する継続的な関与 武田薬品は、ほぼ継続して CASE-J 試験の事務運営上の様々な課題(EBM センターによる データベース及びイベント評価システムの運用、変則的な症例報告の取扱い等)について 定期的に EBM センターと協議していた。 (2) 試験参加医師による調査票入力作業に対する関与 武田薬品は、試験参加医師に対するブロプレスの情報活動を強化していたものの、公競 規への配慮から、調査票入力を組織的に実施するような行為を指示することはなかったが、 武田薬品の一部の MR は、試験参加医師同席の下、試験参加医師に貸与されたパソコンを 使って調査票に入力する等、調査票入力作業を代行していた。 2.2.3.2.3. 検討 以上で指摘した武田薬品の活動は、総じて武田薬品の従業員による CASE-J 試験に対す る無償の役務提供であると評価でき、以下に述べるような特徴があったと考えられる。 第一に、武田薬品の役務提供は、CASE-J 試験の立ち上げ、遂行に必要不可欠のものとな っており、別言すると、武田薬品による支援なくしては、CASE-J 試験を立ち上げ、運営す ることはできなかった可能性が高いと考えられる。たとえば、プロトコル作成やデータマ ネジメントシステム構築にあたっては、臨床試験の実績のない EBM センターに過去の臨床 試験の経験に基づいた武田薬品のノウハウ等が提供されており、このような武田薬品から 56 の支援を得ることなく、EBM センターが CASE-J 試験を立ち上げ、実行できたかは疑義のあ るところである。また、試験参加医師の選定や症例登録においても、武田薬品の協力なく して、CASE-J 試験を継続するに足りる人数の医師や症例を収集できたかは疑義のあるとこ ろである。少なくとも、武田薬品の支援があったことで、CASE-J 試験がより円滑に立ち上 がり、遂行されていったことは明らかであるといえる。 第二に、武田薬品の役務提供は、一部の MR の活動を除き、組織的であったことが認め られる。たとえば、PDD において Z 氏をリーダーとする「CASE-J プロジェクトチーム」を 立ち上げたことは、武田薬品の従業員が武田薬品の業務として組織的に CASE-J 試験の支 援を行っていたことを示している。 第三に、武田薬品の役務提供は、継続的なものであったと評価できる。CASE-J 試験の進 捗の各段階で、武田薬品は EBM センターに各種の役務を提供していることを認めることが でき、また、京大-武田ミーティングといった CASE-J 試験に関する定期的な会合が存在し ていたことが認められる。 以上のとおり、この時期の武田薬品の CASE-J 試験に関する活動は、組織的かつ継続的 なものであり、しかも、CASE-J 試験の遂行に不可欠なものであったと考えられ、武田薬品 は、実質的には、CASE-J 試験の研究実施体制の一部を担っていたものと評価することがで きる。また、設立されたばかりの EBM センターを試験事務局として選定すれば、以上述べ たように武田薬品の関与する余地が生まれるのは避けられないことであったが、そのこと を武田薬品も認識した上で EBM センターを選定していることからは、武田薬品の支援も純 粋に要請されてなされたものというのではなく、あらかじめ想定していたことに積極的に 対応してなされたものと評価することができる。 この点、当事務所としても、武田薬品において、日本人を対象とした初の大規模臨床試 験である CASE-J 試験を成功させようという社会的使命感のような思いから CASE-J 試験を 支援していた側面があったであろうことまで否定するものではない。しかし、このような 量的・質的に多大な無償の役務提供が行われた場合、EBM センターが CASE-J 試験に関して 武田薬品の意向を受け入れてしまう、又は、事実上、武田薬品の意向が CASE-J 試験に反 映されてしまうのではないかといったことが懸念されうると考えられ、その意味で、この 時期の武田薬品の CASE-J 試験に対する関与は、かかる懸念を生じさせうる程度の深いも のであったと評価できると考えた。 2.2.3.3. 統計解析計画書の策定から試験結果の公表までの期間におけ る関与 2.2.3.3.1. 武田薬品の活動の概要 前記 II.2.3.及び II.2.4.のとおり、2004 年 9 月以降、試験結果の公表までの期間にお いて、武田薬品は、CASE-J 試験の遂行を支援する活動にとどまらず、CASE-J 試験のプロ セスに武田薬品の意向を反映させるための活動を行っていたことが認められた。そのよう な活動として、①統計解析計画書作成への関与、②追加統計解析への関与、③学会発表へ の関与、が認められた。 (1) 統計解析計画書作成への関与 CASE-J 試験の症例追跡調査期間の終了が近くなり、武田薬品では CASE-J 試験のデータ 57 活用について協議がなされるようになった。その結果、CASE-J 試験の結果如何にかかわら ずブロプレスの販売に悪影響が生じることを防止するため、解析内容を検討するべきとの 結論が出された。また、この当時、CASE-J 試験に類似する VALUE 試験の主要評価項目にお いて「有意差なし」との結果が出ており、CASE-J 試験においても対策が必要とされる状況 にあった。これを受けて、武田薬品は、「CASE-J 対応プロジェクト」を立ち上げ、ブロプ レスに有利な結果が出る可能性のある追加統計解析項目案を完成させた。 その後、武田薬品は、同項目案に記載された内容を統計解析計画書に反映させるよう、 EBM センター及び CASE-J 研究会の統計解析関係者に働き掛け、結果として、同解析項目が ほぼ全て統計解析計画書に反映された。なお、武田薬品が作成した追加解析項目案には、 VALUE 試験でカンデサルタンと同じアンジオテンシン II 受容体拮抗薬のバルサルタンに有 意な結果が出た解析項目であり、CASE-J 試験でも同様の結果が出ることが期待された糖尿 病新規発症率が含まれており、結果として、これも統計解析計画書に含まれることになっ た。 なお、武田薬品は、D 教授の示唆を受け、CASE-J 試験の解析業務を担当する F 講師が所 属する京都大学医療疫学講座に、2005 年 7 月及び 2006 年 10 月に 100 万円ずつ、合計 200 万円を奨学寄附した。 (2) 追加解析への関与 武田薬品は、CASE-J 試験の仮解析結果を受領し、主要評価項目においてカンデサルタン とアムロジピンの間で有意差がない、すなわち「引き分け」という結果を得た。この結果 を受けて、武田薬品では、PDD 及び PMD の CASE-J 担当者が協力して、既に解析された試験 データの中から少しでもカンデサルタンのプロモーションにとって有利なデータを引き出 すことを目的とした追加解析について協議を行い、検討した追加解析項目の実施を統計解 析の実務担当者であった G 助手等に何度も繰り返し働き掛けて、実際に追加解析結果を取 得していた。 このような追加解析の働き掛け行為の中でも、とりわけ糖尿病新規発症に関する追加解 析の働き掛けについては、重要な成果を得ることができた。すなわち、武田薬品では、糖 尿病新規発症に関する当初の解析の結果が「有意差なし」であることを認識したため、Y 氏が G 助手に対して糖尿病新規発症の定義の解釈を変更した追加解析の実施を依頼し、G 助手がこれを実施したところ、「有意差あり」とのカンデサルタンに有利な解析結果が得 られた。この解析結果は、CASE-J 試験の結果に反映された。 (3) 学会発表への関与 武田薬品は、EBM センターの依頼を受けて試験結果報告用スライド原稿を作成し、提供 した。また、武田薬品は、CASE-J 研究会から ISH 2006 における試験結果学会発表用スラ イド・ポスターの原稿作成の依頼を受けて、これを提供した。以上のスライド・ポスター 作成にあたり武田薬品は自己の費用で外部業者を使った。 更に、学会発表用スライド・ポスターは、学会発表スライドの第 1 稿が作成された後、 PDD 及び PMD の CASE-J 担当者が A 教授、B 教授等との協議を行うプロセスを経て作成され た。学会発表用スライド作成の過程において、武田薬品は、CASE-J 試験の結果が武田薬品 にとって有利な見せ方となるよう、あるいは、不利な見せ方とならないようスライド原稿 を作成・修正し、A 教授や B 教授に働き掛けていた。そして、結果として、少なくとも B 58 教授の発表用スライドと A 教授の発表用ポスターにおいて、武田薬品の意向が一部反映さ れていた。 2.2.3.3.2. 検討 以上で指摘した武田薬品の活動は、統計解析計画書の作成及び統計解析が EBM センター により実施され、学会発表等の内容についても、最終的には発表者である A 教授、B 教授 等の判断により決定されることを前提として、CASE-J 試験の結果について、武田薬品の意 向を反映させるために、EBM センター及び CASE-J 研究会からの依頼を受けたものではなく、 自ら積極的に働き掛けを行ったという点に特徴があったと考える。 まず、武田薬品の上記の活動は、ブロプレスのプロモーション目的、すなわち、CASE-J 試験の試験結果によりブロプレスの売上が減少することを防止し、CASE-J 試験の試験結果 をブロプレスの販売促進に最大限利用するとの意図により行われていたものであり、その 動機において、公正さ、中立性等といった医師主導型臨床試験の性格とは相反するもので あった。したがって、かかる動機に基づく働き掛けが EBM センター及び CASE-J 委員会に 対して行われていたこと自体において、CASE-J 試験の公正さ、中立性等に懸念を表明され かねないものであったと考えられる。 また、その働き掛けの内容は、CASE-J 試験の結果の改ざんを図るものではないものの、 CASE-J 試験の試験結果ないしその見せ方に影響を与えるものである以上、これを CASE-J 試験の対照薬の製造販売業者であり、かつ、CASE-J 試験の実質的な資金提供者でもある武 田薬品が行ったことは、やはり、CASE-J 試験の公正さ、中立性等に懸念を表明されかねな いものであったと考えられる。 更に、医学的・科学的な観点からの妥当性はともあれ、武田薬品の働き掛けがなされた 事実、武田薬品の意向に沿った追加解析項目が統計解析計画書に追加された事実、追加解 析を依頼した結果、糖尿病新規発症に関して武田薬品にとり有利な追加解析結果が得られ た事実及び武田薬品の意向に沿った学会発表がなされているという事実は、仮に武田薬品 の働き掛けがなくとも EBM センター及び CASE-J 研究会が同様の行為を行ったであろうと 考えられるとしても、なお、EBM センター及び CASE-J 研究会が武田薬品の意向を現に受け 入れてしまったのではないかという疑念を生じさせることは否定できないと考えられる。 なお、武田薬品が F 講師が所属する講座に対して合計 200 万円の奨学寄附を行った事実 は、それ自体は以上に述べた武田薬品による EBM センターや CASE-J 研究会に対する働き 掛けとは性質が異なるものの、武田薬品が EBM センターや CASE-J 研究会に対して働き掛 ける余地を一定程度広げた可能性はあるという点においては、やはり CASE-J 試験の公正 さ、中立性等に疑念を表明されかねないものであったと考えられる。 このように、武田薬品の上記の活動は、医師主導型臨床試験である CASE-J 試験への関 与としては、特に問題のあるものであったと考えられる。 2.2.3.4. 試験結果公表後の期間における関与 2.2.3.4.1. 武田薬品の活動の概要 前記 II.2.6.及び II.2.7.のとおり、試験結果公表後の武田薬品の CASE-J 試験に対する 関与については、試験結果公表前に既に行われた活動と同様の支援及び働き掛けが引き続 59 き行われていたことが確認できた。しかし、その関与の程度は、試験結果公表を境として、 関与する人員の減少や CASE-J 研究会等に対する働き掛けの程度からしても徐々に弱いも のになっているものと考えられた。以下、サブ解析・サブスタディと CASE-J Ex 試験に分 けて、本調査において確認した、試験結果公表後の武田薬品の主要な関与について報告す る。 2.2.3.4.2. サブ解析・サブスタディ (1) 学会発表に対する関与 2007 年から 2010 年までに行われた国際学会における CASE-J 試験のサブ解析結果に関す る発表の一部に関する学会発表用スライド・ポスター作成について、武田薬品は、学会発 表用スライドの作成・修正、発表スライドの英訳等を行い、また、武田薬品の費用でネイ ティブチェックや発表用ポスター作成の外部業者への委託を行った。また、横浜及び岐阜 のサブスタディについても、武田薬品は報告会用スライドを作成した。 また、CASE-J 試験のサブ解析の学会発表のうち、ESH 2007 の B 教授による学会発表用 スライドにおいて、武田薬品が B 教授に働き掛けて、結果として武田薬品の意向に沿った スライドが作成されたことや、その他 ESH 2007 の A 教授による学会発表用スライド、ESC 2007 の A 教授学会発表用スライドについて、武田薬品が自らの意向を反映したスライドを A 教授に提案し、結果として武田薬品の意向に沿ったスライドが作成されたことがあった。 また、サブスタディについても、横浜サブスタディについては初回割付薬投与量や血圧コ ントロール等の資料を追加したスライドが研究グループに提供されたこと、岐阜サブスタ ディについては、武田薬品が、発表が意図しない方向へ進まないようスライドを準備した ことが認められた。 (2) 論文作成に対する関与 武田薬品は、CASE-J 試験のサブ解析論文の一部について、一定の無償の役務提供を行い、 また論文投稿手続や翻訳に関する費用を負担していた。また、サブスタディについても、 論文作成に関して一定の関与を行った。 とりわけ、CASE-J 試験のサブ解析結果に関する論文のうち合併症至適血圧論文について は、武田薬品の従業員が論文の一部の作成し、これを関係する教授に提供していた。また、 CASE-J 試験のサブ解析結果に関する論文のうち慢性腎臓病論文については、武田薬品がこ れまで行ってきた慢性腎臓病をもつ高血圧患者にはブロプレスを、との営業活動に疑義を 生じさせる論文であるとして、関係する教授に対して武田薬品が不利な図表の差し替え案 等を提案したことがあった。 2.2.3.4.3. CASE-J Ex 試験 (1) プロトコル作成に対する関与 CASE-J Ex 試験においては、武田薬品の従業員がプロトコル原案の作成に携わり、また プロトコルのドラフトに対して意見を述べていた。 60 (2) 調査票回収作業に対する関与 CASE-J Ex 試験の症例追跡調査期間中、武田薬品の従業員は、EBM センターから依頼を 受けて、2007 年度又は 2008 年度の調査票を未提出であった試験参加医師の担当 MR に対し、 担当する医師に調査票の提出を促すよう依頼し、また担当 MR は同依頼に基づいて当該医 師に調査票の提出を促した。 (3) 統計解析計画書に対する関与 2010 年 5 月頃に G 助手より統計解析計画書に対するコメントを求められた武田薬品は、 BMI や慢性腎臓病の分類方法や糖尿病新規発症者の予後の検討を BMI 別の区分で解析する ことを G 助手に提案した。 (4) CASE-J Ex 試験の学会発表に対する関与 ISH 2010 において行われた A 教授及び B 教授の CASE-J Ex 試験のサブ解析発表について、 武田薬品は、学会発表用スライドの英訳及びポスター作成を、武田薬品の費用で翻訳業者 等に外注する等して作成した。 2.2.3.4.4. 検討 試験結果公表後の武田薬品の関与について一言でいえば、試験結果公表前に行われた武 田薬品の関与のいわば縮尺版と形容できる。 まず、CASE-J Ex 試験については、プロトコル作成や調査票回収業務のような症例追跡 調査期間中の EBM センターに対する支援は、CASE-J 試験の立ち上がり期に見られた無償の 役務提供と同種のものであり、このような役務提供によって、CASE-J 研究会及び EBM セン ターが CASE-J Ex 試験に関して武田薬品の意向を受け入れてしまう、あるいは、事実上武 田薬品の意向が CASE-J Ex 試験に反映されてしまうのではないかといった懸念を生じさせ うる点では、CASE-J 試験に対する関与と同様の関与があったといわざるを得ない。他方、 提供された役務は、質的・量的に CASE-J 試験時との比較において格段に少なく、その関 与の程度は深いとまではいえない。この点については、武田薬品における CASE-J 試験推 進の中心人物であった Z 氏が 2007 年 3 月末に退職し、同年 4 月 1 日から EBM センターで 勤務を始めたことを含め、EBM センターの臨床試験推進機能が強化され、武田薬品による 役務提供の必要性が薄れるようになったことが一因となっていたと考えられる。 更に、CASE-J Ex 試験においては、CASE-J 試験でも見られた統計解析計画書に対する働 き掛けがあり、このこと自体はやはり CASE-J Ex 試験の公正さ、中立性等に疑義をさしは さむものと評せざるを得ないものの、一方で CASE-J Ex 試験においては、武田薬品は、統 計解析を担当した G 助手からコメントを求められて回答したに過ぎず、CASE-J 試験時とは 働き掛けの積極さの点で大きく異なり、したがって、その関与の程度も CASE-J 試験時に 比べて弱いと評価できる。 また、サブ解析・サブスタディ・CASE-J Ex 試験の学会発表及び論文掲載に目を向ける と、ここでも CASE-J 試験同様、スライド作成や外注業務を引き受けつつ、一部の学会発 表や論文掲載においては武田薬品の意向を反映させようと働き掛け、いくつかのケースで は、学会発表者や論文執筆者の了解を得て、結果として武田薬品の意向が反映されていた。 CASE-J 試験でも論じたとおり、このような結果は、CASE-J 研究会及び EBM センターが武 61 田薬品の意向を現に受け入れてしまったのではないかとの疑念を生じさせることは否定で きない。その一方で、この時期の学会発表や論文発表における武田薬品の活動の多くは、 CASE-J 試験時のような、積極的にブロプレスのプロモーションのために武田薬品の意向を 反映させるというものではなく、CASE-J 研究会からの要請に基づき、あるいは、従前の関 係から役務等を提供としていたという、いわば消極的関与ともいえるものであったことに 特徴がある。 このように、この時期における武田薬品の活動は、CASE-J Ex 試験への関与としては問 題のある行為ではあったものの、総じて試験結果公表前の関与に比べると、その程度は弱 かったと考えられる。 2.3. 背景と動機 武田薬品が CASE-J 試験に関して、以上のような、問題のある関与を行った背景ないし 動機として、本調査では、以下の事情が存在したものと考えた。 2.3.1. CASE-J 試験の目的 CASE-J 試験は、ブロプレスの付加価値最大化、売上最大化を図る目的で武田薬品が企 画・立案したものであった。すなわち、武田薬品がブロプレスを発売した 1999 年 6 月当 時、各製薬会社は高血圧症をはじめとする患者数の多い疾患向けの医薬品の開発に力を注 いでおり、その結果、同種同効の医薬品が各社から多種販売され、販売競争が行われてい た。こうした中で、武田薬品は、ブロプレス発売に当たり、アウトカムスタディを実施し てブロプレスに有利なデータを集めて競合品との差別化を図り、高付加価値化を実現する ことを目指した。 他方、かかるアウトカムスタディを武田薬品が自ら実施すると、費用・内部工数・実施 期間等の面で大きな困難を伴うことから、費用対効果を踏まえ、医師主導型臨床試験とし て実施することが妥当であるとされた。このような判断を踏まえ、武田薬品が A 教授等の 専門医及び京都大学に働き掛けて開始した市販後臨床試験が、CASE-J 試験であった。 このように、武田薬品が、CASE-J 試験をブロプレスの販売促進の目的のために企画した ものである以上、武田薬品が、当該目的を達成するために CASE-J 試験の遂行に関与した ことは、後述のとおり多額の寄附を行ったことにも鑑みれば、極めて自然な流れであった と考えられる。 2.3.2. 試験実施体制 医師主導型臨床試験である以上、プロトコル案作成その他 CASE-J 試験の開始に必要と なる準備活動は、本来、C 教授を中心とした EBM センターにおいて行われるべきものであ った。しかし、EBM センターは、2001 年 2 月に正式に設立されたものであり、少なくとも 設立当初は、医師主導型臨床試験を主導する十分な知識・経験・人材を有しておらず、組 織体制も十分ではなかった。このような EBM センターの試験実施体制においては、武田薬 品の支援なくして、CASE-J 試験を遂行することは事実上不可能であったものと考えられる。 それ故に、前述のとおり、プロトコル作成、データマネジメントその他 EBM センターにお ける CASE-J 試験の事務運営等、多岐にわたり武田薬品が関与する余地が生まれたものと 考えられる。 62 2.3.3. 多額の資金提供及び無償の役務提供 医師主導型臨床試験は、臨床試験の実施主体である CASE-J 研究会や EBM センターが自 らの責任と費用で独立・中立の立場で試験を進めることが原則であり、武田薬品がこれに 関与することは基本的に想定されていない。しかしながら、医師主導型臨床試験を進める に当たっては、資金面の問題から企業に頼らざるを得ないのも実情であり、現に武田薬品 は、CASE-J 試験について、前述した目的をもって総額 37 億 5000 万円という資金提供を行 った。更には、武田薬品は、CASE-J 試験の成功に向けて、前述のとおり、EBM センターや CASE-J 研究会の機能が不足する部分に対する無償の役務提供を行った。かかる多額の資金 提供及び無償の役務提供を行う以上、CASE-J 試験がその目的に沿って遂行されることにつ き、強い関心を持つことはむしろ自然である。 また、EBM センター及び CASE-J 研究会も、武田薬品が多額の資金提供及び無償の役務提 供を行っている以上、試験実施にあたり、実質的なスポンサーである武田薬品の意向を忖 度することが当然の前提となると考えていたことが窺われる。このことは、CASE-J 試験の 試験進捗状況や統計解析計画書等の未公開の情報が武田薬品に提供されていること、統計 解析計画書に対して武田薬品の意向を反映できる機会が与えられていたこと、仮解析結果 や試験結果が学会発表前に武田薬品に開示されていたこと、武田薬品が要望した追加解析 が実施されてその結果が武田薬品に提供されていたこと、更には学会発表用スライドに武 田薬品の意向を反映できる機会が提供されていたこと等により示されている。 このように、武田薬品も、EBM センター及び CASE-J 研究会も、武田薬品が多額の資金提 供及び無償の役務提供等を行う以上、武田薬品が CASE-J 試験に一定程度まで関与をする ことが CASE-J 試験の当然の前提とされており、また、かかる関与は許容されるものであ るとの理解を共有していたものと窺われた。 2.3.4. 医師主導型臨床試験に関するルールの未整備 CASE-J 試験の開始された 2000 年当時において、少なくとも日本国内においては、治験 が薬事法の下に厳しいルールで縛られていたのに対し、医師主導型臨床試験については、 研究の公明性や倫理性、科学的信頼性を確保するという目的の法律ないし自主規制が整備 されている状況ではなかった。 このため、武田薬品においては、当時存在していた公競規等に鑑み、CASE-J 試験への関 与が違法・不当なものとならないよう、検討しており、また、試験データにアクセスしな い、統計解析を担当しないといったように一応の線引きはしていたものの、医師主導型臨 床試験における利益相反の問題という観点から、どこまで CASE-J 試験に関与すべきであ るのかという点につき、今日における医師主導型臨床試験における製薬企業の関与の在り 方に関する理解を前提とすれば、十分な検討ができておらず、また、問題意識も高かった とはいえないと評価せざるを得ない。このことは、公競規等に照らして問題がないかを検 討する等の規範意識についても、遅くともブロプレスの売上に対する影響を考慮し始めた 2004 年頃からはほとんど顧みられなくなっていたことからも窺われる。 2.4. 小括 本調査においては、武田薬品が、企画段階から学会発表まで一貫してブロプレスの付加 価値最大化のため医師主導型臨床試験を活用しようとして CASE-J 試験に関与したことが 認められた。かかる関与は、EMB センターが CASE-J 試験に関して武田薬品の意向を受け入 63 れてしまうのではないか、又は、事実上、武田薬品の意向が CASE-J 試験に反映されてし まうのではないか、といったことが懸念されるものと考えられ、今日における医師主導型 臨床試験に関する製薬会社の関与の在り方と比されると、疑義を呈される内容のものであ った。 3. 3.1. 販促資材と薬事法 検討した課題 武田薬品は、2014 年 3 月 3 日に開催した記者会見において、武田薬品の製作・使用した 「CASE-J に学ぶ」等の販促資材における心血管系イベントの累積発現率に関する KM 曲線 に関する図表及び記述が、統計学上は有意差がないものを有意差があるかのような誤解を 生じるものであったこと及び当該販促資材を CASE-J 試験の論文発表後も継続使用したこ とは不適切であったことを自認した22。他方、当該販促資材の記述及び当該販促資材にお ける糖尿病新規発症に関する記述は、薬事法に定める医薬品の広告規制には違反していな いと考える旨を述べた。 本調査においては、まず、上記 II.3.で認定した事実を前提に、武田薬品が製作・使用 した「CASE-J に学ぶ」において、①本グラフ(CASE-J 試験の主要評価項目である心血管 系イベントの累積発現率に関するカンデサルタン群とアムロジピン群の KM 曲線が交差し た点を指す矢印が挿入されているグラフ)を専門医のコメントとともに掲載したこと及び ②本記載(CASE-J 試験のサブ解析項目である累積糖尿病新規発症率に関する記載)を掲載 したことをもって、高血圧症治療薬の広告として薬事法第 66 条の禁止する虚偽広告又は 誇大広告に該当するか否かを検討した23。その上で、本グラフのある「CASE-J に学ぶ」以 外の本件検討対象販促資材 5 種類及び本記載のある「CASE-J に学ぶ」以外の本件検討対象 販促資材 3 種類についても、同様の検討を行った。更に、薬事法違反の有無にかかわらず、 武田薬品が不適切と自認せざるを得なかった不適切な記載のある販促資材を製作し、使用 し続けた背景及び動機についても、あわせて検討することとした。 22 2014 年 3 月 6 日、武田薬品は、製薬協に対して、CASE-J 試験結果のプロモーション活動への使用につ いて不適切な点があったとして、製薬協コード等の違反を申告するとともに、改善策として、販促資材の 追刷り等を TIB 審査会の審査の対象とする旨の社内規則の改定や TIB 審査会のメンバーにメディカルアフ ェアーズ部門を加えること、PMD 内に新たにコンプライアンス推進グループを設置することを報告した。 これに対して、同月 19 日、製薬協コード委員会は、武田薬品の行為が製薬協コード「4. プロモーション 用印刷物及び広告等の作成と使用」に違反すると判断するとともに、自主申告であることや既に改善に取 り組んでいることを踏まえ、改善勧告の措置を決定した。更に、製薬協コンプライアンス委員会は、武田 薬品に対して役職活動停止(6 か月)の措置を下した。このように、武田薬品が CASE-J 試験結果を活用 したプロモーションについて既に製薬協コード上の措置を受けていることから、本調査においては、改め て製薬協コード違反については検討していない。 23 なお、薬事法第 68 条は、承認又は認証を受けていない医薬品等について、「その名称、製造方法、効 能、効果又は性能に関する広告」をしてはならない旨を規定しているが、同条の趣旨は、承認申請時の内 容が現実に承認された内容と一致せず、結果として誇大広告となることを防止する点にあるとされている。 すなわち、同条の適用対象は、あくまでも承認申請中の医薬品等であり、承認申請されていない効果・効 能についてはあくまでも同法第 66 条による規制の対象となるものと考える。 64 3.2. 虚偽広告・誇大広告の該当性 3.2.1. 虚偽広告・誇大広告の意義 薬事法第 66 条第 1 項は、「何人も、医薬品…の名称、製造方法、効能、効果…に関し て、明示的であると暗示的であるとを問わず、虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又 は流布してはならない。」と定める。 同条の立法趣旨は、医薬品等が人間の生命や健康に直接関連するものであるところ、国 民がその有効性や安全性を容易に判断できないこともあって、適正な情報が提供されない と医薬品等が誤用されたり、乱用されたりして国民の保健衛生に重大な支障を及ぼすおそ れがあることから、不正確な情報の提供を防止する点にあるとされている。 本調査においては、本グラフ又は本記載が同条に規定されている「医薬品の効能、効果 に関する」「虚偽又は誇大な記事」に該当するか、換言すると、本グラフ又は本記載の内 容が「虚偽」又は「誇大」といえるかを検討することとし、その前提として、まず、「虚 偽」及び「誇大」をいかなる基準をもって判断すべきかを検討した。 この点、同条における「虚偽」とは、事実に反することを意味すると解されている。ま た、「誇大」とは、事実に反するとまではいえないものの、事実の程度を偽ることを意味 するところ、事実の軽微な誇張は「誇大」には該当せず、事実の程度を著しく偽ることと なって始めて「誇大」に該当するものと解されている24。 当事務所は、本件を検討するにあたり、上記の薬事法第 66 条の立法趣旨を勘案して、 医師を需要者とする医療用医薬品25の広告記事26が「誇大」であるか否かは、(i) 承認され た当該医薬品の効能・効果以外の効能・効果があることの広告を行っているか27、(ii) 医 療用医薬品を処方する医師が通常有する知識及び経験に照らし、当該医師をして、当該広 告の表現が、有効性や安全性に対する誤認を惹起させ、当該誤認により当該医薬品の使用 を選択させる程度に、事実の程度を著しく偽っているといえるか否かによって判断すべき であると解した。 以上の基準に照らして、「CASE-J に学ぶ」等の本件検討対象資材が薬事法に規定する虚 偽広告又は誇大広告に該当するか否かを検討した。 24 安西温「特別刑法(3) 改訂版」警察時報社・66 頁、平野龍一ほか編「注解特別刑法 5-I 巻 医事・ 薬事編(1)(第 2 版)」青林書院・36 頁、37 頁 25 医薬品等適正広告基準においても、医師若しくは歯科医師が自ら使用し、又はこれらの者の処方せん若 しくは指示によって使用することを目的として供給される医薬品については、医薬関係者以外の一般人を 対象とする広告は行わないものとされ(同基準第 1-5(1))、医薬関係者を対象とする広告と一般人を対 象とする広告の性格の違いを勘案し、画一的な取り扱いを避けるよう配慮するものとされている(同基準 留意点)。 26 武田薬品が作成・使用した CASE-J 試験に関する販促資材は、いずれも医師向けの医学専門誌に掲載さ れ、又は、医師に対して配布するために作成されたものであり、記載されている内容も医師を対象とした ブロプレスを含む医療用医薬品及びこれを使用した治療方針に係る記事であることが認められる。よって、 当該販促資材は、いずれも医師を需要者とする医療用医薬品の効果効能等に関する広告記事であると認め られる。 27 医薬品等適正広告基準第 1-3(1) 65 3.2.2. 「CASE-J に学ぶ」に関する具体的検討 3.2.2.1. 本グラフの掲載 「CASE-J に学ぶ」における本グラフの掲載について、本グラフの掲載とともに、A 教授 による主要解析結果に関するコメントが記載され、曲線の交差部分について「ゴールデ ン・クロス」という表現がなされていることが、薬事法第 66 条第 1 項に規定する「虚偽 又は誇大な記事」に該当するか否かを検討した。 この点、前記 III.1.のとおり、武田薬品の従業員が CASE-J 試験の試験データの改ざん を行った事実及び試験結果を歪曲するような手法による統計解析を行ってその解析結果を 研究者をして公表させた事実は認められなかった。また、CASE-J 研究会又は EBM センター が CASE-J 試験の試験データ又は試験結果を改ざんしていたこと、あるいは、当該改ざん を武田薬品の従業員が認識していたことを疑わせる事情も、本調査においては確認できな かった。 次に、カンデサルタン群とアムロジピン群の本 KM 曲線を比較した図は、2 つのグラフ線 の重なり合いを単純に観察すると、36 ヶ月から 42 ヶ月の間で接しており、統計学上の評 価はさておき、これを交差又はクロスと評価・表現すること自体は、必ずしも不合理とは いえないと考えられた。 また、交差点に矢印を付して強調し、更に「ゴールデン・クロス」と表現することは、 両薬剤群間において統計学上有意差がないにもかかわらず、あたかもカンデサルタン群が アムロジピン群に比較して、36 ヶ月から 42 ヶ月の間で心血管系イベントの累積発現率で 逆転しているかのような印象を与えるおそれがあるようにも思われるが、A 教授は、「ゴ ールデン・クロス」と解説した後に続けて「RA 系抑制による臓器保護や臓器障害のリセッ トが発揮されたことを示唆するものである。」と解説しているとおり、断定調ではなく 「示唆する」という慎重な言い回しを使って A 教授自らの見解を述べているに過ぎない。 更に、A 教授は本グラフについて、「心血管系イベントの発現率は、全く同等であった」 と解説しており、また、本グラフ(図 2)には P 値が統計学上有意差のない値である 0.969 であることも明記されている。このことも併せ考えると、「ゴールデン・クロス」 の言葉のある文脈を全体としてみた場合には「CASE-J に学ぶ」に接した医師をして心血管 系イベントの累積発現率について両群間に有意差があることまでの誤認を惹起させるもの ということはできないと考えられた。 以下の事情を勘案すると、「CASE-J に学ぶ」における本グラフの掲載は、薬事法第 66 条第 1 項に規定する虚偽広告又は誇大広告には当たるものではないと考えた。 3.2.2.2. 本記載の掲載 「CASE-J に学ぶ」における本記載の掲載については、A 教授が、アムロジピン群に比べ てカンデサルタン群の方が糖尿病新規発症率が 36%低いことを示す図 5 に言及して「糖尿 病の新規発症は、カンデサルタン群で発症リスクが 36%低下した(図 5)」と解説してい る。これは、武田薬品の製造販売するカンデサルタン(ブロプレス)の承認を受けた効 能・効果ではない、糖尿病の新規発症の抑制に係る記述であるから、本記載が糖尿病の新 規発症の抑制を効能・効果として示している広告に該当し、薬事法第 66 条第 1 項に規定 する「虚偽又は誇大な記事」に該当するか否かを検討した。 66 この点、前記 III.1.のとおり、武田薬品の従業員が CASE-J 試験の試験データを改ざん した事実及び CASE-J 試験の試験データ又は試験結果が改ざんされたことを認識していた ことを疑わせる事情は確認できなかった。 そして、「CASE-J に学ぶ」は、あくまで心血管系イベントの抑制を主要評価項目として 実施された CASE-J 試験の試験結果を示すものであることや、図 5 が「糖尿病新規発症へ の影響」と題していることからすれば、本記載は、あくまでブロプレスが高血圧症治療薬 であることを前提として、CASE-J 試験によりブロプレスに副次的に糖尿病の新規発症への 影響が観測されたことを述べているに過ぎない。そうすると、本記載は、「CASE-J に学ぶ」 に接した医師により糖尿病の新規発症抑制を効能、効果として示していると理解されるも のということはできないと考えた。 したがって、「CASE-J に学ぶ」に掲載された本記載は、ブロプレスの承認された効能・ 効果以外の効能・効果を広告したものいうことはできず、薬事法第 66 条第 1 項に規定す る虚偽広告又は誇大広告に当たるものではないと考えた。 3.2.2.3. KM 曲線の同一性 前記 II.3.4.のとおり、①Y 氏がスライド作成のための資料として CASE-J 研究会から受 領した資料中の本 KM 曲線、②Y 氏がこれをβ社(の再委託先であるθ社)に委託して作成 させたスライド上の本 KM 曲線、③U 氏がこれをスライドに転記した「CASE-J に学ぶ」の 原稿上の本 KM 曲線、④U 氏がこれをγ社に委託して作成させた MT 誌に掲載された記事体 広告における本 KM 曲線は、目視で比較する限りにおいても、2 本の曲線の位置関係が若干 ずれている等、完全に同一であるとはいえない。このように CASE-J 研究会において作成 した本 KM 曲線と「CASE-J に学ぶ」に掲載された本 KM 曲線が完全に同一であるとはいえな いという事実を踏まえて、異なるグラフを使用していることが、薬事法第 66 条第 1 項に 規定する「虚偽又は誇大な記事」に該当するか否かを検討した。 この点、CASE-J 研究会において作成した本 KM 曲線と「CASE-J に学ぶ」に掲載された本 KM 曲線との間に若干「ずれ」が生じていたとしても、それは医療用医薬品の有効性・安全 性に誤解を惹起する程度のものではない。すなわち、いずれの本 KM 曲線のグラフにも P 値が統計学上有意でない値である 0.969 であることが明記されていること等から、そこか ら医師がカンデサルタン群とアムロピジン群における心血管系イベントの累積発現率につ いて異なる理解をすることは考え難い。とすると、本グラフに接した医療用医薬品を処方 する医師の知識及び経験に照らし、異なるグラフの使用が、ブロプレスの有効性に対する 誤解を惹起させ、使用の選択を誤らせる程度にまで事実の程度を著しく偽っているとまで いうことはできないと考えた。 したがって、本 KM 曲線が完全に同一ではないとしても、そのことから直ちに誇大広告 であるということはできず、また、実際に本グラフが複数存在し、そこにズレがあったと しても、以上に述べたとおりの程度であるから、異なるグラフを使用していた事実をもっ て薬事法第 66 条第 1 項に規定する虚偽広告又は誇大広告に当たるものではないと考えた。 3.2.2.4. 論文発表後における学会発表データの使用継続 武田薬品は、2008 年 2 月に CASE-J 試験に関する論文が Hypertension 誌に掲載された後 も、学会発表用のデータを使用した「CASE-J に学ぶ」のパンフレットを配布できる状態に しており、実際に配布していた。ISH 2006 の発表用スライドに記載された本 KM 曲線の観 67 察期間は 48 ヶ月であったのに対し、この論文に記載された本 KM 曲線の観察期間は 42 ヶ 月であった。そこで、異なる本 KM 曲線が存在するにもかかわらず論文発表後も学会発表 時の本 KM 曲線を使用した販促資材の使用を継続していたことが、薬事法第 66 条第 1 項に 規定する「虚偽又は誇大な記事」に該当するか否かを検討した。 この点、まず、48 ヶ月の本 KM 曲線も学会発表で公表されたものである以上、論文発表 により、虚偽、すなわち事実に反することになることはないと考えた。実際のところ、論 文発表の内容は、学会発表の内容を否定しているものではない。 そして、以上に述べたとおり、学会発表時の本 KM 曲線に基づき作成した本グラフが、 誇大表示ではないと判断される以上、学会発表時の本 KM 曲線を引き続き使用したからと いって、そのことが医師をして心血管系イベントの累積的発現率について両群間に有意差 があることまで誤認を惹起させるものとまでいえないと考えた。 したがって、論文発表後に「CASE-J に学ぶ」を使用していた事実をもって、薬事法第 66 条第 1 項に規定する虚偽広告又は誇大広告に該当することはないと判断した。 3.2.3. 「CASE-J に学ぶ」以外の販促資材の薬事法上の問題点 本グラフのある「CASE-J に学ぶ」以外の本件検討対象販促資材合計 5 種類についても、 前記 III.3.2.1.で述べたものと同様の基準で、本グラフの掲載が虚偽広告又は誇大広告に 該当するか否かを検討したが、概ね同様の理由により、薬事法第 66 条第 1 項に規定する 虚偽広告又は誇大広告に当たるものではないと考えた。 また、本記載のある「CASE-J に学ぶ」以外の本件検討対象販促資材合計 3 種類について も、前記 III.3.2.1.で述べたものと同様の基準で、本記載が虚偽広告又は誇大広告に該当 するかを検討したが、概ね同様の理由により、薬事法第 66 条第 1 項に規定する虚偽広告 又は誇大広告に当たるものではないと考えた。 3.3. 背景と動機 本調査においては、薬事法違反の有無にかかわらず、武田薬品が不適切と自認せざるを 得なかった記載のある販促資材を製作し、使用し続けるに至った背景及び動機についても、 検討をした。 この点については、本グラフや本記載が盛り込まれた「CASE-J に学ぶ」等の販促資材が 製作された背景として、CASE-J 試験の主要解析結果がカンデサルタンにとって有利なもの ではなかったこと、また、当該販促資材の製作ないし利用を防ぐことができなかった背景 として、販促資材製作担当者に対する監督状況及び武田薬品における販促資材の審査体制 が不十分なものであったことが考えられた。以下、これらの背景及び動機について、個別 に述べる。 3.3.1. CASE-J 試験主要解析結果の影響 CASE-J 試験の結果は、主要評価項目である心血管系イベントの発現においてカンデサル タン群とアムロジピン群との間で有意差を認めないとするものであり、すなわち「引き分 け」を意味していた。そもそもブロプレスの付加価値最大化のために大規模臨床試験を企 画し、実質的に 30 億円以上の金銭を寄附という形をとって CASE-J 試験に投じていた武田 68 薬品としては、試験結果がブロプレスの販売促進に利用できないようでは全く意味がなか った。だからこそ、前記 II.2.4.3.のとおり、CASE-J 試験における症例追跡調査期間が終 わろうとしている頃に、仮解析の結果が自社にとって有利でないと知るや、武田薬品は、 カンデサルタンに有利となるような結果を求めて追加解析を行うよう働き掛ける等してい たのである。このような武田薬品の行動は、経済的合理性という観点からは理解しやすい ものであり、このことがブロプレスの販売促進に向けた最終的な試験結果の見せ方にも表 れたのは自然なことであった。すなわち、武田薬品は、CASE-J 試験の主要評価項目である 心血管系イベントの発現においてカンデサルタン群とアムロジピン群との間で統計学上は 有意差がないにもかかわらず、わずかな差を強調するような方向性へ向かうこととなり、 その表れの一つが「CASE-J に学ぶ」における「ゴールデン・クロス」という表現の使用に あったと認められる。 すなわち、CASE-J 試験の主要解析結果が「引き分け」であったことが、CASE-J 試験の 実質的スポンサーともいえる武田薬品をして「ゴールデン・クロス」という表現の販促資材 を用いさせるに至った一因であったと考えられる。 3.3.2. 販促資材製作担当者に対する監督 前記 II.3.2.のとおり、CASE-J 試験を利用した販促資材の製作においては、U 氏が上司 による監督を受けることなく単独で販促資材の製作に携わっていたことが認められた。す なわち、PMD 内での U 氏に対する監督機能が全く働いていなかった。たとえば、①「CASEJ に学ぶ」で使用されている本 KM 曲線について、U 氏が Y 氏から受領した学会発表用スラ イドから本 KM 曲線等を別のスライドセットに転記する作業を監督者による監督なしに実 施していたこと、②「CASE-J に学ぶ」の販促資材の製作過程において、そのゲラ刷りに A 教授、B 教授、H 教授の署名を得るプロセスがあり、署名入りゲラ刷りを適切に保管する 等の管理すべきところ、U 氏はこれを怠っており、その管理について社内で誰もチェック しないでいたこと、③PMD にて保管すべき最終確認書も同様に U 氏が保管を怠っており、 その保管について社内で誰もチェックしないままでいたこと、④2006 年 12 月までに製作 された販促資材であれば 2007 年 1 月以降も、更には論文発表後も継続して使用しても問 題ないと誤認し、この誤認が監督者によって正されることなく本合本に CASE-J 試験の学 会発表用データが使用されたままであったこと、はその証左である。 医療用医薬品の販促資材の製作という業務については、対象となる医薬品等に関する専 門的な知識・経験が要求されるため、その業務を行うに際し、U 氏に一定の裁量を与える こと自体は、あながち不合理であるとはいえない。しかし、会社組織における従業員によ る業務の遂行については、その適法性・適正性を担保するため、上司等による一定程度の 監督が求められるべきものであることには異論がなかろう。いずれにしても、武田薬品に おいては、ブロプレスの販促資材の製作・使用に関わるチェック機能が働いていなかった ことは明らかである。 当事務所が認定した U 氏による CASE-J 試験に関する販促資材の製作のプロセスにおい ては、そのような監督が全くなされていなかったか、あるいは、不十分であったことが窺 われ、このような社内におけるチェック機能の欠缺あるいは不全が、不適切な販促資材が 製作・使用されたことの一因であったと考えられる。 69 3.3.3. 販促資材の審査体制 武田薬品では、販促資材の記載内容の適正化を目的とした TIB 審査会が設置され、同審 査会が販促資材を審査していた。本調査においては、TIB 審査会における審査のプロセス 及び審査内容が明らかに不当であると認められる事実は存在せず、むしろ、武田薬品の社 内において、不適切な販促資材の公表を防止するための一定の機能を果たしていたことが 窺われた。 しかし、TIB 審査会が販促資材の増刷を審査対象としていなかったこと、法令、製薬協 コード及びその解釈・運用の変更にあたり、使用中ないし保管中の販促資材の内容を TIB 審査会あるいは販促資材の製作担当者において再度審査ないし確認する制度が存在しなか ったこと等、不適切な販促資材の使用を中止するための実効性のある制度、仕組みを武田 薬品が有していなかったことが認められ、この点が、CASE-J 試験を利用した販促資材が漫 然と使用しうる状態に置かれ続けていたことの一因であったと考えられる。 この点に関連して、増刷が審査対象となっていない理由として、販促資材の内容が全く 同じであったことから再度の審査が不要という説明もなされたが、このことは一旦製作さ れた販促資材に関する事項について何らかの事情変更が生じた場合に、販促資材の変更の 要否の判断を営業現場に委ねていたことを示唆しており、不適切な販促資材の使用継続を 防止するという観点からは、審査体制が不十分であったのではないかとの疑義を免れない と考えた。 最後に、武田薬品においては、製薬協コードに違反するか否かが不明確と考えられる表 現、いわゆる「グレー」な表現について、販促資材の製作者が TIB 審査会のメンバーと口 頭等で折衝することにより、最終的に発表が可能とされる実務の存在が認められ、 「CASE-J に学ぶ」についても、このような折衝を経て公表されたことが認められた。仮に 当時、かかる折衝の余地を否定し、販促資材の製作担当者は、TIB 審査会の判断に従わな ければならないという、より厳格なルールないし運用が存在していたとすれば、「CASE-J に学ぶ」が公表されることはなかったのであるから、この実務慣行の存在が、「CASE-J に 学ぶ」が公表された一要因になっていた可能性があることは否定できないと考えた。 以上のとおり、武田薬品における販促資材の審査体制の不十分さが、CASE-J 試験に関す る不適切な販促資材の使用を継続した一因となっていたと考えられる。 3.4. 小括 本調査において検討した、武田薬品が製作・使用した CASE-J 試験を利用した販促資材 の記載には、薬事法第 66 条に規定する虚偽広告又は誇大広告に該当するものは存在しな いと考えられる。 他方、武田薬品が自認したとおり、当該販促資材の内容が、必ずしも適正なものではな かったにもかかわらず、製作・使用が行われた背景には、武田薬品がブロプレスの付加価 値最大化を目指して取り組んでいた CASE-J 試験の結果が思わしくなかったということと、 TIB 審査会の運用も含む、販促資材の製作に関する武田薬品内部の管理体制が不十分であ ったということがあったと認められる。 70 4. その他の問題となりうる武田薬品の行為 本調査においては、上記 III.1.ないし 3.で検討した事項を対象として開始されたもの であるが、当事務所は、本調査において確認した CASE-J 試験に関する事実関係を踏まえ、 その他の問題となりうる武田薬品の行為として、①公正競争規約違反、②個人情報保護法 違反、③薬事法の報告義務懈怠の可能性についても、それぞれ検討した。 4.1. 公正競争規約違反 前記 II.2.2.7.及び II.2.3.3.のとおり武田薬品の一部の MR が、CASE-J 試験に関連して、 担当する試験参加医師に対して、パソコンのセットアップ、回収等の補助や調査票入力補 助を行っていることが合計して十数例確認された。これらの行為が、役務提供として公競 規により規制される医療機関等に対する景品類の提供に該当する可能性があることから、 これらの行為が公競規に違反していなかったか否かを検討した。 この点、医療用医薬品製造販売業者は、医療機関等に対し、医療用医薬品の取引を不当 に勧誘する手段として、景品類を提供してはならない(不当景品類及び不当表示防止法第 3 条に基づく告示「医療用医薬品業、医療機器業及び衛生検査所業における景品類の提供 に関する事項の制限」及び不当景品類及び不当表示防止法第 11 条第 1 項に基づく公競規 3 条)ところ、ここにいう「取引を不当に誘引する手段」とは、医療機関等及び医療担当者 等に提供する景品類の額及び提供の方法が、当業界における正常な商慣習に照らして適当 と認められる範囲を超える場合をいうとされている(運用基準 1-1 の 3)。また、運用基 準上、便益、労務その他の役務が取引を不当に誘引する手段となるものとして、その内容 が過大である場合、その行為が組織的・継続的である場合等が挙げられている。 しかし、前述の武田薬品の一部の MR が行ったパソコンのセットアップ、回収等の補助 行為は、せいぜい調査期間の開始及び終了時の 2 回のみの労務提供に過ぎず、また、調査 票入力補助行為についても、せいぜい最大で半年に 1 度、計 6 回の入力作業の補助に過ぎ なかった。したがって、いずれも行為の性質上長時間にわたるものではなく、また、武田 薬品の組織的関与も認められないことからすれば、「過大」、「組織的・継続的」とまで の評価には至らないといえる。よって、これらの補助行為は「取引を不当に誘引する手段」 とはいえず、公競規に違反した可能性は低いものと判断した。 4.2. 個人情報保護法違反 前記 II.2.7.3.3.のとおり武田薬品の MR1 名が、CASE-J Ex 試験の調査票回収促進活動 に関連して、EBM センターから市販後調査グループ員を通じて記入済み調査票を取得した ことが確認された。この行為が、不正の手段による個人情報の取得に該当する可能性があ ることから、この行為が個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」という。) に違反していなかったか否かを検討した。 この点、個人情報取扱事業者は、不正の手段により個人情報を取得してはならないとさ れている(個人情報保護法第 17 条)28ところ、ここにいう「個人情報」とは、生存する個 28 「不正の手段により個人情報を取得」する場合の例として、第三者提供制限違反がされようとしている ことを知り、又は容易に知ることができるにもかかわらず、個人情報を取得する場合が挙げられている (個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン)ことから、上記のよ うな行為も個人情報保護法上問題となると考えられる。 71 人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定 の個人を識別することができるものをいうとされる(同法第 2 条第 1 項)。 上記の武田薬品の MR 一名が記入済み調査票を取得した行為に関して、調査票には患者 の氏名等が記載されておらず、また、当該 MR が既に退職しており本人から事情を聴取で きなかったため、本調査において当該 MR が調査票回収促進のために訪問した病院で当該 患者氏名等を識別できたかは明らかにならなかった。もっとも、当該病院が病床数約 180 床と小規模施設でもないことからすれば、当該 MR が当該病院で容易に当該患者氏名等を 識別しうる状況にあったとはいえず、当該 MR は当該患者氏名等を認識していた可能性は 低いと考えた。よって、当該 MR が CASE-J Ex 試験の調査票回収の促進活動に関連して特 定の個人を識別することができる個人情報を取得した可能性は低く、個人情報保護法に違 反した可能性は低いものと判断した。 4.3. 薬事法上の報告懈怠 前記 II.2.7.3.2.のとおり、市販後調査グループの従業員が、EBM センターから入手し たものと推認されるイベントの発生をまとめた一覧表により、ブロプレスを服用した 2 人 の患者について、試験参加医師がイベントと評価した事情がイベント評価委員会において 「重篤な有害事象」が発生したと判定されていた事実を認識していたものの、武田薬品は、 当該イベントに関して薬事法に基づく副作用報告を実施していなかったことが確認された。 このため、この武田薬品の不作為が、副作用報告の懈怠に該当する可能性があることから、 この行為が薬事法に違反していなかったか否かを検討した。 この点、医薬品等の製造販売業者は、自ら製造販売する医薬品等について、当該医薬品 等の副作用その他の事由によるものと疑われる疾病、障害又は死亡の発生その他厚生労働 省令で定めるものを知ったときは、その旨を薬事法施行規則に定める期間内(15 日又は 30 日以内)に厚生労働大臣に報告しなければならないとされている(薬事法第 77 条の 4 の 2 及び薬事法施行規則第 253 条)。そして、「副作用…によるものと疑われる」とは、 「因果関係が否定できるもの」以外のものであり、「因果関係が不明なもの」も報告の対 象となるとされている29。 CASE-J 試験では、イベントと「重篤な有害事象」が明確に区別して情報収集されていた ところ、この 2 人の患者については、試験参加医師がイベントと評価した事象、別言する と試験参加医師においては「重篤な有害事象」とは判断されていなかった可能性のある事 象が、イベント評価委員会において「重篤な有害事象」が発生したと判定されたものであ った。試験参加医師から「重篤な有害事象」が発生したとの報告がなされた場合は、武田 薬品にもその旨の連絡が行われていたが、イベント評価委員会において試験参加医師と異 なる判断がなされた場合については、CASE-J 試験のプロトコル上、武田薬品に連絡が行わ れることは明確になっていなかった。その理由もあってか、武田薬品に対しては、この 2 人の患者について正式に「重篤な有害事象」の発生の連絡が行われなかった。しかるに、 武田薬品は、本来であれば入手することはないはずのイベント評価委員会において検討さ れたイベントに関する情報を入手したことにより、いわば正式なルート以外で副作用の発 生を疑うべき情報を入手していたといえる。 29 平成 22 年 7 月 29 日厚生労働省医薬食品局審査管理課・安全対策課「副作用等報告に関する Q&A につい ての改訂について」Q3 72 このように、イベント評価委員会において 2 人の患者に「重篤な有害事象」が発生した と判定されていたことを認識していた以上、武田薬品が厚生労働省に副作用報告をしてい なかったことは、薬事法第 77 条の 4 の 2 の違反を構成する可能性があると判断した3031。 30 なお、前記 II.2.7.4.3.のとおり、T 氏は、CASE-J Ex 独立データモニタリング委員会から受領した資 料より CASE-J Ex 試験においては、「イベントとしない重篤な有害事象」が 27 件存在することを知って いたものと推認される。しかし、当該資料に盛り込まれた情報は限定的であり、因果関係の有無、割付薬、 担当医師等の情報が記載されていなかった。従って、武田薬品が当該資料に基づき直ちにブロプレスの副 作用発生を疑うべき具体的な情報を得ていたとはいえないものの、当時武田薬品が当該資料から明らかで はない担当医師や割付薬等の情報を入手することでブロプレスを服用した患者について「重篤な有害事象」 が発生したことを知り得た状況にあったのであれば、薬事法上の副作用報告義務懈怠の可能性も否定でき ないと考えた。 31 なお、いわば正式なルートで副作用の発生を疑うべき情報を入手したのではなかったことが、武田薬品 において副作用報告が行われなかったことの背景としてあったかも知れないが、そのこと自体は、武田薬 品の報告義務を免除するものではないと判断した。 73 IV. 結語 本調査においては、医師主導型臨床試験である CASE-J 試験(CASE-J Ex 試験を含む。) に対する武田薬品の関与について、2014 年 3 月 3 日の記者会見で説明した内容とは大きく 異なり、武田薬品がブロプレスの付加価値最大化と売上最大化をはかるという目的のため に、その企画段階から学会発表まで一貫して関与していたことが認められた。その関与の 度合いは、医師主導型臨床試験における公正かつ適切な判断が損なわれるのではないかと 第三者から懸念が表明されかねないものであった。この点、CASE-J 試験が実施された時代 から医師主導型臨床試験を取り巻く環境が大きく変わってきていることから、本件類似の 不正疑惑が再発することはないと考える向きもあるかも知れない。しかし、本調査で明ら かになったこのような事態が起きたことの事実関係と背景事情等は、医師主導型臨床試験 における本件類似の不正疑惑の再発防止のみならず、企業のコンプライアンス機能の強化 を図る際の参考となる普遍的な要素を含むものと考える。 また、本調査においては、武田薬品が作成・使用した CASE-J 試験を利用した販促資材 について、CASE-J 試験における試験データの改ざんの事実は確認されなかったことも踏ま え、薬事法違反に該当するとは考えなかった。しかし、本調査で明らかになった武田薬品 が不適切と自認せざるを得なかった記載のある販促資材が作成され、使用された続けたこ との事実関係と背景事情等は、今後も武田薬品のプロモーション活動における問題発生を 防止するために監督機能を強化していく際の参考となる普遍的な要素を含むものと考える。 当事務所としては、本調査の結果が、本件に限らず、今後も不正疑惑が起きないよう、 武田薬品における社内体制の強化・整備の検討に資するものであることを望むものである。 以上 74
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