第4世代移動体通信基地局用最高出力超伝導フィルタの開発

09-01062
第4世代移動体通信基地局用最高出力超伝導フィルタの開発
研究代表者
齊 藤
敦
山形大学 大学院理工学研究科
准教授
1 研究開始当初の背景
送信用超伝導フィルタを実現するために,共振器内の電流分布を分散させる薄膜型共振器の構造開発[1,2]
や,超伝導厚膜の研究[3],ひずみの発生機構に関する研究[4]が成されてきた。一方,我々は,溶融法で作
製した単結晶バルクの表面抵抗(マイクロ波損失)が一般に市販されているマイクロ波デバイス用高品質高
温超伝導薄膜と同程度であることを初めて明らかにし,超伝導バルクの高周波応用の可能性を示した[5]。
さらに,3 次元電磁界解析シミュレータを用いて超伝導バルク 3 段共振器フィルタを設計・試作し,周波数
特性及び耐電力の評価を行ってきた。研究開発当初までに 3 段 Dy-Ba-Cu-O 系超伝導バルクリングフィルタ
の耐電力特性が 10 W 以上であることを確認しており,更なる高耐電力化と高スカート特性が望まれていた。
2 研究の目的
次世代(4G:第 4 世代)移動体通信基地局へのオール超伝導フィルタの実装を目指し,以下を具体的な超
伝導送信用フィルタ特性の仕様と数値目標とした。
・ 中心周波数:5 GHz
・ 帯域幅:100 MHz
・ 挿入損失:1 dB 以下
・ スカート特性: 30 dB/10 MHz 以上
・ 耐電力: 40 W 以上
3 研究の方法
本研究で作製する超伝導バルクフィルタの耐電力特性及び相互干渉ひずみ(IMD)を正確に評価するために,
まず,評価システムの構築を行った。次に 3 段バルクリングフィルタを用いた耐電力試験を行った。耐電力
特性の目標を達成するために,共振器材料として Dy-Ba-Cu-O 系超伝導バルクと Gd-Ba-Cu-O 系超伝導バルク
のどちらがより高い耐電力を実現できるかを調査した。さらに,共振器をディスク型に変更した場合の耐電
力特性の向上を検討した。
また,周波数特性の目標を達成するために,カップリングマトリクスにより必要な段数を見積もり,その
具体的な構造を検討した。その検討から,飛び越し結合を用いた 9 段フィルタが必要であることを明らかに
し,同フィルタを実現するための基礎的な実証を行うために,2 段,3 段,4 段フィルタを設計し,作製・評
価を行った。
4 研究成果
4-1 IMD 測定システムの構築
本研究で作製する超伝導バルクフィルタの耐電力特性及び相互干渉ひずみ(IMD)を正確に評価するために,
評価システムの構築を行った。
図 1 に IMD 測定システムのブロック図を示す。新規に信号発生器(SG)を導入することにより最も簡単な耐
電力評価システムを構築できた。システムのノイズレベルを調査したところ,IMD3 のレベルが大きく,一般
的な超伝導フィルタの IMD3 特性を測定することが困難であることがわかった。そこで,超伝導 2 信号通過フ
ィルタの導入を提案し,その有効性について調査した。図 2 は,超伝導 2 信号通過フィルタの周波数特性を
示している。このフィルタは 2 つの基本信号のみを通過させ,IMD3 波(2f1-f2)を低減させることができる。
このフィルタは後に示す 2 段バルクディスク共振器フィルタで実現した。図 3 に IMD3 の測定結果を示す。入
力電力が 22 dBm までは線形性であり,IMD3 は基本波の傾き対して 3 倍の傾きで増加していることが確認で
きた。また,基本波と IMD3 の交点で定義される IP3 は 55.81 dBm であった。図 2 の周波数特性をもつ超伝導
2 信号通過フィルタをシステムに組み込むことで,システムにおける IMD3 の出力電力が 22.95 dBm 低減し,
IP3 は 10.9 dBm 増加した。
316
以上の結果から,超伝導 2 信号フィルタが IMD3 波測定においてノイズレベルの低減に有効であり,簡易な
コンポーネントでも低ノイズ IMD3 波測定システムが実現できることを明らかにした。今後,この 2 信号通過
フィルタの特性向上によりさらに,低い IMD 測定システムが実現できると期待できる。
信号発生器(SG)
信号発生器(SG)
0
Magunitude[dB]
信号合成器
アイソレータ
電力増幅器(45[dB])
2 信号通過フィルタ
アイソレータ
Thru(DUT:被測定物)
S11
S21
-10
-20
-30
-40
2f1-f2
f1
f2
-50
4.6 4.7 4.8 4.9 5 5.1 5.2 5.3 5.4
減衰器(40[dB])
Frequency[GHz]
スペクトラムアナライザ(SA)
図 1 IMD 測定システムのブロック図
図 2 超伝導 2 信号通過フィルタの周波数特性
100
f1 4.9300[GHz]
OutputPower[dBm]
f2 5.0175[GHz]
50
IMD3 system
IMD3 system(In-Filter)
0
-50
-100
-20 -10
noisefloor of system
0
10
20
30
40
50
60
InputPower[dBm]
図 3 IMD 測定結果
4-2 3 段超伝導バルクリングフィルタの耐電力特性(Dy-Ba-Cu-O 系と Gd-Ba-Cu-O 系超伝導バルクの比較)
3 段超伝導バルクリングフィルタを用いた耐電力試験を行った。耐電力特性の目標を達成するために,共
振器材料として Dy-Ba-Cu-O 系と Gd-Ba-Cu-O 系超伝導バルクのどちらがより高い耐電力を実現できるかを調
査した。
図 4 は 3 段超伝導バルクリングフィルタの電磁界解析モデル(a)と作製したフィルタの写真(b)である。
(a)
(b)
Bulk ring resonator
Dielectric trimming rod (εr=39)
I/O port
h1
h2
Dielectric substrates (εr=8.1)
24
h3
17
Cu cavity
49
図 4 3 段超伝導バルクリングフィルタの電磁界解析モデル(a)と作製したフィルタの写真(b)
317
図 5 は 3 段 Dy-Ba-Cu-O 超伝導バルクリングフィルタの典型的な周波数特性であり,フィルタ特性が得られ
ていることがわかる。図 6 は 3 段超伝導バルクリングフィルタの典型的な耐電力特性である。Dy-Ba-Cu-O バ
ルクを用いた場合,ほとんどの場合約 10 W 程度の耐電力であったのに対して,Gd-Ba-Cu-O バルクを用いた
場合,25 W 以上でも線形性を保っていた。よって,Gd-Ba-Cu-O バルクの方が高耐電力フィルタ材料として有
望であることが明らかとなった。この理由は,Dy-Ba-Cu-O に比べて Gd-Ba-Cu-O バルクの熱伝導率が良いた
めであると考えている。
50
GdBCO ring filter (29.4 K) 9.54 W
40 DyBCO ring filter (21.5 K)
S11
Output power Pout [dBm]
0
Magnitude [dB]
T = 25 K
-20
S21
-40
-60
-80
4.6
4.8
5.0
5.2
Frequency [GHz]
5.4
30
20
10
0
-10
24.9 [W]
-20
-30
-30 -20 -10 0 10 20 30 40 50
Effective input power P in-Pref [dBm]
5.6
図 5 3 段 Dy-Ba-Cu-O 超伝導バルクリング
フィルタの周波数特性
図 6 3 段超伝導バルクリングフィルタの耐電
力特性(赤)Gd-Ba-Cu-O,(青)Dy-Ba-Cu-O
4-3 更なる高耐電力化に向けた 3 段超伝導バルクディスクフィルタの検討
共振器をディスク型に変更した場合の耐電力特性の向上を電磁界シミュレーションにより検討した。図 7
は 3 段バルクリングフィルタ(a)及びディスクフィルタ(b)の電流密度分布を示している。この結果から,デ
ィスク共振器はリング共振器に比べて約 4 倍の耐電力特性を示すことが予想できる。従って,Gd-Ba-Cu-O デ
ィスク共振器フィルタは,100 W 以上の耐電力特性を示すことが予想される。この実験的検証は,今後の課
題である。
Ring resonator filter
(a)
Jmax= 497.7 A/m
(b)
Disk resonator filter
Jmax=235.5 A/m
図 7 3 段バルクフィルタの電流密度分布 (a) リング共振器,(b)ディスク共振器
4-4 飛び越し結合 9 段フィルタの設計
周波数特性の目標を達成するために,カップリングマトリクスにより必要な段数を見積もり,その具体的
な構造を検討した。図 8 はフィルタトポロジーを示しており,電磁界の流れを考えることにより周波数特性
を計算することができる。図 9 はその周波数特性を示しており,急峻なスカートを示すフィルタが得られて
いる。
図 8,9 に示したフィルタを実現するための基礎的な実証を行うために,S-1-9-L を考慮した 2 段フィルタ,
S-4-5-6-L を考慮した 3 段フィルタ,S-1-2-3-4-L を考慮した 4 段フィルタを設計・試作した。
318
0
S
11
-20
S
S
1
2
3
Magnitude [dB]
21
4
5
L
9
8
7
-40
-60
-80
6
-100
4.8 4.85 4.9 4.95 5 5.05 5.1 5.15 5.2
Frequency [GHz]
図 8 飛び越し結合を用いた 9 段フィル
タのフィルタトポロジー
図 9 飛び越し結合を用いた 9 段フィルタの
周波数特性
4-5 フィルタの設計と作製
(1) 2 段フィルタの設計と作製
超伝導バルクディスク共振器を用いた 2 段フィルタの設計と作製を行った。図 10 はシミュレーションによ
る周波数特性(a)と作製写真(b)を示している。
図 11 は実験結果を示しており,
フィルタ特性が得られている。
挿入損失が仕様よりも少し大きいが,これは,給電線の長さを調整することで改善可能であると考えている。
フィルタの耐電力特性は,約 10 W であったが,この結果については,周波数特性の改善後再調査の必要が
ある。
10
10
(b)
0
0
-10
-10
Magnitude [dB]
Magnitude [dB]
(a)
-20
-30
-40
-50
-60
22K
-20
-30
-40
S11
S21
-50
4.6
4.8
5.0
5.2
Frequency [GHz]
5.4
-60
4.6 4.7 4.8 4.9
5
5.1 5.2 5.3 5.4
Frequency [GHz]
図 10 2 段フィルタの周波数特性(シミュレーショ
ン)(a)と作製写真(b)
図 11 2 段フィルタの周波数特性
(実験結果)
(2) 3 段フィルタの設計と作製
次に 3 段フィルタの設計と作製を行った。図 12 はシミュレーションによる周波数特性(a)と作製写真(b)
を示している。シミュレーションによる数は数特性には,高周波側に余剰な通過帯域が見られるが,今後の
多段化により低減させることができるものと考えている。図 13 は実験結果を示しているが,大きな挿入損失
により特性が劣化している。この原因が,図 8 における S-4-5-6-L を考慮した折り返し構造に起因するかを
再検討する必要がある。
319
(a)
(b)
0
-20
-20
Magnitude [dB]
Magnitude [dB]
0
-40
-60
-80
S11
@23K
S21
-40
-60
-80
4.6
4.8
5.0
5.2
Frequency [GHz]
5.4
4
図 12 3 段フィルタの周波数特性(シミュレーショ
ン)(a)と作製写真(b)
4.5
5
5.5
Frequency [GHz]
6
図 13 3 段フィルタの周波数特性
(実験結果)
(3) 4 段フィルタの設計と作製
次に 4 段フィルタの設計と作製を行った。図 14 はシミュレーションによる周波数特性(a)と作製写真(b)
を示している。図 15 は 4 段フィルタの周波数特性を示している。フィルタ特性が得られたが,挿入損失が約
4dB であった。この原因は,給電線の長さによる結合係数の誤差が原因であると考えられる。図 16 に同フィ
ルタの耐電力特性を示す。入力 10W でも線形性を保つことから,より高耐電力なフィルタの実現が期待され
る。以上の結果から,9 段フィルタ実現の指針を得ることができた。
(a)
(b)
Magnitude [dB]
0
-20
-40
-60
-80
4.6
4.8
5.0
5.2
Frequency [GHz]
5.4
図 14 4 段フィルタの周波数特性(シミュレーション)(a)と作製写真(b)
0
-20
Output power Pout[dBm]
Magunitude[dB]
40
-40
-60
-80
30
20
10
0
-10
-20
-100
4
4.5
5
5.5
Frequency[GHz]
5.2325[GHz]
-20 -10 0
10 20 30 40
Effective input power Pin-Pref[dBm]
6
図 15 4 段フィルタの周波数特性(実験結果)
320
図 16 4 段フィルタの耐電力特性(実験結果)
【参考文献】
[1]
[2]
[3]
[4]
[5]
[6]
加屋野博幸,等,電子情報通信学会論文誌C, Vol. J90-C, No. 3, 188-196 (2007).
S. Takeuchi, A. Saito, et al., Physica C 486, 1954-1957 (2007).
S. K. Remillard, et al., J. Supercond. I. Novel Mag., Vol. 11, No. 1, 47-56 (2001).
D. E. Oates, J. Supercond. Novel Mag., Vol. 20, No. 1, 3-12 (2007).
A. Saito, et al., Physica C, 445-448, 330-333 (2006).(ISS2005 招待講演論文)
A. Saito, et al., Journal of Physics: Conf. Ser. 97, 012228 (2008).
〈発
題
名
表
資
料〉
掲載誌・学会名等
Comparison
of
power
handling
Journal of Physics: Conference
capabilities of sliced and conventional
Series
microstrip line filters
Power-Handling Capability of Transmit
IEEE Trans. Appl. Supercond.
Filters using Superconducting Bulk Ring
Resonators
Automatic trimming technique for
IEICE Trans. Electron
superconducting band-pass filter using a
trimming library
321
発表年月
2010
2009
2009