AR 技術を使った中学校理科教材の開発と評価 教育実践高度化専攻 教育実践リーダーコース 小松 祐貴 I はじめに AR とは,拡張現実とも言われ,現実世界の視 覚情報に CG や文字情報を合成する技術である。 位置を明確にする。そのため,月を真南に観察 できる地球上の位置を赤い点で示す。 (3) AR「月の満ち欠け」教材の評価 現実世界の情報量を増やすことができるという 公立中学校3年生 144 名に対し,単元終了後 AR の特長を生かし, 「月の満ち欠け」について にプレテストを行い,完全正答できなかった 46 の学習上の課題解決を図るための AR 教材を開 名に対し,放課後補習を呼びかけ,参加した 25 発した。また,授業実践により AR 教材の有用性 名を対象に AR 実践を行った。AR 実践を行った を評価した(小松ら 20131)) 。 実験群と,AR 実践を行っていない統制群(A:プ II レテストで完全正答した生徒,B:プレテストで 「月の満ち欠け」教材の開発と評価 (1) 「月の満ち欠け」学習上の課題 完全正答できなかった生徒)に対してプレテス 学習上の課題を以下の3点に整理した。第一 トと遅延テストの2回の理解度調査を行った。 に,教科書やワークシートなどの平面図から立 調査問題は, 「月の満ち欠け」の説明や理解テス 体モデルをイメージできず,図の意味を十分に トに一般的に用いられる図を使い,地球から観 理解できない。第二に,球に光を当てたときに 察した月がどのような形に見えるかを解答欄に できる陰のようすを想定できない。第三に,地 図示させるものである.テストでの正答数(8 球上の任意の点に観察者の視点が設定できない。 問)を理解度とみなし,分析を行った。図1は, (2) AR「月の満ち欠け」教材の概要 理解度を実験群と統制群で比較したものであり, タブレット端末のカメラによりワークシート これら結果から,AR 教材は操作を伴うことで体 上のマーカーを認識することで動作する。以下 感を通した理解を促進したり,実世界の情報量 には,AR 教材開発の概要を示す。 を増やすことで理解を促進したりする効果があ 1) ワークシートの平面図から立体モデルをイ ることが明らかになった。 メージすることを支援するために,モニタのワ ークシート画像上に 3D モデルを重畳表示する。 2) 球にできる陰が観察する位置によって変化 して見えることの理解を支援するために,タブ レット端末を導入し,身体動作に合わせて視点 を変化させながら,月の陰の様子を観察させる。 3) 視点移動を支援するため,地球上の観察者の 8 6 理 解 4 度 2 統制A群 実験群 統制B群 0 プレテスト 遅延テスト 図1「月の満ち欠け」の理解に対する AR 教材の効果 III 「凸レンズの働き」教材の開発と評価 (1) 「凸レンズの働き」学習上の課題 この単元では,物体と凸レンズの距離を変え のである。作図能力に有意な差がないにもかか わらず,単元終了後の規則性の理解度に有意な 差があることから,AR 教材が実験と作図を結び たときにできる像の位置や大きさ,像の向きに つけ,規則性の理解を促していると言える。 ついての規則性を見いださせる。この際の補助 1.00 0.80 理 解 0.60 度 0.40 0.20 0.00 的な手段として,凸レンズを通る光の道筋の作 図が用いられる。しかし,麻柄ら(2006)2)は, 「単 なる機械的な作図になっている」とし,佐久間 ら(2010)3)は, 「作図はできるが規則性は理解で きない」ことを報告している。この課題に対し て,LED やレーザー,ICT によって光の道筋を視 覚化する教材など様々な工夫がなされ,一定の 成果を上げている。しかし,これらは実験と作 図を直接結びつけるものではない。 (2) AR「凸レンズの働き」教材の概要 単元終了後 とや,実験とモデル(作図)を関連付けること 遅延テスト 図2 作図に対する AR 教材の効果 1.00 0.80 理 0.60 解 0.40 度 0.20 0.00 統制群 実験群 実験後 「凸レンズの働き」を理解するためには,レ ンズを通る「見えない」光の道筋を想像するこ 統制群 実験群 単元終了後 遅延テスト 図3 規則性に対する AR 教材の効果 IV 今後の課題 が必要である。この2つの課題は,AR「月の満 本研究により,AR 教材の有用性は明らかにな ち欠け」教材の評価によって明らかになった AR った。しかし,単に AR 教材を導入するだけでは 教材の2つの特長を生かすことで解決できると 十分な効果が得られないこともあり,能動的な 考えた。具体的には,光学台をウエブカメラで 操作を伴うことや,生徒の思考に沿って必然性 撮影すると,モニタの光学台画像上に光の道筋 のある教材となるよう,授業デザインとセット や像が重畳表示される。このことにより,光の にして考えることが必要であった。これらは, 道筋が可視化されるとともに,実験と作図が結 AR 教材を活用しない通常の学習についても同 びつき, 規則性の理解を促すことが期待される。 様であると考えられえるため,今後の授業実践 (3) AR「凸レンズの働き」教材の評価 に生かしていきたい。 公立中学校1年生 4 クラス 146 名に対し,AR 参考文献 教材を使った授業実践を行った。AR 教材を単元 1) 小松祐貴ら:月の満ち欠けの理解を促す AR 教材の開 展開の中で使用した2クラスを実験群とする。 発と評価,科学教育研究, 37(4), 307-316, 2013. これに対し, 単元終了後に AR 教材を使用してま 2) 麻柄啓一ら:「レンズと像」に関するルール適用はなぜ とめを行った2クラスを統制群とする。それぞ 難しいのか,教授学習心理学研究,2(1), 12-22, 2006. れに対して,実験後,単元終了後,1 か月後に 3) 佐久間彬彦ら:レンズを通る光線の作図と結像の理解, 理解度調査を行い,完答した生徒の割合によっ 物理教育,58(1), 12-15, 2010. て AR 教材の評価を行った。図2は作図,図3は 規則性の理解度を実験群と統制群で比較したも 指導 桐生 徹
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