窒化ホウ素(BN)膜の作製技術とその特性 安井治之* 鷹合滋樹* 窒 化 ホ ウ 素 (BN) 膜 は , ダ イ ヤ モ ン ド に 次 ぐ 硬 度 と 優 れ た 摺 動 特 性 を も つ こ と か ら , ト ラ イ ボ ロ ジ ー 部 材 への適用が期待されている膜であるが,未だ実用化されていないのが現状である。本研究では,液体有機金 属 で あ る ト リ メ チ ル ボ レ ー ト を 原 料 と し て , プ ラ ズ マ MOCVD 法 に よ り 新 た な 構 造 の BN 膜 を 作 製 し , 絞 り 金 型 へ の 適 用 を 検 討 し た 。 作 製 し た BN 膜 の 評 価 は , 膜 の 構 造 評 価 と し て 赤 外 分 光 法 (FT-IR), ラ マ ン 分 光 法 , X 線 回 折 法 , 硬 度 評 価 を ナ ノ イ ン デ ン テ ー シ ョ ン 法 に よ り 測 定 を 行 っ た 。 そ の 結 果 , 作 製 し た BN 膜 は , hBN+ cBN+ ホ ウ 酸 の 複 合 構 造 の BN 膜 で あ る こ と が わ か っ た 。 キ ー ワ ー ド : 窒 化 ホ ウ 素 (BN)膜 , MOCVD 法 , ト リ メ チ ル ボ レ ー ト , 硬 さ Synthesis and characterization of BN thin films prepared by plasma MOCVD Haruyuki YASUI and Shigeki TAKAGO Boron nitride (BN) films are expected to be applied to tribological parts, since they are second only to diamonds in hardness, and have an excellent sliding property. However, they have not yet been put into practical use. In this study, we prepared trimethyl borate by plasma MOCVD with an organo-borate precursor, and investigated the mechanical properties and structure of BN films. BN films formed on specimens of silicon wafers and tungsten carbide (WC) substrates at low temperatures under 500°C. Hardness tests were carried out to evaluate the mechanical properties of BN films. The structure of BN films was investigated by means of XRD, Raman and FT-IR spectra. As a result, it was observed in all measurements using the above methods that the BN films produced in this study had a composite structure of hBN, cBN and boric acid. Keywords : Boron Nitride (BN), MOCVD, Trimethyl Borate, Hardness 1.緒 言 鉛,ダイヤモンド,六方晶ダイヤモンドに対応した炭 冷間鍛造や絞り加工に使用される金型(パンチ類) 素と似た構造の同素体をもっている。中でも, cBN は には,非常に大きな圧縮応力や剪断応力が作用する。 高圧合成法で作製して工具材料として工業化されてい そのため,金型表面には,密着性の高いとされる熱 る。 CVD 法により,TiC 膜や TiN 膜等 がコー ティン グされ こ れ ま で cBN 膜 は , 基 板 に 負 バ イ ア ス を 印 加 し て て用いられている。 熱 CVD 法 は ,高温( 約 1000℃) イ オ ン 衝 撃 を 高 め る と と も に 高 密 度 プ ラ ズ マ CVD 法 プロセスのため,処理後に母材の焼入処理が必要であ で得られおり,熱 CVD 法,大気圧 CVD 法では hBN り,寸法変化を嫌う精密金型では敬遠される傾向にあ 膜が得られている。一方,PVD 法では,イオン ビーム る。 アシスト蒸着法,活性化反応蒸着法,イオンプレーテ 一方,耐熱性および摺 動特性 に優れ た BN 膜 は,プ ィング法により hBN および cBN 膜が得られている。 ラ ズ マ プ ロ セ ス に よ っ て熱 CVD 法 より 低 温 で 作製 が 本 研 究 で は , 我 々 が 研 究 開 発 し て き た 低 温 ( 500℃ 1) を 可能なため,寸法変化が少なく精密金型への応用も可 以 下)で も高密 着性で 高硬度 の膜が 得られ る技術 能である。しかし,現 状の BN 膜 は密 着力が 弱く,金 利 用 し て , 従 来 か ら 実 用 化 さ れ て い る 熱 CVD 法 によ 型等への実用化が実現しておらず,低温でも密着力の る TiC・TiN 膜に代わる,新たな膜質と構造の BN 膜 高い BN 膜コーティン グ技術 の開発 が望ま れている。 を開発することが目的である。 BN 膜 は , 六 方 晶 層 状 構 造 (hBN), 立 方 晶 遷 亜 鉛 鉱 型 ま た , 従 来 の BN 膜 の 原 料 は , ジ ボ ラ ン (B 2 H 6 )や デ (cBN) , 六 方 晶 ウ ル ツ 鉱 型 (wBN) な ど , そ れ ぞ れ , 黒 カ ボ ラ ン (B 10 H 14 ), ト リ メ チ ル ボ ロ ン ( B(CH 3 ) 3 ) な ど 毒性,腐食性や爆発性を有するものが多く,実用化に * 機械金 属部 -5- 表1 際して障害となっている。そこで,本研究では,比較 BN 成膜条件 的安全で安価な液体有機金属であるトリメチルボレー ト ( TMB: B(OCH 3 ) 3 ) を 原 料 と し た 。 液 体 有 機 金 属 を 使 用 す る こ と か ら , BN 膜 の 作 製 に は MOCVD( 有 機 金 属 気 相 成 長 ) 法 を 適 用 し , 低 温 で 密 着 性 の 良 い BN 膜を作製し,絞り金型 への BN 膜 の実 用化を 検討した。 2.実験内容 2.1 高周波電源 (13.56MHz) BN 膜の作製 マイクロ波電源 (2.45GHz) 原料ガスライン 実験に用いた装置は,図 1 に示すように真空容器 ( φ350mm×L400mm), パ ルス ・ プ ラ ズマ発 生 用 の高周 N2 ガス 波 電 源 ( RF:13.56MHz ) と マ イ ク ロ 波 発 生 装 置 成膜サンプル TMB ( MW:2.45GHz), 負 の 高 電 圧 パ ル ス 電 源 部 か ら 構 成 さ れ て い る 。 成 膜 は , ボン バー ド 用の Ar ガ ス と 成 膜 用 の TMB と N 2 ガスを用 い,Si ウェ ーハ基板と超硬合金 (WC)基板上に BN 膜 を作製 した。 真空ポンプ 試 料 表 面 の ク リ ー ニ ン グ 処 理 は , 真 空 容 器 内 に Ar 高電圧パルス 電源 ガ ス を 導 入 し , RF プ ラ ズ マ を 生 成 し た 後 , 負 の パ ル ス 電 圧 印 加 に よ り , プラ ズマ 中 から Ar イ オ ン を 引 き 0kV -20kV 図 1 BN 成膜装置の概略 出し加速・衝突させ,試料表面の酸化膜などの除去処 理 を 行 っ た 。 次 い で , TMB を 流 量 一 定 (1SCCM)と し て,配管をラバーヒータで加熱することにより,自然 飽和による蒸気として真空容器中に導入し,負のパル hBN cBN hBN ス電圧印加による試料表面の三次元イオンミキシング 1450 BON 処理を行い,その後に成膜する膜の密着性向上のため 3220 B-OH 1193 B-O の 前 処 理 と し た 。 BN 成 膜 は , TMB 流 量 を 一 定 800 921 (1SCCM)の まま ,同時 に N 2 ガ ス を 350 か ら 750SCCM ま で 変 化 さ せ て 成 膜 し た 。 成 膜 時 の 圧 力 は 40Pa で あ り,その時の温度は最 高 500℃ であ った。 表 1 に前処 理プロセスと成膜プロ セスの 条件の 一例を 示す。 700 2.2 BN 膜の特性評価 1300 1900 波数(cm-1) 2500 3100 図 2 FT-IR 測定結果 作製した BN 膜の膜構 造は, 赤外吸 収 (FT-IR)(堀場 製 作 所 : FT-730 ), ラ マ ン 分 光 分 析 ( 堀 場 製 作 所 : RabRam) お よ び X 線 回 折 (XRD)( マ ッ ク サ イ エ ン ス 速度で押し込み,圧子の最大押し込み深さから BN 膜 : XMP-18X)により評 価を行 った。 本来の硬さを測定した。 機械的特性は,ナノインデンテーション試験機 3.試験結果および考察 ( hysitron) を 用 い て 硬 度 測 定 を 行 っ た 。 今 回 作 製 し た BN 膜は膜厚が 1μm と薄 いため ,通常 のマイ クロビ 3.1 ッカース硬度計では,膜を貫通して基板まで到達して BN 膜の FT-IR 測定は,赤外領域で透明である Si ウ しまい,膜自身の硬さが得られない。そこで,ナノイ ェーハ基板に成膜した BN 膜を用い透過法で測定した。 ン デ ン テ ー シ ョ ン 試 験 機 を 用 い , 試 験 荷 重 を 1000μN 測 定 結 果 を 図 2 に 示 す 。 そ の 結 果 , 800, 921, 1193, とし,三角錐(バーコ ビッチ )圧子を 200μN/s の負荷 1380, 1450, 3220cm -1 の 5 カ所に特徴的なピークが現 -6- BN 膜の構造評価 れた。 BN 膜の IR ス ペクト ルは, hBN が 800 と 1380 cm -1 に ,cBN は 1070cm -1 に ピーク が得ら れる 2) 。作製 -1 した BN 膜 は,1076cm に若 干 cBN のピ ークが , 800 と 1380cm -1 に hBN の ピー クが現 れてい る。 1380cm -1 のピークは 1450cm -1 の BON 結晶 のピー クに隠 れてい るが , 1380cm -1 付 近 に シ ョ ル ダ ー が 観 察 さ れ る 。そ の 他のピークは, B-O-Si のピ ークが 921cm -1 に の ピ ー ク が 1193cm 1450cm -1 -1 に 2) 3) ,B-O , さ らに B-OH の ピ ー クが に 現れ ている 。 cBN と hBN 結 晶 のピーク以 外 は , 酸 素 と ホ ウ 素 お よ び 酸 素 と 基 板 の Si と の 結 合 のピー ク で あ る こ と か ら ,cBN と hBN の 結 晶 と 酸化 図3 物の混合膜であること が推察 される 。 ラマン分光測定結果 BN 膜 のラ マン 測定は , 514.5nm の Ar レ ーザを 用い てレーザ出力 10mW,スポ ット 径 50μm に て測 定した。 測 定 結 果 を 図 3 に 示 す 。 そ の 結 果 , 208,499,519,880, 1048,1167,1384cm -1 の 7 カ 所 に 特 徴 的 な 鋭 い ピ ー クが 現 れ て い る 。 BN 膜 の ラ マ ン ス ペ ク ト ル は , cBN が 1057 と 1306cm -1 付近 に, hBN が 1380cm -1 付近 にピー クが得られる 4) 。 図 3 よ り 1048cm -1 は cBN の ピーク で あ り , 1384cm -1 は hBN の ピ ー ク で あ る こ と が わ か る。 Arenal ら 5) は, ホウ酸 (H 3 BO 3 )を原 料として BN 膜 を 作 製 し て お り , そ の ラ マ ン ス ペ ク ト ル は , 880cm -1 に半価幅の小さい鋭く大きなピークがあり,その他に 210,500,1166cm -1 に ピ ー ク が 得 ら れ て お り , 本 研 究 で 作製した BN 膜とピーク位 置およ び強度 比が酷 似して 図4 い る 。 こ れ ら を 総 合 し て 考 え る と , 今 回 作 製 し た BN XRD 測定結果 膜は, hBN 構 造 を ベ ー ス と し て cBN 微 粒 子 が 分散し ており,さらにホウ酸が混じっている混合膜であると 1000 考えられる。 次に, XRD 測定結果 を図 4 に示 す。XRD 測定は, θ −2θ 法により X 線管 電圧 50kV,電流 100mA で測定 荷重 (μN) 600 し た 。 そ の 結 果 , 2θ=70°に Si ウ ェ ー ハ 基 板 か ら の 強 い ピ ー ク Si(400)お よ び 33°に Si(200)の ピ ー ク が 観 察 され,その他に 28°に hBN(002)のピ ーク 6) 硬さ : 19GPa 弾性率 : 163GPa 800 が観 察され 400 200 たが,cBN のピーク は観察 されな かった 。今回 膜構造 を評価した 3 手 法す べてか ら hBN の結 晶構造 が観察 0 されたことから,本研 究で作 製した BN 膜 は hBN 構造 0 10 20 30 40 50 60 圧子押込み深さ (nm) に 若 干 の cBN 微 粒 子 が 混 在 し た 膜 で あ る こ と が 推 察 図 5 硬度測定結果 される。 3.2 BN膜の硬度評価 ナノインデンテーション試験機を用いており,今回作 BN 膜の硬度測定結 果を図 5 に 示す。 硬度測 定は, 製した BN 膜の膜厚は約 1μm であり,最大押し込み -7- 深さ 52nm は,膜厚 の 1/20 以 上 あるため ,膜自 身の硬 が可能であった。 さを 測定 してい る 。測 定した 結 果, 硬さ値 19GPa,除 荷曲線から求めた弾性 率 163GPa が 得られ た。 hBN 単 体の硬さは,最大で も 10GPa 程度 であり ,今回 の測定 結果である硬さ値 19GPa は 非常に 高い値 を示し ている。 この理由としては,ラマン測定の考察でも述べたが, 本 BN 膜は, hBN 構 造だ けでは なく, hBN+cBN+ホ ウ酸の複合構造であり,硬度にも影響が出ているもの と考えられる。特に膜の複合化を図ることで,それぞ れ単体膜の硬度を凌駕する複合膜の報告も多く 6,7) , 本膜も同じ理由による ものだ と考え られる 。 図 6 BN 膜をコーティングした絞り金型 3.3 BN 膜の適用例 今回作製した BN 膜 を図 6 に示 す絞り 金型へ 適用し た 。 絞 り 金 型 の メ ス 型 の 内 径 部 分 ( φ50mm× 深 さ 参考文献 15mm) に コー テ ィン グ し, 絞 り 部 の R お よ び 内径ま 1) 粟津薫,安井治之 ,作道訓之.“新しいコーティ ング技 術の開発と応用 ”.機械と工具 ,2001, no. 8, p. 89-92. で均一に成膜が可能で あるこ とを確 認した 。 今回の絞り金型への BN 膜 適 用に関し ては、 密着性 2) Chan, C.Y.; Eyhusen, S.; Meng, X.M.; Bello, I.; Lee, に課題を残しており、今後、中間層の適用等による密 S.T.; Ronning, C.; Hofsass H. “The effect of substrate 着性の改善を図りなが ら実用 化を目 指して いく。 surface roughness on the nucleation of cubic boron nitride films”, Diamond Relat. Mater., 2006, Vol.15, 4.結 p.55-60. 言 液体有機金属のトリメチルボレートを原料として, 3) Chen, G.C.; Kim, M.C.; Han, J.G.; Lee, S.-B.; Boo. J.-H. 金型への成膜を考慮し た硬質の BN 膜を MOCVD 法に “Synthesis and characterization of BON thin films より 作 製 し た 。 そ の 結 果 ,hBN 基 地 に cBN 微 粒 子と using low frequency RF plasma enhanced MOCVD: ホウ酸を混合した硬 度 19GPa の高 硬度複 合 BN 膜が得 effect of deposition parameters on film hardness”, Surf. られた。得られた BN 膜の 特性は 以下の とおり である。 Coat. Technol., 2003, Vol.169-170, p.281-286. 4) Sachdev, H. “Influence of impurities on the morphology (1) BN 膜 の 赤 外 分 光 測 定を 行 っ た 結 果, hBN と cBN and Raman spectra of cubic boron nitride”, Diamond のピークおよび 酸化物 のピー クが得 られた 。 Relat. Mater., 2003, Vol.12, p.1275-1286. (2) BN 膜のラマン分光 測定を 行った 結果, hBN と cBN のピークおよびホウ酸のピークが得られたことか 5) Arenal, R.; Ferrari, A.C.; Reich, S.; Wirtz, L.; Mevellec, ら ,本 BN 膜は hBN 単体構 造では なく, cBN 微粒 J.–Y.; Lefrant, S.; Rubio A.; Loiseau, A. “Raman 子とホウ酸との複合構造の膜であることがわかっ Spectroscopy of Single-Wall Boron Nitride Nanotubes”, た。 Nano Lett., 2006, Vol.6,p.1812-1816. 6) Chen, G. C.; Lee S. –B.; Boo, J. –H. “Growth of a New (3) BN 膜のX線回折測 定の結 果, hBN(002)の シャープ Ternary BON Crystal on Si(100) by Plasma-Assisted なピークが得ら れた。 (4) BN 膜のナノイン デンテ ーショ ン硬さ 測定の 結果, MOCVD and Study on the Effects of Fed Gas and hBN, ホ ウ 酸 単 体 の 硬 さ の 値 よ り も は る か に 高 い Growth Temperature”, Surf. Rev. Lett., 2003, Vol.10, 19GPa の 硬 さ 値 が 得 ら れ た 。 こ れ は , BN 膜 中 に p.629-634. 7) 粟津薫,安井治之 ,池永訓之,川畠丈志 ,長谷川祐史 ,作 cBN 微 粒 子 が 存 在 し て お り , そ れ ら が 複 合 化 し た 道訓之 .“ハイブリッドナノダイヤモンド膜の形成と ことによる相乗 効果に よるも のであ る。 その特性 ”,NEW DIAMOND, 2005,Vol.21,no.1,p.28- (5) 作 製 し た 複 合 BN 膜 を 絞 り 金 型 へ 適 用 し た 結 果 , 29. 絞 り 金 型 R 部 お よ び 内 径 部 へ 均 一 に コ ー テ ィング -8-
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