レーザー・プラズマ複合プロセスによる 窒化ホウ素膜の自己組織構造形成

J. Plasma Fusion Res. Vol.90, No.7 (2014)4
05‐410
小特集
プラズマとナノ界面の相互作用
6.レーザー・プラズマ複合プロセスによる
窒化ホウ素膜の自己組織構造形成
6. Self-Organized Pattern Formation
in Laser-Plasma Hybridized Processing of Boron Nitride Films
小松正二郎
KOMATSU Shojiro
物質・材料研究機構
(原稿受付:2
0
1
4年6月2日)
プラズマ CVD において,紫外レーザー(193 nm)を結晶しつつある成長表面に照射する効果として,(A)
光
誘起相変化と(B)光誘起表面成長化学反応の二点があり,本研究では,その両者の実験的証左を得ることができ
た.上記光誘起効果(A)
(B)の結果として,新しい結晶構造のsp3‐結合性BN非平衡相が成長することが見出され,
それらの多形構造の展開を解析するために,第一原理計算の助けを得て,新しい結晶構造化学的手法を開拓した.
また,薄膜構造の解析法として,コリメータにより細線化した X 線を用いて XRD ピーク強度をマッピングする手
法を新たに導入し,この新手法によって,プラズマ・レーザー複合化 CVD 法により得られた BN 薄膜に,階層的
秩序構造が発達していることがわかった.本研究では,
「プラズマナノ界面と揺らぎの大きなナノ系」の特質を
積極的に利用すること,特に,物質合成において,(a)結晶の相変化,
(b)結晶の成長,(c)
相変化と成長の相乗
作用,の三点における効果を研究した.
Keywords:
plasma, laser, boron nitride, polytype, photo-induced effect, micro-optical effect
6.
1 はじめに
バルク体積に比して表面積の比率の高い初期核形成におい
窒化ホウ素は炭素と同様の結晶形を示し,①グラファイ
て極めて大きな役割を果たす.しかし,高密度相形成にお
ト的構造の柔らかい sp2‐結合性 BN と②ダイヤモンド的構
けるその役割には未解明な点が多い.この点に関して,実
造の硬く高密度の sp3‐結合性 BN に大別できる.これらは
験と計算による重要な知見を得,これに基づいてレー
難燃性であり,かつ 6 eV 相当の広いバンドギャップを持つ
ザー・プラズマ複合化プロセスにおける構造形成における
ため可視域で透明な絶縁体である.一方,高温高圧合成に
統制原理を見出すことができた.
よる高密度 BN 合成時のドーピングにより,p 型 n 型双方の
プラズマCVDにおいて紫外レーザー(193 nm)を結晶し
半導体化も成功している[1].したがって,高密度 BN によ
つつある成長表面に照射する効果として,
(A)光誘起相変
り,物理的に極めて安定で透明なワイドバンドギャップの
化と(B)
光誘起表面成長化学反応の二点があり,本研究で
半導体としてユニークな電子材料の実現が期待されてきた
は,その両者の実験的証左を得ることができた.上記光誘
が,従来の高温高圧合成は産業化には適さないため,ダイ
起効果(A)
(B)
の結果として,新しい結晶構造の sp3‐結合
ヤモンドの例に習った気相合成による薄膜化が試みられて
性 BN 非平衡相が成長することが見出され,それらの多形
きた.
構造の展開を解析するために,第一原理計算の助けを得
この場合,熱力学的非平衡相としての高密度 BN の合成
て,新しい結晶構造化学的手法の開拓に成功した.また,
には,熱平衡から遠く離れた状 態(far-from-equilibrium
薄膜構造の解析法として,コリメータにより細線化した X
states)の関与が必須であると考えられている[2].プラズ
線を用いて XRD ピーク強度をマッピングする手法を新た
マプロセスは,電子的励起種を多く含み,それらの関与す
に導入し,この新手法によって,プラズマ・レーザー複合
る化学反応が通常の反応経路とは異なる可能性が高まるた
化 CVD 法により得られた BN 薄膜に,階層的秩序構造が発
め,この目的に適すると考えられた.本研究では,プラズ
達していることがわかった.
マ‐ナノ・システムを活用したレーザー・プラズマ複合化
本研究では,
「プラズマナノ界面と揺らぎの大きなナノ
プロセスは,高度な非平衡系を必要とする高密度窒化ホウ
系」の特質を積極的に利用すること,特に,物質合成にお
素の電子材料化において有効性を発揮することを示すこと
いて,(a)結晶の相変化
(b)結晶の成長(c)
相変化と成長の
ができた.
相乗作用,の三点における効果を研究し,新しい学術分野
を探索・提案することができたので報告する.
一方,結晶成長点としてのプラズマ・固相ナノ界面は,
NIMS, Tsukuba, IBARAKI 305-0047, JAPAN
author’s e-mail: [email protected]
405
!2014 The Japan Society of Plasma
Science and Nuclear Fusion Research
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.90, No.7 July 2014
6.
2 無機結晶化学‐新規多形構造の形成と新法則
の発見
tion)の前駆体として用いられた.
6.
2.
1 実験手法
XRDは,シャープで強いピーク群とブロードでノイジーな
レーザー支援プラズマCVDによって得られたBN薄膜の
基本的な実験方法(図1)は以前詳述したとおりである
ピーク群に分離できた.詳細な解析の結果,前者は sp3‐結
[2,
3].基板はここでは,Si
(100)等を用い,典型的な基板
合性 6H-BN であり,格子定数は,!!2.489 Å,"!12.44 Å
温度は850°,プラズマ発生用入力は 15 MHz・300 W,圧力
であることがわかった.一方,ブロードなピーク群は sp3‐結
は 10 Torr,原料 ガ ス は ジ ボ ラ ン 2.5 sccm,ア ン モ ニ ア
合性30H-BN であり,格子定数は,!!2.536 Å,"!62.61 Å
20 sccm,プラズマ発生用希釈ガスとしてアルゴン 3 SLM
であった.これから,レーザー支援プラズマ CVD による薄
で あ っ た.プ ラ ズ マ は 矩 形 波 変 調(2,4,10 Hz 等)し
膜は,結晶性の高い sp3‐結合性6H-BN と結晶性の低い sp3
た.上 記 条 件 に 於 け る プ ラ ズ マ CVD(Chemical Vapor
‐結合性30H-BN の共存する sp3‐結合性 BN であることがわ
Deposition)による薄膜作成において,ArF エキシマレー
かった.
2
ザー(193 nm,基板表 面 に て 典 型 的 に は 300 mJ/cm の
さらに,本手法による sp3‐結合性 BN 高密度相の生成に
フォトン密度)を成長薄膜に垂直に照射しレーザー支援プ
おける 193 nm エキシマレーザー照射の役割を調べる目的
ラズマ CVD を行った.ここでレーザーパルスとプラズマ
で,変調プラズマ CVD によって得られた sp2‐結合性30H-
変調を同期させてレーザー・プラズマ同期によるシナジー
BN 薄 膜 を 前 駆 体 と す る post-deposition laser irradiation
効果を意図した.また,対応する条件におけるレーザー照
の実験を行った.パターンは明確にシャープで強いピーク
射なしのプラズマ CVD のみの合成も行った.更にプラズ
群とその他の弱いノイジーなピーク群に別れた.前者は結
マ CVD のみによって作成された BN 薄膜を,上記条件から
晶性の高い sp3‐結合性 6H-BN であり,格子定数は,!!
ジボランを除いた実験条件(更なる蒸着がない)でレー
2.493 Å ,"!12.54 Åであった.後者は,結晶性の低い sp2
ザー照射する実験(Post-Deposition Laser irradiation)も
‐結合性30H-BNであった.この結果から,結晶性の低いsp2
行った.典型的な合成時間は30分であった.
‐結合性 30H-BN が結晶性の高い sp3‐結合性 6H-BN に光誘
6.
2.
2 結果
起相変換されたことが実験的に実証された.
無機結晶化学的成果として,我々の方法によって
(1)sp3
小林による第一原理計算の結果では,多形間の B-N 結合
‐結合性 BN および,sp ‐結合性 BN の新規結晶構造(新規
距離 #の違いはほとんど出ていないが,実験的な測定結果
多形構造)が成長することの発見,
(2)それら多形構造を
では,それらの違いは顕著である.即ち,
2
理解,解析するための新しい観点・方法の開発が得られた
[4].変調プラズマ CVD のみで得られた BN 薄膜の XRD
6H
(1.539 Å)
<5H(1.552 Å)<30H(1.558 Å)
2
パターンの詳細な検討の結果,これは,sp ‐結合性 BN にお
<3C(1.566 Å)
<2H
(1.570 Å).
(1)
いて,c 軸方向の積層周期が30である場合に正確に一致し
ていた.ここで,格子は六方晶であり,格子定数は !=
2.507 Å,"=101.6 Åである.これは後述する sp3 結合性の
験結果を得ているが,これは分析結果から,6H-BN が sp3‐
場合の結果にも対応し,興味深い.従来 turbostratic BN
結合性 BN 多形のなかでは結合的には最も強いことに見事
今回,結晶性の著しく高い 6H-BN が支配的に成長する実
2
等と総称されていた積層周期の乱れた sp ‐結合性 BN は知
に対応している.これは気相からの結晶成長機構における
られていたが,筆者らの知る限り,このような長周期のも
原理的な規則を示唆している.即ち,初期核生成を支配す
のは初めて見出されたケースであると思われる.また,後
る熱力学は局所的なものであり,化学反応速度論的に律速
述するように,このプラズマCVDによって得られたsp2‐結
されているため,バルクを対象にした計算結果(立方晶BN
合性 30 H-BN 薄膜 が PDL(Post-Deposition Laser Irradia-
が最も安定)とは異なり,結合の強い系の反応速度が速い
(活性化エネルギーも低い)という理由によって,優先的に
進行 す る.こ れ を 我 々 は,Bond-Strength Initiative Rule
と命名した.さらに,我々の実験結果では,cBN
(3C)より
も,6H,5H,30H が優先的に成長する結果を得ているが,
この結果も,これら多形が,上記結合強度の序列(1)におい
て,cBN よりも結合強度的に強いことに整合している.
さらに,小林の第一原理計算による結晶多形の熱力学的
安定性の検討と得られた実験結果の比較により,BN を含
む二元系化合物における多形現象に関する重要な法則性を
発見することができた.ここで,多形結晶構造解析の手法
として,3つの指標,hexagonality H,小松の定義による
close-packing index D,および Pauling によるイオン結合
性指数 ID を導入した.結晶構造は一般的に剛体球の最
密充填構造を基礎に解釈できるが,二元系化合物の場合,
図1
実験装置の概略.
構成二元素の電気陰性度の差により,共有結合にイオ
406
Special Topic Article
6. Self-Organized Pattern Formation in Laser-Plasma Hybridized Processing of Boron Nitride Films
S. Komatsu
ン結合性が加 わ るた め,最 密 充 填 構 造 か ら の ズ レが生
ことは可能である.しかしデバイス作製に必要な薄膜化が
じる.そのズレの程度を,close-packing index D として,
可能な気相成長法においては,デバイス作成可能なまでに
"
#
.
#
# "
'#"!!#
! "!! " $ ! " ,と定義した.さらに,二
,
$
$ #
効果的な半導体化が難しかった.我々は光誘起プラズマ
元系化合物 AB におけるイオン結合性指数 ID は,Pauling
基礎的な知見を得るとともに,デバイスの試作を行った
#
により )
!
'#"!-0/&
#%$
(*&!(*+%
!!
'と定義される.
CVD と言うオリジナルの手法によりその実用化に向けて
[5].
6.
3.
2 結果
ここで,ENA,ENB は,それぞれ,構成元素 A,B の電気
図3に概要を示す.受光面である BN 表面には ITO ス
陰性度である.
各多形の熱力学的準安定性 "!を hexagonality H の関数
パッタ膜透明電極を作製し,シリコン裏面には Al/Mo ス
としてプロットした結果,BN
(ID=0.23)
と AlN
(ID=0.41)
パッタ膜電極を作製した.この構成において,変換効率は
ではそれぞれ線形関係が見られるが,傾きが逆になる.即
3.82% を達成できた.可視域での透明性が高い BN が受光
ち,BNでは立方晶で最も安定で,ウルツ鉱型で最も不安定
面であることのメリットが活かされており,BN/Si 界面付
になり,その他の多形はきれいにその間に線形に並ぶ.一
近までフォトンが効率的に到達し得る.ここでは基本的に
方,AlN ではその逆で,ウルツ鉱型が最安定,立方晶が最
Si 側が可視光による光電流の生成に寄与しているが,潜在
不安定になる(図は省略)
.
的には紫外光領域による光電流の生成も期待できる.この
"!を close-packing index D の関数としてプロットした
結果により,BN に固有の物理的,化学的な安定性(頑丈
結果,BN では,理想的な最密充填構造(立方晶)において
さ)を活かした,耐候性・信頼性・長寿命に特化した太陽
もっとも安定で,最密充填よりも c 軸が伸びるにつれて,
電池の将来的な実用化可能性を示した.
準安定性が増加する一方,AlN では逆に,最安定構造は c
軸が理想的な最密充填よりも短縮化したウルツ鉱型で,理
6.
4 非線形力学系としての電界電子放出現象
想的な最密充填(立方晶)では,最も準安定性が増す.こ
6.
4.
1 はじめに
れらの結果は,イオン結合性指数IDの違いによって説明で
本 BN 薄膜の特性を活かした電界電子放出現象
[6]の特
きた.即ち,イオン結合性が強い AlN では c 軸方向におけ
異性(遷移現象)は,従来のフォーラー・ノルトハイムの
る AlN のペアリングが構造安定化に寄与するが,これは
hexagonality H に比例するため,H=1
00%のウルツ鉱型で
最安定化が実現する.一方,BNではイオン結合性よりも共
有結合性が優勢なため,そのような効果はなく,理想的な
最密充填構造が最も安定化する.
close-packing index D を hexagonality H の関数としてプ
ロットしたものが,図2である.BN では,立方晶(最密充
填構造)から hexagonality が増加するにつれて,単位胞が
c 軸 方 向 に 伸 び て 準 安 定 化 が 進 む が,AlN で は 逆 で,
hexagonality の増加につれてc軸方向に縮んで安定化する.
これは,Al#!-N#" の c 軸方向のイオン結合性カップリング
による構造安定化に対する寄与を示す.BN よりもさらに
イオン結合性の寄与の少ない SiC(ID=0.09)では,図2に
おける傾き(hexagonality→イオン結合性カップリングの
図2
hexagonality H の関数としての close-packing index D.
効果)が少なく,また,イオン結合性がゼロのダイヤモン
ドでは,傾きがゼロになる.これにより,hexagonality H
が,二元系多形結晶 AB において『Al#!-B#" の c 軸方向の
イオン結合性カップリングによる構造安定化への寄与』を
示す指標であることを明示・証明することができた.この
発見は,今後,多形新材料の半導体化のためのドーピング
や三元系化合物半導体への拡張などにおける材料設計にお
いて重要な指針の一つとなる.
6.
3 BN 多形半導体によるヘテロ接合の形成とそ
の太陽電池への応用
6.
3.
1 はじめに
BN は 6 eV 程度のバンドギャップをもつため基本的に可
視領域において無色透明な絶縁物であるが,適度なドーピ
図3
ングによりその透明性を維持しつつ半導体特性を実現する
407
BN/Si ヘテロ接合太陽電池の試作結果.
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.90, No.7 July 2014
式では理解できなかった.ここでは,非線型力学系モデル
ターによる微動装置を備えた xy ステージを用いることで,
を用いることで,初めてその本質が解明できた
[7].この
任意の XRD ピーク強度の試料表面における二次元分布を
ような非線形力学系の数学を応用したモデルと,量子力学
マッピングする手法を採用した.
的な光吸収・放出のアイデアの組み合わせとして,光誘起
この新しい試料解析法によって,従来,SEM によって
−揺動相変化のモデリングが可能になると考えているた
も,光学顕微鏡によっても見えなかった,もうひとつの隠
め,この成果は本課題において次の段階に向けてのひとつ
された秩序形成が見出された.
即ち,① SEM によって示されてきた BN ミクロコーン,
の達成である.
6.
4.
2 結果
②光学顕微鏡および SEM によって示されてきたフラクタ
電界電子放出現象は,プリゴジン等によって開拓された
ル・パターン形成,②’光学顕微鏡による回転基板上のサ
不可逆過程の熱力学における非平衡定常状態であり,エン
ブミリオーダーの同心円状のパターン形成,③ XRD マッ
トロピー生成速度最小の原理(Minimum Entropy Produc-
ピングにより発見された BN 膜厚分布のパターン形成,と
tion Principle, MEP)が成立する.この系をひとつの電子回
いう少なくとも,3相の階層性をもつ自己組織的秩序形成
路として考えると,抵抗(#)はエネルギーを散逸すると
が出現していることが判明した(図4).
同時にエントロピーを生成している.したがって,系のエ
ントロピー生成速度は,単純に,"$!
!
% と表すこ
"&!#!!
とができる.ここで % は温度である.したがって,MEP
6.
6 サブミクロン‐ナノ領域における光学‐化学
作用としての紫外光励起プラズマ CVD
原理によれば,与えられた電流値 !と温度 % に対して,複
6.
6.
1 はじめに
数のエミッターが存在する系に於ける電流の分布は,電流
SEM 観察により,レーザー支援プラズマ CVD により成
がひとつのエミッターに局所化するよりも,多数のエミッ
長した sp3‐結合性ミクロコーンの周囲に同心円状の波紋模
ター間に分布して全体の抵抗値 #が下がるように分布す
様が発達していることが,多くの試料で見出された.典型
る.二次元力学系の場合には,最終のヤコビアン行列 "
例において,それらは 0.4 μm の等間隔で広がり,コーンか
に対する固有値を調べることで,系の安定性の解析が行わ
ら離れるにつれて減衰していた.この波紋模様の発生機構
れる.論文[7]に詳述したように,各パラメータの最適化
として,薄膜表面への直接光とコーン表面からの反射光の
も含めれば,この手法が極めて良好に実験結果を説明する
干渉モデルを提案し,これは測定結果とよく一致した.コ
ことが判明した.
ヒーレントな紫外レーザー光(193 nm)の波動性に起因す
るサブミクロン領域での光学効果として興味深い一方,本
6.
5 パルス・レーザーによる大きな化学的非平
衡の周期的導入を伴うプラズマ CVD におけ
る階層的秩序形成
手法による結晶成長が光励起表面反応の結果であることを
実験的に証明できた[9].
6.
6.
2 結果
6.
5.
1 はじめに
図5にミクロコーンとその周囲に形成された波紋模様の
揺動励起による非線型現象と物質科学の交差する未知の
SEM 像を示す.図中右の三角形は,SEM 試料の傾きを補
領域が,本新学術研究の開拓すべきフロンティアである.
正したコーンの側面図である.これにより,電界電子放出
本研究では,プラズマ CVD という本来,反応拡散系であり
現象における幾何学的増幅効果をもたらす十分先鋭な尖端
ながら,従来は,そこでパターン形成が生じ得ない条件下
が形成されていることがわかる.図6に示す理想化された
(力学系としての解析でいうと,ひとつの basin に相当する
コーンにおいて,平面上で,直接レーザ光とコーン側面か
であろう)でしか用いられていなかったために,それが意
ら の 反 射 レ ー ザ ー 光 が 干 渉 す る モ デ ル を 考 え る と,
識されなかった系に,生成系の相対的回転運動とパルス・
レーザーによる周期的エネルギー注入を導入することで,
三段階の階層的なパターン形成が生成することを実験的に
発見した[8].
6.
5.
2 結果
レーザー・プラズマ複合化 CVD プロセスにおいて,ミ
クロコーン 分 布 がフラクタル・パターンを 形 成 することは,
本プロジェクト以前に実験的に見出し,その理論的解析も
行っている.これは,プラズマ CVD という反応拡散系にお
いて,パルス・レーザーによる表面反応の周期的励起を導
入することによって実現した自己組織的秩序形成として,
新しい物理化学的現象であり,また,BNミクロコーンの電
界電子放出への応用に関しても,重要な研究であった.
本研究では,X 線回折装置において,X 線コリメーター
図4
を導入 す る こ と で,照 射 X 線 ビ ー ム を 0.1 mm"または
0.3 mm"に細線化する一方,試料台としてステップモー
408
レーザー照射が基板回転軸に対して対称的,レーザーパル
ス4
0Hz の場合.XRD マッピング(左上図,右下図)と低倍
率(右上)高倍率(左下)SEM 像.
Special Topic Article
6. Self-Organized Pattern Formation in Laser-Plasma Hybridized Processing of Boron Nitride Films
S. Komatsu
付かされる.その場合,X 線解析装置による結晶構造決定
が重要な役割を果たし,新たな多形構造の合成・発見に導
いた.これらの多形構造を一般無機化学的に解析する新た
な手法として,Komatsu Diagram を提案し,① hexagonality,②小松の定義による close-packing index,③小林によ
る 第 一 原 理 計 算 か ら 評 価 し た 準 安 定 エ ネ ル ギ ー,④
Pauling によるイオン結合性指数 ID,の四者間にある規則
性を明らかにできた.さらに,ここで発見された複数の
sp3‐結合性多形における B-N 原子間結合距離(結合エネル
ギーの指標)を X 線解析により明らかにし,この実験デー
タに基づいて,(レーザー支援)プラズマ CVD における非
平衡相の発現する機構として,Bond-Strength-Initiative
図5
BN ミクロコーンの周囲に同心円状に発達した波紋模様.
右の円錐は,SEM 画像の傾斜を補正したコーンの側面図.
Rule を発見・提案した.これにより,初期核生成を支配す
る熱力学は局所的なものであり,
(非平衡相)結晶構造の
発現が,化学反応速度論的にコントロールされた結果であ
ることを立証した.
半導体としての BN の透明性を積極的に応用した例とし
て,我々の知る限り世界で初めて,太陽電池の試作に成功
した.可視域での透明性が高い BN が受光面であることの
メリットが活かされており,BN/Si 界面付近までフォトン
が効率的に到達し得る.ここでは基本的に Si 側が可視光に
よる光電流の生成に寄与しているが,潜在的には紫外光領
域による光電流の生成も期待できる.これにより,BNに固
有の物理的,化学的な安定性(頑丈さ)を活かした,耐候
性・信頼性・長寿命に特化した太陽電池の将来的な実用化
可能性を示した.
本 BN のミクロコーン・モルフォロジーを活かした電界
電子放 出 特 性 の 特 異 性(遷 移 現 象)は,従 来 の フ ォ ー
ラー・ノルトハイムの式では説明できなかった.ここで
は,非線型力学系モデルを用いることで,初めてその本質
が解明できた.本現象はプリゴジン等によって開拓された
不可逆過程の熱力学における非平衡定常状態として把握さ
れ,エントロピー生成速度最小の原理に従うとして立式・
解析を行った結果,極めて良好に実験結果を説明すること
ができた.
プラズマ CVD という本来,自己組織的散逸構造の派生
図6
すべき反応拡散系でありながら,従来は,そこでパターン
レーザー光の干渉による波紋模様の形成の理想化されたモデル.
形成が生じ得ない条件下でしか用いられていなかったため
"!!"
##
"
$#となり,レーザー光波長 #!0.193 μm,
"#
$
&'
"
に,それが意識されなかった系に,生成系の相対的回転運
SEM からの測定値 '
$#
!
#
%"
""を用いると,SQ の間隔
!!
動とパルス・レーザーによる周期的エネルギー注入を導入
(波紋の間隔)は 0.44 μm で,これは SEM からの測 定 値
することで,三段階の階層的なパターン形成が生成するこ
0.41 μm と7%の誤差で一致した.これは,SEM の測定精
とを実験的に発見した.即ち,① BN ミクロコーン,②フラ
度の問題に加えて,真空波長ではなく,BN薄膜中へのレー
クタル・パターン形成,②’サブミリオーダーの同心円状
ザー光の侵入による波長増の効果があった可能性が考えら
のパターン形成,③ BN 膜厚分布のパターン形成,という
れる.
少なくとも3相の階層性をもつ自己組織的秩序形成が出現
していることが判明した.ここで③は,細線化した X 線を
6.
7 まとめ
用いた XRD ピークのマッピングという新手法によって初
以上を省みて,われわれの手法は,
“ナノ界面とプラズ
めて見出された.これらの形成機構の十全な理解はこれか
マの相互作用”を直接見る(検出する)のではなく,その
らであるが,パルス・レーザーにより周期的に誘起された
効果がミクロ,マクロレベルで発現する状況を実験的に作
大きな化学的非平衡をパターン形成の一方の駆動力とする
り出し,その結果を理論的に解析することで,我々の主題
と,さらに,基板のレーザー光に対する相対的廻転が表面
を物質科学の側面から追求するという形になったことに気
前駆体(ラジカル)の拡散機序を複雑化する要素として働
409
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.90, No.7 July 2014
いていることは確かであろう.即ち,意図的に導入された
相変化,主たる光化学反応の遷移等が,
「揺らぎ」を契機
化学的揺動による自己組織的パターン形成の新たな例を発
としていたことは明らかである.
「物質材料科学とプラズ
見・導入したといえる.
マナノ界面と揺らぎ」という三題噺としては,本研究にお
上述の BN 結晶成長とパターン形成に関連して重要な成
いて,特に無機化学的意味,結晶成長論的意味に於いて,
果として,BN ミクロコーンの周囲に発達した同心円状波
新たな学術分野を開拓しつつあったことを自負している.
紋模様の発見とその定量的解釈が位置付けられる.これに
よって,サブミクロン‐ナノ領域における光学‐化学作用と
参考文献
しての紫外光励起プラズマ CVD において,薄膜成長が光
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[8]S. Komatsu and M. Shiratani, Jpn. J. Appl. Phys. 53, 010202
(2014).
[9]S. Komatsu and M. Shiratani, J. Mater. Res. 29, 485 (2014).
励起表面反応であることの直接的な証明が得られたと考え
ている.
本研究では,プラズマ CVD において,成長しつつある薄
膜表面へのエキシマレーザー(193 nm)の照射が導入する
大きな化学的非平衡性が,見出された諸現象の駆動力とし
て背後で働いていた.そのもたらす結果の学術的意味を材
料科学・物質科学的観点から探求することが本研究の主題
であった.プラズマ‐ナノ界面相互作用の探求という主題
に関しては,
(物質科学的であるという意味で)間接的で
はあるが,肉薄できる成果が得られた.「揺らぎ」自体が
表に現れる研究は行わなかったが,今回対象とした非線形
的現象,大きな化学的非平衡における現象自体に於いて,
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!!
しら
たに
まさ
小特集執筆者紹介
はる
しら
白 谷 正 治
が
かず
おの
こう
斧
高 一
こ
均
しま
かず
まつ しょう
じ
ろう
所属:物質・材料研究機構プラズマ応用材料
グループ グループリーダー,趣味:音楽鑑
賞と読書.専攻:物質科学.
研究について:積年の謎が解ける場合もあり
ます.深まる場合も.
今後の日本の研究について:若い人たちが自律的に研究でき
る環境を望みます.
東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物
質系専攻 寺嶋研究室 博士後期課程在学
中,日本学術振興会特別研究員(DC1).専門
はプラズマ材料科学,特にプラズマガス温度
が室温以下(主に氷点下)のクライオプラズマ研究に従事して
います.最近の趣味はボート(漕艇),サッカー,自転車,地図
(を眺めること)です.
てら
いち
小 松 正 二 郎
ひとし
宗 岡
立
京都大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻
教授.1
9
7
8年京都大学大学院工学研究科航空
工学専攻博士課程修了.工学博士.1
9
8
2年三菱
電機株式会社入社.同社中央研究所,半導体基
礎研究所,先端技術総合研究所を経て,1
9
9
8年より現職.主な
研究分野は,電離気体工学,プラズマナノ工学,集積回路プロ
セス工学,宇宙推進工学.プラズマ科学・流体科学の基礎から
応用まで広い分野に関心をもっている.
のり
九州大学大学院システム情報科学研究院・准
教授.主な研究分野は,ナノ粒子・薄膜を中心
としたプラズマ応用.最近は,スペクトル解析
を勉強して反応性プラズマの解析に応用した
いと考えていますが,勉強不足にてまだまだ,その本質にたど
り着くのは先だなと感じています.
おか
たつる
京都工芸繊維大学助手,イタリア・バーリ大
学研究員,京都大学准教授,名古屋大学特任教
授を経て,現在は大阪市立大学大学院工学研
究科教授.プラズマを用いた材料プロセシン
グに関する研究に従事.最近は,多くの人々に支えられて生き
ている自分を実感している.
古 閑 一 憲
むね
ふじ
白 藤
九州大学大学院システム情報科学研究院主幹
教授,九州大学プラズ マ ナ ノ 界 面 工 学 セ ン
ター長.プラズマのプロセス応用に関する研
究を行っています.ナノ粒子,太陽電池,集積
回路,Li 電池などの製造プロセスから,最近は農業まで,様々
なプラズマ応用に関する研究を進めています.プラズマの力
は絶大だと感じることが多々あります.この力を自在に振る
えるようにすることがプラズマ研究者の使命の一つだと思い
ます.
こ
""
お
寺 嶋 和 夫
1
9
8
5年 東京大学大学院工学系研究科博士課
程中退.現在 東京大学 教授(工学博士)専
門は,プラズマ材料科学.
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