マルチアンビル型高圧装置 MAX80 を用いた Mg2Si 熱電材料の高温

マルチアンビル型高圧装置 MAX80 を用いた
Mg2Si 熱電材料の高温高圧 X 線回折実験
Ⅰ. 緒言
近年,環境問題の解決法の一つとして排熱エネルギーの有効
利用が求められており,排熱エネルギーを電気エネルギーに変
換する熱電変換ディバイスが注目を集めている.Fig. 1 に原理
図を示す.熱電変換ディバイスとは,2 種類の異なる金属また
は半導体を接合し,両端に温度差を生じさせることで電位差が
生じるゼーベック効果を利用したものであり,P 型半導体と N
型半導体を組み合わせて使用することで,大きな電位差を得る
熱電変換ディバイスの
Fig.1
ことができる.当研究室では,埋蔵量が豊富で人体に無害であ
構造と発電原理図
る Si と Mg を主成分とした Mg2Si 熱電変換ディバイスの研究を
進めている.なお,Mg の沸点(1363 K)と Mg2Si の融点(1358 K)が高温領域で隣接しているため,合
成することは困難である.これらの問題を解決するため,高圧技術を用いて N 型半導体には Mg2Si
を,P 型半導体には Ag ドープした Mg2Si の合成を行っている.
本研究の目的は高温高圧 X 線回折(XRD)実験を行い,熱電測定や Mg2Si を合成するための最適条
件を見つけることである.昨年度までの課題は,合成試料に Mg,Si,Ag の残留も見られ,MgO な
どの不純物を含むことであった.そこで本研究では,出発原料の焼結方法の違い,温度保持の効果,
試料室による違いを確認し,残留や不純物を含む原因を調べた.
Ⅱ. 実験方法
Ⅱ-1
実験装置【Photon factory AR-NE5 Beam Line
MAX80】
高温高圧 XRD 実験は茨城県つくば市にある放射光施設 PF-AR
の BL-NE5 にある MAX80 を使用して行った.装置の外観を Fig.
2 に示す.装置の中央部の 6 つのアンビルにより,セットしたセ
Fig.2
高温高圧プレス機
MAX80 の外観図
ルを 6 方向から等方的に加圧することができ,上下のアンビル
から直接電流を流すことにより,
高温状態にすることができる.
アンビル先端 8 mm の場合,圧力は最大 8 GPa,温度は 2273 K
まで発生することができるが,昨年同様 1 GPa,最高温度 1173 K
にて行った.また Fig. 3 に示すように,高温高圧状態
においてもアンビル間から X 線を試料に照射し,ディ
フラクションを検出器で検出し,エネルギー分散法を
Fig.3
検出原理の概略図
用いて試料の状態を調べることができる.
Ⅱ-2
高温高圧発生及び
セル構成
8.0 mm
試料を封入するためのセルの断面図を Fig. 4 に示す.
グラファイト
ディスク
グラファイト
チューブ
圧力スケール
(NaCl)
試料カプセル
熱電対
(クロメル/アルメル)
Fig.4
セルの断面図
試料
ジルコニア
上下のアンビルからグラファイトチューブを経由し,グラファイトに直接電流を流すことで発熱し,
加熱することが可能である.また,熱電対によってセル内部の温度を測定することができる.BN ま
たは NaCl にて作製した試料カプセルが試料室として存在する.
Ⅱ-3
試料の配合と合成条件
試料の粉末には Mg,Si,Ag を用いた.事前に試料粉末を真空電気炉にて焼結したものもある.
それらを昇温したり,一定温度で保持したりしながら,各条件での試料の状態を XRD 測定により調
べた.
Ⅲ. 結果と考察
Ⅲ-1
真空電気炉で焼結された Mg+Si(粒径 3 μm)+Ag(1%)と非焼結試料の温度依存性の比較
出発原料は当研究室内にある真空電気炉(Fig. 5)にて常圧下,温度 823 K,保持時間 1h 焼結した
Mg+Si(粒径 3 μm)+Ag(1%)の粉末と,
焼結していないを Mg+Si(粒径 3 μm)+Ag(1%)の粉末用意した.
それらを MAX80 にて高圧下で 1023K まで加熱し,降温ま
での X 線回折パターンを Fig. 6 と Fig. 7 に示す.Fig. 6 で
は,常温下の時点より Mg や Si の回折線はほとんど見られ
ず,Mg2Si の回折線が見られる.Ag の回折線に着目すると,
Fig. 6 では 873 K においてもあるのに対し,Fig. 7 では 873 K
では見られない.またクエンチして常温にした際,Fig. 6 の
Fig.5
真空電気炉焼結したものより Fig. 7 のしてない方が Ag ド
真空電気炉の外観図
ープされやすい.
MS76U Mg+Si(3m)+Ag(1%)
P=1.0 GPa, T=1023 K
MS77U Mg+Si(3m)+Ag(1%)
真空電気炉 823K 1h
P=1.0 GPa, T=1023 K
773K
30
40
60
973K
873K
773K
673K
80
30
Si
Mg
Mg2Si
Si
Mg
60
Mg2Si
BN
MgO
Ag
Mg
50
Mg2Si
Mg
Mg
40
Energy2=6.0 deg/KeV
Fig. 6 1GPa における昇温過程での Mg+Si
BN
Mg2Si
Si
RT
Mg2Si
Si
70
Mg2Si
Mg2Si
Mg2Si
MgO
Ag
50
Mg2Si
Mg
Mg
Mg
BN
Mg2Si
Si
Mg2Si
673K
1023K
Mg2Si
873K
RT
Intensity(arb.unit)
Intensity(arb.unit)
RT
1023K
70
80
Energy2=6.0 deg/KeV
Fig.7
1GPa・昇温過程における Mg+Si
(粒径 3 μm)+Ag(1%)を真空電気炉 823K1h にて
(粒径 3 μm)+Ag(1%)の高温高圧
焼結した粉末試料の高温高圧 X 線回折パターン
X 線回折パターン
Ⅲ-2
RT
Mg+Si(粒径 3 μm)+Ag(1%)の保持時間の X 線回折パターン
出発原料は Mg+Si(粒径 3 μm)+Ag(1%)の粉末用意した.それらを高圧下で 673 K または 773 K
まで加熱し,長時間保持した後,降温までの X 線回折パターンを Fig. 8 と Fig. 9 に示す.Fig. 8 で
は Mg や Si のピーク強度が保持により 6 時間まで徐々に弱くなっていくのが分かるが,それ以降
の変化は見られない.また Ag の回折線に着目してもピーク強度に変化がないことが分かる.なお
クエンチした際双方とも Ag が残っている.MgO に関しては Fig. 8 の 673 K 保持より Fig. 9 の 773
K 保持の方が大きい.
Ⅲ-3
Mg+Si(粒径 3 μm)+Ag(1%)と NaCl カプセル Mg+Si(粒径 3 μm)+Ag(1%)の温度依存性の比較
出発原料は Mg+Si(粒径 3 μm)+Ag(1%)の粉末用意した.それらを通常の BN カプセルと今回新しく
導入した NaCl カプセルに入れ,
高圧下で 1023 K まで加熱し,
降温までの X 線回折パターンを Fig. 10
と Fig. 11 に示す.Fig.10 の BN カプセルだけではなく,Fig.11 の NaCl カプセルの方も 673 K にて
MgO の回折線が見られ,873 K ではピーク強度が増している.なお温度上昇につれ MgO のピーク強
度が増す.
MS76U Mg+Si(3m)+Ag(1%)
P=1.0 GPa, T=1023 K
MS94D Mg+Si(3m)inNaClcup
RT
P=1.0 GPa, T=1173 K(673K)
1023K
873K
70
30
80
673K
40
60
Si
Mg
Mg2Si
Si
Mg
NaCl
MgO
Mg2Si
Mg
Mg
50
70
RT
80
Energy2=6.0 deg/KeV
Energy2=6.0 deg/KeV
Fig.10 1GPa・昇温過程における Mg+Si
NaCl
Mg
RT
Mg2Si
Si
Si
Mg
Mg2Si
Si
Mg
60
773K
673K
Mg2Si
BN
MgO
Ag
Mg
50
Mg2Si
Mg2Si
40
Mg
Mg
BN
Mg2Si
Si
Mg2Si
30
773K
873K
Mg2Si
973K
973K
Intensity(arb.unit)
1023K
Mg2Si
Intensity(arb.unit)
RT
Fig.11
1GPa・昇温過程における Mg+Si
(粒径 3 μm)+Ag(1%)の高温高圧
(粒径 3 μm)+Ag(1%)inNaCl カプセルの高温高圧
X 線回折パターン
X 線回折パターン
Ⅳ.結論
真空電気炉で焼結したものは,Ag が残ってしまう.なお 1023 K にて回折線が見られないのは融
点に達したからだと考えられる.
残ってしまう理由は,
先に Mg2Si ができるためである.
N 型の Mg2Si
を作る方法としては有効だが,Ag ドープした P 型 Mg2Si を作るには更なる工夫が必要である.
また焼結していないものを 673 K にて保持しても Ag のピーク強度に変化はない.773 K にて保持
しようとするが Ag の回折線が見られないが,クエンチした際には回折線が再度表れた.それらを昇
温すると MgO のピーク強度が増す.
さらにカプセル外部からの酸素の侵入を懸念し,BN カプセルから NaCl カプセルに変更した効果
を期待したが,MgO の発生が抑えられていない.このことから,酸化物生成のための酸素供給源は
仕込み粉末試料表面に吸着した酸素の可能性が高いと考えられる.
Ⅴ 今後の課題と改善点
今回の実験の結果から,真空電気炉にて焼結すると Ag が残ってしまい,焼結していない試料の
673 K の保持でも残り,それ以上昇温すると見られないが,代わりに MgO が合成されることが分か
った.またカプセル変更によって MgO の顕著な抑制がみられなかったので,出発試料の Si や Mg
に吸着した酸素が供給源である可能性が高い.今後 Si の粒径の異なるものを出発原料とした実験を
行って比較検討する必要がある.
Ⅵ
参考文献
[1] 貝原勇司 Mg2Si 熱電変換材料の高温高圧 X 線回折実験 平成 24 年度卒業論文