収縮期血圧:130mmHg以下 - Arterial Stiffness

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Question 4
Answer
Q&A
家庭血圧が厳格に管理された場合(収縮期血圧:130mmHg以下)、そうでない
場合と比較して CVD の発症リスクをどの程度抑えることが可能ですか?
今井 潤(東北大学大学院薬学研究科医薬開発構想講座教授)
浅山 敬(東北大学大学院薬学研究科医薬開発構想講座)
大久保孝義(帝京大学医学部衛生学公衆衛生学講座主任教授)
家庭血圧が、従来の診察室血圧に比べて臓器障害や心血
47%増加しました。そして、もし、降圧治療中の収縮期血
管病の予後をよりよく反映することは、今日ではもはや常
圧が 131 .6 mmHg 未満になると、5 年間の心血管病発症リ
識といってよいでしょう。こうした考えはわが国の大迫研
スクは、1% 未満になることが示されました。この5年間
究、欧米の PAMELA 研究、Fin-Home 研究、Didima 研究
で 1 % 未満という数値は、一般人口中の高血圧者における
などの一般住民や高血圧対象での長期観察の成績に基づ
脳心血管病発症率の半分から1/3に相当します。また、軽
いています。それらの成績によれば、診察室血圧で捉えら
中等症高血圧患者における脳心血管病発症率の 1 /5〜1/8
れない臓器障害や心血管病の予後に関し、家庭血圧では
に相当します。この成績は家庭血圧による降圧療法の実行
そのレベルの上昇とともに直線的に相対危険比が上昇し、
可能性を保障するとともに、家庭収縮期血圧130mmHg未
予後を予測することが明らかにされています。大迫研究で
満への降圧は、降圧薬療法により、安全に到達でき、なお
は、心血管病死の相対危険比が最も低くなる血圧は120〜
かつ、この降圧により脳心血管合併症がほとんど起こらな
127 /72 〜 76 mmHg であり、有意な相対危険比の上昇は、
くなることを証明したものです。さらにHOMED-BP研究は、
138 /83 mmHg 以上でした。こうした前向き研究の成績に
糖尿病患者において、家庭血圧 125 /75 mmHg 以上で、心
基づき、日本高血圧学会、米国合同委員会、欧州高血圧
血管合併症の有意な増加をみました。従って、糖尿病患者
学会 / 欧州心臓病学会は、家庭血圧 135 /85 mmHg を家庭
では家庭血圧を 125 /75 mmHg 未満に降圧することで、そ
血圧の高血圧閾値に、一方、WHO/国際高血圧学会、日本
の予後改善が期待されます。
高血圧学会は 125 /80 mmHg を正常血圧閾値としました。
HOMED-BP 研究は対象を軽中等症リスク高血圧に限定
また近年、家庭血圧による長期予後成績のメタ分析であ
しています。これは、従来の介入試験のほとんどすべてが、
る IDHOCO 研究は、診察室血圧 120 /80 mmHg(ステー
高リスク高血圧であったこととは対照的です。われわれが
ジ 1前高血圧)
、130 /85 mmHg(ステージ2前高血圧)
、
日常診療で扱う多くの高血圧患者は軽中等症リスク患者で
140/90mmHg
(ステージ1高血圧)
、
160/100mmHg
(ステー
す。これまで、軽中等症リスク患者への大規模介入試験は
ジ2高血圧)に相当する家庭血圧をそれぞれ119/77mmHg、
皆無であり、従って、われわれが日常行っている降圧療法
125/80mmHg、132/82mmHg、145 /88 mmHg であると示
が、本当に軽中等症高血圧患者の心血管病の予後を改善す
しています。従って、各国のガイドラインにおける正常閾
るかは不明であったといえるでしょう。
値125/80mmHg、高血圧閾値135/85mmHgは妥当な値と
HOMED-BP研究の介入観察的分析の成績では、J型関係
思われます。これらは、高血圧、正常血圧の診断基準であ
は認められず、いわゆるthe lower, the betterの現象がみて
り、降圧目標レベルではありません。至適な降圧レベルを
とれます。多分これは対象が軽中等症高血圧であったこと
得るためには、家庭血圧による降圧薬療法の介入試験成績
によるのでしょう。近年のいくつかの大規模介入試験成績を
が必要です。この種の介入試験にはTHOP研究とわが国の
みると、このJ型関係が認められ、過降圧に注意を要するこ
HOMED-BP研究がありますが、心血管病発症リスクに基づ
とは、欧州高血圧学会ガイドラインや米国糖尿病学会治療
く至適降圧レベルに言及している研究成績は、HOMED-BP
指針2013においても改めて強調されています。事実こうし
研究以外にありません。HOMED-BP研究は家庭血圧とイン
たJ型現象に相当する合併症は日常高血圧診療においても存
ターネットを用いた降圧薬のRCT試験です。3,518人の対
在しますが、これは主として高リスク患者(臓器障害がすで
象に、カルシウム拮抗薬、ACE阻害薬、ARBが無作為に割
に高度に存在する場合)に認められる現象です。果たして軽
り付けられ、かつ通常降圧目標と、厳格降圧目標に無作為
中等症高血圧の治療においてこうしたJ型が本当に存在する
割り付けされるという2×3試験デザインの研究でした。降
のかは、疑問の余地があります。高血圧診療は、本来予防医
圧薬 3 群間で予後に差がなく、また降圧目標レベル 2 群間
療であり、軽中等症高血圧を降圧薬療法により、早期に可
で明瞭な差が得られず、結果としてこの2群間でも差はあ
能な限り低い血圧に抑えておくことは、その後の心血管合
りませんでした。そこで HOMED-BP 研究グループは、こ
併症発症の予防という観点からは大切なことと思われます。
のデータを介入観察の形で分析しました。その結果、一次
以上のことから、少なくとも軽中等症高血圧において、家
エンドポイントのリスクは、ベースラインの家庭血圧、追
庭収縮期血圧を130mmHg以下に厳格に管理した場合、心血
跡期間中の家庭血圧が1SD上昇するごとにそれぞれ41%、
管疾患の発症リスクを減らすことが現時点では期待されます。
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