エネルギー情報を用いた X 線 CT 画像の高画質化

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エネルギー情報を用いたX線CT画像の高画質化
井村, ゆき乃
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2013-01
http://hdl.handle.net/10297/7651
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静岡大学 博士論文
エネルギー情報を用いた X 線 CT 画像の
高画質化
2013 年1月
創造科学技術大学院 自然科学系教育部
ナノビジョン工学専攻
井村ゆき乃
概要
論文要旨:X 線 CT は医療、セキュリティ、非破壊検査等の分野において広く応用される技術である。
X 線は物質を透過すると減弱されるが、減弱量は X 線のエネルギーに依存し、透過物質固有の値を
持つ。半導体検出器による高解像度化とフォトンカウンティング技術の実用化にともなって近年、X
線のエネルギーにより異なる減弱係数を利用した材料識別の実用化が期待されている。CT 画像によ
る材料識別では現在、2つの異なるエネルギーにおける線減弱係数を用いる二色 X 線 CT が盛んに
研究されている。この方法では線減弱係数を各エネルギーに対し正確に取得することが重要であるが、
CT 画像には様々なアーチファクトと呼ばれるエラーが発生し CT 画像の精度を下げる原因となって
いる。その中でもビームハードニングによるアーチファクトは、X 線が物質を透過する際、低いエネ
ルギーの X 線は高いエネルギーに比べより減弱されやすく、減弱と透過距離との線形性が失われる
ことにより発生するため、特に金属を含む撮像対象では回避が難しく、画質を悪化させる原因の一つ
である。医療や非破壊検査の分野で利用されている管電圧の X 線管を使用する場合、スペクトルの
カウント数のピークは数十 keV であることから、この低いエネルギー帯の CT 画像を使う必要があ
るが、ビームハードニングによるアーチファクトが多く発生し、CT 画像の画質が低下することが問
題となっている。
本論文ではまず、白色 X 線とエネルギー弁別型フォトンカウンティング検出器を用い、金属材の
サンプルのビームハードニングによるアーチファクトの発生とエネルギーの関係性を実験により調
査した。これにより、ビームハードニングによるアーチファクトは、低エネルギーの CT 画像で発生
していても、高いエネルギーでの CT 画像では比較的発生が少ないことが確認できた。このことから、
低いエネルギーの CT 画像と高いエネルギーの CT 画像を比較することで低いエネルギーの CT 画像
のアーチファクトの補正を行う方法を提案した。
ビームハードニングによるアーチファクトの補正方法として、白色 X 線とエネルギー弁別型フォ
トンカウンティング検出器を用いて得た2つの異なるエネルギーにおける CT 撮像データを比較し、
サイノグラムを補正する方法を検討した。CT 撮像データは撮像角度ごとに透過データが並んだもの
であるため、各角度における透過データの合計は常に一定である。しかしながら、低いエネルギーの
CT 撮像データにおいてのみ、透過データの合計が角度により変動することがあり、シミュレーショ
ンによりビームハードニングによるものであることを確認した。この撮像データを再構成するとアー
チファクトを含んだ CT 画像になることから、透過データの合計の角度による変動幅を利用してサイ
ノグラムを補正する方法を提案し、実測データを用いてその有効性を確認した。しかしこの方法では、
減弱係数の角度間の変動をサイノグラムに加算して補正を行うため、ビームハードニングによるアー
チファクトの発生箇所が特定できることが条件であることから、複雑なサンプルでは適用の限界が予
想された。
次に、ビームハードニングによるアーチファクトが出現しにくい高エネルギーCT 画像の各ピクセ
ル間における CT 値の勾配を参照し、低エネルギーCT 画像の再構成を行うためのアルゴリズムを検
討した。ビームハードニングによるアーチファクトが発生する撮像データを欠損データを含むと捉え、
欠損データを補う画像再構成法を拡張することで、CT 画像を補正しながら再構成が可能であるとい
う考えに至った。そこで、欠損データを含むデータや間の空いた角度からの撮像データの画像再構成
法として有効性が示されている、逐次近似型画像再構成法の1つである代数的画像再構成法を拡張し、
高エネルギーの CT 画像を参照する方法を組み込むことで画像再構成法の開発を行った。この方法は、
逐次的な画像再構成において、高いエネルギーの CT 画像のピクセル間の CT 値の傾きを参照して、
CT 値を修正していくものである。従来の画像再構成法でビームハードニングによるアーチファクト
が発生する金属サンプルの CT 撮像データについて、開発した方法により画像再構成を行い、ビーム
ハードニングによるアーチファクトの削減を画像と CT 値により確認した。さらに参照した傾きを修
正値に反映させる重み付けや、閾値、収束性に関する検討を行った。また補正された CT 画像を用い
た材料識別でも実効原子番号の改善を確認した。
本論文はシミュレーションと実測によりビームハードニングによるアーチファクトの削減を検討
し提案したものであるが、
これはカドミウムテルライド(CdTe)検出器の高分解能とフォトンカウンテ
ィング技術により実証された。現在 CdTe 検出器のダイナミックレンジの低さや高価格などの課題が
あるが、今後これらの改善と、計算時間の短縮によって、本論文により提案されたビームハードニン
グによるアーチファクトの削減方法の X 線 CT 装置での実用化が期待される。
Outline:
The material identification with use of the difference of attenuation at different X-ray
energies has been expected to be in practical use along with the progress of application
technology of high resolution CT image and photon counting with semiconductor detectors. In
the material identification, it is important to measure the linear attenuation coefficients at
each X-ray energy bins accurately. However, artifacts appear in the CT image and make the
accuracy of the CT image down. The artifact induced by the beam hardening is difficult to
avoid because the linearity between the attenuation and the penetration length is lost when
X-ray transmit the metal material. The peak energy of X-ray spectrum of commonly used X-ray
tube is tens of kilo electron volts. It is needed to use the CT image of these low energy bands.
In this paper, a new method for correcting artifacts in CT images of low-energy CT images by
comparing to high-energy CT image is proposed. Expanding an algebraic image reconstruction
technique which has been validated as a method for imaging data with missing data or
few-view angles, a new method to reconstruct low-energy CT image referring to high-energy
CT image was developed. In this method, the CT value is corrected by referring to the gradient
between pixels of high-energy CT image in the iterative reconstruction algorithm. Imaging
data of metal samples measured by photon counting type CdTe detector were reconstructed by
this method and the reduction of artifact is confirmed.
博 士
学
位 論
文
井
目 次
村 ゆ
き
乃
エネルギー情報を用いたX線 CT画像の高画質化
目
次
第1章 序 論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1-1. 研究の背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1-2. 本研究の目的と概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1-3. 本論文の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第2章 X 線 CT ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2-1.前書き・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2-2.X 線と物質の相互作用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2-2-1.X 線・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2-2-2.X 線の発生方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2-2-3.連続 X 線と特性 X 線・・・・・・・・・・・・・・・・
2-2-4.X 線と物質との相互作用・・・・・・・・・・・・・・
2-3.X 線・γ線の検出・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2-3-1.半導体検出器の特性・・・・・・・・・・・・・・・・
2-3-2.カドミウムテルライド(CdTe)・・・・・・・・・・・・
2-4.X 線 CT における画像再構成法・・・・・・・・・・・・・・・・・
2-4-1.X 線 CT の投影データ・・・・・・・・・・・・・・・
2-4-2.2次元フーリエ変換法・・・・・・・・・・・・・・・
2-4-3.Filtered Back Projection(フィルタ補正逆投影)法・・・
2-4-4.Maximum likelihood Expectation Maximization (ML-EM)法・
2-4-5.Algebraic Reconstruction Technique(ART)法・・・・・・・
2-5.CT 値・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2-6.Dual energy X-ray CT(DXCT)による材料識別・・・・・・・・・・・
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1頁
1頁
6頁
7頁
8頁
11 頁
11 頁
11 頁
11 頁
11 頁
12 頁
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15 頁
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18 頁
19 頁
20 頁
23 頁
25 頁
27 頁
28 頁
29 頁
31 頁
第3章 エネルギー弁別型 X 線 CT ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3-1.前書き・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3-2.線減弱係数(μ)の測定方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3-3.CdTe 単検出器と放射性同位体元素による線減弱係数の測定・・・・
3-4.エネルギー幅・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3-5.まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
33 頁
33 頁
34 頁
35 頁
37 頁
41 頁
42 頁
第4章 ビームハードニングによるアーチファクト・・・・・・・・・・・・・
4-1.前書き・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4-2.ビームハードニング・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4-3.エネルギーとビームハードニングによるアーチファクト・・・・・・・・・
4-4.イメージングエラー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4-5.まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
43 頁
43 頁
44 頁
47 頁
48 頁
50 頁
51 頁
第5章 ビームハードニングによるアーチファクトの補正・・・・・・・・・・・・・
5-1.前書き・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5-2.サイノグラムによるアーチファクト削減・・・・・・・・・・・・・・・・
5-2-1.ビームハードニングによるアーチファクトの
シミュレーション・・・・・・・・・・・・・
5-2-2.サイノグラムによる補正・・・・・・・・・・・・・・・
5-3.高エネルギー側の CT 像を参照して
低エネルギー側の CT 像を較正する方法・・・・・・
5-3-1.ART-FG-TV 法の開発・・・・・・・・・・・・・・・
5-3-2.CT 撮像実験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5-3-3.CT 撮像データのアーチファクト削減の検証・・・・・
5-3-4.FG パラメータの CT 画像への影響・・・・・・・・・
5-4.まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
53 頁
53 頁
54 頁
第6章
結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
73 頁
謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
75 頁
56 頁
57 頁
61 頁
62 頁
65 頁
66 頁
69 頁
71 頁
72 頁
第 1 章 序論
1-1. 研究の背景
1-1-1. X 線 CT の歴史
X 線は 1895 年ドイツの物理学者 Wilhelm Conrad Rӧntgen によって発見された。
Rӧntgen
は低圧気体放電や陰極線などを研究している時、放電の光をさえぎっても放電管外の蛍光
板が蛍光を発することを見出した。これは明らかにある透過性の高い放射線が放電管から
出ていることを示すものであり、これを X 線として報告した。
この報告を受け各国で研究が開始され、数カ月後には医学的に使われるようにさえなった。
Rӧntgen は X 線に関する特許を取得しなかったことからその技術は世界中に広まり、第1
回ノーベル物理学賞を受賞する [1]。
1912 年、ドイツの物理学者 Max Theodor Felix von Laue によって結晶の回折現象が発見
され、X 線の波長が1Å 程度の短い波長の電磁波であることが確認された。1915 年には
William Henry Bragg および William Lawrence Bragg により X 線が連続スペクトルと線
スペクトルを含むことがわかった。連続スペクトルの X 線は連続 X 線、線スペクトルの X
線は特性 X 線である。特性 X 線のスリットによる回折、複プリズムによる干渉、平面格子
による回折などにより、屈折率は1よりわずかに少ないということが調べられた。
X 線の利用は現在(1)X 線が物質により吸収されることを利用した X 線透過(2)X 線が物質
により散乱されることを利用した X 線回折(3)蛍光 X 線による X 線分光の3つが挙げられる。
このうち、X 線透過は、いわゆるレントゲン写真として医療分野で一般的に利用されている。
また、空港等での手荷物検査などのセキュリティ分野や工業用製品の検査など非破壊検査
においても X 線透過が利用されている。
コンピュータ断層撮影(Computer Tomography, CT)は、測定する物体に多くの異なる方
向から X 線を照射して物体の X 線吸収率を測定し、コンピュータによって画像を再構成し
2次元断面像を得る装置である [2]。
1917 年、オーストリアの数学者 Jordan Radon が、対象領域における物質の分布はその
投影データの無限集合から一意的に再生できることを証明した。この理論は 1972 年、英国
EMI 社の G. N. Hounsfield により X 線 CT 装置として実質的に実装された。この報告では
それまでの X 線透過像では見えなかった脳の断面像が示され、その診断価値に対し放射線
医学における革命的な発明であると賞賛された。この発明により Housfield は 1976 年、ア
メリカの A.M.Cormack とともにノーベル医学生理学賞を受賞している。
医療分野における CT スキャナの導入は 1974 年には世界で 60 台であったのが、手術せ
ずに体内を鮮明に観察できるという有用性から世界中に急速に普及し 1980 年には 10,000
台以上と急激に広がった [3]。以後撮像方法と画像再構成についての研究が進み、これまで
にヘリカルスキャン、リアルタイム、マルチスライス CT 等装置が開発されてきている。表
1-1 は、これまで医療分野において開発された CT 撮像方法である。
1
表 1-1. 医療分野における CT 撮像方法 [4]
第一世代 Translate/Rotate(ペンシルビー
ディテクタ1個、X 線ペンシルビーム。X
ム)方式
線管および検出器を移動と撮像を各角度ご
とに繰り返すため、スキャン時間が長い。
第二世代 Translate/Rotate(ナローファン
検出器数十個、X 線は小型ファンビームス
ビーム)方式
キャン。原理は第一世代と同等であるが、フ
ァンビームにより補正が可能であることか
ら、画質が向上している。
第三世代 Rotate/Rotate(ワイドファンビー
ディテクタ250~900個、X 線ファン
ビーム、X 線管とディテクタともに回転する
ム)方式
現在主流の方法
第四世代 Stationary/Rotate(ワイドファン
ディテクタが600から4800個、X 線
ビーム)方式
はファンビームで、検出器が円周上に配置さ
れ X 線管のみが回転するが、現在は生産さ
れていない
第五世代 Scanning Electron Beam 方式
円周上に検出器と X 線管のターゲットリン
グが配置され、電子ビームを変更させターゲ
ットに当てることで X 線の向きを変える。
高速スキャンが可能。
多数の検出器列と面検出器による3次元 X
Dynamic Spatial Reconstructor
線 CT
コーンビーム X 線 CT
大視野 X 線 CT
撮像システムに使われる X 線イメージング用検出器は、開発当初ヨウ化ナトリウム(NaI)
シンチレータと光電子倍増管(Photo Multiplier; PMI)であったが、解像度が高くなるに
つれて、Si Strip Detector(SSD)とフォトダイオードの組み合わせが主流となっている。ま
た、大視野 X 線 CT においては面検出器が用いられている。
撮像データの再構成方法は、近年まで Filtered Back Projection(FBP)法に代表される数学
的に厳密なコンボリューション法を用いて画像を再構成するシステムが主流であった。現
在は計算機能力の向上に伴い、Maximum Likelihood-Expectation Maximization(ML-EM)
法、Ordered Subset-Expectation Maximization(OS-EM)法などの逐次近似法が実用化され
つつある。逐次近似法はそれまでの FBP 法に比べ被曝量が低減できることが期待されてい
る。
再構成の計算時間を含めた撮像時間は、最初の CT スキャナが一枚の画像を撮像するのに
300 秒かかっていたものが、現在では 100 ミリ秒台を実現している [3]。高速化により現在
2
は、立体の CT 像の撮像や動画 CT、立体の動画である 4 次元 CT [5]を実現した。
X 線 CT 撮像における課題も存在する。通常の X 線 CT で使われる X 線はスペクトル分
布をもち、スペクトルの低エネルギー側 X 線は高エネルギー側に比べ物体を透過しにくい
ため、ビームハードニングによるアーチファクトが発生して画像の精度が落ちる場合があ
る。医療分野においては体内に存在する金属類や厚みのある骨からのビームハードニング
によるアーチファクトで臓器や血管等の画像が不鮮明となり、撮像画像が診断に利用でき
ない、あるいは、誤診の原因となりうるため、さまざまな補正方法が検討されてきた [6,7]。
また X 線 CT による放射線被曝は、
レントゲン撮影での被曝が 0.1mSv であるのに比べ、
スキャンの種類に応じて 1~10mSv である [8]。放射線治療での被曝量に比べれば数十~数
百分の一であるが、米国でのスキャン中の照射事故 [9,10]や、日本での原発事故による放
射性物質拡散をうけて、CT 撮像においても被曝量を低減させる動きが出ている。近年の再
構成方法が FBP 法から逐次近似法へ移行し始めたことやフォトンカウンティングの導入
[9]がそれである。
セキュリティの分野では、X 線透過像や X 線 CT により手荷物や貨物等から危険物を検
出する検査が行われている [11,12]。X 線透過検査が一般的であるが、危険物が他のものに
隠された場合に検出できないため、X 線 CT 検査が導入されてきている。
1-1-2. Dual Energy X-ray CT
X 線のエネルギーごとに異なる減弱から材料識別を 行い診断への応用の可能性が
Alvarez らによって 1972 年に示されていた [13]。医療分野においてはヨウ素等の造影剤を
使用することで血管や臓器の詳細な検査方法が開発された。造影剤を用いた CT 撮像は、2
つの異なるエネルギーの X 線を用いた Dual energy X-ray CT(DXCT)により正確に病態
を観察できることが多く報告されている [14]。この成功でさらに、X 線のエネルギーを正
確に取得することでエネルギーの異なる CT 画像から物質を特定できるのではという期待
が広がっている。2003 年、鳥越らによりシンクロトロン放射光による DXCT が発表された
[15]。この中では 40keV および 70keV における CT 画像から電子密度が得られた。また副
次的に実効原子番号も得られることが示され [16]、新たな診断材料としての可能性が示さ
れた。DXCT と従来の CT との違いは、DXCT では2つの異なるエネルギーにおける減弱
情報を利用することである。このため DXCT には、1つの X 線管で管電圧を高速にスイッ
チングする方法 [14]、2つの X 線管および検出器の組み合わせを配置する方法 [17]、X 線
へのフィルタを施す方法 [18]あるいはこれら方法の組み合わせ [19]等がある。しかしなが
ら、例えば管電圧をスイッチングする方法では、X 線のエネルギーに幅があり実効エネルギ
ーと実際に出力されるエネルギーとの間の差が無視できないなど、それぞれに課題が存在
している。
セキュリティの分野においても、X 線 CT 検査において危険物と非危険物が同様な画像に
映るため区別が困難な場合に対し DXCT を利用して危険物を判別するシステムの開発が進
3
められている [20,21]。医療分野においては撮像対象が人体であり組成が既知であること、
軽元素が主であること対し、セキュリティ等他の分野においては対象物を構成する元素が
広範囲でありかつ、金属等重い元素も含まれることから、医療分野とは別の材料識別法が
必要と考えられる。
1-1-3. 検出器
X線透過像を映像信号として電気信号に変換する方法には、シンチレータなどの蛍光体
を用いてX線を可視光に変換し、光電子倍増管(Photomultiplier Tube;PMT)などの可視光
用のイメージセンサで撮像する方法と、半導体検出器によりX線を直接電気信号に変換す
る方法がある [22]。PMT は 1970 年代から用いられたが、CT 画像の解像度が高くなるに
つれて小型化が必要となったことや、高いX線感度を実現するため蛍光体を厚くすると蛍
光体中で光散乱により解像度が劣化するため高解像度化が難しい等の問題が存在する。半
導体検出器は蛍光体を使わないため解像度の劣化が起きないことから高解像度が可能であ
る [23]。またX線を直接電気信号に変換できるため高い感度が実現でき、X線照射量が前
者に比べ少なくても撮像可能である。X 線検出用の半導体は主にシリコン(Si)、ゲルマニウ
ム(Ge)、カドミウムテルライド(CdTe)である。Si は最も広く利用されているが原子番号が
14 のため、100keV 以上の X 線は検出の効率が悪い。Ge は 100keV 以上の X 線も検出可
能であり半値幅も 122keV で 0.9keV とエネルギー分解能は高いが、そのバンドギャップが
0.665eV と小さいため常温で使用できない [22]。これに対し CdTe は比較的大きな原子番
号(Cd=48,Te=52)で構成されているためγ線、X 線に対する捕獲断面積が大きく検出に適し
ており、さらにバンドギャップが 1.47eV と大きいため常温での動作が可能である。半導体
検出器による高解像度および低線量の検出で、光子を1つ1つ計測するフォトンカウンテ
ィングが次世代の X 線 CT 技術として期待されている [9]。
1-1-4. フォトンカウンティング
フォトンカウンティングは入射フォトンを1つずつエネルギーとともに計測する方法で
ある。
フォトンカウンティング型検出器でエネルギー弁別を行う場合、閾値を多く設定出来れ
ばできるほど実効エネルギーとの差が小さくなり実際のフォトンのエネルギーでの CT 像
を取得できる。また、X 線スペクトル全体を利用する X 線スペクトル CT により、同一レ
ジストレーションの任意のエネルギーにおける CT 画像で材料識別をすることが可能で、対
象物に応じてエネルギーの組み合わせを撮像後に選択できるため、医療、セキュリティ等
非破壊検査の分野に広く応用ができると考えられる。医療分野におけるラインセンサの応
用も検討されている [24]。また、Zou らによる DXCT のセキュリティ分野への応用はフォ
トンカウンティング型検出器で行われた [25,26]。
4
1-1-5.ビームハードニング
X 線 CT 画像において問題となるのは、ビームハードニングと呼ばれる現象に起因するア
ーチファクトである。ビームハードニングは、X 線スペクトルの低エネルギーが撮像対象物
により多く吸収され X 線の平均エネルギーが透過後に高くなる現象である [2,27]。医療分
野ではビームハードニングによるアーチファクトが CT 画像の画質を下げ、診断や治療にお
ける誤判断の原因や、被曝を冒して撮像した CT 画像が利用できない等問題となりうる。ま
たセキュリティ分野では対象物質の予測がつかないことから、ビームハードニングによる
アーチファクトと本来の CT 像との区別がつきにくく、危険物検知の精度を下げることが懸
念される。
(a)
(b)
(c)
図 1-1.ニッケル円柱のエネルギー別 CT 画像(a)40keV(b)80keV(c)120keV
これに対しエネルギー弁別型 CT では、X 線の透過データをエネルギー帯域別に分割する
ため、エネルギー帯域別に X 線を観察した場合、ビームハードニングは顕在化しないと考
えられる。しかし低いエネルギーの帯域では、対象物の透過後に十分なカウント数を得ら
れない場合、減弱と透過距離との線形性が保たれなくなりアーチファクトが発生する(図
1-1)。このことから白色 X 線のビームハードニングによるアーチファクトと同意と考え、
本論文内ではビームハードニングによるアーチファクトと述べる。
ビームハードニングによるアーチファクトの補正や削減方法については多くの報告例が
ある [28,29]。医療分野では、撮像対象が人体の各組織であり、それぞれの検査対象に特化
されたモデルによる方法が主である。これらの方法は対象物が限定されない他分野への適
用は難しいと考えられる。
また今後 DXCT による材料識別が実用化されることが予想されるが、DXCT では異なる
2つのエネルギーにおける CT 画像を使用し、一般に用いられる X 線管(管電圧~150keV)
が用いられる場合その低エネルギーは数十 keV となり、このエネルギー帯でのビームハー
ドニングによるアーチファクトの削減が求められると考えられる。
5
1-2. 本研究の目的と概要
以上の背景から、X 線スペクトル CT を利用した X 線 CT 画像のアーチファクト削減方法
の検討を行った。スペクトルをエネルギーバンドに分割して任意のエネルギーにおける CT
画像を同時取得できるフォトンカウンティング型エネルギー弁別法の利点を生かし、低エ
ネルギーに発生するアーチファクトを、ビームハードニングによるアーチファクトが比較
的発生しにくい、より高いエネルギーの撮像情報を用いて削減が可能ではないかと考え、
フォトンカウンティング型 CdTe 検出器および X 線スペクトル CT による CT 画像のアーチ
ファクトを除去する方法の検討を行った。
ビームハードニングによるアーチファクトの低減のため、エネルギー弁別により同時に
得られる高いエネルギーの画像との比較によって撮像データを補正する方法を検討した。
このうち、サイノグラムに現れる透過情報の矛盾からビームハードニングによる透過量の
不足分を、サイノグラムの透過データの角度ごとの合計値が一定であることを利用して推
定し、サイノグラムデータの較正方法を検討した。この較正により、CT 値が改善すること
が確認された。しかしながら、この方法ではビームハードニング発生箇所が特定できるこ
とが条件であったことから、より複雑な対象物に適応が難しいことが予想された。
次に、対象物質の構成にかかわらず画像再構成の過程でアーチファクトを低減させる方
法の研究を行った。ビームハードニングによるアーチファクトを、X 線フォトンが検出器に
十分到達しないことによるデータの欠損とみなすことで、欠損データを含む撮像データの
画像再構成法が適用可能ではないか、と考えた。欠損データを含むデータや、間隔の空い
た角度の撮像データ(Few-view あるいは Limit-view 撮像データ)の画像再構成に適用され、
有 効 性 が 検 討 さ れ て い る Algebraic Reconstruction Technique(ART)-Total
Variation(TV)minimization 法へ、スペクトル X 線 CT で同時に得られる高エネルギーの
CT 画像を参照して CT 値を修正していく Flatten Gradient(FG)ステップを開発して組み込
んだ(ART-FG-TV 法)。実測データをこの方法により再構成し、CT 値及び CT 画像の改善
を確認した。
6
1-3. 本論文の構成
本論文では、第2章で X 線および X 線 CT に使われる半導体検出器、CT 画像再構成法、
DXCT について述べる。第3章では、フォトンカウンティング検出器によるエネルギー弁
別型 X 線 CT の研究を開始するにあたり行った CdTe 検出器の特性、弁別するエネルギー幅
の線減弱係数への影響の調査結果について示す。第4章では、金属サンプルのビームハー
ドニングアーチファクト解析について述べる。第5章で本研究のスペクトル X 線 CT とフ
ォトンカウンティング型検出器を用いたビームハードニングアーチファクトの補正方法の
検討について述べる。
7
第1章 参考文献
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9
第2章 X 線 CT
2-1. 前書き
X 線 CT は、X 線の物質による減弱を多角度から計測し画像再構成によって断面像を得る
方法である。画像に含まれる減弱の強弱は使用する X 線のエネルギーや検出器、画像再構
成に依存するため用途に応じて使い分けられている。ここでは、X 線 CT システムを構成す
る X 線、検出器、画像再構成法と、CT 撮像で得られる情報の CT 値、さらに、X 線 CT に
よる材料識別法の一つである、二色 X 線 CT(Dual energy X-ray CT;DXCT)について述
べる。
2-2. X 線と物質の相互作用
2-2-1. X 線
X 線は電離性放射線に分類される電磁放射線(電磁波)であり、その波長は 1pm~10nm
程度である [1]。X 線は荷電粒子の運動状態や束縛状態が変化する際に、余分なエネルギー
が光子の形で放出されたものである。同じエネルギー帯の電磁放射線にγ線が挙げられる
が、γ線の発生は、原子核反応や素粒子反応により余分になった静止エネルギーが光子の
形で放出されたものであることから、区別できる。
2-2-2. X 線の発生方法
X 線を発生させるためには、高速の電子の流れをターゲット(対陰極)に衝突させる。
ターゲットとなる対陰極は、普通タングステンまたはモリブデンのような融点の高い金属
で作られる。X 線発生装置である X 線管の構造について原理図を図 2-2-1 (a)に示し、X 線
管のスペクトルの概形を図 2-2-1(b)に示す。
図 2-2-1. X 線発生装置および X 線スペクトル [2]
11
陽極電圧を増加させると陽極に衝突する電子のエネルギーが高くなり、得られる X 線は
透過性の高いものとなる。透過性の高い X 線は「硬い」X 線と呼ばれる。電子源として熱
電子と発生させるフィラメントを用いたものは、熱電子 X 線管またはクーリッジ管と呼ば
れる。
2-2-3. 連続 X 線と特性 X 線
連続 X 線は、外部から加速された熱電子がターゲット物質内の原子核のクーロン場で向
きを変えられることに起因する。運動エネルギーE0 の電子がターゲット物質の原子核のク
ーロン場の影響により、E という運動エネルギーの電子に変化したとすると| E0- E|という
エネルギー差が発生する。そのエネルギー差ΔW は電磁波の量子として放出されると考え
られる。このような過程で作られる輻射(放射)は制動輻射(放射)と呼ばれる。この時
の振動数は
hν= ΔW
(2-2-1)
で与えられる。電子はターゲットの原子と衝突する場合、原子のそばを通過するだけの場
合が考えられ、それによりエネルギー損失ΔW はまちまちである。このことが連続 X 線の存
在を示す。
電子1個が1回の衝突で停止した場合、その運動エネルギーはすべて1個の光子に与え
られるが、このとき発生する X 線の波長は、加速電圧を V とすると、
(2-2-2)
で与えられるので、
(2-2-3)
となる。λを Å、V をボルトで表すと、h=6.6262×10-34Js、c=2.997925×108ms-1、e=1.60219
×10-19C により、
(2-2-4)
で与えられる。波長の最短は 40keV で約 0.3Å、150kV で約 0.08Å=8pm である。
線スペクトルは、加速された電子が、ターゲットの原子の原子核に近い殻の電子にエネ
ルギーを与えてこれを弾き出した場合、弾き出された電子が占めていた位置へそれよりも
外側の電子が移る(遷移する)ことにより、エネルギー差に相当した振動数の輻射が発生
する。従って遷移前後のターゲット原子のエネルギーをそれぞれ Ei、Efとすれば、その波
長λは
(2-2-5)
で与えられる。
一方、特性 X 線は次のように発生する。加速された電子がターゲットに衝突しターゲッ
12
トの原子内に進入すると、核の電子軌道上にある電子をある確率で原子外へたたき出す。
この電子があった場所は空席となり、さらに外側にある電子軌道の電子がこの空席へ遷移
する。このときのエネルギー状態をそれぞれ ER,EL とすると、
Kν ER-EL
(2-2-6)
のエネルギーをもって電子がフォトンとなり(光電子)
、核外へ放出される。放出されるフ
ォトンのエネルギーはターゲット物質に固有な値である。
2-2-4. X 線と物質との相互作用
図 2-2-2. X 線・γ線検出器の概要
一定方向に進む単色 X 線が厚さ x の物体を通過する際、X線の強度の減少量 dI はあたった
X 線の強度 I と吸収帯の厚さ dxとに比例すると考えられる。
(2-2-7)
μは物質による比例定数で減弱係数と呼ばれる。μが x に関係しなければ、この式を積分
して
, C は積分定数
(2-2-8)
もし x = 0 のときの強度を I0 とすれば、C = log I0 であることがわかる。したがって、
(2-2-9)
μは同じ物質でも密度により異なり、その値は密度に比例するため、次の質量減弱係数μm
を定義できる。
(2-2-10)
この質量減弱係数μm は状態にかかわらず物質で一定である。
100keV 以下のエネルギーの X 線と物質との相互作用を考える場合、X 線に対する主な吸
収過程は光電効果である。この過程では、吸収層内に含まれる原子の内部の殻いずれかの
電子に X 線のエネルギーを完全に与えて X 線自身は吸収される。エネルギーを受け取った
電子は hνから軌道外へ出るエネルギーを引いた分の運動エネルギーを持って原子外に飛
13
び出す。この電子を光電子と呼ぶ。この光電子のエネルギーは分布を持つ。
X線の物質のよる散乱には、光子のエネルギーに変化のない散乱と、変化の起こる散乱
があり、変化のない散乱を弾性散乱、変化のある散乱を非弾性散乱と呼ぶ。弾性散乱の代
表的な過程は Thomson 散乱と呼ばれる。非弾性の場合は Compton 散乱と呼ばれる。
14
2-3. X 線・γ線の検出
X 線・γ線を含む放射線の検出には、放射線と検出器を構成する物質との励起作用や電離
作用によって、エネルギーが他の物理量として変換され、そのエネルギーが物質に吸収さ
れ物質において、励起作用によって光が、電離作用によって正孔・電子対が発生し、電気
信号に変換されて検出される。
図 2-3-1.; 線・γ線による信号の生成プロセスと分類
X 線やγ 線などの光子(電磁波)は、検出器内部において光電効果、コンプトン散乱、
電子対生成の光子相互作用によって高速二次電子を生成する。この高速二次電子の電離・
励起作用によって多くの電子と陽イオンまたは正孔がつくられる [3]。X 線検出器は、X 線
を直接電気信号として検出するか、蛍光体等を利用していったん光に変換してから検出を
行うかで、直接変換方式・間接変換方式に分類される(図 2-3-1)。図 2-3-2 に X 線を直接
電気信号として変換する直接変換方式と X 線をシンチレータを用い光に変換し、その光を
電気信号に変換する間接変換方式の検出器の構成図を示す [4]。
図 2-3-2. 直接変換方式と間接変換方式の検出器構成
電離作用に基づく検出器では、発生した電荷キャリヤ(気体中では電子と陽イオン、固体中
では電子と正孔)が移動することによって電流または電圧の出力信号となるため、直接変換
方式である。励起作用に基づく検出器では、発生する光量を光電子増倍管やフォトダイオ
15
ードで増幅し出力信号となるため、間接変換方式である。
さらに、検出器からの出力信号は、X 線光子 1 つ 1 つを検出するパルス信号と、信号を
蓄積してから読み出す直流信号に大別できる。
一般的には、X 線、γ 線の強度情報とエネルギー情報を取得できるのは、出力がパルス
信号の時のみである。直流信号の場合、強度情報を持つが、エネルギー情報を持たない。
本研究では、X 線のエネルギー測定が材料識別に必要な条件となるため、パルス信号測定
が重要となる。
パルス信号の X 線検出器には比例係数管、シンチレーション検出器、半導体検出器など
がある。比例係数管は気体検出器であるため、密度が固体の 1000 分の 1 程度と小さく、
主に 10keV 以下の低エネルギーX 線の検出に利用される。医療、危険物探知用途の透過 X
線画像に使われる X 線エネルギーは 30keV 以上であるため、透過 X 線イメージングには
適していない。シンチレーション検出器と半導体検出器の違いは X 線の検出方式が、間接
変換方式か直接変換方式の違いである。この二つを比較すると、半導体検出器の方が高エ
ネルギー分解能である。シンチレーション検出器のように励起作用を利用した検出器では、
放射線吸収効率、発光効率、光伝達効率、検出器での量子効率の各効率の積によって光電
変換の損失が大きくなるが、半導体検出器では放射線が直接光電変換されるため、原理的
に高いエネルギー分解能を実現できる [5]。半導体検出器に利用される半導体としては、シ
リコン(Si)、ゲルマニウム(Ge)、カドミウムテルライド(CdTe)、ヒ化ガリウム(GaAs)等が挙
げられる。
2-3-1. 半導体検出器の特性 [3]
フォトンが検出器内で1個の電子・正孔対を生成するのに必要な平均エネルギーはε値
(eV)であるが、半導体は気体の W 値に比べ 10 分の 1 程度と小さく、効率的に電子・正孔
対が生成されるため、出力信号が大きく、エネルギー分解能が高い。
半導体により X 線やγ線が入射して電子・正孔対が生成されると、電子は結晶内の電場
により陽極(n+層)へ移動し、正孔は陰極(p+層)へ移動する。電場が十分に高い場合は
生成された電子・正孔対は電極に到達しパルス波形信号として検出される。例えば E(keV)
のエネルギーのフォトンが半導体検出器に吸収された場合、E/ε×1000 個の電子・正孔対
が生成され、全部が電極に到達した場合、1.602×10-19×E/ε×1000[Coulomb]の電荷信
号が生じる。
X 線やγ線が物質に入った場合の光電効果の確率はほぼ
(Z は原子番号、E はフォ
トンのエネルギー)に比例するため、原子番号 Z が高いほど、また、エネルギー(E)が低
いほど光子にたいする全エネルギー吸収の確率が高くなる。そのため、Z の低い Si は低エ
ネルギーに使用される。Ge、CdTe は高エネルギーまでの計測が可能である。
禁止帯域(エネルギーギャップ、Eg)が大きいほど常温での電気伝導度が小さいため漏
16
洩電流による雑音が低い。シリコン、CdTe は Eg が大きいため室温で動作可能であるが、
Ge は小さいため冷却が必要である。
放射線検出器として利用される半導体の特性を表 2-3-1 に示す。
表 2-3-1. 放射線検出器として利用される半導体の特性 [3]
半導体
原子番号 Z
密度(g/cm3)
ε値(eV)
エネルギー
ギャップ(eV)
Si
14
2.33
1.12
3.61
Ge
32
5.32
0.665
2.96(@77K)
GaAs
31,33
5.31
1.43
4.27
CdTe
48,52
5.85 [6,7]
1.5
4.43
2-3-2. カドミウムテルライド(CdTe)
半導体検出器は有感部が固体であることから、光子(X 線、線)に対して全エネルギー吸収
の確率が高いためエネルギー測定に適している。現在半導体検出器に用いられる半導体に
は、Si、Ge、CdTe 等が挙げられるが、CdTe は、大きな原子番号(Cd=48、Te=52)を持つた
めに全エネルギー吸収の確率が高く、Si に比べ高エネルギーの X 線スペクトル測定に使わ
れる。また、Ge に比べ大きなバンドギャップエネルギーを持ち、室温でも漏洩電流が少な
く動作可能である。電荷の移動度が低く、寿命が短いため電荷収集効率が低いという短所
があるが、素子に高電圧を印加することによって電荷収集効率を高めることができる。よ
って、CdTe は優れた光電変換特性と高い電荷収集効率、高いエネルギー分解能が得られる
といった特徴を有し X 線、γ線検出に適した半導体材料である。
本研究では、フォトンカウンティング型の CdTe 検出器を用い、エネルギー弁別型 CT 撮
像を行った。
17
2-4. X 線 CT における画像再構成法
CT 撮像データを再構成する方法として、現在一般的に使われているのは解析的方法の一
つ Filtered Back Projection(FBP)法である。この方法は、逆フーリエ変換を用いて、各
投影角度におけるデータから CT 像を求める方法であり、投影角度が多いほど正確に再構成
ができる。フィルタをかけるため元の正確な CT 値が取得できない、欠損データがある場合
アーチファクトが発生するという欠点がある。
これに対し逐次近似法は、繰り返し演算のために時間がかかるとされてきていたが、低
線量で撮像可能なこと、欠損データやノイズを含むデータの再構成にも有効であることが
示されていた。コンピュータ計算能力の向上に伴い、近年実用化への研究や開発が進めら
れている。
ここでは X 線 CT の投影データの定義と、解析的方法の代表例として FBP、逐次近似法
の例として Maximum Likelihood-Expectation Maximization(ML-EM)法と、本研究で用い
た逐次近似法の一つである Algebraic Reconstruction Technique(ART)法について述べる
[8]。
18
2-4-1. X 線 CT の投影データ
図 2-4-1. 線減弱係数が一様な場合の X 線計測
X 線の計測では既知の強度 I0 の X 線を被写体に照射して、強度 I の X 線を検出する。図
2-4-1 に示すように、線減弱係数を一様μとすると、強度 I は
(2-4-1)
となる。長さ x0 を透過した減弱量は μx0 となるが、これを積分形式で表すと
(2-4-2)
と表すことができる。図 2-4-2 に示すように、線減弱係数が不均一で
という分布を
持つとすると、直線 l に沿った X 線の減弱は、積分系の形を用いると
∞
∞
(2-4-3)
となる。
図 2-4-2. 線減弱係数が不均一な場合の X 線計測
X 線 CT の測定データは、X 線管から放射され、被写体を透過して減弱を受けた X 線を検
出器で測定し、その強度として与えられる。まず、図 2-4-3 のような座標系を考える。
19
図 2-4-3. X 線 CT の座標系
X 線 CT で得られる測定データは、X 線管から放射され被写体を透過して減弱された X 線
を検出器で測定することで得られる。図 2-4-3 のような座標系を考える。被写体に対して固
定した直交座標系を x-O-y とし、
この座標(x, y)において被写体の線減弱係数の分布を f(x, y)
とする。
この座標系 x-O-y に対し原点を中心に角度θだけ回転した新たな直交座標系を X-O-Y とす
る。両座標系間の関係は次の式で表される。
(2-4-4)
ここで、Y 軸に平行に強度 I0 の X 線ビームを照射すると、被写体を透過した後の X 線強度
I(X,θ)は
(2-4-5)
となる(測定データ)
。これから、X 線強度の減弱率の対数変換 g(x,θ)は
(2-4-6)
により表すことができる。これを X 線 CT の投影データと呼ぶ。f(x, y)から g(X,θ)を求め
る変換を Radon 変換と呼ぶ。
このデータを 0≦θ<2πの範囲に対して取得して被写体の線減弱係数の分布 f(x, y)を求
めることが X 線 CT の画像再構成の問題となる。
2-4-2. 2次元フーリエ変換法
2 次元フーリエ変換法は、前節で示した、g(X,θ)の集合から f(x, y)を求める解析的アルゴ
リズムである。2次元の再構成問題として、実空間(x, y)に対応する周波数空間の角周波数
20
の座標を(ξ,η)で表し、被写体の線減弱係数の分布 f(x, y)の2次元フーリエ変換を F(ξ,η)
とすると、
(2-4-7)
と表される。直交座標系で表されている(ξ,η)を極座標系(
θ に変換すると、
(2-4-8)
となる。ω は各周波数。この式を上の式に代入すると
(2-4-9)
となる。ここで、
(2-4-10)
と積分 dxdy=dXdY と表されることにより、
(2-4-11)
と書くことができる。この式から、角度θの方向に取られた投影データ g(X,θ)を変換 X に
ついて 1 次元フーリエ変換すれば、求める線減弱係数の分布 f(x, y)の2次元フーリエ変換の
極座標表示における角度θ方向成分が得られる。よって、投影データ g(X,θ)を 0≦θ<πに
対して得ることにより、f(x, y)のフーリエ変換 F(ξ,η)は完全に定まる。
従って、被写体の線減弱係数の分布 f(x, y)は F(ξ,η)の2次元逆フーリエ変換である、
(2-4-12)
の式で求めることができる。以上の関係を図 2-4-4 に示す。この関係は、投影切断面定理で
ある。この関係を直接実行する方法は 2 次元フーリエ変換と呼ばれている。
この方法では、具体的な計算は 1 次元および 2 次元のフーリエ変換に関するもののみで
あり、いずれも高速フーリエ変換(Fast Fourier Transform, FFT)を利用して、きわめて迅
速に計算することができる。しかしながら具体的な計算機によるディジタル計算を考える
21
と、式(2-4-11)の
を表す極座標表現による格子点
を表す直交座標表現による格子点
と式(2-4-12)の
の位置は一般には異なるため、適当な内挿
計算が必要となる。この際、計算精度が十分に得られなければ、誤差に基づくアーチファ
クト(偽像)が発生する [8]。
図 2-4-4. X 線 CT における解析解(投影切断面定理)
22
2-4-3. Filtered Back Projection(フィルタ補正逆投影:FBP)法
フィルタ補正逆投影法(Filtered back-projection 法:FBP 法)は、前節で述べた 2 次元フ
ーリエ変換法と数学的に等価な解析的方法であり、現在医療分野等において最も一般的に
用いられている画像再構成法である。
この方法では内挿計算による誤差を避けるために、式(2-4-12)を直交座標表現ではなく、
極座標表現で行う。式(2-4-8)を用いて式(2-4-12)を動径方向 、角度方向 の極座標系で表す
と、積分は
となるので
(2-4-13)
となる。 の積を
とすることにより、 の範囲をマイナス領域に拡張することができる。
よって式(2-4-13)は
(2-4-14)
となる。ここで
である。式(2-4-14)の
内の積分を
として
(2-4-15)
となる。この
を用いて残りの式を表すと
(2-4-16)
となる。
この方法では、図 2-4-5 に示すように角度 方向の投影データ
で示したフィルタリングで修正した新しい投影データ
て
にたいして式(2-4-15)
をつくった後、これを逆投影し
を求める。このために、この方法はフィルタ補正逆投影法と呼ばれる。フィルタ補
正逆投影法は、現在の CT で最も一般的に用いられている再構成法である。
23
図 2-4-5. FBP(Filtered back-projection)法
24
2-4-4. Maximum likelihood Expectation Maximization (ML-EM)法
解 析的に 解くこと が難し い問題 に対して 有効な 方法と して、逐 次近似 法 (iterative
method)と呼ばれるものがある。これは、はじめに任意の画像(例えば平坦な分布の画像)を
仮定し、次に、その推定された任意の画像から作られる投影を計算し、これを実測の投影
データと比較して差があれば、この差を小さくするように画像を逐次に修正していく方法
である。逐次近似法には一般に、不完全投影やノイズ混入など解析的には解けないような
データでも計算が実行できるという利点がある。Shepp [9]らは放射型 CT に適する
EM(expectation maximization)アルゴリズムを提案している。ML-EM 法はその EM アル
ゴリズムを利用した繰り返しの画像再構成法である。ML-EM 法は以下のような逐次式で表
される。
(2-4-17)
ここで、k は繰り返し回数、j は再構成画像の画素、i は検出器上の画素番号を表す。
ある画素 j の濃度(あるいは、これに比例する量)、 は検出器 i での投影データ、
は
は画素
j から放出された光子が検出器 i に到達する割合(検出確率)を表す。以上の画素と投影デー
タの関係図を図 2-4-6 に示す。検出確率を求めるとき、画素は四角形なので、その投影は図
2-4-7 に示すように、0、90、180、270°では四角形、45、135、225、315°では三角形、
それ以外の角度では台形になる。その図形の合計面積 1 として、画素の中心が投影される
検出器とその両脇の検出器に検出された値を振り分けることによって検出確率を求める。k
回目の画像から k+1 回目の画像を(2-4-17)式にしたがって作成する様子を図 2-4-8 に示す。
図 2-4-6. ML-EM 法における画像と検出器の関係図
25
図 2-4-7. 1 画素の投影
図 2-4-8. ML-EM 法の繰り返しで k 回目の画像から k+1 回目の画像を導きだす方法
26
2-4-5. Algebraic Reconstruction Technique(ART)法
任意の画像を設定し、その画像から得られる計算上の投影データと、実測投影データの
差分を求め、それを逆投影してもとの画像に加えることで修正を行なっていく方法である
[10,11]。いまk番目の画像を fk とし、k+1 番目の画像を fk+1 とすると、この手順は次の式
で表される:
(2-4-18)
ここで gi は投影データ、P は投影回数、Hi は投影行列を表す。投影データと、k 番目の画
像の投影との差分を計算し、画像 fk へ加算する手順を繰り返す。この方法の中で投影と逆
投影を1つの角度ごとに行い画像を更新していく方法を ART 法と呼ぶ。実際には加算する
差分の逆投影を適当な数値で割って与える。
ART 法に類似する方法の最初の提案は 1937 年と古いが [12]、投影と逆投影を1つの角
度ごとに行い、反復的に画像を修正するので計算時間が長く、近年まであまり利用されな
かった。計算機能力の向上で実用化が可能となり、また、Total-Variation と合わせること
で投影データに欠損がある場合に適用可能であることが検証された [13,14]。
27
2-5. CT 値
画像再構成によって得られる CT 画像は、CT 値、あるいは、CT ナンバーと呼ばれる数
値の集合であり、この数値データを画像処理することにより、撮像対象物の定量的な判断
が可能となる [11]。
現在、医療分野においては、CT 値あるいは CT 数(CT number)と呼ばれる定量的単位
が用いられ、これは水を基準とした相対値で次の通り表される [15,16]。
value
(2-5-1)
k=1000 とした場合の CT 値は Hounsfield unit と呼ばれ、遮蔽物を置かない場合、つまり、
空気の減弱が-1000、水 0、とした時の体内各組織の減弱係数の値を相対的に表すために利
用されている。
これに対し、CT 画像の CT 値をそのまま評価する方法もある [17]。本研究では画像再構
成された値をそのまま利用し、CT 値(あるいは CT value)と表記する。
28
2-6. DXCT による材料識別
異なる2つのエネルギーの X 線の減弱の違いを利用して電子密度分布(Dual-energy
X-ray CT, DXCT)を求め、医療分野で応用する試みは、2003 年鳥越らによって有効性が示
された [18]。ここでは DXCT の基本概念と、材料識別の例を示す。
物質のエネルギーk の X 線に対する線減弱係数は、光電効果断面積、コヒーレント散乱
断面積、インコヒーレント散乱断面積により次のように表される:
(2-6-1)
ここで、ρ、NA、A はそれぞれ質量密度、アボガドロ数、原子質量数を示す。Jackson と
Hawkes は 1981 年、医療応用目的の式を提案した [19]。光電効果断面積は L 殻と K 殻の
励起電子がフォトンを吸収するという方法で次の通り近似される:
(2-6-2)
この記述では、K 殻効果は主な項として取り扱われ、他の殻による効果は集積項 fnll’として
取り扱われている。フォトンのエネルギーkは吸収端のエネルギーより高くなければなら
ない。散乱断面積は弾性散乱と非弾性散乱の組み合わせとして次の通り記述できる:
(2-6-3)
右辺の第一項は Klein-Nishina 断面積である。第二項はコヒーレント断面積及び、インコ
ヒーレント散乱断面積の修正項である。この近似において、原子番号 Z の原子のコヒーレ
ント断面積は原子番号 Z’の標準原子のコヒーレント断面積を使って記述されている。
Jackson と Hawkes は標準原子として Z’=8 の酸素を使った。コヒーレント散乱項の計算に
と変換されている。パラメータ b は、鳥越ら
おいて修正されたエネルギーk’が
により 0.5 と提案されている。ここで、
は と置き換えることができる。(2-6-1)式
は次の通りに示すことができる:
(2-6-4)
ここで、
および
はそれぞれ線減弱係数の光電項および散乱項を示す。2
つのエネルギーの X 線において線減弱係数を測定し、 と Z の未知の計数を持つ連立方程
式を得るとすると、以下の通り表すことができる:
(2-6-5)
29
(2-6-5)’
ここで、
F(k, Z)も G(k,
Z)も Z に強く依存しないと仮定し、
Z4 について連立方程式をとくと、
(2-6-6)
この等式は逐次的に解くことができる。この Z を使って次の式で電子密度を求めることが
できる。
(2-6-7)
以上の DXCT に沿って開発されたプログラム [20]よる材料識別例を図 2-6-1 に示す。
図 2-6-1. DXCT による材料識別プログラムの計算例
図 2-6-1 に示すプログラム画面では、プラスチックケース内の文房具(スティック状糊、油
性マーカー、鉛筆、シャープペンシル)の 40keV と 60keV の CT 画像からの DXCT によ
る材料識別の例を示す。
この DXCT 法では、式 2-6-3 の近似において、標準原子を酸素(Z’=8)としている。こ
の近似は、医療分野においては、撮像対象である生体が炭素(Z=6)、酸素(Z=8)、リン(Z=15)
等の軽元素からなることから妥当であるが、対象物が金属を含むセキュリティ等の分野で
は、酸素との開きが大きくなり、この近似をそのまま利用することができない。原子番号
の大きな元素も対象物として材料識別を行うためには、スペクトル X 線とエネルギー弁別
を用いた新たな材料識別の方法が必要と考えられる。
30
第2章 参考文献
[1] 原島 鮮, 基礎物理学Ⅱ.: 学術図書出版社, 1969.
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32
第 3 章 エネルギー弁別型 X 線 CT
3-1. 前書き
フォトンカウンティング検出器によるエネルギー弁別型 X 線 CT では、スペクトルで得
られる透過情報をエネルギー帯別に分割し、それぞれのエネルギーにおける CT 画像を得る。
X 線の物質による減弱はエネルギーにより異なるため、CT 画像から撮像のより詳しい減弱
分布を読み取ることが可能である。従来の白色 X 線 CT に比べて、エネルギー帯に含まれ
るフォトンのエネルギーとそのエネルギー帯の実効エネルギーが近いため、材料識別への
利用が期待されている。
本章ではフォトンカウンティング型 CdTe 検出器を用いて、エネルギー弁別のエネルギー
幅を変化させ線減弱係数の精度を測定した。
X 線 CT では、CT 値に物体を透過した X 線の減弱情報が含まれている。しかしながら
CT 画像では、CT 値と物体の線減弱係数は一致しない場合が多い。CT 画像により材料識別
を行う場合、CT 値が相当するエネルギーの線減弱係数と一致するか、何らかの補正を行う
ことで線減弱係数とエネルギーの比を取得できることが必要である。
白色 X 線とフォトンカウンティングによる CT 装置により CT 像を取得する場合、CT 値
に影響する要素には以下の3つが考えられる [1,2,3]; (1)アーチファクト、(2)エネルギーバ
ンド幅、(3)散乱線。これらのうち、 (1)アーチファクトはビームハードニング、ミスレジス
トレーション、ラインセンサや並列センサを用いた場合の検出器間の検出効率のばらつき
に拠るものがあげられるが、そのうちビームハードニングによるアーチファクトは形状が
変化する程度に CT 画像への影響が大きいため、次章で述べる。ミスレジストレーションは
対象物(医療分野においては患者)の動きによるものや、検出器の動きによる「ズレ」に
よるアーチファクトを示す。本研究において対象物は固定でき、CT 撮像系では検出器は固
定しているためここでは取り扱わない。ラインセンサ等の検出器では、検出器間の検出効
率のばらつきが存在する場合があるが、ここでは単検出器を用いる。(3)散乱線に関しては、
コリメータにより CdTe 検出器での検出で影響を無視できるとする [4]。
放射性同位体元素と CdTe 単検出器で測定を行い、CdTe 検出器での実験室レベルでの線
減弱係数の誤差を測定した。さらに 90kV マイクロフォーカス X 線管および CdTe 単検出
器を用いて、エネルギー弁別のエネルギー分割幅(エネルギーバンド幅)を変えた場合の
線減弱係数への影響を調べ、適切なエネルギーバンド幅の決定を行った。
33
3-2. 線減弱係数(μ)の測定方法
CdTe 検出器によるフォトンカウンティング X 線 CT で得られる CT 値と線減弱係数を比
較するに先立って、線減弱係数の測定を放射線エネルギーが既知である放射性同位体元素
(RI)と、単体の CdTe 検出器、マルチチャネルアナライザ(MCA)を用いて、CdTe 検
出器の線減弱係数の精度を確認する実験を行った。
X線がよくコリメートされ散乱線を無視できる場合、線減弱係数μ[cm-1]は次の式で与え
られる [5]
(3-1)
これより
(3-2)
ここで、x は遮蔽物の厚さ、I0 および I は遮蔽される前と後のフォトン数である。
遮蔽物の厚さを 1cm にすることで、線減弱係数が求められる。
(3-3)
この式を用いて、実験レベルでの線減弱係数を求めた。
34
3-3. CdTe 単検出器と放射性同位体による線減弱係数の測定
RI と検出器の間に遮蔽物をおいた場合と置かない場合で同時間ずつフォトン数を測定す
る方法で、線減弱係数の測定を行った(図 3-3-1)
。
図 3-3-1. CdTe 単検出器と放射性同位体による線減弱係数の概要
CdTe 検出器は、散乱線を防ぐため、鉛の箱に入れ、γ線を取り入れるφ2mm の穴を空け
た。それぞれの RI につき、炭素(C)
、マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、シリコ
ン(Si)それぞれのサンプルのμを測定した。厚さは C、Al は 1cm、Mg 9mm、Si 8mm
である。検出器におけるパイルアップを防ぐため、200 秒×5 回測定を行った(図 3-3-2)。
測定のバイアス電圧は 200V である。使用した RI とエネルギーピークを表 3-3-1 に示す。
図 3-3-2. 単検出器外観(左)と概要図(右)
表 3-3-1. CdTe 単検出器による線減弱係数測定に利用した RI とエネルギーピーク
RI
測定に使用した
エネルギーピーク[keV]
241Am
59.5
57Co
122.1
35
241Am
および 57Co の測定結果を図 3-3-3 に示す。
図 3-3-3.CdTe 単検出器による 241Am および 57Co のスペクトル測定結果
半値幅(FWHM)は 59.5 keV において 1.94 keV。
200 秒×5回の合計カウント数を I、同じ時間で遮蔽物を置かない場合の合計カウント数を
I0 として線減弱係数を算出し、理論値と比較した結果を表 3-3-2 に示す。
表 3-3-2. CdTe 単検出器による線減弱係数の測定
6C
59.5 keV
μ
13Al
14Si
理論値
0.3306
0.4654
0.7587
0.7573
実験値
0.2993
0.4630
0.7271
0.7113
0.0313
0.0240
0.0316
0.0460
理論値
0.2686
0.2721
0.4104
0.3751
実験値
0.2371
0.2943
0.3989
0.3857
0.0315
0.0222
0.0115
0.0106
Diff.(|μth-μex|)
122.1keV
12Mg
Diff.(|μth-μex|)
CdTe 単検出器による線減弱係数の測定誤差は、
Z≦14 の範囲で最大でシリコン(Si)
の 0.046
と 6%以下であることが示された。エネルギーの高い 122.1keV での精度はいずれのサンプ
ルにおいても低い 59.5keV よりも良い結果となった。
このエネルギー帯(約 50~130keV)においては、使用したサンプルのうちアルミニウム
(Al)の線減弱係数がもっとも理論値に近かったことから、次のエネルギー幅の検討にア
ルミニウムサンプルを使用することとした。
36
3-4. エネルギー幅
白色 X 線でエネルギー弁別を行うためには、得られる X 線スペクトルをエネルギー帯ご
とに積算したものを、それぞれのエネルギー帯の中央の値のエネルギー(mean energy と
する)におけるカウント数(Intensity, I)として取り扱う。
エネルギー帯の幅が狭いほうが、それぞれのフォトンエネルギーと mean energy との差
が小さいため精度が高くなると考えられるが、その一方でエネルギー帯の幅にカウントさ
れるフォトン数が少なくなることから、統計的に十分な数でなくなる(統計誤差が生ずる)
ことが考えられる。
ここでは、90kV X 線管の X 線スペクトルを CdTe 単検出器により測定し、エネルギー幅
を変化させ、アルミニウム板について線減弱係数の理論値との差を比較する。
図 3-4-1. 単検出器による X 線スペクトルの測定概要図
図 3-4-2. X-123 CdTe Spectrometer (Amptek)
CdTe 部分を鉛の筒とコリメータで保護した状態
図 3-4-1 に示す通り、90keV X 線を CdTe 単検出器である X-123CdTe Spectrometer
(Amptek)(図 3-4-2)で測定し、スペクトルデータを得る。30 keV~90 keV の間 1keV ご
とに線減弱係数の理論値 [6]を乗じてカウント数を求め、計算上の透過スペクトルを得た
(図 3-4-3)
。
37
図 3-4-3. アルミニウム減弱の X 線スペクトル
このデータを、45±2.5keV(5keV 幅)、45±5keV(10keV 幅)、45±10keV(20keV 幅)の各エ
ネルギー幅で、45,55,65,75,85keV についてカウント数を積算し、中央の値の線減弱係数と
して得られた値を、各値の線減弱係数の理論値とともにプロットしたのが図 3-4-4 である。
線減弱係数の理論値は XCOM で得られる質量減弱係数にアルミニウム密度 2.7g/cm3 を乗
じて得られた値である。
図 3-4-4.エネルギー幅と線減弱係数(Al)
また、得られた線減弱係数と理論値との差を図 3-4-5 に示す。
38
図 3-4-5. 線減弱係数(Al)の理論値との差
誤差は 5keV 幅ではいずれも 1%以下である。10keV 幅はタングステンピークのある 50keV
±5keV 帯ではほぼ 0%であるが、他は 2%以下である。20keV 幅は、6%程度の誤差を含む。
エネルギー幅が増えると、誤差が大きくなることが裏付けられた。ここでの誤差は、X 線の
フォトン数が高エネルギー側では少なくなり、ノイズ比が悪くなることに原因があると考
えられる。
次に実際の Al の減弱係数の測定を行った(図 3-4-6)。
図 3-4-6. 単検出器、X 線スペクトルによる Al の線減弱係数の測定概要図
アルミニウム板(10mm)を X 線源と検出器との間に置き、線減弱係数の測定を行った。
得られたスペクトルを 5, 10, 20keV 幅の分割しそれぞれ線減弱係数を求めた。結果を図
3-4-7 に示す。
39
図 3-4-7. エネルギー幅と線減弱係数(Al)の実測値による比較
それぞれのエネルギー幅における線減弱係数と理論値との差をプロットしたのが図 3-4-8
である。
図 3-4-8. 線減弱係数(Al)の誤差
エネルギー幅 5keV では、誤差は約 18%含まれる。エネルギー幅 10keV も、5keV 幅とほ
ぼ同様な結果を得た。20keV では最大約 14%であった。
理論値に対し、実測された線減弱係数はいずれも小さくなる結果を得た。線減弱係数が
理論値に対し小さいのは、透過されたフォトン数が理論値より多く、遮蔽され方が少ない
40
ということであり、これには散乱線の混入が考えられる。この実験では、20keV 幅の場合
が最も理論値に近い結果となった。
3-5. まとめ
本章では、本論文のX線検出に使用する CdTe 検出器を用い、エネルギー分解能、エネル
ギー弁別幅による実効エネルギーとの差について実測により、線減弱係数との差を調べた。
RI によるスペクトル測定では半値幅が 59.5 keV において 1.94 keV であった。
90kV 白色 X 線を用いて、エネルギー弁別のエネルギー幅を変えて線減弱係数を測定した
結果より、5keV 幅と 10keV 幅の場合の誤差はいずれも 2%以下であり大きな差は見られな
いが、20keV 幅ではほぼ 5%以上の誤差となった。他の誤差要因を省いた状態での結果を考
慮すると、エネルギー幅は 10keV 以下であることが適当であると考えられる。
本章の結果より、エネルギー幅は 10keV として、ビームハードニングによるアーチファ
クトの削減方法の検討を行った。
41
第3章 参考文献
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第 4 章 ビームハードニングによるアーチファクト
4-1. 前書き
CT 画像に現れるアーチファクトのうちビームハードニングによるアーチファクトは、ス
ペクトルを持つ X 線が物体を透過した場合に、低いエネルギーの X 線は高いエネルギーの
X 線に比べより強く減弱され、透過後の X 線のスペクトルでは高いエネルギーの X 線の割
合が高くなる現象である [1]。
ビームハードニングによるアーチファクトは、物体内側の CT 値が低くなり、CT 値をプ
ロットしたイメージプロファイルが「カップ」のように見えることから、Cupping effect
と呼ばれる。医療分野での頭部 CT 画像で骨が解け出して見えるような画質低下 [2]をもた
らす原因となるため多くの除去方法が検討されてきた。
前述の通り(序章)
、エネルギー弁別型検出器によりスペクトルをエネルギー帯に分割し
た X 線 CT では、低いエネルギー帯において、撮像対象物によっては X 線のフォトンが検
出器に十分到達せず、透過距離と減弱の線形性が失われ減弱が正しく測定できない場合が
ある。このとき各角度間の減弱情報に矛盾が生じ、アーチファクトが発生する。本論文で
はこのアーチファクトをビームハードニングによるアーチファクトと呼ぶ。
本章では、浜松ホトニクス株式会社と静岡大学電子工学研究所青木研究室の共同開発に
よるエネルギー弁別型フォトンカウンティング検出器(64-channel CdTe line detector) [3]
で金属サンプルの CT 画像を撮像し、CT 値(μCT)のプロファイルからビームハードニン
グによるアーチファクトを特定し、エネルギーごとのアーチファクトの変化を見ることで、
エネルギー弁別型の CT 撮像における、ビームハードニングによるアーチファクト補正の方
法について検討する。
43
4-2. ビームハードニング
白色 X 線とエネルギー弁別型フォトンカウンティング検出器を用いて金属の CT 画像を
撮像しエネルギー別 CT 画像を得た。
内側に穴のある銅の円柱(φ15mm)を、エネルギー弁別型フォトンカウンティング検出
器(64-channel CdTe line detector) [3]で表 4-1 に示す条件で撮像しエネルギー弁別によ
り 10keV ごとに FBP 法により再構成した CT 像のうち 50keV と 120keV を示す(図 4-2-1)
。
CT 像に示す実線部分における CT 像のイメージプロファイルを図 4-2-2 に示す [4]。
表 4-1 金属サンプルの CT 撮像条件
X 線装置
150kV Micro Focus X-ray Tube
L8121 (Hamamatsu)
撮像速度
2°/s
撮像角度
360°
検出器
エネルギーバンド
再構成方法
64-channel CdTe line detector
(Hamamatsu)
10keV 幅、40~130keV
FBP 法
120keV の CT 像は穴の部分は黒く、銅部分との境界が認められる。50keV の CT 像は、
銅の部分が外側から内側に向かい徐々に白さが少なくなり、穴との境もぼやけていること
がわかる。
図 4-2-2 のグラフでは、
120keV の CT 像では銅部分が矩形を描いているが 50keV
の CT 像では銅の最外円が最も高く、内側に向かうに従い急に CT 値が降下し、穴部分との
境もはっきりしない。
このサンプルは均一な銅でできた円柱であるため、その断面を表す CT 画像において金属
部分は一様な CT 値を示すはずである。しかし 50keV の CT 値では、金属部分の外側と内
側の値が異なり、画像では異なるコントラストとして観測される。これがビームハードニ
ングによるアーチファクトである。
50keV の CT 像のみにアーチファクトが発生した理由は、50keV における銅の線減弱係
数が 23.3[cm-1]であり、このサンプルにおいて銅を透過したフォトンが十分検出されず、減
弱と透過距離の線形性が失われたと考えられる。120 keV における線減弱係数は 2.85[cm-1]
であるので、1cm 厚の銅板では 10000 入射に対し約 578、5mm では約 2405 透過できるこ
とから、減弱と透過距離の線形性が保たれ、CT 画像として再構成できたと考えられる。
44
図 4-2-1. 銅のサンプルと CT 像
図 4-2-2. 銅の CT 像のイメージプロファイル
次に、内側に穴のあるモリブデン角(10mm×10mm、内径 5mm)を、同様にエネルギ
ー弁別型フォトンカウンティング検出器で撮像した CT 像(100keV)を示す(図 4-2-3)
。
100 keV
2.5mm 5.0mm 2.5mm
図 4-2-3. モリブデンサンプルの CT 像と形状
また、この中央部分のイメージプロファイルを図 4-2-4 に示す。楕円で囲んだ場所は、グラ
フが傾斜しているが、本来はモリブデンの位置に相当するため CT 値は一定であるはずであ
る。これは、100keV のエネルギー帯では X 線のフォトンがモリブデンによりほとんどが減
45
弱されてしまい検出器側で検出できず、その結果減弱と透過距離との線形性を失ったこと
が原因と考えられる。
図 4-2-4. モリブデンの CT プロファイル(100keV)
46
4-3. エネルギーとビームハードニングによるアーチファクト
CT 画像のイメージプロファイルを金属の種類ごとに比較するため、アルミニウム、鉄、
銅、モリブデン(10mm×10mm 角柱、内径φ=5mm)、ニッケル(外形φ=15mm、内径
=5mm)のそれぞれについて同じ条件において CT 撮像を行った。得られた CT プロファ
(a)
(No Unit)
イルから、前述のカーブの最大値と最小値の差をプロットしたものが図 4-3-1 である。
3
Al
Fe
Ni
Cu
Mo
2.5
Differential of µCT
2
1.5
1
0.5
0
-0.5
40
60
80
100
120
Energy (keV)
図 4-3-1. ビームハードニングによるアーチファクト
図 4-3-1 から、アルミ以外のμCT はエネルギー増大に伴い減少するが、アルミニウムは変化
が見られない。これは、40~120keV の範囲内においてこの大きさのアルミニウムのサンプ
ルではビームハードニングによるアーチファクトが起きないと考えられることを示す。こ
の理由は、本サンプルはアルミニウムでありこのエネルギーの範囲内の X 線はいずれも透
過できるからである。反対に鉄、銅のサンプルにおいては、μCT はエネルギーが増大する
に連れて減少し、80 から 90keV 以上ではほぼ一定である。このことより、80~90keV 以
下のエネルギー帯ではビームハードニングによるアーチファクトが発生するが、 80~
90keV 以上のエネルギー帯を利用すればこれら金属についてはビームハードニングによる
アーチファクトは発生しないことを示す。モリブデンも 80~90keV のエネルギー帯を超え
るとビームハードニングによるアーチファクトは減少する。これらの結果より、80~90keV
以上のエネルギー帯を用いることで金属についてのビームハードニングによるアーチファ
クトの出現は低く、鉄、銅では 0.5 以下、モリブデンでは 2 以下であることが示された。
47
4-4. イメージングエラー
CT 画像においてサンプル以外の領域のμCT の値は、透過されたものがないためμCT は 0
と考えられるが、実際にはアーチファクトが存在するためμCT=0 とならない。この値の積
算値をアルミニウム、鉄、銅、モリブデンの各エネルギーの CT 画像についてμCT を積算し
てプロットしたものが図 4-3-3 である。
サンプルの種類とエネルギー帯によってはアーチファクトが多く、サンプル位置を特定
するのが難しい CT 画像が含まれたため、CT 画像において、サンプル以外の領域を定義す
る方法を次の通りとした。図 4-3-2 において、赤で示したサンプルの外側を示す傾きに沿っ
た線分が CT 値=0 の軸と交わる地点を、サンプルの端とする。この両端より内側のピクセ
ル部分をサンプル部分とした。
図 4-3-2. CT 画像のサンプル部分の特定
48
(No Unit)
The Integral of µCT
(c)
50
Al
Fe
Cu
Mo
40
30
20
10
0
40
60
80
Energy (keV)
100
120
図 4-3-3. CT 画像内のイメージングエラー
金属以外の部分のμCT は理想的には 0 であるが、再構成と、ライン検出器の個々の検出素
子の検出効率のばらつきによるエラーが含まれるためにμCT が 0 にならなかったと考えら
れる。図 4-3-3 では、μCT はエネルギー増大に伴い減少する。モリブデンは原子番号が 42
と他のサンプル金属より大きいためμCT が大きいが、エネルギー増大で減少する傾向は同
じである。なお 120keV で再びμCT が増大するのは、フォトンのカウント数減少に伴うエ
ラーと考えられる。
49
4-5. まとめ
本章では、アルミニウム、鉄、ニッケル、銅、モリブデン(10mm×10mm 角柱、内径
φ=5mm)
、ニッケル(外形φ=15mm、内径=5mm)の各金属について、エネルギー弁別
型 X 線 CT を行って 40~130keV の各 10keV 幅の CT 画像を得、CT プロファイルにみら
れるアーチファクトの大きさを調べた。80~90keV 以上の高いエネルギーでは、10~15mm
の金属ではアーチファクトが少ないことが示された。
CT 画像の金属以外の部分のμCT の積算値(イメージングエラー)をエネルギーごとに調
べた結果では、アルミニウム以外の金属でいずれもエネルギーが増大するに従ってイメー
ジングエラーが低下することが示された。アルミニウムは原子番号が小さく、このエネル
ギー帯では十分透過できる。他の金属では高いエネルギーで CT 撮像を行うことでより正し
い CT 画像が得られることが示された。
医療や非破壊検査などの分野で利用されている X 線管とフォトンカウンティング型検出
器によるエネルギー別 CT 像のアーチファクトの比較から、高いエネルギーの方が高画質な
CT 画像を得られることがわかった。しかし、医療・非破壊検査などの分野で一般に使用さ
れている X 線管では、数十 keV にフォトン数のピークがあるため、高いコントラストが得
られることから、低エネルギーの CT 画像を利用することが多い。このことから、低エネル
ギーの X 線 CT 画像の高画質化を図ることが必要であることが改めて示された。
次章では、低エネルギーの X 線 CT 画像の高画質化を図るため、高エネルギーの CT 画像
を用いてビームハードニングによるアーチファクトを削減する補正方法を検討する。
50
第4章 引用文献
[1] R A Brooks and G Di Chiro, "Beam Hardening in X-ray Reconstructive Tomography,"
Phys.Med.Biol., vol. 21, no. 3, p. 390, 1976.
[2] 飯沼 武、舘野之男, X 線イメージング.: コロナ社, 2001.
[3] T. Tomita, Y. Shirayanagi, S. Matsui, T. Aoki, and Y. Hatanaka, "X-ray Color Scanner
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[4] Genki Matsumoto, Yukino Imura, Hisashi Morii, Aki Miyake, and Toru Aoki,
"Analysis of artifact with X-ray CT using energy band by photon counting CdTe
detector," Nulcear Instruments and Methods in Physics Research A, vol. 621, p. 292,
2010.
51
第 5 章 ビームハードニングによるアーチファクトの補正
5-1. 前書き
CT 画像の画質・精度は、医療分野においては診断を左右し、セキュリティ分野において
は危険物の判定を左右する重要な因子である。この CT 画像の画質・精度を悪化させている
アーチファクトのうち、ビームハードニングによるアーチファクトの補正については数多
くの報告がみられる [1]。医療分野においては、画像のモデル化によりアーチファクトの補
正を行う方法 [2]、検出データよりビームハードニングモデルを利用する方法 [3]、撮像デ
ータの補正を行う方法 [4]等が挙げられる。これらはスペクトルを持つ X 線から一つの CT
画像を得る従来の CT 撮像におけるアーチファクトの補正方法である。
これに対し、
エネルギー弁別型フォトンカウンティング検出器による X 線 CT 撮像では、
異なる複数のエネルギー帯の CT 画像が得られる。これらを比較すると、高いエネルギーの
CT 画像では低いエネルギーのものよりアーチファクトの発生が少ないことがわかってい
る [5]。しかし、X 線スペクトルは低いエネルギー帯にカウント数のピークを持つため、高
コントラストな画像を得るためには低いエネルギー帯を利用することが必要である。さら
に DXCT による材料識別 [6,7]を行う場合には、2つの異なるエネルギーにおける CT 画像
が必要であるが、物質の線減弱係数が物質により異なることを利用していることからこれ
ら2つのエネルギーは十分離れている必要がある。これらの理由から、低いエネルギーの
CT 画像の利用はエネルギースペクトル CT では避ける事ができないため、画質向上を図る
必要がある。この章では管電圧 150kV の X 線管と、エネルギー弁別型 CdTe 検出器から撮
像された CT 画像のうち、低いエネルギーの CT 画像のビームハードニングによるアーチフ
ァクトを補正する方法を検討した。
まずビームハードニングによるアーチファクトが、X 線のフォトンが十分検出器で検出で
きないことに起因することをシミュレーションによって確認した。次に、このフォトンが
検出器に到達していないことによるΣμx の変動幅をサイノグラム上に分配することで補
正を行う方法の検討を行った。この方法により CT 値が改善することが確認できた。しかし、
Σμx が変動したと考えられる角度をサイノグラム上で特定する必要があるためアルゴリ
ズム化が難しいことと、より複雑なサンプルでの適用に限界があることが予想された。
そこでより高いエネルギーの CT 画像を参照することで低いエネルギーにおける画像を
補正する方法を検討した。ビームハードニングによるアーチファクトが、フォトン数が十
分検出器で検出できないことに起因するものである、ということを、データ欠損の一種と
考えると、Few-View の画像再構成やデータ欠損がある撮像データの再構成法として有効性
が検証されていた逐次近似法を用いてアーチファクト補正ができるのではないか、と考え
た。この方法へ、高いエネルギーの CT 画像を参照するステップを加えた再構成法を開発し、
実測データを用いて CT 画像のアーチファクトが低減されることを確認した。
53
5-2. サイノグラムによるアーチファクト削減
CT 画像は、
被写体を回転させ X 線の投影データを角度ごとに収集しサイノグラムを得て、
これを再構成することで得られる。画像再構成法が元の投影を再現しているとすると、CT
像にビームハードニングによるアーチファクトが認められる場合、サイノグラムにもビー
ムハードニングによる投影データへの何らかの影響がみられるはずである。
サイノグラムは角度θごとの透過データμx を検出位置[ i = 0 , … , n ]に並べたデータで
n
ある(図 5.2.1)
。このデータを各角度それぞれに積算した値x は、同一の被写体を異な
i 0
る角度から撮像したのであるから全角度において同じ値になると考えられる。
n
 x
i 0
図 5-2-1. Σμx
しかしながら、実際にビームハードニングによるアーチファクトが認められる
CT データに
n

ついてこの計算を行うと、 
x(以下、Σμx)が一定にならない。図 5-2-2 に示すアル
i 0
ミニウムと銀のサンプルを 64ch CdTe ラインセンサによって CT 撮像した結果を図 5-2-3
に示す。
図 5-2-2. アーチファクトが発生したサンプルの概要図と CT 画像
54
n
 x
i 0
(a)40 keV サイノグラム 回転角
(b)Σμx
(c)40~50keV と 110~120keV のΣμx の比較
図 5-2-3. アルミニウムと銀のサンプル(図 5-2-2)のサイノグラムとΣμx
40~50keV サイノグラムのΣμx をプロットすると図 5-2-3(b)の通り、角度によって変動
する。(a)と(b)の対比から、Σμx の値が最小となる角度ではアルミニウムと銀が重なって
おり、最大となる角度では重なっていないことがわかる。これに対し 110~120keV のデー
タはほぼ変動しない。40~50keV と 110~120keV を比較したグラフが(c)である。
この例について、ビームハードニングによるアーチファクトが、フォトンが検出器に到
達していないことによるものであることを EGS シミュレーションによって確認した。
55
5-2-1.ビームハードニングによるアーチファクトのシミュレーション
EGS(Electron Gamma Shower) [8]は、任意の元素、化合物及び混合物中での電子・陽子
及び光子の輸送をシミュレーションすることができるコード体系である。EGS5を用い、X
線(150kV)で Al と Ag の円柱状サンプルの第一世代 CT のシミュレーションを行った。
表 5-2-1. EGS5 シミュレーション実行条件
OS/実行環境/コンパイラ
Windows7/cygwin/g77
初期入射光子数(NCASE)
100000
入射エネルギー
40~150keV、10keV ごと
Scattering
coherent+incoherent
図 5-2-4 に示す通り、X 線がアルミニウム(φ=20mm)と銀(φ=2mm)の円柱のサンプ
ルに平行に入射しラインセンサで検出される系を仮定し、空気による X 線の減弱および検
出器による検出率のばらつきは無いものと仮定して EGS5 によるシミュレーションを行っ
た。
検出器 1mm 幅×32
X線
360°回転
図 5-2-4. EGS シミュレーションの X 線 CT 概要図
EGS シミュレーションにより得られたサイノグラムと、その FBP 法による CT 画像を図
5-2-5 に示す。
56
図 5-2-5. シミュレーションにより得られたサイノグラムと FBP 法による CT 画像(120keV)
X 線の透過経路上で銀とアルミニウムが重なった部分では、検出されるフォトンが特に低エ
ネルギーで少なくなる。ビームハードニングによるアーチファクトは、銀による X 線の減
弱によって十分な量のフォトンが検出器まで到達せず、減弱が測定できないことに起因す
ることが確認できた。
5-2-2.サイノグラムによる補正
前節において X 線透過経路のアルミニウムと銀の重ならない角度におけるΣμx がアー
チファクトの影響を受けていないとすると、各角度においてΣμx との差を、サイノグラム
データ内で銀を透過したと考えられる部分に等分に加算する方法が考えられる。
この方法を用いてサイノグラムを校正し画像再構成を行った。データは表 5-2-2 に示す条
件で第一世代 CT 撮像を行なって取得した。
表 5-2-2. 第一世代 CT の撮像条件
検出器
サンプル
X 線 装置
回転角度
画像再構成
X-123CdTe(Amptek)
アルミニウム柱(φ=20mm), 銅柱(φ=3mm)
150kV MicroFocus X-ray Tube L8121 Hamamatsu
150kV、40μA
180°
FBP 法
57
図 5-2-6. アルミニウムと銅のサンプルのサイノグラム(上段)と CT 画像(下段)
図 5-2-7. アルミニウムと銅のサンプルのΣμx
図 5-2-7 にアルミニウムと銅のサンプルのサイノグラムから算出したΣμx を示す。40keV
のΣμxは 30 度から下降し始め 90 度付近で最小となる。80keV のΣμxは 0 から 180 度
の間ほぼ一定である。40keV の CT データのΣμx のグラフとサイノグラムから 0 度~30
度、150 度~180 度ではアルミニウムと銅がX線の透過経路に対し重なっていないとして、
58
このΣμx に対する各角度におけるΣμx との差分を算出し、サイノグラム上のアルミニウ
ムと銅の重なった部分に等分して加算した(図 5-2-8)。
図 5-2-8. Σμx によるサイノグラム補正方法
補正したサイノグラムより FBP 法を用いて再構成した CT 画像を図 5-2-9 に、そのイメー
ジプロファイルを図 5-2-11 に示す。
サイノグラム
CT 画像
補正なし
サイノグラム補正後
図 5-2-9 サイノグラム補正後の CT 画像(40keV)
59
図 5-2-10. 補正したサイノグラムによる CT 画像のイメージプロファイル
図 5-2-10 の補正したサイノグラムによる CT 画像のイメージプロファイルから、CT 値の特
に高い部分(ピクセル 37~43)において CT 値が補正なしの場合に比べより高い値になっ
ていることがわかる。ここはサンプルの中で特に減弱が大きい銅の部分である。銅の線減
弱係数は 40keV において約 43cm-1 であり更に高い値であるが、補正なしの CT に比べより
理論値に近くなっていると言える。一方、銅の部分の中央に当たるピクセル位置では、補
正後も CT 値が低くなる結果となった。これは、Σμx の落ち込み分を、銅とアルミニウム
が重なったピクセル数で当分割したため、X線透過経路の銅を透過する距離を反映できな
かったことによると考えられる。
この方法ではΣμx が角度によって異なる場合、ビームハードニングによるアーチファク
トの発生していない部分との差分を等分割してサイノグラムの補正を行うことで CT 値を
線減弱係数に近づけることができることが確認できた。しかしながら、サイノグラム上で
データを特定しながら補正を行うのは、画像再構成方法として汎用的でなく、アルゴリズ
ム化が難しいこと、また、より複雑なサンプルではΣμx のカーブがはっきりと出ないこと
が予想され、本方法の適応が難しいと考えられる。
スペクトル X 線 CT によるエネルギーごとの CT 画像のうち、高いエネルギーの CT 画像
では、低いエネルギーの CT 画像に比べビームハードニングによるアーチファクトの発生が
少ない。これは高いエネルギーの X 線はより物質を透過しやすい性質を持つからである。
次節では、高いエネルギーの CT 画像を参照して、低いエネルギーの CT 画像に発生したア
ーチファクトを削減する方法について述べる。
60
5-3. 高エネルギー側の CT 像を参照して低エネルギー側の CT 像を較正する方法
低エネルギーにおける CT 画像の画質向上のために、より高いエネルギーでの CT 画像を
参照しながら画像再構成を行う方法を開発した。
図 5-3-1(上段)は一様な物質の 50keV(左側)と 110keV(右側)による CT 画像であ
る。2図とも丸い円が物質部分を示す。高いエネルギーでは丸い円がほぼ一様な色に見え
るが、低いエネルギーでは、円内の外側と内側とで画像が異なり、内側にもう一つ円が認
められる。一様な物質の CT 画像なので CT 値は円内で均一でなければならないため、この
内側の円はアーチファクトである。低いエネルギーではアーチファクトが含まれ CT 画像の
精度が下がっていると言える。
図 5-3-1.チタン円柱の 50keV および 110keV の CT 画像(上段)とイメージプロファイル
(下段)
これはビームハードニングによるアーチファクトの一つで、内側がより低い CT 値であるこ
とからカッピングエフェクトと呼ばれる。高いエネルギーの CT 像では、フォトンが検出器
に到達しておりこの現象は出ていない。
このことから高いエネルギーの CT 像を参照しながら逐次的に画像再構成することでア
ーチファクトを補正する方法を開発した。
61
5-3-1. ART-FG-TV 法の開発
ベ ー ス と な る 画 像 再 構 成 法 と し て 逐 次 近 似 法 の Algebraic-Reconstruction
Technique(ART)-Total Variation(TV) [9,10]を採用した。この方法は、低ステップ型 CT
(Few-View)やデータ欠損等でデータが不十分な場合の画像再構成において有用性が検証
されている。
ビームハードニングによりフォトンが十分検出器に到達していないことによるデータの
不足分を補いながら再構成するこの課題に親和性が高いと考えた。
高いエネルギーの CT 画像を参照する部分を以下の通り作成した。高いエネルギーCT 画
像の任意のセル xij について、隣接する xi,j-1, xi+1,j, xi,j-1, xi-1,j それぞれとの CT 値の差を「勾
配」として保持する。今、較正しようとする低エネルギーCT 画像の任意のセル番号 xij に
ついて、隣接するセルとの差の和を計算し、先に保持した高いエネルギーCT 画像の xij に
おける勾配と比較し、この差の和が閾値以下で、かつ、勾配より高い場合、その勾配に補
正計数をかけたものを xij の CT 値へ加算することで補正を行う。勾配を平らにする、とい
う考え方から Flatten Gradient(FG)ステップと呼ぶ。
図 5-3-2.高いエネルギーを参照する方法の概要
図 5-3-2 により勾配の求め方を示す。参照する高いエネルギーの画像について任意のピクセ
ル xij に対し、隣接する4つのセルとの間の差分の絶対値を次の式により求める。
(5-3-1)
この値を画像と同じ大きさの配列に保持し、参照する勾配に補正係数をかけて値の修正に
利用する。式 5-3-1 式により得られる参照 CT 画像の勾配データを図 5-3-3 に示す。
62
図 5-3-3. 120keV CT 画像から作成した勾配データ
この FG ステップについて以下に示す。
図 5-3-4. FG ステップ
ここで、引数 f は画像行列 、hはより高いエネルギーの画像の勾配を表すベクトルで、高
いエネルギーCT 画像へラプラシアンフィルタを適用することにより算出、θ と α はそれぞ
れ閾値とプロシージャの強さを表す定数である。R はfのインデックス(X線の経路が横切
る部分)を示す(図 5-3-5)
。
図 5-3-5.X 線経路のピクセル
FG ステップでは、画像fはピクセルごとにX線経路 R にそってトレースされる。フォーカ
スされているピクセルは、参照画像内の同じ位置の勾配が閾値 θ より小さい場合、強さパ
ラメータ α と隣接するピクセルとの間の差sの積が加算される
63
以上により、ART-TV 法を拡張した ART-FG-TV 法を以下の通り定義する。
(1) ART reconstruction
f n 1  f n 
gi  H i f n
Hi
2
(5-3-2)
H i , i  1,..., P
(2) FG step
f n1,m1  f n1,m  FG( f n1,m , h, ,  , R), m  1,...., S
(5-3-3)
(3) Positive constraint
f
f n 1   n 1
 0
f n 1  0
(5-3-4)
f n 1  0
(4) TV minimization
f n 1,l 1  f
d
n 1,l
TV ( f n 1,l )
f n 1,l
, l  1,...., Q,
(5-3-5)
ここで、f は再構成画像、g は投影データ、P は投影回数、Q は繰り返し回数、H は投影行
列を表す。(5-3-5)式の TV は次の通り表すことができる。
(5-3-6)
また係数 d は、傾斜降下の強度を表す。
64
5-3-2. CT 撮像実験
ART-FG-TV 法によるアーチファクト補正を検証するため、以下の条件により第一世代
CT 撮像を行った。
CT 撮像条件
検出器
X-123 CdTe ( Amptek )
X 線管
Micro-focus X-ray tube(Hamamatsu), 150kV, 8 μA
コリメータ
投影角度
再構成方法
X 線管窓側と検出器側へ Pb 板、X 線管とサンプルの間へ
Al 板(30mm)
180°
ART-FG-TV 法
X 線管:150kV, 8μA
サンプル:チタン円柱(φ25mm)
コリメータ:X 線管窓側と検出器側へ Pb 板、X 線管とサンプルの間へ Al 板(30mm)
図 5-3-6. 第一世代 CT 概要
検出器のパイルアップを避けるため、アルミ板を X 線管とサンプルとの間に設置した。ス
テージを 1mm 動かすごとに 100 秒撮像を 32 回繰り返した。サンプルが円形であることか
ら、このデータを 72 回分重ねることで 5 度刻み 180 度の撮像データとした。同様にサンプ
ルを置かない基準データを撮像した。
65
5-3-3. CT 撮像データのアーチファクト削減の検証
得られた基準データと撮像データ及び校正データに基づき、50±5keV および 110±5keV
のエネルギー帯のカウント数を合計してそれぞれ 50keV および 110keV のサイノグラムデ
ータとした。画像再構成は次の手順により行った:50keV および 110keV のサイノグラム
データをそれぞれ Art-TV 法により再構成する。次に 110keV 画像について勾配データを作
成して一旦保存する。これをもとに Art-FG-TV 法を適用した。
図 5-37 に Ti 円柱の ART-TV 法と ART-FG-TV 法による再構成画像と、中央部の水平方向
のイメージプロファイル(CT 値)を示す。 ART-TV 法のパラメータα=0.05、Th=0.001
である。
図 5-3-7. Ti 円柱の ART-TV 法と ART-FG-TV 法による再構成画像(上段)と、イメージプ
ロファイル(下段)
イメージプロファイルより、ART-TV 法による CT 画像の中央部分では CT 値が 0.106 であ
るのに対し、ART-FG-TV 法による CT 画像ではそれが 0.098 となり、ART-TV 法でアーチ
ファクトとして観察される CT 値の凹みが約 8%改善されたことがわかる。
また、この CT 値の変化量は、第 3 章で述べた DXCT 法による実効原子番号 Z(2-5-6 式)
において 0.84 分の増加に相当し、より物質の原子番号へ近づいたことがわかった。
参照する CT 画像のエネルギー帯を変えた場合の Art-FG-TV 法の結果について、40keV
の CT 画像を利用して検証した。参照する高いエネルギー帯として、80,90,100,110,120keV
66
の CT 画像を使用した。ART-TV 法のパラメータα=0.05、Th=0.001 である。
結果の CT 画像を表 5-3-1 に示す。
表 5-3-1. 参照する画像のエネルギー帯とアーチファクト修正画像
40keV
参照する高いエネルギーの CT 画像
80keV
90keV
100keV
110keV
120keV
図 5-3-8. 参照する画像のエネルギー帯とアーチファクト修正
図 5-3-8 に各エネルギー帯参照による修正画像の水平方向へのイメージプロファイルを示
す。参照する CT 画像のエネルギーが異なっていても、勾配のデータが一致していれば、ア
ーチファクトの修正される程度に変化は見られなかった。
本方法では高いエネルギーの CT 画像の勾配データを使用するが、150kV 管電圧の X 線
を用いる場合、130keV 以上のエネルギー帯による CT 画像ではサンプル部分の CT 値が低
く、前章で述べたイメージングエラー(サンプル以外の部分のエラー)との区別がつきに
くくなる。このため、高いエネルギーの CT 画像について、CT 値の確認が必要であると考
えられる。
次に他の種類の金属における本方法の有効性を検証した。図 4-2-1 に示した穴のある銅の
円柱サンプルの、40keV CT 画像を本方法によりアーチファクト補正を行った。Art-FG-TV
法のパラメータはα=0.04、Th=0.001 である。結果の CT 画像とイメージプロファイルの
67
比較を図 5-3-8 に示す。
(a)Art-TV 法 40keV (b)Art-FG-TV 法 40keV
(c) 参照画像 120keV
(d) イメージプロファイルの比較
図 5-3-9. 銅円柱サンプルの Art-FG-TV 法によるアーチファクト補正
図 5-3-9 (b)の参照画像では、円状のサンプル内に円状の穴が見られるが、(b)のアーチフ
ァクト補正後の画像は円形が崩れ、同じ銅の部分に相当する外側の円内において、濃淡が
現れている。(d)のイメージプロファイルにも、Art-FG-TV 法のグラフは、銅の部分、穴の
部分ともに値の大小が現れている。しかしながら、Art-TV 法による画像のイメージプロフ
ァイルに比べ、銅の部分が矩形に近づいていることがわかった。また、CT 値は、Art-TV
法で胴の部分で最大約 0.5 であるが、Art-FG-TV 法では銅の部分のうち右側の平均で約 0.7
である。銅の線減弱係数は 43.4[cm-1]であり差が大きいが、より理論値へ近づいたと言える。
ビームハードニングによるアーチファクトはこのサンプルでは銅の部分の内側が外側に
比べ CT 値が小さく、穴との境界が不鮮明になることである [5]。これに対し、本方法によ
る補正で、穴との境界がより明瞭になったこと、銅の部分の CT 値が一定の値に近くなった
ことから、本方法によりビームハードニングによるアーチファクトの補正が行われたこと
が示された。
68
5-3-4. FG パラメータの CT 画像への影響
勾配パラメータである α について、その CT 値に与える影響を調べた。α を 0.01 から 0.05
まで 0.01 ずつ増やした結果を表 5-3-2 に示す。
表 5-3-2 αの CT 画像への影響
α
0.01
0.02
0.03
0.04
0.05
0.051
CT 画
像
α=0.01,0.03,0.05 の場合の CT 画像のイメージプロファイルを図 5-3-10 に示す。
図 5-3-10. α と CT 画像のイメージプロファイル
0.01 から増加するに従い CT 画像のアーチファクトが消えていき、0.05 のとき中央部分の
影が最も薄くなった。しかし 0.051 では画像が収束しなくなった。図 5-3-10 に示すイメー
ジプロファイルでも、0.01 から増えていくに従い Ti の部分の CT 値が一定に近づくことが
わかる。
一方、閾値θについて、0.0001、0.0005、0.002、0.003 の値を用いて再構成を行った結
果を表 5-3-3 に示す。また、イメージプロファイルを図 5-3-11 に示す。
69
表 5-3-3.θの CT 画像への影響
エラー! [ホーム]
0.0001
0.0005
0.02
0.03
タブを使用し
て、ここに表示
する文字列に 0
を適用してくだ
さい。θ
CT 画像
図 5-3-11. θと CT 画像のイメージプロファイル
θの値を 0.0001 から 0.002 まで変化させた場合 Ti 部分のアーチファクトについて明確な
変化は見られなかった。しかしながら、0.02 より大きくした場合イメージングエラーが増
大し収束しない可能性が残された。
これにより α の値が増大するに従い、アーチファクトも削減されるが、増大しすぎると収
束しなくなる。また、θの値が増大すると画像が収束しなくなる。このため、α およびθの
値の選択は CT 画像の画質決定に重要である。
70
5-4. まとめ
本章ではビームハードニングによるアーチファクトの補正を、まずサイノグラムのμx
の各角度における合計を高エネルギーCT と比較することで行った。この方法で CT 値が改
善することが確認できたが、サイノグラム上でビームハードニングによるアーチファクト
が発生した部分を特定する必要があり、複雑なサンプルでは応用できないことが予想され
た。またアルゴリズム化も難しいことから、CT 画像を高エネルギーと低エネルギーとで比
較することで補正する方法を検討した。
Few-View 撮像データや欠損データを含む撮像データからの画像再構成法として有効性
が検証されている ART-TV 法を拡張し、高エネルギーCT 画像の傾きを参照し、低エネルギ
ーCT 画像に修正を加えながら再構成を行う方法を開発した。この方法で X 線 CT 撮像デー
タを用いてビームハードニングのアーチファクトの補正ができることを検証した。さらに
閾値、
収束性に関する検討を行った。
補正された CT 画像の CT 値を用いて材料識別を行い、
実効原子番号の改善を確認した。
71
第 5 章 引用文献
[1] R A Brooks and G Di Chiro, "Beam Hardening in X-ray Reconstructive
Tomography," Phys.Med.Biol., vol. 21, no. 3, p. 390, 1976.
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[4] Oliver Watzke and Willi A. Kalender, "A pragmatic approach to metal artifact
reduction in CT: merging of metal artifact reduced images," Eur. Radiol., vol. 14, p.
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[5] Genki Matsumoto, Yukino Imura, Hisashi Morii, Aki Miyake, and Toru Aoki,
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292, 2010.
[6] Masami Torikoshi et al., "Electron density measurement with dual-energy x-ray CT
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[8] EGS 研究会ホームページ. [Online]. http://rcwww.kek.jp/egsconf/
[9] Emil Y. Sidky, Chien-Min Kao, and Xiaochuan Pan, "Accurate image reconstruction
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Polyenergetic X-ray Computed Tomography," vol. 21, no. 2, p. 89, FEBRUARY 2002.
72
第 6 章 結論
エネルギー情報を用いた X 線 CT 画像の高画質化の研究を行い、以下に述べる知見およ
び結論を得た。
(1) フォトンカウンティング型 CdTe 検出器を用い、エネルギー分解能、エネルギー弁別
幅による実効エネルギーとの差について実測により、線減弱係数との差を調べた。RI によ
るスペクトル測定では半値幅が 59.5 keV において 1.94 keV であった。
エネルギー弁別のエネルギー幅の線減弱係数への寄与は 90keVX 線管を用いた実験より、
5keV 幅と 10keV 幅の場合の誤差はいずれも 2%以下であり大きな差は見られないが、
20keV 幅ではほぼ 5%以上の誤差となった。エネルギー幅は 10keV 以下であることが適当
であると考えられる。
、
(2) アルミニウム、鉄、ニッケル、銅、モリブデン(10mm×10mm 角柱、内径φ=5mm)
ニッケル(外形φ=15mm、内径=5mm)の各金属のエネルギー弁別型 X 線 CT 撮像装置
による 40~130keV の各 10keV 幅の CT 画像から、CT プロファイルにみられるアーチフ
ァクトの大きさを調べ、80~90keV 以上の高いエネルギーでは、10~15mm の金属ではア
ーチファクトが少ないことが示された。また、イメージングエラーも高エネルギー帯での
CT 画像では少ないことが示された。
(3)ビームハードニングによるアーチファクトの補正を、サイノグラムのμxの各角度にお
ける合計を高エネルギーCT と比較することで行った。この方法で CT 値が改善することが
確認できたが、サイノグラム上でビームハードニングによるアーチファクトが発生した部
分を特定する必要があり、複雑なサンプルでは応用できないことが予想され、またアルゴ
リズム化も難しいことから、CT 画像を高エネルギーと低エネルギーとで比較することで補
正する方法を検討した。その結果、減弱と透過距離の線形性が失われることをデータの欠
損と捉えると、欠損データを補う画像再構成法を拡張し、高エネルギーCT 画像の傾きを参
照し、低エネルギーCT 画像に修正を加える方法を開発した。X 線 CT 撮像データを用いて
ビームハードニングのアーチファクトの補正を行い、CT 画像および CT 値においてアーチ
ファクトの削減を確認した。また閾値、収束性に関する検討を行った。補正された CT 画像
の CT 値を用いて材料識別を行い、実効原子番号の改善を確認した。
この方法は、白色 X 線を利用する場合起きると考えられる低エネルギー側のビームハー
ドニングによるアーチファクトを、高エネルギー側の CT 画像を参照しながら修正している。
今回は管電圧 150kV の X 線で行ったために 150keV 以下の議論であるが、他のエネルギー
帯での白色 X 線においても同様なビームハードニングアーチファクトの補正に利用できる
と考えられる。また本研究においては CT 値のピクセル間の勾配を、ピクセルの隣接する全
方位ピクセルに対する勾配の和として求めているが、勾配を X 軸方向、Y 軸方向別に、あ
るいはより多くの隣接するピクセル間において保持することでより高いエネルギーCT 画
像に近くアーチファクトの補正が可能であると考えられる。補正の閾値や補正強度のパラ
73
メータは、CT 画像の CT 値に影響を受けており、画像の収束性とも関連があり慎重に設定
する必要があると考えられる。
この方法は同時に取得される異なるエネルギー帯の CT 画像を利用することから、白色 X
線とエネルギー帯によるマルチエネルギーCT の利点を生かした方法であり、今後マルチス
ペクトル CT による材料識別につながると考えられる。
この研究では、シミュレーションと実測によりビームハードニングによるアーチファク
トの削減を検討し提案したが、X 線 CT 撮像や線減弱係数の測定はカドミウムテルライド
(CdTe)検出器の高分解能とフォトンカウンティング技術により実現したものである。今後
CdTe 検出器の X 線 CT 装置への展開が実現された場合、本研究によるアーチファクト補正
方法の実用化が期待できる。課題として逐次近似型画像再構成法のために計算時間が長い
ことがあげられるが、並列化やモデル化を用いることで短縮が図られるものと期待できる。
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謝辞
本研究を進めるにあたって多くの先生方、研究室の方々のご指導やご協力を賜りました。
また学会等におきましても、多くの先生方、先輩方にご議論・御助言を頂きました。
本研究を進めるにあたり、御指導、御鞭撻下さいました静岡大学電子工学研究所准教授
青木徹先生に心から感謝申し上げます。
また、ご多忙にもかかわらず本論文の草稿を査読いただき、貴重なご意見・ご指導を賜
りました静岡大学電子工学研究所所長
究所教授
准教授
三村秀典先生、同研究所教授
橋口原先生、同研
早川泰弘先生に謹んで感謝の意を表します。さらに、静岡大学電子工学研究所
根尾陽一郎先生、特任助教
伊藤哲先生、助教
柳田拓人先生には、研究室内の
ゼミ等におきましてご指導と有益なご意見を頂きました。心から感謝申し上げます。柳田
先生には、画像再構成方法の検討においてご指導、ご助言を頂いたばかりでなく、プログ
ラミング、英語論文作成においてもご指導を賜りましたこと、重ねて感謝申し上げます。
本研究を進めるにあたり、橋本歩氏、松本元気氏には X 線 CT 画像についての有益な討
論を頂きましたことに感謝いたします。
元静岡大学電子工学研究所 学術研究員 森井久史氏(現 株式会社 ANSeeN)には X 線
CT 撮像など実験を行うにあたり多大な支援を頂きました。厚く御礼申し上げます。
同研究所ビジョンインテグレーション分野、三村・青木・橋口研究室の皆様には、様々
なご協力や励ましを賜りましたこと、厚く御礼申し上げます。
最後に、博士課程での研究生活を支援してくれた家族に感謝の意を表します。
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