第 1 章 無電解めっきの基礎 第 1 章 無電解めっきの基礎 無電解めっき(Electroless plating、Electroless deposition)は広い意味では 外部電源を用いずに、各種素材(金属、セラミック、プラスチックなど)上に 金属めっき皮膜を成膜する技術と定義される。大別すると、 (1)素地金属の溶解に伴って遊離する電子によって溶液中の金属イオンが還 元 さ れ て 電 極 上 に 析 出 す る 置 換 型 無 電 解 め っ き(Displacement deposition) (2)不均化反応に基づく金属析出(Disproportion deposition) (3)溶液中に含まれる還元剤が電極上で酸化される際に遊離する電子によっ て溶液中の金属イオンが金属皮膜として析出する自己触媒型無電解めっき (Autocatalytic deposition) がある。 置換型無電解めっきでは、素地金属が溶液中から析出した金属によって表面 が被覆されると反応が停止することから、膜厚が制限される。不均化反応に基 づく金属析出に関しては、以下に示した反応に従って、強アルカリ性溶液中で 2− 2− [Sn(OH)4] イオンが [Sn (OH)6] イオンに酸化される際に生ずる電子により 2− (式(1.1 ))、 [Sn (OH)4] イオンが還元され金属 Sn が析出する(式(1.2 ))。し かし、この方法は対象金属が限定され、作業条件も強アルカリ性下に限定され ることから、その実用例は極めて少ない。 2- − 2− − [Sn (OH) → [Sn (OH) 4] +2OH 6] +2e 2− - - [Sn (OH) 4] +2e → Sn+4OH (1.1) (1.2) 一方、自己触媒型無電解めっきでは、析出した金属が還元剤の酸化反応に対 して触媒活性があれば金属析出反応は継続し、めっき時間に応じて任意厚さの めっき皮膜を得ることができる。無電解めっきと言えば自己触媒型無電解めっ きを意味することが多いが、貴金属の無電解めっきでは素地金属との間で置換 反応が起こりやすく、これを工業的に利用している例も多い。 一般に、自己触媒型無電解めっきは、析出しためっき皮膜の膜厚や皮膜特性 の点で、置換型無電解めっきより優れている場合が多い。自己触媒型無電解め っきで得られる金属には Cu、Ni、Co、Au、Ag、Pd、Rh、Pt、In、Sn などが 知られおり、これらの金属と共析する元素としては P、B、S、V、Cr、Mn、 2 Fe、Zn、Mo、Cd、W、Re、Tl などがあり、単体の金属および合金を合わせる と自己触媒型無電解めっきにより得られるめっき皮膜の種類は多い。 無電解めっきはプラスチックやセラミックなどの不導体にも触媒核(一般に はパラジウムコロイド)を付与することによって皮膜形成が可能であり、複雑 な形状の部品に対しても均質なめっきができるので広い分野で応用されている。 プラスチック(樹脂)上へのめっき技術は、1960 年代のマーボンケミカル社に より樹脂表面のメタライズを目的とした ABS(アクリロニトリル・ブタジエ ン・スチレン)樹脂の開発を契機に、自動車および家電部品の製造に多用され るようになった。 ABS 樹脂成形品のめっき工程の代表例を図 1.1 に示す1),2)。一般的な工程は、 クロム酸 / 硫酸水溶液によるブタジエン部の酸化・溶解(エッチング)に伴う 樹脂表面への微細な凹部の形成、②無電解めっきを発現させるパラジウム/スズ コロイド粒子の吸着(触媒付与) ・スズの除去(アクセレータ)、③パラジウム を触媒とする無電解めっきによる樹脂表面の導電化および電気めっき法による 目的とする金属皮膜の形成、のプロセスから成る。 このようなプラスチック成形品のメタライズは、金属部品の代替として軽量 化やコストダウンを目的として行われてきた。一方、ABS 樹脂のメタライズと 同時期に、テレビ、パソコン、携帯電話、OA 機器、自動車各種制御部品など にプリント配線板の使用が拡大し、エポキシ樹脂基板のスルーホール部の導電 化および銅回路形成が、上記と同様のプロセスで行われるようになった。 最近では耐熱性、耐薬品性、および優れた機械的・電気的性質を有する各種 エンジニアリングプラスチック(5 大エンプラ:ポリアミド(PA)、ポリアセ タール(POM) 、ポリカーボネート(PC) 、変性ポリフェニレンエーテル (PPE) 、ポリブチレンテレフタレート(PBT) ) 、 (スーパーエンプラ:ポリフェ ニレンサルファイド(PPS) 、ポリエーテルサルフォン(PES)、ポリエーテル イミド(PEI) 、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリエーテルエーテル ケトン(PEEK) 、ポリイミド(PI) 、液晶ポリマー(LCP)など)が開発され、 プラスチックめっきの対象が高付加価値の各種機能特性を有する材料分野に展 開されてきた。 3 第 1 章 無電解めっきの基礎 ABS 成形品 ブタジエンを酸化・溶解 させ、表面に微細な凹痕 を形成 クロム酸エッチング 成形品の表面に、 Sn2+/Pd2+を吸着 触媒付与 Sn の除去 アクセレータ Pd を触媒として無電解 めっきが析出し、表面を 導体化 無電解めっき Cu-Ni-Cr 電気めっき 図 1.1 ABS 樹脂上へのめっき工程 4 1.1 無電解めっきの分類 このような、エンジニアリングプラスチックのメタライズにおいて、めっき 皮膜の密着性を確保するためには、ABS 樹脂と同様に樹脂表面に微細な凹部を 形成する必要がある。しかし、エンジニアリングプラスチックは単一物質であ り、ABS 樹脂のブタジエン部のような耐酸化性の乏しい部位が存在しないこと から、個々の素材の化学的性質を考慮したエッチング条件の選択が必要になる。 1.1 無電解めっきの分類 1.1.1 置換型無電解めっき 図 1.2 に代表的な置換型無電解めっきのいくつかの例を示す。貴な電極電位 を持つ(イオン化傾向の小さい)金属イオンを含むめっき液に、卑な電極電位 を持つ(イオン化傾向の大きい)金属を浸漬すると素地金属が溶解し、その際 に放出される電子によって溶液中の金属イオンが還元されてめっき皮膜として 析出する。置換型無電解めっきでは2つの酸化還元系の電位差が反応の駆動力 となる。 図 1.2(a)に示す置換型無電解金めっきの場合、素材の卑な金属である銅 (E0(Cu =0.34 V vs. NHE)が溶解し、そのときに放出される電子によって /Cu) 2+ 溶液中の Au+イオン(E0(Au Au3+/Au 1.5 V 0 (Au /Au)=1.50 V Au3++ 3e‒→Au 3+ 2 Cu2+/Cu 0.34 V H+/H2 0.00 V Sn /Sn Ni2+/Ni Cu+/Cu Fe2+/Fe 0.14 V 0.24 V 0.43 V 0.44 V 2+ =1.68 V vs. NHE)が還元されて金皮膜が析出 /Au) + e- Cu Au3+ Au Cu2+ (a) 置換金 =0.34 V Cu→Cu +2e‒ 0 (Cu2+/Cu) 2+ 0 (Cu /Cu)=0.34 V Cu2++ 2e‒→Cu2+ 0 (Sn /Sn)= ‒0.14 V Sn2++ 2e‒→Sn 2+ 2 e- Cu2+ Cu Fe 2+ Fe2+ (b) 置換銅 =−0.44 V Fe→Fe +2e‒ 0 (Fe2+/Fe) 2+ eCu Sn2+ Sn Cu+ (c) 置換スズ =−0.43 V ‒ Cu+2CN →Cu (CN) +e‒ 2 0 ‒ (Cu (CN) 2 /Cu) ‒ 図 1.2 置換型無電解めっきの反応 5 第 1 章 無電解めっきの基礎 する(E0:標準電極電位、NHE:標準水素電極) 。置換型無電解銅めっきでは 図 1.2(b) に 示 す よ う に 卑 な 金 属 で あ る 鉄 素 地(E0(Fe 2+ =-0.44 V vs. /Fe) NHE)が溶解し、そのときに放出される電子によって溶液中の Cu2+ イオンが 還元される。 このように銅の酸化還元系は Cu2+/Cu であるが、組み合わせる酸化還元反応 によって Cu が還元剤になったり、Cu2+イオンが酸化剤になったりする。この ような混乱を避けるためには、2 つの酸化還元反応(半反応)を以下に示すよ うに、いずれも還元反応(電子は左辺)として表記する。E0 が貴な半反応 (式(1.3)) は 右 向 き に 進 行 す る(還 元 反 応) 。 一 方、E0 が 卑 な 半 反 応 (式(1.4))は左向きに進行する(酸化反応) 。このような対応により、混乱を 避けることができる。 Au++e-→ Au (E0 = 1.68 V) Cu2++2e-→ Cu (E0 = 0.337 V) (1.3) (1.4) 0 (Cu2+/Cu) 特殊な例として、図 1.2(c)に示す置換型無電解スズめっきでは E 0.337 V vs. NHE の 酸 化 還 元 系 で は Cu に よ っ て Sn 2+ イ オ ン(E = 0 (Sn2+/Sn) = -0.138 V vs. NHE)を還元することはできないので、銅の酸化還元系が (E0([Cu(CN)2]-/Cu) =-0.43 V vs. NHE)となるようにめっき液中にシアン化物イ オンやチオ尿素を添加しためっき液が使用される。 置換型無電解めっきでは E0 の卑な素地金属が溶液中へ溶け出し、この際に 放出される電子が還元剤となり、溶液中の E0 の貴な金属イオンが素地上へ還 元析出するため、膜厚はサブミクロン程度であり、一般に密着性が悪く、多孔 質となる。置換型無電解めっきの実用化に際しては浴組成の調製により上記の 点をいかにして克服するかがキーポイントである。 1.1.2 自己触媒型無電解めっき 自己触媒型無電解めっきでは、溶液中の金属イオンが還元剤の酸化反応で放 出される電子によって還元され、金属膜が析出する。図 1.3 にクエン酸イオン を含む場合と含まないときのニッケルイオンとホスフィン酸イオンの電位-pH 図を示す 3),4)。この場合、無電解めっきは斜線をつけた領域で起こり、金属イ 6
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