赤芽球を起源とする新規の血管新生制御機構

 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)
83. 赤芽球を起源とする新規の血管新生制御機構
飯田 敦夫
Key words:血管新生,赤芽球,細胞接着,VEGF, ゼブラフィッシュ
京都大学 再生医科学研究所
再生統御学部門 再生増殖制御学分野
緒 言
発生で最初の血管内皮細胞は血球系細胞と共通の中胚葉系細胞を起源として発生する.これらの細胞は場所的に共
存しつつ,血管と血球という形状も機能も異なる細胞へと分化する.これは,既に完成している血管系へと血球が供給
される成体での造血機構とは異なり,血管と血球が並行して生成される発生初期に独特な現象である.私は,発生初期
の血管形成において赤芽球の果たす役割に着目した研究を行っている.
発生初期の血管および血球を観察するモデルとして,体外で胚発生が進行するゼブラフィッシュを材料として研究を
行った.ゼブラフィッシュ胚発生における最初の血管は体幹部で形成される背側大動脈(dorsal aorta: DA)と後主静
脈(posterior cardinal vein: PCV)である 1).血管外で発生・分化した赤芽球は,循環を開始するためにこれらの血管
へと侵入するが,侵入後しばらくは細胞接着により血管内壁につなぎ止められた状態である.赤芽球上の膜型プロテア
ーゼ ADAM8 がこの接着を解除することで,赤芽球は循環を開始する 2).それに前後して DA から背側への体節間血
管(inter-segmental vessel: ISV)の伸長が始まる.ADAM8 の機能抑制胚においては,細胞接着の維持による血液循
環開始の抑制と同時に ISV の伸長も抑制されることから,赤芽球と血管内壁の接着がその後の血管形成に関与する可
能性がある.本研究ではこの赤芽球-血管内皮細胞間に存在する血管形成制御機構を明らかにすることを目標とした.
方 法
1.ライブイメージングによる解析
血管内皮細胞と赤芽球が異なる色の蛍光タンパク質で標識されたトランスジェニックゼブラフィッシュ(fli1:GFP/
gata1:RFP 系統)胚を用い,初期血管形成における各々の細胞の動態と相互作用を観察した.撮影には共焦点レーザー
顕微鏡を用い,30-60 秒間隔のタイムラプス撮影を行なった.赤芽球と血管内皮細胞の接着が血管新生に与える影響を
評価するため,モルフォリノアンチセンスオリゴにより ADAM8 の発現を抑制した胚と,野生型の胚で表現型の違い
を検証した.
2.whole-mount in situ hybridization による解析
赤芽球の接着により ISV 細胞にどのような変化が生じるかを,血管マーカー遺伝子の mRNA の発現量および分布を
観察することで検証した.血管マーカーには Notch リガンドのひとつで血管新生の際の先端細胞のマーカーとなる
dll4 および,Notch 下流で発現制御を受ける転写因子 hey2 などを用いた.VEGF シグナルがこれらのマーカーに与え
る影響を評価するために,vegfaa 遺伝子のノックダウン,VEGFR2 阻害剤である SU5416 処理による抑制実験,およ
び gata1 プロモーターによる赤芽球特異的な VEGF シグナルの過剰供給実験を行った.
結果および考察
1.赤芽球-血管内皮細胞の接着による血管新生の阻害
タイムラプス撮影により DA を起点として ISV が背側へと伸長する様子を観察した.観察した受精後 22 時間から
24 時間において,DA 内腔の赤芽球は血管内皮細胞表面と部分的に接着しながら移動しており,今回のタイムラプス
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撮影では画面上に軌跡のみが捉えられていた(図 1).一方,ADAM8 の発現阻害処理を行った胚においては赤芽球と
血管内皮内皮細胞の接着が増強され,同じ細胞同士が継続して接着していた.その結果,野生型では背側に移動を開始
する ISV の細胞体(図 1:白矢頭)が,ADAM8 発現阻害胚では分岐・伸長できずに DA 上に留まっていた.
以上の結果から,血管内腔における赤芽球と内皮細胞の接着の継続には新たな血管新生を抑制する働きがあることが
示唆された.すなわち,赤芽球が適切なタイミングで接着を解除することは自身の循環を開始するのみでなく,新たな
血管網形成を促す役割を担っている可能性がある.
図 1. ISV 伸長時における赤芽球と血管内皮細胞のタイムラプス観察.
受精後 22-24 時間における体幹部の血管内皮細胞と赤芽球のタイムラプス観察.ADAM8 発現抑制胚では赤芽
球と血管内腔の接着が継続し,ISV の伸長が抑制される.hpf=hours post fertilization.スケールバー:10μm.
2.赤芽球と血管内皮細胞の相互作用を担う分子メカニズム
whole-mount in situ hybridization により,ADAM8 発現抑制下で伸長阻害を受けている ISV 細胞では Notch リガン
ド dll4 の発現が上昇していることを明らかにした(図 2: dll4 黒矢頭).Notch 下流で血管形成に関与する転写因子
hey2 の発現も同様に上昇することから(図 2:hey2 黒矢頭),赤芽球の接着は血管内皮細胞での Notch シグナルの活
性化に関わっていることが示唆された.
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図 2. ADAM8 発現抑制下における血管マーカー遺伝子の発現上昇.
ADAM8 発現抑制下においては dll4 および hey2 共に発現上昇が見られる.右下の数字の分母は観察個体総数,
分子はマーカー遺伝子の発現上昇が観察された個体数を示す.スケールバー:50μm.
dll4 は VEGF シグナルにより発現が誘導されることが知られているため 3),VEGF シグナルを抑制処理したゼブラフ
ィッシュ胚での dll4 の発現を調査した.vegfaa の発現抑制処理は,野生型および ADAM8 発現抑制の両方で dll4 の発
現を減少させた.一方,VEGFR2 の阻害剤である SU5416 処理では,野生型の dll4 の発現は減少させたものの,ADAM8
発現阻害下での dll4 発現に変化は生じなかった.以上のことから,赤芽球の接着を介した血管内皮細胞での dll4 の発
現上昇を担う VEGF シグナルに関して,用いられるリガンドは VEGFA であるが,シグナルを受容するレセプターは
VEGFR2 以外であることが示唆された.
ゼブラフィッシュでは従来,vegfaa は DA より背側の体節領域で発現して ISV の伸長を正に制御することが知られ
ている 1).我々は新たに,より初期の赤芽球前駆細胞において vegfaa の発現を見いだした.また,gata1 プロモーター
による赤芽球からの vegfaa の過剰供給は ISV での dll4 の発現を誘導した.
以上の結果から,赤芽球が新規の VEGF の供給元になり得ることと,血管内腔から細胞接着を介して ISV の伸長を
負に制御していることが示唆された(図 3).
図 3. 2経路の VEGF シグナルによる血管新生制御モデル.
背側大動脈からの体節間血管の分岐・伸長について,これまでに考えられていた背側からの正の VEGF シグナ
ル制御の他に,血管内壁と赤芽球の接着を介した負の VEGF シグナル制御の存在を提唱する.
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文 献
1) Herbert, S. P., Huisken, J., Kim, T. N., Feldman, M. E., Houseman, B. T., Wang, R. A., Shokat, K. M. &
Stainier, D. Y. : Arterial-venous segregation by selective cell sprouting: an alternative mode of blood vessel
formation. Science, 326 : 294-298, 2009.
2) Iida, A., Sakaguchi, K., Sato, K., Sakurai, H., Nishimura, D., Iwaki, A., Takeuchi, M., Kobayashi, M., Misaki,
K., Yonemura, S., Kawahara, A. & Sehara-Fujisawa, A. : Metalloprotease-dependent onset of blood
circulation in zebrafish. Curr. Biol., 20 : 1110-1116, 2010.
3) Lobov, I. B., Renard, R. A., Papadopoulos, N., Gale, N. W., Thurston, G., Yancopoulos, G. D. & Wiegand, S. J. :
Delta-like ligand 4 (Dll4) is induced by VEGF as a negative regulator of angiogenic sprouting. Proc. Natl.
Acad. Sci. U.S.A., 104 : 3219-3224, 2007.
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