有機酸化還元 【定義】 @酸化: ①炭素よりも右側の(=炭素よりも電気陰性度の大きい)典型元素が入る or ②炭素よりも左側の(=炭素よりも電気陰性度の小さい)典型元素が出る @還元: ③炭素よりも右側の(=炭素よりも電気陰性度の大きい)典型元素が出る or ④炭素よりも左側の(=炭素よりも電気陰性度の小さい)典型元素が入る 次の例示において、酸化数を「プラス」の数値で、還元数を「マイナス」の数値で表すことにする。 例 1) CH2=CH2 + H2 → CH3-CH3 [H が2個入っているので、−2] 例 2) CH2=CH2 + H2O → CH3-CH2OH [±0: H が2個入り−2、ところが O も1個入っているので+2 (酸素は2価なので1個で酸化数2)。したがって差し引きゼロ。] 例 3) CH2=CH2 + HCl → CH3-CH2Cl [±0:H が1原子増え、Cl が1原子増えた] 例 4) CH3CH2OH + PyH+・Cl-CrⅥ(=O)2-O−→ CH3CHO + PyH+・Cl− + HO-CrⅣ(=O)-OH PCC (+2) (Cr が−2) 例 5) 向山 redox 反応 R-COOH + CCl4 + Ph3P → R-CO-Cl + CHCl3 + Ph3P=O ①R-COOH→R-CO-Cl [±0:O が一つ減り(−2),H が一つ減り(+1),Cl が一つ増える(+1)ので合計 でゼロ] ②CCl4 → CHCl3 [−2:Cl が一つ減り(−1),H が一つ増える(−1)ので合計で−2] ③Ph3P → Ph3P=O [+2:O が一つ増えている(したがって P は3価から5価になっている)] 1つの反応式に注目したとき「Aが酸化されればBは還元されている」というように、必ず式全体の合計は±0 【CrⅥ→CrⅣ】な になる。たとえば例 4)であると、 【CH3CH2OH→CH3CHO】の変化は−2H なので+2、一方、 ので−2であり、式全体の合計はゼロである。例 5)は向山レドックス(redox:reduction & oxidation,酸化還 元)法とよばれる著名な酸クロリドの合成法であり、同様に式全体の合計はゼロである。なお、Ph はフェニル 基(C6H5-)の略で、Ph3P はトリフェニルフォスフィン。 一時期、発がん性の強いダイオキシン(下式は最も毒性が強い異性体)がゴミ燃焼炉の中でできてしまうこと が話題になった。ゴミ焼却は「火を点ければ燃える」というものではなく、重油の燃焼によって燃やすので、原 油を輸入に頼っている我が国にとっては重要課題の一つ。したがって以前は、日本の燃焼炉設計が 800℃前後で あったため、850℃以上でなければ分解しないダイオキシンが残ってしまう恐れがあり、実際、各所で検出され た(現在は、プラスチックスを完全燃焼させる目的もあり、改善されている)。日本ほどには原油供給に困って いない欧米先進諸国はもともと高温燃焼だったので、ダイオキシン問題にはあまり神経質でなかった。 Cl O Cl Cl O Cl なぜダイオキシンが酸化されにくいのか? 分子構造を見れば、すでに有機酸化されていることが分かる。した がって、酸素分子をぶつけてもなかなか酸化されない。 生体内の解毒作用の最後の砦はシトクロム P450(cytochrome P450, 鉄錯体を含むタンパク:肝臓に多く含ま れる)とよばれるモノオキシゲナーゼ(monooxygenase)であり、有機物を抱え込んで酸化し、水溶性物質に変 換して代謝を加速する。しかし、既に高酸化状態にあるダイオキシンをさらに酸化して代謝することはできない ので、抱え込んだまま、いつか機能不全になる。つまり肝臓の解毒作用が働かなくなる。なお、P450 の P は pigment (色素)、450 は活性中心のヘム鉄が鉄(Ⅱ)状態のときに第六座に CO を配位したとき 450nm に Soret 帯吸収が あることから命名された。シトクロムは一般にヘム鉄を活性中心に有する一連の電子伝達タンパクであり、基質 に直接作用しないので酵素ではない。一方、P450 は酵素活性を持つモノオキシゲナーゼの一種なので、 「シトク ロム」に分類するのは正しくない。最初の命名者に敬意を表してシトクロム P450 と言っているに過ぎない。 Home Work ②に記載したように、アルコールの酸化により得られるカルボニル化合物(アルデヒド,ケトン, カルボン酸)は、非常に反応性が高い。>C=O の酸素が、σ,πの両結合を通してカルボニル炭素から電子雲を 奪うため >C= は強くδ+になっており、nucleophile(Lewis 塩基)の攻撃を受けやすいので、反応中間体とし ての価値が高い。以下に、アルコールの酸化によりカルボニル化合物へ変換する反応をいくつか例示しておく。 PCC によるアルコールの酸化 O PCC: hydrogen pyridinium chlorochromate ・ Cl−Cr(Ⅵ)−O− N+ PyH+と略される O H 【1】非酸性雰囲気下(要するに、非プロトン性有機溶媒中)で行われた場合[この反応が本論] R-CH2OH R-CH-R’ OH 三級アルコール R-CHO (アルデヒド) R-C-R (ケトン) O 反応せず RCH2OH(一級アルコール)についての反応式 ⇔ 重要なので、必ず書けるように自学習すること。 H RCH2OH+PCC O RCH2-O+−Cr O (Ⅵ) RCH2-O−Cr(Ⅵ)−OH − −O O RCH=O + HO−Cr(Ⅳ)−OH O + PyH+・Cl − O この段階までクロムは6価 アルデヒド クロムは4価 【2】酸性雰囲気下(水中)で行われた場合[この反応は PCC 以外でも可能で、PCC を利用する意味がない] RCH=O が生成するところまでは、 【1】と同様に進行する。しかし酸性雰囲気であると、RCH=O に水が付 加してアセタールをよばれる形になり、このアセタールからさらに酸化が進んで RCOOH に至る。 H RCH=O + H+ OH RCH−OH+PCC H R−C=O+−H OH H R−C+−OH O RCH-O+−Cr(Ⅵ)−O− O アセタール + PyH+・Cl OH2 H − OH OH R−C−+OH2 O RCH−O−Cr(Ⅵ)−OH O この段階まで Cr は6価 H OH アセタール R−C−OH + H+ O− RC=O + HO−Cr(Ⅳ)−OH + H+ O カルボン酸 Cr は4価 以上のように、一級アルコールに対しては水が共存するか否かにより、@非水:アルデヒド,@含水:カルボ ン酸、のように生成物が変わる。PCC とは、非水系溶媒に溶解して利用できるように、対カチオンを M+から Py+へ変更・水分子を呼び込みやすい Cr-OH を Cr-Cl に変更した試薬である。最終ページに記載の PDC や Collins 試薬も同様に働き、非水溶媒中の一級アルコール酸化はアルデヒドで止まる。 Jones 試薬によるアルコールの酸化 CrO3+H2SO4 ないし Cr2O72−+H2SO4 を Jones 試薬と言う。もちろん Jones 試薬は水溶液であるから、強酸性 下での酸化反応になる。したがって、 R-CH2OH R-CH-R’ OH 三級アルコール R-COOH (カルボン酸) R-C-R (ケトン) O 反応せず 二級アルコールと三級アルコールに対する作用は PCC と同じ。一級アルコールはカルボン酸まで酸化される。 詳細反応機構は最終ページ参照。Jones 試薬の方が PCC 酸性水溶液より圧倒的に安いので、R-CH2OH R-COOH の酸化反応には、通常、Jones 試薬を用いる。 MnO4−によるアルコールの酸化 【1】酸性水溶液での反応 R-CH2OH R-CH-R’ OH 三級アルコール R-COOH (カルボン酸) R-C-R (ケトン) O 反応せず 【2】塩基性水溶液での反応 R-CH2OH R-CH-R’ OH 三級アルコール R-CHO(アルデヒド)と R-COOH (カルボン酸) R-C-R (ケトン) O 反応せず 塩基性水溶液の一級アルコールに対する作用はあまり特定できない。教科書によってはアルデヒドで止まる ように書かれているが、微妙な条件の違いでカルボン酸まで酸化されてしまうので case by case で議論した方が 良い(=詳細に条件が特定されている必要がある)。ただし試験などで「塩基性 KMnO4 溶液による一級アルコ ールとの反応」として出題されていた場合、アルデヒドの生成応を想定していることがあるので要注意【私はそ のような出題はしないが、院入試でも出している例があるので注意せよ】。確実にアルデヒドで止めたいのであ れば、非水系で PCC ないし PDC や Collins 試薬(最終頁参照)を用いるのが妥当。 アルデヒド・ケトンの還元反応 アルデヒド・ケトンの還元には主に二通りの試薬が用いられる。 (1) LiAlH4[Li+(AlH4)−] lithium aluminium hydride [aluminum(米)でも良い。]正確には、lithium tetrahydroalminate (2) NaBH4[Na+(BH4)−] sodium borohydride、正確には、sodium tetrahydroborate いずれも、形式的には H−(水素陰イオン,ヒドリド:hydride)を発生する。ただし、NaBH4 は必ず MeOH や EtOH とカップルで用いないと還元力を発揮できない。LiAlH4 は、単独で還元力を発揮する。いずれも反応 のきっかけは、>C=O のδ+炭素への H−の付加による。R,R’をアルキル or H とするとき、次のように反応す る。 H−AlH3− R−C−R’ O H OH2 R−C−R’ ・Li+ O− ・Li+ + AlH3 H R−C−R’ H−BH3− R−C−R’ OH O ・Na+ + LiOH HOMe H R−C−R (BH4−と MeOH が同時に働く) OH + NaOMe 【参照】アルコール・カルボニル化合物の酸化還元に関する記載例を挙げておく。利用にあたっては著作権に留 意すること。 ⇒ http://finechem.chem.ous.ac.jp/waka/pub/orgsynth-textbook/3-9.html http://blogs.yahoo.co.jp/deebsky2009/11326411.html 酸化剤の例(上記の HP より引用) いずれも,6価クロム Cr(VI) を直接の酸化剤としている Jones 試薬と PCC は酸性を示すので酸と反応する化合物には使えない Jones 試薬では第一級アルコールの酸化をアルデヒドで止めることができない Jones 試薬の酸化機構 2段階目のアルデヒドの酸化で水があると酸化が進むことがわかる → 非水条件で使用すると、PCC,PDC,Collins 試薬ではアルデヒドの酸化は起こらない(アルデヒドで止まる) 【注意!】 三級アルコール,たとえば(CH3)3COH は Jones 試薬や KMnO4 水溶液では酸化されないことになっている。逆に、 酸化可能な有機物[一級または二級アルコール、アルケンないしアルキン]であるかどうか確かめる反応にも利用できる ことが知られており、ピンク色程度まで薄めた KMnO4 水溶液に有機物を1滴入れて振り混ぜると、上記の[ ]内の物質 であれば瞬時(10秒以内)に色が消える。同じように(CH3)3COH を試してみて『なるほど色が消えない』と思っていたら、 何と、振り混ぜてから30~90秒ほど経ったときに突然色が消えた。三級アルコールでも反応する!? 暗い中で実験すると消色しない・蛍光灯から遠ざけるとタイムラグが大きくなるので、この原因は光反応であることが 後にわかった。つまり、目的とした酸化反応ではない。上述の酸化剤は濃く呈色しているので、光を吸収してラジカル的 連鎖反応を起こす。化学の歴史始まって以来、だれもこのことには言及していなかったが、気づいたのは全国高校化学 グランプリ(日本化学会主催)の準備実験の途中であった。興味があれば http://gp.csj.jp/media/common/gp2005-2Q.pdf を参照。
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