PVC の脱塩素および置換基交換による新規材料への転換

PVC の脱塩素および置換基交換による新規材料への転換
Dechlorination of PVC and conversion to new material by nucleophilic substitution
○正 亀田 知人(東北大学)
Tomohito Kameda, Tohoku University
A solution of NaOH dissolved in ethylene glycol (EG) was effective in the dechlorination of poly(vinyl
chloride) (PVC) at atmospheric pressure. The dechlorination proceeded under chemical control and exhibited
first-order kinetics with an apparent activation energy of 170 kJ mol–1. The dechlorination reaction occurs via
a combination of E2 and SN2 mechanisms. The reaction of PVC in nucleophile (Nu)/EG was found to result
in the substitution of Cl in PVC with Nu from solution, in addition to the straight elimination of HCl, both of
which led to the dechlorination of PVC. Examined Nu– were I–, SCN–, OH–, N3–, and the phthalimide anion.
The adhesion test showed that the numbers of bacteria attached to PVC was significantly reduced after the
modification of the material by the substitution with SCN-.
Key Words: PVC, Dechlorination, Nucleophilic substitution, Chemical modification
た。NaOH/EG 溶液における PVC の脱塩素の活性化エネルギ
ーは 170 kJ/mol であり、化学反応律速として妥当な値を示
した。NaOH 水溶液における 190kJ/mol とほぼ一致している
ことから、反応機構は類似していると考えられる。また、
NaOH/EG 溶液での PVC の脱塩素速度は、NaOH 水溶液に比べ
150 倍となった。これは、EG の方が水よりも PVC との相溶
性が大きいため、OH - が未反応粒子内部へ到達しやすいこ
とに起因している。
100
80
Dechlorination / %
1.緒言
PVC 樹脂は安価であること、耐久性があること、加工・
成型性に優れること、難燃性であることなど多くの利点が
ある。PVC 製品を組成から分類すると、パイプ、波板や農
ビなどのように PVC 樹脂と添加剤のみからなる製品(単体
製品)と、壁紙、タイルカーペットなど繊維、紙、木などの
異種の素材と複合したもの(複合製品)とに大きく分かれる。
単体製品はマテリアルリサイクルしやすいが、複合製品は
異種材料の分離技術がないとマテリアルリサイクルは困難
である。また単体製品でも汚れの激しいものや、他の廃棄
物と混合して排出されたものは、選別してマテリアルリサ
イクルすることが困難な場合が多い。また、リサイクル量
が増加すると再生品の用途開発や販路の確保が問題となっ
てくる。そこで、さらなるリサイクル率の向上を目指すた
めには、ケミカルリサイクルに焦点を当てる必要があると
考える。近年、PVC の脱塩素処理の技術は発展し、様々な
PVC の脱塩素が行われてきたが、その脱塩素生成物は高炉
還元剤などとしてカスケード利用されている以外に特に有
効利用されていない。そのため、今後 PVC の資源循環や排
出抑制を進めるためには、汎用性の高いケミカルリサイク
ル技術の発展及び新たなリサイクル技術の開発が必要であ
る。
演者らは、湿式法による高温 NaOH 水溶液を用いた PVC
の脱塩素技術の開発を行ってきた (1) 。NaOH 水溶液中では
PVC の脱塩素速度は乾式熱分解よりも大きく、実際の廃プ
ラスチックにおいても高度に脱塩素できることを明らかに
した。しかしこの方法は高温高圧下で行うため、処理費用
の観点から常圧で操作できる高沸点溶媒を用いた方が有利
である。そこで、水溶液の代わりに、エチレングリコール
(EG)溶液(沸点 196 ºC)を溶媒として用いる PVC の脱塩素
処理を検討したので報告する。また、脱塩素の際に HCl の
脱離以外に求核置換反応が起こることを利用して、PVC の
塩素を他の官能基に置換し、新規材料への転換を目的とし
たアップグレードリサイクルを検討したので報告する。
60
40
0
0
60
120
Time / min
180
240
Fig.1 The effect of temperature on the dechlorination of PVC
in 1.0 M NaOH/EG.
PVC と反応生成物の FT-IR スペクトルは、脱塩素に伴い
3500 cm-1 の O-H 伸縮振動、3000 cm-1 の C=C-H 伸縮振動、
1700 cm-1 の C=C 伸縮振動、1150 cm-1 の C-OH 伸縮振動に帰
属されるピークの強度が増加することを示した。一方で、
700 cm-1 の C-Cl 伸縮振動のピーク強度は低下し、脱塩素が
示された。C=C-H 伸縮振動、C=C 伸縮振動のピーク強度の増
加は、E2 脱離反応を示唆する。O-H 伸縮振動、C-OH 伸縮振
OH-
Elimination (E2)
2.NaOH/EG 溶液における PVC の脱塩素(2)
最も脱塩素が進行した 1.0 M NaOH/EG 溶液中、130~190 ºC
における脱塩素率の経時変化を Fig.1 に示す。NaOH 水溶液
中では 230 ºC、180 min で脱塩素率 80%であったが、NaOH/EG
溶液中では 190 ºC、45 min で 98%であり、EG による効果
は顕著であった。PVC の脱塩素は、擬一次速度式で表され
170 ºC
190 ºC
130 ºC
150 ºC
160 ºC
20
H
ーCHーCHー
n
ーCH=CHー + HCl
n
Cl
Substitution (SN2)
ーCH2ーCHー
n
OH-
Cl
ーCH2ーCHー + Cl-
n
OH
Scheme 1 Proposed mechanism for the dechlorination of PVC
in NaOH/EG.
3.求核置換反応による PVC の化学修飾
3.1 求核体の影響(3)
求核置換反応によって PVC に他の官能基を導入できれば、
新たな機能の付与が期待でき、その機能は求核体によって
大きく変化すると予想される。演者らは種々の求核体(Nu
-
:I- 、SCN- 、OH- 、N3- 、フタルイミドアニオン)を用いて
塩素との置換反応性を検討した。I- 及び SCN-で置換した場
合には、樹脂としての表面特性やイオンそのもの特性から
抗菌性が期待できる。また、N3 - で置換した場合は、-N3
基が反応性に富むことから、これを原料としてさらに他の
高分子への誘導が可能となる。フタルイミドで置換した場
合には、アミンに誘導しイオン交換樹脂などとしての応用
が期待できる。Fig.2 に種々の Nu/EG 中で反応させた PVC
の置換率及び脱離反応率を示す。いずれの場合も脱離反応
率に対して置換率の値は小さく、比較的置換率の高かった
SCN-、OH-、N3-でも 20%程度である。また、求核反応性定
数の序列(I - >SCN - >OH - >N3 - >フタルイミドアニオン)
に対し置換率は(OH- >SCN- =N3- >フタルイミドアニオン
>I- )の順になることから、置換率は反応性定数の序列と
ほぼ同じ傾向を示した。I- の場合は反応性定数に反し置換
率が最も低いが、これは I- は強い求核体である一方、Cl-
よりずっと優れた脱離基でもあるので、置換反応によって
I-が PVC に導入されても、190 ºC の EG 中では HI として脱
離してしまうためと考えられる。I-の場合で脱塩素率自体
も低かったのも、この脱離反応に伴って PVC 粒子で二重結
合や架橋構造が発達し、粒子内部の未反応 PVC と I-との接
触が抑制され、内部の反応が進行しないためと考えられる。
Substitution
Elimination
Substitution and
elimination / %
100
80
60
40
20
0
Table 1 Samples used for bacterial adhesion study.
Sample
S (%) E (%)
FT−IR spectra
thiocyanate isothiocyanate
(a) PVC
(b) SCN−PVC
3.8
0.4
(c) SCN−PVC 18.7
10.2
(d) SCN−PVC
3.8
1.0
ある。以上のことから、SCN 置換 PVC にも抗菌作用が期待
される。
細菌付着試験に用いたサンプルの詳細を Table 1 に、サ
ンプルへの細菌付着試験の結果を Fig.3 に示す。(a)の PVC
と比較して SCN で置換した(b)~(d)ではいずれも付着菌数
が減少し、SCN 置換 PVC は表面への菌の付着を抑制する性
質を持つことが確認できた。また標準偏差の値も小さいこ
とから結果の信頼性も得られた。(b)~(d)を比較すると、
置換率の最も高い(c)の場合に付着菌数が最も少ないと予
想したが、(b)の場合が最も付着菌数が少なかった。(b)と
(c)、(d)では反応率以外に構造も異なり、(c)及び(d)のサ
ンプルはチオシアネート基とイソチオシアネート基を持つ
のに対し、(b)は置換基がイソチオシアネート基のみである。
したがって、菌の付着を抑制した一番の要因はイソチオシ
アネート基にあると考えられる。また、(b)及び(d)の置換
率は 3.8%と低い値ながらも付着菌数が減少していたこと
から、PVC の塩素の極一部を他の官能基に変えるだけで、
新たな機能を付与できることが示唆された。
104
200
Number of adhered bacteria
動のピーク強度の増加は、SN2 置換反応を示唆する。従っ
て、PVC の脱塩素は、Scheme 1 で示すように、HCl の E2 脱
離反応と OH 基の SN2 置換反応の競争反応によって進行する
と考えられる。
160
120
80
40
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
Fig.2 Effect of Nu- on the substitution of Cl in
PVC with Nu in solution and elimination of HCl for
dechlorinating PVC in a Nu/EG solution with a
Nu/Cl (in PVC) molar ratio of 4 at 190 ºC.
Nu−: (a) I−, (b) SCN−, (c) OH−, (d) N3−,
(e) phthalimide anion.
Time: (c) 1 h, (d) 1.5 h, others 8 h.
3.2 SCN 置換 PVC の特性評価(4)
演者らは置換反応によって PVC に SCN を導入し、その抗
菌性を評価した。チオシアン酸イオン(SCN-)は、ラクトペ
ルオキシターゼと過酸化水素の共存によりブドウ球菌など
の細菌を殺菌する性質がある。また、チオシアン酸エステ
ル(R-SCN)化合物は抗菌性や防虫効果を示すことが確認さ
れており、チオシアン酸エステルの異性体であるイソチオ
シアン酸エステル(R-NCS)も抗菌性を有することがわかっ
ている。特にイソチオシアン酸エステルは沢わさびなどの
天然物中にもアリルイソチオシアネートとして含まれてお
り、その抗菌力や防カビ効果が様々な分野に応用されつつ
0
(a)
(b)
(c)
(d)
Fig.3 Results of the bacterial adhesion test. (a)
unmodified PVC and SCN−PVC with various
substitution and elimination: (b) S−3.8%, E−0.4%,
(c) S−18.7%, E−10.2%, (d) S−3.8%, E−1.0%.
4.参考文献
(1) T.Yoshioka, T.Kameda, G.Grause, In: C.J.Nielsen,
editors. Recycling: Processes, Costs and Benefits, Nova
Science Publishers, Inc., Chapter 6, pp.185-204 (2011)
(2) T.Yoshioka, T.Kameda, S.Imai, A.Okuwaki, Polym.
Degrad. Stab.,93,1138-1141 (2008)
(3) T.Kameda, M.Ono, G.Grause, T.Mizoguchi, T.Yoshioka,
Polym. Degrad. Stab.,94,107-112 (2009)
(4) T.Kameda, M.Ono, G.Grause, T.Mizoguchi, T.Yoshioka,
J. Polym. Res.,18,945-947 (2011)