消化管からの上行性感染により肝壊死桿菌症を呈したと考えられた牛の一例 新潟県長岡食肉衛生検査センター ○諏合克美 村中幹宏 星野麻衣子 1 はじめに 牛の肝臓に生じる膿瘍は非特異的な細菌感染症と壊死桿菌症に大別される。前者は第二胃内の異物 の刺入や創傷性第二胃炎に続発し、病巣内には通常複数種の細菌が混在する。後者は Fusobacterium necrophorum(以下、F.n とする。)を原因とし、通常中毒性(化学性)第一胃炎によって門脈から細菌 が侵入し、壊死や膿瘍を形成するとされている1)。 今回われわれは、胆嚢周囲の肝実質に直径 1cm 程度の膿瘍が多発し、精査の結果、消化管からの上 行性感染により肝臓に壊死桿菌症を呈したと考えられる症例を認めたので、概要を報告する。 2 材料および方法 症例: 症例は牛(黒毛和種)、去勢、30 ヶ月齢であった。と畜場へ一般畜として搬入された。なお、病歴 は飼養者に聞き取った結果、と畜数日前より食欲不振を呈したほかに症状は認めず、とのことであっ た。 病理組織学的検索: 肝臓(左葉、乳頭突起、方形葉) 、肺、腎臓、脾臓、心臓、内腸骨リンパ節、腸骨下リンパ節および 左腎門リンパ節について、定法に従い 10%中性緩衝ホルマリン液にて固定し、パラフィン切片を作成 後、ヘマトキシリン・エオジン染色(以下、HE とする。 )を実施した。また必要に応じてグラム染色 を行った。 免疫組織学的検索: 肝臓(左葉、方形葉)および肺について抗 F.n 家兎血清(以下、抗 F.n 抗体とする。独立行政法人 農 業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所。)を用いた免疫組織学的染色を行った。 血液学的検索: 解体処理中の心残血を採取し、スポットケム(アークレイ株式会社)を用いて血清総ビリルビン値 を測定した。 3 成績 生体検査所見: 当該畜の体格は中程度、栄養状態は良好であり、生体検査では特に異常を認めなかった。 解体後検査所見: 皮下脂肪および内臓脂肪は高度に黄変していた。 肝臓は全域にわたり硬結感を有し、表面には凹凸を認めた(図 1, 2) 。割面では特に左葉において胆 管の顕著な肥厚を認めた(図 3) 。左葉の肥厚した胆管は胆砂を容れる部位や膿汁を容れる部位を認め た。方形葉の割面には直径 0.5~1cm 大の白色結節が多数存在した(図 4) 。胆嚢壁は高度に肥厚して いた。 そのほか、左肺前葉前部および前葉後部の辺縁部は白色を呈し、割すると直径 1cm 大に区画された 膿胞より水様性膿汁が漏出した。 腎臓は両側とも点状出血が散発し、 膀胱には褐色尿の貯留を認めた。 また左腎門リンパ節は直径 2cm 大に腫大し、出血していた。そのほかの臓器およびリンパ節に著変を 認めなかった。 病理組織学的所見および免疫組織学的所見: 肝臓左葉では、小葉間結合組織が顕著に発達し小葉構造は扁平化、結合組織周囲の肝細胞は空胞変 性を呈した。顕著に発達した結合組織内には一部に大型の拡張した胆管を認め、周囲に単核球等炎症 性細胞の浸潤を認めたが、ほとんどの胆管は狭窄し、周囲に小血管が増生、周囲への炎症性細胞の浸 潤は軽度であった(図 5) 。 乳頭突起においては、左葉と比較し小葉間結合組織が軽度に増生し、結合組織内には多数の狭窄し た胆管や血管を認めた。これら脈管周囲への炎症性細胞の浸潤は軽度であった。 方形葉に認めた白色結節中心部は凝固壊死し、多数の炎症性細胞の壊死頽廃物やマクロファージが 取り囲んでいた(図 6)。結節周囲にはフィラメント状を呈するグラム陰性桿菌の集族巣を認め、当菌 は抗 F.n 抗体に陽性を示した(図 7) 。結節周囲において、胆管上皮が一部破壊され、胆管内腔と炎症 性細胞の集塊が連絡する部位を認めた(図 8)。 一部の左葉細胆管内腔には菌塊や炎症性細胞の集塊を認めた(図 9)。細胆管上皮は一部破壊され、 膿成分が周囲組織へ浸潤していた。 当菌はグラム陰性桿菌であり、 抗 F.n 抗体に陽性を示した (図 10) 。 肺の大型の血管あるいは気管支内に軽度の炎症性細胞の浸潤を認めたが、抗 F.n 抗体に陽性を示す 抗原は認めなかった。 腎臓では間質にリンパ球を主体とする炎症性細胞が軽度浸潤し、糸球体メサンギウム細胞の軽度増 殖を認めた。 脾臓ではヘモジデリンが沈着し、巨核球を中心とした髄外造血が顕著であった。 左腎門リンパ節ではリンパ洞に好中球やマクロファージのほか赤血球が浸潤し、さらに濾胞内に出 血を認めた。巨核球を中心とした髄外造血を認めた。 左内腸骨リンパ節でも巨核球を中心とした髄外造血を認めた。 そのほかの検索した臓器及びリンパ節に著変を認めなかった。 血液学的検索結果: 血清総ビリルビン値は 6.7mg/dL であった。 図1 肝臓臓側面。左葉胆管の顕著な肥厚および方形 葉の白色結節が目立つ。 図3 左葉における胆管の顕著な肥厚 図2 肝臓横隔面。左葉および方形葉の包膜は白色を 呈し、全域で凹凸が目立つ。 図4 方形葉の割面に多発した白色結節および肥厚 した胆嚢壁 図5 左葉では、発達した小葉間結合組織に拡張した 胆管および小血管・小胆管を認める(HE、×200) 。 図6 白色結節は凝固壊死巣より成り、辺縁部に炎 症性細胞の壊死頽廃物とマクロファージが取り囲 む(HE、×200) 。 図7 凝固壊死巣周囲の菌塊は、抗 F.n 抗体に陽性 を示した(間接法、×400) 。 図8 凝固壊死巣の周囲において、胆管上皮が破壊 され、胆管内腔と炎症性細胞の集塊が連絡していた (間接法、抗サイトケラチン AE1/AE3 抗体、Dako、 ×200) 。 図9 一部の左葉細胆管内腔には菌塊や炎症性細胞 の集塊を認めた(HE、×200)。 図 10 図9で示した細胆管内腔の菌塊は抗 F.n 抗体に 陽性を示した(間接法、×400) 。 4 考察 調査の結果、本例の肝臓には3種類の病変があったと診断した。 第1に、左葉等方形葉以外の部位における慢性胆管周囲炎である。同部位のグリソン鞘では単核細 胞を中心とした炎症性細胞の軽度浸潤および胆管周囲結合組織の著しい増生を認め、経過の長い病変 と判断した。 第2に、方形葉における凝固壊死巣の形成である。同部位では、抗 F.n 抗体に陽性を示す菌体が確 認され、好中球を中心とした炎症性細胞の著しい浸潤を認めた。よって、F.n 感染に伴う急性炎症(壊 死桿菌症)であると判断した。F.n による肝臓の初期病巣は乾燥性の多発性凝固壊死で、組織学的に は不定形の凝固壊死巣周囲を変性白血球が帯状に取り囲み、ここに細線維状の F.n が多数存在し、こ れら壊死巣が膿瘍へと変化する1)とされている。本例の所見は、これらと一致していたことから、肝 膿瘍の初期病変であると考えられた。 第1の病変と第2の病変は、経過の長さの違いから、異なる原因によるものと考えられたが、第1 の病変が形成された原因の特定には至らなかった。胆管肝炎は腸管由来大腸菌やブドウ球菌の日和見 感染で起こることがある1)とされているが、牛の胆管炎の症例は肝蛭症を原因とする報告が多い。本 例においても第1の病変である慢性胆管周囲炎は、肝蛭の肝内寄生期にみられる所見と類似しており、 虫体を確認できなかったものの肝蛭の寄生が原因であった可能性は高いと思われた。 本例の肝凝固壊死巣は胆嚢周囲に限局していたことから、消化管から胆道を経由し F.n が感染した と考えられた。胆道の開口する十二指腸乳頭部には括約筋があり、 胆道内圧は腸管内圧より高いため、 胆汁の流れが円滑で無菌的であれば感染症は起こりえず、胆道感染症は胆汁のうっ滞をきたすような 胆道の機能的あるいは器質的障害が大きな要因となる2)。本例においては、肝膿瘍に先行し形成され た慢性胆管周囲炎により胆汁のうっ滞が生じ、消化管内正常細菌叢のひとつである F.n3,5)が二次的 に感染したと推察した。 第3の病変は、一部の左葉細胆管内腔に好中球を中心とする炎症性細胞および菌塊の集族巣を認め たことである。菌塊は抗 F.n 抗体に陽性を示したことから、既発した慢性胆管周囲炎に F.n による急 性胆管炎が後発したと診断した。同部位の F.n は方形葉の凝固壊死巣から波及したものと考えられ、 慢性胆管周囲炎によりうっ滞していた胆汁が急速に F.n に汚染されたと思われた。 本例の黄疸の発生については、慢性胆管周囲炎による胆管の狭窄により胆汁の排泄障害が生じたこ とが主たる原因と考えられた。補助的に、F.n を含む膿が細胆管を閉塞していたことによる胆汁の排 泄障害が関与していると考えられた。 牛の F.n による肝膿瘍は一般的に、第一胃炎-肝膿瘍コンプレックス、またはルーメンパラケラト ーシス-第一胃炎-肝膿瘍コンプレックスという症候群として理解されており、F.n が第一胃病変部 に感染し、粘膜内部に侵入、薄い筋層を経て門脈系に達し、肝臓に至って病巣を形成するものと考え られている4,5)。本例は門脈を経由せずに肝凝固壊死巣を形成したと推察され、大変珍しい症例と思 われた。 5 謝辞 本例の精査に当たり、抗 F.n 抗体による免疫組織学的染色を実施いただきました独立行政法人 農 業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所 播谷亮先生に深謝いたします。 6 参考文献 (1) 日本獣医病理学会編:動物病理学各論、文永堂出版(2010) (2) 板谷博之:日医新報、2720、16(1976) (3) 鹿江雅光ら:山口大学農学部学術報告、26、161(1975) (4) 清水高正ら:牛病学第 2 版、近代出版(1988) (5) 鹿江雅光:日獣会誌、40、401(1987)
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