氏 名 小川 達之 ( 医 学 ) 博士の専攻分野の名称 博 士 学 号 医工博 4 甲 第 134 号 学 位 授 与 年 月 日 平成26年3月20日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当 専 先進医療科学専攻 位 記 番 攻 名 学 位 論 文 題 名 Metaphase II spindle injection (MESI) による 1-day-old 卵の 初期発生能改善の試み (Improvement of early developmental competence of aged oocytes using metaphase II spindle injection (MESI)) 論 文 審 査 委 員 委員長 教 授 範 江林 委 員 准教授 鈴木 孝太 委 員 講 師 川村 龍吉 学位論文内容の要旨 (研究の目的) 老化による卵子の発生能の低下を改善させる方法が模索されている。そのひとつとして卵子の細胞 質の置換により卵子の若返りを図る研究が行われてきた。これまでに、老化卵子の紡錘体を電気融合 を用いて若年ドナー除核卵に移植して作成した再構築卵における発生率の改善が報告されている。し かしながらこの方法により、紡錘体の移植時に mitochondrial DNA (mtDNA) のへテロプラスミー が生じることから臨床応用には至ってはいない。本研究で、紡錘体移植時の mtDNA の持ち込みを 可及的に減少させることを目的に、マウスの第 2 減数分裂中期 (metaphase II: MII) 卵を用いて MESI (Metaphase II spindle injection) 法による紡錘体・細胞質置換法を開発した。さらに、MESI 法を用いた細胞質の置換による加齢卵の発生能の改善の可能性について検討した。 (方法) メス B6D2F1 マウスに過排卵処理を行い、MII 卵を採取した。得られた MII 卵を、採卵後 6 時 間以内に実験に供する新鮮卵グループと、採卵後 24-30 時間に実験に供する 1-day-old 卵グループ の 2 グループに分けた。本研究ではこの 1-day-old 卵を加齢卵のモデルとした。 <実験 1> 1-day-old 卵の初期発生能を検討するため、新鮮卵と 1-day-old 卵に卵細胞質内精子注 入 (Intracytoplasmic sperm injection: ICSI) 法を施行し、胚の fragment 化率ならびに胚盤胞到達 率を検討した。 <実験 2> 1-day-old 卵の初期発生能の改善ならびに初期発生における紡錘体と細胞質の機能を検 討するために、MESI 法を用いて再構築卵を作成した。再構築卵の作成は以下の方法で行った。卵 子を 5µg/ml cytochalasin B を含む modified HEPES-buffered CZB medium で 5 分間処理した 後、マイクロピペットを用いて紡錘体 (MII chromosome-spindle complex) と細胞質体 (除核卵) に 分離した。紡錘体の周囲に付着した細胞質を可及的に除去して、その紡錘体を別に準備した除核卵に マイクロインジェクションして再構築卵を作成した。我々はマイクロインジェクションを用いた紡錘 体移植による再構築卵作成法を MESI 法と命名した。再構築卵として、新鮮卵紡錘体を新鮮卵細胞 質体に注入した FF (fresh、fresh) 群、新鮮卵紡錘体を 1-day-old 卵細胞質体に注入した FO (fresh、 1-day-old) 群、ならびに、1-day-old 卵紡錘体を新鮮卵細胞質体に注入した OF (1-day-old、fresh) 群 の 3 群を作成した。 MESI 後の再構築卵を CO2 インキュベーター内で 2 時間培養した後、 ICSI を 施行し、それぞれの胚の fragment 化率ならびに胚盤胞到達率を検討した。 (結果) <実験 1> 新鮮卵の 76.7% (92/120) が胚盤胞に到達したが、1-day-old 卵は胚盤胞に到達しなか った。また、新鮮卵では ICSI 後の fragment 化率は 6.7% であったのに対し、1-day-old 卵では 61.8% が fragment 化した (p < 0.01)。なお、ICSI 後に PN であった卵のすべてが 1 細胞期ま たは 2 細胞期で発育を停止した。 <実験 2> FF 群の 50.3% (72/143)、OF 群の 30.5% (32/105) は胚盤胞に到達したが、FO 群で は胚盤胞に到達せず、各群間に有意差を認めた (p < 0.01)。また、fragment 化率は FO 群の MESI 後に 56.8%、ICSI 後に 54.0% と、FF 群ならびに OF 群に比して有意に高かった (p < 0.01)。ま た、OF 群の fragment 化率は FF 群と比較して、MESI 後 (5.8% vs. 2.2%; p < 0.05)、および ICSI 後 (28.6% vs. 8.3%; p < 0.01) と、ともに有意に高かった。なお、FO 群の胚は全て 2 細胞期まで で発生が停止した。 (考察) 1. MESI について 実験 2 の FF 群が胚盤胞まで到達していることから、MESI 法による紡錘体移植が可能である ことが明らかとなった。この MESI 法は既に報告されている細胞膜融合法と比べて紡錘体周囲の細 胞質を機械的に除去した後に紡錘体を注入するため、紡錘体とともに持ち込まれる加齢卵由来の mtDNA を減少させることができる。FDA は細胞膜融合法による細胞質置換においては、生じる mtDNA へテロプラスミーの安全性が不透明であるために臨床応用を禁止しているが、今回開発した MESI 法は細胞質置換を臨床応用に近づけるものとなり得る。今後、加齢卵由来の mtDNA の持ち 込みを完全に防止する、もしくはわずかに mtDNA が持ち込まれた場合の安全性の確立を目指す必 要がある。 2. fragment 化率の検討 実験 2 において、FO 群の MESI 後の fragment 化率が他群に比して有意に高かったこと、ま た、実験 1 および実験 2 において 1-day-old 卵と FO 群の ICSI 後の fragment 化率が他群に 比して有意に高かったことから、1-day-old 卵の細胞質を有する卵がより fragment 化しやすいこと が明らかになった。また、これらの fragment 化率 (1-day-old 卵の ICSI 後に 61.8%、FO 群の MESI 後に 56.8%、FO 群の ICSI 後に 54.0%) の間には有意差を認めなかった (p = 0.52)。 Fragment 化のメカニズムは不明だが、1-day-old 卵細胞質へのマイクロマニピュレーション操作が fragment 化の一因になっている可能性が示唆された。 また、OF 群の fragment 化率は FF 群に比して、MESI 後および ICSI 後ともに有意に高かっ たことから、紡錘体に fragment 化を抑制する機能があり、1-day-old 卵由来の紡錘体ではその機能 が現弱している可能性が示唆された。 3. 胚盤胞到達率の検討 実験 1 の結果より、新鮮卵と 1-day-old 卵の初期発生能の差は明らかである。この原因を検討す る目的で実験 2 を行った。その結果、実験 1 で 1-day-old 卵が一つも胚盤胞まで到達しなかった が、実験 2 では OF 群の 30.5% が胚盤胞まで発育した。一方、FO 群では 1-day-old 卵と同様に 胚盤胞まで発生した胚は一つもなかった。すなわち、紡錘体が 1-day-old であっても細胞質が fresh であれば胚盤胞まで発生し得るが、細胞質が 1-day-old である胚は発生し得ないことが明らかにな った。また、ともに新鮮卵細胞質を有する FF 群と OF 群の胚盤胞到達率は、FF 群が OF 群に 比して有意に高かった。以上の成績より、胚の初期発生能には紡錘体の機能も細胞質の機能も影響す るが、細胞質の機能により大きく依存していることが明らかになった。 (結論) MESI 法を用いて新鮮卵と 1-day-old 卵の紡錘体と細胞質を置換し、初期発生を検討した結果、 1-day-old 卵の発生障害は主に細胞質の機能の低下によるものであることが明らかになった。また、 MESI 法により 1-day-old 卵の細胞質を新鮮卵由来のものに置換することにより、紡錘体周囲の細 胞質由来の mtDNA の持ち込みを可及的に減少させつつ、1-day-old 卵の発生障害を改善できるこ とが明らかになった。本研究の成績から、MESI 法によりヒト加齢卵の発生能を改善し得る可能性 が示唆された。 論文審査結果の要旨 平成 26 年1月 17 日の発表会において、本学位論文について審査が行われた。 「学位論文研究テーマの学術的意義」 生殖補助医療は不妊症治療において広く応用されている技術である。しかし、生殖年齢後期の女性 から採取された卵は、しばしば加齢現象が起き、受精能や受精後の発生能が著しく低下しており、妊 娠が成立しないといった問題は生殖補助医療において大きな問題となっている。こういった問題を改 善するには、これまでに加齢卵の紡錘体を電気融合によって若年者からのドナー除核卵に移植し、再 構築卵を作製することが報告されているが、紡錘体の移植時に mitochondrial DNA のヘテロプラス ミーが生ずることから、臨床応用には至ってない。従って、生殖補助医療の質を向上させるために、 新しい方法の誕生が期待されている。今回の研究では、一日経過したマウス未受精卵のモデルを用い て、新たに開発された MESI(metaphase II spindle injection)法により加齢卵の初期発生能の改善 や、紡錘体と細胞質の機能などの検討を行った。その結果、MESI 法により既に報告されている細胞 膜融合法と比し、紡錘体周囲の細胞質に含まれている加齢卵由来の mtDNA を減少させることがで きた。また、1-day-old 卵由来の細胞質を有する胚は発生能に乏しかったが、MESI 法によりその発 生能が改善し得ることが示唆された。 「学位論文及び研究の争点、問題点、疑問点、新しい視点」 1.mitochondrial DNA の残存問題は、今回の MESI 法によりどのぐらい減少しているのか、その客 観的な評価が行われたのか。 2.1-day-old 卵を加齢卵モデルとする根拠はどこにあるか。何歳くらいの卵に相当するのか。 3.今回の実験で利用された MESI 法を他のグループが使わない理由は。 4.月齢の異なる加齢マウスから直接採取した卵を使うべきではないか。 5.1-day-old 卵を加齢卵としてのモデルとするなら、6時間、8時間、12時間、20時間などの時 間経過した加齢変化を確認すべきではないか。 6.1-day-old 卵由来の細胞質を有する胚が発生能に乏しいという事は、卵は既にアポトーシスに陥っ ているのでは。 「実験及びデータの信頼性」 特に問題はない。 「論文の改善点」 1.審査委員らに指摘された問題点を踏まえて、論文に記載すべきである。 2.群間の比較においては統計法 Bonferroni 法と表1-2の修正が必要である。 3.修正した論文を後日提出することが求められた。
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