上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013) 132. 組織極性による細胞分裂軸制御に関する研究 山崎 正和 * 秋田大学 生体情報研究センター Key words:平面内細胞極性,PCP,非対称分裂 緒 言 非対称分裂とは,1つの細胞から2つの異なる細胞が産生される過程であり,多細胞生物の細胞多様性を生み出す原 動力の一つである.非対称分裂の優れたモデル系であるショウジョウバエ感覚器前駆細胞(sensory organ precursor cell, SOP 細胞)では,運命決定因子 Numb が分裂期に細胞膜上で一方に偏って局在化する.そして,細胞の分裂は, Numb を二つの娘細胞の一方にのみ分配する方向性を持って,つまり,Numb の局在と連結した分裂方向を持って進 行する.さらに,ある種の幹細胞などにおいては,非対称分裂が組織・器官のある特定の軸に沿って進行することが知 られている.例えば,SOP 細胞は体の前後軸に沿って非対称に分裂し,Numb が分配される前部側の細胞と Numb が 分配されない後部側の細胞を産出する. 非対称分裂の分裂方向制御には,平面内細胞極性(planar cell polarity, PCP)経路が関与する.PCP は細胞の頂部 -基部軸と直交する組織平面のある特定の軸に沿った極性として定義される.PCP 形成に中心的な役割を担う分子と して,7回膜貫通型受容体 Frizzled (Fz) や4回膜貫通型分子 Strabismus/Van gogh (Stbm/Vang),7回膜貫通型カド ヘリン Flamingo/Starry night (Fmi/Stan) などによって構成される「コアグループ分子」が同定されている.これら の分子は個々の細胞において偏在化し,この偏在化が細胞の極性形成に中心的な役割を担う.SOP 細胞の非対称分裂 時においては,細胞の前方側に Stbm が,後方側に Fz がそれぞれ非対称に局在する. これまでの研究から,PCP 経路の異常により非対称分裂の方向がランダムになると,運命決定因子の不均等分配が 適切に達成されず細胞分化が異常になることが報告されている.一方,PCP の働きにより幹細胞の分裂方向が定めら れている生理的意義(例えば,分裂方向の逆転により,幹細胞と分化細胞の位置関係が逆になったらどうなるのか?) は全く不明である. 最近,我々は,ショウジョウバエ背毛の向きが整然と逆転する RNAi 系統を同定している.本研究では,PCP が逆 転する分子機構を解析し,PCP および非対称分裂方向を逆転させた際の個体への影響を検討した. 方法、結果および考察 ショウジョウバエ中胸背板の背毛は後部方向に配向するが,PCP 制御系が異常になるとその配向性は乱れる.以前, 我々はショウジョウバエを用いた組織特異的ゲノムワイド RNAi スクリーニングを行い,背毛の配向性制御に関わる 多数の遺伝子を同定している 1).興味深いことに,中胸背板特異的 pannier (pnr ) -GAL4 を用いて,機能未知のトラン スポーターまたは機能未知の新規遺伝子(reverse hair, rvh:著者らが命名)をノックダウンすると,中胸背板の後部 区画においてのみ背毛の配向性が逆転する新奇表現型が認められた(図 1A).最初に我々は,背毛配向性(PCP)が逆 転する,この表現型の解析を行った. この新奇表現型に上述のトランスポーターや rvh が関与しているかどうか確認するため,両遺伝子に対する異なる RNAi 系統(最初のスクリーニングで使用した RNAi 系統とは異なる領域をターゲットとした別の RNAi 系統)を用い たノックダウン実験を行った.これらの RNAi 系統は独自に作製または NIG(国立遺伝学研究所)から購入した.そ の結果,驚くべきことに,使用した全ての RNAi 系統において PCP の表現型は全く認められず,中胸背板の背毛の配 *現所属:秋田大学 大学院医学系研究科 細胞生物学講座 1 向性は正常であった.我々は,最初のスクリーニングで使用した RNAi 系統の transgene(RNAi コンストラクト)の 挿入部位を解析した.その結果,全ての系統において,それぞれの transgene が,既知の PCP 遺伝子である prickle (pk ) 遺伝子のアイソフォームの一つ spiny-legs (sple ) の 5’非翻訳領域の上流に挿入されていることが明らかとなっ た(図 1B).pk 遺伝子には,pk と sple と呼ばれる二種類のアイソフォームが存在し(図 1B),両遺伝子が PCP に関 与することが報告されている.次に,背毛配向性が逆転するショウジョウバエの蛹期における pk および sple の mRNA 量を定量的 RT-PCR 法にて解析したところ,コントロールと比較して sple の発現量が顕著に増加していること が明らかとなった(図 1C).一方,pk の発現量には変化が認められなかった.これらの結果は,上述の新奇表現型に sple が関与することを示唆している. 図 1. sple 過剰発現によりショウジョウバエ中胸背板の背毛の配向性は逆転する. (A)中胸背板の背毛配向性が逆転する新奇 PCP 表現型.コントロール: pnr-GAL4,RNAi 系統: pnrGAL4>rvh-IR,sple 過剰発現:pnr-GAL4>UAS-sple.(B)背毛配向性の逆転に関与する RNAi 系統における transgene(RNAi コンストラクト)の挿入部位.矢頭(赤)は pk 遺伝子座における transgene の挿入箇所を表 す. (C)定量的 RT-PCR の結果.コントロール:tubulin (tub)-GAL4 の蛹,RNAi 系統:tub-GAL4>トランスポ ーター IR.背毛配向性が逆転するショウジョウバエ蛹において,sple の発現量が顕著に増加する.データは mean ± SE (n=3).*p < 0.01. sple が上述の新奇表現型に関与するか否かを確認するため,sple 過剰発現による中胸背板の背毛への影響を解析し た.pk および sple の過剰発現系統(UAS-pk および UAS-sple)は独自に作製した.またこの際,全ての過剰発現系統 を phiC31 インテグレースのシステムを用いて作製しており,tarnsgene を染色体上の同一箇所(attP2)に挿入してい る.故に,挿入箇所の違いによる発現量の違いを回避できる.中胸背板特異的 pnr-GAL4 系統を用いて sple を過剰発 現させたところ,RNAi 系統の場合と同様に,中胸背板の後部区画においてのみ背毛配向性が逆転する表現型が観察さ れた(図 1A).pk の過剰発現では,この表現型は認められなかった.以上の結果から,sple の発現レベルの亢進が上 述の新奇 PCP 表現型の原因であることが明らかとなった. sple の過剰発現による背毛配向性の逆転の機構として,以下の二通りの可能性が考えられる; (1)PCP の形成に中 心的な役割を担うコアグループ分子の非対称局在には影響は無く,背毛の配向性のみが反転している.(2)コアグル ープ分子の非対称局在が逆転した結果,背毛の配向性が逆転する.これらの可能性について検討するため,コアグルー プ分子である 7 回膜貫通型受容体 Fz と 4 回膜貫通型分子 Stbm の細胞内局在の解析を行った.コアグループ分子の 局在解析には,ショウジョウバエ翅の系が適しているため,ショウジョウバエ翅において sple を過剰発現させて解析 を行った.野生型のショウジョウバエ翅においては,Fz が個々の細胞の遠位側(翅の先端方向)に非対称に局在する 2 のに対し,Stbm は反対の近位側(翅の根本方向)に局在する.sple を過剰発現させたところ,翅における Fz と Stbm の非対称局在の向きは逆転しており,Fz は近位側,Stbm は遠位側に局在していた.またこの際,翅毛の配向性およ び形成部位も逆転した.以上の結果から,sple の過剰発現は,コアグループ分子の非対称局在の向きを反転させるこ とにより PCP(毛の配向性)の逆転を誘導することが明らかとなった. sple による PCP 逆転の分子機構を明らかにするため,既知の PCP 遺伝子との遺伝学的相互作用を解析した.その結 果,中胸背板および翅において,もう一つの pk アイソフォームである pk を過剰発現すると,sple 過剰発現による PCP の逆転は抑制された(図 2A-D).以上の結果から,中胸背板や翅などの器官全体に対する PCP の方向は,Pk と Sple の発現バランスによって制御される可能性が浮かび上がる.実際,phiC31 インテグレースのシステムを用いて異なる コピー数の UAS(1×, 3× or 5×UAS)を有する sple 過剰発現系統を作製し,翅毛の配向性への影響を調べたところ, UAS のコピー数(すなわち sple の発現量)に依存して PCP が逆転する表現型の強さが増大した.この結果は,Sple が機能を発揮する上で,その発現量の閾値が存在することを示唆している(図 2E). 図 2. sple 過剰発現による PCP の逆転は pk 過剰発現により抑制される. (A)コントロール.(B)pk を過剰発現したショウジョウバエ翅.(C)sple を過剰発現したショウジョウバエ 翅. (D)pk および sple を過剰発現したショウジョウバエ翅.矢印は毛の向きを表す. (E)UAS コピー数(sple 発現量)と PCP 表現型の関係.スケールバー(A-D):100μm,スケールバー(E):50μm. 最後に我々は,本研究のもう一つの課題である「非対称分裂方向が定められている生理的意義」に関する研究を行っ た.中胸背板特異的 pnr-GAL4 を用いて sple を過剰発現させたところ,運命決定因子 Numb の結合タンパク質 Partner of Numb(Pon)はコントロールとは反対の細胞の後部側に非対称に局在した(図 3).この結果は,sple の過 剰発現により SOP 細胞の非対称分裂方向が逆転したことを意味する.次に,sple 過剰発現により SOP 細胞の非対称分 裂方向が逆転した外部感覚器を詳細に解析したところ,背毛ならびに他の外部感覚器細胞の分化には影響は認められな 3 かった.以上の結果から,SOP 細胞の非対称分裂方向は SOP 細胞から派生する細胞の分化に影響を与えないことが明 らかとなった.しかしながら,全身性に sple を発現させたショウジョウバエ個体では,弱い致死性を呈することから, PCP または細胞分裂方向の逆転が個体発生・生存に重要な役割を担う可能性が示唆された. 図 3. sple 過剰発現によるショウジョウバエ感覚器前駆細胞の非対称分裂方向の逆転. sple 過 剰 発 現 に よ り , 運 命 決 定 因 子 Numb 結 合 タ ン パ ク 質 で あ る Pon の 局 在 の 向 き が 逆 転 す る . 緑 : EGFP::Pon.左:コントロール,右:sple 過剰発現.四角(白:コントロール,黄色:sple 過剰発現)は非対称 分裂時の SOP 細胞を表す.上:ショウジョウバエ蛹前方側,下:蛹後方側.スケールバー:10μm. 全身性の sple 過剰発現がなぜ(弱い)致死性をもたらすのかは不明であるが,最近の研究から,ショウジョウバエ, 線虫およびマウスなどの哺乳動物において,pk アイソフォームが神経突起伸長やてんかん発作に関与することが明ら かとなっている.sple の過剰発現による(弱い)致死性は脳神経系の異常に起因するかもしれない.「Pk と Sple のバ ランスによる PCP 制御」と「脳神経系」の関係を調べることは,今後の興味深い研究課題の一つとなろう. 共同研究者 本研究の共同研究者は,秋田大学大学院医学系研究科の鮎川友紀博士である.また本研究にご支援を賜りました上原記 念生命科学財団に深く感謝いたします. 文 献 1) Mummery-Widmer, J. L., Yamazaki, M., Stoeger, T., Novatchkova, M., Bhalerao, S., Chen, D., Dietzl, G., Dickson, B. J. & Knoblich, J. A. : Genome-wide analysis of Notch signalling in Drosophila by transgenic RNAi. Nature, 458 : 987-992, 2009. 4
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