3.直線型プラズマ生成装置を用いたプラズマ・壁相互作用研究

J. Plasma Fusion Res. Vol.90, No.8 (2014)4
89‐495
小特集
DEMO に向けた直線型装置を用いた境界プラズマ,プラズマ・壁相互作用研究
3.直線型プラズマ生成装置を用いたプラズマ・壁相互作用研究
3. Plasma-Wall Interaction Studies using Linear Plasma Devices
波 多 野 雄 治1), 宮 本 光 貴2), 島 田
雅3), 上 田 良 夫4), 時 谷 政 行5)
HATANO Yuji1), MIYAMOTO Mitsutaka2), SHIMADA Masashi3), UEDA Yoshio4)and TOKITANI Masayuki5)
1)
富山大学水素同位体科学研究センター,2)島根大学大学院総合理工学研究科,
3)
Fusion Safety Program, Idaho National Laboratory, USA,4)大阪大学大学院工学研究科,
5)
核融合科学研究所ヘリカル研究部
(原稿受付:2
0
1
4年6月3日)
DEMO のプラズマ対向材料は,高温で重水素,トリチウム,ヘリウム,高エネルギー中性子の照射を定常的
に受ける.このような核融合炉特有の過酷環境下におけるプラズマ対向材料の微細組織および水素同位体挙動の
変化を予測するため,定常運転が可能であり,かつ入射粒子フラックスや試料温度の制御性に優れる直線型プラ
ズマ生成装置を用いた実験的研究が精力的に展開されている.著者らはこれまでに,ダイバータ板材料として有
望視されているタングステンに着目し,水素同位体挙動に及ぼす中性子照射効果およびヘリウム照射効果を調べ
てきた.本章では,日米科学技術協力事業の下で米国の Tritium Plasma Experiment(TPE)および PISCES-B
という特長ある直線型プラズマ装置を用いて,タングステンの水素同位体リテンションに及ぼす中性子および重
水素‐ヘリウム‐ベリリウム混合プラズマ照射効果を調べた結果を報告する.
Keywords:
plasma-surface interaction, linear plasma device, tungsten, neutron irradiation, trap, helium, beryllium
3.
1 研究の背景と目的
マ対向材料の深部へトリチウムが拡散すると,炉内のトリ
自己点火と長時間燃焼の実証をめざした ITER の運転が
チウムインベントリは著しく増大する可能性もある.
開始されると,プラズマ・壁相互作用研究は核融合反応で
一般論としては上述のように理解される He と中性子の
生成するヘリウム(He)と高エネルギー中性子の照射効果
照射効果であるが,DEMO で想定される材料と照射環境の
を考慮しなければならないフェーズに入る.DEMO では
組み合わせにおいて,プラズマ・壁相互作用にどのような
ITER と比べはるかに放電時間が長くなると共に,核融合
変化が生じるかを具体的に予想することは容易ではない.
出力も大きくなるため,壁材料へ入射する He および中性
これは,微細組織変化や水素同位体挙動が壁材料の物性や
子のフルエンスが著しく増大する.すなわち,今後のプラ
温 度,な ら び に 中 性 子・He・燃 料 粒 子 の 入 射 エ ネ ル
ズマ・壁相互作用研究において He と中性子の照射効果は
ギー,フラックス,フルエンス等に複雑に依存するためで
避けて通れない課題である.また,DEMO では ITER と比
ある.このような諸因子が複雑に絡みあう現象の理解に
べ壁がより高温に長時間維持されることも重要な点であ
は,個々のパラメータを精密に制御した実験の遂行が必要
る.
不可欠である.表題に掲げた直線型プラズマ生成装置は,
不活性ガスである He は固体材料中へほとんど溶解せず,
水素同位体および He 粒子のフラックスおよび試料温度の
表面近傍でバブルを形成し,表面形態および表面直下の微
制御性に優れ,かつDEMOで想定される定常運転も可能で
細組織を大きく変化させる.一方,電荷を有しない中性子
あり,複雑なプラズマ・壁相互作用の研究に大きな威力を
は材料中で電気的相互作用によりエネルギーを失うことが
発揮する.例えば,Kajita ら
[1]は直線型プラズマ生成装置
ないため,材料中で均一にはじき出し損傷を引き起こし,
NAGDIS-II を用いて,プラズマ対向壁材料として有望視さ
空孔や転位ループなどの照射欠陥を導入する.このような
れているタングステン(W)について He プラズマ照射効果
表面形態の変化やバブルおよび照射欠陥による水素同位体
を詳細に調べ,表面形態の変化を試料温度と He 入射エネ
捕獲効果は燃料粒子のリサイクリングや材料中のインベン
ルギーの関数として整理することに成功している.また,
トリーを大きく変化させる.DEMO における高い壁温度で
W 表面にフィラメント状のナノ構造が発達するという,興
の長時間放電は,表面形態の変化や照射損傷の回復を促す
味深い現象も見出されている[1,
2].
一方で,水素同位体の長距離輸送を引き起こす.中性子照
W については He 照射効果のみならず,He と他の不純物
射によりバルク中に均一に捕獲サイトが形成されたプラズ
の重畳照射効果や中性子照射効果についても,ほとんど
Hydrogen Isotope Research Center, University of Toyama, TOYAMA 930-8555, Japan
Corresponding author’s e-mail: [email protected]
489
!2014 The Japan Society of Plasma
Science and Nuclear Fusion Research
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.90, No.8 August 2014
データがない状況であった.そこで著者らは,主に日米科
の直径は約 50 mm である.リテンション測定用の試料ホル
学技術協力事業の枠組みにおいて,W 中の水素同位体リテ
ダーは試料を載せる Cu ステージ,冷却水循環システム,試
ンションに及ぼす中性子照射効果および ITER で第一壁材
料を固定するためのマスクからなる.試料はプラズマから
料として用いられるベリリウム(Be)と He の重畳照射効果
の入熱により加熱され,Cu ステージと試料の間に材質や
を調べた.前者の研究については,著者らが知る限り世界
形状が異なるプレートを挿入し熱伝達を調整することで試
で唯一の,中性子照射で放射化した試料をプラズマ照射で
料の温度制御が可能である.試料温度は背面から熱電対を
きる直線型装置 Tritium Plasma Experiment(TPE)
(アイ
押し当て測定する.現状での最高試料到達温度は 1100 K
ダホ国立研究所 INL)
[3]を使用した.また後者の研究で
程度である.現在,プラズマ駆動透過実験用の試料ホル
は,同様に唯一 Be プラズマを生成できる PISCES-B(カリ
ダーの開発および高フラックス(>1023 m−2s−1)プラズマ
フォルニア大学サンディエゴ校 UCSD)
[4]を用いた.本章
生成に向けた放電電源の改良も進められている.
では,これらの成果の概要を報告する.個々の研究の詳細
3.
2.
2 試料調製および D リテンションの測定
TPE では試料を手作業で交換する必要がある.そこで作
については本誌プロジェクトレビュー
[5]およびレビュー
業者の放射線被曝を最小限にとどめるため,通常TPEで用
論文[6]として発表しているので,そちらを参照されたい.
いられる試料が直径1インチ(25.7 mm),厚さ 1 mm 程度
3.
2 W 中の D リテンションに及ぼす中性子照射
の影響
であるのに対し,本研究では直径 6 mm,厚さ 0.2 mm とい
3.
2.
1 TPE 装置
体プラズマに曝露すると,表面にブリスタ(高圧ガスの蓄
う微小試料を使用した.また,W を高フラックス水素同位
TPE はその名の示す通り,トリチウム(T)を含むプラ
積による瘤状の隆起)が生じることが知られている.本タ
ズマを生成できるという特長を有する直線型プラズマ装置
スクの目的は W バルク中での中性子照射欠陥による水素
である.放射線管理区域内のグローブボックス中に設置さ
同位体の捕獲を調べることであるが,表面のブリスタに多
れており,最大 1.5 g の T が使用可能であり,0.1∼3.0% 程
量の水素同位体が蓄積されると,バルク中の水素同位体量
度の T を含むプラズマを生成できる.また,放射線管理区
の測定に支障をきたす可能性があった.ブリスタはプラズ
域内にあるため中性子照射により放射化した試料も取り扱
マに曝露される表面に平行に結晶粒界が伸展した組織で形
うことがきる.現在,中性子照射した試料を照射できるプ
成されやすいことがわかっている
[7].これは,水素同位
ラズマ装置の建設計画はいくつかあるが,既に稼働してい
体が粒界に蓄積しガス化することによりブリスタリングの
るものは著者らの知る限り TPE のみである.なお,後述す
起点となるためと考えられる.そこで本研究では,粒界を
るように本研究では水素同位体の深さ方向分布を核反応法
拡散する水素同位体が表面近傍に蓄積せず速やかにバルク
(NRA)で分析するため,プラズマ照射後の試料を管理区
内部へ輸送されるよう,結晶粒界がプラズマに曝露される
域外へ持ち出す必要があった.そのため,飛散性が高い放
表面に垂直に伸展した試料を調製した.具体的には,直径
射性同位元素である T の使用は避け,D プラズマの照射の
6 mm の高純度 W 棒(99.99%)をスライスし,表面を鏡面
みを行った.
に研磨したのち,真空中で 1173 K にて3
0分間熱処理するこ
図1に TPE とそのイオンソースおよび試料ホルダーの
とで試料とした.また,透過型電子顕微鏡(TEM)による
模式図を示す[3].TPE はカソード(LaB6)から試料まで
微細組織観察用に,直径 3 mm の試料も調製した.図2に
の距離がおよそ 160 cm であり,4×1022 m−2s−1 程度のフ
調製した試料および母材(丸棒)の写真を示す.
ラックスの水素同位体定常プラズマが得られる.プラズマ
中性子照射には,オークリッジ国立研究所(ORNL)の
研究炉 High Flux Isotope Reactor(HFIR)を用いた.まず,
富山大学で調製した試料を ORNL へ輸送し,HFIR の冷却
水温度(約 323 K)にて 0.025 および 0.3 dpa(dpa=displace-
図1
TPE(上)
,LaB6 カソード(右下)
および試料ホルダー(左下)
の模式図[3]
.
図2
490
中性子照射用微小 W 試料および母材.
Special Topic Article
3. Plasma-Wall Interaction Studies using Linear Plasma Devices
Y. Hatano et al.
ment per atom)まで照射した.0.025 dpa 照射試料では約
べやや低い値となってはいるものの依然として高いレベル
300日,0.3 dpa 照射試料では約800日間誘導放射能を冷却し
にある.すなわち,壁温度が少々上昇しても T リテンショ
たのち,これらの試料を ORNL から INL へ輸送し,TPE
ンが劇的に減少するわけではない.773 K において捕獲 D
を用いて 473 K および 773 K で高フラックス D プラズマを
濃度が 473 K と比べ低かった原因の一つとして,高温では
照射した.入射エネルギーは 100 eV,フラックスは
(5−7)
水素同位体による照射欠陥占有率が低下することが挙げら
21
−2 −1
25
−2
とし
れる.局所平衡状態において中性子照射 W 中で捕獲サイト
た.プラズマ照射したのち,ウィスコンシン大学において
(5−7)×10 D m
×10 D m s ,フ ル エ ン ス は
が水素同位体により占有される確率 &/は,W 結晶格子中に
NRAによりDの深さ方向分布を測定した.プローブビーム
固溶する水素同位体の濃度の関数として次式のように表さ
には 3.5 MeV 3He イオンを用いた.
れる.
3.
2.
3 中性子照射 W 中の D リテンション
.
#)+,!+"
%
$*0&
&/!+"
*0-%
#!&/!+&
#!&&&
"&&"
%
%
図3に473および773 Kにてプラズマ照射した試料中のD
(1)
ここで,添字 +は捕獲サイトとして働く欠陥の種類,&& は
の深さ方向分布を示す[8,
9].どちらの温度でも,中性子照
射量の増大と共に D 濃度が上昇しており,中性子照射に
W 結晶中の格子間位置の水素同位体による占有率,#)+,!+
よって形成された欠陥が水素同位体の捕獲サイトとして働
は各捕獲サイトと水素同位体の結合エネルギー(捕獲サイ
いていることがわかる.473 K でプラズマに曝露した場合
トと格子間位置での水素同位体のエンタルピー差)
,$*0
の D 濃度は,0.025 dpa で 0.3 at.%,0.3 dpa で約 0.8 at.%に
はプラズマ照射される ( の温度である.#)+,!%#"なので,
達しており,中性子照射後の W がこの程度の温度でプラズ
たとえ && が一定であっても &/は温度の増大と共に減少す
マに曝露されると,高濃度に水素同位体が蓄積されること
る.加えて,高温では入射側表面での再結合脱離が活性化
がわかる.トリチウムインベントリー評価の上では,極め
する.単純に考えると,プラズマ曝露下における試料表面
て重要な問題である.ただし,中性子照射量は一桁増大し
での粒子バランスは以下のように書ける.
ているのに対し,D 濃度はせいぜい数倍程度しか増大して
$
.
!&&&
$%+,"%."'$'"%.%
いない.室温近傍でイオン照射により欠陥を導入した実験
(2)
では 0.7 dpa 程度で捕獲サイト密度が飽和する傾向が見ら
ここで,%+,はプラズマからの入射 D フラックス,$は入射
れており[10],0.025 dpa と 0.3 dpa での捕獲 D 濃度の差は
した D イオンが試料中へ溶解する確率,%.は表面再結合定
中性子照射においてもそのような捕獲サイト密度の飽和傾
数,"''は表面直下での D 濃度,!は D の濃度と格子間位
向が現れる可能性を示している.現在進められている日米
置占有率の間の換算係数である.プラズマからの入射エネ
科学技術協力事業プロジェクト研究 PHENIX 計画ではよ
ルギーは熱エネルギーに比べて十分大きいので,$の温度
り高線量の中性子照射が計画されており,捕獲水素同位体
依存性は無視できる.%.は W 表面が完全に清浄であれば温
濃度の飽和値と,その飽和値へ達する中性子照射量が明ら
度の上昇と共に減少するはずであるが,実際にはプラズマ
かになることが期待される.
中の酸素や炭素などの不純物元素や試料表面に偏析した不
773 K でプラズマに曝露した場合の D 濃度は 0.025 dpa
純物元素等により再結合放出に対する活性化障壁が形成さ
で 0.2 at.%,0.3 dpa で約 0.4 at.%であり,473 K の場合に比
れ温度上昇と共に増大する[10].したがって,先述のよう
に && は温度上昇と共に減少することとなる.以上の様に,
中性子照射 W 中の水素同位体リテンションは,照射で形成
される欠陥種とその密度など材料側の要因だけではなく,
プラズマからの入射フラックスや試料温度にも敏感に依存
する.
図4は本研究で得られた 0.3 dpa 照射試料および未照射
試料中の D 濃度の温度依存性を,高エネルギー重イオン照
射で欠陥を導入し直線型装置で D プラズマ照射した他の研
究の結果[11‐16]と比較したものである.この図は参考文
献[17]の図2に修正を加えたものであり,他の研究におけ
る高エネルギーイオン照射条件やプラズマ曝露条件は
[17]
にまとめているので,ここでは割愛する.500 K 以下の温
度では D 濃度のばらつきは小さく,照射材に関するデータ
は全て 1 at.%前後の値を示している.一方で,温度が上昇
するのに伴いばらつきが大きくなり,700 K 以上では二桁
程度の差異が生じている.低温で差が小さいのは,ここで
取り上げた研究の範囲においては試料や照射条件が異なっ
ても形成されている捕獲サイトの密度には大差なく,かつ
図3
低温では#)+,!+"
%
$*0##となり捕獲サイトがほぼDで飽和さ
473 K および 773 K で D プラズマに曝露した中性子照射 W
および非照射試料中の D 深さ方向分布[9]
.
れる(&/$#)ためだと考えられる.&/!#となる高温では
491
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.90, No.8 August 2014
捕獲効果で実効的な水素同位体の拡散係数が小さくなって
いることを示している.
一方で,773 K で D プラズマに曝露した場合には,捕獲
D 濃度は深さ約 3 μm 以上の領域においても大きくは低下
しておらず,上述のように照射欠陥による捕獲効果で実効
的拡散係数は減少してはいるものの,高温では拡散過程が
より活性化されることで D が捕獲サイトを埋めながら
NRA による検出限界深さより奥へ浸入していることがわ
かる.参考文献[8]にあるように,0.025 dpa 照射試料につ
いて NRA 測定後に昇温脱離測定を行ったところ,試料中
に保持されていた D 量は 6.4×1021 D m−2 であった.仮に
NRA で測定された深さ 5 μm での捕獲 D 濃度(約 0.2 at.%
図4
=1.2×1026 D m−3)で D が 均 一 に 分 布 し て い た と す る
中性子照射および高エネルギーイオン照射で損傷を導入し
た W 試料および非照射試料中の捕獲 D 濃度のプラズマ照射
温度依存性.高エネルギーイオン照射試料の D 濃度は,損
傷量が最大となる深さにおける値.
と,773 K でのプラズマ曝露後に D は約 50 μm の深さまで
浸入していた計算になる.このような捕獲サイトを高濃度
に含む材料中の水素同位体の長距離拡散は,T 滞留量の著
!#$%!$の小さな違いで "" が一定であっても "'に差異が生じ
しい増大につながる重要な現象である.これまでの高エネ
うる上,""が先述の様にプラズマからの入射 D フラックス
ルギー重イオンで照射損傷を与える実験では,損傷領域の
!$%や "&に敏感に依存するため,捕獲 D 濃度に顕著な差が
厚さは先述のようにせいぜい数 μm であり,数百 μm∼mm
現れたのであろう.Pilot-PSI なる高フラックス D プラズマ
オーダーでの長距離拡散を観察することは困難である.ま
生成装置(1024 D m−2s−1)が用いられた Wright et al.[12]
た,同時に低フラックスの水素同位体イオン照射装置等で
および ’t Hoen et al.[16]らの実験において 900 K 以上の高
の実験や短時間のパルス照射でも長距離拡散を調べること
温でも高い捕獲 D 濃度が観察されていることは,このよう
はできない.捕獲サイトを有する媒質中の水素同位体の実
な考えによって説明される.高温での捕獲 D 濃度が試料温
効的拡散係数は,水素同位体による捕獲サイトの占有率が
度や入射フラックスに敏感に依存する以上,これらのパラ
高いほど大きくなる[19].これは,既に水素同位体により
メータが精密に定義されない測定は無意味である.した
飽和されている捕獲サイトは,新たな水素同位体原子が拡
がって,この種の研究には制御性に優れる直線型プラズマ
散してきてもそれを捕獲することができない(新たに拡散
装置が極めて有用である.
してくる水素同位体原子に対しては捕獲サイトとして働か
ただし,これまであまり議論されてこなかった問題点も
ない)という単純な原理による.逆に,占有率が低ければ
ある.それは,プラズマ照射終了後試料の冷却が完了する
大部分の照射欠陥が捕獲サイトとしての役割を果たし続け
までの間における D の脱離である.多くのプラズマ装置で
るため,実効的拡散係数は小さな値となり,水素同位体は
はプラズマからの入熱で試料温度を上昇させるため,照射
入射側表面近傍に局在し続けることとなる.先述のように
終了時にはプラズマを停止してから試料温度が低下し始め
捕獲サイト占有率は入射フラックスと共に増大するため,
る.このため,プラズマ停止から試料温度が十分に低下す
実効的拡散係数もフラックスと共に上昇する.加えて,フ
るまでの間に,表面近傍で捕獲された D の一部が脱離する
ラックスが低い,あるいは短時間のパルス運転であれば,
可能性は否定できない.特に高エネルギー重イオンで形成
打ち込まれる水素同位体の総量も必然的に小さくなるた
される損傷領域の深さは 1∼2 μm 程度であり,この効果が
め,広い範囲に渡って捕獲サイトを満たすことができな
顕著に現れる可能性がある.参考文献[17]で議論したよう
い.本研究で長距離拡散が観察されたのには,TPE が
に,損傷領域の深さが 2 μm,プラズマ曝露後の冷却速度が
1022 D m−2s−1 程度という高フラックスで定常運転できる
−1
の場合,欠陥からの脱捕獲の活性化エネルギーが
装置であったからこそである.DEMO で T の長距離拡散が
1.5 eV 以下であれば9
0%以上が脱離することとなる.試料
生じるのは明白であり,中性子照射試料の取り扱いと定常
の冷却速度については論文にほとんど記載がなく定量的な
放電が可能な高フラックス直線型プラズマ生成装置を用い
議論は困難であるが,この種の測定においては重要なパラ
た実験的研究により,今後さらに詳細に水素同位体の長距
メータの一つと考えられる.
離拡散挙動を調べる必要がある.
1Ks
図3において D の浸入深さに着目すると,473 K でプラ
なお,著者らは高エネルギー重イオン照射 W 試料を用
ズマに曝露した場合には深さ約 3 μm までは捕獲 D 濃度が
い,単なる真空中での熱処理に比べ,同位体交換を利用す
ほぼ均一であるが,より深部では D 濃度が深さと共に減少
ることで欠陥に捕獲された水素同位体を高効率で除去でき
している.Frauenfelder
[18]によって報告されている W
ることを確認している[8,
9].この同位体交換法は,除去処
中 の 固 溶 水 素 の 拡 散 係 数 よ り,473 K で の 値 は
理後に発生する混合ガスの同位体分離が必要という課題は
3×10−11 m−2s−1 と求められる.104秒のプラズマ照射中に
あるものの,照射欠陥に捕獲された T 除去法として有望で
おける平均拡散距離は 700∼800 μm 程度となるはずであ
ある.今後,中性子照射試料での実証が必要である.また,
る.深さ約 3 μm 以降での D 濃度の減少は,照射欠陥による
後述するようにプラズマ中に He や Be が混入すると表面の
492
Special Topic Article
3. Plasma-Wall Interaction Studies using Linear Plasma Devices
Y. Hatano et al.
形態が大きく変化する.中性子‐Heならびに中性子‐He‐Be
能となっている.
の重畳効果の調査も今後の重要な課題である.
3.
3.
2 He 混合プラズマ照射の影響
3.
3 D-He-Be 混合プラズマ照射した W の微細組
織と D リテンション特性
影響を評価するために,応力除去熱処理を施した W 試料に
3.
3.
1 PISCES 装置
は,試料温度 573 K において He の混合割合を変化させた混
燃焼プラズマで発生する He の混合が表面特性に与える
D+He 混合プラズマにおける材料照射実験を行った.図6
PISCES-B[4]は,UCSD に設置された直線型高フラック
合プラズマに照射した試料の表面組織を示している[22].
スプラズマ生成装置である.この装置は,定常高フラック
D プラズマに曝した試料においては,その表面に数 μm 程
スプラズマの生成が可能であり,かつ ITER 第一壁に適用
度の高密度のブリスタの形成が確認された.このブリスタ
される Be を含む混合プラズマを用いた材料照射実験が可
の形成には,顕著な結晶粒依存性が認められ,EBSD によ
能な世界的にも類をみない特徴的な装置である.図5に,
る結晶方位解析の結果,試料表面の法線方向が〈111〉方向
PISCES-B の外観,および模式図を示す.安全上の理由か
に近い結晶粒において,ブリスタが形成しやすいことが明
ら,装置全体が負圧に管理された密閉構造の実験室内に設
らかになった.W などの BCC 金属にとって〈1
11〉方向は
置され,入室を伴う作業は,全身密閉タイプの防護服とマ
原子の線密度が最大となる方位で,入射イオンが見込む原
スクを装着した実験室内の作業者2名と実験室外の監督者
子配列の隙間が最も大きくなる.そのため,D イオンの飛
1名が常にグループになって行われている.照射実験中の
程が比較的深部にまで達し,結果としてブリスタの形成が
プラズマパラメーターは,試料の上流側に設置された可動
促進されたと考えられた.同様の表面形態変化の結晶方位
式のラングミュアープローブにより計測されており,入射
依存性は水素イオン照射されたアルミニウムにおいても報
イオンエネルギー(!$)は,試料に印加したバイアス電圧に
告されており,FCC 構造に対して隙間が最も大きくなる
よって調整されている.さらに,混合プラズマ照射におけ
〈110〉方向の結晶粒において顕著なピットやブリスタの形
るイオン密度比は,プラズマ発光分光により計測されてい
成が観察されている
[23].一方,He の混合は,この表面
る[20,
21].DおよびHeはマスフローコントローラにより,
形態変化に著しい影響を与えた.図6に見られるように D
Beについては真空蒸発法により,プラズマ中への流量が調
+He 混合プラズマ照射においては,#
"# ∼1%の僅かな He
!
整され,試料への入射イオン線束比が一定となる様に制御
イオン濃度においてもブリスタの形成量は抑制され,#
"#!
されている.また試料温度("#%)は,試料背面に直接接触し
∼5%以上の He 濃度では,その形成は確認されなかった.
た熱電対により計測されており,水冷あるいは空冷の流量
He 混合の影響は,D 保持挙動にも顕著に表れた.図7
を調整することにより制御されている.プラズマ曝露後の
に,プラズマ曝露(!!∼5×1025 m−2)後の D2(上段)およ
試料は,試料搬送機構の利用により,大気に曝すことなく
び He(下段)の昇温脱離スペクトルを示す.D プラズマに
別チャンバーへ移動後,AES,XPS および SIMS 分析が可
曝した試料においては明瞭な D2 放出ピークが確認できる
が,D+He 混合プラズマ照射した試料の D2 の放出は検出限
界以下となった.その結果,D+He 混合プラズマ照射した
試料の D リテンションは D プラズマ照射した試料より2桁
以上小さくなることが明らかにな っ た.図8に 示 し た
TEM断面微細組織
[24]に見られるように,D+He混合プラ
ズマ照射した試料の表面近傍には,飛程(∼数 nm)を遥か
に超えた材料深部にまで微細な He バブルが高密度に形成
していた.さらに He バブルの体積占有率から,He バブル
同士は合体し,材料深部は試料表面と He バブルを介して
繋がっていると評価された.この互いに結合した He バブ
図5
直線型高フラックスプラズマ生成装置 PISCES-B の外観
(a)
,および模式図(b)
[4]
.
図6
493
D プ ラ ズ マ,お よ び D+He 混 合 プ ラ ズ マ 照 射(!D∼5×
1025 m−2,Ts∼573 K)した W の表面 SEM 像[2
2]
.
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.90, No.8 August 2014
て,Beを含む混合プラズマによる材料照射実験をあわせて
行った.
Be混合プラズマ照射では,イオンの入射エネルギーが比
較的低い !!∼10 eV において,He の有無に依らず,Be を主
成分とする厚い堆積層が形成された.一方,!!∼60 eV で
は,Be の堆積とスパッタリングによる損耗がほぼ平衡
し,表面 5 nm程度の領域にのみW/Be混合層の形成が確認
された.図9に,!!∼60 eVにおいて,異なる試料温度でBe
混合プラズマに曝した W 試料の表面組織を示す.この Be
損耗条件下では,He の混合がない場合,試料表面にサブミ
クロン程度の比較的小さいブリスタの形成とその剥離が観
察される.さらに He を追加すると,Be を含まない混合プ
ラズマ照射の時と同様に,ブリスタは形成されず,スムー
図7
D および D+He 混合プラズマに曝した W試料からのD2(上
段)
,および He(下段)昇温脱離スペクトル[2
2]
.
ズな表面が維持された.
図10には,これらの試料の昇温脱離実験から得られた D
リテンションを示す.損耗条件下(!!∼60 eV),""∼573 K
で,Be 混合プラズマに曝した W 試料においては,D リテン
ションは D プラズマ照射時と比較して一桁程度減少してい
る.試料表面に形成する僅かな Be/W 混合層が,D の試料
内部への拡散を阻害していると考えられるが,その機構は
明らかになっていない.Be/W 混合層により,D+He 混合
プラズマ照射で観察される He バブルの形成や,それに伴
う D リテンションの減少効果も抑制されており,現象の解
明が課題となっている.また,Be 混合プラズマ照射におい
図8
ては,堆積,損耗の条件に関わらず,He 混合の影響はほぼ
D+He混合プラズマ照射(!D∼5×1025 m−2,Ts∼573 K)し
た W の断面 TEM 像[2
4]
.
消失しており,D 保持特性や微細組織に関し,Be は He
より支配的な影響を有する可能性が指摘できる.一方で,
""∼773 K 以上の照射温度では D リテンションは1桁以上
ルが,入射する D 原子の試料表面までの拡散経路として機
能し,結果として D リテンションの著しい減少をもたらし
たと考えられた.
従来の低フラックスのイオン照射実験による知見から
は,He イオン照射により導入された欠陥が水素同位体の
強い捕獲サイトとして機能するため水素リテンションが大
幅に増加すると指摘されていたが[25],本研究では大きく
異なる結果が得られた.これは制御性のよい高フラックス
プラズマ照射実験により明らかにされた成果であり,直線
型プラズマ生成装置の利用によるところが大きい.先に述
べたように,高フラックス D 照射では,実効的拡散係数の
図9
上昇により,バルク内の捕獲サイトの影響が明確に現れる
が,Heの混合によりDの試料内部への拡散が大幅に抑制さ
各試料温度にて Be 混合プラズマ照射(Ei∼60 eV,!D∼5×
1025 m−2)した W の表面 SEM 像.
れたものだと考えられる.PISCES の D+He 混合プラズマ
照射においては,1∼2%程度のわずかな He 濃度におい
ても,大幅な D リテンションの減少がみられており,燃焼
プラズマを取り扱う実機装置では T リテンションの軽減が
期待できる.一方で,DEMO では先に述べた中性子照射損
傷の影響や他の不純物の発生など,問題は複雑であり,最
終的には,これらの問題を考慮したうえで T リテンション
を予測することが必要である.
3.
3.
3 Be 混合の影響
ITER においては,第一壁に Be の使用も予定されてお
図1
0 各試料温度にて混合プラズマ照射(Ei∼60 eV,!D∼5×1025
m−2)した W の D リテンション.
り,プラズマ中に混入した Be が W の表面特性に少なから
ず影響することも予想される.そのため PISCES-B におい
494
Special Topic Article
3. Plasma-Wall Interaction Studies using Linear Plasma Devices
Y. Hatano et al.
についても検討を進める必要がある.
減少する.試料表面の XPS 分析から,973 K で D+Be 混合
プラズマ曝露した試料表面において,金属間化合物 Be2W
参考文献
の形成が確認されており,本来の金属 Be の影響が軽減さ
れたものと考えられた.
[1]S. Kajita et al., Nucl. Fusion 49, 095005 (2009).
[2]S. Takamura et al., Plasma Fusion Res. 1, 051 (2006).
[3]M. Shimada et al., Rev. Sci. Instr. 82, 083503 (2011).
[4]R.P. Doerner et al., Phys. Scr. T111, 75 (2004).
[5]波多野雄治他:プラズマ・核融合学会誌 89, 725 (2013).
[6]宮本光貴他:プラズマ・核融合学会誌 89, 355 (2013).
[7]Y. Ueda et al., J. Nucl. Mater. 337-339, 1010 (2005).
[8]Y. Hatano et al., J. Nucl. Mater. 438, S114 (2013).
[9]Y. Hatano et al., Nucl. Fusion 53, 073006 (2013).
[1
0]J. Roth and K. Schmid, Phys. Scripta T145, 014031 (2011).
[1
1]W.R. Wampler and R. P. Doerner, Nucl. Fusion 49, 115023
(2009).
[1
2]G.M. Wright et al., Nucl. Fusion 50, 075006 (2010).
[1
3]O.V. Ogorodnikova et al., J. Nucl. Mater. 415, S661 (2011).
[1
4]B. Tyburska et al., J. Nucl. Mater. 415, S680 (2011).
[1
5]V.Kh. Alimov et al., J. Nucl. Mater. 420, 370-373 (2012).
[1
6]M.H. J. 't Hoen et al., Nucl. Fusion 53, 043003 (2013).
[1
7]Y. Hatano et al., Mater. Trans. 54, 437 (2013).
[1
8]R. Frauenfelder, J. Vac. Sci. Technol. 6, 388 (1969).
[1
9]R. A. Oriani, Acta Metall. 18, 147 (1970).
[2
0]D. Nishijima et al., Phys. Plasmas 14, 103509 (2007).
[2
1]D. Nishijima et al., J. Nucl. Mater. 438, S1245 (2013).
[2
2]M. Miyamoto et al., Nucl. Fusion 49, 065035 (2009).
[2
3]L.H. Milacek et al., J. Appl. Phys. 39, 5714 (1968).
[2
4]M. Miyamoto et al., J. Nucl. Mater. 415, 657 (2011).
[2
5]H. Iwakiri et al., J. Nucl. Mater. 307, 135 (2002).
3.
4 まとめ
DEMO および ITER でのプラズマ・壁相互作用を予測す
る上で不可欠な,W 中の水素同位体リテンションに及ぼす
中性子照射効果,およびD-HeならびにD-He-Be混合プラズ
マ照射効果を調べた.前者の研究では中性子照射で放射化
した試料をプラズマ照射できる世界で唯一の直線型プラズ
マ生成装置 TPE を,後者では Be プラズマを生成できると
いう類なき特長をもつ PISCES-B を用いた.中性子照射に
より W 中に保持される水素同位体濃度は著しく増大し,
473 K では 0.8 at.%にも達した.773 K では捕獲水素同位体
濃度はやや減少するものの,長距離拡散により深部へ浸入
するため,リテンションはかえって増大することが示され
た.また,プラズマに He を混入させるとブリスタの形成が
抑制されると共に,水素同位体リテンションが減少した.
プラズマ中の He 濃度が20%の場合には,水素同位体リテ
ンションは二桁以上低減した.一方,Be が混入すると He
の働きが抑制されることがわかった.以上の様に,試料温
度や入射フラックスなどのパラメータ制御性に優れる直線
型プラズマ生成装置を用いることで,中性子,He,Be の
個々の照射効果が定量的に明らかになりつつある.今後
は,DEMO および ITER での T リテンションの予測をめざ
して,これら諸因子の重畳効果を調べると共に,T 除去法
495