目に見えない光”で Ia 型超新星の爆発機構を探る 〜予想外に

”目に見えない光”で Ia 型超新星の爆発機構を探る
〜予想外に早かったガンマ線放出をとらえた〜
発表概要:
マックスプランク研究所の Roland Diehl 教授、京都大学大学院理学研究科の前田啓一准教
授らの研究チームは、超新星放出物質の表面近くからガンマ線が放出されているという驚くべ
き観測結果を得ました。この発見は既存の Ia 型超新星の爆発理論に疑問を投げかけるものです。
これまで考えられていたように星の奥深くのみで核反応が暴走するのではなく、表面付近で先
に核反応が開始され、これが星全体の核爆発の引き金になっていることが示唆されたのです。
今回、本研究チームは欧州宇宙機関(ESA:European Space Agency)が開発・運用してい
る INTEGRAL 宇宙望遠鏡を用い、我々の銀河系の外、比較的近傍の銀河 M82 で発生した Ia
型超新星 SN 2014J からのガンマ線を検出しました。これは、巨大な核爆発である Ia 型超新星
爆発の際に大量に生成される不安定原子核 56Ni が放射性崩壊する際に放出するシグナルであ
り、爆発的核反応の痕跡を直接探る唯一の観測手段です。我々の銀河系の外で発生した超新星
からの核ガンマ線検出は(重い星の爆発である)SN 1987A についで二番目、Ia 型(核暴走型)
超新星では初めての例になり、これまでで最も遠い天体からの核ガンマ線の検出になります。
核ガンマ線の観測は超新星の爆発機構に全く新しい知見をもたらすものとして期待されてい
ましたが、実際に本研究で得られた示唆はガンマ線以外での観測では得られなかったものです。
本研究により理論研究に新たな課題が突き付けられただけでなく、今後爆発機構をより深く理
解することで Ia 型超新星を用いた宇宙論研究への波及効果なども期待されます。また、本研究
は「ガンマ線による観測的天体核物理」のマイルストーンであり、2015 年打ち上げ予定の
Astro-H に搭載のガンマ線検出器やその他の将来計画での核ガンマ線天文学の発展が期待され
ます。
本研究成果は、米国科学振興協会 (AAAS) 発行の論文誌 Science に掲載されます。印刷版に
先立ち、「Science express」(Science のホームページ掲載)の 2014 年 7 月 31 日号に掲載さ
れました。
発表のポイント:
◆Ia 型超新星爆発の際に大量に生成される不安定原子核 56Ni の崩壊に伴うガンマ線を検出
しました。放射性元素崩壊にともなうガンマ線のシグナルが検出された天体としては今ま
でで最も遠方の天体です(距離は約 1,000 万光年)。
◆爆発後約 18 日の初期の段階からガンマ線が検出されました。これは既存の理論からする
と全く予想外の結果となります。
◆これまで白色矮星の中心近くで核反応が点火されると考えられていましたが、本研究から
は白色矮星の表面付近でまず核暴走反応が引き起こされ、これが星全体の爆発の引き金に
なったという新しい理論が提案されます。
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発表内容:
<背景>
さまざまなタイプの超新星のうち、Ia 型とよばれる超新星は、爆発の規模がほぼ同じで、ピ
ーク時の明るさもよく揃っている、「宇宙の標準光源」とも呼ばれる性質を持っています。宇
宙のさまざまな場所で発生した Ia 型超新星を観測し、宇宙の加速膨張を発見した 2 つの研究
グループが 2011 年のノーベル物理学賞に輝くなど、Ia 型超新星は宇宙の歴史と未来を知る上
で重要な役割を果たしています。
その重要性にもかかわらず、Ia 型超新星に至る進化と爆発過程には多くの謎が残されていま
す。進化過程については、爆発を起こす白色矮星(*1)の連星の相手の星(すぐ隣の星)が
重要だと考えられています。白色矮星は重力が強いので相手の(通常の)恒星から物質を奪っ
たり、あるいは相手も白色矮星で衝突合体したりして、白色矮星の質量がある限界値を超える
と白色矮星内部で核反応の暴走が引き起こされると考えられています。爆発過程については、
どのように核反応暴走の引き金が引かれるかの詳細がまだ解明されていません。
Ia 型超新星は巨大な核爆発で、大量の不安定原子核を生成して宇宙空間にばらまきます。特
に、ニッケルの同位体である不安定原子核 56Ni は太陽と同じくらいの質量が生成・放出されま
す。この同位体は、約一週間でコバルト 56Co に壊変し、さらに 100 日程度で鉄 56Fe に壊変し
ます(*2)。この際に、不安定原子核の種類に応じて特徴的な「核ガンマ線」が放出されます。
この(肉眼では見えない)核ガンマ線を検出することは宇宙の核爆発の直接検証であり、可視
光では見えない核反応の痕跡を視ることになります。どのような核反応が起こったか直接わか
り、またその情報から爆発機構の理解を大きく進展させることができると考えられています。
Ia 型超新星からの核ガンマ線をとらえることは長年にわたりガンマ線天文学の悲願の一つと
されてきましたが、既存の検出器では感度が足りずこれまで検出に成功していませんでした。
本研究グループは以前から、Diehl 教授らによる観測データ解析手法の開発、前田准教授ら
によるガンマ線シグナルの理論予測・考察(*3)などを突き合わせ、ガンマ線が検出できるほ
ど比較的近い距離で発生する超新星を待ち受けていました。そして、ついに 2014 年 1 月に、
我々の銀河系から距離約 1,000 万年後年にある星形成銀河 M82 で Ia 型超新星 SN 2014J が発
見されたことが報告されました。これは、1986年以降最も近くで発生した Ia 型超新星であ
り、INTEGRAL 宇宙望遠鏡(*4:図 1)を用いればガンマ線検出が期待される距離です。発
見の報告後すぐ、本研究チームを含む INTEGRAL による SN2014J 観測計画が組織され、理
論モデル、可視光での SN2014J の観測結果などを様々な角度から考察し、詳細な観測計画が
検討・実行されました。
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<研究手法と成果>
上記の INTEGRAL 望遠鏡による SN2014J 観測計画により、爆発直後から約 100 日後まで
大量の観測データが得られました。本研究グループはその中でも最も初期に取得されたデータ
の解析をまず担当しました(観測計画立案にあたり、本研究グループが特に重要性を主張した
点でもあります)。マックスプランク地球外物理学研究所においては INTEGRAL データ解析
手法を開発しており、これまで我々の銀河系に分布する不安定原子核、銀河系内超新星残骸(過
去に我々の銀河系で発生した超新星)カシオペア A からの放射性崩壊ガンマ線検出に応用され
ており、今回もこの手法を適用しています。
解析結果は驚くべきものでした。爆発から約 18 日の段階で既に 56Ni の崩壊に伴うガンマ線
が検出されたのです(図 2)。これまで、56Ni は主に爆発する星の中心付近で生成されるため、
この不安定原子核の放射性崩壊に伴うガンマ線は爆発直後には周りの物質に隠されて見えない
と考えられていたのです。爆発後数か月経過すると放出物質の膨張に伴い外層が透けてくるた
め、ようやくガンマ線が漏れ出してくると考えられていました。SN 2014J で検出されると期
待されたのは後者であり、これほど早くガンマ線が漏れ出しているとはまさに予想外の結果だ
ったのです(*5)。
このことは、ガンマ線を放出する不安定原子核が放出物質の表面付近に存在したことを示唆
します。これは、既存の理論に疑問を投げかける観測結果です。連星相手の星から物質を奪い
臨界質量に達した白色矮星が爆発すると考えられてきましたが、その場合に核反応は白色矮星
の中心付近で始まり、爆発的核反応により作られた不安定原子核は表面付近には存在しないと
考えられていたからです。
研究チームは、この驚くべき観測結果について何度も議論を重ねました。データ解析に間違
いはないか様々なチェックを行い、それでも観測結果は変わらないという結論に至り、超新星
爆発の理論を俯瞰し直し今回の観測結果の示唆するものを考察しました。研究チームはこの結
果を、その追試が可能なように観測手法・データ解析手法を詳述し Science 誌に報告しました。
どのような進化・爆発により表面の 56Ni が生成されるか?この問いに答えが得られれば、超
新星の理解が大きく進展します。研究グループの導き出した解答は以下のようなものでした(図
3)。「連星相手から白色矮星の赤道面表面に物質が流れ込み、この表面にたまった物質の中
で核反応が点火される。この核反応は表面付近で比較的少量の 56Ni を生成するともに(これが
初期に漏れ出したガンマ線の起源)、この核反応が白色矮星中心付近まで伝わることでそこで
の核反応の引き金となる。続いて起こった中心付近での核反応により白色矮星全体が吹き飛び、
これが世界中の様々な望遠鏡を用いて可視光で観測されているのである。」
不安定原子核からの放射性崩壊に伴うガンマ線は直接核反応の痕跡を探ることができるため、
超新星爆発の研究において他の波長とは全く次元の異なる情報を与えます。今回、初めて Ia
型超新星から検出されたガンマ線により得られた結果はこれまでの理論を検討しなおす機会と
なり、「連星相手からの急激な質量流入にともなう二段階爆発」シナリオの提案につながりま
した。SN 2014J が特殊だったのか、あるいはこれが一般的なのか?この問いに答えるために
は今後別の超新星についてもガンマ線観測を推し進める必要があります。
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<今後の展望>
超新星 SN 2014J が特殊だったのか、同じような種類の Ia 型超新星がどの程度存在するの
か?残念ながら現在のところガンマ線で比較できる対象はありませんので、可視光観測データ
を中心に検討していく必要があります。SN 2014J は 1986 年以降最も我々に近い距離で発生し
た Ia 型超新星で、世界中の望遠鏡により様々な波長・手法での観測が遂行されています。これ
までのところ、SN 2014J は他の Ia 型超新星とほとんど変わらないように見えますが、今後は
より詳細に様々なデータを包括的に調べる必要があります。
今回提案された進化・爆発シナリオについてもより詳細に検討していく必要があります。同
時に、宇宙論研究への影響なども調べていく必要があるでしょう。たとえば、今回提案された
シナリオで、どのように「標準光源」としての性質が担保されるのか?遠方宇宙で発生する Ia
型超新星も同様の進化・爆発機構をもつのか、あるいは Ia 型超新星には何種類かの亜種が存在
するのか?考えるべき課題は山積みになっています。
本研究は、核ガンマ線の観測が超新星の爆発機構に全く新しい知見をもたらすということを
証明した、「ガンマ線による観測的天体核物理」のマイルストーンであるとも言えます。2015
年打ち上げ予定の Astro-H に搭載のガンマ線検出器やその他の将来計画での核ガンマ線天文学
の発展が期待されますし、より多くの超新星がガンマ線で観測できるようになると期待されて
います(*3)。ガンマ線は検出が難しく、逆に言えば天文学の中での最後のフロンティアの
一つです。超新星にとどまらず、まだ我々の知らない現象、未解明の天体現象の謎を解く鍵が
数多く潜んでいることでしょう。
発表雑誌:
雑誌名:「Science」(Science Express 2014 年 7 月 31 日号)
論文タイトル:Early 56Ni Decay Gamma-Rays from SN 2014J Suggest An Unusual Explosion
著者:Roland Diehl,1* Thomas Siegert,1 Wolfgang Hillebrandt,2 Sergei A. Grebenev,3 Jochen
Greiner,1 Martin Krause,1 Markus Kromer,4 Keiichi Maeda,5 Friedrich Röpke,6 Stefan
Tauenberger2
著者所属:1Max-Planck-Institut für Extraterrestrische Physik, 2Max-Planck-Institut für
Astrophysik, 3Space Research Institute, RAS, 4The Oskar Klein Centre &
Department of Astronomy, Stockholm University, 5Department of Astronomy, Kyoto
University & Kavli Institute for Physics and Mathematics of the Universe,
Unversity of Tokyo, 6Inst. f. Theor. Physik und Astrophysik, Universität Würzburg
問い合わせ先:
前田啓一(まえだ・けいいち)
京都大学大学院理学研究科宇宙物理学教室 准教授
E-mail: keiichi.maeda_at_kusastro.kyoto-u.ac.jp
(E-mail 送信の際は、 _at_ を @ に変更して下さい。)
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用語解説・補足:
*1 白色矮星と限界質量:白色矮星は量子力学的な力(電子の縮退圧)で支えられた非常に高密
度の星です(スプーン一杯で 1 トン程度の重さ)。太陽のような星が行きつく進化の最終段
階だと考えられています。白色矮星の構造の理論はノーベル物理学賞受賞者でもあるチャン
ドラセカール博士らにより確立されました。特に、白色矮星として存在できる上限の質量(限
界質量、太陽の約 1.4 倍)があることが示されており、この限界質量を超えてしまった白色
矮星は核暴走爆発を起こし Ia 型超新星になると考えられています。
*2 超新星で生成・放出される 56Ni とその放射性崩壊(壊変):超新星では 56Ni が生成・放出
され、これが壊変して鉄(56Fe)になります。特に、Ia 型超新星は太陽と同じくらいの質量
の 56Ni を放出します。現在の宇宙にある鉄の大部分は、この過程が起源であると考えられて
います。
*3 ガンマ線シグナルの理論予測:現在まで多くの研究がありますが、本研究チームによるもの
としては、以下があります。
Maeda et al. 2012, The Astrophysical Journal, 760, 54
この論文では、Astro-H 望遠鏡によりガンマ線で観測できる超新星が飛躍的に増大すると提
案されています。
*4 INTEGRAL 宇宙望遠鏡:2002 年に打ち上げられたガンマ線宇宙望遠鏡で、現在も支障なく
機能しています。INTEGRAL は様々なガンマ線天体を発見・観測してきました(活動銀河
核、新種の連星系や中性子星、ガンマ線バースト、銀河系における核ガンマ線や対生成シグ
ナルなど)。INTEGRAL はロシア・アメリカ合衆国と共同研究のもと、欧州宇宙機関(ESA:
European Space Agency)により開発・運営されています。
ウェブサイト: http://sci.esa.int/integral/
また、本研究チームの筆頭著者の Roland Diehl 教授は INTEGRAL に搭載されているガン
マ線分光器(SPI)の主任研究者の一人です。
*5 SN 2014J で検出が確実と期待されたのは、爆発後数か月後、中心で生成された 56Ni の崩壊
からのガンマ線がしみだしてきたシグナルです。それより初期のシグナルは解析により充分
に感度が出れば「有意な上限値」をつけることができる、これを通して爆発機構の制限にな
るということが主な課題とされており、「検出される」というのは予想外でした。天文学で
は何が起こるかわからないのでまずは望遠鏡を向けてみるべき、という思想が功を奏した好
例と言えます。
関連機関・個人のリンク:
マックスプランク地球外物理学研究所:http://www.mpe.mpg.de/2169/en
マックスプランク天体物理学研究所:http://www.mpa-garching.mpg.de/mpa/index-en.shtml
京都大学大学院理学研究科宇宙物理学教室 前田啓一:
http://www.kusastro.kyoto-u.ac.jp/~keiichi.maeda/index_j.html
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図表:
図1:INTEGRAL 宇宙望遠鏡(左)と本研究で使用された INTEGRAL 搭載のガンマ線分光器 SPI
(右)(クレジット: ESA and CNES)。
図 2:56Ni の崩壊により放出される 158 キロ電子ボルトと 812 キロ電子ボルトの核ガンマ線の画像。
中心の十字のやや左上にある強いガンマ線源が超新星 SN 2014J(クレジット: Roland Diehl,
MPE)。実際にはガンマ線を波長ごとに分ける分光観測が行われており、この図はデータ解析の整
合性の確認のために用いられた。
図 3:本研究の観測結果をもとに提案される Ia 型超新星に至る進化過程。連星相手(左)から白色
矮星(右)に急激な物質流入が起こり、この物質は回転しながら落ち込み白色矮星の赤道表面に蓄
積される。最終的にこの表面にたまった物質内で核暴走が始まる(ESA and Justyn Maund, QUB)。
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