第11回目講義

有機反応の基礎(第11回)
第14章
到達目標
 共役ジエンの性質及びアルケンとの相違点につ
いて説明できる。
 化学反応で用いられる「速度支配」「熱力学支配」
という用語の意味を説明できる。
 Diels-Alder反応の特徴を具体例を用いて説明で
きる。
 共役と有機化合物の色の関係について説明でき
る。
14.1 共役化合物
共役 conjugation :
多重結合と単結合が交互に存在する部分構造
1,3-ブタジエンは共役ジエン 1,2-ブタジエン、1,4ペンタジエン等は非共役ジエン
H
1
H
C
H
H
3
C
H
C
C
H
H
1,3-ブタジエン
共役ジエン
H
2
1C C C
H
C H
H H
1,2-ブタジエン
非共役ジエン
H
H H H
1C
C 4 C
H
H
C
C
H
H
1,4-ペンタジエン
非共役ジエン
自然界に存在する共役化合物
リコペンlycopene トマトに含まれる色素(赤色)
二重結合11個が“共役”している。
プロゲステロンprogesterone
黄体ホルモン
alkene + ketone = enone (エノン)
共役エノン も 共役化合物の一種
14.1 共役化合物の安定性
アルケンの安定性は、接触還元(触媒を用いた水素化反
応)の際の発熱量(水素化熱)によって分かる。
発熱量が多い方が不安定である(教科書p222)。
予測値
実測値
差
予測値
実測値
差
1,3-ブタジエン(共役ジエン)の方が17 kJ/mol安定である。
共役化合物が安定な理由
1,3-ブタジエン
ブタン
1,3-ブタジエン中の単結合は一般の単結合より短い=強い結合
sp3混成軌道の重なりによる結合
sp2混成軌道の重なりによる結合
共役系中の単結合は部分的に二重結合性を有している。
二重結合のπ電子が、C2-C3の間を通って行き来できる。
電荷の分布を見ると・・・
単結合は部分的な
二重結合性を示している
1,4-ペンタジエンの単結合
左の方が電子
密度が高いこ
とが分かる
(青→赤)
14.2 共役ジエンへの付加反応
アルケンに対する付加反応はどのように進行していたか?(復習)
1)アルケンに対するHClの付加は、安定なカルボカチオンを経由
して進行する。
第三級カルボカチオン
2-メチルプロペン
2)非共役二重結合では、それぞれの二重結合にマルコウニコフ型
付加を起こす。
1,4-ペンタジエン(非共役)
2,4-ジクロロペンタン
共役二重結合ではどうなるか
2
1
1-ブロモ-2-ブテン
収率29%
1,4-付加体
1
3
4
1
3-ブロモ-1-ブテン
収率71%
1,2-付加体
2
3
4
2
2つの生成物の混合物を与える。(1,2-付加体と1,4-付加体)
1,4-付加体では、二重結合がC2-C3結合のところに移動している。
共役ジエンに対するBr2の付加
2
4
3
2
1
3,4-ジブロモ-1-ブテン
1
1,4-ジブロモ-2-ブテン
Br2の場合にも1,2-付加体と1,4-付加体の混合物が得られる。
1,2-付加体、1,4-付加体という言葉と化合物名称は対応しない。
1,2-付加体:隣り合った炭素に2つの基が付加
1,4-付加体:炭素2個を間に挟んだ炭素に2つの基が付加
(一方を1位とすれば4の位置)
なぜ混合物が生成するのか
最初に生成するカルボカチオンの共鳴安定化が原因
1
第二級アリル型カルボカチオン
1,3-ブタジエン
2
第一級カルボカチオン
(生成しない)
最初のH+の付加が末端炭素C1に起こると、より安定な第二
級アリル型カルボカチオンを生成する
反応機構(2段階目)
δ+
4
2
1
3
δ+
1
4
3
2
正電荷(青色)が2位と4位
に分散している。
1,4-付加体
29%
1,2-付加体
71%
Br-は2位または4位に
反応する。
問題1
1当量のHClと2-メチル-1,3-シクロヘキサジエンとの反応で得られる可
能性のある生成物、1,2-付加体と1,4-付加体の構造式を書きなさい。
解答1
第三級カルボカチオン
1,4-付加体
1,2-付加体
H+が2,3,4位のいずれかに付加すると第二級のカルボカチオ
ンが生成する。1位に付加すると第三級カルボカチオンができる
ため、これが最も有利な反応経路と考えられる。
14.3 反応における速度支配と熱力学支配
1,2-付加体
生成物の比率が温度によって変化する
高温で反応させると1,4-付加体の生成量が増える
1,4-付加体
1,2-付加 vs. 1,4-付加
1,2-付加体に向かう遷移
状態の方がエネルギーが
低い。1,4-付加体の方が
生成物としては安定。
1,2-付加体
1,4-付加体
反応の進行
1,2-付加体はより速く生成するので速度支配、1,4-付加体はより安定
なので熱力学支配の生成物と呼ばれる。
速度支配と熱力学支配
1,2-付加体は速度支配 kinetic control = 速く生成する
1,4-付加体は熱力学支配 thermodynamic control = 安定な
生成物
◎ 速度支配 Kinetic Control
反応を低温で行う場合、1,4-付加体と1,2-付加体は不可逆的に
生成する(互いに異性化しない)。このような場合には、生成物
の相対量は反応速度に依存して決まる。
◎ 熱力学支配 Thermodynamic Control
反応系に充分な熱エネルギーが与えられ、1,4-付加体と1,2-付
加体が互いに異性化しうる条件では、生成物の相対量はそれら
の安定性で決まる。
1,2- 付加体と1,4-付加体は平衡関係
1,2-付加体、1,4-付加体のいずれに対しても、40℃に加熱すると
1,2-付加体:1,4-付加体=15:85の混合物が生成する。
何れからスタートしても、40℃でアリル型カルボカチオンを生成
14.4 Diels-Alder付加環化反応
共役ジエンはアルケンと反応して六員環化合物を与える。
途中に中間体を経由しない(2つの結合が同時に生成する)
Otto DielsとKurt Alderによって1930年代に発見された。
1,3-ブタジエン
3-ブテン-2-オン
3-シクロへキセニル
メチルケトン(96%)
C-C単結合が同時に2本生成 → 有用性が高い(ノーベル賞)
Diels-Alder反応はどのように進行しているか
ジエンの2つの二重結合とアルケンの1つの二重結合3つ
が同時に相互作用して環状の遷移状態を通る。
環状遷移状態
3つの二重結合π電子対が同時に
環状に移動
π結合3つが、2つのσ結合と1つの
π結合に変化する
(π結合よりσ結合の方が安定)
Diels-Alder反応に用いられるジエノフィル
ジエノフィルDienophile
「Dieneジエン」 を 「phile好む」 アルケン
「phile好む」は他で
も使用されている
nucleophile
求核試薬
核nucleusを好む
エテン
反応性低い
無水マレイン酸
プロペナール
(アクロレイン)
ベンゾキノン
プロペン酸エチル
(アクリル酸エチル)
アクリロニトリル
プロピン酸メチル
Diels-Alder反応は立体特異的に進む
1,3-ブタジエン
1,3-ブタジエン
(Z)-2-ブテン酸メチル
(E)-2-ブテン酸メチル
シス付加体生成物
トランス付加体生成物
cis(Z)ーアルケンを用いるとシス置換シクロヘキサンが得られる。
trans(E)ーアルケンからはトランス置換シクロヘキサンが得られる。
Diels-Alder反応の立体化学2
ジエンとジエノフィルがエキソ(exo)体ではなく、エンド(endo)体を
与えるように配列する。
1炭素架橋
エキソ置換基
(大きい架橋にアンチ)
2炭素架橋
エンド置換基
(大きい架橋にシン)
エンド置換基の方が立体的には混み
合っているにも関わらず、エンド付加
体が優先的に生成する。
エンド付加体の書き方1
基本となるDiels-Alder反応
1,3-ブタジエン
マレイン酸ジメチル
二環性化合物
シクロペンタジエン
4つのキラル中心*の相対関係により
エンド体とエキソ体が存在する。
ジエンが環状化合物のときにエンド体とエキソ体が存在する。
エンド付加体の書き方2
エンド付加体(endo)
エキソ付加体(exo)
一般的に,エンド付加体が優先して生成する
理由
ジエンとジエノフィルのπ結合を形成している
p軌道が、できるだけ多く重なる方が有利。
結合ができる部分
のp軌道(赤点腺)
以外に、結合に関
与しないp軌道(青
点線)の相互作用
がある。
ジエンとジエノフィルが共に環状の場合
シクロ
ペンタジエン
無水マレイン酸
エンド付加体
のみが生成
エキソ付加体
全く得られない
共役ジエンの構造
Diels-Alder反応が進むためには、ジエンはs-シス配座をとる
必要がある。
s-シス配座:単結合に関して“シス”の立体配座
単結合の回転
による相互変換
s-シス立体配座
s-トランス立体配座
s-シス立体配座をとっているときだけ、Diels-Alder反応を起こす
ことが可能
s-シス配座が必要な理由
s-シス配座
ジエンの両末端とアルケン
の両末端が接近できる
軌道が重なって化学結合生成
s-トランス配座
ジエンの両末端がアルケン
の両末端に届かない
軌道が重なり合わず、結合しない
s-シス配座を取れず、Diels-Alder反応
しないジエン
(2Z,4Z)-2,4-ヘキサジエン
共役ジエンだが、環によって
s-トランスに固定されている
s-シス型をとるとメチル
基がぶつかる
s-トランス型をとると
安定だが、反応は起
こらない
問題2
次のDiels-Alder反応の生成物を書きなさい。
2-メチル1,3-ブタジエン
p-ベンゾキノン
解答2
最初に2-メチル-1,3-ブタジエンをs-シス配座に書き直す。
反時計回り
に60°回転
2つの水素はシス配置
単結合が二重結合に変化
Diels-Alder反応は分子内でも起こる
ジエノフィル
ジエン
1つの分子内に共
役ジエンとジエノ
フィルが存在する
ロバスタチン
脂質異常症治療薬
として始めて販売さ
れた医薬品
§14.4 共役系と色の関係
有色の分子は,可視領域に属する光(波長λがおよそ
400nm~800nm)を吸収する性質を持つ。
人間の目にはその補色(余色)に当たる色が見える。
その要件を満たす分子構造上の例の一つが、長い共役
二重結合系を有することで、さらに分子全体が平面構造
を持つと比較的エネルギーの低い可視光を吸収しやすく
なる。
ポリエン(polyene)H-(CH=CH)n-H
の吸収波長と色
n
化合物名
吸収波長
λmax
217 nm
色
4 1,3,5,7-オクタテトラエン
304 nm
無
6 1,3,5,7,9,11-ドデカヘキサエン
364 nm
黄
8 1,3,5,7,9,11,13,15-ヘキサデカオ
クタエン
410 nm
橙
2 1,3-ブタジエン
無
単純なアルケンでも二重結合が6個共役すると色が見え始める。
色素の例
酸化によって二重結合ができ、共役系がつながって色が出る。
化学反応によって色が出る例
2,4-ジニトロフェニルヒドラジン試験
O
CH3
アセトフェノン(無色)
+
H
H2N N
NO2
O2N
2,4-DNP(黄色)
O2N
N
H
N
NO2
CH3
濃い橙色
一見すると共役系が長くないように見えるが、ニトロ基の電子
求引性により共役系がつながる。
NHの非共有電子対がニトロ基に流れ込むと長い共役系ができる。
強い発色
講義のまとめ
1 1年で学んだ立体化学を思い出す必要がある。
2 アルケンに対する付加反応は、試薬によって立体化学が変化
する。以下の項目について説明できる。
マルコウニコフ型付加 トランス付加 シス付加 非マルコウニコフ型付加
3 末端アルキンのHの酸性を利用してCーC単結合を作り出す方法
を説明できる。
4 ハロゲン化アルキルのSN2反応、E2反応の反応機構と立体化学
を説明できる。
5 SN1 vs. SN2を制御する因子を説明できる。
6 Diels-Alder反応の生成物の構造を示せる。
講義のまとめ2
1 講義のプリントをよく理解し、記載されている問題は解ける
ようにする。
2 演習で取り扱った問題も試験範囲とする。
3 これ以外に追加の問題演習と、その解答をWebに提示する。
4 講義のパワーポイント(pdf)をWebに公開します。
薬化学のプライベートサイト
http://www10.showa-u.ac.jp/~obchem/index.html