2D01 チオフェンジチオレートを用いた金(IV)錯体の合成と物性 (東工大院・理工 1,レンヌ第一大学 2)○東野 寿樹 1,川本 正 1,森 健彦 1, Olivier Jeannin2,Marc Fourmigué2 Synthesis, structures, and physical properties of gold dithiolene complexes with thiophene rings (Tokyo Institute of Technology1, Université de Rennes 12) ○Toshiki Higashino1, Tadashi Kawamoto1, Takehiko Mori1, Olivier Jeannin2, Marc Fourmigué2 【序】ジチオレン錯体はテトラチアフルバレン(TTF)の中心 C=C 結合を遷移金属で置き換えた骨格をもち,TTF 誘導体と同 様に複数の酸化状態や配位子により多様な物性を示す.典型的 なジチオレン錯体では中心金属に Ni, Pd, Pt が用いられ,ドナー と組み合わせることで d7 アニオンラジカルとなり,混合原子価 状態では金属的挙動や超伝導性も示す(図 1)[1].一方,中心 金属に Au を用いたものは中性で開殻(S = 1/2)の d7 等電子状 態となる.このため,チオフェンジチオレートを用いた金(IV) 錯体[Au(α-tpdt)2]は室温で 7 S/cm という高い伝導度を示し,中性 図 1. 単一成分分子性導体 ラジカルの単一成分分子性導体として報告されている[2].また,チアゾールチオンジチオレート を用いた[Au(Et-thiazdt)2]では,電子リッチな配位子によって中性ラジカルを容易に単離すること ができ,その伝導度は大きな圧力依存性を示す[3].本研究では[Au(α-tpdt)2]を基本骨格とし,溶解 性を改善するために Me 基および Et 基を導入した[AuMe]と[AuEt](図 1)を合成し,その物性を 検討した.特に[AuEt]は[Au(Et-thiazdt)2]と類似した分子構造をもつ点も注目される. 【実験】ジチオレン錯体は経路 1 に従って合成した.アニオン錯体の電気化学特性は Ag/AgNO3 参照電極を用いて測定した.中性錯体は,アセトン中でヨウ素酸化することで暗緑色固体として 得られた.また,(n-Bu)4N・PF6 を支持電解質に用い,アニオン錯体をカソード側で電解酸化する ことにより黒色針状結晶もしくは黒色薄片状微結晶を得た.解析した結晶構造を用いて,拡張ヒ ュッケル近似によりバンド計算を行った[4].中性錯体の単結晶もしくはペレット試料に対して四 端子法を用いて抵抗測定を行った. 経路 1. 配位子およびアニオン錯体の合成経路 【結果と考察】置換基の異なるチオフェンジチオレート配位子はそれぞれ既存の反応を用いて合 成した[5].[PPh4][AuMe]および[PPh4][AuEt]について CV 測定を行ったところ,それぞれ 2 組の酸 化還元波が観測された.どちらのアニオン錯体も 2–/1–に対応する準可逆の酸化還元波を–0.01 V に示した.一方,1–/0 に対応する酸化還元波はわずかに異なり,[PPh4][AuMe]では 0.56 V に準可 逆,[PPh4][AuEt]では 0.60 V に可逆のピークを示し,中性錯体の溶解性を反映する結果となった. [PPh4][AuMe]および[PPh4][AuEt]の結晶構造では,それぞれ trans 型の平面四配位アニオンが確 認された(図 2) .ジチオレート部位とチオフェン部位はわずかな歪みをもち,その二面角は[AuMe] で約 3 °,[AuEt]では約 6 °であった.両錯体は 2 分子独立であり,[AuMe]では 1 分子がチオフェ ン部位の方向の乱れを含む一方で,[AuEt]はエチル基と分子面の C-H・・・π 相互作用により分子が 束縛され,そのような乱れは観測されなかった. ヨウ素酸化によって得られた中性錯体[AuMe]の 暗緑色粉末は,DMF などの極性溶媒にわずかに溶 けるものの,通常の有機溶媒にはほとんど溶解しな かった.電解酸化によって得られた中性錯体[AuEt] の黒色針状結晶は三斜晶系 P-1 に属し,1/2 分子独 立でユニフォームスタックしている(図 3).中性 錯体になることで分子全体はほぼ平面となり,Au 図 2. アニオン錯体の ORTEP 図 -S の平均結合距離も約 2.32 Å から約 2.31 Å と短 くなり,ジチオレン錯体に典型な振る舞いを示した. 類似の分子骨格をもつ[Au(Et-thiazdt)2]は,エチル基 の立体反発により分子短軸方向にずれることで θ 型の二次元配列をとるのに対し[3],[AuEt]はメチル 基同士の反発も加味され分子長軸方向にずれた一 次元カラム構造を形成している(図 3).拡張ヒュ 図 3. 中性錯体[AuEt]のカラム構造 ッケル近似によって算出した HOMO/SOMO はそれ ぞれ b1u/b2g の対称性をもち,[Au(tmdt)2]などの中性 ラジカル錯体と同じ電子構造を示した[6].これか ら求めたバンド構造をみると HOMO-SOMO の混成 はなく,スタック方向の一次元的な電子構造が示唆 される(図 4) . 中性の[AuMe](ペレット)および[AuEt](単結晶) 図 4. 中性錯体[AuEt]のバンド構造 の抵抗測定の結果を図 5 に示す.室温の伝導度はそ れぞれ AuMe: σRT ~ 0.01 S/cm,AuEt: σRT ~ 0.003 S/cm と見積もられた.どちらも半導体的に振る舞 い,0.15 eV 程度の活性化エネルギーを示した. [AuEt]のバンド構造からも,SOMO の 1/2 フィルド が確認されたのでモット絶縁体であることが示唆 される. 図 5. 中性錯体の電気抵抗の温度依存性 References [1] a) A. Kobayashi et al., Chem. Rev. 2004, 104, 5243; b) R. Kato, Chem. Rev. 2004, 104, 5319. [2] D. Belo et al., Chem. Eur. J. 2011, 7, 511. [3] a) N. Tenn et al., J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 16961; b) G. Yzambart et al., J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 17138. [4] T. Mori et al., Chem. Lett. 1986, 57, 627. [5] E. V. K. S. Kumar et al., Tetrahedron 1997, 53, 11627. [6] S. Ishibashi et al., J. Phys. Soc. Jpn. 2005, 74, 843. 2D02 軌道準位が逆転する分子性固体 X[M(dmit)2]2 における遠隔的相互作用 (愛媛大院理工 1, 理科大院理工 2, 理研 3, 豊田理研 4, 阪大院理 5, 高輝度光科学研究センター6) ○山本貴 1,3,5, 藤本尚史 1, 内藤俊雄 1, 田村雅史 2, 加藤礼三 3, 薬師久弥 4, 中澤康浩 5, 池本夕佳 6, 森脇太郎 6 (Ehime Univ., Tokyo Univ. of Science, RIEKN, Toyota Inst. of Chem. And Phys., Osaka Univ., JASRI/SPring-8) ○Takashi Yamamoto, Toshio Naito, Masafumi Tamura, Reizo Kato, Kyuya Yakushi, Yasuhiro Nakazawa, Yuka Ikemoto, Taro Moriwaki 【序】分子性固体の低次元不安定性やポリエンにおける結合交替のような、結晶中や高分子中の 結合性に起因する現象は非常によく知られている。また、電荷整列状態や電荷揺らぎといった、 最近接クーロン力(V)のような遠隔力による相転移も広く認知されている。ところで、ジチオレ ン錯体に属する X[M(dmit)2]2 (大部分の X はオニウムである。M = Pd・Pd)は、Valence-Bond-Order(= VBO)と斥力が、競合するどころか、むしろ、協奏的に作用する。これは、[M(dmit)2]が強い二量 体化を示すことに起因する。二量体としての HOMO(LUMO)は、単量体の LUMO(HOMO)2 つから形 成される。このような現象は HOMO-LUMO 逆転と呼ばれる。本講演の前半では、VBO と斥力(V)の協 奏的相互作用が、二量体よりも広範囲に及ぶ(遠隔的である)ことを紹介し、その結果、幾つか の自由度が生まれることを紹介する。後半には、この自由度に起因すると考えられる2つの物質 の基底状態に関して議論する。物質の略称は表1に示してある。 【軌道準位逆転の効果①】非磁性 表1 物質略称・基底状態・三角格子からのズレの一覧。 絶縁体の t13P と m13P(加圧下超伝 CO = 電荷整列。2tr / (ts+tB)は三方向の移動積分比で、拡 導体)は、VBO と V が協奏的に作用 張ヒュッケル法と反射スペクトルから見積られている。 し、4量体化する。図1左にある ように、積層軸方向(図では横方 向)の4量体において、VBO の要請 を受ける軌道 OCC-1 と、V の要請を 受ける軌道 OCC-2 が存在する。こ の協奏的作用のため、三角格子に 極めて近い m13P でさえ秩序化して しまう。ところで、積層軸間に関しては、t13P では V が優勢であり、m13P では VBO が優勢である。 つまり、両者に自由度がある。 【軌道準位逆転の効果②】非磁性絶縁体の b22Sb は8量体化(図1右)を示す。中央にあるイオ ン的二量体と外側にある中性的二量体では、主に電子が収容される軌道が異なる。それぞれ、単 量体の HOMO と LUMO の影響を受けた軌道(OCC-1 と OCC-2、OCC-3 と OCC-4)である。これだけで も二量体内の VBO と V が協奏的に作用する。しかし、これだけでは、8量体であることの説明に はならない。面白いことに、二量体間距離(隣接分子の Pd-Pd 距離)は、dPR < dRR < dPP という関 係になる。また、イオン的分子や中 性的分子の電荷量は、整数値から大 きくずれている。これらの現象は、 t13P や m13P と同様に、積層軸方向の 二量体間の相互作用を導入すれば説 明できる。8量体の軌道では、VBO と V の協奏的作用が二量体のとき以 上に促進され、電荷が流れ込むから である。ところで、b22Sb も三角格子 図1 に極めて近い。それでもなお秩序化 するのは、この協奏的相互作用に起 分子間の軌道相互作用を考慮に入れた、4量体(左)と8 量体(右)の例。全て占有軌道で、OCC-1 が最も高い準 位である。白黒の楕円は単量体の HOMO と LUMO であ る。白黒は位相を、大小は電荷量を表している。 因する。この場合でも、潜在的に自 由度は存在し、例えば、二量体間相互作用の強さや、軌道逆転自体の有無、などである。前者に 関しては、M = Pt と Pd の電荷配列の違いとの関連性から興味が持たれる[1]。 【自由度の存在が示唆される物質】スピン液体 の b13Sb と反強磁性の b13As について紹介する。 図2で示した両者の赤外・ラマンスペクトルは、 上述した m13P(t13P)と b22Sb の中間に位置する ような挙動を示した。この現象から、m13P(t13P) と b22Sb の双方の協奏的相互作用が競合する (自 由度がある)ことが示唆される。b13Sb と b13Ab には相違もあり、b13Sb のほうが b13As よりも、 局在状態のスペクトルから遠い。例えば、二量 化度・電荷量・4量化度に鋭敏なモード(D・B・ AIR)は、b13Sb ではブロードに観測され、b13As では明瞭に分裂(独立)して観測される。これ は、協奏的相互作用によって許される複数の状 態が、動的に共存するのか、静的に共存するの かという違いを反映している、と示唆される。 この VBO 形成に関わる自由度の存在は、b13Sb の スピン液体的挙動や、6K における熱異常との関 連からも興味が持たれる[2]。 図2 スピン液体 b13Sb と反強磁性体 b13As の 5K における。C=C 伸縮振動スペクトル。それ [1] 石川忠彦ら、日本物理学会第68回年会(2013年3 月)28pXN-8。T. Ishikawa, et. al., PIPT5, June 2014, Bled, Slovenia [2] S. Yamashita, et. al, Nat. Comm., 2, 275/1-275/6 (2011).など ぞれ上から順に、 「633nm 励起のラマンスペ クトル」 、 「a 偏光の反射スペクトルから得た 伝導度スペクトル」 、 「伝導面垂直に近い偏光 を用いた反射スペクトルから得た伝導度ス ペクトル」である。 2D03 ドナー結晶とアクセプター結晶接触界面における金属的輸送特性 (北大院・理1、北大院・総化2、JST-CREST3) ○高橋 幸裕 1,3、高山 克哉 2、長谷川 裕之 3、原田 潤 1、稲辺 保 2,3 Metallic transport properties at the interface between electron donor and acceptor single crystals (Facul. of Sci., Hokkaido Univ.1, Grad. School of Chem. Sci. and Eng., Hokkaido Univ.2, JST-CREST3) Yukihiro Takahashi1,3, Katsuya Takayama1,Hiroyuki Hasegawa2,3, Jun Harada2, Tamotsu Inabe2,3 【序】 電子供与性(ドナー)分子 TTF と電子受容性(アクセプター)分子 TCNQ は、有機溶媒中で 混合することで電荷移動錯体 TTF-TCNQ となり、結晶中で部分的に電荷移動した TTF と TCNQ がそれぞれ 1 次元伝導カラムを形成する。その結果、本物質は室温で 300 S cm-1 と いう高い電気伝導度と金属的な輸送特性を示すことが広く知られている。しかしながら近年、 中性の TTF 単結晶と中性の TCNQ 結晶の接触界面においても金属的な輸送特性が発現 するとの報告がなされ[1]、基礎科学や産業の分野においても注目を集めている。これまで に我々は、そのメカニズムの解明に向けた様々な実験を行い、TTF 結晶と TCNQ 結晶接触 界面における金属的な挙動は、界面に成長する TTF-TCNQ ナノ結晶と中性 TCNQ 結晶表 面に生成した TCNQ-1 によるものであることを明らかにした。[2] ここで我々は、接触界面に て電荷移動錯体結晶を作ることなく、単純な電荷注入のみに起因した金属的挙動を観測す るため材料探索を行った。その結果ニッケルフタロシアニン(Ni(Pc))単結晶と F2TCNQ 単結 晶の接触界面にて金属的挙動の発現を確認した(図1)。この接触界面について粉末 X 線 回折および赤外分光により詳細な測定を行ったところ、Ni(Pc)と F2TCNQ からなる電荷移動 錯体の存在は示唆されず、両分子間での電荷注入が確認された。このことからドナー・アク セプター結晶の接触界面において電荷注入のみによる金属的挙動の発現が可能であるこ 図 1 Ni(Pc)結晶を接触させた F2TCNQ 結晶表面(左)とその界面の面抵抗の温度依存性 (中)および接触界面の赤外スペクトル(右) とを示した。しかしながらこの結晶接触界面において金属的挙動が発現する条件やメカニ ズムは未解明であり、これらを明らかにするためには、様々なドナー・アクセプター分子を 用いた系統的な研究が必要であると考えている。そこで本研究ではドナー分子結晶を rubrene に固定し、置換基の異なる 6 種類の TCNQ 誘導体を用いることでアクセプター分子 の電子親和力を系統的に掃引し、それらの電気伝導性を観察した。 【実験・考察】 本研究では図 3 に示すような 6 種類の TCNQ 誘 導体を rubrene 単結晶に接触させた。rubrene 単結 晶は気流法により作製した。rubrene の結晶構造に rubrene は 2 種類の多形があることが知られているが、高 移動度有機半導体材料として知られる herringbone 型のパッキングを有する単結晶を使用した。図4 (上)に rubrene と TCNQ、F2TCNQ および F4TCNQ 単結晶からなる接触界面の直流2端子法による面 図 3 本研究で用いたドナー分子 抵抗の温度依存性を示した。現在、すべての組み rubrene とアクセプター分子である 合わせにおいて接触界面の高伝導化が確認され、 TCNQ 誘導体。およびそれらを接触さ rubrene と F2TCNQ 結晶の接触界面でのみ金属的 せた試料 な挙動が観測されている。 またこの rubrene と F2TCNQ 接触界面近傍の電導性を導電性 AFM に て観察した(図4(下))。本試料は、図 3 の写真にあ るように、F2TCNQ 単結晶上に厚さ約 100 nm の rubrene 単結晶を貼り合せて作製されており、図の 左側が ruberene 単結晶に覆われている領域、右側 が F2TCNQ 結晶の表面となっている。図からも明ら かなように、接触界面近傍には、電荷移動錯体結 晶は見られず、接触している rubrene 結晶表面が 良伝導状態になっていることが観察された。このこ とから rubrene と F2TCNQ によって形成される接触 界面に生じた金属的挙動も Ni(Pc)と F2TCNQ の組 み合わせ同様に、電荷注入よってのみ発現してい ると考えられる。講演では、この他の TCNQ 誘導体 と rubrene 単結晶の接触界面の伝導挙動について も詳細に議論する。 [1] H. Alves, and A. F. Morpurgo, et al., Nature 図 2 rubrene 単 結 晶 と TCNQ,F2TCNQ,および F4TCNQ 接 触界面の面抵抗の温度依存性と rubrene+F2TCNQ 結晶接触界面近傍 における導電性 AFM の電流像 Mater., 7, 574-580, (2008). [2] Y. Takahashi, et. al.,J. Phys. Chem.C., 116, 700-703 (2012). [3] Y. Takahashi, et. al.,Chem.Mater., 26, 993-998 (2014). 2D04 Ru 二核錯体と TCNQ 誘導体からなる電荷移動型集積体の 不活性種ドーピングによる電子物性制御 (金沢大院自然 1, 東北大金研 2, 東北大多元研 3)○西尾正樹 1,2, 関根良博 2, 高坂 亘 2, 谷口耕治 2, 星野哲久 3, 芥川智行 3, 宮坂 等 2 Control of electronic properties of charge-transferred assemblies composed of paddlewheel-type diruthenium complexes and TCNQ derivatives by doping of redox-inert units (Kanazawa Univ.1, IMR, Tohoku Univ.2, IMRAM, Tohoku Univ.3) ○Masaki Nishio1,2, Yoshihiro Sekine2, Wataru Kosaka2, Koji Taniguchi2, Norihisa Hoshino3, Tomoyuki Akutagawa3, Hitoshi Miyasaka2 【緒言】電子ドナー(D)と電子アクセプター(A)から成る集積体への混合原子価の導入は、 格子内における容易な電子ホッピングと強い磁気的相互作用が期待できるため、磁気秩序・ 伝導性を示す物質を設計する上で重要な指針である。しかし、D と A が D:A = 1:1 で交互配 列した DA 型一次元鎖を考えた場合、中性鎖、または完全電荷分離型のイオン性鎖の極限状 態のどちらかを安定状態とする場合が多く、一般的には混合原子価にはなり得ない。 ここで DA 型一次元鎖への混合原子価の導入法として、「電荷移動型 DA 鎖(D+A–鎖)へ の不活性ユニット(P: Pinning dopant)のドーピング」を提案する。このドーピングにおいて 取り得る状態を Fig. 1 に示す。上記のように、ドーピングされていない一次元鎖では純粋な 中性 DA 状態またはイオン性 D+A–状態である。しかし、D サイトに置換する酸化還元不活性 な P ユニットをドーピングした場合、D→A の電荷移動により 2 つの P ユニットで挟まれた 1 つのドメイン内は[–P–(D+A–)nA0–P–]と[–P–A0(D+A–)n–P–]の 2 つの状態(A0 の位置が左右逆) が考えられる。すなわち、このドメイン内には必ず中性の A0(ホール)が存在することとな り、ドメイン内を移動可能な A0/A–の混合原子価状態となる。一方で P の両隣の A に着目す ると、4つの状態、[–A0PA0–]、[–A–PA––]、[–A–PA0–]、[–A0PA––]が考えられる。このうち後 者の2つの間で P ユニットを介した電子ホッピングが起こる場合は、ドメイン間の電子輸送 が可能となり伝導性が期待できる。一方で(予想ではあるが)、P によりドメイン内の電子 が閉じ込められた場合、A0A– ↔ A–A0 の双極子モーメント変化に対する誘電応答が期待でき るかもしれない。 R O O O O R M O O R O N N N N N N N N M O S S R O R= Cl [M 2II,II(RCO 2)4] BTDA-TCNQ (A) M = Ru (D), M = Rh (P) Fig. 1. 電荷移動型 DA 一次元鎖への不活性ユニット(P)のドー Fig. 2. [M2(RCO2)4]と ピングにおける電荷状態の模式図. BTDA-TCNQ の構造. 【 実 験 】 D として[Ru2II,II(4-Cl-2-MeOPhCO2)4] ([Ru2], 4-Cl-2-MeOPhCO2 = 4-chloro-2-methoxybenzoate)、A として BTDA-TCNQ (bis(1,2,5-thiadiazolo)tetracyanoquinodimethane)を用い(Fig. 2)、 [Ru2(4-Cl-2-MeOPhCO2)4(BTDA-TCNQ)]·2.5(benzene) (1)の結晶を得た。1 は各種測定から D か ら A に一電子移動した D+A–交互一次元鎖を形成していた(本物質系で初のイオン性 D+A–鎖 を結晶として単離することに成功)。また 1 は室温で安定だが、加熱真空引きすることによ り脱溶媒した dry 体(1’)に結晶性を保ったまま構造相転移することがわかった。また 1 を合 成する際に[Ru2]と等構造であり酸化還元不活性な[Rh2]を混ぜて反応させることによりドー ピングサンプルを調製し、そのドープ率を ICP-MS を用いて精確に決定し、Rh-x% (x = 3, 5, 16) とした。また、[Rh2]のみを用いた反応により 1 の Rh 体(1-Rh)を得た。 【 結 果 と 考 察 】各化合物の磁化率測定を行なった。本系では、[Ru2II,III] (S = 3/2)、BTDA-TCNQ (S = 1/2)ともにスピンを持つため、J ≈ –100 K の反強磁性相互作用により、鎖内でフェリ磁性 スピン配向する。1 は、鎖間双極子間の反強磁性的相互作用により、TN = 10.9 K で反強磁性 転移を示した。H-T 相図(Fig. 3)より、各化合物において fresh 体から dry 体にすると反強磁 性(AF)相が拡大する。これは、脱溶媒により鎖間距離が短くなり、その結果、鎖間双極子 –双極子相互作用が強くなったためであると解釈できる。一方で、ドープ率が上がると鎖内相 関距離が短くなり、すなわち磁気モーメントが小さくなるため、TN は低くなる。Rh-16%で はもはや転移を示さなかった。 次に、単結晶を用いた直流抵抗率の温度変化を調べたところ、1-Rh は絶縁体であったが、 それ以外の化合物は半導体的挙動を示した(Fig. 4)。面白いことに、ドープ率が増えると抵 抗率が減少した。また、同じく単結晶を用いた交流インピーダンス測定を行なったところ、 直流測定の場合と同じようにドープ率に比例して抵抗率が減少した。これは、P ドーピング により P···P 間のドメインで A0/A–の混合原子価状態が発現しており、ドープ量と同数のキャ リアが発生し、かつ P を介した電子ホッピングが起こった結果であると考えられる。つまり、 絶縁体である 1-Rh をドープすることにより、逆にキャリア数を増やし、伝導性を向上させる ことに成功した。 Fig. 3. 各化合物の H-T 相図. Fig. 4. 各化合物の dc 抵抗率の温度変化. 2D05 カテコール縮環 TTF および STF 誘導体を基盤とした水素結合型純有機 伝導体:水素結合部の重水素化で見た動的なプロトン-電子相関現象 (東大物性研 1、東邦大院理 2、総合科学研究機構 3、KEK 物構研 PF/CMRC4、岡山理大 理 5) ○上田 顕 1、山田翔太 1, 2、沼尾竜太郎 1、畠山あかり 1、磯野貴之 1、中尾朗子 3、 熊井玲児 4、中尾裕則 4、村上洋一 4、山本 薫 5、西尾 豊 2、森 初果 1 Hydrogen-bonded Purely Organic Conductors based on Catechol-fused TTF and STF Derivatives: A Proton-electron-coupled Dynamic Phenomenon Observed by Deuteration of Hydrogen-bond Moiety (The University of Tokyo1, Toho University2, CROSS3, KEK4, Okayama University of Science5) ○Akira Ueda1, Shota Yamada1, 2, Ryutaro Numao1, Akari Hatakeyama1, Takayuki Isono1, Akiko Nakao3, Reiji Kumai4, Hironori Nakao4, Youichi Murakami4, Kaoru Yamamoto5, Yutaka Nishio2, Hatsumi Mori1 【序】プロトンと電子の相関または協奏現象は、生体系における化学反応やエネルギー 変換プロセスにおいてよく見られ、化学や生物学の分野において古くから注目を集めて きた。これらの系では、分子間(や分子内)での電子移動がプロトン(あるいは水素原 子)移動と連動して起こり、これが反応過程の進行にとって本質的に重要な役割を果た している。このような研究はこれまで主に溶液状態の系を対象としており、固体中にお けるプロトンと電子の協奏現象・機能については未開拓の部分が依然多く残されている。 最近我々は、プロトンドナー性、水素結合能 を有するカテコールをテトラチアフルバレン (TTF) に 縮 環 さ せ た 新 規 電 子 ド ナ ー 分 子 H2Cat-EDT-TTF [1] を用いて、水素結合型純有機 伝導体 -H3(Cat-EDT-TTF)2, -H-TTF およびそ のセレン原子導入体 -H-STF の開発に成功し た [2, 3]。これらの伝導体結晶は、右図に示し 図1.中性開殻型水素結合ユニット た2個の結晶学的に等価な+0.5 価の TTF (STF) 骨格がアニオン性 [O···H···O]–1 水素結 合で連結された中性開殻ユニット構造のみから構成されており、従来の (BEDT-TTF)2X 塩で見られるようなカウンターイオン X を含んでいない。そのため、図 2a のように伝導 層が水素結合で連結された大変珍しい結晶構造を有している。また、伝導層において TTF (STF) 骨格は二次元的(-型)に配列していた(図 2b)。従ってこの系は、固体中におけ る水素結合プロトン(または水素原子)のダイナミクスと伝導π電子の相関現象を探索 する上で格好の舞台であると考えられる。 そこで今回、 -H-TTF と-H-STF の[O···H···O]–1 および OH 部を重水素化した -D-TTF, -D-STF(図1)を合成し、その構造や物性の温度依存性を調べた。その結果、水素結合 ダイナミクスとπ電子の相関に起因する特異な動的現象を見いだしたので報告する[4]。 図2.-H-TTF (-H-STF) の結晶構造 (a) 水素結合様式 (b) -型伝導層 【結果と考察】-D-TTF [4] および -D-STF の単結晶は、それぞれの水素体ドナー分子 を重水素化溶媒に溶解させ、塩基存在下で電解酸化することで H/D 置換、TTF (STF) 部 の酸化、水素結合形成をワンポットで行い合成した。得られた -D-TTF は室温付近にお いて -H-TTF と同形の結晶構造(空間群 C2/c)を有する常磁性半導体であったが、驚 くべきことに、冷却すると、-D-TTF のみ相転移を起こし (Tc ~ 185 K)、非磁性絶縁体へ と変化した(空間群 P-1)。シンクロトロン放射光を用いた詳細な単結晶 X 線構造解析の 結果、低温相において、[O···D···O]–1 重水素が酸素原子間の中心から片側の酸素原子の方 に偏っており、またユニット内の TTF 骨格間で電荷が大きく不均化していることが分か った(図3)。すなわち、この相転移においてユニット内の重水素移動と電子移動が連動 して起きていることが強く示唆された。この重水素移動誘起の電荷不均化により、二次 元伝導層内では電荷秩序化およびスピンシングレット形成が起こり、上記した電子物性 のスイッチングをもたらしたと考えられる。当日は、これらのデータの詳細に加え、水 素結合ポテンシャル曲線やセレン体 -D-STF の結果も併せて発表し、この動的なプロト ン(水素原子)-電子相関現象について議論する[4]。 図3.-D-TTF における重水素・電子移動による構造変化と物性スイッチング 【参考文献】 [1] (a) Kamo, H.; Ueda, A.; Takahashi, K.; Mori, H. et al. Tetrahedron Lett. 2012, 53, 4385. [2] Isono, T.; Ueda, A.; Mori, H. et al. Nature Commun. 2013, 4: 1344. [3] Isono, T. Ueda, A. Mori, H. et al. Phys. Rev. Lett. 2014, 112, 177201. [4] Ueda, A.; Mori, H. et al. J. Am. Chem. Soc. accepted. 2D06 (EDO-TTF-Cl)2XF6 (X = P, As, Sb)中の分子配列に対する 陰イオンサイズ効果 (京大低物セ 1、分子研 2、豊田理研 3、名城大農 4) ○石川 学 1,4、中野 義明 1、賣市 幹大 2、 大塚 晃弘 1、藥師 久彌 3、矢持 秀起 1、齋藤 軍治 4 Anion size effects on the molecular arrangement in (EDO-TTF-Cl)2XF6 (X = P, As, Sb) 1 ( LTM Center, Kyoto Univ., 2IMS, 3Toyota Phys. and Chem.Res. Inst., 4Facul. of Agric., Meijo Univ.) ○Manabu Ishikawa1, Yoshiaki Nakano1, Mikio Uruichi2, Akihiro Otsuka1, Kyuya Yakushi3, Hideki Yamochi1 and Gunzi Saito4 【序】 有機伝導体の物性発現の鍵となる分子配列構造には大き O S S O S S な自由度があり、その自在な制御は未だ困難である。その一例 として、EDO-TTF 誘導体の 2:1 塩の結晶構造が挙げられる。 R ビニル位の置換基 R = H の(EDO-TTF)2XF6 (X = P, As, Sb)では全 EDO-TTF-R てが同形結晶であるが[1]、R = Cl の(EDO-TTF-Cl)2XF6 (X = P, As, R = H: EDO-TTF Sb)の場合、X = As, Sb は互いに同形であったものの、X = P は同 R = Cl: EDO-TTF-Cl 形とならなかった[2]。この構造変化の原因について検討するため、まずは同形であった EDO-TTF-Cl の X = As, Sb の塩について、ドナー配列に対する陰イオンサイズ効果の評価法を 考案した[3]。今回この評価法を、同形ではなかった PF6 塩に適用した結果について報告する。 a 【結果と考察】(EDO-TTF-Cl)2XF6 (X = P, As, Sb)は三斜晶系P¯ 1 o に属し、ドナーは1分子が独立である。X = Pでは、ドナー長軸 が陰イオンの重心に配向しているX = As, Sbとは異なり、陰イ オン間の隙間にドナー長軸が向かっている(図1)。b軸方向に積 層したHead-to-Tail型カラム内では、2つの重なり様式s1および s2が現れる(図2) 。ここで、s2はX = As, Sbと酷似していた一方、 s1では長軸方向への変位xの符号が逆であった。TTF骨格間の分 c 子長軸および短軸方向への変位xおよびyの温度変化(図3)を見 ると、s2での変位の温度変化量はいずれも0.1 Å程度であったの 図 1. (EDO-TTF-Cl)2PF6 の単位格 に対し、y(s1)では10 Kと350 Kでの差が約0.9 Åと顕著であった。 子の b 軸投影図。 このことから、s2で重なったドナーのペア(s2ダイマー)が配列構造の単位であることが確認さ れ、R = Cl, X = P, As, Sbでの構造単位はいずれもs2ダイマーであることが明らかとなった。 次に、ドナーカラム中の構 造単位である s2 ダイマー間の 相対配置に着目した。図 4 の (a) y(s1) x(s1) (b) x(s2) y(s2) 様に、構成単位の重心間距離 g、 図 2. (EDO-TTF-Cl)2PF6 中のドナー積層様式と TTF 骨格間の変位。(a) s1 積層周期 dperiod、積層軸に垂直 重なりおよび (b) s2 重なりの 2 つのドナーの一方を黒で示した。 な平面に対して TTF 平面のな す角度 θ、TTF 間すべり dtotal = (x2 + y2)1/2 によって評価を行うことを考える。まず g = dperiod、θ = 0、x = y = 0 を理想的な積層だと定義する。この理想的カラムの積層方向に垂直な圧縮を考 えた時、dperiod が一定ならば、θ の値は圧縮と共に増大し、圧縮後の重心間距離 g’ = {dperiod2 + dtotal2)}1/2 は元の g よりも大きくなる。従って、g、dperiod および θ の比較により化学圧力による 実効的な膨張、圧縮の効果を評価できると考えた。 1.75 Sb)に適用した結果を表 1 に示す。より理想的な 1.50 カラムに近いのは SbF6 塩であり、θ が最小かつ、 1.25 s2 ダイマー間の g (b 軸長) と dperiod (s1 と s2 での 面間距離の和) とが最も近い値となっていた。 そこで X = Sb の 350 K を基準とした s1 積層にお Displacement / Å 上記の方法を(EDO-TTF-Cl)2XF6 (X = P, As, ける相対的な TTF 間すべり Δdtotal(s1) = [{(x(s1) − y(s1) x(s2) 1.00 0.75 x(s1) 0.50 x(s1Sb350K)}2 + {(y(s1) − y(s1Sb350K)}2]1/2 を各塩、各 0.25 温度について計算した。図 5 の様に、各塩の 0.00 y(s2) 0 100 200 Temperature / K Δdtotal(s1)は冷却による格子圧縮に伴い単調に増 大しているため、陰イオンサイズの減少(SbF6 > 図 3. (EDO-TTF-Cl)2PF6 中の分子面内すべりの温 AsF6 > PF6) に伴う相対的な TTF 間すべりの増 大もまた、ドナーカラムがより大きな圧縮を受 けている事に対応すると考えた。 度変化。 (a) θ = 0 (b) dperiod g’ g また、2 つのビニル水素の両方が陰イオンと の短距離接触をもつ R = H では、室温近傍にお いて X によらず表 1 の PF6 と類似の幾何学が観 300 θ press x and y = 0 dperiod x or y 測された。一方で、水素結合能の低下した R = Cl 図 4. (a) 理想的な積層カラムおよび(b) 積層方 では分子配列への大きな陰イオンサイズ効果が 向に垂直な圧縮を受けた積層カラム。 発現していることから、R = H におけ 2.5 る同形構造の安定化には水素結合が PF6 大きく寄与していると考えられる。 g/Å PF6 7.43 dperiod / Å 7.23 θ/° 14 Δdtotal(s1) / Å 表 1. (EDO-TTF-Cl)2XF6 の幾何学 2.0 s1(PF6) 1.5 AsF6 1.0 SbF6 0.5 AsF6 7.23 7.08 s1(AsF6) 12 s1(SbF6) 0.0 SbF6 7.17 7.13 7 ※各数値は 350 K の構造から求めた 0 100 200 300 Temperature / K 図 5. (EDO-TTF-Cl)2XF6 中における Δdtotal(s1) の温度変化。 ≪参考文献≫ [1] H. Yamochi and S. Koshihara, Sci. Technol. Adv. Mater., 10, 024305 (2009) [2] 石川 学、中野 義明、賣市 幹大、藥師 久彌、矢持 秀起、分子科学討論会 2010 大阪 2C16 [3] M. Ishikawa et al., Eur. J. Inorg. Chem., published online, DOI: 10.1002/ejic.201400128 2D07 有機超伝導体 (BEDT-TTF)2 Cu(CF3 )4 (TCE) における高 Tc 相の構造と超伝導特性 (東工大院理工 1 ,アルゴンヌ国立研 2 ) ⃝ 川本正 1 ,森健彦 1 ,John A. Schlueter2 Crystal structure and superconducting properties of the high-Tc phase of the (BEDT-TTF)2 Cu(CF3 )4 (TCE) organic superconductor (Tokyo Institute of Tech.1 and Argonne National Laboratory2 ) ⃝T. Kawamoto1 , T. Mori1 , and J. A. Schlueter2 1994 年に Schlueter らによって開発された (BEDT-TTF)2 M (CF3 )4 (TCE) (M = Cu, Ag, Au; TCE = 1,1,2-trichloroethane) には,Tc が 10 K 級の針状結晶と Tc が 2 ∼ 4 K 程度の板状結晶が存在することが報告されている [1].板状結晶は κ 型構造であること が結晶構造解析により確定しているため κL と表記されるが,針状結晶の構造は未知で あった.近年 Ag(CF3 )4 塩に関しては高 Tc 相が 2 種類あることが判明し,それぞれの構 造が解明された [2,3].Tc = 9.5 K の物質は三斜晶で単位胞に 2 枚のドナーシートをもつ 構造 (κα1′ 型) であり,Tc = 11.0 K の物質は単斜晶で単位胞に 4 枚のドナーシートをも つ構造 (κα2′ 型) である.これら高 Tc 相の構造は,超伝導を担う κ 層 (分子が井桁状に配 列した構造) と電荷秩序状態にある α′ 層 (分子が捩じれながら積層した構造) がアニオ ンを挟んで交互に積層したこれまでに例のないものである.従って,Cu(CF3 )4 塩の高 Tc 相の構造も興味深い.Cu(CF3 )4 塩の高 Tc 相の超伝導転移において 2 段階転移は報告 されていないので,高 Tc 相は 1 種類であると推測される.我々は高 Tc 相の X 線結晶構 造解析に成功し,図 1(a)-(c) に示す様な Tc = 9.5 K の Ag(CF3 )4 塩と同型構造である三 斜晶系の κα1′ 型構造が Cu(CF3 )4 塩の高 Tc 相であることを明らかにした [4]. ˚3 ) よりも小さい.この関係は κL 単位胞の体積は κα1′ -Ag(CF3 )4 塩の体積 (4202.3(4) A 相においても同じであり [1],アニオンの大きさを反映していると考えられる.これまで α′ 型として報告されている物質は,全て低温で絶縁化することが知られている.BEDTTTF 分子の結合距離から電荷移動量を見積もると,α′ 層は 0 価と 1 価の電荷秩序状態 にある (図 1(c)).従って,κ 層だけが超伝導を担う,α′ 層とアニオン層という極めて厚 い絶縁層によって隔てられた 2 次元性の強い超伝導体であることが推測される.一方, κ 層での電荷移動量は 2 分子とも 0.5 程度であり,κα1′ -Ag(CF3 )4 塩と同じ状況である と考えられる.X 線回折で格子定数を確認した試料の磁気トルク測定により,この構 造の Cu(CF3 )4 塩が高 Tc 相であることを明らかにした.磁気トルクの測定から,Tc は κα1′ -Ag(CF3 )4 塩とほとんど同じで 9.5 K 程度と見積もられる.電気抵抗の温度依存性 が他の κ 型 BEDT-TTF 塩と同じように 100 K 付近に抵抗ピークをもつことから,κ 層 のバンド充填率は通常の 3/4(実効的に 1/2) であると考えられる (図 1(d)).また,超伝 導転移温度 (midpoint) は 9.4 K と見積もられる. 磁気抵抗により上部臨界磁場の温度依存性を測定した.Tc 近傍での Hc2 (T ) の傾きか ˚(伝導面平行方向) と ξ⊥ = 6.5(9) ˚ ら見積もったコヒーレンス長は ξ∥ = 139(8) A A (伝導 面垂直方向) である.伝導面垂直方向のコヒーレンス長は伝導シートである κ 層の厚さ ˚) に比べて十分に短く,この物質が 2 次元超伝導体であることが明らかになっ (≈ 12.5 A た. c (a) B (b) o B b A b A B tq’ B tb1’ B (d) D C E C I // c* 10 10 8 R (Ω) F R (Ω) D 1 F E C 6 4 2 D 0 0.1 C A B 1000 b D B a 100 a B A t b2 B κ-layer o (c) o tq B tb2’ tp’ tp B α’-layer tp tb2 t tb1 q A tb1 A κ-layer B tb2’ tb1’ tq’ tp’ 5 6 2 0 5 10 15 T (K) 3 4 56 10 20 2 3 100 T (K) 図 1: (a) (BEDT-TTF)2 Cu(CF3 )4 (TCE) の高 Tc 相の結晶構造 (bc 面投影),(b) κ 層の 分子長軸方向からの投影,(c) α′ 層の ab 面投影,(d) 電気抵抗の温度依存性.(c) におい て α′ 層の分子 D と F(灰色部分) はほとんど +1 価であり,分子 C と E(白色部分) はほと んど 0 価である. [1] J. A. Schlueter et al., J. Chem. Soc., Chem. Commun. 1599 (1994); 1311 (1995); Physica C 230, 378 (1994); 233, 379 (1994). [2] J. A. Schlueter et al., J. Am. Chem. Soc. 132, 16308 (2010). [3] T. Kawamoto et al., J. Phys. Soc. Jpn. 81, 023705 (2012); 82, 024704 (2013). [4] Crystallographic data of κα1′ -(BEDT-TTF)2 Cu(CF3 )4 (TCE) at 108 K: triclinic, P ¯1, a = 8.36717(15) ˚ A, b = 13.2419(3) ˚ A, c = 37.5816(7) ˚ A, ◦ ◦ ◦ 3 α = 89.8410(7) , β = 88.9502(7) , γ = 89.4635(7) V = 4163.04(13) ˚ A , and Z = 4. 2D08 光応答性電気二重層を利用した κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Br における光誘起超伝導転移 (分子研 分子研*, 理研**) ○須田理行 須田理行*,**・加藤礼三**・山本浩史*,** Photo-induced superconductivity in κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Br utilizing a photo-active electric-double-layer (Institute for Molecular Science*, RIKEN**) ○Masayuki Suda*,**, Reizo Kato**, Hiroshi M. Yamamoto*,** 【序】 分子性導体κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Br (κ-Br)は強相関電子系に属し、低温で超伝導 相とモット絶縁相の境界付近に位置する。これまでに、我々は電界効果トランジスタ(FET) 構造を用いたκ-Br へのキャリア注入により、有機系物質としては初の電界誘起超伝導を見出 している[1]。一方で、無機化合物においては電気二重層トランジスタを用いた電界誘起超伝 導が実現されているが、電気二重層トランジスタに用いられるイオン液体は一般に 200 K 付 近にガラス転移点を持つため、極低温における連続的な電荷注入および電子系相転移は実現 されていない。本研究では、イオン液体に代わる分子性キャパシタとして有機単分子膜が持 つ表面双極子に着目し、フォトクロミック分子であるスピロピラン誘導体単分子膜とκ-Br 単 結晶の接合界面を作製することで、スピロピラン誘導体のフォトクロミズムに伴う表面双極 子変化を利用したκ-Br への光キャリア注入を実現した。また、これに伴う絶縁体から超伝導 体への光誘起電子系相転移を極低温において連続的に観測することに成功したので報告する。 【実験】 Atomic Layer Deposition 法により Al2O3(または HfO2)絶縁膜をコーティングした Nb:SrTiO3 基板を、3-aminopropyltrimethoxysilane で処理することにより、表面にアミノ基を 導入した。続いて、カルボジイミドの共 存下、基板をカルボキシル末端を有する スピロピラン誘導体(図 1a)溶液に浸漬 することで、アミド結合を介したスピロ ピラン単分子膜を製膜した。この基板上 に、電気分解により成長させたκ-Br 薄片 単結晶(厚さ:~600 nm)を液相中で貼り 付けることでデバイスを作製した( 図 1b)。得られたデバイスの評価は 4 端子 抵抗測定、SQUID による磁化測定など により行い、紫外光および可視光の照射 は、クライオスタット中に光ファイバー を導入することにより極低温下(5 K)に て行った。 【結果・考察】 通常、バルクのκ-Br は低温 で超伝導体であるが、本デバイス上のκ-Br は 5 K まで絶縁体的振る舞いを示した。これは 基板と結晶との熱収縮率の差により、冷却過 程で基板から結晶に実効的な圧力(負圧)が与 えられたためであると考えられる。5 K にお ける紫外光照射により、デバイスの抵抗値は 急激に減少し最終的に TC =7.3 K の超伝導体 へと転移した(図 2a)。続く可視光照射により デバイスはほぼ初期状態(絶縁体)へと回復 し、絶縁体/超伝導体間の可逆的光スイッチが 可能であることが示された。さらに、SQUID による零磁場冷却(ZFC)および磁場冷却(FC) 磁化測定より、紫外光および可視光照射によ る超伝導シールディングフラクションの可逆 的な増減が観測され、スピロピラン単分子膜 のフォトクロミズムに伴い、超伝導フラクシ ョンが発現・消失していることが裏付けられ た(図 2b)。また、光ゲートおよび外部電源に よるボトムゲート電圧の同時スキャンにより 得られた電子相図(図 3)から、光照射に伴う κ-Br へのホールキャリア注入が相転移の起源 であることが明らかとなった。 スピロピランは通常中性の閉環体として存 在するが、紫外光励起により巨大な双極子を 持つ双性イオン開環体へと異性化する。本デ バイスでは、単分子膜上の光誘起双極子が分 子性ナノキャパシタとして働くことで、κ-Br 表面におけるキャリア注入効果を生み出した ものと考えられる。この時、光照射に伴う内 部電界変化は 4.3 MV/cm 程度と見積られ、注 入キャリア数は 1013 cm-2 オーダーに達する。 これらの値は、固体ゲートを用いた静電キャ リア注入と比較しても大きな値であり、新奇 相転移デバイスとしての有効性が示されたも のと考えられる。 [1] H.M. Yamamoto et al., Nature Comm. 4, 2379-2385 (2013). 2D09 α-α-(BEDT-TTF)2(PO-CON(CH3)CH2SO3)・3H2O の構造と物性 (兵庫県立大院・物質理 1, 阪大院・理 2) ○石原 慧太 1, 圷 広樹 2, 中澤 康浩 2, 山田 順一 1, 中辻 愼一 1 Structure and properties of α-α-(BEDT-TTF)2(PO-CON(CH3)CH2SO3)・3H2O (Graduate School of Material Science, Univ. of Hyogo1, Graduate School of Science, Osaka Univ.2) ○Keita Ishihara1, Hiroki Akutsu2, Yasuhiro Nakazawa2, Jun-ichi Yamada1, Shin’ichi Nakatsuji1 【序】私達の研究室では以前、安定有機ラジカル PO を構成成分とする二種類の純有機磁性アニオン、 PO-CON(CH3)CH2SO3-(1)[PO = 2,5,5,5-tetramethyl-3-pyrrolin-1-oxyl free radical]の TTF 塩 および PO-CONHC2H4SO3-(2)の BEDT-TTF 塩について報告した。これらの結晶構造では、どちらの塩でもアニオン層中で アニオンは全て同じ方向を向いて分極し、その両側に結晶学的に独立な二種類のドナー層が存在してい た。そのため一方のドナー層はアニオンのス ルホ基部分のみに囲まれ、もう一方の層はラ SO3O - O3S N N H 2 O O 層で価数が異なること、すなわちドナー層へ - O3S の部分ドープが実現していることが判明し N N H 3 O O - N N O3S O 4 た。また、2013 年の化学会春季年会では、 N O O N N O - O3S 5 O N N O 6 O O - O3S 報告した。この塩も、分極アニオン層を有し、 O 3S N H N N 10 N O O N O N O SO3- MeO N H O 3S 9 SO3Cl O O OMe O 8 SO3- 導体を開発するため、1-3 と構造の類似した - N O 7 達は、新しい分極アニオン層を有する有機伝 9 種の安定有機ラジカルのスルホ誘導体アニ O3S 1 ニオン層が与える分極電場により、両ドナー 同様の結晶構造を持っていた。そこで今回私 O - N ジカル部分のみに囲まれていた。この分極ア ’-’-(BEDT-TTF)2(POCONHC6H4SO3-)(3) を O N H 11 N O O N H 12 オ ン (4 ~ 11) を 合 成 し た 。 こ れ ら と ド ナ ー 分 子 と の 錯 形 成 を 行 っ た と こ ろ 、 2 の 異 性 体 で あ る PO-CON(CH3)CH2SO3-(4)と BEDT-TTF の塩が得られ、その塩の構造と物性を明らかにしたので報告する。 【実験】安定有機ラジカル 3 種と 7 種類のアミノスルホン酸誘導体を室温、塩化メチレン中 DCC・DMAP 存在下で三日間攪拌することにより、4 から 12 の 9 種類の有機磁性アニオンを合成した。いずれも PPh4Br または PPh4Cl との塩交換により PPh4 塩として得た。これらの有機磁性アニオンの PPh4 塩と BEDT-TTF を用いて、定電流電解法による電解結晶育成を行った。今のところ 4 のみが BEDT-TTF との塩を与えた。 【結果と考察】4のBEDT-TTF塩の組成はX線構造解析によりα-α-(BEDT-TTF)24・3H2Oであることが分 かった(図1)。(BEDT-TTF)23・3H2O : monoclinic Pc, a = 45.937(13), b = 8.7199(3), c = 11.336(3) Å, β = 90.039(6), V = 4541(2) Å3, R = 0.0587, Rw = 0.1726 (all data). この塩においては結晶学的に独立な二つのド ナー層A、Bが存在し、それぞれα型の配列を有し ob a ていた(図2)。アニオン層も二種類が結晶学的に独 立で、さらに図1のようにどちらの層でもアニオン は結晶中で全てほぼ同じa軸方向を向いていた。模 c 式図で表すと図3のようになり、1、2の塩とは異な りアニオンが結晶全体で、ほとんど同じ方向に分極 B をしていることがわかった。またI層中のアニオン I A II B 図1 α-α-(BEDT-TTF)24の結晶構造 のスルホ基は、B1(図2)との間にのみ短い接触を持 ち、II層中のアニオンのスルホ基も同様に、A1との ドナーA層(α -type) ドナーB層(α -type) 間にのみ、短い接触を持っていた。そこで四つの独 立なドナー分子のそれぞれについて、価数の計算を A0 B0 行ったところ、アニオンと短い接触を有している A1 B1 A0 B0 A1 B1 A1とB1の価数はそれぞれほぼ+1であり、接触を持 たないA0とB0の価数はほとんど0であった。すなわ ちドナー層内で中性と+1価のドナー分子が交互に 図2 A層とB層のドナー配列 並ぶ、1010の電荷分離を起こしていることが明らか になった。実際、伝導度測定の結果はEa = 0.143 meV、σRT = 1.0×10-3 Scm‐1となり、伝導性のあまり良好 でない半導体的挙動を示した。さて、四つの独立な BEDT-TTF分子に対し、今度は4のスルホ基から遠い 側と近い側の結合距離に分けて価数の計算を行った ところ、全ての分子でスルホ基に近い側の価数の方 が、遠い側の価数よりも大きくなっていることが分 かった。このことから4のスルホ基に近い側の方が、 0.8 その逆の側よりもより正に大きな価数を有している、 2 0.6 0.5 0.4 1 0.3 0.2 0.1 Spin Concentration χT (emu K/mol) 0.7 つまりそれぞれのドナー分子が分子内においても電 荷分離を起こしていることが示唆された。磁化率測 定の結果(図4)はCurie-Weiss 則で再現されC = 0.797 emu K/mol、θ = -51.9Kとなり、Cの値よりラジカルの みでなく、ドナー層にもスピンが存在していること 0.0 0 50 100 150 200 250 T(K) 図4 BEDT-TTF24のχT-Tグラフ 300 が分かった。詳細は当日報告する。
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