Document 597039

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1966−67年度の目標
新RI会長のプロフィル
新ガバナー・新会長・幹事紹介
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ロー タ リー とは
大会
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約 130ブ リ国 ι
こお い て
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12,000]菫 0)ロ ー‐タ リ
ー クラ ブ に所 属 して
い る 国 際 ロー タ リ
ー とこ
ま こ れ ら ロ ーータ
リー ク ラ ブ の 連 合 体
であ る
50万 名 以 上 の 人
ロー タ リー ク ラ プ は
地域社会の実業界 お
よび専 門職 業 界 の 代
表 的な人々によっ て
構 成 さ れ て お り .毎
週 昼食 また は 夕食 を
共 に しな が ら会 合 し
てい る
他 人 に 対 す る思 い や
り と助 力 を 奉 仕 の 理
想 と して、 ロー タ リ
ー は 友 情 を 拡 め ,地
域 社 会改善 の事 業 に
加 わ り ,実 業 界 お よ
び専門職 業 界 に お け
る道 徳 水 準 を 高 め 国
際 理 解 と友 好 そ し て
平 和 を増 進 す る実 際
的 手 段 を提 供 す る も
の であ る
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最 初 の ロ ー タ リー ク
ラ ブ は 1905年 ア メ リ
カ 、 イ リ ノ イ 州 .シ
カ ゴに おいて結成 さ
れ た _ロ ー タ リ ー と
い う名 称 は 当 初 会 合
場 所 を輪 番 に変 え て
い た と ころ か らつ ι
ナ
ら れ た もの で あ る
NEV/S FPOM ROTARY INTLRNATIONAL
計 “
OF「
IC AL PUBL CAT O卜 1 0F THE 360 362 353 355 368 359
365 368 369 370 D STRICTS OF ROTARY INTERNAl ONAL
… …
i966∼ 67年 度の 目標 …
… … ……
生命 の起源 と石油 の成因 ……… …… …阪大総長 赤堀四郎…
7月 とい う月
新ガバナ "の 横顔
第 350区
れる
そ して 残 雪 が 厳 し い高 山 の冬 を う
つ たえ ,冷 たい天涯か らの風が身 をひ き
じめて くれ る 地平 は夏 とい うの に ,こ
こではいまだ冬 の気配 で ある.穂 高 小屋
も,ま だ,雪 の 中だ
カメラ・ 山下喜久雄
東京 北
.
.
北村 ガバナ ー
難波 ガバナー
古瀬 ガパナ ー
吉村 ガバ ナー
.
.
ロータリアン誌・ 7月 号予告
リチ ャ ー ド
表 紙 ・ レイ ア ウ ト
.
第 369区
第 370区
00r Cover of This Mon,h shows a vlow
from KG70SCWO‐ Y。『 : in JoPcn Alps.
The sheer precipices of M: Okυ _H。 ,oko
ond Mio Moe_Holoko preson,wOnderful
views when climbers come up l。 :he
iop of Ml. Ko「 osowO.
岡田ガパナL.
村井 ガバナー
兼子 ガパ ナ ー
後藤 ガバナー
松方 ガバ ナー
白山ガバ ナー
岡田ガバナー
第 352区
第 353区
第 355区
第 358区
第 359区
第 360区
第 365区
第 368区
潤 沢 岳 か らの 眺 め
つ く
潤 沢 を の ば りつ め ,ガ ラ場 に 一 月、
と,右 前 面 に 奥 穂 が ,左 に 前 穂 の 岩 稜 が
そ そ りた ち ,登 は ん の 疲 れ を い や し て く
L.エ
… …… 委員長 湯浅恭三 …
… …
パストガパナー 嵯峨 長 … 10
パストガパナー 佐藤武夫 …‖
パストガバナー 安斎 徹 …12
パストガパナー 渡辺覚造… 13
パストガパナー 湯浅恭三 … 14
パストガバナー タp瀬 省吾 … 15
パストガパナー 神野太郎 … 16
パストガバナー 岡島美行… 17
パストガパナー 今田 恵 … 18
パストガバナー 竹原二郎 … 19
パストガバナー 増永茂巳…20
…
… … … ……………
・… …
25
バ ンス
国際 ロー タ リー会 長 の プ ロフ ィル
ロー タ リー 分 布 図 ・ 告 知 板 ―
―
ー
―
…
30
グ ラビヤ
近 代 科 学 へ の 職 業 奉 仕・ 泡 の 科 学
…
……
… …
…
21
サ ー ビス・ ニ ュ ー ス
……… ……
ロータリー美術館 。大阪市立 博物館
…… ……… … …76
…… 61
河野田 思
ロー タ リー間 答 … …… … …… …
新
昭 和 41年 7月 第 14巻 第
THE ROTARY‐ NO‐ TOMO
JULY 1966 Vol 14 No 7
7号
会
長 .幹
事
紹
介 … …
……
… ……… ………
… 69
33
健康の頁・ 膵臓癌
…………国立がんセンクー 石井兼央 70
ロータ リー俳壇
…… …… …… …… …… …… … 73
談 話 室一 … …… …… … … … … … … … 74
¨¨………………
… … … 郡山 1山 ノ井総雄-82
子 の心親が知る
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7月 とい う月
一
葉
ロ
一
一
一
罐導串の
咳矮員長 湯浅
恭三
7月 といえば盛 夏,身 心共 にだ る くな る季 節
.
もっ ともこの頃 は冷房 の あ る住宅 に住み,冷 房 の
あ る車 で,冷 房 の きいた会社 に出かけ る人 々が 多
いので,季 節感 を しみ じみ と味 わ う人が少 くな っ
てい るので はな いで あ ろ うか .都 会 に住 む多 くの
人 々に段 々 と季 節 に対す る感 覚 が鈍 って くるの は
機 械文 明が発達 した宇宙時代 としては止 むを得 な
い とい うので あろ うか .私 は この よ うな時代 で あ
多 いの を見 て,嬉 しく心強 く思 ってい る.ロ ー タ
リーのつ どい も心 の ゆ と りを養 う一 つの よすが と
考 え る ことはい けな いで あろ うか 。 また この よ う
な ことの た めに「 ロー タ リーの友」 力ゞ
少 しで も役
立 つ な ら幸で あ る
7月 は ロー タ リー暦年 の初 の月 で あ る。そ して
るか ら尚更 努 めて 自然 に親 しみ,せ めて季節 の移
総 ての ものが新 し くなる.国 際 ロー タ リーの役員
も, 各 ロー タ リー・ クラ ブの会長や役員 もす べ て
り変 りを 目に見,心 に感 じて,生 きてい る楽 しみ
を味 わ い た い
変 る。そ して 各 クラブは新会長 の もとに,新 しい
一 年 の活動が始 ま る 61年 目を迎 えた ロー タ リー
7月 は文月 とよばれ ,七 夕 の月 で もあ る.七 夕
が年 々歳 々新 しい空 気 を生み出す一因は, ロー タ
リー機構 の 1年 を周 期 とす る回転 にあ ると思 う
.
は牽 牛,繊 女 の古事 を想 い出 させ るが,ま た色 紙
に筆 で文 字 を書 いて笹 に飾 るゆか しい風習 もあ る
ロー タ リア ンは皆 それ ぞれ の職 業 の現役であ る
.
京都 の北 II・ 神社 で は毎年 7月 7日 に,北 野御手洗
祭 とい う古 くか らの儀式 があ る.神 前 に「御手水
唯 現役 とい うばか りで な く,そ の職 業 の尖端 をゆ
く活動家 で あ る .毎 週 の例会や多 くの会合 に出席
し,多 くの クラブ活動 に委員 と して活 動 され るの
を献 じ,松 風 のlllに 梶 の葉 をそえ て供す 。七夕 に
は本 当に御苦労 様 で あ り,時 間 も充分 ない とい う
御歌 を詠ぜ られ ん料 な り」 と案内記 に出 てい る
いずれ に して も七夕 は風流 な行事で あ る。 しか し
苦情 ももっ ともで あ る.し か し ロー タ リーのつ と
め を立派 にや って い る方 々が 多 い ことはあ りが た
この頃 の よ うに高層俎築 が林 立 し, 自動車 がひ し
め きあ い, ボール ペ ン企盛 の時代 に な ると,空 を
い ことで あ る
.
'暇
もな く,た まに空 を見 て も星 もみ えず
とか
筆
硯 とか い うもの とは縁 意 な り,七 夕 さえ
あお く
,
も忘れ勝 ちであ る 生活 は忙 しく激 しく慌 しい。
昔 の文人墨客 の よ うな生活 は出来 ない として も
せ めて 自然 を楽 しみ 趣味 を楽 しむ時 を持 つ くらい
,
私が「 ロー タ リーの友」 の委員長 とな って 1年
専 門委員 を始 め として 各地区 のガ バ ナーや「 ロー
タ リー の友」委員 の方 々の御援助 と御助言 を得 て
「 ロー タ リーの友」 の 内容,体 裁 の改善 に努 めて
い る 来 るべ き一年 は更 に一層 の努力 をなす べ き
の心 と時間 の ゆ と りがほ しい もので あ る。「 ロー
タ リーの友」力ゞ
古美術 と俳 句 の た めの数 ペ ージ を
ことを,編 集 に関係 あ る もの一 同は固 く決心 して
い る 全 国 の ロー タ リア ン諸氏 の御指導 と御援助
を, ロー タ リー年度 の初 めにあた り,改 めてお願
持 って い る ことに賛意 を表 され る ロー タ リア ンの
い致 します
ロ ー タ リ ー の 友 -7プ l号
(民 事 弁 護 士 )
3
ラジオ演説 の草稿 をね るエバ ンス国際 ロータリー新会長
A
Pho,o:By Cour,esy of Pub‖ c
Rel● ■ons
Depl,RI
Better World Through Rotory
THE ROTARY_NO_TOMO
1966∼ 67年 度 の 目標
解説
パストガバナー 宮
1966∼ 67年 度 の国際 ロー タ リー会長、 リチ ャー
ド・ エル・ エバ ンスの施政 目標 は, ロー タ リーの
力 で この世界 を今 よ リー層優れ た ものに しよ うと
す るのにあ るよ うで あ ります .提 示 され た題 目は
3_ロ
4
う'と で も申す ことがで きま し ょう。いずれ にい
た しま して も,我 々 ロー タ リア ンは本仕 の精神 を
ー タ リーの 友 好 を享 受 す る こと
地 域 社 会 が必 要 とす る事 を見 出 し奉 仕 す る
こと
A Betterヽ Vorld ThrOugh Rotary とい うので
あ ります .こ れ は標語的 に `ロ ー タ リーで, よ り
よい世 界 を' とで も申 しますか,あ るい は解説的
に `ロ ー タ リーの力 で よ りよい世界 を造 りま し ょ
各 自の事業乃至専門職業 を よ り良 くす る こ
と
6
青少年へ 奉仕す ること。
発揮 して, この 世界 を明 る く住 み よい平和 な もの
7.広 報 を効 果的 に推進す る こと
に しよ うと呼 びか けた もの と思 い ます
エバ ンス会長 llt,そ の 目標 を達成す るために
8.ロ
,
われ われ に10カ 条 の実行案 を示 してお ります
富
脇
ー タ リーの国際性 を強調す る こと
.
そ
の詳細 は,い ずれ RI文 献事務所 にお いて ,1`訳 の
9
世界的社会奉仕 に参加す ること
上 ,皆 さん のお手元 に達す る ことと思 い ますが
その大要 は次 の よ うな もので あ ります
10
ロー タ リー財団 を支援す る こと
1
,
新会員 をふ やす ことに よって ロー タ リーを
分か ち合 うこと
.
2
新 クラブを結成す る ことに よって ロー タ リ
ー を分か ち合 うこと
以上 の通 りで あ りま して, これ まで常 に強調 さ
れ て いた事柄 のみであ り,別 に新 味 はな い よ うに
見 えます けれ ども, もしわれ われ が 真剣 に これ ら
と取 り組 んだな らば,ほ ん と うに良 い ロー タ リア
ン とな り, ロー タ リーの力 で よ り良 い世界が生れ
て来 る と思われ ます
ロー タ リー の 友 -7月 号
.
.
生 命 の起源 と石油 の成 因
石;由 と人類 の 不思議な巡 り合わせ
理学博士 阪大総長
赤
堀
四
郎
る小 動物 について さえ,湧 くとい う言葉 が使 われ
生物の進化論
生命 の起源 と石 油 の成 因, この二つ の問題 を並
ていた位 で すか ら,人 間 の観察 が如 何 に粗雑 であ
べ る ことは,一 見 おか しな ことの よ うに思 われ る
ったかがわか るわ けです
で し ょうが,実 は この二 つの ことは,大 いに関係
今 か ら 120年 程 前, フ ラ ンスの学 者 パ スツール
は, スープ を一度沸 と うさせ ,外 か ら絶 対 にパ ク
のあ る ことな ので あ ります 。
この地球上 には実 に多種多様 の生物が棲ん でい
.
テ リアの種が入 らな い よ うに してお くと,何 日経
ます _同 じ生物で も人間 と魚 で は大変 な違 い方 で
って も,そ のスープ は腐 らな い とい うことをた し
すが,大 と桜 を比 べ て も, まるで異 った生 き方 を
かめ ま した.そ こでパ ス ツール は「 生物 は必ず生
してい ます .地 球上 には どうして これ程多種多様
この問題 は
物か ら」 とは っ き りいい切 りま した。 現在 の よ う
に罐詰 工 業 が発達 した の は, このパ ス ツール の研
ダー ウ ィ ンの進化論 に よって或 る程度説明 され ま
究結果 に基 いて い るわけです .今 で こそ,生 物が
つ ま り, この地球上 のあ らゆ る生物 は,最 初
無生物 か ら自然 発生す る と考 える人 はな くな って
な生物界が成立 したので し ょうか ?
す
1/r棲 んで いた最
い ますが, こ うした科学的 な 自然認識 が確立 され
の方 向 に分科 し,」 _つ 進化 して来 た とい うので あ
ります 。 しか し, ダー ウ ィ ンは,最 初 の原始的生
人間 の科学文化 が如 何 に新 しい もので あ るか を思
も原始的 な生物か ら20余 億年 を費
して,何 回 とな く変異 と淘汰 を繰 り返 え して種 々
物 は どうして 発生 したか とい うことにつ いて は全
く触 れ てお りませ ん
この問題 は,科 学者 に とっ
て実 口 己介極 まる問 題 なので あ ります
た のが ,lliか 百年余前 の ことで あ った と思 うと
,
わ ざるを得 ません
.
原始生物の誕生
こ うして, この地球上 では, も う新 しく生物 の
発生す る可 能性 はな い とい うことに な ります。 そ
.
宗教 の教 義 は別 として も, 今か ら 120∼ 30年 前
うす ると,ダ ー ウ ィ ンのい う,最 初 の原始生物 は
まで は多 くの科学者 で さえ も,生 物 は 自然発生 し
ど うして発生 したか とい うことが,ま す ますわか
j
得 る と考 えてい ま した
特 に,生 の肉や果物 を室
の 中 に放 ってお くと,必 ず腐 って来 る
そ の腐 っ
らな くな ります
そ こで或 る学者 は,原 始生物 は
この地球上 に発 生 した ので はな く, どこか地球外
た もの を拡大鏡 で 見 る と多数 の微生物 が 見 える
の天体 の上 で発生 し,胞 子 の よ うな形 で宇宙 を飛
それで そ の微生物 は,肉 や呆物 1/C自 然 に湧 いた の
んで地球 に来 た の だ ろ うとい うことを考 えま した
だ と考 えてい ま した.ボ ー フラの よ うな 目に見 え
しか し, これ で はほん と うの意味 での問題 の解決
6
「 HE ROTARY‐ NO_TOMO
に はな りませ ん .何 故 な らそ の地球外 の天体 では
化合物 もで きる可能性があ ります .10年 程 雨j,米
ど うして原始生物 がで きたか とい う問題 は,依 然
国 の ミラー とい う学者 は, メタ ンとア ンモ ニア と
と して残 るか らであ ります
水蒸気 の混 合瓦 斯 に,長 時間電気 放電 をか け,で
.
ヘ ッケル とい う学者 は,次 の よ うに言 っていま
す.「 われ われ はまだ生物 の 自然発生 をた しか め得
きた もの を調べ た ところが, い ろ い ろ のア ミノ酸
が 生成 した ことを証 明 しま した.ま た ノ連 のパ ブ
な い けれ ども,原 始生物が,か つて無機物か ら自
ロフスカャ とパ シ ンス キ ー は,電 気放電 の代 りに
然 発生 した と考 え るのは, 自然哲学的思考 の論理
的帰結 で あ る」 と。 これ はパ ス ツールの言 った こ
紫外線照射 を行 な って,や は り同 じよ うな結 果 を
ととむ じゅんす る よ うですが, この点は次 の よ う
この よ うに石 油系統 の物質 か ら生体成分が 自然
に考 えた ら どうか と思 い ます .パ ス ツール は滅 菌
にで きる可能性があ るとす るな らば, その よ うな
した ものには,決 して新 しく微生物 は発生 しない
化学変化が, この地球上 で 何億年 もの永 い問,繰
ことを示 したけれ ども,今 まで人 間 の行 な った実
j生 能
り返 え して行 なわれ てい る中に,遂 に 自己 ド
験 では,せ いぜ い数年 間か,或 い は数十年間 の こ
力 の あ る原始生物が誕生 した とい うこと も考 え得
とであ って,何 百万年 も,何 千万年 もの永 い問
る ことで あ りま し ょう ですか ら「 原始生物 は石
自然発生 が全 く起 きなか った とい う実験的証明 は
油か ら生れ た」 とい う表現 も,満 更間違 いで はな
な いので す 。 しか し,生 命 の 自然発生 とい うこと
いのです
,
は,そ れが起 きる として も,何 億年 とい うとてつ
得 てい ます。
.
無機成因説と有機成因説
もな い永 い時間 を要 した ことに違 い ないのですか
そ こで,石 油 の成 因 の問題 に入 りますが,石 油
ら,ほ か の一般 の 自然科学的問題 と異 って,数 十
の成 因 に関 しては従来 二つの対立 した学説があ り
年位 の観察結果 か ら,数 億年 とい うよ うな永 い時
ます HΠ ち一 つ は無機成因説で,今 一つ は生物成
間 の問題 は,断 定的結論 は下 し得 な い。つ ま り何
因説,或 い は有機成 因説 と言われ るものです
億年 とい うよ うな永 い年月 の問題 として な ら,ヘ
無機成 因説 は, フ ラ ンスのモ アサ ンや ソ連 の メ
ッケル の よ うな考 え方 を して もよいので はな いか
ンデ レフの唱 えた学説 で,石 油 は地殻 の 中でで き
と,私 は今 そん な風 に考 えてい ます
た金属炭 化物 に,水 が作用 してで きた もので あ る
.
とい う説があ ります .鋼 鉄 の 中 には鉄 の炭素化合
最初に発生した原始生物は何か
この地球上 で 何十 億年 か前 に原始生物 が発生 し
物 を含んで い ますが ,鋼 鉄線 を稀塩酸 に溶 かす と
,
た もの とす る と,先 ず どん な物質か らで きて きた
石油臭 いにお いが しますが,あ れ は小量 のイi油 に
で し ょう ?
ですか ら,生 物以前 に先ず炭
近 い炭化水素 がで きるか らです。 また, カル シ ウ
ムカ ー バ イ ドに水 を働かせ るとア セ チ レンを発生
素化合物 が地 球 上 に相 当量 あ った と考 え ぎるを得
しますが,ア セ チ レン もや は リー 種 の炭化水素で
ません .土 星や木星 の大気 には,多 量 の メタ ンと
あ ります
ア ンモニアが あ る ことが 分光学的 に知 られ てい ま
説 は この よ うな事実 に基 いてい るわけです
生物体 を構成 してい る物質 は殆 ど総
て炭素化合物 で す
モ アサ ン, ベル テ ロー, メンテ レフの
す .メ タ /が あ るとすれ ば,他 の石油系統 の炭化
生物成 因説 は, ソ連 のゼ リンス キ ーや ドイ ツの
また,隕 石 の 中 に
パ
石油 系 の高分子物質 であ る ラフ ィ ン様 の物 質 が
の成光 であ る コレステ ロール を乾溜す ると,石 油
水素 の存在 も考 え られ ます
,
トライ ブスが唱 えた もので,ゼ リンス キーは動物
発見 され た とい う報告 もあ ります .炭 化水素 とア
ンモニアがあ って,そ れが永 く太陽光 線 に照射 さ
の螢 白 に よ く似 た螢光 を出す液体がで きる こと
れ て い ると,い ろい ろの有機化合物,即 ち蛋白 質
極 く小量 ではあ るが,エ チオポル フ ィ リンとい う
の成分 で あ るア ミノ酸や核酸 の成分 で あ る含窒 素
物質を発見 して, これ こそ石油が生物起源 の有力
ロー タ リー の 女 -7月 号
,
また トライ ブス は,ル ーマニア産 の石油 の 中か ら
7
エ チオポル フ ィ リンは
仰 いで い ます.い ま石 油資源 が 枯渇 した とした ら
ど うして も動物 の血 の成分 で あ るヘ ミンとt/hう 色
人間 の諸活動 は,た ちまち窒息状態 に陥 る ことは
素 が分 解 してで き もた の としか考 え られ な い物質
必 至であ ります 。戦前 はエ ネル ギー源や合成原料
で あ ります
の大部分 を石炭 に 仰 いで いた ものが,現 在 は どし
な証拠 であ る としま した
こ うい う事実 が発見 され たた め に,1920年 代 か
どし石 油 に置 き換 え られ て きてお ります .自 動車
ら1940年 代 へ か けて は,石 油 の成 因 に関 しては
用 ガ ソ リンや火力発電 の燃料 の よ うな,大 量 の消
生 物成 因説が断然 l ■ 勢 で あ りました 。またそ の頃
は,発 見 され てい る石油鉱脈 の推定 埋蔵量 は比較
費は勿論 で すが,戦 前,石 炭 タール の分溜物 に 仰
いでい た ベ ンゼ ン, トル エ ン等 も,現 在 で は殆 ど
的少 く.石 油 の寿命 は約20年 位 で あ ろ うと言 われ
石 油化学 の産物に とって代 られ ま した.ま た,合
てい ま した.と ころが そ の後, もう30年 近 くも石
成繊維 や プ ラスチ ックス,合 成 ゴム等 も石 油か ら
油 を採掘 し続 け てい るに もかかわ らず ,最 近 では
多量 につ くられ るよ うに な りま した。従 って現代
石油 の寿命 は40年 以上 だろ うと言 われ るよ うにな
人 に とって llt,石 油 が資源 として何年続 くか とい
りま した。
うことは,極 めて重大問題 な ので あ ります
,
.
石油 の成 因が従来 の学説 の よ うに,生 物起源 の
石油は年 々新しくできる
石油 の寿命 とい うの は, そ の ときの推 定埋蔵量
もので あ るとすれ ば,そ れ程無限 に続 くとい うこ
を毎年 の採掘量 で割 った数ですか ら,寿 命 が20年
とは考 え られ ません.数 十年後 には枯渇す るであ
も伸 びた とい うことは,推 定埋蔵量 の伸 び率 が
ろ うとい うこと も当然考 えね ばな りません.し か
採 掘量 の伸 び率 よ りも遥 かに大であ るとい うこと
し,石 油が無機的 にで きた もので あ って,ひ ょっ
を示 して い るのです。 しか も,最 近発見 され る新
とす ると,現 在 で も地殻 の 中で新 し くで きつつ あ
しい石油 の鉱脈 には,地 下数千米 とい う,非 常 に深
るの だ とす ると,吾 々 は心配せず に石 油を どしど
い層 て発見 され た ものが多 いので あ ります .こ の
し使 って よい わけです。
,
よ うな深 い層 には,か つて生物が棲息 した とい う
原子力発電法 が進歩 して,発 電 コス トが火 力発
よ うな痕跡 の全 くな い層 もあ るのです 。そ うい う
電 以下 に な る時代が くれ ば,電 力用石 油は不用 と
新 しい事実 か ら,先 年物故 され た米 国 の有名 な石
な るわけですが, 自動車用 ガ ソ リンまで,原 子力
油化学者 エ グ ロフや ノ連 の ク ロポ トキ ンな どは
石 油 は地殻 の 中で無機的 にで きた ものであ る。 た
に置 き換 え られ る日は,ま だ大分遠 い先 の話 で し
とえ石 油 の 中に微量 の生物成分が発見 され ていて
も石油 は地層 の 中を移動 し得 るものであ るか ら
要 な もので あ ります。 これ を再 び石 炭 に戻す とい
うよ うな ことは,大 変不便だ し,ま た生産 コス ト
で きてか ら後 で,生 物 の死骸 の成分 を溶か して含
も高 くな る こと間違 いあ りません
,
,
んで い る とい うこと もあ り得 ると言 ってい ます。
今 か ら12∼ 3年 前 と思 い ますが, 日本化学会 の招
へ いで,エ グ ロフ博士 が来 日され ,東 京や大阪等
で石 油化学 工 業 に就 いて講演 され ま したが,大 阪
での講演会 の後 の晩 さん会 の席 上,エ グ ロフ博士
は「石 油は現在,人 間 が採 掘す る量 以上 に,年 々
新 しくで きつつ あ るか も知れ な い」 とし ょう談 ま
じ りに言 っていま した 。
ょう.ま た,合 成原料 として の石油 は,絶 対 に必
.
食卓に石油製品食料
人間が多量 に消費す る含炭 素 物質 として は食料
があ ります 。 これ は今 の ところ殆 ど全部 を,農 畜
産物 と木産物 に仰 いでい るのです が, グル タ ミン
酸や コハ ク酸 の よ うな調味料 は,既 に一 部石油製
品 に置 き換 え られ てい ます
.
また,飲 料 として人間が多量 に消費す る炭 素化
あ りま
合物 にアル コール (エ チル アル コール)力 ゞ
現在, この地球上 で,人 類 は,そ の生活活動 を
す .エ チル アル コール は,適 当量飲 めば充分人間
支 えてい る食料 以外 のエ ネ ル ギ ーの大部 を石油に
の栄養源 に な るので すか ら,食 料 の一種 と考 えて
8
THE ROTARY‐ NO‐ TOMO
│。
│
筆者紹介 化学者 ,有 機化学専攻, とくに蛋
白および酸素の研究 で著名 明治33年 生,大
正14年 東北大学卒,名 大講師を経 て昭和13年
阪大教授 となる 28年 に「蛋白模型物質 の研
究Jと 題 し朝 日科学奨励金を受与,著 書 には
「有機化学 の進歩」 など多数,大 阪 RC会 員
差支 えあ りません.ア ル コール の な い人生 な ど意
味 がな い と極言す る人 も相当あ るで し よう.こ の
アル コール が,戦 前 までは全部醗酵製 品 で,澱 粉
或 いは糖分 か ら酵母 の力 に よってで きるもので あ
ります。 ところが このアル コール も,最 近 では石
油製品 の瓦斯 の一 つ エ チ レンか ら,化 学的 に多量
に合成 され るよ うにな り, この方 が醗 酵 アル コー
ル よ り生産 コス トが低 くな りま した .こ の石油か
らつ くる合成 アル コール は税制 の関係 で,飲 料用
に用 い ることは許 され てい ませんが,醗 酵 アル コ
ール と全 く同 じ物質 で あ って,同 じよ うに栄養源
に な る ことは間違 いあ りません 。また醗酵 工業 の
原料 としては石油 の原油 がそ の まま用 い得 ること
もあ るし,或 い はエ チル アル コール のほか,酢 酸
や プ ロピレング リコール,エ チ レ ング リコール な
ども用 い得 る ことがわか って きま した.従 って石
油 の食料 化は,直 接 合成化 学的 に利用す る道 の ほ
か に, 中間 に微生物 の働 きを借 りてや る方法 も可
能性 がで きて きま した
現在,世 界 の人 口の急激 な増加 に伴 い,世 界的
な食料不足が 目に見 えて来 てい るわけで,石 油 を
人為的 に食べ られ るものに変 えるとい う仕事 は
,
科学者 1/Cと って も産業 人 に とって も,大 いにや り
甲斐 の あ る仕事ではな いで し ょうか .そ れ に して
も石 油 が 無機的 にで きた もので あ り, また現在で
もで きつつ あ るとい う,た しか な証拠 で も捉 える
ことがで きれ ば,益 々張 り合 いの あ る仕事 にな り
ます
.
何十 億年 か 前 に,石 油か ら生れ た生物が,長 い
年 月を要 して人間 にまで進化 し, また今,頭 脳 の
働 きで科学技術 を倉1造 し,再 び石 油 を命 の糧 とし
て利用す るに至 った ことは,不 思議 な廻 り合わせ
で はあ りませんか
.
ロ ー タ リー の 友 -7月 号
1性
界のお客様 に規 しまれて88年 …
級・
の
宮
下 富古屋ホテル
富 士 ・ 箱 根 国 立 公 園
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2603・ 1ド'r(4)85
(2521336
野球・ スキー・登山などス ボー
ツの好 きなガパナーは,毎 年 2
回は家族づれで日帰 りの山のぼ
りをするとのこと,家 庭 で も良
き父親であ る
会 うほ どに魅せ られる
さて小生 ,同 君 と二 人 だけ の時 は “正雄 さん"
と呼ぶ .ナ ン トこの“正雄 さん"は 北 海道 ボーイ ス
第 35tl区 ガバナー
カ ウ トの草分 け,旭 川 RC元 会長荒滝賞氏 の薫 陶
岡 田 正 雄君
を受 けた スカ ウ ト出身 ,ノ ンプ ロ野球 の支部長
家族 と共 に大雪 山 に スキ ーに行 った りとい うスポ
,
直前ガパナー 嵯
峨
星
ー ツマ ンと思 えば,囲 碁 四段,マ ージ ャ ン強 し
,
会 うたび毎 に,益 々好 きにな る人 が,岡 田正雄
そ して クラシ ック音楽 を愛好 し, ケ ー ンズ派 の経
新 ガバ ナー
済学書,仏 教書 をひ もと くとい う多彩 な生活 の断
御承知 の とお り,人 には皆「 な くて七癖 」 この
゛
中で一癖 くらいは,お 互 いに永 くつ きあ っていて
もどうも鼻 につ い た り気 にな った りす ることがあ
面 を持 つ人 で あ る
この46歳 の ガ バナ ー,仲 々 ど うして癖 を見せ
る
ない
癖 だ らけ の小生 の方が,何 か「 これでいい
のか なあ」 と余計 な心配 をす る
.
ことほ ど,い い人 で あ る
閑話休 7EE
.
御 母堂夫佐子様御健在 ,家 庭裁判所調停委員
東本願寺大谷婦人会理事 をお 勤 めに な られ ,夫 人
,
美恵子 さまは前ガ ール スカ ウ ト北 海道副 支部 長
お一人 の長男重行君は,今 春 一橋 大学 に進学 ,信
,
子 さん,依 子 さんが高校 中学 に在学 とい う家族構
成
もって“正雄 さん"の 背景 がわか る
″
ポ ール
但 し彼46歳 の若 さを もって “お つ む 力ゞ
.
北 7毎 道 の屋根 ,大 雪連峰か ら流れ る石 狩川 の水
は清 い 。その河畔 の街,旭 川 は北 海道屈指 の酒造
ハ リスの それ に似 よ うと して い る ことが唯 一つ 気
地 .昭 和 15年 現在 の小樟商大 の 前身 ,小 樟高等商
好 漢,更 に 自重 ,御 家族共 々の御健 康 と御 幸福
を祈 る次 第 で あ る (妄 言多謝 )
業学校 を卒業 した 岡田君 は,直 ちに家業であ る酒
造業 に従 事 小樽 ,札 幌 にあ る「 北 の誉」 を名 の
る一連 の酒屋 さん は皆親威 .応 召,敗 戦復 興 と辛
酸 をな め る
昭和26年 ,旭 川 ロー タ リー クラブに入会 .昭 和
にかか る点であ る
Hi!
岡田正雄君
大正 8年 9月
10日
生,昭 和26年 5月 旭川 RC入 会,会
長,社 会奉仕委員長などを歴任,昭 和15年 小樟高等商
業学校卒,昭 和26年 北海木材株式会社・旭川物産株式
30年 ,31年 幹事,昭 和37年 には会長,同 年秋 の旭
会社取締役社長,27年 旭川北の誉酒造株式会社社長に
川 に於 け る地 区大会 には大会幹事 をつ とめ,益 々
同君 の ロー タ リー歴 に磨 きが かか る
就任以来,数 社の取締役 を兼任,他 に北海道酒造組合
70
JI
THE ROTARY‐ NO― TOMO
27年 間 の ロータ リー生活か ら得
られた豊富な体験が,自 宅での
この写真からもにしみで るよ う
である.二 人 のお孫 さんに囲ま
れ るガバナー夫妻
武
夫
.
なが ら進取 の気象 に富 まれ た先代 は,明 治40年 頃
盛 岡には じめて設立 され た幼稚園 に,源 一君 を入
園 させ られ た ので あ ります 。バ ブテ ス ト教会 の宣
教 IIniタ ッピ ング夫人 が,間 もな くこの経営 に参加
され ,キ リス ト教 の教 えにそ うて園 を運営 され ま
したか ら,感 じやす い幼年時代 を, この幼稚園 で
お くられ た村井 さんが,将 来奉仕 を理想 とす る ロ
ー タ リー クラブに入 会 され ,そ の道 に励げ まれ る
よ うに な ったの も故 な しと しな い よ うに考 え られ
ます
.
少年時代 に ス ケ ー ト,青 年時代 にオー トパ イ
そ の後 ゴル フをや られ ま したが,今 で も毎 日ゴル
,
フ をや らぬ と身体 の具合 が悪 い と云 われ る程 の ス
ボー ツマ ンで あ ります
30歳 位 の時 に父君 に別れ られ ,大 分御苦労 をな
す った よ うに伺 ってお りますが , この御苦労が現
在 の村井 さん の人間形成 に大 いに役立 った よ うに
ロー タ リー の 友 -7月 号
す メ さ ラ ラ 亘 と
帰 一井 ク ク に 験
新 新
ら盛 岡 に移 られ た数あ る村 井家 の 内 の一つで す
その御家業 は代 々薬種業 と存 じます.旧 家 で あ り
呻 一 ﹁ ・ ,い 動
す
回
ま 6
R 在 で り と う た
に 現 人 あ こ よ れ
村井源 一ガ バ ナ ー は,盛 岡市 の旧家村井家 の当
主です .村 井家 は近江 の大溝出身 で,当 時大溝 か
岡 立 せ る 月 ・3 で る の ら も
盛 設 さ け 6 た は ン れ こ 得 に
藤
棟銑轍備狩れ妨げ場ナ瞑稲
議昴夕
拠限劇効け
,
・揚嘘樋れ
村 盛 に を 付 続 お 口表 あ 活 て
生っ
神燎動盤酪帯て
つ盛服贅一持
ヾ
iス ト
ノ
ガ′
ナー 佐
業 5 の の 会 会 残 熱 特 名 り を
1
実
軍 一曜 例 で 番 の の 夕 識
,
村 井 源 ―君
5
1 口続
翌
存
,
た.い
脅
し
ま
れ れ め
さ ら た
第 352区 ガバ ナ ー
木 で 一 一 立 立 一智
青年躍れ牡は夕り ,
口糾
′株瑠獄る
繊ヾ
, ・し ン
時 に
当 員
.
す 年,
帖
ま 4
.
れ 和
わ 昭 C
思 R
新 クラブ結成 の名人
多忙な毎 日を送 っていられ る兼
子 ガバ ナー夫妻が, 自宅でお孫
さんを相手にくつ ろがれ るひと
とき
の と円満 な人格 とは断然衆 目の 焦点 を集 め,福 島
温厚叡智の紳士
県 の 中部経営者協会 の会長や 日経 連 の理事,生 産
性東北地方本部 の理事,県 の地方労働委員 とい っ
第 353区 ガバナー
兼 子 俊 ―君
直前 ガパ ナ ー
安
斎
徹
東北 6県 は,歴 代 ガ バ ナ ーが クラブの拡 大 に奉
た よ うな社会的奉仕 に彼 の専門的学業手腕 を活用
して いるので あ る ロー タ リーヘ の熱意 は東京 の
国際大会 のみ な らず ,態 々1961年 の トロン ト大会
に出席 した ことで も察知 され るで あろ う.と ころ
仕 これつ とめ たので あ りま し ょう.忽 ち クラブは
が この夫君 にふ さわ しい令闇 は,実 業家松葉喜助
90を 数 うるに至 ったため, と うと う 6県 が 3県 宛
氏 の御息女 て郡山 市の社会教育委員 ,図 書館委員
児童会館運営審議会 の委員 ,東 部婦人会 々長 とい
に三分 して新 らしい地区 を創 らなけれ ばな らない
った多用 な仕事 に孜 々 として奉仕 され御両人 の間
よ うに な り, 1昨 年 の地区大会で秋 田,山 形 ,福 島
の 3県 は第 353区 として新地区 を設立す る ことに
1/Cは
そ こで新地 区 の ガバ ナーを選出 しなけれ ば
な らな いので,先 輩 ガ バ ナ ー達 は大へ ん苦労 をな
兼子 ガ バ ナーの趣味 は ゴル フに集 中 され てい る
が,大 の読書家 で あ り,相 手 があ る時 は囲碁 もや
さった よ うす, そ の時 も候補 に挙 げ られ た のが兼
子 俊一君であ った らしい。彼 は明治42年 生れ で東
大 の経済学部 を卒業 したパ リパ リの東京 っ子 で は
女 は三沢 博 士 の令息 と結婚 され ,長 男 は東大理学
部 に在学 中 の 山,全 く壮年 の活動的ガ バ ナー を得
あ るが,温 厚叡 智 の棋範 的紳士型 を備 えてい る
た ことは,老 骨無為 の まま新地区 の初代 をつ とめ
昭和 14年 4月 郡 山 に来 られ ,20年 5月 に東北 工
業株式会社 を創 立 して工 業写真 の感光紙製造 を開
て 各位 に御迷惑 をおかけ した私 の短 を償 って下 さ
決定
.
始 され た 。現 在 で は複写器 の製造 か ら販売 もや ら
れ てお り,去 る34年 か ら高石地 内 にダ ンボール紙
器 の広大 な工 場 を建設 された
.
郡山 RCが 昭和25年 の10月 に復帰創立 され た翌
々27年 の入会で理事委員 の 各部 Fり は申す に及 ばず
副会長,会 長 を歴任 し ロー タ リーの細 かい規定 に
まで精通 しきってい る.何 事 に も熱 中的勉強家 な
72
レジ ャー な どとい う凋時が な い
.
る.御 家族 は娘 さんが 4人 に息子 さんが 2人 ,長
る ことが楽 しみであ る
.
兼子俊―君
HJj治 42年
2月 10日 生,昭 和′年郡山 RC入 会,会 長
,
各奉仕部門 の委員反,特 別代表などを歴任 昭和 8年
東京大学経済学部卒,14年 東北工業株式会社を倉」
設
,
取締役社長 として現在 に至 る 他 に福島県中部経営者
協会会長, 日経連常任理事, 日本生産性東北地方本部
理事,福 島県労働委員会委員などをつ とめる
.
「HE
ROTARYoNO_TOMO
茨城県岩井町の 自邸で庭の手入れを し
て一服す るガバナー(中 央 )と 長男医学
博士武一郎夫妻 とお孫 さんの慶一君
生粋の新聞人
きをな していま した
.
第 355区 ガバナー
昭和22年 2月 郷関 に還 って茨城新門社 の経営 に
当 り,地 方文化 の 発展 に功績 を上 げ てい ま した。中
後 藤 武 男君
央 で も日本新 聞界 を代 表 して欧米 諸 国に開かれ る
`
ノ
ストガパナ¨ 渡
辺
覚
造
国際新 聞会議 に 日本代表 として12回 の多 きにわた
って出席 してお ります 。恐 ら く職業 を通 じて の こ
後藤氏 は生 粋 のジ ャーナ リス トであ り,近 年茨
城県 の生んだ新 聞記者 で は,故 伊藤正徳氏 に次 い
で新 聞界 へ 送 ってい る代表的言 論人 であ ります
れ ら多大 の奉仕 が 認 め られ て,昭 和40年 11月 秋 の
大正 5年 に慶応義塾大学政治科 を卒業 して, 日
後藤氏が筆 一 筋 の奉仕 の外 に ロー タ リア ンとし
て公衆衛生 の強化,福 祉事業 の発展 の た めの社会
.
本 一 を誇称 した
「 時事新報」の政 治部 に入 社 して
新聞歴 を ス ター トさせ てい ます 大正 8年 4月 に
,
は ワシ ン トン特 iFR員 に抜 て きされ ,第 1回 国際労
luJ会 議 を報道 し,大 正 10年 3月 には皇太子殿下 の
叙勲 に勲二等旭 日中綬章 を授 け られ た ことと思 い
ます 。
奉仕 に貢献 したために厚生 省 か ら藍綬褒章 ,紺 綬
褒章等 の名誉 を受 け られ てい る ことを も特記 して
よいので あ ります 。
欧州外遊 に随伴 し, さらに同年 10月 の ワシ ン トン
軍縮会議 の報道 に当 り日英 同盟廃棄 , 日・ 英 。米
明治26年 7月 生れ で あ り,73歳 とい う年齢 だが
青年 の意気旺盛 で あ る こと も羨 ま しい限 りです
・ 仏 4国 太平洋条約 の調印正文 を ス クープ して世
猿島郡岩井町 の 自宅 に時 々小閑 を求 めて帰 り,汗
み どろにな って庭樹庭石 の手 入れ に熱 中 し,1200
界 の新聞界 を衝 動 させ た のが 後藤氏 の青年記者時
代 であ りま した .帰 国 して時事新報社 の編集局次
長兼政治部 長 とな って,同 郷 同僚 の伊藤正徳氏 と
ともに同社 の名声 をたか めてい ま した .昭 和 8年
に同社 の取締役 とな り社長武藤 山治氏 の凶死 に責
任 を感 じて10年 2月 に退社す るまで,実 に20数 年
.
余坪 の庭園 を隣人 に開放 して憩 いの場 に提 供 して
い ます .親 しまれ る郷 土人 で もあ ります
.
後藤武男君
明治26年 7月 26日 生,昭 和26年 2月 水戸 RC創 立会員
を時事新報社 と運 命 を ともに した人物です 。 しか
会長,国 際奉仕委員長, 355地 区青少年交換委員長 な
どを歴任 大正 5年 慶応義塾大学政治科卒,時 事新報
し新 聞社 を去 って直 ちに上 智,明 治,慶 応 の諸大
学 でジ ャーナ リズム担 当 の講師 として教 壇 に立 っ
てい ま したが,中 央言論界 で社会評論社 して重
社政治部入社,以 後同社取締役,文 部大臣秘書官′茨
城新聞社取締役社長,茨 城放送取締役会長, 日本原子
力産業会議相談役 など多数の団体役員をつ とめる
ロー タ リー の 友 -7月 号
写真はガパ ナー夫 妻を中心 にそのご家族,広
範囲に活躍 され ているガバナーにとってご家
族 と一緒に撮 られたのは珍らしい
.
多彩な国際人
の盛 況 の原動 力 の一人 で あ ると存 じます 。更 に又
民芸 の方面 で も蘊 蓄な , そ の指導者 であ り又 後
第 358区 ガバ ナ ー
援者であ る とい うよ うに,行 くと ころ として可 な
松 方 三 郎君
らぎる もの はな い三 郎 さんです
日本 の ロー タ リーの驚異的 発展 は我第 358地 区
,
.
く
′
ストガパナー 湯
浅
三
恭
「 二郎 さん」と皆 が呼 んで親 しくして い る松方三
郎 さんが,い よい よ第 358地 区 の ガバ ナ ー として
地 区内 のお世話 を して い ただ く ことに な り,御 本
人 には御苦労様 で す が,地 区 の一 同は力強 く感 じ
大 きな期待 を もってお ります .御 存知 の とお り三
16さ ん は,故 松方 正義侯爵 の13男 ,明 治32年 生
に於 て もその例 に洩れず,90に 余 るクラ ブをお 此
話す るガ バ ナーの責任 は大変 な もので,公 式訪問
をは じめ,各 種 の会合 にガ バナ ー として の出席 を
求 め られ,又 一方 RIや 外 国を含 めての他地 区 の
ガ バ ナ ー との交渉 な ど,数 えれ ば限 りな い多 くの
仕事 を持 ったガバ ナ ー は肉体的 に も相 当な精力 を
あ とで も述 べ るよ うに同氏 の経歴 と御活躍 は亥年
要求 され ます .現 在 の 日本 が国 と して世界 ,殊 にア
ジアの諸 国 の間 におけ る地位 か らみ て も,我 国 の
生れ に応 わ しい とも言 えます 京都大学経済学部
を卒業 してか ら永 ら く満鉄 に勤 め,満 洲1で 大 いに
ロー タ リー クラブの 世界 にお け る地位か らみ て も
東京 を含んで い る第 358地 区 の ガ バ ナーの仕 事 は
活躍 し,叉 その後 同盟通信 に入 り,又 満洲 国通信
社 の理 事長,更 に終戦後 は同盟通信,共 同通信 に
多 く責任 は重大であ ります 。 この よ うな ときにわ
れ われ の松方 二郎 さん を地区ガ バ ナ ーに得 た こと
お いて広範 囲 の活躍 を され ま した
は第 358地 区 のみ な らず 日本 の ロー タ リーのため
に誠 に慶賀 に堪 えませ ん 。松方 三 郎新 ガ バ ナーの
,
日本山岳会会長 として も我 国山岳会 の最高峰で
あ り, 日本 の山 々 は勿論,外 国 の 山 々 も有名 な所
は大体 二郎 さん の足跡 を残 して い る筈 で す 。今 で
も一夏 に 4∼ 5回 は富士 山 の山頂 まで小 さい リュ
ックサ ックを背負 って散 歩 に出か け る とい う精力
ぶ りです
││
│
松方二郎君
明治32年 8月 1日 生,戦 前戦中は上海,新 京 RC会 員
昭和25年 東京 RC入 会,会 長,ロ ータリーの友副委員長
.
一方,有 名な松方 コレ クシ ョンの責任者 として
ヨー ロ ッパ 絵画 に造詣深 く,又 日本 の版画 のお世
話役 として, 日本版 画 が 世界的 に観 賞 され る今 日
74
御健 康 を祈 り,御 活躍 を期待 してお ります 。
:[[:i[lξ [i[[[][鮮 [I[][ │
議会, 日本山岳会など多数の団体役員をつ とめる
THE ROTARY_NO_TOMO
横浜市金沢区六浦の関東学院大
学内にあるご自宅の庭先で家族
揃 っての和やかな記念写真・
方 面 か ら引張 り凧であ る ことは,同 学院 に,一 部
の大学 にお いて半 ば柴動化 して い る学生運動 の皆
温厚だが志は強 い
無 な ことに よって も証 され る。同学院 は校 訓 と し
て「人 になれ ,奉 仕 せ よ」 を モ ッ トー として い る
第 359区 ガバ ナ ー
白 山 源 三 郎君
`
ノ
ストガパナー 柳
瀬
省
が, ロー タ リア ンで あ る我 々に とって一脈 相通ず
吾
る ものがあ り立派 で あ る
私 が 1954-55年 度 ,い わゆ る ロー タ リー50周 年
の 記念 の年, レー キプ ラシ ッ ドに集 まった,ガ バ
ナ ー ノ ミユー 220名 の職業分類 を調べ た ところ
,
教 育 が23名 で全体 の 1割 余 を占め,次 が医学 の20
名 で 1割 ,法 律関係 17名 であ った .教 育関係 に従
事す るガ バ ナーが最 も多か ったが, はか らず も当
359地 区 において は直前ガバ ナ ーの鯨 正 太 郎 君
同君 のホ ビー は京都人 として造詣 の深 い点茶 で
あろ う.学 園 の一 隅 に京都 か ら呼 び寄 せ た建築家
と庭師 に よって,法 に叶 った茶室 と庭が設 け られ
てい る.茶 室 も庭 も御 自慢 の もの らしいが, 自分
には よ く分 らな いが,鐘 前 ガ バ ナ ーが,書 道 の墨
が,静 岡大学 の法律 の先生 で あ り,次 いで新 ガバ
につ いて,蘊 蓄 を傾 け られ 蒐集家 で あ る点か ら見
て御両 人共 ,中 々高尚 な趣味 の持主 で あ る
白山君 はま ことに温厚 な好紳士 で,人 の世話 も
ナ ー として迎 えた,自 山君 が 関東学院大学 の学長
よ くや る し,仲 間 の評判 もよい .お とな しい性質
か ら,現 在 は,学 院長 の重職 にあ る教 育界 のベテ
ラ ンで,当 地 区は二代続 いて教 育家 をガ バ ナー と
だが芯 は強 い 。それ は数年 前同君 が神奈川県 の教
して指導 を受 け る ことに な った ことは,当 地区 3
千 の ロー タ リア ンの等 しく喜 びで あ る と考 え る。
白山君は京都市 の出身 で,京 都第 二商業 か ら直
.
育委員長 を依嘱 され てい た時,当 時間題 にな った
教 員 の勤務評 定 に付 て神奈川方式 を各方面 の反対
を押 し切 って強行 した話 が 今 で も残 ってい る
.
白山君 よ, 自重 して大 に活躍 していただ きた い
に神戸高商 に入 学 ,卒 業後,向 学心盛 んで,再 び
京都帝大経済学部 に入 り, 3年 の課程 を了 えて実
業界 に身 を投 ぜん としたが,当 時経済界不況 の た
め果 さず ,結 局関東学院 に教 鞭 を と り子弟 の訓育
に身 を挺 し,爾 来 40年 ,今 日は前学院長坂 田氏 の
後任 として,下 は幼稚園 よ り,上 は大学院 に至 る
まで学院 の総帥 としてお られ る。同校 卒業生 が 各
ロー タ リー の 友 -7月 号
各奉仕委員,特 別代表,地 区青少年交換委昌などを歴
任
大正13年 京都大学経済学部卒,昭 和 2年 関東学院
高等商業部教授,29年 関東学院大学長,40年 関東学院
長に就任, この問オ リンピック役員 として ロサ ンゼル
ス,ベ ル リン, ローマに渡航
75
自宅 の庭 に揃 ったガパ ナーとご
家族 たち 岡田医院は本文 にも
あるように医家 一色 とい う。可
愛 いいお孫 さんもきっと医科を
志望 され ることだろ う
のであ る
優れ た行政手腕
.
また, 日常生活 に於 け る岡 田君 は,時 間励行
約束厳守 とい う厳 しい一面 を もつ と共 に,人 間的
,
第 360区 ガバナー
岡 田 良 介君
直前ガパナー ネ
申野 太 郎
温情 に も厚 く, よ く他人 の面倒 をみ る人 C公 私
にわた って,心 暖 ま る多 くのエ ピノー ドの持 ち主
で もあ る
.
岡 田良 介君 は,石 川県 金沢 ロー タ リー クラブの
シ ニアア クテ ィブ会員 で あ る。元 のIJi業 分類 は外
科医 とな ってい るが,岡 田君 の経歴 をみ ると単 な
る外科 医 で はない .元 金沢医科大学病 理学教室 の
助教授 で あ ったが, そ の後外科医 として開業 して
岡田君 の祖父 は旧加賀藩時代 の有名 な医家 で
今 日,良 介君 一家 も令夫人 が医家 出,令 息 も外科
医 ,令 息夫 人 も医家 出 とい う医家 一色 の家系 で あ
,
る こと も珍 らしい .岡 田君 の趣味 は多方面 にわた
って い るが,昨 今 は囲碁 と撞球 とつ りに余暇 を楽
か らは,市 や県 の医師会長や公安委員長 としてす
゛
くれ た行政手腕 を発揮 し,県 下 の信望 をあ つめ た
しんでお られ る
潔 白な性格か ら所信 を直言 してはばか らず,右 顧
左 べ んす る ことの ない行政手 腕 は名公安委員長
久 しく待望 して い たわが地区内 の北陸路 か ら
初 めて 岡 田君が,ガ バ ナー として登場 した .ホ ス
トクラ ブ金沢 ロー タ リー クラブは,31年 の ロー タ
リー年輪 を持 つ クラ ス しか も,筋 金入 りの岡 田
,
名医師会長 として高 く評価 され てい る。特 に県医
師会長 と して十 余年間, り1続 き今 日まで活 動 を続
けてお られ る ことは注 目され る。そ の間幾多 の功
績 を残 され てい る
.
.
,
ガ バ ナ ーの来 るべ き年度 は,今 まで とは ちが った
新風 がお こるに ちが い な い, と大 いに期待 して い
る
.
石川県 は,戦 itか ら日本一 の結 核県 として知 ら
れ ていたが,岡 田君 は,医 師会長 に就 任す るや
県市 各方面 を総 動員 して肺結 核 の撲滅 に尽力 し
岡田良介君
,
,
自 らは,そ の経営す る病 院 の病棟 の一部 を開放 し
て,小 中学校 の結核教職員 を収容 して治療 にあた
るな ど,公 私 にわた って大活躍 を した
つい に今
日の石川 県 は,か つて の汚名 を返上す るに至 った
76
明治31年 4月
13日
生,昭 和万年金沢 R CIC入 会,会 長
各委員長,分 区代理など歴任
大正 12年 金沢医学専門
学校卒,同 年金沢大学病理学教室 に入 り研究,昭 和 4
年金沢医科大学助教授, 6年 同附属病院外科教室にて
研究, 8年 金沢市で開業,以 後金沢市公安委員,石 川
県医・l会 々長, 日本医師会監事など兼任,現 在 に至 る
THE ROTARY_NO_TOMO
夫妻力
i,っ て午年生 まれ の北村 ガ
バ ナー は,世 界各国 の■;を 蒐 め
られ てい る 唐三彩 の 馬 か ら
Tl,
,
青鋼 ,ガ ラ ス,木 彫,わ らなど
珍 ら しい‖jで 賑わ って い る
細 心 に して放胆
締役頭 llX及 び会長 を歴任 され ま した。
北村 さん の書かれ た『 在欧 20年 ,思 い出す まま
第 365区 ガバ ナ ー
に』 ,『 第 2次 大戦 とスイ スの 中立』 とい う著書
北 村 孝 治 郎君
で,欧 州 各地 での広 い御見間 と数多 い国際金融 の
場面 な どでの御活躍 な ど,更 に戦争末期 のス イス
で の和平 工 作 に尽 され た祖 国愛 の ことな ど読 ませ
サー 岡
直前ガッ
島
美
行
llT年 秋,京 都 での連合地区大会 で RI会 長代理
の ペ ッテ ンギル さん は『 ロー タ リー は愛 と理 解 の
1つ を豊富 に提供 で きる。だか ら私達 ロー タ リア
ンは,全 人類が平和 と調 和 の うち に生活が で き
何 の差別 もな い H上 界 を創 る夢 をみ る視 野 の あ る人
,
間 とな り,私 達 のあ らゆ る面 で, ロー タ リー を実
践 しよ うではないか』 と述 べ,洵 に意味 の深 ぃ言
葉 で 私共 の記憶 に鮮やか に残 って い る
こ うした高 い見地 と広 い視野 か ら, 当地区 の御
指 導 をお願 いす るのに,北 村 さん は ま ことにふ さ
わ しいお人 柄 と.永 い年月 にわた る国際的経験 を
お もちに な ってお られ,本 当 に私 どもに と り, こ
υ)上 もない幸わせ と思 ってお ります
.
第 2次 大戦 前か ら終戦後迄独逸 や ス イ スに駐在 さ
れ ,当 時我国 に と り非常 に大 切だ った国際金融 。
為替な どの重大任務 に当 られ,バ ーセルの国際決
済銀行理事 も勤 め られ ま したが,戦 後追放 の ため
lE金 の取締役 を辞せ られ, 一時 弁護 Lを され たが
ここに御紹
の
い
る
こと
ことに
介す 余白 な
をま
遺殷 思 い ます
が,本 当に今 日の ロー タ リーの大 切な仕・ を御担
l千
任 して頂 くのに願 って もな い方 だ と信 じます
北村 さん に ご く親 しい方 々は, そ のお人 柄 につ
いて,和 l心 に して/J■ 胆,見 透 しを誤 らないで,常
に合 目的的 に活動 され る方 とい ってお られ ますが
私 はそ の上 に,実 に友情 に篤 い,心 か ら尊敬 申上
げ る方 とい うことをつけ加 えてお きます
今年 は午年 で飛躍 の年,北 村 さん御 夫婦 も次女
もともに午 年生れ との こと, 当地区 も北 村 さんに
あやか り, そ の御力 に よって, さらに一段 と飛 躍
す るよ う念願 す ると共 に,北 村 さん の御健勝 を御
祈 りして欄筆 します
村 治 長 正 護 監 年
北 明 会 浜 弁 行 0
4
北村 さんは 東京帝大 (独 法科 )卒 業後,横 浜正金
銀行 に入 られ,永 ら くの汗J外 生活 を送 られ,殊 に
て頂 いて,一 入 の感 に打 たれ ま した
そ のあ と迎 え られ て滋賀銀行 の経営 に当 られ ,取
ロー タ リー の 友 -7月 号
77
閑静な三田の屋敷町の 自宅で照
子夫人 との二人暮 し,写 真は蒐
集 されたや きものに見入 るガパ
ナー夫妻
悠揚迫らず静寂内に蔵す
高 か らしめ た 。 また内外 の社会学界 にお いての活
躍 はそれ らにお いて重要 な役 目を呆 してい られ る
第 368区 ガバナー
ことを見 て も明 らかで あ る そ の教 育界 ,学 界 に
お け る功績 に よって藍綬褒章 を授 け られ てい る。
わ た しは長 く交わ って い るが, この よ うな花 々
難 波 紋 吉君
パス
lガ パ ナ ー
今
田
恵
しい活躍 を して い られ る ことは,今 度履歴書 を見
るまで知 らなか った。それ ほ ど静 かで温厚 な紳士
年来 の友 人, 同 じ西宮 ロー タ リーの会員 で あ る
難波紋 吉君 が,新 年度 の第 368区 ガ バ ナー とな り
わた しが紹 介 の ことば を述べ る ことは,誠 に嬉 し
で あ る 悠揚迫 らず,静 寂 内 に蔵 し, ばんや りし
てい るよ うで着 々 と事 を片 づ けて 行 かれ る点 は
い ことで あ る 地 区内 の ロー タ リア ンは申す まで
もな く, 日本全 国 の ロー タ リア ンの方 々の暖 かい
そ の堂 々た る体 躯 と相倹 って大人 の風格 があ る
再度 の留学,数 次 の外遊,国 際諸団体 との関係
御交情 と力強 い御支援 とを,先 ず もって心か ら御
願 い致 します
な どで明 らか な よ うに,教 養 あ る国際 人 で あ る
今は三 田 の屋敷町 とい う静か な ところに夫人照
同君 は 日本 の洋学界殊 に医学 の 先覚緒方洪庵先
生 を生んだ岡山県足守 の出身,わ れ われ と同 じ時
子さん と,た だ 二人 静 か に暮 し,近 くに新 たに出
来 た私 の関係 して い る関西学院が つ くった ゴル フ
場 で時 々ゴルフを楽 しんで い られ るそ うで あ る。
わた しは,第 368区 が よいガ バ ナーを得 た こと
代 で あ るか ら, 同地で尋常 4年 ,高 等 2年 を終 っ
て,京 都 に出,同 志社 の 中学 か ら大学 を経 て, コ
ロンビア大学 に学 び,社 会学者 キデ ィングスの下
に同大学院 で マス ター 。オ ブ・ア ー ツの学位 を得
,
母校 に帰 って,社 会学 と社会政策 とを教 え,戦 後
は初 めてわが国 に導 入 され た文化人類学 の研究 と
教 授 に今 日まで携 ってい られ る 同志社大学 ばか
りで な く京都大学,関 西学院大学,大 阪大学,神
戸女学院 大学, 甲南大学 その他 い くつか の大学 で
講義 をせ られ てい る そ の間学校 行政 の面 に もい
ろ い ろの要職 を兼 ね,昭 和28年 か ら40年 3月 まで
は神戸女学 院 の院長兼大学長 として, その盛 名 を
78
,
.
.
を喜 ぶ と共 に、 自分 自身 の経験 か ら同君 の生涯 に
とって も この 1年 が人生最良 の年 で あ る ことを疑
わず ,ま たそ うあ る ことを心か ら祈 るもので あ る。
難波紋吉君
明治30年 4月
15日
′
L,昭 和
"年
西官 RC入 会,会 長,R
I財 団委員,国 際青少年交換委員の他,各 委員会委員を
歴任 大正 10年 同志社大学法学部政治科卒,H召 有13イ H可
志社大学教授,26年 ハーバー ド大学社会関係学部llI究
教授,以 後村戸女学院大学長,日 本社会学会理事,私 立
大学連盟理事などをつ とめ,現 在甲南大学大tF院 教授
THE ROTARY_NO‐
TOMO
4人 の可愛 らしいお係 さんに取 り囲 ま
れたガバナーご夫妻 と長男 ご夫妻,お
係 さんを見つめるガバナーの衣情は幸
福その ものである
頼 り甲斐ある好紳士
呑んでお られ る風貌 は,御 健 康 の 象徴 とI「 lす べ き
か,楽 しそ うであ りま して,下 戸 の 私共か ら見れ
第 369区 ガバ ナ ー
ばお 羨 しい次 第 であ ります。
古 瀬 庸君
御趣味 の 方は,ノ iい 時代か ら俳 4Jに 御趣味 があ
ったそ うです 。 それ に長唄 の稽 古 には月謝 を相当
ガ′
サー 竹
蘭竹
原
二
郎
369区 ガ バ ナーの古瀬庸 さん を御紹 介致 します
古瀬 さんは松江市大正町 401番 地 に御住 いで,明
治23年 3月 18日 生 で職業分類 は眼科医 で あ り,古
瀬限科医院 の院長 を務 めてお られ ます
.
ロー タ リー歴 は,1955年 10月 松江 RCに 入会
1958-59年 理事,社 会奉仕 委員長,1959-60年 会
,
積 まれ た よ うに聞 いてお りますが,紳 士 の隠 し芸
の方 は僅 か な修練 で,技 能 は天才的であ る ことの
天狗連 が 多 い 1吐 の 中です か ら, これ は興信 所 で聞
いて貰わ ない と判 りませんが,古 頗 さん の場合 は
宴盛 ん に なれ ば勧 進帳 が飛 び出す位 です か ら相当
の もので しょぅが, lHTし ろ長 いので 聞 く方が くた
びれ ます
長,1960-61年 国際奉仕 委員長 を務 め られ ,爾 来
各委員 を歴任 して ロー タ リーに貢献せ られ た 職
長男 と御 三男は何れ も御父 さん 同様 の限布1医 を務
歴 としては,大 正 6年 東京帝 国大学 医学科 を卒業
めてお られ,御 二男 は京大 の 法学士で 島根県庁 に
大正 7年 同大学眼 科副手 ,大 正 8年 一大正 11年 松
山赤十字病院眼 科医長 を務 め,大 正 11年 8月 松江
市で眼 科蜃 を開業 せ られ現 在 に至 ります 尚 その
御勤務 で あ り,御 子女 の御 2人 の方 は何れ も御結
婚済み と聞 いてお ります 。以上 の よ うな御家庭で
あ り,御 人格であ ります ので,ガ バ ナー御就任後
間島根県 医師会副会長,昭 和22年 -26年 松′11市 議
は国際 ロー タ リーのため,副 目すべ き奉仕活動が
会議長,昭 和29年 -31年 島根県公安委員長 の要職
展開せ られ る ことと楽 しみ に期待 してお ります
を務 め られ ま した。
御性質 は,品 厚篤実 な紳 Jfで あ りますが,llt格 は
雲 州藩 の古武士 の面影があ りま して,頼 もしく頼
り甲斐 の あ る御方 だ とお察 ししてお ります .晩 西t
はプF干 召 し上 りに な らん と御馳走 が喉 を通 らぬ御
様子 で,傍 か ら見ていて も如何 に もお い しそ うに
ロー タ リー の 友 -7月 号
御子供 さんは男 3人 ,女 2人 の よぃ配合 で,御
古瀬 庸君
イ 3月
ワl治 盤「
RC入 会,会 長
大正 6年 東京帝ll大 学医FI大
18日 ι
L,日 召和30年 松江
各委員会委員など歴任
,
学1大 学科卒, 7年 同附属病院副千,同 眼科教室副手
8年 松山赤 卜字病院限科医長,11年 松江「 にて眼科開
,
業,以 来松江市議会議長,島 棋県公安委員長を経て
現在は松汀:市 選挙管Jll委 員会委員をつ とめる
,
79
例会を気楽 な気持ちで エ ンジョ
イするようにと言 うガバナーは
家庭内で も同 じこと,楽 しい雰
囲気 にあふれ る吉村家 のご家族
ロー タ リー を楽 しく
昭和 14年 熊本 ロー タ リー クラブが創 立 され るや
君 は最年少 の チ ャー ター メンバ ー として参加 し
第 370区 ガバナー
爾来 ロー タ リーの発展 に尽 した君 の功績 は,菅 に
ホーム クラブ内 に止 らず,今 日迄熊本県 内 に創 立
,
吉 村 常 助君
巳
され た八 つの クラ ブの 内 5ク ラ ブは正 に吉村特 別
代表 に よ り結成 され た もので,爾 余 の 3ク ラ ブ も
吉村 ガ バ ナー は学生時代 を凄 い秀才 で通 した人
で,友 人仲間で は彼 は多分将来 象牙 の塔 に学 究 と
また悉 く君 の指導 に待 って誕生 した の を見 て も
如何 に君が多忙 の 日常 を ロー タ リーの進展 に割愛
な るだ ろ うと噂 したそ うだが,現 実 はその閲歴 の
示 す通 り大学 での専攻 とは几 そ縁遠 い父祖 の家業
奉仕 したかを知 るに充分であ る
概 て君が 日本 の ロー タ リー を説 く時,常 に強調
す るの は
『 ロー タ リー を楽 しく』と言 うことで あ る
ヾ
′
ストガパナー 増
茂
永
を継 いで,街 頭 に出 て今 日家業 の酒造業界 に於 け
る君 の活躍 と令 名 は全 国 に知 られ てい る
.
君 は東京大学 工 学部 の建築科 を昭和 6年 に卒業
し,一 時文部省 に職 を奉 じた の だが,家 業 に従 事
していた唯 一人 の令兄 の早世 に遭 って これ を辞 し
郷 里熊本 に帰 って酒造業 の古 い暖 簾 を守 らね ばな
らぬ羽 目とな り,爾 来専 門 の建築学 は寧 ろ趣味 の
道楽 とな った訳 で あ る
『 君子 は器 な らず』と言 う文句 があ るそ うだが
,
恐 らく君 もその君子 の一人でで もあ ろ うか,君 が
年来 の専攻 を樋 ち家業 に入 って既 に30余 年,そ の
間 の酒造界 に於 け る事跡 は勿論 の事 ,其 の他請 わ
れ て携 つた団体や協会 等 の数 は随分多 きに及ぶ の
だが,全 く行 く所 として可 な らぎるな く,直 ちに
鉛 々の頭角 を現わ し指導的地位 に推 され て は常 に
縦横 明快 の朱配 を以 て統率す るので あ った 。
唯君 の徹底的合理主義 は天賦 の明敏 と性格 の烈
しさに よ り,事 に処 して は芍 も忽諸 にせず,其 の
根元 を窮 めね ば惜 か な い と言 うのが 自 ら来 る君 の
持 前で あ る.今 や君 も齢耳従 に達 したが,そ の 明
哲洞観 の鋭 さと追究徹底 の厳 さはり も衰 えず
'か ので あ る
動 もすれ ば相手 に圧 迫感 さえ も与 える
,
20
,
.
即 ち今少 しく『 毎週 の例会 に して も気楽 な気持 ち
で エ ンジ ョイす るよ うに運営 した ら』 と説 き, ま
た『 日本 の ロー タ リー は もっと若返 るべ きで はな
いか .そ れ は若 い会員 を殖や して平均年齢 を低下
す るだけを意味 しない .そ れ よ りも年長 ロー タ リ
ア ン達 が若 い会員 に負 けない よ うに夢 を持 ち,理
想 を求 め,若 い気持 を失 わず,更 に張切 る事が必
要 で はないか 。その事 は単 に ロー タ リー に活気 を
与 え るだけで な く,其 会員 自身 を若返 らせ その事
業活動 を活発 にす るであ ろ う。年寄 りの ロタキチ
が うん と殖 えて欲 しい。そ して精 々 ロー タ リー を
楽 しんで欲 しい .ロ タキチは年 寄 りで あ る程 た の
もしく又人 を楽 し くす る』 と説 き来 る君 は是れ ま
た ロタキチ以外 では無 さそ うで あ る
.
吉村常助君
明治39年 7月
211日
生,昭 和 14年 熊本 RC創 立会員,会
長,特 別代表,分 区代理 などを歴任 ,36年 地区大会委
員長 をつ とめる
昭和 6年 東京帝国大学工学部卒, 8年 酒造業吉村合名
会社業務執行社員,続 いて代表社員,38年 組織変更 に
.
より瑞鷹酒造株 式会社取締役社長,現 在 に至 る
.
THE ROTARY_NO‐ TOMO
To replace conventional breakwaters, expelme
nts are being kept up by Kyushu University to
or prevent ocean waves by a jet of co
air blown off from a submerged per.
forated pipe The experrments are bringing mo
re successful results on the performance of
pneumatic breakwater than those made in ove.
break
mpressed
rseas countrtes
〓 ぃ
一
椰
`泡
畳酵事
r .、
=“
1
♂ ●
■澁
f
は 上 昇 水 流 とな っ て 海 面 で 左 右 に 別 れ る
多 孔管 30m
::::::::■
`レ
■ ::!::::II菌 ■
::三
:■ ::::::::::三
l:i::::::‖ │:││::::‖ ::::I:::│:│:::::::│:│::::‖
i
::::::
:::!‖
′
:it
20
25
30
40
50m
4
長 崎 県 伊 王 島 に お け る空 気防波 堤
1
サ ク シ ョン ホ ー ス
2 3吋
鉄管
3
ゴム ホ ー ス
¨ "は
わ れ わ れ の 生 活 の 中 で い ろ い ろ 利 用 され て
泡
お り ,追 求 す る と 各 々 興 味 深 い 問 題 が 提 起 さ れ る
“空 気 防 波 提 "は こ の 中 の 一 つ で あ る .こ の 泡 の 防
.
波 堤 は ,い わ ゆ る 防 波 堤 が 集 か れ る こ と に よ り海
岸 の 景 観 そ の 他 が 損 わ れ る こ と か ら 、 自然 の 風 物
を 守 る こ と が で き ,自 然 を 愛 好 す る 人 々 に 夢 を 実
現 さ せ る た め の 一 段 階 と い え よ う.図 の よ う に 空
気 の 泡 を 海 底 か ら放 出 し て 上 昇 水 流 を 作 り 、 波 を
この 研 究 は 長 崎 大 学 の
消 そ う と い う構 想 で あ る
栗原道 徳教 授 を中心 に九大海 洋 災害実験 所 で早 く
き
,
r
ノ
・ ・
ヘ
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瞥 1
r
・
メ
:I■
′
ザ
奪.
4
ア ン カ ー 用 方 塊
5
ドラ ム 缶
6
筏
か ら 着 手 さ れ .現 地 で の 実 験 成 果 も 請 外 国 よ り高
そ の 具 体 化 に よ り海 難 救 助
能率 をあげてい る
水 上 機 の 着 水 ,港 湾 で の 油 火 災 の 拡 大 防 止 .流 れ
の カ ー テ ン を 作 つ て 沖 綱 の 代 り に す る な どの 応 用
,
が 考 え ら れ る。 ま た 医 学 方 面 で は 気 泡 浴 が あ り
,
九 大 温 泉 治 療 学 研 究 所 長 の 八 日 秋 教 授 (別 府 RC)
は “入 浴 中 に 気 泡 噴 流 を 全 身 に 受 け る と 、 超 短 波
を か け た の と 同 じ状 態 に な り ,身 体 の 深 部 に 滲 透
して 局 所 の 血 の め ぐ りを よ くす る 従 つ て 弛 緩 性
¨
麻 痺 な ど に 顕 著 な 治 療 成 績 を あ げ て い る と語 る
① 五 つ 道 具 …… …・¥2′
色
(黒
・
メこき さ
茶
200
)
:0 5× 6.5Cm
・
・… … ¥l,200
② 五 つ 道 具・
色 (黒・ 茶 。紺 。赤・ 緑・ 薄 茶 )
大 き さ :0× 6 5Cn
o′ Jヽ
・¥:′ 200
入 …………
銭
色 (黒・ 茶 。紺・ 赤・ 緑 )
大 き さ H× 6 Cm
④ メ モ ケ ー ス … … … ¥l′ 400
色 (黒・ 茶・ 紺 。赤・ 緑・ 薄 茶
大 き さ 12.5× 850m
)
(R I認
口
∫
)
今 月 の ロ ー タ リア ン 用 品 ご紹 介
Fl]光 で は
ロ
そ うよ う
つ ね に 新 し い t]― タ リ ア ン 用 品 の 開 発
び に カ タ ロ クタ)
J占 の ご 注 丈
剰F規 製 r4:な
ご 希 望 は 不u光 ロ ー タ リ ア ン ス コ ー ナ ー (3階
宛 ご ‐
報 く だ さ ヽヽ
タ リ ア ン の み な さ ま の ご期 待 に
掲 載商
)
に つ とめ て お り ま す
ク ラ ブ と し て の ご希 望
`
ぜ ひお聞 かせ賜 わ
あ な た さ まの ア イテ ィア な と
り ま ■よ う
お 待 ナリ111し
rり
東京都
r■
AIA
央 Iズ 銀 り
11げ て お り ま ケ
Ⅲ 光
東
京
銀 'lI
4グ
)2 TEL(562)2111
ロー タ リア ン誌
7月 号 予告
Previewing The Rotarian for July 1966
A Better WOrld ThrOugh Rotary
It's A Wonderful WOrldful of Service
∼ボール・ハリス賞受賞事業の紹介
∼ ローク リーを通 してよりよき世界を
RIで は先頃 ,全 世界 の 各 ロー タ リー地区 よ り
“各 自の地域社会 そ してまた1世 界 は無数 の問題 を
抱 え てい る。私達 はす べ ての人 の ために,あ らゆ
ハ リスの理想 に最 も適 う事業 を行 な って い る クラ
る ことを してや る ことは出来 ない。 しか し身近 に
い る,あ るいは外国 にい る誰 れか の た めに,何 か
ブを 1ク ラブ宛選 んで表彰す る計画 をた て,各 地
区 ガ バ ナーにその推選 を依頼 しま した .こ の ほ ど
そ の授 賞 クラブの選考 を終 つ た ので 151ク ラ ブの
を してや る ことは出 来 る"
入選 を発表 しま した
・ ェバ ンス新 RI会 長 は, ロー タ リ
リチ ャー ド
ア ン誌 7月 号 に表 題 の就任 メ ッセージを寄 せ ,そ
の冒頭 にお いて前記 の よ うに のべ てお ります
.
RI大 会が故郷
の ソール ト・ レー ク・ シテ ィにて行 なわれ た時
ボーイ ス カ ウ トの メッセ ンジ ャー 。ボーィ として
次 いで会長 は,47年 以 前第 10回
,
大会 を手伝 い, ロー タ リー とい うものに初 めて接
した時 の思 い出 を披露 してお ります そ して後年
_
7月 号 ロー タ リア ン誌 で は, この うちか ら代 表
的 な 9ク ラ ブを選 んで, 8頁 にわ た って,入 選対
象 とな ったその事業 の内容 を写真入 りで紹介 して
お ります この なか には孤児院 を巣立 って も,帰 え
るべ き家 の な い孤児 達 の た めに,家 の代 りとな る
宿 泊寮 を建設 した広 島東南 RCも 入 っています
.
そ の ほか,近 代的設備 を備 えた消防署 を建設 し
た メキ シコの クラブ,身 障者 の社会復帰援助 の た
めの会社 を設立 した ニ ュー ジー ラ ン ドの クラブ
会長 が ロー タ リーに入会で きた の は, この時 の大
会 に参加 したあ る ロー タ リア ンの推 せん に よる も
ので あ る とのべ て,倉 1始 者 ハ リス以外 の会員 はす
生活困窮家庭 の青少年 の た めの職業訓1練 所 を設 け
た ブラジル の クラブな ど,い ずれ も真 に意 義あ る
べ て誰れ か の推 せ ん に よって会 員 とな ることが出
そ して世 に誇 り得 る ロー タ リー の 1千 業 が紹介 され
来 た ので あ るか ら,皆 さん も新会員 を推せ ん して
ロー タ リー を分 ち合 うよ うに努力 して欲 しい と要
てい ます
望 してお ります
この メ ツセージの なかで,会 長 は新会員増加 を
.
ふ くむ10項 目の 目標 を掲 げ て,本 年度 はそ の実現
に努力 を重ね て くれ るよ う要請 してお ります
_
なお宮脇冨 パ ス トガ バ ナーに よる新会長 の ター
ゲ ッ トの解説 も,本 誌 4∼ 5頁 に掲載 され てお り
ます ので, ご併読 下 さるよ うお願 い します
ロー タ リー の 友 -7月 号
,
.
り
“ロー タ リー って何 をす る クラブです か とぃ ぅ
質問 を よ く受 けます 。 しか し抽 象的 な説 明で は相
手 を よ く納得 させ ることが出来ず困 って しま うこ
とがあ ります 。 この よ うな場合 これ らの真 に意義
あ る実績 を引用 して説 明 されれ ば,相 手 の人 に ロ
ー タ リーに対す る認識 を新 に して もら うのに大 い
lC役 立 つ と,ロ ー タ リア ン誌 は示唆 してお ります
27∼ 35頁
25
リチ ャー ド L.エ バ ンス
国際 ロー タ リー新会長 のプ ロフィル
Richard L. Evans: A Heart.
By G, Homer Durham
A
筆者のホーマー・ デ ュラム氏は リチ ャー ドの
長年の友人で,政 治rFの 教授を してお ります
ユ タ大学 の出身で,1953年 にユタ大学 の副学
長,1960年 にはア リブナ州立大学の学長を務
めたことがあ ります またノール ト・ レー ク
シテ ィのテレビ放送Fう で時事解説を担」1し て
いたこともあ ります ア リゾナ州テ ンペRC
の会員
Voice
1966年 7月 号ロータリアン誌より要約
新会長 リチ ャー ドL
エ バ ンス (Rた hard L
Evans)は 寡黙 な人 で あ ります .リ チ ャー ドの兄
で あ るデ ー ビ ッ ドは弟 を評 して “労働者 で あ り
,
す が, リチ ャー ドのホーム クラブで の講演 よ り質
の高 い もの を聞 い た ことが あ りませ ん 。それ でい
て この クラブの雰 囲気 は和 気議 々 として い ます 。
著述家,完 全 主義 者 で あ り,そ して 自己 の信念 に
邁進 す る男 で あ る"と 云 ってい ます
.
ユ タ州 の ソール ト・ レー ク・ シテ ィに ノール ト
・ レー ク・ タバ ナ クル・ コーア・ ア ン ド・ オル ガ
彼 の父 のジ ョン・ アル ドリッジ・ ェバ ンス (JO
hn Alldridge Evans)は ,ア メ リカ西部 で最 も古
い新聞 の一つで あ る,ザ 。ソール ト・ レー ク oシ
テ ィ・ デザ ー ト・ ニ ュース紙 の総支配人 を してい
ま した .母 の フ ロー レンス・ ネ ス レンは代 々 メノ
ン (Salt Lake Tabernacle and Organ)と レ
、う放
送 局があ ります リチ ャー ドは この放送局 で ミュ
ージ ック・ ア ン ド・ ザ・ ス ボー クン・ ワー ヅ
ジス トの牧師 を して い た英国人 の家庭 に生 まれ た
人です 。彼女 は豊 かな才能 を もった素晴 らしい 女
(Muslc and the Spoken Words)の 番組 の製作
性 で した。
,
台本作成 ,放 送 を36年 間 にわた って続 けてい ます。
これ は週 間放送 ですが,
CBS放 送 を通 じて,全
国 に流 され てお り,全 国放送番組 としてはア メ リ
カで 最 も古 い歴 史 を もってお ります
.
`
リチ ャー ドのホーム クラフは ノール ト・ レー ク
・ シテ ィ・ クラブですが,私 は この クラ ブの例会
に出席 す るの を大 きな楽 しみ に してい ます 彼 は
1949年 に同 クラブの会長 を した ことが あ ります
.
この クラ ブの役員 は伝統的 に秀れ た表現 能力 を も
ち,例 会 の進 行 ぶ りは定評が あ ります
彼 はその独 自の能力 に よって, この伝統 を受 け
.
継 ぎ,そ れ を更 に高 めてい ます .私 は世 界 各地 で
数多 くの クラブ例会 に出席 した ことが あ り,大 学
の学長 と して相当 の判断力 を もって い るつ も りで
26
リチ ャー ドの祖父 で あ る,デ ー ビ ッ ド・ ゥー レ
イ 。エバ ンス (David W001ey Evans)は , 独学
ではあ りま したが,学 1出 」
のあ る,洗 練 され た人 で
新門編集者 として, ブレヤム・ ヤ ン グ
(BHgham
Young,1801∼ 77年 ,米 国 のモル モ ン教 の 指 導
者)の 教 えを, ノール ト・ レー ク・ タバ ナ クル紙
や米 国,英 国 の諸出版 物 に掲 載 して 世に広 めた人
で あ ります
.
リチ ャー ドの先祖 は代 々イギ リス人で1850年 代
の初 期 に,モ ル モ ン教 の先駆者 として,ユ タ州 に
移住 して きま した .一 族 が ソール ト・ レー クに移
住 して くる途 中,曽 祖母 が亡 くな りま した .後 に
残 され た のが, その周、
子 のデ ー ビ ッ ドと 5人 の弟
THE ROTARY.NO―
TOMO
リジ ャ ー ドの 制[2に あ た る このデ ー ビ ッ
妹です
バ
エ
ド・
ン スは、 │サ 親 を 亡 く した 5人 の 弟 妹 tD面
ったの です 才Tく して 米亡人 とな った母 親 の フ ロ
ー しン スに は,1拒 か な収 入 しか あ りませ ん で した
倒 をみ .や が て 速 記者、 新 聞 記 者、 格」集者 、 音楽
家 、 教「llな ど一 連 の 知 的 職 業 に 就 いて い ます ま
が Frrl司 た る信念 .深 い愛 情 ,
た彼 は数 ヵlヨ 語 の 会話 能 力 を も って い た と伝 え ら
女
Hj妹 は ノFく して 人4Lの 現実 と取 組 む こと を習 った
れ て い ます
の で あ ります
19()6年
3月 23に │, リチ ャ ー ドは どこの 地域 社 会
に もあ る.堅 実 な家 庭 に 生 まれ ま した
令 名あ る
Iに
また豊 か な才 智
を もって い ま した 。 そ して リチ 1-ド とそ の兄 弟
遺 伝 と環 境 か ら リチ ャー ドは,文 学 を愛 好 す る
′
よ うに な り、 そ して また若 い り〔
か ら働 く必 要 に迫
実 業家 を父 に もつ ,典 型的 なア メ リカ人 家 庭 で す
ま られ た ことに よ って、 常 に 目的 を もって 多 忙 で
両 親 と 9人 の 子 供 か らな る, この家 庭 は, あ る 市
あ る こ との必 要 さを体 得 した の で あ ります 。
故 さえ なか った ら,比 較 的 俗 福 な暮 しを送 る
こ と力ぶ
で きた は ず で した と ころ力ゞリチ ャ ー ドカゞ
電
l千
生 まれ て 2ヵ 月余 りしか経 た な い うち に,父 親 の
ジ ョン・ エ バ ン スが 市電 ll故 の た め死 亡 して しま
彼 が ロー タ リー につ いて r/」 め て
「 ‖象を も った の
は、 1919年 国際 ロー タ リー の 大 会 が ソー ル ト 。レ
ー ク・ シテ ィにお いて 開 かれ た時 で す
エバンス新会長夫 奏 (Hl夕 │ノ [1)と そのご家族 夫要には 4人 の 令息があ り, うち長男の リチ
ャー ド」r若 (後 列 riよ り2人 日)と 3男 のステフェン君(前 刃lイ i端 )は 結婚 され てお ります
͡
リチ 1-
ドはそ の時 13歳 で, ボー イ スカ ウ トの メッセ ンジ
ャーボー イとして大会 を手伝 って い ま した。その
際 に会 った ロー タ リア ンの印 象か ら,彼 もいつか
は ロー タ リア ンに なろ うと強 く思 った そ うです 。
リチ ャー ドはまた少年時代 の友 人であ り,近 所 に
住 んで い た,R Hゥ ェル ズが1944∼ 45年 に RI
会長 を務 めた ことを誇 りに して い ます
強 い学究心,熱 心な努力,そ して豊 かな才 能 に
よって, リチ ャー ドは英語学 (1931年 ユ タ大学学
パ滞在 中 の豊 かな経験が大 いに役立 ってい るよ う
です
.
ヨー ロ ッパ か ら帰 国後 ,彼 は再 びユ タ大学 で学
究生活 に もど り,や がて, ラジオ,テ レ ビ関係 の
仕 事 に入 りま した 以来今 日まで36年 間 にわた っ
て, この分 野 で の仕事 を続 け ています 。その間 100
万部以上 の発行部数を もつ 国際的家 庭雑 誌 を編集
し,あ るい は数多 くの著 書 をあ らわ した こと もあ
り,ま た い ろい ろな意 味 で,地 域社会,州 ,教 会
士 )と 経済学 (1932年 ユ タ大学 修士)の 学位 を取
得 しま した .母 校 のユ タ大学 では, リチ ャー ドが
に奉仕 してお ります
放送事業 に よって,無 数 の人 々に影響 を与 え,人
々の間 に普遍的 な理解達成へ の希望 を新 た に しつ
づ けた功績 に よ り,名 誉法学博 士 の学位 を贈 って
い ままで に出版 され た彼 の著書 は11冊 に及 んで
い ます その なか には ``Faith in the Future(将
来へ の信念)",``The Everlasting things(永 遠 な
い ます
る もの)''``ThOugllts for 100 Days(100日
考 )な どがあ ります
彼 は先 祖 の母 国であ るイギ リス を愛 しています
1926∼ 29年 に イギ リス と ヨー ロ ッパ に滞在 した こ
とがあ ります が, これ は彼 の教 育 に大 きな影響 を
与 え てい ます .こ の滞在 中彼 は編集関係 の仕事 に
従 事 し,ま た著名 な学者 ,教 育者 ,思 想家 の下 で
勉 強 したため,言 語 を使用す る際 の 智恵 と論理 に
つ いて,大 いに得 る ところがあ った よ うです
.
間 の思
_
これ らの著作 は,ア メ リカ各地 の新門 に よって
広 く紹介 され ,ま た彼 の書 い た記事 は, リー ダ ー
ス・ ダイ ジェス ト,エ ンサ イ クロピデア・ プ リタ
ニカ (大 英百科辞 典)な どの刊行物 に掲載 され て
い ます
.
.
この時 は毎 日が独 自の研究 ,学 問,仕 事,旅 行
著作 の連続 で あ りま した これ らの学者 の うちに
現代 にお いて は, と りわけ,賢 明な判断力,分
別,決 断力 な どが必 要 とされ て い ます リチ ャー
は,ア メ リカの故郷 , ノール ト・ レー ク・ シテ ィ
ドは これ らの資質 を豊か に備 えてお ります 。そ し
て真面 目な性格 で あ りなが ら,ユ ーモア を よ く解
よ り来 ていた科学者 が 2人 お りま した .1人 は地
質学者 であ り,ユ タ大学 の元学長 を され た ジェー
ムス E.タ ル メージ博士 で, も う 1人 はハ ーバ ー
トとゲ ッチ ング ン大学 を出た ジ ョンA ウイ ッ ト
Lは 優れ た化学 者
ノー博 士です .ウ イ ッ トノー博 二
で あ り, タル メージ博 士 の後任 として,ユ タ大学
し,余 り物事 に こだわ りませ ん
彼 はまた その人生 を教 会人 として貫 いてい ます
リチ ャー ドは モル モ ン教 12人 会 (``The QuOrum
学 長 を務 め られ た人 であ ります 。
Of Twelve''of The Church of JeSus Christ of
Latter‐ day Saints)の メ ンバ ーであ り,ま た宗教
両博士 と もヨー ロ ッパ生 まれ で あ り, タル メー
ジ 博士 はエ ジ ンバ ラ王室 協会 は じめ,幾 つか の英
関係 の高等学問研究 で は米 国最 大 とい われ る, ビ
リア ム・ヤ ング大学 (Brigham Young University)
の評議 員 を約 14年 間務 めてお ります .な お またユ
国王室協会 の特別会員 で もあ りま した この よ う
な人 々の下で働 い た ことは, リチ ャー ドに とって
タ大学 の理 事 も15年 間務 めてお ります 。
その ほた ラジオ,テ レビ放送 ,宣 伝・ 広告業
大 きな教 育 とな り,合 理的,宗 教 的経験 を深 め る
ことにな った ので あ ります 彼 の言葉使 い は非 常
に洗練 され てい ますが, これ もや は、
り, ヨー ロ ッ
牧畜,銀 行 な どの諸事業会社 の重役 も兼 ね てお り
28
ます
ロー タ リー歴 としては, クラブ会長,地 区 ガ パ
THE ROTARY― NO‐ TOMO
ナー
RI理
事 な どを歴 任 して い る ことが あ げ ら
れ ま し ょう
最後 に とってお きの, リチ ャー ドの家族 につ い
て紹介 しま しよ う 彼 は1933年 , ユ タ州 ケイ ス ビ
ル 出身 の ア リス・ ノー ンレイ(Alice Thornley)嬢
と結婚 しま した。彼 女 は美 しい声 の持主 として
またバ イオ リンの 名手 として,ア メ リカ西部 の上
,
流 社会 に知 られ てい ます
ギ フ ト用 品 の こ とは
お まか せ 下 さ い
◆ 話彫 刻 ギ ャラ リー
を
展
綱時
募
‰雖11愧
◆美 術 彫 刻 像
〈
胸イ
象・ レリーフ〉ステ レオ写真 に
よリー流作家 により製作 します
.
息子 は 4人 お り,い ずれ も20代 か ら30代 まで の
青年 です 。長男 の リチ ャー ド・ ジ ニア と次 男 の ジ
ョンは有能 な弁護士 として活 躍 してお ります .3
◆ギ フ トセ ン タ ー
贈答品
記合品
PR用 品/企 画
制作
販売
(シ ョールーム 23「 皆リ
男 の ステ フェ ンは ま もな く商学 と会計学 の学位 を
得 る ことに な ってい ますが,現 在す でに実 業家 と
して世 に出ています 末 っ子 の ウイ リアムは まだ
大学へ 入 ったばか りで す
息子達 は,い ずれ も才能 あ リス ポー ツ好 きで
リチ ャー ドは この息子達 と一緒 に過す ことを楽 し
,
株式会社 さ
み に して い るl‐■かは,余 り道楽 はな い よ うです
しか し家 か ら 1時 間 ばか りの ところにあ る,標 高
新宿区角筈 2-82
.
く
ら
き
TEL(342)5251代
考 え事をす るのに とて も役 立 って い るよ うです
.
点 よ りは るか に大 きい ことをか た く信 じて い ます
さて ここで, リチ ャー ドが全 │IL界 の ロー タ リア
ンに 向 って云 い た い ことが あ った とした ら,彼 は
きっと次 の よ うに云 うで しよ う
36年 間 ラジオを
中
禅
寺
湖
は
レジ ャ ー天 国
ってい ます 。会長 はまた人間 の もつ共通点 は相異
御 予約 は⋮ ⋮
H光全 谷 ホ テ ル
会長 は人類 の永遠性 と永遠 の摂理 の もと
にお け る 各個 人 の意義 につ いてFFr固 た る信念 を も
ホ ンダ レ ン タ カ ー ス テ ー シ ョン
ー タ リーの本質 な らびにその役割 を よ く認識 して
い ます
T E L =光 ︵
川 ︶ 〇 五 五 〇 ︱ 一一
企 谷東 京 出 張 所
、二
五 六 一︶ 一〇 五 人 ・三 I ′
T EL ︵
リチ ャー ド夫妻 に とって,幸 せ な ことは,全 陛
界 中 に多数 の ロー タ リーの友人 を もっている こと
で す これ らの友人 との友情 を通 して,夫 妻 は ロ
=光 国t 公関 .
い る ことは出来 ませ ん .し か し気分 転換 や重要 な
日光金 谷 ホ
に住 む兄 デ ー ビ ッ ドの家族 とと もに, ここへ 来 て
乗馬 や狩猟 を楽 しむ ことが あ ります そ うしば し
ば来 る ことは出来 ません し,来 た として も,長 く
初夏 の日光 と
約3,600米 の ウイ ンタ山系 (Uintah mOuntains)の
ふ も とに,山 荘 を もってい ます 時 々家族 や近 く
通 じて聴 llt者 に呼 びかけて きた よ うに、“今 日も
そ して いつ まで も平和 であ ります よ うに "と
,
ロ タ ー リー の 友 -7り 1号
29
同器
C所 在地
日本 にお
世 界 の ロ ー タ リー
131カ 国及 び地域 にわた り
4月 25日 現 在 RC総 数
12 363 RC
ロー タリア ン概数
590,000名
65年 7月 以後 の 新 RC
RC
2“
日本 の ロ ー タ リー
5月 ガパナースレクーより
4月
350区 61RC 2,9“ 名
352区 48R C l,976名
第 353区 52R C 2,104名
平均
出席 率
第
9041%
第
91.83%
第 355区 75R C 3,2"名
RC 4,573名
第 358区
第 359区 62R
“ C 2,98名
第 360区 82R C 4,188名
第 365区 69R C 3,908名
第 368区 65R C 2,887名
第 369区 52RC 2,414名
第 370区 73R C 3,238名
計
725R C 34,401名
9347%
9411%
9318%
9527%
9389%
9571%
9129%
9361%
93四 %
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事務所
十 和 田 商 工 会 内
秋 田県鹿 角 郡 十 和 田町
会 長 大里俊夫
珠
事務所
岩 手 県 上閉 伊 郡 大槌 町
会 長 昆
平
30名
会員数 21名
レ ス トラ ン ク ー ル
例 会場
会員数
30名
幹 事 上里金助
事務所
千 葉 市 本 千 葉 町 35
。沖縄
3月 31日 承認
)
例会日 水曜 日 例会場 井上会館
会 長 伊佐真一
野
(第
会員数 32名
名古屋港
豊
(第
4月 16日 承認
会員数
21名
青 森 市 浪 打 494
会
佐 々木 芳 三 助
南
橋
(第
5月 11日 承認
352区 。青 森 卿
例会 日
水 曜 日
奥 村 工 務 店 内
幹
事
豊 橋 市 花 田 町 石 塚 42
豊 橋 貿 易 商 工 館 内
一
幹 事 福 田博吉
ク
仮
ラ
ブ
)
(第
会員数
25名
例会 日
火 曜 日
ー
5月
352区 ・岩手県
盛 岡 西
例 会場
―
4月
7日 発会
幹 事
21日 発会
山
三
浦
(第
川
(第 360区 ・ 岐 阜 熙
盛 岡
津
(第
4`
島武雄
例 会 場 変 更
)
ヨヒ(第 352区 ・岩手県)
田 (第 352区 ・岩手県)
札幌幌南
―
北海道経済 セ ンター
350区 ・北海道
1県
359区 ・神奈り
川徳 5階 食堂
興産相互銀 行山田支店
)三
浦商工 会議所新館
エ ツ ノ ホ ー ル
)
)
レス トラン天ケ瀬
水島国際ホテル
ー ー 例 会 日 変 更 ――
田 (第 352区 ・岩手県)
山
水曜 日―→ 月曜 日
・
塩沢六 日町 (第 355区 新潟県)
月曜 日一→ 木曜 日
―
事 務 所 変 更 ―
―
一
治
(第
365区 ・京都府
倉 敷 南
(第
369区 ・岡山県
宇
5月 12日 承認
例会日 月曜 日 例会場 豊橋商工会議所
会 長 福井童 二
)
360区 ・愛知県
会 長 伊藤 仁 一
中
衛
奥 村
360区 ・ 愛 知 県 )
会員数 21名
事務所
市民会館食堂
例 会場
(株 )内
幹 事 嶋津武敏
例会日 金曜 日 例会場 中 日パ レス
事務所 名古屋市中村区堀内町4の 1 ホテル ニ ューナ ゴヤ 内
例会日 木曜 日 例会場 埼玉銀行与野支店
事務所
長
(第
京 成 ホ テル
例 会場
千 葉 日産 自動 車
会員数 26名
事務所 埼玉県与野市下落合1039 埼玉銀行与野支店内
会 長 井原弥一郎
幹 事 古橋新三
青 森 ヨし東
水 曜 日
会 長 森 田勝彦
幹 事 嘉手納徳盛
358区 ・埼玉県)
幹 事 柳沢昭三
4月 20日 発会
)
宮 古 港 湾 荷 役 運 送 (株 )内
「沢 旅 館
〃
例 会場
柳 沢 旅 館 内
会 長 京野正樹
事務所 沖縄宜野湾市字普天間197 宜野湾 RC
与
5月 14日 発会
火 曜 日
新 千 葉 ∝ 358区 ・千葉県
例会 日
石
巻
東
(第 352区 ・ 宮 城 県 )石 巻 市立 町 1丁 目 5番 17号
り│1徳 デ パ ー ト
石 巻 商 工 会 議 所 内
く― 卜内
│1徳 デノ
事務所 盛岡市中ノ橋通り1丁 ロ リ
会 長 若林衛夫
幹 事 佐 々木敏郎
二
浦
(第 359区 ・ 神 奈 川 県 )三 711市 三 1,2丁 目22番 16号
角 (第 353区 ・秋田県)
5月 7日 発会
会員数 25名 例会日 本曜 日 例会場 秋田銀行毛馬内支店
米
子
(第 369区 ・鳥取卿
興
L(第
352区 ・ 岩 手 県 )中 ノ 橋 通 り 1丁 ロ リ│1徳 デ パ ー ト 内
鹿
三
lm‐
商工 会議
P/「
内
加茂町2の 16 以ぐ子商 ]l`ヽ 議フ7内
国 際 ロ ー タ リー在 日財 務 代 行 者 が 変 わ りま した
連 絡 事 務 所 … 東京都千代田区有楽町 1の 12 三井銀行本店内
国際 ロータリー在 日財務代行者 佐藤喜一郎
取 引 銀 行
三井銀行本店 東京都千代田区有楽町 1の 12
三菱銀行本店 東京都千代田区丸の内 5
国際 ロータリー在 日財務代行者 佐藤喜一郎
銀行振込 口座名
32
発会
幹 事 矢鋪良吉
秋 田 県 湯 沢 市 大 町 281
例会 日
11日
国銀行珠洲1支 店
353区 ・ 秋 田 県 )
事務所
例会 日 水 曜 日
lT.358区
(第
幹 事 山崎門一郎
会 長 石原雅太郎
宜 野 湾
南
30名
3月 29日 承認
沖縄 平良市西里 13
事 務所
沢
湯
Jヒ
珠 洲 1市 商 工 会 内
会員数
政次郎
5月
例会日 木曜 日 例会場
岩 手 銀 行 大 槌 支 店 内
(第 358区 ・沖脚
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会 員数
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会 長 若木伸二郎
1日 承認
12月
例会日 水曜 日 例会場 岩手銀行大槌支店
幹 事 高橋 達
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1県 珠 洲 市 飯 田 町
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352区 ・ 岩 手 県 )
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大 田 正春
日暮 喜 八
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藤 井 英雄 勝 部昭三
尾 i直 幹 事
甘 木幹事
有 田幹事
別 府 幹 事
青木 力雄
古 賀秀実
山本 哲 郎
藤 沢正 雄
松本亀雄
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大 竹 会 長
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大 竹 幹 事
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佐世 保 会 長
佐賀西会長
佐 賀会 長
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大 村 幹事
佐賀幹 事
大 牟 田幹事
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松尾久賀 柿原書治
佐賀西幹事
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佐世 保 南会 長
川内 会長
島原会長
竹国会長
円 田誠一
安井英三
栗原忠夫
後藤 弘介
島原幹事
竹 rH幹 事
佐世 保南幹事
勾幹 事
戸畑 会 長
津 久見会 長
浅 田潤 三
佐 伯幹事
佐世 保 幹事
内 田恵介
松尾弘司
武社 会長
田中
登
武雄 幹事
池歳 男 石 井義 彦
丸 尾 徳 重 月ヽ
竹田磋智夫
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杵 会長
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中野数喜
中原武雄
牛深幹事
立志 徹郎
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八幡 幹 事
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山鹿幹事
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八代 幹 事
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水洗 十二郎 岡 野 道 彦
■ 1966∼ 6711度 の新会長・ 幹事 となられた方 々は以 11の
‐
サ り こケ
■ Jllllに 掲 載 いた しました写真は 5月 20日 の締 UJり 日ま
r」
,
でにおj`り いただいた分です。
■ Jlllllに
IL1ltい
たしました氏名は、お送 りいただいた写
真 の 喪山iに lIか れた氏 名を基 にいたしました。 したが
って、企l可 会員 名簿 と異なる文字 がllt用 されて い る場
/1が あ ります。 (例 ―男→ 雄、男→ 夫なり
■ J(側 の作成 に際 し、ご協力 いただきました 各クラプの
Ltt Lげ ます。
皆様 に厚 く御 卜
′
「友J
■当悧 のご氏 名および御 り真 に誤 りがあ りました ら
j二
+務 所宛、ご 絲 ドさい。
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あ らゆ る初期火 災に
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見 え ま す の で 、 誰 で も管 理 は 容 易 で す 。
容 器 は ポ リ カ ー ボ ネ ー ト製 で 鉄 製 よ り も
弾 力 が あ り、 凹 まず 、 割 れ ず 、 腐 蝕 し ま
せん。
容 器 は 軽 い の で お 子 さ ま で も 、 取 りあ つ
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装 飾 に もな ります 。
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ロー タ リアンの
贈る
海外旅行 力`
二 大特別企 画
★ 二― ス大会参加旅行
1967年 度 の 国際 ロー タ リー年次大会 は夢 の海浜 ニースで開催 され ます.時 期 は明年 5月 下 旬
,
南欧 の真珠 と呼 ばれ る地 中海岸 の ニースが と りわけ美 しさを増す ときてす。 RI年 次大会 に出
席す ることの ロー タ リア ン としての意義 について は 申 し上 げるまで もあ りません。 この大会出
席 を機会 に ヨー ロ ッパ の風光 と,偉 大 な文化 を訪 ね るのに,最 もふ さわ しい企画 とご案 内 を考
えました。 ロー タ リー旅行 に長 い経験 を もつ富 士海外旅行 のみが立 案 。実施 で きる理想的 な年
次大会参加出席 と云 えまし ょう。 自信 を も って皆様 の ご参加 をお すす め す る次 第 で す
.
A・
B
二 つの プラ ンの うちお好 み の方 をお え らび下 さい
.
Aプ
ラン
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1967年 5月 10日 ∼ 6月 3日 25日 間
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ナ コーー ジ ュ ネ ー ブ (モ ンブ ラ ン・ トン ネ ル)一
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ーー モ ス クワー ー 東京
Bプ
ラン
大 会 参 加 。世 界 ― 周
ゴー ル デ ン コー ス
1967年 5月 !7日 ∼ 6月 7日 22日 間
概算 ¥760,000
ロー マ ーー ニ ー ス・ カ ン ス 。モ ナ コ ー
ー
ロン ド
ジ ュ ネ ー フ (モ ン ブ ラ ン 。 トン ネ ル )―
東京―
ン ー ア ム ス テ ル ダム ー ベ ル リ ンー ー ノくリ ー
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ご遠慮な くお 申出下 さい
.
.
★新 しい年を異国で迎える
大好評 の新春海外 旅行
千占の神秘をたたえるア /コ ール・ ワット
‐
口
場で
『
これで 3年 目 年 を加 える17aど 好評 で す.ご 家族 づれ,お
合 と うし、気楽 で しか も最 も印象
的 な新春 の海外旅行 で す.期 間 も短 か く、費 用 も手頃 ,お 気軽 に ご参加 で きます.今 度 は特 に
'日
ご要望 lC応 え て秘蹟 ア ンコール・ ツ ッ トを加 えた旅程 も作 りま した.1967年 の新春 こそ,ぜ ひ
富士海外 の新春海外旅行 で ど うぞ
.
A
B
新 春 ハ ワ イめ ぐ り
1966イ 1112月
291Jヽ
1967イ li l月
3日
(61J問
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新 春香 港・マ カオ・台 北旅 行
19“ 年 12月 30日 ヽ
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―香港 ―一
大阪
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東京
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1966年 12月 29日 ∼
1967年 1月 8日 (11日 間 )
ーシ
東 京― バ ン コ ッ ク ー
じ
ンガ ホ ー ノ
フ ノ ンベ ン
ー シ ェ ム リー プ (ア ンコ
―香港 一
しワ ッ ト)
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一
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王湿 精
国 際 ロ ー タ リー 年 次 大 会 お 知 ら せ ノ
1967年 は ヨ ー ロ ツ パ・ ニ ー ス で 開 催 さ れ ま す
ロ ー タ リア ン 各 位
本年のデンパー大会には,多 大のご支援 とご協
力をいただきまして,あ りがとうございました
6月 11日 ,皆 様無事にご出発になりました
さて,早 速ですが,来 年1967年 度の国際年次大
会 について,企 画が出来ましたので、お知らせ申
.
.
し上げます
来年は久 々に会場 が ヨーロッパに移 り,フ ラン
スのニースで開催 され ることにな りました。
旅行 の コンサル タン ト日本交通公社で は皆様に
一刻 も早 くお知 らせ, ご案内申し上げるために準
備 を進め, ここに二"ス 大会参加旅行 を発表 させ
ていただ きました
.
この旅行は,皆 様 ロータ リアンのための特選 ツ
アーです.何 卒,前 回同様,多 数 ご参加お申込み下
さいます よう,心 からわ待ち申し上げてお ります
永 い伝統 と豊富 な経験
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スイ ス,イ タ リア,ア メ リカ
Bコ ース 5月 10日
各地 の ロータ リークラブ訪問,パ ナー交換
例会出席,そ の他特典あ り
,
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ご一 報下 され ば早速 詳 しいパ ンフレ ッ トをお送 りいた します。
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デンバ ー大会
アンケー トによる当選者番号
協賛0日 本 航 杢
6.41.8i.i55.219.322.328.338.349.477
以上10名 様
ロ ー タ リー 財 団 研 究 グ ル ー プ 交 換 の 米 国 第 513区 Eス
1行 7名 . 5月 2日 ]]田 〔こ着 い た
君 を団長 とす る
は第
358区 各 RCの
を視 察 した
で
案 内 `ま
2カ
ミス
1行
月間 わ が 国 の 一 般 社 会 事 情
写 真 は 大 田 区 立 馬 込 保 育 園 を視 察 す る
1行
6 members of R F sponsored Group Study Exchange Teann led
by Rtn Emerson Smith arrived Tokyo on 2nd May The team
made study tours over District 358 and other areas
shows the members visiting a nursery in Tokyo
型 」
リ
犠・
`L
一
― `
―
Photo
ヽ
珀口質西 1し
RC (第 350区
オ ー ス トラ リア 第
の
1行 90名
東 京 都 )`ま . 5月 2日
265区 の 極 東 各 国 親 善 使 節 団
.
を 迎 え 、歓 迎 レ セ プ シ ョ ン を 行 つ た
_
引 続 き 例 会 に 出 席 .バ ナ ー の 交 換 な ど を 行 つ た
名古 屋
RC(第
360区 愛 知 県 )は
,西 日 本 連 合 年
,市 内
Tokyo.Seihoku RC holds
bers
of
a reception for the 90mem'
goodwill mission f rom District 265, Australia
Following the reception the members attended the club'
s weekly meeting
Nagoya RC donated some 500 cherry tree seedlings in
to
次 大 会 決 朧 の 国 土 美 化 運 動 の 一 助 と して
co.operation with 5 other clubs in the city,
5RCと
jo Park The donation was made in a response to"Let
's Plant More Trees" resolution adoDted at the last
共 同 し て 名 古 屋 名 城 公 園 に 桜 の 苗 500
本 を寄 贈 し、
4月
:5日
,そ の 植 樹 式 を 行 つ た
vear's Joint District Conference
the Mei-
R口 TAI
』園理F■ 彎ぎ
来河江
RC("53区
山形県
)は .4月 7日
の例 会 で会
員 事 業 所 の 永 年 勤 続 優 良 従 業 員 !0名 を 表 彰 し た
れ も 15年 か ら
43年
いず
・
―
Sagae RC recognizes
I 0 persons employed by the club members
whose continued working terms range from 15
.4月
,2日 創 立
5周 年
を
4校 、 高 校 2校 に 日 本 百 科 大 事 典 全 i3巻
(2校 )と 原 色 世 界 百 科 事 典 全 8巻 (4校 )を 贈 つ た
Marking ts 5th anniversary Cero RC presents a 1 3 volume」
a
panese encyclopedia each to two local senior high schools and8
volume he‖otyped encyclopedia each to four iuniOr high schoo s
RC(第 365区 和 歌 山 県 )は 、 現 在 社 会 問 題 と な つ
て 注 目 を 集 め て い る 献 血 運 動 を と り あ げ .5月 4日 の
海南
例 会後 、訪 れ た献 血 車 で第
1回 の 献 血 奉 仕
を行 つ た
Kainan RC backs up the blood donation drive now at issue by
conductng ts first blood donaton after the club s weekly r e
eting
‘
冷言 つた4 ︲′ニ フ
360区 岐 阜 県 )は
基仕
ュ
の
可
﹁
お﹂
RC(第
記 念 して 中 学
暉︼・コ
FF
下呂
t0 43 years. at
the club s weekly meeting
ま での 永 年 動 続 者 で あ っ た
dせぃ
―
_
三沢
RC(第
352区 青 森 県 )は
,全 国 RCか
らの 大 火
見 舞 金 の 使 途 と し て 生 活 困 窮 者 等 に 50万 円 を 贈 り
,
ま た 三 沢 暑 に 本 部 を 置 き .街 頭 55カ 所 に ス ピ ー カ ー
を 置 く緊 急 連 絡 用 放 送 施 設
(150万 円 )を 設 置
した
Misawa RC made efficient use of the donations made by the
RC's
all over the country in sympathy for the recent big
fire, by presenting Y 500,000 to the
less fortunatepeople
and by installing emergency radio facilities with
all over the
55
speakers
totYn.
″﹁
´_´ 1.巧 ●
堺 南
RC(第
:
365区 大 阪 府 )は 、
4月 5日 創 立 5周 年
記 念 の ひ とつ と し て 堺 市 民 会 館 前 に 大 樺 樹 を 植 え た
写真 は堺 市長
河盛費之介氏の鍬 入れ式 であ る
.
松 本 南
RC(第
360区
長 野県
)は , 4月 25日
年 を 記 念 して 、松 本 市 へ 桜 の 苗 木
500本
松本南
RC
創 立
5周
を寄 贈 した
Sakai South RC marks it 5th anniversary by planting a big
Marking its 5th anniversary, Matsumoto South R C donates
camphor tree in front of the Citizen Center
some 500 cherry tree seed‖ ngs to the city
Mayo「 Kawamori planting the tree
Photo shows
_
矢ケ崎 啓―郎
′
Jヽ 山
RC (第 355区
栃 木 県 )`ま
少 年 に 希 望 を もたせ るため
, 4月 7日
. 働 らく
,小 山 市 役 所 前 に 働
く少 年 の 像 を 設 立 し 、 小 山 市 に 寄 贈 し た
当 日市 内 の 小 中 学 生 の 代 表 を呼 び 表 彰 した
なお
ら
.
RC(第
350区 北 海 道 )は
,4月
12日 の 例 会 で
.5人
の
働 ら き な が ら通 学 す る 高 校 生 に 奨 学 金 を 贈 っ た
To encourage the working youths of the c o m m u nity
.
Oyama RC encourages working youths by erecting a stat‐
ue of a wo7king youth in front of the town ha‖
浦河
働 ら き な が ら学 ぶ 青 少 年 を 助 ま す た め に
and
Urakawa RC recogni2eS 5 students Who attends senio「
high schools while working
also by recognizing outstanding working students of the
communlty
ヽ
_
RC(第 370区 福 岡 県 )は ,創 立 :0周 年 を 記 念
し て ,小 学 校 36校 と養 饉 学 校 1校 に 植 樹 を 行 い
八幡
.
4月 4日
、 その 献 木 式 を八 幡 小 学 校 で行 つ た
Yahata RC marks its 1 0th anniversary by donating a
number of tree seed‖ ngs to the loca1 36 primary sch
RC(第 368区 愛 燿 県 )は 、 か ね て 伊 予 三
.同 市 教 育 委 員 会 に 働 ら き か け て 伊 予 三 島 奨
学 会 設 立 運 動 を 推 進 し て き た が .3月 25日 、 市 役
伊予二島
島市
所 を 防 れ 伊 予 三 島 奨 学 会 基 金 50万 円 を 贈 っ た 。
lyo Mishima RC pushes the Educational Commttee of the
ools and conducts the donation 71e at Yahata Pr mary
city to estab‖ sh a scholarship system by donating a sum
School
of Y 500.000
青 森 東 RC(第 352区 青 森 県 )は ,苦 し い 開 拓 地 の 実
態 を 見 聞 す べ く東 郡 菫 田 町 高 石 股 開 拓 地 を 訪 れ ,入
植 者 に 費 状 を聞 き 。 ま た衣 料 とお 菓 子 を贈 っ た
Aomon East Rtn's made a visl to a p‖
花巻
RC(第
352区 着 手 県 )は
4月
21日 、 花 拳 小 学 校
肢 体 不 自 由 児 養 饉 学 級 に テ ー プ レ コ ー ダ ー を 贈 っ た。
花春 RC
.
ot farm in a remote
佐 々木精 ニ
Hanamaki Rtn's please physica‖ y handicapped students of
corner of the communty and encourage the hard working
a special class in the local primary school by presenting
pioneers by presenting clothes and confectioneries
a set of tape recorder
飯田
RC(第
360区 長 野 県 )は 、 5月
つたが
.ま
北 条 RC(第 368区 兵 庫 県 )は 4月 17日 .カ ロ西 町 立 児
童 館 の 建 設 に 当 り ,日 旗 掲 揚 搭 を 贈 つ て 児 童 遺 に 国
4日 .311立 10周
.救 急 車 1台
と ガ イ ド ミラ ー 5基 を 贈
た ポ ー イ ス カ ウ ト餃 笛 隊 へ 楽 器 を 贈 つ た
年 を記 念 して
lida RC, having recently marked its 1 0th anniversary by
donating an ambulance and five guide mirrors, makes ano
ther services of presenting musical instruments to the 10
ca Boy Scouts. band team
.
旗 を 愛 し ま し ょ う と呼 び か け た
On completion of the local Ch‖
北条 RC
小 川惣―郎
dren Center, Hoio RC dona
tes a national flag stand to make chi!dren national
flag
岩谷堂
RC(第
352区 着 手 県 )は
.4月
13日
,緑 の 過
間 に ち な ん で ,向 山 公 国 の 中 の ロ ー タ リ ー ロ に 桜
月桂 樹
.玉 伊 吹 な どの 苗 ホ 70本 余
を植 樹 した
.
勿来
RC(第
353区 相 島 県 )は ,4月 19日 、勿 来 公 日 に
経 の 苗 木 を植 樹 した
古 歌 に も誅 ま れ た 勿 来 間 の 桜
が 殆 ど 絶 減 し た の を 憂 い 昨 年 か ら 始 め た もの で あ る
.
.
Observing Arbor Week, lwayado RC plants a nurber of tr‐
Nakoso Rtn 's keep planting cherry tree seedllngs in the
ee seed:ings in the Rotary Carden of Saklyar●
local Nakoso Park, famous for the fine cherry trees since
Park
the feudal age
´
一
―
角田
る
RC(第
4カ 所 の 幼 稚 口 .保 青 所 へ 会 員
津久見
自 らの 作 業 奉 仕 に
周囲に
よ り花 壇 を 設 置 し 、 草 花 の た ね を 贈 つ た
Kakuda Rtn 's volunteer to lay flower‐
kindergatens and nurseries
RC(椰 370区 大 分 県 )は ,滝 久 見 市 営 体 青 館
R:創 立 61周 年 を 記 念 し て ,ヒ マ ラ ヤ ス ギ 2
本 .ツ ツ ジ 50株 を 植 え た .市 営 体 青 館 は 大 分 曰 体 の
,市 内 に あ
352区 富 城 県 )は , 4月 19日
beds at
.
loca1
4
ポ ク シ ン グ会 場 で
協 力 し ,昨 年
2月
,ク
ラ ブは市 民運 動 の様 化 運 動 に
も 熱 帯 性 植 物 の 植 樹 を 行 つ て い 0.
Marking Rotary.s61st anniversary, Tsukumi RC p!ants a
number of trees around the municipal gymnasium This pト
anting is the addition to the tropical floras it
last year
planted
そ れ は最 高 の 品質 に 対 す る呼 称 です。
そ して “MG"そ れ は 車 の世 界 の サ ラ ブ レ ッ ドで す
.′
MG H00ス ポーッセダン デラッ タス
MGミ ゼッ ト コンパーチブル
モー リス クーパー “S"
モー リス :100セ ダン
モー リス マイナ ー!000
│・ 1,│
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……
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理
店
6731
京 :日 ′ 英
自 動
車 く581》
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0671
ト く458》
阪 :lD 西
オ
名 古 屋 :ユ ニバ ーサ ルモ ー ター く241)9386
東
大
礼 幌 :宮 田モ ー ター ス090051 横浜 :薬 商 モ ー タ…2309ol
広 島 :ミ ナ ミ小型 自動 車607221
日本総 代 理 店
ドッ ドウエル
TEL
東
エ ン ド コンパ ニー リ ミテ ッ ド
京 く211〉 214:
一回
インターアク トを結成する場合 に必要な資料および
書類はどこに申込めば入手できるでしようか
LI '`多
層【手
子 f争 サ臀 基名 :菖 晨
ロー タ リー文 献東京事務所 (東 京都千代 田区丸 ノ
内三丁 目四番地 日石 ビル
'多4階 )に 請求 すれ ば送 っ
て参 ります この資料 には,イ ン ターア ク トプ ロ
グラムの性質 , 目的お よび業績 についての説 明書
會暑 27秀 律塚 9奮 辱 t「
が入 ってお ります .な お 注文 カー ドが この資料 の
同
中 にあ りますか ら,先 ず その資料 を良 くご研究 の
上 ,貴 地 で イ ン ターア ク トクラブ結成 の見込 が立
は新会員報告 用紙 と同様 の もので あ ります 。それ
ちま したな ら, この注文 カー ドを前記文献事務所
に御送付 に なれ ば結成 に必 要 な色 々な書類 を送 っ
紙 の番号 は2207-Jで その名称 は新会員一― 資料
変更届出用紙 です 。 これ は無料 の筈 で あ ります
1薩 層 劣 菖穀
を文 献事務所 に請求 して使用 して下 さい .そ の用
.
て参 ります 。
諮問委員長の任務はどのようなもの
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及 び, も しあれ ば ,イ ン タ ー ア ク トガ バ ナ ー等 か
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トのプ ログラム運営 についてガ バ ナーを援助す る
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で あ ります か ら,当 然使用す る ことは 出来 な い こ
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員
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:軍 フ啓う 2量 暑雪勇覺 冒 f;:菫 I蒐 言
い うことは きいてい ますが, それが どなたであ っ
たか覚 えがあ りません .し たが って どこで それ を
入手 出来 るか も分 りませ ん 。 しか しこの よ うな早
見表 は割 合 に簡単 に造 る ことが 出来 ます ので, ク
ラブで その会員数 に応 じて,将 来 の 内部拡大 を見
越 した上で作成 され たな らいかがで し ょう。た と
えば30人 内外 の クラブで した ら25人 か ら36人 まで
を基準 に して50%か ら 100%の 範囲内 の もの を作
成 され たな ら,少 くとも数年間は利用 出来 ると思
い ます 。
なお皆 さん の ご便宜 の ため、 出席率 早 見 表 を
「 ロー タ リーの友」 ニ ュー ス 7月 号 に掲載 してお
きま したか らご利用下 さい。「 友」 ニ ュー スは ロ
ー タ リーの友 が発行 して い る もので,毎 月各 クラ
ブの雑誌委員 長 に郵送 され て い ます
(注 )「 友」
て良 い と思われ ます 。
Z[]]1〔
.
4月 号 の この頁 に,イ ン ター ア ク ト
の 備品 に関す る間答 を掲載 い た しま した。その際
1高
司i]:,3;::[「 を
EEi:i景
言
言
各
曾
あるのでしようか
ロー タ リー の 友 -7月 号
]去
,
同備品は東京銀 座 の和光 で 販売 され てい る とお答
え しま したが,大 阪 の生駒時計店 で も取扱 ってお
ります ので, この 旨付記 いた します
.
69
国立が んセ ン タ ー
そ の 発 見 と治 療 に つ い て
膵 臓 癌
石
璽
央
尋:→糞
うだlさ れ る よ うな数
後 り 曽え るの で は な い か、 と 〕
膵臓のはたらき
]亭 1臓
井
字 です
が どん なは た らきを して い るか とい い ます
と、 大 き く分 け て 2つ あ ります
膵臓癌の診断はむずか しい
1つ は 血液 の糖
分 (■ 1料 i)を 出節 す るホ ルモ ン を n[液 中 に送 り こん
で い る 内 分 必の 11:用 です n[粕 」
り
節 ホ ルモ ン と し
と くに膵 臓 │ と か 腱ヤ:11に 臓 炎な どの 膵 臓 ン)曼 性 の
低 くす る作用 Clあ る イン シ ェ リンが も
病 気 の 診 断 は、 医 学 の lll歩 した 今「1で も も っ と も
1半
│」
ては
1[湘 liを
'′
っ と も強 力で イ
∫名 で す が , インシ [Lリ ン と反 支lに
しモ ンで あ る グ ル カ ゴ ン な ど も
血 粕 を111く す るホ ノ
し られ て い ます tヽ ずれ に しま して も1準 臓 の は た
ら きカリ)る くな ります と n[料 iが ljく な り,尿 υ)「
│
へ滑
‖が で た │)す る精 尿 llに な るわ けで す
‖ 臓 υ)も う 1つ の は た ら きは外 分泌 の 作 用 て
4た
蛋 IJ
Iを
分 解 す る西F素 とム
す る山F素 を大
││ヒ
,
炭 水化 4勿 や ‖
旨肪 を分 解
に 卜二 lLl場 に 送 りだ して,食 物 の
しカ リヤ:の 無 機 物 1が 含 まれ
ま た11て ,夜 には 強 い ア ノ
『
:υ
,
むず か しい 問 題 で あ る こ とは 医 学 界 の 定 │ジ
あり
で も外
残 念 な こ とで す が ‐
般 的 な li実 で す 日本`で
1可 で も熟練 した 医 自
けです ら、 そ の 診 断 の適「卜率は
11)%ヽ 10%と ノ)べ て い ます
な 4‐ この よ うに診 問7
が むず か し いか といい ます と、 1つ に は lit臓 つ角7
││を して い ます 11k
消 化 には な くて は な らな い作 サ
ノ
)宝
Lliに
っれ るわ けです
もた とえ ず
臓 は li化 山F素
て い て、 西
1ヤ
臓 の病 気 の 診 断 は 大 変 むず か しい の です が
)強 い 胃 か ら くる内容 物 を中和 して
小 1易 で の 消 化 を助 け て い る こ と も大 切なは た らき
k臓 の は た らきが わ る
の 1つ です それ で す か ら‖
ム
い こ とが 続 きます と,い ろ い ろ な 171i化 や吸 収 の障
音Jつ 位置が 胃 /1後 ノ
ブ 脊柱 の it方 とい う腹ト メリリ
1
′
し
)深 い ところにあ るために、 症状がは っ き りしな
い ことに よ りま寸が , さらに胃, 月
場, 月14f、 F∫ 1臓
な どの臓 器 υ)よ うな造影 斉1を 用 いて病 変をll:接 し
「
′
っべ るヽ線検 査や 光学 系 の装 置 に よって :接 的 に
)方 i去 が i比 にたた な い こ
り
!察 す る内視鏡 検 査な とン
争
また さら1〔 オ)る い ことには
とがラ
にきなリロ│で
4[llfrliの
'
った
はた らきを
「 1)11に しらべ る方 ,去 が な力、
)lll!││に な ってい ま した _し か しI晨 近
こと も 1つ υ
は 日本 て も外 1可 で もい ろい ろの ril虻 か らの1診 断
t′ l_際 に 応 サ
llさ れ つつ あ りますか ら
法が Of究 さオ
′
:で はな くな ることが
14k臓 111の 確実 なli参 円iも り
石」が お こる こ とに な ります
,
膵臓癌 は増えつつある
され ます ことをつ け力│え なけれ ばな りませ ん 'Ul待
は j本 人 ul全 り
高タビ亡率 υ)約 2%で ,腸 痛
や ln[病 とほ ほ 同 じ くらい υD夕 il支 で す 外 国 (由
人 )で は7ヽ 8%で す か ら, 日本 人 で は外 国 に 比 べ
Jlkllili痛
膵臓癌の症状
L二
て も膵 臓 乳
‖は少 い 病 気 で す
か 最 近 1()年
痛 は約
1月
しか し ど うい うわ け
の統 計 に よ ります と、 日本 人 の膵 臓
3イ 占と急 激 に 増 え つ つ あ
て い ます
る こ とが 注 日され
こt7_lよ うな1憎 え方 は‖百
力
1と 膵 臓 凧1に の
み み られ るので す が , い ずれ にせ よ,膵 臓癌 は 今
70
は「 オ タマ ジ ャクシ」 の よ うな 1影 を してお
1指 1易 の真 中 に位 :し ,1竿 1夜
り、その頭部は lilと
14た
1臓
lμ
│‐
を分泌す る14k管 は11道 と合流 して
瑞 腸 右i膜 に
日を開 いて い ます 休 部は胃 の後方 を柏tに 細 長 く
│´
位
│「
li 1112 F部
iし ,り二部 は ノ
ます
の 1り 1臓 の そ ば に な って い
この よ うな∫
的 位 置 か ら14七 ″[部 に ‖が で
γ 」
,「
`占
THE ROTARY―
NO TOMO
を生重熙ノ
きます と,胆 道 を圧迫 して胆 汁 が たま り,黄 疸 に
は まえに のべ ま したが,膵 臓 の病変 を X線 フ ィル
な る ことは理解 され る と思 い ます .膵 臓癌 の半数
以上 は頭 部 にで きます ので ,黄 疸 は,膵 臓癌 では
ムの上 に うつ しだす 方法 が2,3あ ります .腹 部 回
転横断撮影 とい うの もそ の 1つ で すが, これ はち
もっ とも主 な症状 に な ります
ょうど人体 を膵臓 の位置 で ち ょうど輪切 りにす る
と同 じよ うに,X線 で横 断 した写 真 を とるや り方
しか しここで注意
しなけれ ばな らな い ことllt,膵 頭部癌 です と遅 か
れ 早 かれ 黄疸 に な るのですが,十 二指腸粘膜へ の
開 口部附近 に限 られ た癌 を の ぞ いて は,黄 疸 がで
る よ うに な ると膵頭部 癌 はかな り進 んで い ること
が 多 い とい うことで す .黄 疸 がで る前 に診断が つ
く ことが望 ま しいわ けです 。 したが って症 状 とし
て も上腹部 の頑 固 な鈍痛 とか, なん とな く食欲が
な くな った とか,み ぞお ちが重 い とい うよ うな胃
の病気 の よ うな症状 の ときに,医 師 を訪 れ る こと
です .こ の方法 に よって膵 臓 のかげが, X線 フ ィ
ル ムに うつ しだ され ,膵 臓 の大 きさ,形 をあ る程
度知 る ことがで きます .さ らに膵臓へ 入 って ゆ く
動脈 に造影剤 を送 りこんで,血 管 の形 の変化 か ら
膵臓癌 の部位,大 きさをみ る方 法 (選 択的血 管撮
影 )も 有力 な膵臓痛診断法 の 1つ として, 日本 で
もだんだん普及 しつつ あ ります .X線 検査 とは ち
が って,放 射性 アイ ソ トープ を用 いて膵臓 を うつ
が もっ とも大切 です 。 この よ うな症状 は,実 際 に
しだす アイ ソ トープ診断法 も実用 化 され つつ あ り
胃 の病気 でお こる ことが 多 いのですが,胃 の検査
を うけ て も異常が な い, しか し症状 は よ くな らな
ます
い とい うよ うな ときには膵臓 の病気 を大 いに疑 う
.
膵臓摘の治療
必 要 が あ ります .膵 体部や尾部 の癌 です と進行 し
て も黄疸 に な る ことはほ とん どあ りませ ん .こ の
膵 臓癌 の治療 としては,今 日で も手術が もっ と
も信頼 され ます 。膵臓 の体部,尾 部 の切除は, ま
場合 の主 な症状は腹痛 とか食欲不振 ,や せ る こと
です 。 したが って膵臓癌 の始 めの症状は, 胃 の病
わ りとの癒着 がひ ど くなけれ ば困難 では あ りませ
気 とま ぎ らわ しい ことを強調す る ことが必 要 だ ろ
とった り,胆 道や膵管 を消化管 につ なぎ合わせ る
うと思 い ます 。
ことが必 要 です ので,そ の手術 はやや厄 介 ですが
しか し今 日では この手術 に よる危険 は少 くな りま
ん 。膵頭部癌 では膵頭部 とい っし ょに十 二 指腸 を
,
膵臓癌の精密検査
症状がほか の病気 とま ぎ らわ しい上 に,簡 単 に
診断で きる方法 もな いので,膵 臓癌 を早 くみ つ け
るためには,少 しで も疑 わ しい こときはで きるだ
け早 く,綜 合診断 ので きる病院 で精密検査 を うけ
る ことが必 要 に な ります .新 らしい精密検査 には
い ろい ろあ りますが,そ の重要 な 1つ として膵 液
をで きるだけ正確 に採取 して しらべ る方 法があ り
ます 。 これ には まず,膵 液 の分泌 を促進 させ る消
化管 ホル モ ン (パ ンク レオザ イ ミン, セ ク レチ ン
した し,手 術 のや り方 も確立 され てい ます .し た
(ま わ りの大 きな重要 な
が って膵臓癌 の早 い時期
血 管 と癒着 して い ない, また肝臓 ,肺 な どに転移
して い な い時期)に 診断が つ けば,そ の手術 の結
果 もた いへ ん よ くな ります .実 際 に10年 前頃 まで
は膵臓癌 の手術成績 はひ じ ょうに悪 か った ので す
が ,今 日ではめ ざまし くよ くな って い ることが報
告 され てい ます 。
ま と め
な ど)を 予め注射 したあ と, ゾ ンデ を用 いて膵液
の 多 い十 二 指腸液 を とって酵素,無 機物質,液 量
で あ りますが,最 近 に なって そ の確実 な診断法が
を しらべ る方法 です .ま たで て きた膵液 の 中 に
癌細 胞 が あ るか ど うか を念入 りに しらべ ます .こ
どん どん進歩 しつつ あ り,比 較的早 い時期 に診 断
が つ き,手 術 の成績 も向上 しつつ あ ります 。早期
の方法 に よって,膵 臓 のはた らきが よ く分 ります
し,癌 細 胞がみ つ かれ ば膵臓癌 で あ る ことが 診断
発見 と早 期治療 に もっ と も大切 な ことは,胃 の病
気 の よ うな症状 の時期 に医師 を訪 れ ,少 しで も疑
わ しい ことが あれ ばな るべ く早 く綜合診断 ので き
,
され ます 。
つ ぎに膵臓 の直接的 な X線 検査 がで きない こと
ロー タ リー の 友 -7月 号
膵臓癌 は,今 日で も診断 の むずか しい癌 の 1つ
る病院 で精密検査 を うけ る ことで あ る と考 えます
77
︵
名古 屋南 ︶
る
や
枝
垂
桜
の
限
寺
︵
名 古 屋 西︶
正
︵
名 古 屋 西︶
堀 尾 博
扇
古居 久二
沢 田 寿文
松浦 竹生
請井 花谷
︵
松 阪︶ 上野鳴金洞
蟹の戸 も 曳 き 温 泉 落 し て朧 な り
芽 柳 や 町 に 流 る る讃 仏 歌
︵
四日市︶ 中川 口
田子
峠 路 や余 花 に心 を ひ かれ つ つ
︵
名古屋南︶ 鈴木 梅子
天 地 の いま 美 し く 虚 子 忌 来 る
知
浜 名 湖 に白 波 立 て る 田 植 か な
人
︵
安 城︶
漆 あ り し か た ち に花 の屑
安 城 ︶
︵
蓮 如 忌 の読 め ぬ真 筆 拝 み け り
伊藤 八千代
網倉 和江
柏本 白雨
二晴
瀬戸 一
寺尾美津子
寺尾 重治
宮川 早首
大村すよ子
首 傾 げ 歩 く 芹 田 の鳥 か な
︵
岡 崎︶ 大村 菅水
棚 の藤 灯 り て外 は 未 だ 暮 れ ず
︵岡 崎 ︶
招 か れ て葺 く も 仏 縁花御 堂
︵岡 崎 南 ︶
︵
横 須賀 ︶
雨降 れ ば う す ら 寒 し よ 菖 蒲 切 る
︵
焼 津︶
初 鰹 さ げ て師 を 訪 ふ朝 晴 れ て
︵
焼 津︶
古 雛 に 灯 か げ 寂 し き夕 かな
熱 海︶
︵
春昼 を病 む子 と し ば し ま ど ろ め り
︵
富士吉田︶
落 ち て行 く 夕 日 静 か な 桜 か な
甲 府︶
︵
花冷 え や 独 り 歩 き に ま だ 慣 れ ず
阿部 雨声
背 に き く 雀 の 雛 は か へり た て
︵
横 浜︶ 畠山 政吉
城 主 墓 貧 農 垣 のす み れ 草
︵
横 浜保 土 ケ谷 ︶
野 仏 の お も て 流 る る春 の風
本
堂
の
裏
に
池
あ
り
夷
︵
横 浜東 ︶
辛
︵
横 浜南 ︶
花
︵
東 京 銀座 ︶
小林 清志
住川 エトナ
古橋 桂花
岩城 茂生
日塔 二斗亭
東 風 吹 き て火 の島 男 出 払 ひ ぬ
︵
千 倉︶ 関谷 止有
敷 藁 に は や 蔓 が 伸 び 西瓜苗
︵東 京 南 ︶
グリー ンに乗りしポー ルを 蝶 が 追 ふ
︵浦 和 ︶
祗 王 寺 の 道 標 あ り 遅 桜
︵
千 葉 ︶
越 川様 々子
山本 千代
三 柾 の 花 や 札 所 の白 障 子
︵
浦 和︶ 中村 素径
新 茶 買 ふ こ と も 心 に買 物 に
︵
千 葉︶ 山本 岳南
降 り だ し て心 残 花 に残 し来 し
老の日 を 残 花 を 惜 み 居 し と ころ
︵
八 日市 場︶
咲 きき つて散 る も ま じ か し 夕 牡 丹
山 口依久子
接 木 す る人 院 患 者 と は見 えず
︵
前 橋︶ 岸 善志
春 塵 と し て 小 手 毬 の花 層 も
春 宵 や 唄 へば 思 ひ 出 づ る 歌 詞
︵
栃 木 ︶
︵
自 石︶
鈴木 晴 天
鈴木 貞
桜は や 散 り は じ め し と 書 き 送 る
︵
宇都宮東︶ 篠原 巴石
鵜鳴 い て 林 道 日 さ す こ と も な し
2 ツ丼︶ 佐藤 鴻禾
春 暁 の 蒲 団 を 蹴 つ て往 診 す
自 石︶ 鈴木 綾園
︵
心 ゆ く ま で 城 山 の春 惜 む
︵
自 石︶
帰 朝 子 に 母 の手 料 理 木 の芽 和
残 雪 の お 釜 を 頂 よ り 眺 め
︵
自 石︶ 鈴木三枝子
客間 よ り 茄 子 苗 床 の 見 え て 居 り
星野 ニ
ユ子
仙台北︶ 山田 千女
︵
春 光 を 教 る 櫂 先 を 潮 垂 る る
︵
八 戸︶ 大沼 古燈
花 馬 酔 木 く ぐ り 寛 の水 走 り
札幌南︶ 上野ただし
︵
湯 け むり ののぼ り て 行 く や 春 の 山
︵
倶知安︶ 一円 黒石
春 日を呑 めば真 白 き山 な り し
︵
倶知安︶ 一円 卓子
植 木 屋 の 一坪 テ ン ト 花 の 雨
︵
室 闘︶ 塩谷 芳子
大き さ に ふ り か へる 月 春 め け る
︵
函 館︶ 阿部 善治
く ら がり の着 き た る 宿 に 木 瓜 白 し
選 後 に
柚道 に女遍 路 のひとり ゆく 鶴 我 春 樹
美 し い淋 し い絵 のやうな句 であ り ます 。 この 一
人 の女遍 路 の心を いろ いろ と想像 し て行 き ます。
た だ ひたす ら に歩 いてゆく のか、家 の ことを 思 っ
てふ っと今 のわ が身 を如 何 に考 へたり し て ゐ る
か、 唯 々心細 くな つて いる か⋮ ⋮等 と、 想像 出 来
て行 きます 。 この原句 の下 五字 は、 た だ ひとり、
であ った のを、 ひ とり ゆく、 と動 的 に添削 しま し
た。 よく味 は って御 覧 下 さ い。
一、締 切 毎月二十日必着
投稿規定 一、投句数 五句以内
一、投稿は僣書 のこと。
THE ROTARY‐ NO‐ TOMO
72
星
野
立
子
選
鹿児島西︶ 衛藤右二郎
︵
春 の泥 バ スのろ の ろ と 来 て 止 ま り
︵
小 林︶ 岩下 鳴堂
さ ら さ ら と茶 漬 掻 き こ み 機 夜 な ペ
︵
宮崎西︶ 田崎 茶山
広々と植 田 と と のひ暮 れ ゆけ り
︵
熊本南︶ 藤井 年子
は や 孫 の 一 年 生 や 机 置 く
︵
大 分︶ 小手川世規
海展 ら け つ つ じ が 燃 ゆ る 信 号 所
甘 木︶ 鶴我 春樹
︵
拙 道 に 女 遍 路 の ひ とり ゆく
︵
豊 前︶ 平田とき子
温 泉 煙 の 一す じ な び く 花 菜 畑
︵
豊 前︶ 桜井かず子
藤 房 の懸 る山 路 を バ スに揺 れ
︵
豊 前︶ 渡辺 夏人
茶 畑 の中 な る墓 地 の読 経 かな
︵
八 幡︶ 上野 椋花
花 冷 や残 り し酒 をあ た た めむ
広 島︶ 内田 柳影
︵
蔦 鳴 い て審 れ ゆ く 島 の夕 若 葉
笠 岡︶ 岡本 一草
︵
花 の 雨 つ い て 陶 焚 く 煙濃 く
︵
倉 敷︶ 三宅 弓浦
杜氏 の 妻 遍 路 と な り て 立 寄 り し
境 港︶ 菅原なぎさ
︵
こ の 島 の み や げ と 云 へば 牡 丹 苗
︵
松 山︶ 酒井 宝川
植 樹 祭 愉 し 山 路 の 遅ざ く ら
走
り
花 の 灯
来
の
し
花
見
一 つ 揺
の
ら げ
客
り
︵
松 山︶
宿
︵
松 山東︶
の 雨
ら ぐ
︵
今治南︶
ば 皆 揺
漁場 監 視 灯 の 見 ゆ 八 十 八 夜 か な
︵
新居浜︶
吾が 杖 の 騎 ゆ ら ゆ ら と 蜘 蝉 の 水
︵
新居浜︶
入学 児 よ う や く 慣 れ て 夏 め け り
︵
新居浜︶
崖藤 に す れ す れ 通 る 温 泉 の バ ス
観音寺︶
︵
春 暁 の 又 も 軒 打 つ雨 となり
琴 平 ︶
︵
関 定
村上 暁峰
岡田 杏畝
深見 稲青
田中 国朗
山内 十夜
宮本美作女
井 上ちか子
富森 双温医
米倉沙羅女
米倉 明司
小汐 大里
尾根 を ゆ く 遍 路 に 朝 の 藤 か か り
高 松︶ 景山 札
︵
丹 頂 の 或 は 雪 に 羽 博 け る
︵
高 松︶ 山下 一
二仏
石 段 を 且 つ 降 り 登 り 朝 桜
︵
小豆 島︶
苗 市 の 人 出 に も ま れ つ つ遍 路
︵
小豆 島︶
︵
小 豆島 ︶
石垣 に 貼 り つ き バ ス を よ け 遍 路
︵
豊 岡︶
ど つと着きし娘 ら にはなや ぎ 汐 干 潟
由利 五郎
通 勤 の 汽 車 着 く 駅 の桜 かな
︵
豊 岡︶ 富森 春子
暮 れ な ん と 京 の 山 並 花 の旅
︵
豊 岡︶
︵
竜 野︶
石原 ふさ江
大 木 の 桐 の 花 み ゆ 高 々と
︵
篠 山︶ 西尾 野水
温泉 加減 も遠 う ぐ ひす も快 く
︵
篠 山︶ 山本 景川
夏 近 し 噴 水 の 音 水 の 色
行き 過 ぎ て ま た も ど り 買 う 桜 餅
竜 野︶ 湖川 輝 一
︵
満 開 の 花 の 駅 あ り 関 ケ 原
︵
明 石︶
円山美津子
山下 素水
堀川 炭舟
長 多賀女
峡 深 く 落 人 部 落 さ みだるる
︵
明 石︶ 長 面葉愁
虚子 の句 の時雨 帳 あ り 虚 子 ま つ る
︵
明 石︶
修 理 な る 山 門 入 る や花 吹 雪
︵明 石 ︶
大 雨 の 鴨 川 踊 初 日 か な
︵
宝 塚 ︶
伊藤 良水
土井 敬子
観 潮 船 大 き く ゆ れ て渦 に入 る
︵
神戸東︶ 森本 青耕
貸 馬 に 乗 つ て 砂 丘 の春 の風
︵大 阪 ︶
新 緑 の丹波路 を行 く牛車 かな
︵
田 辺︶
野瀬 鶴寿
松田きみ子
今 朝 も 亦 花 に 誘 は れ裏山 ヘ
︵
大阪東︶ 米村 知耕
萩 焼 の さ ら の湯 呑 に新 茶 か な
︵
大阪南︶ 酒井 規 子
沈 T の 香 る 家 と て道 案 内
︵
近 江 八幡 ︶
清 ら か に 老 ひ 給 ひ た る 朝 寝 かな
︵七 尾 ︶
松元 桃村
湖 の 色 変 り 変 り し花 曇 り
︵
彦 根︶ 隅野 泉汀
珍 し く 雄 琴 の 晴 れ て鴨 の宿
小 浜︶ 村田 秀朗
︵
鎖 戸 の軋 り て は 木 瓜 花 こぼ す
︵
金沢東︶ 古市 水破
散 る 花 を 惜 み つ つ訪 ふ 寂 光 院
暖 か し 縁 に掛 け れば 人 も来 て
︵
高 山︶ 白川志づ女
焚 火 消 し ふ し ん 場 ひ そと蓬 の香
^
岐阜南︶ 満畑 冨美
御 忌 僧 の法 話 の合 を 日 向 ぼ こ
︵
桑 名︶ 佐藤 益女
川 風 に芽 柳 も つれ 吹き上り
花 に 酔 ひ 客 に も よ ふ て老 の 日 々
73
ロー タ リー の 友 -7月 号
室
た全 ロー タ リア ンにお知 らせ した き美談 か とも存
LETTERS TO
同期生 の人生 は既 に後半期 に入 りま した 。 しかれ
どもか つて一族郷党 の期待 を担 い選 ばれ た る者 の
R
。
T
︲
D
E
談
じます .20幾 春秋逝 くもの は既 に水 の女口く,私 等
誇 りと未来 に対す るひたぶ るな祖 国愛 に燃 えて
市 ケ谷 台 に集 い学 び し頃 の,眼 をパ ツチ リと色 白
,
で 桜色 の双頬 に輝 く童顔 の黒江保彦君 の りりしさ
は,殊 の外 ,私 の印象 に深 く,士 校卒業 以来 ,兵 馬盗
惚 と,終 戦 後 の公私多忙 に取紛れ,つ いぞ再会す
べ き機運 を失 って,い ま彼 と幽明境 を異 に した こ
とは私 に と りま して も, また悲 劇 で あ る ことを感
じます 。同君 の郷里 で あ る鹿児 島 にお け る葬儀 は
表面 は親族 葬 で あ りま したが,実 質的 には50期 生
葬 で あ り,武 人 の最後 は坊 さん の読経 よ りも,む
同期 の星 としてRCへ 感謝
宮津
しろ “海行 かば 'で との 同期生 の意見 が容れ られ ,
日]1 健吉
4月 号 の「友 」 を拝 見, 目次 の友愛 の広場 を見
た とき,一 瞬 ハ ッと私 の視線 は西尾 RC田 中正太
先生 に よる “黒江 司令 の こと"の 一文 に引 きつ け
出棺 は「 海行 か ば」 の合唱で送 られ た ので あ りま
す 。 … 『 せ めて空 の上 で死 なせ たか った一― と
は人 情 で あ るが, しか し平生「俺 は,た とえ不可
抗力 で あ って も,絶 対 に空 で は事故 を起 さな い」
と豪語 していた彼 の心情 か らすれ ば,あ るいは こ
られ ま した .切 々た るそ の愛惜 の辞 を読 む につけ
て も,脈 々 として胸 うつ そ の清純 な誠 心が秘 め ら
れ で よか った ので はないか と思 う
ジエ ッ ト機乗 りで あ る以上「 平生在戦場」 の覚
れ,か つて 彼 と同期 の星 の一員 た りし私 は,感 激
悟 は,常 に胸 に秘 めてお られ た ことが,母 堂 や未
亡人 に も うかがわれ,わ が親族 なが ら,嗜 の深 さ
措 く能 わ ず,早 速 そ の記事 のかか げ られ てい る
「友」 を御遺族 に贈呈致 した次第であ ります 。特
に ロー タ リア ンを対 象 とす る「友 」 の編集御 当局
が世上 とか く批判 と冷視 を浴 せ られ つつ あ る旧職
業軍人一一 自衛官 に関す る記事 を堂 々 と全 日本 の
.
に頭 の下 る思 いが した .母 堂 も既 に76歳 ,故 人 の
分 まで親孝 行 したい と念 じたい』 とは親族代 表 と
して謝辞 を述 べ られ た故人 の従兄 で あ り同期生 で
あ る帖佐宗親君 の所懐 で あ ります 。
ロー タ リア ンに御 紹介賜 りま した ことに対 し士校
50期 の名 において衷 心 よ り御礼 申 し上 げます 。
以上充分 に意 を尽 し得 ませんが,西 尾 RC田 中
先生並 びに ロー タ リーの友編集御 当局 に対 し,謹
特 に黒江君が数少 き航空 出身 の 同期生 中,歴 戦
生 き残 りの一人 であ り,か つ 常 に現 自衛隊 に於 て
ジエ ッ ト機 の名 パ イ ロ ッ トで あ り,名 リー ダ ーで
んで感謝 の微衷 を捧げ ます 。
,
遺族 に対す る退職金 もほん の些少 に過 ぎず,見 る
にみかね たあ る米軍 の将校 がか つての恩讐 の彼方
を越 えて そ の遺児 の一人 を預 り,米 国留学 の面倒
を見 る との 申出 があ った とか,そ の 国際的友情 ま
アイ
メント販売)
韓 国 の戦 災孤児 に援助 を
あ り,か つ悲劇 の死 を とげた12月 5日 の一 ヵ月後
に行われ る定 期異動 で空将補昇進 の 内定が既 に な
され て あ った ときで もあ り,本 当に残念で たま り
ませ ん .現 自衛隊 の予算 は極 めて シ ビアであ り
(セ
人吉
青木
竜 太郎
4月 の「友」 は,小 林元第 一 副会長 の御 肖像 が
表紙 に出 ま して,誠 に立 派 な ものに な りま した。
ポ ールハ リス さん の御 肖像 も折が ご ざい ま した ら
何 か の頁 にお 出 し頂 けば幸甚 に存 じます .小 生は
「友 」 の好 きな ところ (ガ バ ナ ーの頁 友愛 の広
場
随筆
ロー タ リー美術館 な ど)「 友」 を解体
THE ROTARY_NO_TOMO
耐t
”周
‐
ヨ
ytth豊
して,美 術館 は美 術館 だけ とい う風 に製本 して机
の脇 にか ざっていたい と思 っていま した。またそ
れ 迄 はそ うして い ま したのに,昨 年 の人吉地 方大
木害 の時,た またま熊大病院 に入 院 して居 りま し
たため,蔵 書 の全部 とい っし ょに水没 しま して残
念 に も流失 して しまい ま した。その後 の
「友」は毎
月大切 に ま とめて保存 してお ります .良 く読 んで
い るつ も りで す けれ ど,老 年 ボケで しょうか,す
ぐ忘れ て しま うのが玉 に瑕 とで も申せ ま し ょう
.
さて, 3月 末頃 で ご ざい ま したか,NHKの 現
代 の映 像で,韓 国 の,た しか ノ ウルで理 髪業 を営
川崎 RC創 立 15周 年記念式典が去 る4月 23日 , り‖
崎商工会議所
でガバナー,パ ス トガバ ナー, 来賓 など多数参会 して盛大に開
催 された 写真は祝辞を述べ る柳瀬パス トガバナー
む永松 とい う女 の方 のテ レビを拝 見 しま した .女
の手 一つで, それ も独力で韓 国 の戦争孤児や親 の
が,寄 附 を他 クラ ブに呼 びか けた り, 日本 中 の ク
ラブや韓 国 の クラブに呼 びか け る ことは「友」 と
い な い子供 を, それ も30数 名,理 髪業 を営み なが
してはで きな い ことに な ってい ます
ら育 ててい るその姿 を拝見 して涙 を流 しま した
永松 さんは, 日本 に来 て 各方面 に訴 えて 300万 円
.
の援助 を懇願 され たのですが,終 に 目的 を達 し得
ず,お 帰 りに な ったのですが,小 生 それ を見 てい
て, この人 に こそ ロー タ リー クラブは援助 の手 を
さしのべ るべ きだ と存 じま した。
韓 国 の ロー タ リー クラブ会員 が 何人 居 られ るか
知 りませんが, 日本 と韓 国 の ロー タ リー クラブ会
員 が一人 100円 ず つ差 し上 げれ ば,永 松 さん の 目
的 は充分 達 せ られ るもの と私 は確信 します 。
で,各 クラブはそ の地 区内 の仕 事 をを主 に してや
る ことに な ってい ます ので, この よ うな計画 を他
の クラブに呼 びかけて もなか なか実 行 が困難 で あ
る とい う経験 を持 ってい ます 。 しか し結構 な こと
と存 じます ので,順 序 として貴地 区 のガ バ ナーに
御相談 い ただ くのが一 番 いい と存 じます
以上私 の個人的 な意見 として御礼 に代 えて 申 し
上 げます
一人 の ロー タ リ
御検許l下 さい ま
の
こびで
い
ば望外
よろ
ご
すれ
ざ ます 。 疎噌販売
)
シ ス タ ー ク ラ ブ の結 成
鎌倉 RCと 彰化 RC
第 359区 鎌倉 RCは 第 345区 の 中華民 国,台 湾
省彰 化県 の彰 化 RCと ,去 る 6月 の第 1例 会 日に
上 記 に対する回 答
「友」委員長
湯浅
恭三
「友」 の ことで いつ も御心配,御 教 示 を賜 りま こ
とに有難 く御礼 申 し上 げます .殊 に この度 は御親
切 なお手紙 をい ただ きlal係 者 一 同感 謝 してお りま
す .ロ ー タ リーの規則 とい た しま して,一 つ の地
区内 の クラブの ことで す と, そ の地区 のガ バ ナ ー
の了解 , もし他地 区 の ことです と国際 ロー タ リー
会長 の了解 を得 る ことに な ってお ります 。勿論 よ
い仕事はで きるだけ会 員 が積極的 にす べ き で す
ロータリーの友-7月 号
その よ うな ことを考 え る方 もあ りますが,実 行 に
移 す ことが非常 に困難 な=l千 情 な ので す .御 承知 の
よ うに ロー タ リーは 各 クラブが 独立 しています の
.
「 友」誌上 で呼 びか け てみ て lra如 何で し ょうか 。
それ とも各 クラ ブの国際奉仕 委員会宛 に呼 びか け
られ て もよろ しいか と存 じます
ア ン として意見 を具 申 しま した
御提案 の よ
々
こと
の
お
は時
うな
話 を聞 き,叉 外 国 クラブで も
シス ター クラブ結成成立 の宣言 を行 な った .両 R
Cは これ に よって,両 国 の親善 を更 に深 め るべ く
幾多 の計画 を実行 しつつ あ る
_
広島東南 RCと 台 中 RC
第 369区 広 島東南 RCは 第 345区 台湾 の台 中 R
Cと 去 る 5月 21日 ,シ ス ター クラブを結成 した。当
日,広 島東南 RC会 長,幹 事は台 中 RCで の結成
式典 に出席 し, これ に よって将来 ,両 RCは 相協
力 して平和親善 に尽 力す るに とどま らず,技 術援
助,文 化交流 に貢献 したい と誓 いあ った。
75
口づ リ ー:美術 館
大阪市立博物館
大 阪 三
品
彰
英
OsOkO Municip● l Museum: Mclrking the 70:h clnniversclry
of Oscko Cily,the museum wos estclblished on 1 0c,o
ber 1960. Emphosis is ioid on ihe his,ory of lhe cily.
And il disploys o number Of obieC'S on the civilizotion
of Osok● ond ,he his,orico: obiec,s from Jomon Period
to dclte.
当館 は大 阪市東区 の大阪城址本丸 の 旧地 に位置
し, 日本で は珍 らしい純 然 た る歴 史博 物館 で あ り
ます 。建物 はか つて大阪市民 が陸軍 に師団司令部
として寄付 した もので,戦 後 は進駐軍 に接収 され
ついで 国警本部 に転用 され ま したが,昭 和 35年 市
民 の要望 に こたえて郷 上 の歴 史博 物館 として再 出
発す る ことにな りま した .半 地下 1階・ 地上 3階
延べ6948平 方米 の 内部 を大改造 しま した .展 示 内
民俗芸能 の 4部 に分れ
考古・美術 工芸 。
容 は歴 史 。
,
に一般化 して御土 産人形 にな りま した。技 術的 に
高級品 であ るばか りで な く,幼 児 の愛 らしさを独
自の フ ォル ムに よって気品 のあ る ものに してい ま
す
.
・ 文 楽か しら一― 傾城 (け いせ い)
文楽 は大阪 に発 達 した人形芝 居 で,現 在 も興行
をつづ けてい ます 。当館 は郷土 の文化財 として
200余 の「 か しら」をは じめ文楽関係 の諸資料 を収
,
学芸員 12名 が分担 し,1階 2階 は常設展 .3階 は主 と
して年 間数回 の特別展 に当てて い ます 。また特 に
集 して い ます 。特 に
「 か しら」の 中 にはその古 さに
おいて,ま た出来栄 えにお いて珍重すべ きものが
2階 は小 中学生 に もわ か るよ うに大 阪 の通史的展
少 くあ りませ ん 。 この傾城 の
「 か しら」 (壇 浦兜軍
記 の阿古屋 )は 初代吉 田玉造氏 旧蔵 の品で,名 作
で あ ります .傾 城 とは遊里 で最高位 の大夫職 の呼
示 を試み,2階 3階 は特定テ ー マ の もとに専 門的 な
立場 で展観 して,出 来 るだけ多 くの人 々に理 解 で
きる よ うに努 めています
ここに写真 紹介 を しま した の は,民 俗芸能関係
の展示資料 です
び名であ ります .文 楽 の
「 か しら」は能面 とは異 り
ニス チ ックな ところに庶
ーマ
ヒ
ュ
が顕示的で
表情
民性があふれ てい ます
.
.
・ 小袖一一 自麻地松風村雨模様
江戸 中期 の夏小袖 で,自 麻地 に藍 で型 染 め し
一部 に匹 田手法 の貿 り染 めを交 え,そ の上 金糸な
,
ど五色 の色 糸 で入念 に刺繍 をほ どこした精 巧 な も
ので す 。
李雲口
]ij:⊆
│
蠣兒
物
館
・ 御所 人形一一 大 持
御所 人形 は数多 い 日本 の人形 の王座 を占めてい
ます .最 初京都 の町 の人形師か ら宮廷や公家 に納
め られ た ところか ら大 内人形 と呼 ばれ ,江 戸時代
76
ところ 。大阪市東区馬 場町
大阪城 内
TH[ROTARY‐ NO‐ TOMO
守
・
夕 o
.
ヘ
マ
・
・
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t 623-ffi fr
ElIa>f,IY
● レイ ン用 の 脇 下 をネ ッ トに
雨 中の プ レイが さわやか に楽 しめ ます
レイン・ ジャケ ット Y2.400か ら
_
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●ネ今を若 々 しくデ ザ イン
Yか です
芝 ′1の 市tr乍 の riに 映 えて無
.
●イ
更春Jな サ ブ ・ 7tiケ ッ ト
ボールマーカー、カー │、
テ ィーの1キ 歩 きに
スラ ンクス Y2.500か ら
●袖 ・ 両 サ イ ドに ス ト レ ッチ
微 妙 な か らだ の IJき を助 け ま す
ら
Y900か
半袖 ボ ロ シ ャツ …
こ の行 枚 の 店 ・テ ー ト で
カ ップ 印 と ご 指 ド さ ぃ
● ゆ った り と した 袖 ロ
こなせます
スイングをll lJげ ずラク
● 雨 を シ ヤ ッ ト・ ア ウ ト
フー ト、ヵ hlの 部 う
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大 阪 本 店 。淀 屋 橋
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東 京 支 店・神 田 小 川 町
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催莫③
一 回 の 撮影 で
一
・ 生 気 に満 ちた
*
*
*
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術の香 り高 い
・ 迫真 の 肖像
*
*
*
功労
賀寿
_
*
*
叙勲
受章 等の ご記念像
写真はロー タリー創始者
ポール・ ハ リス 氏 の像
1935年 当社 にて撮影製作
*
*
*
*
*
下 記各百貨店美術部 にお いて
ご注文 を承 ってお ります
*
○ 今 井
槻
*
*
*
東京日本橋 高 善与屋
漱
高 島 屋
*
*
*
*
*
東 京・ 銀 座
松
東 京・ 銀 座
松
坂
屋
名 古屋
松
坂
屋
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大 阪心斉橋
大
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小倉
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佐世保
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電・
話
東' ・
京・ 761--27
― 40
* ti tg * * *
t+ t+ t+
*
t&.t+ re
* * *f+ t(
Portloript by Rotsty-NeTomo
Editorial Coomitteeoon
子 の心 親が 知 る
委 員 の言 葉
「 友」 地 区委員
山
ノ
井
雄
総
山)
椰
「 友」 はガバ ナ ーの機関紙 で あ り,啓 蒙機関 であ
るが ,ま た,会 員 自身 の 同人誌で もあ り,対 外的
先 日,田 舎 の結婚式 に よばれ ての雑 談 中,あ る
老婦人 か ら「結婚 して一人前にな った と思 った ら
大間違 い,子 供 を もたな い と駄 目です。 子供 が成
な PR誌 で もあ る.こ の多 目的 の重点 の方 向 で編
集 も違 って こよ う.ま た委員 は地方 の ロー タ リア
長 して息子 は嫁 さんを貫 い,娘 を嫁がせ て始 めて
一人 前 です よ」とい う意味 の事 を聞 か され ま した
ンが 何 を考 え何 を注文 してい るか とい う地区委員
.
つ ま り家庭 の 中で,一 人前 の人間 に な るので さ
本来 の任務 を忘れぬ よ うにす る こと。 (65'8月 号)
ロー タ リー運動推進 の役 目は「 友」 力ゞ
そ の一 翼
え も,い ろい ろな経験 と修養 を重ね なけれ ば駄 目
だ とい うことで あ りま し ょう
を引受 けねばな らぬだ ろ う。 そのため内容 も半 ば
.
この婦人 の言葉 の 中には,家 庭 内 のやわ らぎ と
クラブ会報的 な性格 か ら脱皮す る必 要 が あろ う
.
子 に対す る躾 けがに じみ出て, ロー タ リーで云 う
「 相手 の身 に な って」 とい うことで,親 の心 は子
(66'2月 号)
が知 り,子 の心を親 が知 るな らば,そ こに は心温
る楽 しい家庭 が出来 るの も, もっともな事です。
現今何げな しに 目に映 るもので,理 くつ は正 し
い よ うに思 われ るの だが ,主 張す るものや,権 利
や行動 の 中で,何 だか納得 しが た い ものが 多 くな
ロー タ リア ンは 各地域 の代表的 な立派 な人であ
った よ うに考 え られ ます
り,そ の精神 は先ず家庭 に向 って発揮 され , 自分
の職 業 を通 じ地域社会 に及 ぼ し,ひ いて は全 世界
へ と発展 されね ばな らな い と考 えます。
.
人間 は動物であ る
猿 は動物であ る。
故 に人 間は猿 であ る
.
今度, ロー タ リー歴 も浅 い私 に友 の地区委員 の
役柄 が まわ って来 ま した。 ロー タ リーの内容 を知
と云 った よ うな三段論法 な らば誰れ で もそれ は
間違 いで あ るとわか りますが ,案 外 この理 くつ が
れ ば知 る程 ロー タ リーの偉大 さを感 じ,井 の 中 の
蛙大海 を知 った とい うよ うな気持 で あ ります。
通 っていて,行 動 に うつ した りす る青年 が居 る し
私 も うっか りと行動 をす るか もしれ ません
,
.
一人 よが りな「友」 の地 区委員 には な らな い よ
う,諸 先輩及 び ロー タ リア ン各位 の御指導 や ら
「 友」 の使命 は次記 の通 り前委員 の方 々が見解 を
述 べ てお られ ます
,
御忠告 をお願 い 中上 げ る次第であ ります 。
.
第
370区
専門委員
吉 (伊
丹)
専門委員
郎
(山
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夫
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木 南)
東京都千代田区丸の内 3丁 目4番 地
替
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369区
阪)
印 発
第
(大
専門委員
[
下
藤嘲
368区
貞5(名 古屋西 )
。
3 1
第
副 委 員長
月 月
365区
昭 和 41
三
河 森 佐
第
恭
長
360区
昭 和 41
7月 号
年 年
第
振
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東 京都 新 宿 区 市 谷加 賀 町
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82
井 永 尾 田
一
湯 本
一 榎 平 富 山 右
口"タ リーの友編集事務所
パ ス トガ パ ナ ー
路 岡 山 生 京 崎
委 員長
釧 盛 秘 桐 東 川
御椰喜輝け
晏 男 雄作 行夫
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区 区 区 区 区 区
嵯熊 山森 森 肥
第 第 第 第 第 第
ロー タ リ ー の 友 委 員 会 委 員
第 4巻 第7号
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秋田県 八幡平村湯瀬温
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