神奈川県産業技術センター研究報告 No.20/2014 LC-TOFMS を用いた有機フッ素化合物の分析方法の検討 化学技術部 環境安全チーム 岩 本 卓 治 PFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸),PFOA(ペルフルオロオクタン酸)といった有機フッ素化合物は耐熱性, 耐薬品性等の優れた性質を持ち,機能性材料として多く使用されてきたが,難分解で生分解されないため環境残留 性や生体蓄積性といった問題が懸念されている.これらの化学物質は一般的にタンデム型の四重極の質量分析計を 検出器とした LC-MS-MS で分析されるが,産業技術センターでは平成 23 年度に飛行時間型の質量分析計を検出器 とした LC-TOFMS を導入したため,LC-TOFMS を用いたこれらの化合物の分析方法を検討した.結果,PFOS, PFOA の定量下限値はそれぞれ 0.003mg/L,0.001mg/L であった.また,固相濃縮にサロゲート物質を用いること で再現性よく濃縮でき,さらに低濃度まで測定できることがわかった. キーワード:有機フッ素化合物,液体クロマトグラフ飛行時間型質量分析計,LC-TOFMS,定量分析,固相濃縮 1 はじめに 2 実験方法 PFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸),PFOA(ペル 2.1 LC-TOFMS における分析条件の検討 フルオロオクタン酸)といった有機フッ素化合物は耐熱性, PFOS,PFOA を所定の濃度に希釈した試料を,LC- 耐薬品性,光透過性,界面活性作用等の優れた性質を持つ TOFMS (Acquity UPLC H-Class/Xevo G2 TOF ; ため機能性材料として多くの産業プロセスで使用されてき Waters) を用いて分析し,定量性について検討した.こ た.しかし,これらの物質は難分解で生分解されないため, こでは, MS において検出感度に影響する Cone 電圧を 環境水中や野生生物中に存在していることが明らかとなっ 検討した.この分析条件を用いて,PFOS と PFOA の定 ている1).世界的な動向では,PFOSおよびその塩は難分 量下限値を調べた. 解性等の性質を有することから,『残留性有機汚染物質に 2.2 固相抽出による濃縮法の検討 関するストックホルム条約(POPs条約)』の第4回締約国会 EU の PFOS 規制における規制値を測定可能とするた 議(2009年5月)にて附属書B への追加掲載が決定された. め,PFOS について固相カートリッジを用いた固相抽出 EUではPFOS規制があり,PFOS使用製品の上市禁止指 による濃縮について検討した.固相カートリッジは和光純 令(2006/122/EC)によりEU域内での販売,輸入,使用を 薬製 Presep-C Agri(Short)を使用した.250 ng/L に調整 禁止している.対象としては素材0.005%,半仕上げ製品 した PFOS/メタノール溶液 100 mL を固相への捕集率を μg/m2以上のものである.日本に 0.1%,コーティング剤1 上げるため,メタノール濃度を 10%となるよう milli-Q 水 おいても『化学物質の審査および製造等の規制に関する法 で 10 倍希釈し,1 L にした後,コンディショニングした 律(化審法)』でPFOS又はその塩は「第一種監視化学物 固相に通水した.続いて,固相カートリッジから PFOS 質」に指定され,製造及び輸入の許可制,使用の制限措置, をメタノールで溶出後,窒素吹き付けにより 1 mL まで濃 製品を譲渡,提供する場合の表示義務を課している. 縮した 2)時の回収率を検討した.希釈に使用した milli-Q PFOAに関しても米国環境保護局(EPA)が世界の有力フッ 水は 1000 倍濃縮した場合でも PFOS が検出されていな 素樹脂メーカにPFOA 自主削減プログラムを実施するよ いことを確認した.また,分析精度を上げるため,試料に うに呼びかけ,2015年に全廃に向けて活動を行っている. はサロゲート物質としてペルフルオロ-1- [1,2,3,4-13C4]-オ クタンスルホン酸ナトリウム(13C-PFOS)を添加した. 一方,PFOS,PFOA は一般的にタンデム型の四重極の 質量分析計を検出器とした LC-MS-MS で分析されている. 産業技術センターでは平成 23 年度に飛行時間型の質量分 析計を検出器とした LC-TOFMS を導入した.そこで,本 3 結果及び考察 3.1 LC-TOFMS における分析条件の検討 PFOS と PFOA の検出感度が最も高くなる Cone 電圧 報告では,LC-TOFMS を用い,PFOS,PFOA の分析方 を検討した結果,PFOS が 60 V,PFOA が 20 V であっ 法について検討した. た.この結果から,LC-TOFMS を用いた PFOS および 92 神奈川県産業技術センター研究報告 No.20/2014 表 2 製品中からの PFOS 抽出における 表 1 LC-TOFMS 測定条件 前処理方法の検討結果 LC条件 カラム サンプル温度 サンプル注入量 流速 移動相 グラジェント条件 MS条件 イオン化法 キャピラリー電圧 Cone電圧 分析モード スキャン範囲 Acquity UPLCTM BEH C18 1.7μm 2.1×100mm 10℃ カラム温度 40℃ 5μL 0.3mL/min A液 10mM酢酸アンモニウム水溶液 B液 アセトニトリル Time A液(%) B液(%) 0min 65 35 5min 55 45 14min 55 45 17min 10 90 22min 10 90 23min 65 35 素材 半仕上げ製品 コーティング剤 2 g以上 2 g以上 200 cm2以上 抽出溶媒量※ 50 mL以上 50 mL以上 50 mL以上 PFOS規制値 0.005 wt% 0.1 wt% 1 μg/m2 ※ サンプル重量 サンプル中の 0.1 mg PFOS量 溶媒抽出時の 2 mg/L PFOS濃度 LC-TOFMSの定量 >0.003 mg/L 下限値との比較 前処理方法 ESIネガティブ 2.0kV 0~7.5min 20V 7.5~22min 60V SCAN m/z 200~600 y = 627224x + 698.62 R2 = 0.9999 <0.003 mg/L 溶媒抽出 溶媒抽出→濃縮 100倍濃縮 1回目 96.1 101.6 2回目 93.0 89.4 回収率(%) 3回目 106.5 113.7 4回目 100.8 96.0 5回目 105.1 91.6 平均 変動係数 回収率(%) (%) 100.3 5.7 98.5 9.9 PFOS 濃度を算出した.これより,素材,半仕上げ製品 については溶媒抽出時の濃度が LC-TOFMS の定量下限値 PFOA PFOS l ・ 40000 マ ・ ハ ・ N [・ 30000 s・ ・ 20000 >0.003 mg/L 表 3 固相を用いた PFOS 添加回収実験結果 サロゲート 物質添加 あり なし 50000 0.00002 mg 0.0004 mg/L ※)試験法CEN/TS 15968:2010より抜粋 70000 60000 溶媒抽出 2 mg 40 mg/L よりも高いため,前処理方法は溶媒抽出で測定可能になる と考えられる.しかし,コーティング剤は溶媒抽出時の濃 度が LC-TOFMS の定量下限値よりも1桁程度低いため, y = 258178x + 442.56 R2 = 0.9989 10000 溶媒抽出だけでは規制値レベルを分析することは難しく, 濃縮操作を行う必要があると考えられた.コーティング剤 0 0 0.02 0.04 0.06 0.08 各成分濃度(mg/L) 0.1 0.12 において規制値の 1/10 程度の濃度まで測定するためには 図 1 PFOS および PFOA の検量線 100 倍程度の濃縮が必要となってくるため,固相カートリ ッジを用いた濃縮法を検討した. PFOA の測定条件を表 1 のように決定した. PFOS 溶液を 100 倍濃縮した時の添加回収実験(n=5)を PFOS および PFOA の検量線を図 1 に示す.各成分濃 行った結果を表 3 に示す.これより,サロゲート物質を 度とピーク面積比の間には r2 が 0.9989 以上の良好な直線 性が見られた.分析結果の再現性を調べるために,PFOS, PFOA ともに 0.005 mg/L の標準溶液について 7 回の繰返 添加した場合の平均回収率は 100.3 %で,変動係数は 5.7 %と再現性良く回収できることがわかった. これらの検討結果から,コーティング剤においても溶 し測定を行い,変動係数を求めた結果,それぞれ 1.7%と 媒抽出後に濃縮することで,LC-TOFMS を用いた分析手 5.5%であった.いずれも 10 %未満で再現性良く分析がで 法でも EU における PFOS 規制に対応できる可能性があ きているものと考えられる.定量下限値については ると考えられた. PFOS,PFOA 濃度 0.005 mg/L を 7 回繰返し測定したと 4 まとめ きの標準偏差の 10 倍として算出した.結果,装置上の定 量下限値は PFOS が 0.003 mg/L,PFOA が 0.001 mg/L LC-TOFMS を用いて PFOS および PFOA の分析方法 であった. を検討した結果,PFOS,PFOA の定量下限値はそれぞれ 3.2 固相抽出による濃縮法の検討 0.003 mg/L,0.001 mg/L であった.また,固相濃縮にサ 製 品 中 に 含 ま れ て い る PFOS の 試 験 法 CEN/TS ロゲート物質を用いることで再現性よく濃縮でき,さらに 15968:2010 を基に素材,半仕上げ製品,コーティング 微量でも測定できることがわかった. 剤において PFOS 規制値の濃度レベルが測定可能となる 文献 前処理方法について検討した.ここでは,それぞれの対象 においてサンプル重量及び抽出溶媒量を最も少量とした場 1) Geary W. Olsen et al.; JOEM, 41, P.799-80, (1999) . 合で溶媒抽出が可能であることを前提として計算した.結 2) 佐々木和明,斎藤憲光;岩手県環境保健研究センター 果を表 2 に示す.各対象において規制値と同程度の 年報,2,101-103,(2002). PFOS が含まれていた場合を想定し,溶媒抽出時の 93
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