上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013) 58. B 細胞リンパ腫におけるユビキチン系の寄与 徳永 文稔 Key words:ユビキチン,NF-κB,シグナル伝達, B 細胞リンパ腫,炎症 * 大阪大学 大学院医学系研究科 医化学教室 緒 言 ユビキチンは真核生物に高度に保存された 76 残基(8.6 kDa)からなる小球状タンパク質で,ユビキチン活性化酵素 (E1),ユビキチン結合酵素(E2),ユビキチンリガーゼ(E3)という三種の酵素活性によって標的タンパク質の Lys 残基側鎖 ε-NH2 基に結合される.また,標的タンパク質に結合されたユビキチンは生理機能を発揮したのち,脱ユビ キチン化酵素によって切り離され再利用される.ユビキチン化はリン酸化などとは異なり,タンパク質性の翻訳後修飾 因子であるため,多様なユビキチン連結によって多彩な生理機能発現を可能にしている.例えば,標的タンパク質にユ ビキチンが1分子結合するモノユビキチン化や1分子のユビキチンが数か所に結合するマルチモノユビキチン化は,エ ンドサイトーシスなどメンブレントラフィックを制御する.一方,ユビキチン内の七つの Lys(K)残基(K6,K11, K27,K29,K33,K48,K63)のいずれかに連鎖的にユビキチンが連結し,ポリユビキチン鎖を形成した場合,K48 ポ リユビキチン鎖はプロテアソーム分解を引き起こすこと,K63 ポリユビキチン鎖はシグナル伝達や DNA 修復などの役 割を担うことが明らかにされている.このように従来見いだされたユビキチン間結合は Lys を介するイソペプチド結 合性の分岐鎖状ポリユビキチン鎖であったが,我々は,ユビキチンの N 末端 α-NH2 基を介する新規「直鎖状ポリユビ キチン鎖」を生成するユビキチンリガーゼ(LUBAC)を発見し,LUBAC が NF-κB 制御に必須であることを明らか にした. NF-κB(nuclear factor-κB)は,炎症応答や免疫制御において中枢的な役割を果たす転写因子で,通常,阻害タン パク質(IκB: inhibitor of κB)に結合してサイトゾルに係留されているが,NF-κB 活性化刺激に誘導され IκB が分 解されると核内へ移行し,標的遺伝子の制御エレメントへ結合して転写を亢進する.NF-κB 活性化経路には,腫瘍壊 死因子 α(TNF-α)やインターロイキン 1β(IL-1β)などの炎症性サイトカインやリポ多糖(LPS)などの病原体 関連分子パターンによって迅速に(数分で)活性化される古典的経路(canonical pathway)と,リンホトキシン β な どによって比較的ゆっくり(数時間で)活性化する非古典的経路(non-canonical pathway)がある.いずれの経路に おいても NF-κB 活性化は,①受容体によるリガンド刺激の感知,②IκB キナーゼ (IKK) の活性化,③NF-κB の阻害 タンパク質からの解放と核移行,④標的遺伝子の転写亢進というステップからなる.この過程においてリン酸化やユビ キチン化など可逆的な翻訳後修飾は,時空間特異的な NF-κB 活性調節に極めて重要な意義をもつ.我々は,LUBAC が古典的 NF-κB 活性化刺激時に IKK の制御因子である NEMO(NF-κB essential modulator)や RIP1 を直鎖状ユビ キチン化することで IKK の活性化を導くことを明らかにした.しかし,LUBAC によって活性化した NF-κB 経路を 負に抑制するメカニズムについては全く不明であった.そこで今回,我々は LUBAC 制御に関わる脱ユビキチン化酵 素について解析した. *現所属:群馬大学 生体調節研究所 分子細胞制御分野 1 方 法 1.細胞培養,ルシフェラーゼアッセイ HEK293T 細胞,A20+/+および A20 -/-マウス胎児由来線維芽細胞(MEF)は 10%牛胎児血清とペニシリン/ストレプ トマイシンを添加した DMEM 中で 7.5% CO2 下で培養した.NF-κB 転写活性は pGL4-NF-κB-Luc と pGL4-RenilaLuc/TK(プロメガ社)とともに解析用プラスミドを共発現し,24 時間後に細胞を溶解後,Bright-Glo ルシフェラーゼ アッセイシステムを用いて測定した. 2.結晶構造解析 大腸菌にて発現した A20 ZF7 と直鎖状ユビキチンをハンギングドロップ法にて結晶化し,SPring-8(兵庫)または PF-AR(筑波)にて解析した.構造決定は MOLREP を用いた分子置換法にて行った. 3.TNF 受容体複合体解析 細胞を FLAG-TNF-α で刺激した後,20 mM Tris-HCl,pH 7.4,150 mM NaCl, 0.2% NP-40,10% glycerol, protease inhibitor カクテルにて溶解し,FLAG-M2 ビーズを用いて免疫沈降した.サンプルは SDS-PAGE 後,ウエスタンブロ ットを行った. 4.GST プルダウン GST(グルタチオン S-トランスフェラーゼ)を融合した A20 ZF は大腸菌で発現し,グルタチオンセファロースを 用いて精製した.GST 融合タンパク質のユビキチン結合性は,50 mM Tris-HCl, pH 7.5, 150 mM NaCl, 1 mM DTT, 0.1% NP-40, 250μg/ml ウシ血清アルブミン中でタンパク質を混合したのち,グルタチオンビーズによって沈降させ解 析した. 結果および考察 1.LUBAC による NF-κB 活性化を抑制する脱ユビキチン化酵素の同定 LUBAC は HOIL-1L,HOIP,SHARPIN からなるユビキチンリガーゼ複合体で,新規直鎖状ポリユビキチン鎖生成 活性を介して古典的 NF-κB シグナルを活性化する 1-5).しかし,いったん活性化した NF-κB 経路を抑制するメカニズ ムについては全く不明であった.タンパク質のユビキチン化は,脱ユビキチン化酵素によって負に制御されるので,ま ず我々は NF-κB 経路の制御に関わることが報告されていた OTU 型の A20(TNFAIP3)と Cezanne,USP 型の CYLD に着目して抑制能を解析した(図 1A). 2 図 1. NF-κB 制御に関わる脱ユビキチン化酵素のドメイン構造と LUBAC 経路への影響. A. A20,CYLD,Cezanne のドメイン構造.OTU: ovarian tumor, USP: ubiquitin specific protease ドメイン. B. HEK293T 細胞に LUBAC とともに A20,CYLD,Cezanne をプラスミド量を増加させながら共発現し,NFκB 活性への影響をルシフェラーゼアッセイにて解析した. その結果,A20 と CYLD は発現量を増加させると LUBAC 発現による NF-κB 活性化を強く阻害するが,Cezanne は抑制効果が低いことが示された(図 1B).そこで,A20 と CYLD に絞って解析を進めた.CYLD は USP 型の脱ユビ キチン化酵素で,その遺伝子変異が円柱腫や毛包上皮腫を引き起こすことから,NF-κB 制御を介して制がん遺伝子と して機能すると考えられる.我々は,CYLD は K63 と直鎖状ユビキチン鎖を分解するが K48 ユビキチン鎖は分解でき ないこと,CYLD の活性中心 Cys を変異すると阻害能が喪失することを見いだし,CYLD は脱ユビキチン化酵素活性 依存的に LUBAC による NF-κB 活性化を抑制すると結論した 6). 一方,A20 は N 末端領域に OTU ファミリーの脱ユビキチン化酵素ドメインをもち,C 末端領域に7つの ZF ドメイ ンをもつ.興味深いことに我々は,A20 は K63 と K48 ポリユビキチン鎖を分解するが直鎖状ポリユビキチン鎖を全く 分解できず,A20 の活性中心 Cys を変異しても阻害能を保持することから脱ユビキチン化酵素活性には依存しない抑 制機構をもつと考えた 6).そこで,A20 の構造ドメインのうち LUBAC を介する NF-κB 活性化の抑制に重要な領域の 絞り込みを行い,A20 の7番目の ZF ドメイン (ZF7) が阻害活性に必須であることを同定した.A20 ZF 領域のユビキ チン結合性を詳細に調べた結果,ZF1〜7 では直鎖と K63 のユビキチンに結合するが,ZF1〜6 では K63 ユビキチン結 合性は残るものの直鎖ユビキチン結合性は喪失することから ZF7 が直鎖状ユビキチン結合部位であることが示唆され た 6).実際に,GST-ZF7 を用いて全8通りの結合のユビキチン鎖をプルダウンしたところ,GST-ZF7 は直鎖ユビキチ ンに特異的に結合(Kd = 9μM)することを同定した(図 2A).さらに A20 ZF7 と直鎖状ユビキチンとの共結晶構造 解析を行い,ZF7 が遠位と近位の直鎖状ユビキチンを同時に識別することを明らかにした(図 2B-D).本研究から初 めて A20 が ZF7 を介して直鎖状ユビキチンに特異的に結合することで NF-κB 活性制御を司ることが明らかになっ た. 3 図 2. A20 ZF7 は直鎖状ユビキチンに特異的に結合する. A. GST-ZF7 と全8通りの結合型のジユビキチンを混合後,グルタチオンビーズを用いてプルダウンし,抗ユビ キチン抗体を用いてウエスタンブロットした.B-D. A20 ZF7 と直鎖状ユビキチンとの共結晶構造の全体像 (B),及び遠位ユビキチン(C)と近位ユビキチン(D)の認識部位. 2.B 細胞リンパ腫発症における直鎖状ユビキチン制御の重要性 A20 は NF-κB 活性化に伴って顕著に誘導される標的遺伝子であり,NF-κB のネガティブフィードバック機構とし て重要な役割を果たす.したがって,A20 のノックアウトマウスは NF-κB 活性が過剰亢進するため,メンデル則に従 って出生するものの1週後から多臓器に重篤な炎症が起こる.一方,ヒトでの A20 遺伝子変異は主に B 細胞リンパ腫 を引き起こし,さらに A20 の遺伝子多型(SNPs)は,全身性エリテマトーデス,関節リウマチ,乾癬,セリアック 病,クローン病,I 型糖尿病など自己免疫疾患や炎症性疾患発症に関わる. B 細胞リンパ腫は悪性リンパ腫の一種で, 特徴的な多核細胞が現れるホジキンリンパ腫とそれ以外の非ホジキンリンパ腫に大別され,本邦では非ホジキンリンパ 腫患者が多い.A20 遺伝子変異はホジキン・非ホジキン両リンパ腫を引き起こし,現在では B 細胞リンパ腫発症原因の 約 18%を占めるに至っている.これまでに,多数の A20 遺伝子のノンセンス変異やミスセンス変異が同定されたが, これらの結果からインタクトな ZF7 を欠損すると,大部分の A20 が発現されたとしても B 細胞リンパ腫を引き起こす ことが明らかにされている. そこで我々は,非ホジキンリンパ腫を引き起こす A20 ZF7 内のミスセンス変異として同定された Asn772→Lys (N772K)変異体と Glu781→Asp(E781D)変異体に着目して解析を進めたところ,これらの変異によって ZF7 の直鎖 状ユビキチン結合能が喪失すること(図 3A),野生型の A20 では TNF-α 刺激直後に TNF 受容体へ集積して IKK や LUBAC の受容体への会合を調節しているが,ZF7 変異体では刺激後の TNF 受容体への集積が低下するため NF-κB 活性が抑制されないことを突き止めた(図 3B)6). 4 図 3. B 細胞リンパ腫を引き起こす A20 変異では直鎖状ユビキチン結合能が喪失し,TNF 受容体への集積が不全にな る. A.非ホジキンリンパ腫で見いだされた N772K,E781D 変異をもつ A20 ZF7 は直鎖状ユビキチンに結合できな い. 直鎖(M1),K48,K63 型ジユビキチンと GST-A20 ZF7 野生型及び N772K,E781D 変異との結合を GST プルダウンによって解析した.B.A20 野生型及び ZF7 の欠損や変異体の TNF 受容体への集積.FLAG-TNFα を用いて刺激後,TNF 受容体に結合した A20 を免疫沈降によって同定した. これらの結果は,A20 は ZF7 の直鎖状ユビキチン結合能を介して受容体近傍に集積していること,その不全は NFκB 活性の持続的亢進となり B 細胞リンパ腫を発症させることを示唆している(図 4).したがって,直鎖状ユビキチ ン結合性を標的として NF-κB 活性を抑制することで新たな創薬が期待できると考えられる. 5 図 4. A20 の直鎖状ユビキチン結合不全による NF-κB 経路の持続的亢進と B 細胞リンパ腫発症機構. 正常細胞では NF-κB 活性化に伴って A20 が発現し,受容体近傍の直鎖状ユビキチンに結合することで LUBAC や IKK の活性を制御するが,A20 ZF7 の変異によって直鎖状ユビキチン結合能を喪失すると,受容体 への集積が不全になり,NF-κB 抑制が減弱する.その結果,持続的な NF-κB 活性亢進が B 細胞リンパ腫を引 き起こすと示唆される. 共同研究者 A20 ZF7 と直鎖状ユビキチンとの共結晶構造解析は東京大学大学院理学系研究科の濡木 理教授グループとの共同研 究である.ここに深く感謝します. 文 献 1) Kirisako, T., Kamei, K., Murata, S., Kato, M., Fukumoto, H., Kanie, M., Sano, S., Tokunaga, F., Tanaka, K. & Iwai, K. : A ubiquitin ligase complex assembles linear polyubiquitin chain. EMBO J., 25 : 4877-4887, 2006. 2) Tokunaga, F., Sakata, S., Saeki, Y., Satomi, Y., Kirisako, T., Kamei, K., Nakagawa, T., Kato, M., Murata, S., Yamaoka, S., Yamamoto, M., Akira, S., Takao, T., Tanaka, K. & Iwai, K. : Involvement of linear polyubiquitylation of NEMO in NF-κB activation. Nat. Cell Biol., 11 : 123-132, 2009. 3) Tokunaga, F., Nakagawa, T., Nakahara, M., Saeki, Y., Taniguchi, M., Sakata, S., Tanaka, K., Nakano, H. & Iwai, K. : SHARPIN is a component of the NF-κB activating linear ubiquitin assembly complex. Nature, 471 : 633-636, 2011. 4) Tokunaga, F. & Iwai, K. : LUBAC, a novel ubiquitin ligase for linear ubiquitination, is crucial for inflammation and immune responses. Microbes Infect., 14 : 563-572, 2012. 5) Tokunaga, F. & Iwai, K. : Linear ubiquitination: a novel NF-κB regulatory mechanism for inflammatory and immune responses by the LUBAC ubiquitin ligase complex. Endocrine J., 59 : 641-652, 2012. 6) Tokunaga, F., Nishimasu, H., Ishitani, R., Goto, E., Noguchi, T., Mio, K., Kamei, K., Ma, A., Iwai, K. & Nureki, O. : Specific recognition of linear polyubiquitin by A20 zinc finger 7 is involved in NF-κB regulation. EMBO J., 31 : 3856-3870, 2012. 6
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