見捨てられ不安とポジティブバイアスとの関連 ○樋口隆太郎 1・串崎真志 2 (1 関西大学大学院心理学研究科・2 関西大学文学部) キーワード:楽観主義バイアス,楽観性,喪失 The relationship to abandonment anxiety and positive bias. Ryutaro HIGUCHI1 and Masashi KUSHIZAKI2 (1Graduate School of Psychology, Kansai Univ., 2Faculty of Letters, Kansai Univ.) Key Words: optimism bias, positivity, loss 目 的 人は生きていくなかで様々な出来事を体験する。同じこと が起きても,楽観的に捉えられる人がいる一方で,悲観的に 捉える人もいるように,楽観性は個人差のあるものである。 しかし,年齢,人種,社会経済的地位にかかわらず,あらゆ る人がもっているとも言われている(Weinstein, 1987)。未 来に肯定的な出来事が起こる可能性を過大視し,否定的な出 来事が起こる可能性を過小評価する傾向は, 「楽観性バイアス」 と言われるが(Weinstein, 1980),ポジティブバイアス (positive bias: PB)とも言われている。PB は脳の機能と して備わっており(Sharot, 2011, Sharot et al., 2012), 人は「ざっくりとした信頼モード」を基本としながら他者と 関わっているという(串崎,2013)。 しかしながら,PB にはいまだ不明な点もある。人が他者を 信頼するには,互いが互いにポジティブなイメージを抱いて いることを意味する(串崎,2013)ため,アタッチメントス タイルが PB へ影響しうることが予想される。また,感情を再 評価する方略をとると,過去をポジティブに意味づけする (Levine et al., 2012)が,未来に対してはわかっていない。 本研究では,感情を捉えなおそうとする働きや愛着スタイ ルが PB にどのように影響しているのかを検証することを目 的とする。 方 法 参加者 教養科目の心理学を受講する大学生 169 名(男性 98 名,女性 71 名)が参加した。参加者の平均年齢は 18.8(SD = 1.0)歳であった。 項目 (1)日本語版感情調節尺度(吉津ほか,2013)の再 評価方略 6 項目, (2)成人愛着スタイル尺度(中尾・加藤, 2004)32 項目, (3)今後 1 年間で喪失( 「ガン」, 「交通事故」, 「失恋」, 「友達との別れ」)が自分に起こると思う確率 4 項目, (4)簡易気分調査票日本語版(田中,2008)9 項目, (5)操 作チェック 4 項目 手続き 調査者から個人情報の保護等の研究倫理に関する 説明を口頭と文書で行なったうえで同意した場合にのみ,同 意書に記入し,参加した。参加者は,感情調節,愛尺スタイ ルに回答したのち,喪失に対する主観的確率を回答した。ま た,現在の気分についても回答した。その後,喪失が実際に 起こる確率を提示されたうえで,再度,喪失に対する確率を 回答した。所要時間は 15 分程度であった。 結 果 回答に不備が見られたものを除き,147 名が分析対象とな った。 まず,実際の確率提示前に回答した主観的確率をプレ,提 示後に回答した主観的確率をポストとし,プレポストの差分 の合計を PB の値とした。そして,PB を目的変数とし,感情 の再評価方略,見捨てられ不安,親密性の回避,ネガティブ 気分,ポジティブ気分を説明変数とした,ステップワイズ法 による重回帰分析を行なった。その結果,「見捨てられ不安」 のみが回帰式に投入された(R2 = .046, F[1,145] = 7.070, p < .01)。見捨てられ不安が高いほど,PB が強くかかるという ことが示された(β = .216, p < .01)。 さらに,男女間で各要因間の相関に違いが見られたため, 男女別の重回帰分析を実施したところ,男性の場合にのみ, 「見捨てられ不安」が回帰式に投入される結果となった(R2 = .110, F[1,83] = 10.257, p < .01)。見捨てられ不安が高 いほど,PB が強くかかるということが示された(β = .332, p < .01)。ともに,結果を Figure 1 に示す。 2 R = .05 / .11 見捨てられ 不安 ** ** .22 /.33 ** ポジティブ バイアス p < .01, (全体 / 男性) Figure 1 重回帰分析結果 また,PB の強さが男女で異なるかを t 検定で比較したとこ ろ,女性(M = 36.1, SD = 44.3)よりも男性(M = 20.2, SD = 29.1)のほうが PB が弱かった(t [98] = -2.452, p < .05, d = .44)。 考 察 愛着スタイルの「見捨てられ不安」が PB に影響すること, また,その傾向は男性で強くなることが示唆された。人の脳 は他者から疎外されることに敏感であるが,そのような特徴 が強い場合,精神的な安定をはかるためにポジティブな錯覚 が起こりやすくなっているという可能性が考えられる。 本研究では確率判断の内容が喪失に限られていた。この提 示内容が不安を喚起させる要因となった可能性や,性差を見 出した可能性があり,さらなる検討が必要とされよう。 引用文献 串崎真志 (2013). 心は前を向いている 岩波書店 Sharot, T. (2011). The optimism bias. Current Biology, 21(23), 941-945. Sharot, T., et al. (2012). Selectively altering belief formation in the human brain. PNAS, 109(42), 17058-17062. Weinstein, N. D. (1987). Unrealistic optimism about susceptibility to health problems: conclusions from a community-wide sample. Journal of Behavioral Medicine, 10(5), 481-500.
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