アルカリ骨材反応が生じたPC橋の調査、診断と対応事例

土木技術資料 55-7(2013)
現場に学ぶメンテナンス
アルカリ骨材反応が生じたPC橋の調査、診断と対応事例
1.はじめに
PC桁
橋軸方向のひび割れ
ア ル カ リ 骨 材 反応 ( 以 下「 ASR」 と い う 。) は
コ ン クリ ート 構造 物の 劣化 現 象の 1つ で、 コン ク
リート中のアルカリ成分と特定の骨材が水の介在
により化学反応を起こし、骨材の周囲に膨張性の
物質が生成される現象です。この 現象によりコン
写真-2
舗装面とPC桁上面のひび割れ状況
クリートは膨張し、ひび割れの発生や鉄筋が破断
の も あ り 、 ま た 、 PC桁 上 面 の み に 生 じ て い る ひ
した事例も報告されています。このようなひび割
び 割 れ も あ る こ と が 分 か り ま し た 。 ま た 、 PC桁
れや鉄筋の破断は、構造物の安全性や耐久性に関
側 面 の ひ び 割 れ は 、 幅 が 2.0mm以 上 の も の も あ
わることから、適切な対応が求められます。
り、目視でひび割れを挟んだ コンクリート表面の
本 稿 で は 、 ASRに よ り PC桁 に 沿 っ て 橋 軸 方 向
目違いが確認されたことから、通常の曲げやせん
の ひ び 割 れ が 生 じ た PC中 空 床 版 橋 へ の 対 応 事 例
断 、 収 縮 等 に 伴 う ひ び 割 れ で は な く 、 ASRに 起
を紹介します。
因 し た 膨 張に よ る ひび 割れ が 疑 わ れま し た 。(写
2.明橋の概要
真-1,写真-2)。
対象の明(あきら)橋は、茨城県常総市にある
3.ひび割れの原因推定と診断
それぞれ長さが16.5mのプレテンPC中空床版が2
ひび割れの原因究明と構造物の健全性を確認す
連 か ら な る 橋 長 33mの 橋 で 、 昭 和 58年 に 竣 功 し
るため、以下の検討を行いました。
ま し た ( 図 -1)。 な お 、 竣 功 か ら 今 ま で 床 版 防 水
3.1 原因究明のための調査
は行われていませんでした。
採取したコンクリートコアを観察したところ、
平 成 21年 の 橋 梁 点 検 時 に 、 PC桁 側 面 お よ び 下
骨 材 の 輪 郭 部 に ASRの 特 徴 で あ る 白 色 の 滲 出 物
面全面、舗装面の一部に橋軸方向のひび割れが確
を 確 認 し ま し た ( 写 真 -3)。 ま た 、 弾 性 係 数 を 調
認されました。舗装面のひび割れについて、その
べ た とこ ろ、 健全 な場 合に 比 べ約 6割 まで 低下 し
後 の 開 削 調 査 に よ り PC桁 上 面 の ひ び 割 れ が 起 点
て お り 、 同 じ く ASRの 特 徴 で あ る 弾 性 係 数 の 低
となり、同じ位置で舗装が全厚ひび割れているも
下が生じていたことから、ひび割れの原因は
ASRに よ る も の と 推 定 さ れ ま し た 。 参 考 ま で に
白色の滲出物の元素分析や顕微鏡観察など詳細な
調査を行った結果、白色の滲出物はゼリー状であ
ることが確認され、成分
分析の 結果 、 Si(ケ イ素 )を
図-1
明橋の橋梁一般図
白色の滲出物
主成分としたゲルを含ん
でいたことから、ひび割
ひび割れ部に目違いあり
れ の 原 因 は ASR と 判 断 し
ました。
写真-3
コア断面の観察
3.2 健全性確認のための調査
ひび割れの進展や弾性係数の低下により、部材
ひび割れ幅 2.0mm
写真-1
断面の一体性損失やたわみ増大による安全性と使
用性の低下が懸念されたことから、荷重車両
PC桁側面のひび割れ状況
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土木技術資料 55-7(2013)
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空床版内に水抜き孔を設置
なお、桁側面及び桁下面のコンクリート表面保
護は、遮水効果と内在水分低減のため通気性を有
する含浸材を塗布しました。
写真-4
荷重車両による静的載荷試験
( 20t×2台 ) を 使 用 して静 的 載 荷試 験 を行 い まし
た(写真-4)。
PC桁側面のひび割れが顕著に表れていた第2径
間 ( P1-A2) の G1桁 支 間 中 央 部 に 載 荷 し た 結 果 、
本載荷試験の荷重レベル範囲内での最大たわみ量
と面的なたわみ分布は、いずれもひび割れが生じ
図-2
ASRの対策図
4.2 追跡調査計画
ておらず弾性係数も低下していないと仮定した計
ASRは そ の 進 行 が い つ ま で 続 く の か 、 そ れ に
算値の半分程度で、設計で想定する剛性が概ね失
よる変状がどの程度まで拡大するのかを正確に予
われていないことが
測することは困難であるため、本橋の場合にも経
分かりました。なお、
過観察が必要と判断されました。
ひび割れ深さは、最
ひび割れの進展により安全性や供用性、耐久性
ひび割れ深さ
約55mm
大でもせん断補強鉄
の低下が懸念されることから、桁側面に、ひび割
筋付近に留まってい
れの開きを観察するためのひずみ計測機器を設置
ました(写真-5)。
3.3 診断
し、定期的に追跡調査を行うこととしました。
写真-5
コアによるひび割れ深さ
載荷試験による面的なたわみ分布や桁側面のひ
5.教訓 1
ずみ分布から、載荷に伴い線形挙動を逸脱する動
PC部 材 で も ASRに よ る 変 状 が あ る こ と は こ れ
きはなかったこと、複数個所でひび割れの開きや
までも知られていましたが、一般に品質に優れる
ずれはなかったことが分かりました。既に路線と
と 考 え ら れ て い る 工 場 製 作 の プ レ テ ン PC部 材 で
して8tに重量規制されており、8t車が橋梁上に満
も ASRに よ る 顕 著 な 変 状 が 生 じ る こ と は あ ま り
載の場合でも本載荷試験より安全側の載荷条件と
報 告 さ れ て き ま せ ん で し た 。 PC橋 の 点 検 や 診 断
なることから、今のところ現行の重量規制を継続
に あ た っ て は 、 PC部 材 と し て の 種 類 や 製 作 方 法
することとしました。
に 関 係 な く ASRが 生 じ て い る 可 能 性 も 念 頭 に お
いて慎重に状態の評価をすることが必要です 。
4.対策工
載荷試験では、従来の載荷試験同様、設計や解
4.1 対策方針と措置
ASR は 、 水 の 介 在 に よ り 反 応 が 促 進 さ れ る こ
とから、遮水が重要です。ただし、コンクリート
の内在水分を封じ込めると新たな水分の供給がな
くても反応が続く恐れがあることに注意する必要
があります。上記を踏まえ本橋では、以下の対策
を実施しました(図-1)。
1)雨水の供給遮断を目的として床版防水、伸縮
装置取替による止水機能の回復、 ひび割れ補
析結果に対して、著しく小さなたわみしか計測さ
れませんでした。ひび割れ深さやひずみ分布、た
わみ分布などの総合的な情報をもとに、安全性や
使用性を判断する必要があります。
本件は、茨城県常総市、関東地方整備局と協力
して対応しました。この場を借りて、関係各位に
感謝の意を表します。
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修、コンクリート表面保護を実施
2)万一、コンクリート内に雨水が供給された際
の速やかな排水を目的として、床版上面と中
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国土交通省国土技術政策総合研究所
道路研究部道路構造物管理研究室長 玉越隆史
茨城県常総市
都市建設部道路課長 柴田 稔
独立行政法人土木研究所構造物メンテナンス研究センター
橋梁構造研究グループ
上席研究員 木村嘉富
同
主任研究員 和田圭仙