QT延長症候群の致死性不整脈発生機序解明

 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)
156. QT 延長症候群の致死性不整脈発生機序解明
馬場 志郎
Key words:iPS 細胞,致死性不整脈,心臓自律神経,
QT 延長症候群
京都大学 大学院医学研究科
発生発達医学講座 発達小児科学教室
緒 言
終末分化した体細胞から遺伝子導入によって作製されたヒト人工万能細胞(ヒト iPS 細胞)は 2007 年,山中らによ
って発表され,細胞移植治療,創薬開発,疾患病態研究に対して大きなインパクトを与えた 1).これら利用法の中で我
々は致死性不整脈疾患の不整脈誘発機序について研究する実験系について検討を行ってきた.
不整脈は,運動や体調変化,自律神経系の調節などによって誘発される.不整脈の起こりやすさについては心筋細胞
膜上イオンチャネルの異常や心筋内外のイオン動態の異常,場合によっては心筋細胞の構造や刺激伝導系の異常などに
よることが知られており,従来から多くの研究が報告されている 2-4). しかしその誘因については,臨床研究レベルにお
いて,前述したように運動,感情変化,体調の変化などが知られているが,基礎研究的に証明されたものはほとんどみ
られない 5).
我々は,これら誘因の一つである心拍変動,つまり自律神経の心臓調節に注目して基礎研究を行うことを目標とし
た.そのために,神経細胞と心筋細胞の共培養系の確立が必要となってくる.今回正常ヒト iPS 細胞を用いて,致死性
不整脈誘発機序解明に繋がる実験系の開発に成功したので報告する.
方 法
1.患者選択と皮膚線維芽細胞採取と iPS 細胞作製
hERG 遺伝子に A422T 変異が確認され,心電図上も QT 時間の延長を認める QT 延長症候群 2 型患者(LQT2)
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歳,女性)と,過去に大きな病気の既往歴なく,心電図上も特に異常のない健常人(49 歳,男性)から(図 1)直径
3 mm 深さ 5 mm のサイズの皮膚を脹脛の部分から採取した.Gladstone 研究所(San Francisco)の山中研究室,Bruce
R. Conklin 研究室との共同開発で,これら皮膚組織から得られた皮膚線維芽細胞に Oct3/4,Sox2,Klf4,c-Myc 遺伝
子をレトロウイルスで導入して iPS 細胞を作製した.iPS 細胞の未分化性,多分化能の確認は,未分化マーカーによる
免疫染色,RT-PCR 法かつ qPCR 法を用いた上記 4 因子の Endogenous gene,Exogenous gene の定性,定量,in vitro
での胚様体作製法を用いた三胚葉分化,in vivo(SCID マウス精巣内)でのテラトーマー形成によって行った.
2.細胞培養方法
iPS 細胞の未分化維持は,mTeSR(StemCell Technologies)を用いてマトリゲルコート皿(R&D)の上で行った.
継代時の細胞剥離は Accutase(Invitrogen)を用いて行った.
3.心筋細胞分化
iPS 細胞分化は,以前報告された心筋分化法を用いて行った 6).簡単に述べると,80〜90%コンフルエントの iPS 細
胞上にマトリジェルを上から流し込み,100%コンフルエントに達したところで 100 ng/mL Activin A(R&D),5 ng/
mL BMP-4(R&D),5 ng/mL basic FGF(R&D)を順に加えていった.その後,RPMI-1640(Invitrogen)に B27
Suppliment(GIBCO)を加えた分化培養液を3日に1回交換し,分化培養を継続した.
1
4.神経細胞分化
未分化 iPS 細胞を Collagenase IV 1 mg/ml(Invitrogen),Dispase 0.5 mg/ml(Invitrogen)で剥離し,維持培養液
に 10% mTeSR(StemCell Technologies),10μM Rock-inhibitor(Y-27632,MILLIPORE)を混入させた分化培養液
を用いて Ultra-low attachment plate 上で浮遊培養を行った.浮遊培養5日前に,作製した胚様体を,CELLstart
matrix でコートした培養皿に移し替え,KODMEM(Sigma)に×100 StemPro neural supplement(Invitrogen)と
1% GlutaMAXTM(Invitrogen)を添加した神経分化培養液で分化培養を継続した.接着した細胞のうちロゼッタ形成
している細胞集団を器械的にピペットで剥離した後に 0.25% Tripsin/EDTA(Invitrogen)で酵素的に単細胞にし,
Cellstart matrix コート培養皿上で神経分化培養液を用いて更なる分化培養を行い成熟神経細胞を得た.
5.神経細胞と心臓細胞との共培養
分化した心筋細胞をトリプシン処理後に剥離単離し,別の培養皿で分化した神経細胞上に静置した.静置翌日から心
筋分化培養液を2〜3日毎に交換した.
6.免疫染色
培養皿上の細胞を 4% Paraformaldehyde を用いて 4℃15 分間固定し,一次抗体を 4℃一晩,その後二次抗体を室温
1時間で反応させた.細胞核は 1 mg/ml Hoechst33342(Invitrogen)を用いて 10 分間染色し,蛍光顕微鏡で観察し
た.一次抗体は Goat anti-Nanog antibody(1:50,R&D Systems),Mouse anti-Oct3/4 antibody(1:100,Santa Cruz),
Rabbit anti-Sox2 antibody(1:100,Abcam),Mouse anti-TRA1-81(1:100,MILLIPORE),Mouse anti-cardiac toroponin
T(cTnT)antibody(1:200,Thermo Scientific(NEO MARKERS)),Rabbit anti-ANP antibody(1:100,Santa
Cruz),Rabbit anti-BNP antibody(1:500,Peninsula Lab),Rabbit anti-Connexin43(Cx43)antibody(1:200,Santa
Cruz),Mouse β-III-tubulin(βIII T)antibody(1:200,Covance),Rat anti-HCN4 antibody(1:50,Santa Cruz)を
使用した.二次抗体は Alexa 488-donkey anti-goat IgG(1:500,Invitrogen),Alexa 488-goat anti-mouse IgG(1:500,
Invitrogen),Alexa 488-goat anti-rabbit IgG(1:500,Invitrogen),Alexa 488-goat anti-mouse IgM(1:500,Invitrogen),
Alexa 555-goat anti-mouse IgG(1:500,Invitrogen),Alexa 555-goat anti-rabbit IgG(1:500,Invitrogen),Alexa 555goat anti-rat IgG(1:500,Invitrogen)を用いた.
7.定性的,定量的 PCR 法(qPCR),シークエンス解析
細胞を Trizol(Invitrogen)で処理し,RNA 抽出後,SuperScript III kit(Invitrogen)を用いて cDNA を作製し
た.cDNA は作製した PCR プライマーまたは Taqman Probe(Applied Biosystems)を用いて PCR 反応を行った.
DNA 抽出は QIAGEN の DNA Extraction Kit を用いて DNA 抽出を行った.DNA または cDNA シークエンスは
ABI PRISM のシークエンサーを用いて自動解析を行った.
8.心筋細胞の拍動数評価,薬剤負荷試験
iPS 細胞分化開始より 30〜40 日の間で拍動をしている細胞を顕微鏡下で確認し,拍動数をカウントした.
9.オプティカルマッピング法
iPS 細胞から分化した拍動心筋細胞を di-8-ANEPPS(Invitrogen)を用いて 37℃,30 分間インキュベート後に PBS
(-)で3回洗浄後,分化培養液に置き換えた.拍動している心筋細胞の活動電位変化に伴って起こる蛍光輝度変化を蛍
光顕微鏡を用いて記録し,活動電位時間を測定した.
10.MED64 システム
64 個の電極が培養皿中央に埋め込まれている MED64 プローベ上に,トリプシンで単細胞レベルまで剥離分離した
分化心筋細胞を静置させ,分化培養液で培養した.静置後数日から1週間程度で拍動がみられ,MED64 システムを用
いて活動電位の記録と解析を行った.解析は他研究機関の当実験とは無関係な第三者に委託した.
11.統計
統計は,Paired t-test または Unpaired t-test を用いて,p<0.05 を有意とした.
2
結 果
1.作製した iPS 細胞の遺伝子変異同定と多分化能評価
心電図上の QT 時間を Bazett 補正式で心拍補正を行った QT 時間(QTc)は,健常人コントロールで 433 msec,
LQT2 患者で 493 msec であった(正常は 450 msec 未満)
(図 1A).コントロールと LQT2 患者から得られた皮膚線維
芽細胞の Ikr チャネルをコードする hERG 遺伝子を解析した結果,LQT2 患者のみで臨床上有すると診断されていた
A422T(1264 G>A)が確認された(図 1B).コントロールと LQT2 患者からの皮膚線維芽細胞に Oct3/4 , Sox2 ,
Klf4,c-Myc をレトロウイルスで導入し iPS 細胞を作製した.作製した iPS 細胞株から導入遺伝子のサイレンシングが
確認された細胞株(コントロール,LQT2 患者由来 iPS 細胞株から実験のために選択した iPS 細胞株をそれぞれ Con1,
LQT2d と記載する)を選択し,それぞれの細胞株が未分化マーカーを発現していること,正常核型を保持しているこ
と,Oct3/4 プロモーター領域の脱メチル化が見られることを確認した(図 2A-D).また,Con1,LQT2d から in vitro
で三胚葉分化を行ったところ,いずれの細胞も AFP 陽性肝細胞,αSMA 陽性平滑筋細胞,βⅢチューブリン陽性神
経細胞に分化した.更にこれら Con1,LQT2d を SCID マウスの精巣に注射すると,三胚葉すべてを含有するテラトー
マを形成した.これらの結果から選択した iPS 細胞株は多分化能を有すると判断された(図 3A,B).
図 1. 健常ヒトコントロールの QT 延長症候群患者の臨床データ.
A)心拍補正した QT 時間 (QTc: 各心電図の黒線)は正常コントロールで 433 msec,LQT2 患者で 493 msec
であった.B)hERG 遺伝子のシークエンスの結果,LQT2 患者のみで A422T 変異(1264 G>A)を認めた.
3
図 2. 選択した iPS 細胞の初期化確認.
A)LQT2 患者より作製した iPS 細胞(LQT2a-d)のうち,LQT2d で導入遺伝子( Oct3/4 , Sox2 , Klf4 , c-
Myc )のサイレンシングが確認された.(赤のアスタリスク)健常ヒトコントロールから作製した iPS 細胞
(Con1)の導入遺伝子のサイレンシングも同様に確認されている.hES: ヒト ES 細胞,4Fs-HDF:4 遺伝子直後
の皮膚線維芽細胞,HDF:皮膚線維芽細胞.B)Con1,LQT2d とも未分化マーカーである Nanog,Oct3/4,
Sox2,Tra1-81 の発現(いずれも緑)が確認された.核は Hoechst33342 で染色されている(青).スケールは
50μm.C)Con1,LQT2d とも正常ヒト核型を保持していた.D)Oct3/4 プロモーター領域のメチレーション
パターンを確認したが,Con1,LQT2d いずれも未分化細胞へのリプログラミングが行われていると考えられ
た.HDF:皮膚線維芽細胞.黒丸:閉,白丸:開.
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図 3. in vitro, in vivo での多分化能の確認.
A)Con1,LQT2d とも in vitro で AFP 陽性肝細胞(内胚葉),αSMA 陽性平滑筋細胞(中胚葉),βⅢT 陽性
神経細胞(外胚葉)に分化した.核は Hoechst33342 で染色されている(青).スケールは 50μm.B)LQT2d
はマウス精巣内でテラトーマを形成し,内に腸管(左図),軟骨(中図),神経(右図)組織を確認した.スケー
ルはいずれも 100μm.
2.QT 延長症候群 2 型患者 iPS 細胞から分化した心筋細胞の電気生理学的特性
Con,LQT2d から心筋分化を試み,図 4A に示すように様々な心筋細胞マーカーを発現する心筋細胞が得られた.
これら心筋細胞を未分化心筋かつ心房筋マーカーである MLC2a と成熟心室筋マーカーである MLC2v で二重染色し
たところ,90%程度の心筋細胞が成熟心室筋細胞に分化していることが示された.これら分化した心筋から cDNA を
採取し,hERG 遺伝子のシークエンスを行ったところ,LQT2d 由来心筋細胞でのみ A422T(1264 G>A)変異を認め
た(図 4B).hERG 遺伝子 A422T 変異は,過去の文献から細胞内の Ikr チャネル成熟不全が起こり,細胞膜上の Ikr
チャネル密度低下が起こるために活動電位延長が起こるといわれている.それを確認するために,パッチクランプ法で
Con1,LQT2d から得られた心筋細胞の解析を行った.細胞膜上の Ikr 電流を測定するために E4031 負荷前後の遅延性
電流を測定した.その結果,Con1 由来心筋細胞の遅延性電流は E4031 負荷前にはっきり認めたが,E4031 負荷後には
有意に低下した(図 4C,D,G).逆に LQT2d 由来心筋細胞の遅延性電流は E4031 負荷前も小さく,Con1 由来心筋細
胞と比べて E4031 負荷前後で明らかな差を認めなかった(図 4E,F,H).このことから Ikr チャネルを通過する遅延
電流量が LQT2d 由来心筋細胞で有意に少ないことが判明した.これら心筋細胞膜上の Ikr 電流の定量を行うと,Con1
由来心筋細胞に比べて明らかに LQT2d 由来心筋細胞で Ikr 電流の低下がみられた(図 4I).この原因が遺伝子変異の
報告から LQT2d 由来心筋細胞膜上の Ikr チャネル濃度低下が考えられたためその濃度を測定すると,Con1 由来心筋
細胞に比べて LQT2d 由来新規細胞で有意に Ikr チャネル濃度が低下していた(図 4J).次に,心筋細胞の活動電位を
オプティカルマッピング法を用いて測定すると,Con1 由来心筋細胞に比べて LQT2d 由来心筋細胞で有意に活動電位
時間の延長(臨床心電図上の QT 時間の延長を意味する)を認めた(表 1).以上の結果より,LQT2 患者より作製し
た iPS 細胞は,過去に報告された hERG 遺伝子の A422T 変異の Phenotype を反映しており,今後の更なる実験に使用
できると考えられた.
5
図 4. Con1,LQT2d 由来心筋細胞の電気生理学的比較.
A)Con1,LQT2d から分化した心筋細胞は cTnT,MLC2v,MLC2a(以上は全て緑),Cx43(赤),を発現し
ており,それぞれ a),b)に示す様に成熟心筋細胞にみられる横紋構造が確認された.核は Hoechst33342 で染
色されている(青).スケールは 50μm.B)分化した LQT2d 由来心筋細胞の cDNA シークエンスで,hERG
遺伝子に LQT2 患者にみられる同じ変異が確認された.C-H)Con1,LQT2d 由来心筋細胞のイオンチャネル電
流を測定すると遅延生電流が確認され(C,E),Ikr ブロッカーの E4031 を投与すると,その電流の Ikr 電流成
分がブロックされた(D,F).各々の遅延性イオンチャネル電流成分を拡大して(G),
(H)に示す.I)Con1,
LQT2d 由来心筋細胞の細胞膜単位面積あたりの Ikr 電流を測定すると有意に LQT2d 由来心筋で少なかった.
J)Con1,LQT2d 由来心筋細胞膜上の Ikr イオンチャネル濃度を測定すると,有意に LQT2d 由来心筋細胞で低
かった.*:p < 0.05,**:p < 0.01(Unpaired t-test).
6
表 1. Con1,LQT2d 由来心筋細胞の活動電位時間の比較
Con1 由来心筋細胞と比べて LQT2d 由来心筋細胞で有意に活動電位時間の延長を認めた.
APD90c:活動電位が基線の 90%まで回復するまでの時間(APD90)を Bazett の補正式
を用いて心筋拍動数で補正した値.*:p < 0.01, Unpaired t-test.
3.in vitro での心筋細胞に対する神経細胞調節
心筋細胞と神経細胞の共培養系を確立するために,Con1,LQT2d から神経細胞を作製した.作製した神経細胞は β
Ⅲ-チューブリンを発現し,qPCR において,交感神経や副交感神経で発現するチロシン水酸化酵素(TH),コリンア
セチルトランスフェラーゼ(ChaT)の分泌が確認され,ある程度成熟した神経を作製できたことが確認された(図
5A,B).これら作製した心筋細胞と神経細胞を培養皿上で共培養させ,心筋細胞に対する神経支配を認めるか神経細
胞と接触のある心筋細胞 (図 5C),神経細胞を含めた他の細胞との接触のない心筋細胞の拍動数を評価した.心筋細
胞と神経細胞との組み合わせは,Con1 由来心筋細胞(Con1-CM)と Con1 由来神経細胞(Con1-Neu)または LQT2d
由来神経細胞(LQT2d-Neu),LQT2d 由来心筋細胞(LQT2d-CM)と Con1 由来神経細胞(Con1-Neu)または LQT2d
由来神経細胞(LQT2d-Neu)の4パターンとした.いずれの組み合わせにおいても神経細胞と接触がない心筋細胞の
拍動数が多く,逆に神経細胞と接触がある心筋細胞の拍動数が少なかったが,各細胞の組み合わせにおいて心筋細胞に
接触している神経細胞の有無においては有意な差を認めなかった(図 5D).
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図 5. 神経細胞の心筋細胞拍動コントロール.
A)Con1,LQT2d いずれからも効率良く βIII-チューブリン陽性細胞が分化した.スケールはいずれも 50μm.
B)qPCR で定量すると,分化した心筋は交感神経マーカーである TH,副交感神経マーカーである ChaT を発
現していた.C)神経細胞と心筋細胞の共培養中で,神経細胞と心筋細胞の接触がある細胞集団の代表的な図.
スケールは 100μm.D)神経細胞と接触のある心筋細胞の拍動数(白)は,神経細胞と接触の無い心筋細胞の
拍動数(黒)より少ない傾向があった.
4.心筋細胞の活動電位の測定
心筋細胞の拍動数において神経細胞支配の有無はある一定の傾向を認めるものの明らかな差を認めなかったため,次
に活動電位に対する神経支配の影響を調べるために MED64 システムを使用した.iPS 細胞から分化させた心筋細胞
をトリプシンで剥離単離し,MED64 プローベに静置培養し直した.免疫染色により,静置し直した Con1 由来心筋細
胞または LQT2d 由来心筋細胞ののそれぞれ 87.9±2.4%,86.8±3.5%が MLC2v 陽性の心室筋であることが判明した
(図 6A).MED64 プローベに剥離単離した心筋細胞を図 6B のように培養し(心筋トロポニン T 陽性の緑の細胞が心
筋細胞,各黒いドットが培養皿に埋め込まれた電極),図 6B 右図に示す様な活動電位を測定した.その結果,オプテ
ィカルマッピング法で測定した結果と同様に,Con1 由来心筋細胞に加えて LQT2d 由来心筋細胞で有意に長い活動電
位が測定された(図 6C).
8
現在,MED64 プローベ上での心筋細胞と神経細胞の共培養の条件を検討中であり,MED64 プローベ上での安定し
た共培養方法が確立されれば,正常神経細胞または LQT2 患者由来神経の心筋細胞に対する活動電位的な影響が判明
すると思われる.
図 6. MED64 プローベを用いた心筋細胞活動電位測定.
A)MED64 プローベ上に剥離単離後に静置しなおした心筋細胞の 90%弱は MLC2v 陽性の成熟心室筋細胞(赤)
で,MLC2a 単独陽性の心房筋細胞(緑)は極一部であった.スケールは 50μm.B)MED プローベに作製した
心筋細胞を培養し直したところ,1週間以内に自動拍動を再開した.緑が心筋トロポニン T 陽性心筋細胞.黒
いドットが電極.右図は,左図の各電極で記録された活動電位.C)LQT2d 由来心筋細胞は Con1 由来心筋細胞
に比べて明らかに活動電位時間が延長していた.活動電位時間は Bazzet の補正式で心拍変動補正を行った.
**:p < 0.01, Unpaired t-test.
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考 察
今回,我々は正常ヒト iPS 細胞,LQT2 患者 iPS 細胞由来の神経細胞と心筋細胞の共培養系の確立を模索し,単純な
胚様体作製法により作製された拍動コロニーの薬理学的検討で培養皿上でも心臓細胞に対する神経支配を観察する系
が確立可能であるという検討結果から,別々に分化培養した心筋細胞と神経細胞を後に共培養することで神経調節を受
けた心筋細胞を作製できることを試みたところ,心筋細胞への神経調節が確認された.活動電位などの電気生理学的検
討は現在進行中であり,今後のデータの集積,解析が必要と思われる.
過去,致死性不整脈の研究は多々行われているが,その誘因に対しての回答は多くが臨床研究の統計データによるも
のである 5).例えば心臓突然死の大きな原因疾患の一つである QT 延長症候群に注目すると,QT 延長症候群のトルサ
ーデポアンは致死性不整脈であり,QT 延長症候群患者の心臓突然死の原因となる.QT 延長症候群の中で QT 時間延
長が,先天的な心筋細胞上イオンチャネル異常が原因となるものを先天性 QT 延長症候群と呼び,約 1,000〜2,000 人に
1人の割合でみられる 8).この先天性 QT 延長症候群はイオンチャネル遺伝子変異によって約 13 の型に分かれている
3,7).1型(Iks
カリウムチャネル異常),2型(Ikr(hERG)カリウムチャネル異常),3型(SCN5A ナトリウムチャ
ネル異常)が主な型であり,遺伝子異常が判明している全先天性 QT 延長症候群の 70〜80%を占めている 8,10).先天性
QT 延長症候群は臨床的にはよく知られた疾患であるが,致死性不整脈発生機序については多くの未知な部分が残され
ている.致死性不整脈は1型では運動中または運動直後,2型では目覚まし時計などで驚いた時などの急激な感情変化
後,3型では睡眠中に起こりやすいと言われている 2,4).1型の致死性不整脈発生機序については一つの説が有力であ
る.その機序は,正常人では運動中の心拍数上昇とともに心臓拡張期に流れる冠動脈血流量を確保するために QT 時
間の短縮が起こる.しかし先天性 QT 延長症候群1型の患者ではこの QT 時間短縮が十分起こらず,運動中であって
も十分な冠動脈血流量が保されない.よって心筋は虚血状態になり致死性不整脈が起こると言われている.この治療
法として心拍上昇を抑える β ブロッカーが有効で,実際に致死性不整脈の発生を有意に抑えることが知られており,
β ブロッカー治療は1型に対しては確固たる治療法として確立されている.しかし,2型,3型については致死性不
整脈発生の誘因と心臓生理の間に説明できる機序が未だ明らかでない.
ここで再度2型,3型の致死性不整脈が起こる誘因(感情の変化や睡眠)を考えると,致死性不整脈の発生に自律神
経系の関与が疑われる.過去の報告において,片側の交感神経節切除によって QT 延長症候群が治癒したという文献
がある 10).更には,2011 年の第 32 回全米不整脈学会(Heart Rhythm Society)の Annual Scientific Session で治療困
難な QT 延長症候群の QT 時間延長が左心臓交感神経の切断で正常化したという臨床レベルの報告もあり,このこと
からも QT 時間の変動に自律神経の関与が疑われる.
以上の結果や過去の報告から,心臓の神経支配を明らかにすることで,不整脈発作の誘因の一部が明らかになる可能
性がある.しかし,心筋細胞の神経支配を細胞レベルの基礎研究的に明らかにした報告はなく,その実験系確立を目標
に基礎検討を行った.
今回の我々の結果においては,コントロール,LQT2 患者 iPS 細胞から別々に心筋細胞,神経細胞を分化させ,後に
共培養することで心筋拍動数が低下する傾向が確認された.この結果は,拍動心筋細胞が共培養によって主に副交感神
経様の支配を受けていたことが示唆された.実際我々の体内でも心臓自体は副交感神経優位の支配を受けていること
が知られており,十分納得できる結果であった.しかし,神経支配有無での心拍変動は明らかな有意差として認められ
なかった.これは,作製された心筋細胞の成熟度などを含めて様々な要素があると思われる.現在,心筋拍動数変化だ
けでなく心筋の活動電位時間についても MED64 システムを用いて検討中である.もし,コントロール iPS 細胞由来神
経細胞または LQT2 患者 iPS 由来神経細胞による心筋支配において心筋拍動数や活動電位時間に有意な差が認められ
れば,LQT 患者に対する薬物治療が今後変化していく可能性があると思われる.つまり,現在まで致死性不整脈に対
する治療は,不整脈発症予防のために心筋細胞に存在するチャネルや受容体に作用する薬剤を中心とした治療方針であ
ったが,不整脈の誘因の主が心臓自律神経活動によるものであれば,近い将来,致死性不整脈の誘因を抑制する薬剤
が,心筋細胞に対する薬剤から神経再細胞に対する薬剤の治療方針に変換していく可能性を秘めていると考えられた.
10
共同研究者
本研究の共同研究者は京都大学小児科所属の鶴見文俊,平田拓也,土井 拓,平家俊男,Gladstone 研究所(San
Francisco)の Bruce R Conklin である.本研究にご支援を賜りました上原記念生命科学財団に深く感謝いたします.
文 献
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