501 シンポジウム「各科におけるめまい疾患ならびにその取り扱い」 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 30, pp.501–505, 2002 心疾患とめまい・失神 はしもと のぶゆき 橋本 信行 駆症状を認めないことも多く,高齢者や冠危険因子を はじめに 有する患者では心疾患のスクリーニング検査が必要で ある。 心疾患患者のめまいは不整脈や心拍出量の低下が原 1.胸部レントゲン写真 因で一過性に全身の血圧が低下することにより生じ 心拡大(心胸郭比 > 50%)や肺動脈の拡張を認める る。その程度がさらに増悪すれば失神発作や心臓突然 死を惹起する可能性があり注意を要する。ここでは, 場合は心エコー検査を行う。大動脈石灰化や縦隔陰影 日常診療において比較的頻度の高い疾患を中心にその の拡大に注意し,大動脈瘤が疑われる場合は CT 検査 診断と治療について実際の症例を提示し解説する。 を行う。 2.心電図 症状のとらえ方 心肥大(高電位差,ST-T 変化),虚血性変化(異常 めまいは患者の自覚的訴えであるため,その性状は Q 波,ST-T 異常)を認める場合は心エコー検査を行 さまざまである。問診ではめまいが眼振を伴うような う。またδ波の有無(WPW 症候群),QT 時間(QT 回転性のめまい(回転型)か,床がふわふわする感じ 延長症候群)などを確認する。不整脈はめまいの原因 (動揺型)か,気が遠くなるような失神や立ちくらみ として頻度が高いが,非発作時には異常所見を認めな (失神型)なのかを区別することが大切である。回転 いことが多いので,24 時間ホルター心電図で症状と 型や動揺型のめまいは前庭系の障害で頻度が高く,随 心電図所見を照らし合わせる。また,不整脈や虚血の 伴症状で耳鳴,難聴,耳閉感などがあれば末梢前庭系 誘発を目的とする運動負荷心電図は危険を伴うので専 門医に依頼する。 (内耳,前庭神経)の障害,複視,構音障害,嚥下障 3.心エコー検査 害などを伴う場合は中枢前庭系(前庭神経核,脳幹, 小脳)の障害が推定される。一方,失神型のめまいは 器質的心疾患の有無を確認するために必須の検査で 心疾患,起立性低血圧,自律神経障害,血液疾患,代 ある。重症の大動脈弁狭窄症や閉塞性肥大型心筋症は 謝性疾患など全身疾患を念頭においたアプローチが必 心拍出量の低下が失神の原因となる。僧帽弁狭窄症で 要である。 は塞栓症を生ずることがあるので経食道心エコー検査 を行い左房内血栓の有無を確認する。心筋梗塞や拡張 検査の進め方と診断 型心筋症は左室壁運動障害を認める。低心機能患者で は,持続性不整脈が心臓突然死のリスクとなるため, 日常診療では問診で得られた情報から障害部位を推 より積極的な検査が必要となる。 定し検査を進める。失神型のめまいを訴え,特に動悸 これらのスクリーニング検査で異常を認めても心疾 や胸部症状を伴う患者では心疾患の関与を疑うが,前 患の存在とめまいが直接関連するかは基礎心疾患の重 聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院 循環器内科 症度や心機能を評価して慎重に判断する。また不整脈 29 502 橋本 信行 表1 めまい・失神の原因となる心疾患 Ⅰ.不整脈 洞機能不全症候群 房室ブロック 心室頻拍 発作性上室性頻拍 心房粗動・細動 WPW 症候群 QT 延長症候群 Ⅱ.流出路閉塞性障害 大動脈弁狭窄症 閉塞性肥大型心筋症 僧帽弁狭窄症 粘液腫 Ⅲ.他の心疾患 狭心症 急性心筋梗塞 図 1 ホルター心電図:心房細動停止直後から約 8 秒 間の洞停止を認める. 肺塞栓症 心タンポナーデ 症例1 は証拠を捉えることが困難なことが多いことから,不 整脈が強く疑われた場合は心臓電気生理学検査により 患 者: 73 歳,女性。 誘発を試みる。 主 訴:眼前暗黒感,失神。 4.心臓電気生理学検査(electrophysiologic study: 既往歴:高血圧,高脂血症。 現病歴: 1 年前より突然気の遠くなる感じを自覚し EPS) めまいの症状と,洞機能不全,房室ブロックによる ていた。1 ヵ月前より眼前暗黒感,失神を数回認め受 徐脈との因果関係が不明な場合や,頻脈性不整脈が疑 診した。 経 過 : 来院時に自覚症状はなく,血圧 130/80 われる場合に行う。また左心機能低下を認め心室頻拍 を伴う原因不明の失神発作や心停止蘇生例,失神の既 mmHg,脈拍 50 /分・整,胸部聴診所見に異常を認め 往あるいは突然死の家族歴のある Brugada 症候群,先 なかった。外来でホルター心電図を施行したところ発 天性 QT 延長症候群など致死的不整脈の高リスク患者 作性心房細動を認め心房細動停止時に約 8 秒間の洞停 の評価目的で行う。 止を認めた(図 1)。同時にめまいの症状が出現して 5.心臓カテーテル検査 おり,洞機能不全症候群と診断しペースメーカ植込み 虚血性心疾患では発作時の血圧低下や不整脈がめま 術を行った。 いの原因となることがある。心電図や心エコー検査で ペースメーカ治療はめまい,失神,息切れ,易疲労 虚血性心疾患が疑われた場合は冠動脈造影検査を行 感などが洞結節機能低下に基づく徐脈, 洞房ブロック, う。原因不明の心機能低下患者は心筋生検を行い心筋 洞停止あるいは運動時の心拍応答不全によるものであ 障害の組織診断を行う。重症の流出路閉塞性障害(大 ることが確認された洞機能不全症候群,明らかな臨床 動脈弁狭窄症,閉塞性肥大型心筋症)は圧較差の測定 症状を有する第 2 度,高度または第 3 度房室ブロック を行い外科的治療の適応を検討する。 が適応となる。日常診療においては薬剤起因性(β遮 めまい・失神の原因となる心疾患を表 1 に示す 1)。 断薬,ジギタリス製剤,一部の Ca 拮抗薬)や電解質 30 各科におけるめまい疾患ならびにその取り扱い 503 図 3 心電図モニター記録中,R on T の心室性期外収 縮から心室頻拍,心室細動に至った心電図. 図 2 入院時心電図:脈拍 150 /分,2:1 房室伝導の心 房粗動. 異常(下痢,利尿剤)による徐脈がしばしば経験され るので必ず確認する。 症例2 患 者: 71 歳,男性。 主 訴:動悸,ふらつき。 既往歴:陳旧性心筋梗塞,高脂血症,高尿酸血症。 現病歴: 1 週間前より動悸,ふらつきを自覚し受 診,心電図で頻脈性不整脈を認め入院となる。 経 過:入院時意識清明,血圧 80/50 mmHg,脈拍 150 /分,心電図は心房粗動(atrial flutter: AF)を示し (図 2),直流除細動(direct current shock: DC)で発作 を停止した。EPS 検査を行い AF に対してカテーテル 図 4 植込み型除細動器を植込み後の胸部レントゲン 写真. アブレーション(経皮的カテーテル心筋焼灼術)療法 を試みたが不成功のため,房室接合部を焼灼し人為的 な房室ブロックを形成すると同時にペースメーカ植込 み術を行い脈拍コントロールした。 defibrillator: ICD)を考慮する。カテーテルアブレー 頻脈性不整脈の治療は発作時に血行動態が保たれて ションは頻脈性不整脈の発生源にカテーテルを介して いる場合は薬物治療を試みるが,めまいや失神を伴う 高周波により心筋を焼灼し,不整脈を根治させる。カ 上室性頻拍や心室頻拍では DC を選択する。非発作時 テーテルアブレーションの適応疾患は WPW 症候群, には薬物治療有効例は予防的投与で経過観察をし,薬 房室結節リエントリー性頻拍,心房粗動,特発性持続 物治療が困難,または高リスク群ではカテーテルアブ 性心室頻拍で成功率は 80 ∼ 90% であるが心房細動や レーションや植込み型除細動器(implantable cardioverter 基礎心疾患(とくに心筋梗塞)を有する心室頻拍に対 31 504 橋本 信行 図 5 心臓 MRI 所見:左房内に T2 ★ 強調画像で高吸 収域を呈する境界明瞭な腫瘤(粘液腫)を認める. して現時点では安定した成績を得ていない 2)。 a b 図 6 冠動脈造影:左冠動脈(a)前下行枝 seg7 と右 冠動脈(b)seg1 に 90% の狭窄病変を認め冠動脈ステ ントを留置した. 症例3 患 者: 76 歳,男性。 主 訴:労作時呼吸困難,易疲労感。 既往歴:心不全,陳旧性心筋梗塞,糖尿病。 現病歴:外来通院中に心不全の内服治療を自己中断 た。3 ヵ月前からめまいを伴うようになり受診した。 したため心不全が増悪し入院となる。 経 過:入院治療により心不全は改善しリハビリ 経 過:胸部聴診所見で I 音亢進,拡張期ランブル テーションを行っていたが夜間に突然の意識レベル低 を聴取,胸部レントゲン写真で両側胸水貯留と心拡大 下を認め,心電図モニター上心室細動であった(図 認めた。心エコー検査で左房内に移動性を有す巨大な 3)。直ちに DC を施行し洞調律に回復した。低心機能 腫瘤を認めた。左房粘液腫と診断し外科的切除を行っ 患者は不整脈による突然死の高リスク群であり ICD た。 粘液腫は比較的まれな疾患であるが,多彩な全身症 植込み術を行い退院した(図 4)。 ICD は心室頻拍や心室細動による突然死の予防に電 状(全身倦怠感,労作時呼吸困難,熱発,体重減少な 気的除細動器を体内へ植込み可能としたもので,致死 ど)がある場合に念頭におく必要がある。診断には心 的不整脈が臨床的に確認されている場合や EPS に エコー,心臓 CT,心臓 MRI 検査(図 5)が有用であ よって致死的不整脈が誘発され,薬物治療が無効また る。血行動態への影響はめまいや失神の原因となる。 は使用できない場合に適応を検討する。基礎心疾患に 腫瘍表面の血栓や腫瘍の一部が塞栓の原因となるため 伴う致死的不整脈では抗不整脈療法よりも予後は良好 手術の適応となる。 である 3)。 症例5 症例4 患 者: 67 歳,男性。 患 者: 67 歳,女性。 主 訴:失神。 既往歴:高血圧。 既往歴:糖尿病,心房細動(ジギタリス製剤内服 主 訴:めまい,労作時呼吸困難。 中)。 現病歴:散歩中に突然失神があり外来を受診し,徐 現病歴: 5 年前から労作時呼吸困難を自覚してい 32 505 各科におけるめまい疾患ならびにその取り扱い 図7 診断・治療のフローチャート. 脈を認めたためジギタリスの中止を指示され帰宅し 虚血性心疾患は患者の生命予後に重大な影響を与える た。その後ランニング中と起床時にも失神を認め精査 疾患であり冠危険因子を有する患者は積極的なスク 目的で入院となる。 リーニング検査を行う。 経 過:入院時血圧 120/70 mmHg,脈拍 52 /分・不 検査の流れを図 7 にまとめる。 整,頭部 MRI,脳波検査は異常を認めなかった。起 立試験で収縮期血圧が 80 mmHg に低下し糖尿病性の 文 献 自律神経調節障害を認めたが失神の再現性がなく,労 1) 是恒之宏. 循環器疾患患者のめまい. 治療 1997; 79: 825-828. 作時の失神より虚血性心疾患を疑い心臓カテーテル検 2) 中沢潔, 松本直樹, 桝井良裕, 戸兵雄子, 赤城格, 江 査を行った。結果は重症 2 枝病変を有する無症候性の 渡史彦, 村山正博, 須階二郎. 聖マリアンナ医科 狭心症で,経皮的冠動脈形成術(percutaneous coro- 大学ハートセンターにおける上室性頻拍に対す るカテーテル・アブレーションの成績. 心臓 nary intervention: PCI)を施行した(図 6)。PCI 治療後 には失神を認めていない。 一般に狭心症は胸痛を伴うが,糖尿病患者や高齢者 ペーシング 1994; 10: 168-170. 3) The Antiarrhythmics versus Implantable Defibrillators では無症候性のことがあり注意を要する。PCI 治療は (AVID) Investigators: A comparison of antiarrhythmic- 技術的進歩と新しいデバイスの発達により比較的安全 drug therapy with implantable defibrillators in patients に施行できるようになり,今まではバイパス手術の適 resuscitated from near-fatal ventricular arrhythmias. 応とされてきた病変にも適応が拡大されてきている。 N Engl J Med 1997; 337: 1576-1583. 33
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