QEX 11 月掲載記事 低価格スペアナの周波数拡張アダプタ ワンチップの GHz 帯シンセサイザ IC を応用して、ローカル信号源とミキサーを一体化させた周波数拡張アダプ タを試作しました。RIGOL DSA815TG などの低価格スペアナで 6.5GHz までのフィルタやアンプの通過特性、ス ペクトルの測定を可能にします。周波数拡張アダプタの設計・製作・評価のレポートをいたします。 1.ブロック図と主な仕様 HMC833 P/D 10MHz-TCXO P/D ÷10 ÷25 or ÷17.5 x2逓倍 LPF Fc=3.1GHz マイコン 各部の制御 スペアナ TG-OUT 2.5GHz or 1.75GHz 100MHz-VCXO 外部10MHz入力 スペアナ TG-OUT LO IF LO IF スペアナ RF-IN RF RF DUT 図 1 周波数拡張アダプタのブロック図 周波数変換アダプタのブロック図を図 1 に示します。周波数変換アダプタの心臓部は 3.5GHz/5.0GHz のローカル 発振源です。近年、アナログ IC 各社から VCO と PLL 部を一体化させてワンチップで周波数安定な GHz 帯の信号 発生が可能な IC が発売されています。今回、Hittite 社の HMC833 に採用しました。HMC は 25MHz~3GHz の VCO と PLL 回路を内蔵しています。ダブラも内蔵しており、ダブラ使用時は 6GHz まで信号発生が可能です。 HMC833 を周波数拡張アダプタに応用することで 5GHz 帯の無線 LAN の信号観測に応用することもできます。今 回はスイッチ切り替えによりローカル信号源を 3.5GHz/5GHz の 2 周波を切り替えられるようにしております。 ローカル信号発生部は外部からの 10MHz もしくは基板に搭載された 10MH-TCXO を基準に動作します。10MHz は一旦 100MHz-VCXO と PLL 回路により 100MHz まで 10 逓倍されます。10 逓倍の PLL-IC には ADF4001 を採 用しました。HMC833 は 100MHz を基準に 3.5GHz もしくは 5GHz を生成します。HMC833 の基準を 10MHz で はなく 100MHz にすることで、PLL のループ帯域を広くでき、HMC833 内部の分周器の分周数を減らして位相雑 音フロアを下げることができます。ループ帯域を広くすることで、衝撃が加わった際のロック外れを起こしにくく、 さらには PLL ループの VCO 位相雑音補正効果を向上させることができます。耐衝撃性や位相雑音低減効果を十分 に引き出すには 10MHz を逓倍する際の VCXO は位相雑音の優れたものを選ばなければなりません。位相雑音が非 常に良好で小型・低価格な VCXO が発売されており、わずかなコスト増と基板スペースで 10MHz の 10 逓倍がで きます。ローカル信号源の耐衝撃性や位相雑音が良好であれば、安定で低位相雑音を要求される測定にも周波数拡 張アダプタを応用することができます。 HMC833 から得られた 3.5GHz/5GHz のローカル信号は抵抗分配により TG-OUT 用のミキサー、RF-IN 用のミ キサーに2分配されます。ミキサーを駆動するには+7dbm 必要です。HMC833 の出力レベルと分配による損失を 補うためにアンプ(使用デバイス:MGA-81563)を計4つ挿入しています。また、HMC833 のダブラ使用時の基 本波を除去するために 3.1GHz の LPF を挿入しています。3.5GHz 生成時は 1.75GHz の基本波、5GHz 生成時は 2.5GHz の基本波が出ますが、どちらの場合も 3.1GHz の LPF で除去するようにしています。 10MHz を 10 逓倍する PLL と、HMC833 はどちらも SPI 通信で制御します。SPI 通信での制御と、10MHz の 内部/外部切り替え用にマイコンを搭載しています。 以下に今回試作した周波数拡張アダプタの仕様をまとめます 拡張周波数範囲 3.5 ~ 5.0GHz / 5.0 ~ 6.5GHz の 2 バンド対応 ローカル信号源 5.0GHz( BAND-A )もしくは 3.5GHz( BAND-B ) TG ミキサー変換損失 7dB ~ 12dB RF ミキサー変換損失 10dB ~ 16dB RF および TG 最大入力 +5dBm 入・出力コネクタ SMA 型メス 外部同期入力 10MHz AC 結合ハイインピーダンス 電源 DC 7V~9V 450mA DC ジャックセンタープラス 2.1mm 径 付属品 AC アダプタ( DC9V ) 周波数拡張アダプタの製作 製作した周波数拡張アダプタの写真を図 2 に示します。ローカル信号源とミキサーを一体化させ、10cm×10cm の小型サイズに収めることができました。基板は FR-4 の4層基板としました。FR-4 では 3.5GHz/5GHz のローカ ル信号の伝送損失が大きくなりますが、アンプでロスを補います。TG の周波数変換後と RF の周波数変換前は最大 で 6.5GHz の信号が通過しますし、アンプでロスの補正もしていません。TG の周波数変換後と RF の周波数変換前 の信号はロスが小さくなるようにできるだけ短い距離で配線しました。基板には DIP スイッチが搭載されており、 10MHz リファレンスの内部・外部切り替えおよび、HMC833 の発振周波数の 3.5GHz・5GHz の切り替えをするこ とができます。100MHz を発生させる PLL と、HMC833 の 2 つの PLL が搭載されていますが、常に PLL ロック を監視しておりロック状態を LED で表示します。 今回の試作で使用した IC(HMC833、ADF4001、MGA-81563 など)については特に注意点はありません。WEB で入手できるメーカのデータシートに外付け部品や基板レイアウトなど設計に必要な情報がすべて記載されていま すので、それをもとに設計を行いました。HMC833 と ADF4001 を動作させるにはレジスタ設定が必要ですが、レ ジスタ設定についてもデータシートに詳細が記載されています。2つの PLL はリファレンス周波数と発振周波数は ビートによりスプリアスが発生しないように発振周波数を選んでいます。ADF4001 のループ帯域は 10Hz、HMC833 のループ帯域は 200kHz として設計しました。 今のところ HMC833 が正常にロックしない不具合が解決しきれていませんが、電源を再投入することでこの問題 は回避することができます。 2. 図2:製作した周波数拡張アダプタ 3.周波数拡張アダプタを試用 RIGOL DSA815TG( 9kHz~1.5GHz TG 内蔵スペアナ )で、5.2GHz~6.2GHz の DUT( フィルタ )の測定した例を 紹介いたします。 ・ スペアナの周波数スパンを 200MHz~1.2GHz にセットして、TG モードにします。 ・ スペアナ TG-OUT と拡張アダプタの TG-IN、スペアナ RF-IN と拡張アダプタの RF-OUT を接続します。 ・ 拡張アダプタの TG-OUT と RF-IN の間にアッテネータ、フィルタを挿入します。 アッテネータ・フィルタを挿入する目的は後述いたします。 ・ 拡張アダプタに AC アダプタを接続し、DIP スイッチで BAND-A( ローカル信号源 5.0GHz )を選択します。 スペアナ TG 出力が 5.0GHz のローカル信号により 5.2GHz~6.2GHz に変換されます。一方、RF-IN に入 った 5.2GHz~6.2GHz は 200MHz~1.2GHz に変換されます。 ・ 外部同期が必要な場合は 10MHz 入力に外部 10MHz を接続し、DIP スイッチで 10MHz_EXT を選択します。 ・ スペアナの TG レベルを 0dBm にセットします。※ 3dB のアッテネータを挿入した場合、ミキサーとアッテネ ータのロスにより-30dBm~-20dBm の RF レベルが得られます。次にノーマライズを実行してアッテネータと ミキサーのロスを補正します。 (※)RIGOL DSA815TG で TG=0dBm 設定とした時に、ノーマライズ実行後に測定し DUT を外した際に、 ノイズフロアが画面中心から右側で上昇する症状が、2 台で確認出来ました。RF 入力には何も接続されてい ないので、本体固有の原因と思われます。この場合は、TG レベルを-1dBm 以下に下げてください。 ノーマライズ前 ・ TG-OUT ノーマライズ後 と RF-IN の間に DUT(フィルタ)を挿入します。 ・ スペアナの画面に DUT の通過特性が表示されます。ローカル信号源の 5GHz を、スペアナの周波数読み値に加 算してください。 4.ミキサーの特性と測定のコツ 周波数拡張アダプタのミキサーからはイメージ周波数およびハーモニック周波数が現れますし、DUT とのミスマッ チでミキサーの特性が変化します。通常のスペアナではこれらのミキサーの特性は補正されて画面表示されますが、 周波数拡張アダプタはミキサーの特性が補正されていませんのでミキサーの特性を頭において測定する必要があり ます。慣れないうちは面倒ですが、ミキサーの癖を知り尽くして使いこなすのは、簡易的な装置で測定をする醍醐 味でもあります。 ・ イメージ周波数について たとえばローカル信号 5GHz で TG から 500MHz を入れるとミキサーからは 4.5GHz と 5.5GHz が現れます。イメ ージ周波数除去のためにフィルタを挿入します。 ・ ハーモニック周波数について たとえばローカル信号 5GHz で TG から 500MHz を入れるとミキサーからは 9.5GHz と 10.5GHz が現れます。 ハーモニック除去のためにフィルタを挿入します。 ・ とのミスマッチについて DUT とのミスマッチでミキサーの特性が変動します。ミスマッチ緩和のためにアッテネータを挿入します。 DUT 5.まとめと今後のテーマ ワンチップの PLL-IC を使用することで、10cm×10cm の小さなサイズの基板でスペアナの周波数拡張を実現で きることができました。 今回の測定を行ったフィルタでは、ローカル信号源の周波数の正確さや位相雑音は、測定結果への影響は少ない と思われます。今後は、高度な位相精度を必要とする無線通信の周波数コンバータにローカル信号源を応用し、ロ ーカル信号源の周波数正確さや位相雑音がどのように通信品質へ影響するか検証したいと考えております。 6.試作した周波数拡張アダプタの販売について 今回製作しました周波数拡張アダプタを 49800 円にて販売いたします。販売について詳しくはモリサカ研究所も しくは、マイクロパワー研究所の WEB サイトをご覧下さい。また、イメージ除去として使用したフィルタをオプ ションとして発売予定(予価 4000 円)です。 設計・製作:モリサカ研究所( http://morisaka-lab.jp/ ) 販売:マイクロパワー研究所( http://mpl.jp/ )
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