2014.01 王子計測機器株式会社 偏光解消のシミュレーション ● はじめに 最近、位相差が約10000nmの超高複屈折フィルムが発売されました。これは、高位相差 フィルムに直線偏光を入射したとき透過光が非偏光化するという特性を利用したもので、液晶デ ィスプレイの偏光サングラス対応が主な用途であり、ブラックアウトや虹ムラの発生を抑える機 能があります。偏光解消効果の程度は、直交ニコル観察での虹ムラを目視で判断できますが、さ らに分光スペクトルを調べて数値化も可能と考えられますが、具体的に数値化した例はありませ ん。偏光解消効果にはフィルムの位相差値だけでなく、入射光の分光スペクトルが影響すること は容易に想像できます。ここでは、入射光の分光スペクトルとフィルムの位相差値を自由に変え たときの、透過光の偏光状態をシミュレーションし、非偏光度を数値化した結果を報告します。 ● 結論 入射光の分光スペクトルおよびフィルムの位相差と配向角を自由に設定したときの、フィルム 透過光の偏光状態をシミュレーションすることにより非偏光度の数値化が可能になり、偏光解消 効果の見積もりができるようになりました。 ● 考え方 図1のように楕円偏光測定装置KOBRA-WPRの測定系において、偏光子P2で設定した 直線偏光をフィルムに入射し、透過光の偏光状態(楕円率、楕円方位)を回転検光子法で測定す るものとします。KOBRAに使用しているバンドパスフィルタの半値幅は10nmですが、L CDのカラーフィルタの分光スペクトルはかなり広い半値幅を持っており、Greenの半値幅 は80~100nmです。ここでは、フィルムの位相差と遅相軸方位φr およびフィルタの半値幅 を変えたときの、透過光の偏光状態をシミュレーションする方法を考えます。 図1 測定系のイメージ図 1 まず、偏光解消のメカニズムをポアンカレ球で説明する方法を考えます。ボアンカレ球の半径 を透過光の全光量として表示したときに、ポアンカレ球表面の点は完全偏光、ポアンカレ球の中 心は非偏光、その他の中間位置の点は部分偏光に対応します。 一般的に、自然光(非偏光)を同じ大きさの直交する2つの直線偏光の和と見做したり、ある いは同じ割合で存在する右回転と左回転の円偏光の和と見做したりします。言い換えれば、それ ら2つの偏光の和が非偏光すなわちポアンカレ球の中心ということになります。そこで、図2の ようにポアンカレ球の中心を始点とし、2つの直線偏光あるいは2つの円偏光に対応する点を終 点とするベクトルを考えると、2つのベクトルの和が球の中心になることが分かります。ベクト ルの和を求めるには、直交3軸の座標に相当するストークスパラメータS1、S2、S3を求め、 3軸の各座標の合計を求めればよいと考えられます。 図2 ポアンカレ球での非偏光の説明 したがって、フィルタの分光スペクトルを細かく分けて波長λi ごとに透過光の偏光状態をLC D-OPTIMA法で算出し、得られた楕円率(a/b)i と楕円方位角Ψi からストークスパラ メータS1i、S2i、S3i を計算します。このときフィルタの透過光強度I(λi)をポアンカ レ球の半径として、λi ごとに大きさの異なる球を考え、次式によって総合計のストークスパラメ ータS’1、S’2、S’3と入射光の強度Itotal を求め、最後に偏光度Vを計算します。計算の流れ をまとめると図3のようになります。 S'1 I(λi) S1i 、S'2 I(λi) S2i 、S'3 I(λi) S3i i i i S'0 S'12 S' 2 2 S' 32 I total I ( λi ) ① i V S' 0 I total 2 次の各数値を設定 フィルタの中心波長と半値幅 フィルム試料の位相差の波長分散式の係数 フィルムの配向角φrと基準波長での位相差Ro λi を start 値から end 値まで所定の刻みで回す フィルタの透過光強度 I(λi)を計算 λi ごとに計算 R(λi)を求め、LCD-OPTIMA 法で回転検光子法の結果の 楕円率(a/b)i と楕円方位角Ψi を計算 (a/b)i とΨi からストークスパラメータ S1i、S2i、S3i を算出 I(λi)、I(λi)×S1i、 I(λi)×S2i、I(λi)×S3i の合計を求める Itotal、S’1、S’2、S’3 S’0 を算出し偏光度Vを求める 図3 計算の流れ ● 計算結果 図4のように、偏光サングラスを掛けてLCD画面を見る場合を想定します。偏光解消フィル ムの材質をPETとして、その位相差Ro を3000、6000、10000nmとし、さらにR GBの3波長のフィルタの半値幅を10nmおよび80nmとしたときの、偏光サングラス透過 光の偏光状態を計算し、その結果をポアンカレ球赤道面に表示すると図5のようになります。図 5を見ると、明らかにフィルタの半値幅が広くかつフィルムのRo が大きいほど、各点は円の中心 に集まり非偏光度が高くなることが分かります。 図4 LCD画面と偏光サングラスのイメージ図 3 図5 RGBフィルタの半値幅と位相差の違いによる偏光状態の計算結果 さらに、非偏光度への半値幅、φr、Ro の影響を調べるために、フィルムの材質をPET、フ ィルタの中心波長を550nmとして次の条件で計算を行い、得られた非偏光度をグラフにする と図6、図7のようになります。 Ro・・・1000~10000nm範囲を1000nm刻みで変化 φr・・・0~180°範囲を1°刻みで変化 Ro (nm) 100 非偏光度 (%) 80 70 60 50 40 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000 9000 10000 90 80 非偏光度 (%) 90 Ro (nm) 100 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000 9000 10000 30 70 60 50 40 30 20 20 10 10 0 0 0 30 60 90 120 150 180 0 φ r (°) 30 60 90 120 150 φ r (°) (a)半値幅10nm (b)半値幅80nm 図6 フィルタの半値幅、配向角および位相差の違いによる非偏光度の計算結果 (中心波長550nm) 4 180 (a)半値幅10nm (b)半値幅80nm 図7 非偏光度の計算結果の2D表示 (中心波長550nm) 図7より、半値幅が10nmのときはφr とRo によって非偏光度が大きく変わりますが、半値 幅が80nmのときはφr が45°か135°であればRo が3000nmを越えると95%以上 の非偏光度になり、Ro の値によらず殆ど変らないことが分かります。 ● 計算結果と実測との比較 計算の妥当性を確認するために、KOBRA-WPRで測定した結果を解析して得た非偏光度 と計算結果とを比較しました。このとき、試料およびフィルタの条件は次のようにしました。 ・試料:PETフィルム3種 Ro=2280、4600、8930nm ・フィルタ:3種 フィルタA フィルタB 視感度フィルタ 550 550 535 10 70 130 中心波長(nm) 半値幅(nm) 非偏光度およびストークスパラメータS’3について、実測値と計算結果とを比較するとそれぞ れ図8、図9のようになり、絶対値は少し違うものの大小の傾向はよく合っていると言えます。 100 90 80 100 2280nm 4600nm 8930nm 90 80 70 非偏光度 (%) 非偏光度 (%) 70 2280nm 4600nm 8930nm 60 50 40 30 60 50 40 30 20 20 10 0 10 0 フィルタA フィルタB 視感度 フィルタA 実測 フィルタB 視感度 フィルタA 計算 フィルタB 視感度 フィルタA フィルタB 実測 計算 フィルタ フィルタ (a)φr=45° (b)φr=20° 図8 非偏光度の実測と計算結果の比較 5 視感度 1.0 1.0 2280nm 4600nm 8930nm 0.6 0.4 0.2 0.0 フィルタA フィルタB -0.2 視感度 フィルタA フィルタB 実測 2280nm 4600nm 8930nm 0.8 ストークスパラメータ S'3 ストークスパラメータ S'3 0.8 視感度 計算 0.6 0.4 0.2 0.0 フィルタA -0.2 フィルタB 視感度 フィルタA フィルタB 実測 視感度 計算 -0.4 -0.4 -0.6 -0.6 フィルタ フィルタ (a)φr=45° (b)φr=20° 図9 ストークスパラメータS’3の実測と計算結果の比較 実測した9点の非偏光度の値を計算値と比較すると図10のようになり、全体的に計算値の方 100 100 80 80 計算_非偏光度 計算_非偏光度 が大きい値になることが分かります。 60 40 60 40 20 20 0 0 0 20 40 60 80 100 0 20 実測_非偏光度 40 60 80 100 実測_非偏光度 (a)φr=45° (b)φr=20° 図10 非偏光度の実測値と計算値の比較 ● 虹ムラ発生についての考察 虹ムラは白色光を使って直交ニコルで観察することが一般的ですが、LCDのカラーフィルタ を想定して、RGBの3波長の半値幅を80nm、PETフィルムのRo を3000と10000 nmとし、φr=45°としたときのフィルム透過光の分光スペクトルをシミュレーションすると 図11のようになります。この図を見ると、Ro=3000nmのときの分光スペクトルは山谷の 数が少なく、着色することが考えられます。一方、Ro=10000nmのときは分光スペクト ルの山谷の数が多く、白色光になることを意味しています。また、図4のように偏光サングラス を通してLCD画面を見るときは、必ずしも正面からだけではなく受光角や偏光サングラスの透 過軸方位が変化します。一般的にPETフィルムの場合、受光角(入射角)の違いによる位相差 の変化が大きく、Ro に対して数百nmはすぐに変化し、受光角が大きいときは数千nm変化する 場合もあります。仮にRo を3100、3200nmとすると、図11(a)のグラフは図12の ようになり、分光スペクトルの山の位置や大きさが変わるために観察される色も変化することが 6 分かります。これに対して、Ro=10000nmのときは受光角が少し変わっても位相差は未だ 十分に大きく、透過光の分光スペクトルには多くの山谷が存在するので着色しないことが予想で 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 試料透過光の透過率 (%) 試料透過光の透過率 (%) きます。 400 500 600 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 700 400 500 波長 (nm) 600 700 波長 (nm) (a)Ro=3000nm (b)Ro=10000nm 図11 半値幅80nmのRGBフィルタによるフィルム透過光の分光スペクトルの計算結果 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 試料透過光の透過率 (%) 試料透過光の透過率 (%) (PETフィルム、φr=45°、破線はフィルタの分光スペクトル、実線はフィルム透過光) 400 500 600 700 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 400 波長 (nm) 500 600 700 波長 (nm) (a)Ro=3100nm (b)Ro=3200nm 図12 半値幅80nmのRGBフィルタによるフィルム透過光の分光スペクトルの計算結果 (PETフィルム、φr=45°、破線はフィルタの分光スペクトル、実線はフィルム透過光) ● おわりに 偏光解消効果を評価する場合、今までは直交ニコルの干渉色を目視観察して虹ムラの程度を調 べるか、あるいは分光スペクトルの山谷の数の多さで判断する程度でしたが、今回のようにフィ ルタの分光スペクトルを考慮してフィルム透過光の偏光状態をシミュレーションすることにより、 非偏光度の見積もりが可能になりました。 以上 7
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