氏 名 : 東風谷 祐子 学 位 の 種 類 : 博士(学術) 学 位

氏
名
:
東風谷
祐子
学 位 の 種 類
:
博士(学術)
学 位 記 番 号
:
博甲第 27 号
学位授与の日付
:
平成 26 年 3 月 18 日
学位授与の要件
:
東京家政大学大学院学位規程第 3 条第 2 項該当
家政学研究科
学位論文題目
:
人間生活学専攻
呼吸・心電図による睡眠時生理情報解析システムの
確立と応用
論文審査委員
:
(主査)
教
授
市丸
雄平
教
授
岩田
力
教
授
岡
純
教
授
宮坂
京子
准教授
大西
淳之
論文内容の要旨
本研究では、在宅で簡易的に睡眠の質を評価する手法を検討することを目的とし、
呼吸・心電図を用いて睡眠深度を推定するシステムを構築した。本研究の新規性とし
て、睡眠深度を推定するパラメータとして RA(Rhythm Adaptability)を用いた。RA
は、最小自乗余弦スペクトル解析法を用いて、余弦曲線の適合性を示す確率の逆数の
対数を演算したものであり、リズム性を定量化するのに有用であると推測した。本論
文の内容は、3 章に分けて構成されている。第 1 章では、心拍 RA を用いた睡眠段階
推定の可能性について、第 2 章では呼吸 RA を用いて睡眠時の呼吸規則性を定量化し、
睡眠段階推定における有用性について、第 3 章では呼吸周期と心拍変動性の振幅の関
連性についての検討を行った。
第 1 章では、30 秒毎の瞬時心拍数の時系列データに対し、最小自乗余弦スペクトル
解析を行い、算出した心拍 RA の睡眠段階推定の可能性を検討した。心拍 RA は、呼
吸曲線より算出した呼吸 RA と有意な相関性が認められた。心拍 RA は、ノンレム睡
眠で高値、レム睡眠で低値を示す約 90 分の周期性変動を示した。睡眠前半で脳波δ波
帯域のパワーが増加しているとき、心拍 RA も増加しており、6 例中 6 例で有意な相
関性が認められた。一方、睡眠後半では 3 例で相関性が認められなかった。心拍 RA
によるノンレム睡眠段階 3、4 判別の感度および特異度は 71%であり、カットオフ値
は個々人の睡眠時心拍 RA の平均値に近い値であった。心拍 RA は、睡眠のリズムや
深睡眠期の長さを推定するのに有用な指標であると推測した。しかし、不整脈が多く
見られる場合や心拍変動性が低下している場合には、心拍 RA より深睡眠期を推定す
ることは困難である。
この問題点を受けて、第 2 章では呼吸 RA について検討を加えた。RA と呼吸自体の
関連性を検討するために 1 呼吸毎の呼吸周期を求め、変動係数(coefficient of
variation : CV)を算出した。また、パワースペクトルの尖度(kurtosis)も求め、こ
れらの指標の特性を検討した。CV および RA は、睡眠段階間で有意差が認められた。
ノンレム睡眠段階 2、3、4 で、CV は低値、RA は高値を示し、その判別の感度および
特異度は約 64%であった。RA は、1 呼吸の検出を必要とせず、短時間で自動的に解析
できること、また呼吸の周期のみならず振幅も推定できるという利点がある。呼吸 RA
は、ノンレム睡眠時の規則性呼吸を定量化する指標として有用であると推測した。
第 3 章では、レム・ノンレム睡眠における心拍変動性の振幅について検討を加えた。
振幅は、1 呼吸周期内における心拍数の最大値と最小値の差として算出した。ノンレ
ム睡眠段階 3、4 では心拍 RA が高く、洞性不整脈の周期および振幅が均一であるが、
その振幅は呼吸周期と相関性があり、回帰式の勾配は低い傾向を示した。一方、レム
睡眠では、呼吸周期依存性に振幅は増加し、その勾配は段階 3、4 に比べ有意に高い値
を示した。これらの振幅の特徴は、リズム性に加え心拍変動性より睡眠段階を推定す
るための一つの指標となると推測した。
本研究において、心拍 RA は健常成人の睡眠周期、深睡眠期の時間を推定するのに
有用な指標であること、また不整脈の存在から心拍 RA を用いることができない場合
においても、呼吸曲線から得られる呼吸 RA によりノンレム睡眠の推定が可能である
ことが推測された。従来、ホルター心電計は不整脈、虚血性変化および自律神経活動
の測定に用いられてきたが、RA の概念を導入することにより睡眠周期および睡眠深度
の推定も可能になると推測される。本成果は、睡眠不足や睡眠障害が関連した疾病予
防や体調改善の把握、また睡眠あるいは睡眠障害と生活習慣病の関連性についての研
究発展に寄与するものと期待できる。
論文審査の結果の要旨
本論文は 3 章で構成され、第 1 章では心拍変動性を用いた睡眠段階推定の可能性に
ついて、第 2 章では呼吸曲線より直接睡眠時の呼吸規則性を定量化し、睡眠段階推定
における有用性について、第 3 章では心拍変動性の振幅について検討している。提出
された論文に対して、主査1名、副査 4 名で詳細に検討した論文内容審査結果および
問題点ついて以下に論述する。
睡眠は、種々の慢性疾患の重症度に影響することが予想され、健康の維持・増進に
重要な位置を占める。そのため、睡眠の量および質の日常的なモニタリングが健康管
理上有用であるという観点から着手された研究である。睡眠の量および質の評価のた
めには、従来睡眠ポリソムノグラフィーが用いられてきたが、測定に労力と時間を要
し、測定者、被験者の負担が大きく、多くの対象例について行うことが困難である。
より簡便な方法で睡眠時の生理情報を得ることができれば多くの例に施行することが
可能となり、臨床的な応用度は高く貴重である。本論文では、心電図および呼吸を利
用して睡眠の質を推定するシステムについて提案されている。睡眠深度を推定するパ
ラメータとしては、RA を用いている。この RA という定量化指標は、この論文の新規
性を物語るものである。RA は、最小自乗余弦スペクトル解析を行い、その適合性を示
す確率の逆数の対数を演算したものであり、リズム性を定量化するのに有用であると、
著者は推測している。
本研究で得られた主な知見は、以下のようにまとめられる。第 1 章では、30 秒毎の
瞬時心拍数の時系列データに対し、最小自乗余弦スペクトル解析を行い、算出した心
拍 RA の睡眠段階推定の可能性を検討している。その結果として(1)心拍 RA は、呼吸
曲線より算出した呼吸 RA と有意な相関性があること、(2)心拍 RA は、ノンレム睡眠
で高値、レム睡眠で低値を示す約 90 分の周期性変動を示すこと、(3)心拍 RA は、睡
眠前半において脳波デルタ波帯域のパワーと有意な相関性があり、睡眠後半では相関
性は低下すること、(4)心拍 RA によるノンレム睡眠段階 3、4 推定の感度および特異
度は、71%であることを明らかにしている。結論としては、心拍 RA により、簡便に
睡眠のリズム、深睡眠期の推定を把握できることが示されている。また、心拍 RA の
適用の限界として、不整脈がある場合や心拍変動性が低下している場合には用いるこ
とができないことが推測されている。この問題点を受けて、第 2 章では、呼吸曲線よ
り得られる呼吸の RA に焦点をあてて検討している。その結果、呼吸 RA は睡眠段階
間で有意差が認められ、ノンレム睡眠段階 2、3、4 で高値を示した。その判別の感度
および特異度は、64%であったことが示されている。呼吸 RA は、1 呼吸の検出を必要
とせず、解析は短時間かつ自動的に行うことが可能であること、また呼吸の周期のみ
ならず振幅について検討することができ、ノンレム睡眠における規則性呼吸を定量化
する有用な指標であることを示している。さらに第 3 章では、心拍変動性の振幅につ
いて検討を加えている。第 1 章においてノンレム睡眠段階 3、4 では心拍 RA は高く、
変動の周期および振幅はきわめて均一であることが示されたが、その振幅は呼吸周期
と相関性がみられ、回帰式の傾きは低い傾向であったことが確認された。一方、レム
睡眠では心拍 RA が低く、リズム性が低いことが明らかとなったが、呼吸周期依存性
に心拍の振幅は増加した。これらの振幅の特徴は、リズム性に加え、心拍変動性より
睡眠深度を推定するための一つの指標となりうることを、著者は推定している。この
点に関する審査員の意見は、心電図および呼吸を用いて簡便かつ日常的な睡眠評価法
の確立を提案した手法について、その妥当性を認め、今後の応用性を期待している。
とくに、ノンレム睡眠段階 3、4 は徐波睡眠と呼ばれ、睡眠の質の評価に重要であると
考えられており、心拍 RA による徐波睡眠推定における妥当性が述べられている本論
文について、審査員は重要な見解を示しているものと認定した。
次に審査員は本論文の問題点について検討した。第 1 章で心拍 RA による段階 3、4
の感度および特異度が 71%であったことについて、判別精度の要因および向上の可能
性について言及した。睡眠後半において脳波デルタ波と心拍 RA の相関性が低下した
ことが示されていたことから、脳波、筋電図、眼球運動より視察判定された段階 3、4
と、心電図情報からの分析結果に乖離が生じていることを反映しており、脳波デルタ
波が多く出現する睡眠前半に限定して心電図解析を行い、段階 3、4 を推定することが
可能か否かをさらに検討する必要性があることについて討議した。
この結果を踏まえ、今回確立した手法は、ホルター心電計を装着して得られる情報
から睡眠の状態を把握することができる可能性を秘めており、簡便であるためにより
多くの対象者について実施しうる有用性が展望でき、睡眠不足や睡眠障害が関連した
疾病予防や体調の改善状況の把握に繋がる重要な指標となることを強く示唆するもの
であると論議した。本論文に関連した内容は、学術誌 5 報に報告している。
以上の論点を審査員 5 名で討議するとともに、研究者との面接で質問し、本論文は、
その研究の課題の設定、研究手法の適正さ、研究結果の評価、総括的議論において、
本学の博士の学位審査における合格基準に達したものと結論づけた。