131 明海歯学(J Meikai Dent Med )43(2) , 131−139, 2014 Gefitinib と SN-38 の併用による口腔扁平上皮癌細胞株の 増殖抑制効果 南部 久美1§ 富田 1 至保2 坂上 宏3 嶋田 淳1 明海大学歯学部病態診断治療学講座口腔顎顔面外科学分野 2 明海大学歯学部形態機能成育学講座歯科矯正学分野 3 明海大学歯学部病態診断治療学講座薬理学分野 要旨:口腔扁平上皮癌において epidermal growth factor receptor(EGFR)が強発現し,それが予後と相関していること が知られている.そこで EGFR チロシンキナーゼを抑制する分子標的薬である gefitinib の口腔癌への臨床応用が期待さ れていたが,現在まで口腔扁平上皮癌に対する gefitinib 単独投与の奏功性は認められていない.その一方で,大腸癌に 対して gefitinib と irinotecan の併用が有効であるとの報告があることから,口腔扁平上皮癌細胞 HSC-2 に対して gefitinib と irinotecan の代謝産物 SN-38 の併用投与が有効であるか否かを検討した.Gefitinib と SN-38 の併用で HSC-2 の細胞増 殖抑制,アポトーシス誘導が相乗的に増加した.そのメカニズムを検討したところ,HSC-2 の細胞周期には特徴的な効 果は認められず,EGFR のシグナル伝達経路にも特徴的な変化を認めなかった.しかし,gefitinib/SN-38 の併用投与時の み EGFR の mRNA 及びタンパク質発現が減少した.これらの結果から,gefitinib/SN-38 の併用投与で HSC-2 の EGFR の 発現を抑えることで相乗的にアポトーシスが抑制され,In vivo における腫瘍再増殖を抑制できることが示唆された. 牽引用語:gefitinib, irinotecan, SN-38,口腔扁平上皮癌細胞 Growth Inhibitory Effect of Combined Treatment with Gefitinib and SN-38 in Oral Squamous Cell Carcinoma Cells Kumi NANBU1§, Shiho TOMITA2, Hiroshi SAKAGAMI3, and Jun SHIMADA1 1 Division of Oral and Maxillofacial Surgery, Department of Diagnotic & Therapeutic Science, Meikai University Graduate School of Dentistry 2 Division of Orthodontics, Department of Human Development & Fostering, Meikai University School of Dentistry 3 Divosion of Pharmacology, Department of Diagnotic & Therapeutic Science, Meikai University School of Dentistry Abstract : In the recent years, it is known that there are overexpression of EGFR in oral squamous cell carcinoma cells (OSCC), and the overexpression is strongly correlate with poor prognosis. However, the effectiveness of single administration of gefitinib is not still evaluated. On the other hand, there are reports that combined treatment with gefitinib and irinotecan have effectiveness against colorectal cancer. Therefore, we have assessed the effectiveness of combined treatment against OSCC cell line HSC-2 cells. The combined treatment with gefitinib and SN-38 inhibited HSC-2 cell proliferation, and induced the enhanced apoptosis in a synergistic manner. There were no significant effects for cell cycle and the characteristic difference of EGFR signaling pathway with the combined treatment for HSC-2. Nevertheless, only the combined treatment with gefitinib and SN-38 induced the decrease of EGFR mRNA and protein expressions. These evidences indicate that the combined treatment with gefitinib and SN-38 induced the enhanced apoptosis synergistically in HSC-2 by the decreasing EGFR expression. Key words : gefitinib, irinotecan, SN-38, oral squamous carcinoma cells 132 南部久美・富田至保・坂上 宏ほか 緒 明海歯学 43 2014 小細胞肺癌で EGFR の遺伝子変異が確認されたものに 言 対して使用されている20). 近年,口腔扁平上皮癌における治療法は,放射線療 一方,イリノテカン塩酸塩は,抗腫瘍性アルカロイド 法,化学療法および外科療法が併用され,集学的治療と である camptothecin から合成された誘導体であり,I 型 して局所進行口腔扁平上皮癌の予後,局所制御率,さら DNA トポイソメラーゼ阻害剤として作用する薬剤であ に機能温存率が向上してきている1−4).しかし,口腔扁 る21).体内では肝臓に含まれる carboxylesterase により 平上皮癌はそれらの投与後も 20∼30% の確率で局所, 活性体の SN-38 に変換され,DNA 合成を阻害して抗腫 遠隔臓器に再発するため,さらに新しい有効な投与法の 瘍効果を発現するプロドラッグであり,現在イリノテカ 開発が望まれている.米国では口腔扁平上皮癌にも癌細 ン塩酸塩は大腸癌や乳癌等への化学療法剤として使用さ 胞などの増殖に必要な蛋白質などの分子を標的として, れている22).近年,非小細胞肺癌の患者に対して gefitinib 癌細胞のみを破壊する分子標的薬を導入することで,患 /irinotecan の併用は gefitinib 単独投与に比べて効果的で 5−7) .分子標的薬は,分 あったとの報告がある23, 24).SN-38 抵抗性の胃癌に EGFR 子生物学によって解明された遺伝子情報を活用して開発 阻害剤の gefitinib を併用投与することによって,EGFR され,従来の抗癌剤が癌細胞とともに正常な細胞も損傷 阻害剤による細胞周期抑制と SN-38 による代謝に関連 させるのに対し,分子標的薬は癌細胞に特異的に作用す した遺伝子の制御との相乗作用によって抗腫瘍効果をも るため,抗癌剤にくらべて副作用が著しく少ないとされ たらしたとの報告があり25),gefitinib/irinotecan の併用投 る.特に epidermal growth factor receptor(EGFR)は口 与の可能性が注目されている.しかしながら,未だ口腔 腔扁平上皮癌の 90% 以上で発現しており,EGFR の過 扁平上皮癌においてそれら併用効果の検証が行われてい 剰発現は,腫瘍増殖・浸潤,病期の進行,再発増加,放 ない.そこで,我々は gefitinib が奏功しない EGFR 遺 者の予後の改善が図られている 射線療法や化学療法に対する低感受性,予後不良因子に 伝子変異のない口腔扁平上皮癌細胞に対する gefitinib/ も関与していることが明らかになっている8−11).EGFR SN-38 の併用投与の有効性について検討した. は口腔扁平上皮癌において重要な増殖因子であるととも 材料と方法 に,分子標的の 1 つであると考えられ,現在 EGFR 阻 害薬の研究が頭頸部領域においても行われてきている. しかしながら分子標的薬の副作用は薬剤により様々で, 試薬 SN-38 は Tokyo Chemical Industry(東京,日本)で,ge- 心不全や血栓症,高血圧,消化管穿孔などの重篤な症状 fitinib は LC Laboratories(Woburn, MA, USA)から購入 があり,gefitinib では,下痢,発疹,乾燥皮膚,かゆ した. み,爪周囲炎,急性肺障害,死に至るような間質性肺炎 を発症して問題となった経緯がある12, 13).従って,低用 量で効果の高い投与方法を探索する必要があると考えら れている. 培養細胞 ヒト口腔扁平上皮癌細胞(HSC-2)は独立行政法人理 科学研究所バイオリソースセンターから購入した.不死 Gefitinib は,EGFR チロシンキナーゼ抑制作用を有す 化ヒトケラチノサイト様細胞株(HaCaT)を German Can- ることが知られており,作用機序の異なる従来の化学療 cer Research Center(Heidelberg, Germany)より購入し 法剤との併用療法で,副作用の軽減や相乗効果が期待さ た . HSC-2 と HaCaT の EGFR 遺 伝 子 は PCR-invader れ,シスプラチン等の化学療法剤との併用が試されてい 法26)(BML,東京,日本)により検査を行い,EGFR 遺 る14, 15).また,分子標的薬を組み合わせて同時に複数の 伝子変異がないことを確認した.細胞株の培養は,100 経路を遮断すると,薬剤耐性の発現を防いだり遅らせた U/ml のペニシリン G(明治製菓,東京,日本),100 μ g りする可能性が示唆されている16, 17).さらに研究段階の /ml の硫酸ストレプトマイシン(明治製菓),非動化し 2 種類の分子標的薬で,単剤での抗癌効果がほとんど認 た 10% ウシ胎仔血清[fetal bovine serum(FBS),JRH められないにもかかわらず,併用すると相乗的な抗腫瘍 Bioscience, Lenexa, KS, USA ] を 添 加 し た Dulbecco’s 18, 19) 効果が認められる場合も存在する .現在,gefitinib Modified Eagle Medium(DMEM ; GIBCO BRL, Gland Is- は欧州や日本を含めたアジア諸国で手術不能又は再発非 land, NY, USA)を用いて,10 cm プラスチックシャー ───────────────────────────── §別刷請求先:南部久美,〒350-0283 埼玉県坂戸市けやき台 1-1 明海大学歯学部病態診断治療学講座口腔顔面外科学分野Ⅰ レ(Falcon Becton Dickinson, Franklin Lakes, NJ, USA) 中で,37℃5% CO2 インキュベーターで培養した.HSC- Gefitinib と SN-38 の併用による口腔扁平上皮癌細胞 133 2 は , Mg2+ , Ca2+ , を 含 ま な い リ ン 酸 緩 衝 液 [ PBS の細胞数で播種し,10% FBS 含有 DMEM にて 37℃,5 (−)]で洗浄後,0.25% trypsin を用いて細胞を剥離し,140 % CO2 存在下で 24 時間培養した.その後, gefitinib, ×g, 5 分遠心分離をかけて上清を除去し,1 : 4 の split ra- SN-38 を MTT assay と同様の方法で添加した.24 時間 tio で 4 日毎に継代培養した.HaCaT は 0.05% EDTA[in 後,氷上で細胞をスクレイパーにて剥離し,遠心分離 PBS(−)],trypsin 処理後,35×g, 5 分間遠心分離をか 1073×g, 5 分 4℃ にかけ細胞を回収した. けて上清を除去し,1 : 4 の split ratio で 4 日毎に継代培 回 収 し た 細 胞 に 1 mM phenylmethlsulfonil furoride (PMSF)とプロテアーゼ阻害剤カクテル(Roche Diagnos- 養した. tics)を加え,cell lysis buffer(10×cell lysis buffer ; Cell Signaling, Beverly, MA, USA)を調製して 15 μ l ずつ加 MTT assay MTT assay は,ホルマザン色素へ還元する酵素活性を え,15 分おきに 4 回撹拌した.その後,9,660×g, 15 分 測定する比色定量法で,この方法を用いることにより培 4℃ で遠心分離器にかけた後,上清を回収した.回収し 養 細 胞 の 生 存 率や 増 殖 率 を 試 験 す る こ と が で き る . たサンプルはアルブミン 200 μ g/ml を基準にしてタンパ HSC-2 を 96 穴マイクロプレート(Falcon Becton Dickin- ク質定量を行った.一定のタンパク質に調整するため 2 son)に 1×104 cells/well の細胞数で播種し,10% FBS ×sample buffer[125 mM Tris-HCl(PH 6.8),4% SDS, 10 含有 DMEM にて 37℃,5% CO2 存在下で 24 時間培養 % β -mercaptoethahol, 10% sucrose, 1% bromo phenol blue した.培養後,コントロール(非処理)ならびに,SN- (BPB)]を添加し ,100℃ で 5 分間加熱処理後 , 8% 38(2 nM),gefitinib(10 μ M),gefitinib(10 μ M)/SN-38 ployacrylamide gel 濃 度 の 条 件 で 160 V, 60 分 間 SDS- (2 nM)を添加した.24 時間処理後,培地を捨て PBS ployacrylamide gel に電気泳動を行った.その後,氷中 (−)で洗浄し,100 μ l の DMEM を加え,そして 10 μ l で polyvinylidene difluoride(PVDF)膜(Milipore, Bed- の MTT 試薬 Cell Proliferation KitⅠMTT labeling reagent ford, MA, USA)に 80 V, 60 分間転写した.転写終了後, (Roche Diagnostics, Mannheim, Germany)を加えて 4 時 5% Difco skim milk(和光純薬,大阪,日本)をブロッ 間 37℃ で培養した.そして,100 μ l ずつ Cell Proliferation キング溶液として用い,室温にて 1 時間ブロッキング処 KitⅠSolubilization buffer(Roche Diagnostics)を入れ 37 理を行った.一次抗体(Table 1)は,ブロッキング溶 ℃ で 24 時 間 培 養 し た . そ の 後 , プ レ ー ト リ ー ダ ー 液で希釈して室温で 1 時間振盪させた. (Multiskan Bichromatic Labsystems, Helsinki, Finland)を 一次抗体反応後,PVDF 膜は 1× Tris-buffered saline 用いて,595 nm の吸光度(相対的生細胞数)を測定し with Tween 20(10×TBST;和光純薬)で 10 分間 3 回洗 た.また,抗がん治療薬 2 剤による想定される効果とし 浄 し た 後 , 二 次 抗 体 と し て horseradish peroxidase て expect rate を SN-38 単独細胞増殖抑制×gefitinib SN- ( HRP )を標識した goat anti-rabbit IgG もし く は goat 38 単独細胞増殖抑制×100% として算出した. anti-mouse IgG antibody(Santa Cruz)を 1/10,000 の濃度 に希釈して室温で反応させた後,1×TBST で再度 10 分 Western Blot 法 間 3 回洗浄し,Western BLoT Chemiluminescence Luminol Western Blot は電気泳動によって分離したタンパク質 /Enhancer Solution, Western BLoT Chemiluminescence Per- を膜に転写し,任意のタンパク質に対する抗体でそのタ oxide Reagent(タカラバイオ,東京,日本)を 1 ml 添 ンパク質の存在を検出する手法である.HSC-2 細胞を 6 加し,1 分間振盪させ,X 線フィルム(富士フィルム, 穴プレート(Falcon Becton Dickinson)に 1×106 cells/well 神奈川,日本)に感光後,自動現像機(コダック・テク Table 1 Antidodies used in this study Antibody rabbit anti-human cleaved PARP rabbit anti-human EGFR rabbit anti-human posphorylated-EGFR rabbit anti-human HER2 rabbit anti-human posphorylated-HER2 mouse anti-human β -Actin polyclonal polyclonal polyclonal polyclonal polyclonal monoclonal dilution Vendor 1/1000 1/1000 1/1000 1/1000 1/1000 1/1000 Cell signaling Cell signaling Cell signaling Cell signaling Cell signaling Santa Cruz 134 南部久美・富田至保・坂上 宏ほか 明海歯学 43 ノサービス,東京,日本)で現像した. 2014 トリー解析のため,各チューブに 1 ml の Staining Buffer を加え,細胞を希釈/再懸濁した後,励起光 488 nm を 用いて EPICS ALTRA(Beckman coulter)で分析した. Annexin V analysis アポトーシスの検出は FITC 標識した Annexin V を用 い,フローサイトメトリーにより解析した.HSC-2 と 5 Real-time PCR analysis HaCaT を 6 cm プレートに 1×10 cells/well で播き,24 Reverse Transcription(RT)-qPCR 測定を行うことによ 時間後,前述の記載に従い,gefitinib, SN-38 を添加し って,mRNA レベルの EGFR 量を調べた.今回使用し た.さらに 24 時間後,氷冷した培地または PBS(−) た SYBR Green I は,2 本鎖 DNA に結合することで蛍 を加えて細胞を剥離回収し,4℃ で 500×g, 5 分間遠心 光を発する試薬であり,PCR 反応によって合成された 2 し,上清を除去した.その後,Annexin V-FITIC kit(Beck- 本鎖 DNA に結合し,励起光の照射により蛍光を発す man coulter, Brea, CA, USA)を使用した.1×Binding る.この蛍光強度を検出することにより,増幅産物の生 Buffer を 500 μ l 入れて再懸濁し,Annexin V-FITC 5 μ l 成量をモニターできることが知られている. と propidium iodide(PI)5 μ l を加え,アルミホイルで HSC-2 と HaCaT を 6 cm プレートに 1×105 cells/well 遮光し,室温で 5 分間培養し EPICS ALTRA(Beckman で播き,24 時間後,前述の記載に従い,gefitinib, SN-38 coulter)を用いて測定した. を添加した.さらに 24 時間後,氷冷したメディウムま たは PBS(−)を加えて細胞を回収し,4℃ で 1,073×g, 細胞周期の解析 5 分間遠心洗浄し,上清を除去した. 細胞周期の解析では,Bromodeoxyuridine(BrdU : DNA Total RNA 量の測定は Nano Vue Plus(GE healthcare, 前駆体の一つであるチミジンの類似物)を,細胞周期の 東京,日本)で行い,600 ng に調整後,iScript cDNA Syn- S 期(DNA 合成期)において新たに合成されている DNA thesis kit(Bio-rad Laboratories, Mercules, CA)を用い, の中に取り込ませ,取り込まれた BrdU を anti-BrdU 蛍 逆転写反応を行った.Real-time qPCR には 1 μ l cDNA 光標識抗体によって検出する.もう 1 つ全 DNA に結合 を 20 倍希釈し,5 μ M のヒト EGFR 遺伝子に対する up- する 7-amino-actinomycine D(7-AAD)で染色し,BrdU per と lower primer, 7 μ l DEPC water と 10 μ l の SYBR と 7-AAD の 2 色を組み合わせることで細胞周期の位置 Green Supermix(Bio-rad Laboratories)を用いた.反応 が分かり,活発に DNA 合成している細胞の数と特徴を は 50℃ で 2 分間および 95℃ で 2 分間インキュベーショ 解析することができる.そこで,BrdU と 7-AAD の 2 ンしてから,95℃ で 15 秒間の熱変性,60℃,30 秒間の 重染色にて細胞周期の変化を観察するため,BrdU Flow 増幅を 1 サイクルとして合計 45 サイクル行い,Light cy- Kits(BD Biosciences San Jose, CA, USA)を使用し解析 cler(Roche Diagnostics)を使用して検出した.HaCaT した. の mRNA 量を 1 として,各々の mRNA 量を相対定量 5 HSC-2 を 6 cm プレートに 2×10 cells/well で播き,24 時間後,前述の記載に従い,gefitinib, SN-38 を添加し た.さらに 24 時間後,BrdU(10 μ M)を添加し,30 分,37℃ で培養した後,trypsin 処理して細胞を回収し, 4℃ で 500×g, 5 分間遠心洗浄し,上清を除去した.BrdU のラベリングをした細胞をラウンドチューブに回収し, で求めた. 結 果 1 .HSC-2 における gefitinib と SN-38 の併用によるア ポトーシス誘導作用の検討 EGFR 遺伝子変異のない HCS-2 に対する gefitinib の 各チューブに Staining Buffer を加えて良く混和し,15 細胞増殖抑制を MTT 法により検討したところ, IC50 分間,氷上で反応させた.取り込まれた BrdU を露出さ (half maximal inhibitory concentration)は 91.82 μ M であ せるため,各チューブに 100 μ l の希釈した DNase 溶液 った.これは口腔扁平上皮癌細胞に gefitinib が有効で (300 μ g/ml )を加え細胞を再懸濁し,1 時間,37℃ で反 あると報告されている IC50 8.8 μ M と比べ 10 倍以上の 応させた.BrdU の蛍光抗体染色のため,FITC 標識し 濃度であった27).同様に SN-38 の HSC-2 に対する IC50 た anti-BrdU antibody(希釈 1 : 50)を添加し,細胞と 20 は 27.76 nM であった.得られたそれぞれの IC50 値にお 分間,室温で反応させた.反応後 1 ml の Perm/Wash いて HSC-2 にアポトーシスが誘導されているかを poly Buffer で細胞を洗浄後,上清を除去して全 DNA 染色の ADP ribose polymerase(PARP)の切断化を指標に確認 ため,7-AAD 液 20 μ l で再懸濁した.フローサイトメ したところ,SN-38 は 10 nM からアポトーシスを誘導 Gefitinib と SN-38 の併用による口腔扁平上皮癌細胞 Fig 1-A Fig 1-C Fig 1-B Fig 1-D 135 Fig 1-E Fig 1 Cell-growth control and apoptosis induction of each medicine against HSC-2 PARP cleavage of an apoptosis marker were detected by immunoblotting(A, B) . HSC-2 was treated with non-stimulation(NS) , SN-38 (2 nM) , gefitinib(10 uM) , and combination with gefitinib and SN-38(C) .The expected value is value of the combined effect(%)was defined as : effects of SN-38 alone×effects of gefitinib×100%. Cleaved PARP was observed by immunoblotting in gefitinib alon and gefitinib and SN-38(D) , and the apoptosis cells were determined by Annexin V/PI staining as describen in the materials and methods(E) . し(Fig 1-A),gefitinib は 40 μ M からアポトーシスを誘 れている10, 25).そこで HSC-2 において両剤併用による細 導することが分かった(Fig 1-B). 胞傷害作用を検討したところ,gefitinib(10 μ M)/SN-38 一方,大腸癌細胞や肺癌において,gefitinib/SN-38 を 併用すると細胞傷害性が相乗的に増加することが報告さ (2 nM)の併用で,強力にアポトーシスが誘導された (Fig 1-C, D). 136 南部久美・富田至保・坂上 宏ほか アポトーシスの初期段階では,細胞膜の完全性は保た 明海歯学 43 2014 トーシスが誘導されなかった.これらの結果から,EGFR れているが,膜のリン脂質の非対称性が失われている. 遺伝子変異のない HSC-2 において,gefitinib/SN-38 の併 それに伴い,細胞膜の内側に局在する陰性荷電リン脂質 用によりアポトーシスが強力に誘導されることが明らか のフォスファチジルセリン(PS)が細胞表面に露出す になった. る.Ca2+依存性のリン脂質結合タンパクである Annexin V は PS に選択的に結合し染色される.アポトーシスの 2 .Gefitinib/SN-38 の併用による EGFR 減少の検討 進行に伴い,細胞膜の構造が崩壊して二次的な細胞壊死 次に gefitinib と SN-38 を併用した場合の EGFR のシ の状態に至ると,Annexin V と PI の両方の蛍光が観察 グナル経路に対する影響について調べた(Fig 2-A).Ge- される.そこで,Annexin V と PI の 2 重染色を行いア fitinib 単独では EGFR, HER2 のリン酸化が減少し,gefit- ポトーシスの進行を観察した.その結果,HSC-2 では ge- inib/SN-38 併用した場合,EGFR と HER2 のリン酸化は fitinib/SN-38 併用でのみ明らかに Annexin V 陽性(3.2 同じく抑制された.また,gefitinib/SN-38 を併用すると %)ならびに Annexin V/PI 両陽性分画(5.9%)が増加 EGFR のタンパク質発現の減少も認められた.さらに, した(Fig 1-E).一方,ヒトケラチノサイト細胞株であ 定量 RT∼PCR にて EGFR の mRNA レベルを調べたと る HaCaT では使用した gefitinib/SN-38 の濃度ではアポ ころ,gefitinib/SN-38 の併用により EGFR の mRNA レ ベルが減少していた(Fig 2-B).これらの結果より gefitinib/SN-38 の併用により,HSC-2 の EGFR の発現量が減 少することで,EGFR シグナル伝達が低下し,アポトー シスを誘導する可能性が示唆された. 3 .Gefitinib/SN-38 併用による細胞周期の検討 Irinotecan はプロドラッグで,体内で活性体の SN-38 になり,topoisomeraseⅠを阻害し,腫瘍細胞の細胞周期 の S 期を停止させアポトーシスを誘導する28).また,gefitinib は EGFR のチロシンキナーゼを阻害し,腫瘍細胞 Fig 2-A の細胞周期において G1 arrest を引き起こしアポトーシ スに誘導する29).そこで,gefitinib/SN-38 併用で細胞周 期がどのように変化するかを観察した.HSC-2 では通 常,G0/G1 期 87.4%,G2/M 期 4.3%,S 期 7.5% であっ た(Fig 3-B).SN-38 の IC50 の近似値 30 nM では S 期 が 18.3% にまで増加し,明らかな S 期での arrest が確 認された(Fig 3-A).しかしながら SN-38(2 nM)単独 では,G0/G1 期 86.8%,G2/M 期 6.9%,S 期 5.4% であ りコントロールと比べて大きな変化は認められなかっ た.一方,gefitinib(10 μ M)では,G0/G1 期で 96.8%, G2/M 期では 2.7%,S 期では 0.7% であり,腫瘍細胞の 細胞周期は G1 arrest していた(Fig 3-B).Gefitinib/SN- Fig 2-B Fig 2 Ettect of SN-38 and gefitinib on EGFR signaling molecules in HSC-2 cells HSC-2 cells were treated with non-stimulation(NS), SN-38(2 nM), gefitinib(10 uM), or combination with gefitinib and SN-38 for 24 hrs. The expression levels of EGFR HER2, and phosphorylated EGFR and HER2 were investigated by immunoblotting (A) . The EGFR mRNA level was analyzed by RT-qPCR(B). The relative amount of EGFR mRNA to an immortal human keratinocyte cell HaCat is shown(B) .*, control of relative quantitation. 38 併用では,G0/G1 期 96.5%,G2/M 期 2.5%,S 期 0.4 %であり,gefitinib 単独による細胞周期の分布と大きな 違いはなかった(Fig 3-B, C).この結果は gefitinib 単 独と gefitinib/SN-38 併用では G0/G1 期が増加している にもかかわらず,結果として併用処理でよりアポトーシ スが誘導された. Gefitinib と SN-38 の併用による口腔扁平上皮癌細胞 137 Fig 3-A Fig 3-C Fig 3 Cell cycle analysis of combined treatment with gefitinib and SN-38 HSC-2 cells were treated with IC50 dose(30 nM)or SN-38 for 24 hrs and analyzed for cell cycle distribution using flow cytometry (A). HSC-2 was treated with non-stimulation(NS), SN-38( 2 nM), gefitinib(10 uM), and the combination for 24 hrs. After then, these cells were stained by 7-amino-actinomycin(7 AAD)and BrdU for cell cycle analysis. As a result, phase S, phase G1, and phase M were pinpointed(B, C) . Fig 3-B 考 察 とで,強力にアポトーシスが誘導されたことが示唆され た.また近年,構造上で活性型を示す EGFR 変異体で In vitro において,EGFR の遺伝子変異のない HSC-2 あ る 上 皮 成 長 因 子 受 容 体 III 型 変 異 分 子 epidermal に対して,低濃度の gefitinib 単独(10 μ M)ではアポト growth factor variant III(EGFRvIII)が EGFR チロシン ーシスがみられ(Fig 1-D),EGFR のタンパク質発現と キナーゼ抑制剤に対する耐性と関係があることが明らか mRNA レベルの EGFR はわずかに減少していた(Fig 2- になっている9, 32).Gefitinib/SN-38 が EGFR の発現を相 A, B).Gefitinib/irinotecan の併用投与では,HSC-2 をア 乗的に抑制したことで HSC-2 を強力にアポトーシスを ポトーシスに誘導し(Fig 1-D),EGFR の発現抑制が認 誘導し,腫瘍の再発を抑制する可能性があることから, められた(Fig 2-A, B).よって,gefitinib と irinotecan gefitinib/irinotecan の併用により,EGFRvIII の発現も抑 の代謝産物である SN-38 が相乗的に HSC-2 に対してア えられている可能性があり,今後の検討課題である. ポトーシスを誘導させたことが示された. 今回明らかにした EGFR の変異のない HSC-2 に対す さらに,その相乗効果のメカニズムとして,SN-38 に る gefitinib/irinotecan の併用化学療法は EGFR の発現を よって HSC-2 の EGFR の発現が抑制され,同時に gefit- 減弱させ,強力にアポトーシスに誘導し,腫瘍の再増殖 inib により EGFR のチロシンキナーゼが抑制されたこ も抑制することから,口腔扁平上皮癌に有効であること 138 南部久美・富田至保・坂上 宏ほか が示唆された.今後,HSC-2 以外の口腔扁平上皮癌細 胞について,また,irinotecan と他の分子標的薬の併用 について検討する必要がある. 結 論 1 .Gefitinib と SN-38 の併用により HSC-2 に対して相 乗的にアポトーシスを誘導した. 2 .本薬剤の併用による HSC-2 の EGFR 発現抑制がア ポトーシス誘導の増加に関与している可能性が示唆さ れた. 稿を終えるにあたり,本研究に対し終始御懇切なる御指 導と御校閲を賜りました口腔生物再生医工学講座微生物学 分野 大森喜弘教授ならびに病態診断治療学講座口腔顎顔 面外科学第Ⅱ分野 坂下英明教授に厚くお礼申し上げま す.最後に口腔顎顔面外科学分野の皆様に厚く御礼申し上 げます. 引用文献 1)Guo B, Cao S, Toth K, Azrak RG, Rustum YM : Overexpression of Bax enhances antitumor activity of chemotherapeutic agents in human head and neck squamous cell carcinoma. 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