表面物理特論 Surface Physics 東京大学 工学部物理工学 大学院工学系研究科物理工学専攻 Graduate School of Engineering, Department of Applied Physics 福谷克之 教授 生産技術研究所 (IIS) http://oflab.iis.u-tokyo.ac.jp [email protected] 長谷川幸雄 准教授 物性研究所 (ISSP) http://hasegawa.issp.u-tokyo.ac.jp [email protected] 授業の進め方 前半(長谷川が担当、5回) ・表面科学の基礎とイントロダクション ・表面における原子構造 基本的な考え方 回折手法 ・超高真空における種々の現象(分子運動論を元にして) ・走査トンネル顕微鏡 採点は、レポート提出による 資料のWEBサイト(仮)、 http://cms.yhasegawa.webnode.jp/授業/表面物性特論/ Si(111)-7x7表面 表面における原子構造 原子の結合が切れる → エネルギー的に不安定な状態になる ダングリング・ボンドの生成 ダングリング・ボンドを減らすため、 原子配列が再構成 adatom ダングリングボンドの数:49本から19本に減少 corner hole rest atom 反結合準位 原子軌道 原子軌道 結合準位 結合による エネルギー利得 → その分、表面層内/下地層との結合が強くなる 表面緩和 表面超周期構造 unfaulted half faulted half アドアトムの原子間隔: 0.77nm Dimer-Adatom-Stacking fault モデル (東工大・高柳先生) 1 積層欠陥 表面緩和 ダイマー構造 ダングリングボンドが無い 積層欠陥により、導入される ・面間隔がバルクと異なること ・特に金属表面で顕著 ・”縮む”表面が多いが、”伸びる”表面もあり ・振動する場合もあり 例:Al(110)面 表面では、配位数が少なくなり、 その分、下層との結合が強くなる Au(111)-√3x23表面 フリーデル振動 表面の電荷分布 電子密度・ポテンシャルの振動 真空側 fcc hcp 波長:フェルミ波長/2 表面層がバルクに比べ、縮んでいる。 23の格子の中に24個の表面原子 固体側 定性的な説明 階段状の正電荷によるポテンシャルを打ち 消そうとすると、無限に大きい波数の電子波 が必要。波数の大きな電子状態はエネル ギーが高いので、完全に打ち消すことは出来 ない。 k=0の長波長から、フェルミ準位(波数kF)ま での電子状態が使えるので、波数kFの波が 現れる。 23 0 1 2 原子構造にも影響 N. D. Lang and W. Kohn, Phys. Rev. B 1, 4555 (1970) 2 fcc/hcp stacking モデル計算(Frank van der Merweによる) a バネ定数 k ポテンシャルの深さ W n番目の原子の位置 na0+un a0 u : ポテンシャルの底からのズレ k W 2 H = ∑ (un +1 − un + a0 − a ) + 2 n 2 hcp stacking fcc stacking ka du a − a 2 W 2π 2π 0 1 − cos + 1 − cos un ≅ ∫ 0 − a a0 2a0 a0 0 2 dx 極小となるu(x)は、オイラー・ラグランジェの方程式を用いて(問題) 2 π 2 d 2u π 2π u ( x) = a0 tan −1 exp = u γ = ka0 sin dx 2 2γ 2 a0 a0 π 2W a0γ u a0γ sine-Gordon方程式(ソリトンの式) a0 u dx x 一格子分ずれる http://chemwiki.ucdavis.edu/ http://www.tf.uni-kiel.de/matwis/amat/def_en/ kap_5/backbone/r5_4_1.html オイラー・ラグランジェの方程式 I = ∫ f ( x, y , y ' )dx を最小とする d ∂f ∂f − =0 dx ∂y ' ∂y 刃状転位のネットワーク x 刃状転位 (edge dislocation) y (x ) は、 dy dx 微分が入っている で与えられる。 バーガーズ・ベクトルと転位線が直交 → 刃状転位 (平行であれば、らせん転位) 3 部分転位への拡張 ヘリングボーン(にしんの骨)構造 ドメイン境界の間隔 1原子配列周期のずれに相当する バーガースベクトル 部分転位への拡張 2 hcp 転位のエネルギーはb に比例 鈍角三角形なので 積層欠陥による エネルギーとの競合 l が成立 矢印の方向に歪緩和 交互に繰り返すことによって 2次元的に緩和 fcc hcp l が大きくなると、弾性エネルギーが増加 ”ドメイン境界どうしには引力が働く” ドメイン境界生成エネルギーとの兼ね合い Narasimhan and Vanderbilt, PRL 69, 1564 (1992). elbow(肘)サイト さまざまな歪緩和パターン 1ML 2ML 膜厚によって、バネ定数・ ポテンシャルの深さ・歪の大きさ などが変わる 2次元性 [121] 3ML バーガーズベクトル の差による欠陥が 存在 [1 01] 4ML バーガースベクトルが不連続 バーガースベクトルが連続 Cu/Ru(0001)表面 吸着物の優先吸着サイト Gunther et al. PRL, 74, 754 (1995) 4 表面構造解析 ナノ構造作成の基板として LEED(低速電子線回折) ・ 電子線を試料表面に照射し、回折パターンから構造を解析 *基本的に、X線回折と同じ *電子線は、X線に比べ、散乱強度が強いので、表面構造を反映した パターンとなる。(X線はほとんどすり抜ける) *回折条件は、散乱ベクトルが逆格子ベクトルと等しくなること (ラウエの回折条件) *表面の場合、逆格子はロッドになる(逆格子ロッド) 電子の波長(ドブロイ波長) λ= h 2mE λ (A ) = 150.4 E (eV ) 150eVの電子の波長は約1Å 原子間隔のオーダー Co nano islands on Au(111) surface LEED(低速電子回折)装置 2次元逆格子の定義 a i ⋅a*j = 2πδ ij を満たす a1* ,a*2 を逆格子基本ベクトルと定義 a1* = 2π * 1 a2 × n a1 × a 2 a*2 = 2π n × a1 a1 × a 2 * 2 a , a の向きは、それぞれ a 2 , a 1 に垂直 2π 1 a = a i sin θ * i グリッドは弾性散乱された 電子のみをスクリーンに映すため (エネルギー損失した電子を阻止 するため) 2π θ = 90 では a = ai * i o a a2 θ a1 a1 , a 2 : 単位格子の基本ベクトル n : 表面垂直方向単位ベクトル a 1* は a 2 と、 a *2 は a1と直交 (内積=0) a2 * 2 n a 1* 長さの比は逆転 a1 Si(111)-7x7表面のLEEDパターン a1* a*2 = a2 a1 5 ラウエ(Laue)の回折条件 a1 , a 2 , a 3 エワルド球 を単位ベクトルとして周期的に配列する原子からの回折を考える 散乱ベクトル si , s o 出射波 入射波 ks = ko − ki :入射・散乱方向の単位ベクトル 弾性散乱のみを考える si θo so θi ko = ki = 散乱波が強められる条件は、 2π 入射波の波数ベクトル k iの始点を中心 とし、半径 k i の球を描く。 k i の終点を原点として逆格子を置いた とき、その交点が出射ベクトルの方向。 λ 光路長の差が、波長の整数倍 a1 原子 逆格子ベクトルの定義 a i ⋅a*j = 2πδ ij より、 a(cos θ o − cos θ i ) = nλ a1 ⋅ ( so − si ) = nλ ( a 2 ,a 3 に対しても同様) 交差し ている エネルギーを変えると波長が変化し、 エワルド球の半径も変化 λ s o − si = (ha1* + ka*2 + la*3 ) h, k, l は整数 2π 2π * * * 波数ベクトル k = s を用いて、 k o − k i = ha1 + ka 2 + la 3 λ 散乱ベクトル が逆格子ベクトルと等しくなる条件を求める方法 ks = ko − ki ki デバイ・シェラー法: 粉末結晶(多結晶)を用いる ラウエ法 白色X線(多波長のX線)を用いる (000) が逆格子ベクトルの整数倍の和と等しくなることが条件 位相差 位相差=2π × 三次元結晶の場合、逆格子は点 エワルド球と重なる点は少ない ko ラウエ関数 ( k s (= k o − k i ) は散乱ベクトル) r だけ離れた原子間の位相差: ks・r 光路長の差 波長 等間隔に配列した原子N個からの散乱強度は? rn = na ( = 0 にある原子と x0 にある原子による散乱の位相差は 位相差=2π × x1 ⋅ ( so − si ) λ = k S ⋅ x1 x0 にある原子による散乱波には、 exp (ik S x1 ) が係る 散乱振幅は、すべての原子(位置: xi )による散乱波の和 ∑ exp(ik x ) S i i 散乱振幅 F (k ) = ∑ exp (ik ⋅ na ) = 散乱強度 特徴 ・ k ⋅a = 2 nπでピーク ・ ピーク値: N2 面積はNに 比例 ・ ピーク幅: N-1 N → ∞ では、 I (k ) → Nδ (k − G ) I(k)/N2 原点 x ) e ika e iNka − 1 sin ( Nka / 2 ) = e iNka / 2 e ika − 1 sin (ka / 2 ) n =1 2 sin ( Nka / 2 ) 2 I (k ) = F (k ) = ← ラウエ関数 sin (ka / 2 ) N 光路長の差が、波長の整数倍 の条件は、位相差が2πの整数倍 となる。 Gはaの逆格子ベクトルの整数倍 N = 2 では、 I (k ) = 4 cos2 ka = 2(coska +1) 2 ka/2π 6 1原子層の逆格子 1原子層からの散乱を考える エワルド球(表面の場合) 理想的な二次元格子ならば、 逆格子が棒状になる。 (逆格子ロッド) (l , m : − ∞ ~ ∞ ) rlmn = la1 + ma 2 + a 3 ∞ ∞ l m * 2 F (k ) = ∑ exp(ik ⋅ la1 )∑ exp(ik ⋅ ma 2 ) exp (ik ⋅ a 3 ) ( エネルギー:大 エネルギーが変わると 半径が変わる エネルギー:大 ) I (k ) ∝ δ k // − la1* − ma , k ⊥ には条件は無い。 出射電子の 波数ベクトル エネルギー:増加 → 波数:増加 → 半径:増加 k = k // + k ⊥ 面内成分と面直成分 散乱ベクトル 入射電子の 波数ベクトル エネルギー:小 エネルギー:小 エネルギーを増やすと、 回折スポットは中心に向かう 逆格子ロッド 電子の脱出深さ 光電子分光でどれだけの深さの電子状態が検出されるか? 物質に依らない Si(111)-7x7表面の LEEDパターン ユニバーサル曲線 10原子層 電子線エネルギー依存性 1原子層 電子・正孔対生成 による損失 プラズモン(自由電子の集団励起) による損失 エネルギーを上げると、 回折スポトは中心に向かう 7 2原子層の逆格子 2原子層からの散乱を考える (l , m : − ∞ ~ ∞, n : 1,2) rlmn = la1 + ma 2 + na 3 ∞ ∞ l m 実際の逆格子ロッド 2 F (k ) = ∑ exp (ik ⋅ la1 )∑ exp(ik ⋅ ma 2 )∑ exp(ik ⋅ na 3 ) ( n =1 ) I (k ) ∝ δ k // − la1* − ma*2 (1 + cos k ⊥ a 3 ) 散乱強度を太さで表わすとすれば、、、 2π k⊥ = n でピークを持つ波 a3 理想的な二次元格子 の逆格子ロッド 実際の逆格子ロッド 三次元格子の 逆格子点 (注: ロッドの太さが変わるのではなく、強度が変わる) ・表面数層からの散乱(最外層のみではない) ・表面緩和 逆格子ロッドの変調 反射高速電子回折(RHEED) 電子線のエネルギーを変えながら、強度を測定することで、 ロッドの強度分布を評価し、表面での三次元構造を解析する。 (I-V曲線) 反射高速電子回折(RHEED) Si(111)7x7表面 逆格子ロッドを上から見ると… 高速の電子線(~15kV)を表面すれすれに入射 (波長: ~0.1Å) [ 1 1 2] 1次ラウエゾーン 0次 1次 ラウエ ラウエ ゾーン ゾーン 7x7構造による スポット 結晶成長のモニターとして… エバルト球 0次ラウエゾーン [1 1 0] [ 1 10] 出射電子波の波数ベクトル 入射方向に垂直面内の逆格子ロッドは、 RHEEDパターンでは円弧状に配列 入射電子波の波数ベクトル 入射電子線方向 [112 ] 逆格子ロッド 8 cf: ポアソン和の公式 段差がある表面からの回折パターン ここでトリック ∑ f (ρ λµ ) = ∫ ∫ drf (r )∑ δ (r − ρ λµ ) ∝ ∑ ∫ ∫ drf (r )exp( −iG hk r) 簡単のため、表面層からのみの散乱を考える λ ,µ λ ,µ h,k Ghk = ha1* + ka 2* 格子サイトでデルタ関数 ∝ ∑ exp(−iG hk r ) 高さが場所に依存 rlmn = la1 + ma 2 + n(l , m)a 3 = rlm + n(rlm )a 3 (l , m : − ∞ ~ ∞ ) n(整数)は l と m の関数 散乱振幅 F (k ) = ∑ exp(ik ⋅ rlmn ) = ∑ exp(ik // ⋅ rlm ) exp (ik ⊥ ⋅ n(rlm )a 3 ) I (k ) ∝ ∑ ∫ ∫ dr exp (i (k // − G hk )r )∑ exp (ik ⊥ ⋅ n(rlm + r )a 3 − n(rlm )a 3 ) h,k l ,m I (k ) = ∑ I1 (k // − G hk ) h ,k l .m I1 ( k ) ∝ ∫ ∫ dr exp(ik // r )∑ exp(ik ⊥ ⋅ (n( rlm + r ) − n( rlm ) )a3 ) r'-rをρで書き換える I (k ) = F (k ) = ∑ ∑ exp (ik // ⋅ (rl′m′ − rlm )) exp (ik ⊥ ⋅ (n(rl ′m′ )a 3 − n(rlm )a 3 )) 散乱強度 2 l ,m l ,m l ′, m′ c (k ⊥ , r ) とする = ∑ exp(ik // ⋅ ρ λµ )∑ exp (ik ⊥ ⋅ (n(rlm + ρ λµ )a 3 − n(rlm )a 3 )) λ ,µ l ,m ρだけ離れたところとの高さの差 以前の計算ではk//=Gkhとなったが、 今回はそうはならない 散乱強度 S(k)は、各逆格子ロッドGhk の周りで、I1(k)の強度分布を持つ。 高さの差による位相差を持つ波の和 I1 (k ) ∝ ∫ ∫ dr exp(ik // r )c (k ⊥ , r ) 2レベルの1次元表面を考える = ∫ dr exp(ik // r )[1 + cos k ⊥ s + (1 − cos k ⊥ s) exp(−r / ξ )] 段差の高さ: s フーリエ変換 仮定: r 離れた位置で、元の位置と同じレベルである確率 1 + exp(− r / ξ ) 2 高さの情報がξ程度まで拡がっている 相関長: ξ アイランドおよび凹地の平均サイズ: 2ξ 指数関数 → ローレンツ関数 回折スポットがk//方向に拡がる 1/ξ k// ローレンツ関数 高さの差による位相差を持つ波の和 l ,m r 離れた位置での高さと元の位置の高さの関係は、上上、上下、下上、下下の4通り 1 + exp(−r / ξ ) 1 − exp(− r / ξ ) + [exp(ik ⊥ s) + exp(−ik⊥ s)] 2 2 下上 上上と下下 r に依らない → デルタ関数 = (1 + cos k ⊥ s )δ (k // ) + (1 − cos k ⊥ s)(半値半幅 1/ξ のローレンツ関数) (r = 0 で 1、 r = ∞ で 1/2) c (k ⊥ , r ) = ∑ exp(ik ⊥ ⋅ (n(rlm + r ) − n(rlm ) )a 3 ) = 2× フーリエ変換 h,k したがって 上下 回折スポットの周りにブロードな構造 半値幅から相関長(アイランドサイズ等)が推定できる ∫ ∞ −∞ exp( −α x ) exp(ikx) dx = 2α x +α 2 2 半値半幅 α レベルが異なる確率 = 1 + cos k ⊥ s + (1 − cos k ⊥ s ) exp( − r / ξ ) 9 デルタ関数とローレンツ関数の比はk⊥に依存 (積分強度の和は一定) (i) k⊥s = 2nπ のとき: in-phase条件 段差による位相差ゼロ → 粗さの寄与が見えなくなる デルタ関数のみ (1原子層の場合と同じ) k// (ii) k⊥s = (2n+1)π のとき: out-of-phase条件 段差による位相差 π ローレンツ関数のみ 大きさ2ξのドメイン 1/ξ k// 表面層のみしか考えない場合 逆格子ロッドの変調 今回は、強度変調ではなくて、 k//(逆格子)空間での拡がりの変調 10
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