高速 A/D コンバータのサンプリング時トランジェント Doug Stuetzle 高速アナログ・デジタル・コンバータ(A/D コンバータ)は、アナログ信 号インタフェースの境界ではトラック・ホールド・デバイスです。した がって、A/D コンバータはサンプリング・コンデンサとサンプリング・ス イッチを内蔵しています。これらの素子は入力信号を交互に追従して 入力信号電圧を交互に保持するので、これらの素子の動作によって少 量のトランジェント電圧とトランジェント電流が発生します。これらのト ランジェントによって、A/D コンバータのアナログ入力を駆動する回路 に歪みが生じます。 力から切り離し、コンデンサの電圧を量子化す るデジタル回路にコンデンサの電圧を与える段 階です。サンプル・クロックのあるエッジ(たとえ ば、立ち上がりエッジ)からトラック・フェーズが 始まり、次のエッジ(たとえば、立ち下がりエッ ジ)からホールド・フェーズが始まります。 トラック・フェーズからホールド・フェーズへの遷 移は 2 つの遷移状態から成ることに注意してくだ さい。遷移状態が存在するのは、3 つのスイッチ が状態を一度に変更するのではなく、順番に変 これらの影響を特に受けやすいのが高分解能 入力トラック・ホールド・モデル A/Dコンバータです。入力電圧範囲が2Vピーク・ トラック・ホールド機能を実装するための入力回 フェーズへの遷移を、遷移状態とともに図 2 に示 路を図 1 に示します。これは簡略化されたモデ します。サンプル容量とスイッチ容量でのトラン トゥ・ピークの標準的な 16 ビット A/D コンバー タについて考えます。デジタル出力に 1 ビット分 作用するために必要なアナログ入力電圧の変化 は、約 30µV です。 これらの高性能コンバータはほとんどの場合、 差動入力デバイスですが、ここでの分析は、トラ ンジェントの影響を示すためにシングルエンド 回路モデルから始めます。これらの影響が正確 な差動設定にどの程度出るかは、 A/D コンバー タを駆動する信号源と A/D コンバータ自体の同 相除去比に大きく依存します。 更するからです。 トラック・フェーズからホールド・ ルですが、入力波形を歪ませる可能性がある電 ジェント電流の方向に注意してください。場合に 荷移動の影響を説明する役割を果たします。 よっては、スイッチ制御電圧が上昇 / 下降するの 3 つの CMOS スイッチ、サンプル・コンデンサ、 に応じて電流の方向が変わります。 オペアンプがあります。この回路は 100MHz 以 トラック・フェーズからホールド・フェーズへの 上で動作可能なサンプル・クロックによって駆動 遷移時に、サンプル・コンデンサに過渡的な電 されます。サンプル・クロックは 2 つのフェーズ 荷がかかり、ホールド・フェーズの開始時にこの が交互に出現します。1 つはトラック・フェーズ コンデンサの最終電圧が変わることがあります。 で、入力アナログ電圧がサンプル・コンデンサに こうした不規則な電荷が生じる理由は、 CMOS 印加されている段階であり、もう1 つはホールド・ スイッチ に特 有 の チャネル 容 量です。3 つ の フェーズで、サンプル・コンデンサをアナログ入 CMOS スイッチには、それぞれゲートとチャネ ルの間に寄生容量が存在します。スイッチの制 御電圧が変化すると、少量の電荷がチャネルに 図 1.シングルエンド信号の場合の SW3 • スイッチ SW1 および SW2 は閉じています。こ れらのスイッチの制御電圧は DC1.8V です。 0V CSAMPLE RG SW2 トラック・フェーズでは、状態は以下のとおりです。 0V VC VG 移ります。 ROPEN トラック・ホールド・モデル NODE B NODE A SW1 ROPEN ROPEN VC 0V スイッチのチャネル容量は 1.8V に充電されま – + す。 DIGITIZER • スイッチ SW3 は開いています。このスイッチ の制御電圧はDC0Vです。 このスイッチのチャ ネル容量は 0V に充電されます。 34 | 2014年1月: LT Journal of Analog Innovation 設計上のアイデア 図 2.トラック・フェーズから遷移状態を経由してホールド・フェーズへの遷移 ROPEN SW3 (a) トラック・フェーズ 0V 以下は、トラック・フェーズからホールド・フェー + CSAMPLE + RG ズへの遷移を構成する一連の事象です。 1. SW1 の制御電圧 VC1 は、 DC0V に減少して + SW2 VG 0V VC2 NODE A + SW1 ROPEN いきます。 ROPEN – NODE B + VC1 DIGITIZER 0V • ノード B の電圧は SW1 の電荷によって低下 します。 ROPEN • SW1 のチャネル上の電荷の一部はサンプ ル・コンデンサに流れ込みます。この結果、 サンプル・コンデンサの電荷は増加します。 SW3 (b)遷移状態 1 + • サンプル・コンデンサ両端の電圧が増加し 0V ます。 VC2 i i CSAMPLE + RG 2. SW2 の制御電圧 VC2 は、 DC0V に減少して いきます。 + SW2 VG 0V i – NODE B i NODE A + SW1 ROPEN • ノード A の電圧は SW2 の電荷によって低下 ROPEN DIGITIZER 0V します。 • SW2 のチャネル上の電荷の一部はサンプ ル・コンデンサに流れ込みます。この結果、 サンプル・コンデンサの電荷は減少します。 • サンプル・コンデンサ両端の電圧が減少し ROPEN SW3 (c)遷移状態 2 + ます。 i 0V 3. SW3 の制御電圧 VC3 は、DC1.8V に増加して RG いきます。 • ノード A の電圧は SW3 のチャネル容量に 0V i + i SW2 VG CSAMPLE + – NODE B i NODE A + SW1 ROPEN よって上昇します。 ROPEN DIGITIZER 0V • サンプル・コンデンサ両端の電圧が増加し ます。 • この一連の事象の最後に、サンプル・コンデ ンサの電荷(したがって電圧)が変化します。 ROPEN SW3 (d)ホールド・フェーズ i i 0V RG SW2 VG + i CSAMPLE + + NODE B 0V VC3 – i NODE A + SW1 ROPEN ROPEN DIGITIZER 0V 2014年1月: LT Journal of Analog Innovation | 35 アナログ信号源と A/D コンバータ入力を結ぶ入力回路網は、ここで説明した過渡的な電荷の影響の 一因となります。特に、電荷を蓄積するか電荷の伝送を遅らせる素子は、スイッチの状態が変わると 余計な副作用が生じることがあります。一般に、入力回路網はドライバ・アンプ、簡単な RC 回路網(通 常はローパス・フィルタ)、およびある程度の長さの伝送線路で構成されます。伝送線路がある程度の 長さになるのは、特に A/D コンバータのパッケージが小型になると避けられません。 図 3.トラッキング・フェーズの終わり、スイッチの寄生容量がある場合 1.2 5 1 4 SAMPLE CAP CURRENT OP AMP OUT SAMPLE CAP VOLTAGE SOURCE IN SW1, SW2, SW3 0.6 3 2 0.4 1 0.2 0 –1 0 –0.2 CURRENT (mA) VOLTAGE (V) 0.8 4.5 5 5.5 6 6.5 7 TIME (ns) 7.5 8 8.5 9 9.5 –2 図 4.トラッキング・フェーズの終わり、スイッチの寄生容量、RC 回路網、および 200ps の伝送線路がある場合 1.2 5 1 4 SAMPLE CAP CURRENT OP AMP OUT SAMPLE CAP VOLTAGE SOURCE IN SW1, SW2, SW3 0.6 0.4 3 2 1 0 0.2 –1 0 –0.2 CURRENT (mA) VOLTAGE (V) 0.8 4.5 5 5.5 6 6.5 7 TIME (ns) 7.5 8 8.5 9 9.5 –2 1.15 1.14 1.13 1.12 1.11 1.10 1.09 1.08 1.07 1.06 1.05 1.04 1.03 1.02 1.01 1.00 5 4 3 2 SAMPLE CAP CURRENT SAMPLE CAP VOLTAGE SW1, SW2, SW3 1 0 –1 4.5 5 5.5 36 | 2014年1月: LT Journal of Analog Innovation 6 6.5 7 TIME (ns) 7.5 8 8.5 9 9.5 –2 CURRENT (mA) VOLTAGE (V) 図 5.サンプル・コンデンサの電圧でのトランジェントの詳細 設計上のアイデア 時間領域のモデリング 入るまでにトランジェントが安定化する場合、サ 標準的な入力トラック・ホールド回路の時間領 ンプル・コンデンサの最終的な電圧に与えるトラ にさらに影響する場合があることも分かったの ンジェントの影響はなくなります。図 5 では、サ で、この電圧は、そのサンプリングの間に A/D コ ンプル・コンデンサ電圧でのこれらのトランジェ ンバータのデジタル量子化部に伝達されます。 域動作は、PSPICE でモデル化できます。前提と なるパラメータを以下に示します。 • 入力信号 = 5MHz の正弦波、1V ピーク ントをより詳細に示します。 • サンプル容量 = 2pF 実際には、3 回のスイッチ切り換え間隔は 2ns で • スイッチのチャネル容量 = 0.2pF はなく、100ps 程度です。この短期間では、最後 • スイッチの制御電圧 = 0V/1.8V のスイッチが閉じてサンプル・コンデンサの電圧 • スイッチのランプ時間 = 100ps が捕捉されるまでにトランジェントが減衰する時 2ns の間隔でスイッチングを 3 回行うと、スイッ チングの影響がより明らかになります。最初に SW1 が 5ns のときに開くそれぞれのスイッチン グ事象を図 3 に示します。7ns には SW2 が開き、 す。トランジェントのセトリングがこの最終電荷 複数回のサンプリングの影響 ここまでは、1 回のサンプリングに関する副作用 の影響について調べてきました。次の段階では、 視野を広げて、サンプル・コンデンサの電圧が 数回のサンプリングの瞬間での入力電圧とどの 間はほとんどありません。伝送線路構造体から のエコーに関しては、このことが重要になります。 この挙動を図 6 に示します。 程度異なるかを調べます。この様子を図 8 に示 します。入力信号は 1MHz の正弦波で、サンプ ル・レートは 20Msps です。各トラック・フェーズ の終わりは青い縦方向の点線で示しています。 サンプル・コンデンサでのトランジェントの詳細 SW3 が 9ns に閉じます。トラッキング・フェーズ を図 7 に示します。サンプル・スイッチからの電 が完了すると、オペアンプの出力電圧がサンプ 荷注入がサンプル・コンデンサに蓄積される最 ル・コンデンサの電圧と一致することに注意して 終電荷に影響することを示しています。これはト ください。ただし、この電圧は入力電圧とは異な ラック・ホールド回路に関する典型的な問題で サンプル・コンデンサの誤差電圧は、サンプル・ コンデンサの電圧と入力信号電圧の差として定 義されます。 ります。スイッチによって注入された電荷がその 理由です。 図 6.スイッチの高速切り換え動作 1.2 5 入力回路網は、前述した過渡的な電荷の影響 1 4 の一因となります。特に、電荷を蓄積するか電 0.8 変わると余計な副作用が生じることがあります。 一般に、入力回路網はドライバ・アンプ、簡単 な RC 回路網(通常はローパス・フィルタ)、お 0.6 0.4 に A/D コンバータのパッケージが小型になると –0.2 避けられません。ディスクリート部品の回路網か 図 4 でこれらの副作用を調べると、入力信号に ます。SW1 が開くと入力信号は初期トランジェン トを示し、このトランジェントのエコーが 400ps 間隔で現れます。あまり明確ではありませんが、 サンプル・コンデンサでのトランジェントとその エコーは引き続き存在しています。スイッチ切り 換えの間隔が十分にあり、ホールド・フェーズに VOLTAGE (V) トランジェントが加わっていることが分かります。 パス・フィルタと 200ps の伝送線路で構成され 0 –1 4.6 4.7 4.8 4.9 5 5.1 TIME (ns) 5.2 5.3 5.4 5.5 5.6 –2 図 7.スイッチを高速で切り換えた場合のサンプル・コンデンサでのトランジェントの詳細 す。このため、差動の伝送線路が使用されます。 この場合、入力回路網は π セクション RC ロー 1 0 す。伝送線路がある程度の長さになるのは、特 まま(常に差動で)伝達するには距離が関係しま 2 0.2 よびある程度の長さの伝送線路で構成されま ら A/D コンバータの入力ピンへ入力信号をその 3 SAMPLE CAP CURRENT OP AMP OUT SAMPLE CAP VOLTAGE SOURCE IN SW1, SW2, SW3 CURRENT (mA) 荷の伝送を遅らせる素子は、スイッチの状態が VOLTAGE (V) アナログ信号源と A/D コンバータ入力を結ぶ 1.13 1.12 1.11 1.10 1.09 1.08 1.07 1.06 1.05 1.04 1.03 1.02 1.01 1.00 0.98 0.97 SAMPLE CAP CURRENT SAMPLE CAP VOLTAGE SW1, SW2, SW3 4.6 4.7 4.8 4.9 5 5.1 TIME (ns) 5.2 5.3 5.4 5.5 5.6 12 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0 –1 –2 –3 CURRENT (mA) 入力回路網の影響 2014年1月: LT Journal of Analog Innovation | 37 A/D コンバータの入力に配置されるトラック・ホールド回路は、駆動する回路に過渡的な 電荷を必ず注入します。これらの電荷は、サンプリングの瞬間にサンプル・コンデンサに 毎回蓄積される電圧の精度に影響する可能性があります。重要な間隔は、トラック・フェー ズからホールド・フェーズに遷移するための所要時間です。この時間中にスイッチが切り 換わるので、サンプル・コンデンサに蓄積される電圧は不安定になる可能性があります。 対象となる実際の誤差は、ホールド・フェーズの 図 8.サンプル・コンデンサの値と信号源電圧 終了時のサンプル・コンデンサの電圧とトラック・ 1.2 フェーズの終了時の入力電圧の差から成ります。 1 これら一連のサンプリング誤差を信号の 1 周期 0.8 0.6 AMPLITUDE (V) にわたってプロットした結果を図 9 に示します。 真の入力信号からのずれは、時間変動量である ことに注意してください。除去したり無視したり できる DC オフセットを表しているわけではあり ません。誤差は、ほとんどの場合、デジタル化さ 0.4 0.2 0 –0.2 –0.4 –0.6 れた A/D コンバータ出力の多重高調波信号お SAMPLE CAPACITOR ERROR VOLTAGE TRACK PHASE END VADC(IN) –0.8 よび多重スプリアス信号として現れます。 –1 –1.2 同相と差動 0 100 200 300 400 500 TIME (ns) 600 700 800 900 1000 ここまでの調査をすべて行うと、出力信号でのト ランジェントの影響を大幅に低減する重要な要 因があることが分かります。この要因は、A/D コ ンバータの同相除去性能です。A/D コンバータ の入力は差動であり、差動入力信号を受け付け コンデンサに蓄積される電圧は不安定になる可 方向に反射させたりする入力回路素子によって、 能性があります。 電荷の乱れは悪化します。通常、後者の影響は、 ます。ただし、スイッチ切り換えの影響は差動で 幸い、A/D コンバータの入力は通常は差動であ はありません。影響は入力回路の両側で同じで り、望ましくないトランジェントは同相です。にも す。切り換え時の電荷移動は必ず同相なので、 かかわらず、大量の電荷を蓄積したり電荷を両 これは A/D コンバータによって除去されます。デ 120 まとめ 115 重要な間隔は、トラック・フェーズからホールド・ フェーズに遷移するための所要時間です。この 時間中にスイッチが切り換わるので、サンプル・ 38 | 2014年1月: LT Journal of Analog Innovation ERROR (mV) A/D コンバータの入力に配置されるトラック・ れる電圧の精度に影響する可能性があります。 端に、伝送線路に対して反射する回路素子があ 図 9.サンプリングの瞬間での誤差電圧 A/Dコンバータの同相除去性能にも依存します。 グの瞬間にサンプル・コンデンサに毎回蓄積さ る結果として現れます。特に、伝送線路の入力 なります。 な影響は、不規則な電荷の大きさだけではなく、 を必ず注入します。これらの電荷は、サンプリン とホールド・フェーズの間の遷移時間内に収ま る場合、これらの素子は反射の大きさの一因と ジタル表現出力信号でのこうした歪みの最終的 ホールド回路は、駆動する回路に過渡的な電荷 伝送線路の往復の遅延時間がトラック・フェーズ 前述したすべてのモデリングは、LTspice と簡 単な入力回路モデルを使用して行いました。概 説した歪みの大きさやスペクトル分布を推定す る実用的な方法はありませんが、分析結果から、 過渡的な電荷の蓄積および反射を最小限に抑 110 105 100 100 0 200 300 400 500 600 700 800 900 1000 TIME (ns) えれば歪みを減らすことができます。n
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