STIC の定理

在庫管理の統一理論
STIC の定理
在庫管理の統一理論
STIC の定理
The Law of Streaming Inventory’s Characteristics
サプライ・チェーン・マネジメントへの展開を見据えて
DPM 研究舎
佐々木俊雄
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Written by Toshio Sasaki
在庫管理の統一理論
STIC の定理
目次
1章
背景と概要
2章
在庫管理の構成要素と構造
2.1 受注間隔の分布と受注件数の分布との関係
2.2 受注量の構成要素
2.3 在庫補充に要する時間
2.4 流動インベントリー(STI)
2.5 構成要素と構造-まとめ
3章
分散を表す数理モデルの導出
3.1 受注量の分散を求める式
3.2 受注量分散式をシミュレーションで確認
3.3 受注量分散式の変形例
3.4 流動インベントリー(STI)の大きさを求める式
3.5 受注量が正規分布に近似しない場合
4章
在庫補充方法の検討
4.1 定期発注方式;3 つのケースで比較
4.2 ケース 1~3の結果の要因分析
4.3 定量発注方式での比較
5章
流動インベントリー(STI)の特性;STIC の定理
6章
STIC 発注方式の骨子
7章
まとめ-汎用性と発展性-
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1章
STIC の定理
背景と概要
大量生産が始まった頃、市場は売り手市場であった。時間を置かずに売れる完成品の在庫
管理はあまり必要ではない。もっぱら、工場の生産性低下を招く材料切れ防止のため、資
材の在庫管理に関心があった。そのような状況下で現在の在庫管理の方法が形成され始め
たと考えられる。
20 世紀半ばを過ぎるころから、製品・サービスの多様化が目立つようになった。市場は徐々
に買手市場に移行する。生産の分業・分社化が進み、規模も拡大し、原材料、部品、半完
成品そして完成品の在庫量も増加の一途をたどる。生産・物流のあらゆるところで在庫管
理の必要性は高まっていった。
スーパーマーケットの出現は販売・流通に革命的進歩をもたらした。それをヒントにかん
ばん方式が考案され、生産側の在庫管理のレベルも向上した。そして IT 技術の進歩は、規
模の拡大とともに複雑化し続けているサプライ・チェーンを支え、今も進化し続けている。
全体を俯瞰すれば、高度なサプライチェーンは業種ごと、あるいは大企業中心に形成され
る。それに属さない、あるいはそれの恩恵を受けない企業も多数ある。
サプライ・チェーンの基本機能のひとつは在庫管理である。高度なサプライ・チェーン・
システムを構成する在庫管理はどのようなものなのか。少なくとも、巷の一般的な在庫管
理のレベルよりははるかに高いと推察される。しかし、業界の固有条件があるためか、企
業の機密防衛のためか、概要を知ることはできても、それを支える理論や詳細のロジック
を知るすべはない。巷の低き在庫管理のレベルを上げることはないようである。
在庫管理は簡単にいえば、欠品の最少化と保有在庫量の最少化とのせめぎ合いである。欠
品を少なくしようとすれば保有在庫量は増え、保有在庫を少なくしようとすれば欠品が増
える。自ずと把握しやすい保有在庫の適正化を志向し、そこに管理基準を設けることにな
る。補充発注のトリガーとしての発注点はその具体例であろう。
取り残された感のある在庫管理ではあるが、これまでも様々な工夫、改良が続けられてい
るのも事実である。そのうちのいくつかを挙げれば、発注点の設定方法の工夫、在庫と需
要予測で発注量を決める方法、間欠需要に対応したもの、顧客リードタイム(受注から納
入までの時間)がある場合、そして究極の発注方式だとされる適時適量発注(不定期不定
量発注)方式などである。
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STIC の定理
様々な改良が行われている現行の在庫管理ではあるが、今尚、過剰在庫と欠品の問題が解
消されているとはいえない。管理方法に問題があるのかもしれないが、それは要点ではな
い。問題の本質は、在庫管理の理論に欠陥があるためではないか。いくつか、挙げてみよ
う。
・ 需要(受注量)を正しく捉えていないのではないか
受注量は受注件数と受注 1 件ごとの受注量(以下、量/件)からなる。例えば、月間の
ある商品の受注件数の平均が 10 件、量/件の平均が 20 個の場合とそれぞれ 20 件、10
個の場合では、月間の受注数量の平均は同じでもバラツキが異なる(需要の母集団は同
じとする)。つまり、受注件数と量/件とを識別して受注量を捉える必要があるが、現在
の在庫理論ではそうはなっていない。
・ 需要予測で「第 1 種の誤り 1 」を起こしているのではないか
定期不定量発注で発注量を決めるときに(納入リードタイム+発注サイクル)間の需
要予測を行う。そのとき平均値以外の予測値を使えば、需要の母集団が変化したとみ
なすことになる。母集団の変化がない(多くの場合そうであろう)のであれば、
「第 1
種の誤り」を犯すことになり、結果、必要在庫量の増大をもたらす。これを認識して
いるか。
・ 間欠需要で出荷ゼロの日をカウントしないとの主張がある。これはデータの改ざんとな
らないか。
間欠需要は受注間隔と観察時間(データ集計時間)との関係で現れるもので、需要
の特殊性はなく、従って特別なデータ処理をする必要はない。
・ 適時適量発注(不定期不定量発注)は、発注時期と発注量を発注側のルールで決めるだ
けで、適時適量の保障はない。「第 1 種の誤り」も含んでいる。
いかに膨大なデータを集め、高度な需要予測をして、複雑な数理計算で発注時期と
発注量を決めたとしても適時適量だとする根拠がない。適時とは、受注した時点、
適量とはそのときの受注量であり、それらを決めるのは市場である、とみることは
できないか。
微細にみればその他にも論理的疑問はある。それらを個々に修正するアプローチはもぐら
たたきになる危険を感じる。ここでは、一旦すべてをリセットし、原理原則をたどりなが
ら新たな在庫管理理論の構築を試みることにする。
1
ここでは母集団の平均や分散が変化していないにもかかわらず、変化したと判断する誤り
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STIC の定理
初めに、在庫管理を構成する主要素とその構造を明らかにした。すでに指摘したように、
受注量の構成要素を受注件数と量/件に分けた。在庫補充にかかる時間は保持する在庫量に
直接影響する。その時間構造も体系的に整理し直した。補充時間分の将来の需要に備える
在庫として、実在庫と発注残等を包含する流動インベントリー(Streaming Inventory;以
下 STI)という考え方を取り入れた。
次の課題は、STI の大きさを、バラツキを含めて、簡単に算出することである。そのために
受注量の分散を表す数理モデル、受注量分散式を導出した。
受注量の累積と補充発注量の累積の差がSTIの大きさに影響していることに着目し、在庫の
補充方法を検討した。他の条件が同じであれば、受注量と等しい量を補充発注するとき、
STIの不要な拡大を防ぐことができる。言い換えれば、補充発注量の決定に、需要予測や人
為的な操作は無用であることを意味する 2 。在庫補充の要となるSTIの特性をSTICの定理(The
Law of Streaming Inventory’s Characteristics)としてまとめた。
得られた知見に基づいて発案した STIC 発注方式の要点は以下の通り。
•
定期不定量発注;予め決められた発注間隔で、その間に受注した量を補充発注する。
•
定量不定期発注;受注量が予め決めた量に達したとき、その量を補充発注する。
•
不定期不定量発注;間欠的注文の場合、受注時に受注した量を直ちに補充発注する。
STIC の定理は現在広く行われている発注方式を記述することもできる。受注件数をかんば
ん枚数、量/件をかんばん 1 枚当りの個数に置き換えれば、現状の様々な変動を考慮に入れ
て、かんばん方式の詳細な分析ができる。資材、半製品、完成品を問わず、在庫が存在す
るあらゆる状況で、さらには、生産ラインと直結した仕掛在庫、工場倉庫にも STIC の定理
は適用できる。在庫管理の統一理論と呼ぶ所以である。
2需要の母集団が変わらない条件で。尚、需要予測は将来の流動インベントリーの大きさの見直しに必要。
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2章
2.1
STIC の定理
在庫管理の構成要素と構造
受注間隔の分布と受注件数の分布との関係
検討する在庫管理の基本モデルを図 2-1 に示す。顧客から入る注文の頻度はその時間間隔
で捉えることができる。それを受注間隔 Ti とする。注文の受け手はある期間、例えば 1 日
とか 1 週間など、業務に都合の良い時間間隔で受注件数 N をカウントする。その期間を集
計時間 Tg とする。図 2-2 に Ti、Tg、N の関係の一例を示す。
補充発注
調達先
受注
顧客
在庫
調達
出荷
図 2-1 在庫管理基本モデル
図 2-2 受注間隔、受注件数、集計時間の関係
Ti が指数分布するとき N はポアッソン分布することが知られている。Ti が指数分布以外で
は、N の分布を簡単な数理では導き出せないので、シミュレーションで確認してみる。Ti
の分布を指数分布、アーラン分布(k=2)、一様分布の 3 種類で、Tg を変化させて得られた
N の分布を図 2-3 に示す。使用したシミュレータは SIMUL8。
いずれの分布も、N が概ね 5~6 以上では正規分布に近似する。この現象は、多くの場合、
母集団がどんな分布であっても、それから無作為に抜き取られたサンプルの平均は、サン
プルサイズを大きくしたとき近似的に正規分布に従う、とする中心極限定理で説明できる。
N の分布が正規分布として扱えれば、正規分布に関する統計理論の適用が可能となる。N が
小さい領域では正規分布に近似することは難しいが、これについては 3 章の 3.5 で言及す
る。
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在庫管理の統一理論
0.12
0.08
0.06
0.04
0.02
0
0
5
10
0.08
0.07
0.06
0.05
0.04
0.03
0.02
0.01
0
N =1
0.4
0.35
0.3
0.25
0.2
0.15
0.1
0.05
0
平均
0.1
15
20
25
30
N=2
N =8
N = 10
0.6
3 4 5 6
分布、一様分布)
N=2
と夫々の N の分
0.4
N=5
0.3
0.2
N = 8 N = 10
布の一例、縦軸
0.1
は確率
0
30
24
27
21
15
18
9
12
6
0
3
0
平均
0.5
0.04
0.4
0.03
0.3
0.02
0.2
0.01
0.1
0
1 2
3 4
5 6
7 8
9 10 11 12 13 14 15 16 17 18
N =1
N=2
0.6
0.05
布(上から指数
7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18
N =1
0.5
0.06
Ti の分
分布、アーラン
0 1 2
平均
図 2-3
N=5
N=5
N=8
N = 10
0
0
5
10
15
20
25
0
1 2
3
4 5
受注間隔(Ti)
2.2
6
7 8
9 10 11 12 13 14 15 16 17 18
受注件数(N)
受注量の構成要素
Ti、Tg、N の間には N =
Tg
の関係がある。N のデータ数を m とすると、Tg 間の平均受注
Ti
Ng =
件数; Ng は次のようになる。
1
⋅
m
m
∑ Nj
j=1
一般的には注文量は注文ごとに異なる。注文 1 件ごとの受注量を量/件 Q とする。データ数
m の受注量の合計 Qsum と、量/件の平均 Q は次のようになる。
Qsum =
m
Nj
∑∑ Qjp 、
j=1 p =1
Q=
1
Ng ⋅ m
⋅ Qsum
受注量を D として、Tg 間の D の平均 Dg は次のようになる。
Dg =
1
⋅ Qsum = Ng ⋅ Q
m
2.3
在庫補充に要する時間
(2-1)
在庫管理では、在庫補充に要する時間が管理上、重要な要素となる。補充発注する側では、
発注間隔 Tcy が主であるが、検収や入庫作業などその他の時間 Tde も発生する。調達先で
発生する時間は調達リードタイム Tle である。補充時間 Tr は Tr = Tle + Tcy + Tde となる。
Tg は固定値として Tr の平均を Tr とすると、その間の平均受注量 Dr は次のようになる。
Dr =
Tr
⋅ Dg
Tg
(2-2)
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顧客リードタイム Tcu は顧客から注文が来て出荷するまでの時間である。顧客側の要求だ
けではなく、受注側が設定する場合もある。欠品なく在庫から出荷できる持続時間を在庫
依存時間 Tinv とし、その平均を Tinv 、Tcu の平均を Tcu とすると、Tinv 間の平均受注量 Dinv
は次のようになる。即納の場合 Tcu = 0 、従って Tinv = Tr 、 Dinv = Dr である。
Dinv =
2.4
Tinv Tr − Tcu
=
⋅ Dg
Tg
Tg
(2-3)
流動インベントリー
出荷を持続するためには補充に要する時間分の在庫、言い換えれば、将来のその時間分の
需 要 を 賄 う 在 庫 を 保 持 し て お く 必 要 が あ る 。 そ れ を 流 動 イ ン ベ ン ト リ ー (STreaming
Inventory;STI)と呼ぶことにする。STI は実在庫と発注残を包括し、その大きさは将来の補
充時間(在庫依存時間)内の、欠品率を考慮した受注見込み量の最大値となる。図 2-4 参
照。
流動インベントリー(60個)
発注残
③
5
実在庫
②
①
15
10
30
図 2-4 流動インベントリー(STI)の一例
2.5
構成要素と構造-まとめ
図 2-5 に在庫管理に関する主要素の構造をまとめた。上部は受注量の構造、下部は補充時
間や在庫依存時間の構造を示す。STI は補充時間や在庫依存時間での受注量を賄う在庫であ
る。
本章では各要素の平均値で構造の骨格を確認した。それぞれの大きさを知るためには、平
均値と分散を知る必要がある。分散については次章で言及する。
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集計時間(Tg)
受注件数(N)
受注量(D)
受注間隔(Ti)
量/件(Q)
流動インベントリー
発注間隔(Tcy)
(STI)
在庫依存時間
補充時間(Tr)
その他の時間(Tde)
(Tinv)
調達リードタイム(Tle)
顧客リードタイム(Tcu)
図 2-5 在庫管理の主構成要素と構造
3章
3.1
分散を表す数理モデルの導出
受注量の分散を求める式
受注量の平均は前述のように比較的簡単に求めることができる。流動インベントリー(STI)
の大きさを求めるためには、分散を表す数理モデルを導出する必要がある。顧客からの注
文の母集団は単一であるとして分析する 3 。集計時間Tgは一定として、受注間隔Tiの分散を
Vi 、受注件数Ngの分散をVng、量/件Qの分散をVq、受注量Dgの分散をVdgとする。
Tg 間の受注量の平均 Dg は既述の通り、次の式で表される。
Dg = Ng × Q
(2-1 再掲)
Vdg は、データ数がmのとき、次のようになる。
Vdg =
1
⋅
m −1
m
∑ (Dg − Dgj)
2
j=1
Vq=0 のとき Q = Q となり、式(2-1)を代入すると、Vdg は次のようになる。
Vdg =
1
⋅
m −1
Vng は、 Vng =
m
∑
2
( Ng ⋅ Q − Ngj ⋅ Q) 2 = Q ⋅
j =1
1
⋅
m −1
1
⋅
m −1
m
∑ ( Ng − Ngj)
2
j =1
m
∑ ( Ng − Ngj)
2
であるから、
j=1
2
Vdg は Vdg = Q ⋅ Vng となる。
次に、Vng=0 のとき Ng = Ng となり、Vdg は Ng 個の Vq の加法で求められる。
Vdg = Vq + Vq + ⋅ ⋅ ⋅ + Vq = Ng ⋅ Vq
Ng 個
3
複数母集団や母集団が変化した場合についての分析は割愛する
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Ng と Q は独立と考え、それらの分散は加法性に従うとして、Vdg はつぎのようになる。
2
Vdg = Q ⋅ Vng + Ng ⋅ Vq
(3-1)
式(3-1)を受注量分散式と呼ぶことにする。
3.2
受注量分散式をシミュレーションで確認
導き出した受注量分散式で算出した結果とシミュレーション結果を比較してみる。表 3-1
に示す 4 つのケースで行った。表中CiはTiの、CqはQの変動係数 4 である。計算結果とシミュ
レーションの結果を図 3-1 に示す。よく一致していることがわかる。
Ci
N,
N
Q,
Cq
ケース1
1
6
1, 2,
3, 5
ケース2
1
1, 2,
3, 6
5
0
1
5
0, 0.25,
0.5, 1
6
5
0.5
ケース3
1
0.25, 0.5,
ケース4
0.7, 1
0
シミュレーション
記号
Q
200
180
160
140
120
100
80
60
40
20
0
ケース1
ケース2
ケース3
ケース4
0
表 3-1 シミュレーションの条件
3.3
20
40
60
80
100 120
計算
140 160
180 200
図 3-1 計算とシミュレーションの相関
受注量分散式の変形例
図 3-2 はNとその分散Vn、図 3-3 はCiとVnの関係を示すシミュレーションデータで、この結
果から、 Vng = Ci 2 ⋅ Ng
が導かれる 5 。
12
Ci=1
Ci=0.7
Ci=0.5
Ci=0.25
10
8
受注件数の分散(Vn)
受注件数の分散(Vn)
12
6
4
2
N=5
6
4
N =1
2
0
0
図 3-2
5
N = 10
8
0
0
4
10
1
2
3
4
5
6
7
受注件数(N)
8
9
0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9
10 11
N と Vn との相関関係
1
1.1
変動係数(Ci)
図 3-3
Ci と Vn との相関関係
変動係数=標準偏差÷平均値
シミュレーション結果から導き出した近似式
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STIC の定理
2
Qの標準偏差Sqは Sq = Cq ⋅ Q 、また Vq = c∗2 ⋅ Sq で c ∗2 ≈ 1 とすると、 Vq = Cq 2 ⋅ Q なので 6 、
受注量分散式は次式のようになる。
2
Vdg = Q ⋅ Ng ⋅ (Ci 2 + Cq 2 )
(3-2)
また、補充時間の平均が Tr 、
その変動係数が Cr のとき受注量の分散 Vdr は次のようになる。
Vdr =
2
Tr
Tr
⋅ Q ⋅ Ng ⋅ (Ci 2 + Cq 2 ) + (
⋅ Q ⋅ Ng) 2 ⋅ Cr 2
Tg
Tg
(3-3)
さらに、顧客リードタイムがある場合、その変動係数が Ccu のとき、在庫依存時間 Tinv で
の受注量の分散 Vdinv は次のようになる。
Vdinv =
2
Tr
Tr
⋅ Q ⋅ Ng ⋅ (Ci 2 + Cq 2 ) + (
⋅ Q ⋅ Ng) 2 ⋅ (Cr 2 + Ccu 2 )
Tg
Tg
(3-4)
これらの変形式は受注量の分散を各要素の変動係数で求めたいときに便利である。
3.4
流動インベントリー(STI)の大きさを求める式
STI の大きさは、受注量の平均と分散から求めることができる。受注量の平均 Dinv は式
(2-2)、分散 Vdinv は式(3-3) (Tcu=0 のときは Dinv = Dr )、Tcu がある場合は式(2-3)と式
(3-4) を用い、下記の式(3-5)で求める。安全係数は標準偏差(σ)で表し、欠品率等を勘案
して決める。通常は標準偏差の 2~3 倍程度が一般的である。
STIの大きさ = Dinv + (安全係数) ⋅ Vdinv
3.5
(3-5)
受注量が正規分布に近似しない場合
STI の大きさを求めるとき、前提となっているのは受注量 D の分布が正規分布に近似するこ
とである。D は既述の通り受注件数 N と量/件 Q の積算で求められるが、N が 5~6 以上で Q
がある範囲でバラツクとき、D の分布も正規分布に近似することは中心極限定理で説明でき
る。しかし、それ以外の条件、例えば N が 4 以下で、Q が一定値であるなどの場合、D の分
布は正規分布に近似するとは言いがたい。
D の分布が正規分布に近似しがたいときに、正規分布として計算したら、どの程度の誤差が
6
c∗2 はデータ数によって異なる統計上の定数。式(3-2)は近似式。以降の式(3-3)~(3-5)も近似式
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STIC の定理
でるかを検討してみる。境界条件の 1 例として N が 1 で、Vn が 1、Q が 5(固定)のときの
D の分布を図 3-4 に示す。平均値と分散が同じ正規分布を重ねて表示してある。離散型と連
続カーブ、またマイナス側の分布の有り無し等、両者は似ていない。
STI の大きさを設定するポイントは D の分布の裾野であることに注目する。裾野のどこにす
るかは許容欠品率等を勘案して安全係数を設定することになるが、一般的には標準偏差
(σ)の 2~3 倍程度である。
図 3-5 に両者の累積確率のカーブを示す。図をみてわかるように 2σ 以上では両者の累積
確率の差は小さい。従って、D が正規分布に近似しがたい領域でも、正規分布に近似すると
して計算しても誤差は小さい。
図 3-6 は注文がない日もある間欠的な受注パターンである。図 3-7 は D の分布、図 3-8 は
累積確率カーブを示している。これも 2σ 以上では正規分布の累積確率カーブとの差は小
さい。従って、D の分布形状にかかわらず、ほとんどの場合、正規分布で近似した計算を行
っても実用上の問題はないと考えられる。
0.5
境界条件
正規分布
0.4
1.2
境界条件累積
1
正規分布累積
0.8
0.3
+4σ
0.6
0.2
+3σ
0.4
+1σ
平均
0.2
0.1
+2σ
0
0
-10
-10
-5
0
5
10
15
受注量(D)
20
25
-5
0
30
図 3-4 D の分布と正規分布、縦軸は確率
5
10
15
受注量(D)
20
25
30
図 3-5 累積確率カーブ、縦軸は確率
図 3-6
80
70
間欠需要の一例
60
横軸は日にち、縦軸は数量
50
40
30
20
10
0
0
2
4
6
8
10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 30
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STIC の定理
1.2
0.05
1
0.04
0.8
0.03
0.6
正規分布
0.02
データ
0.4
0.2
0.01
0
-20 -10
10
20 30 40
受注量(D)
50
60
0
70
図 3-7 間欠受注の D の分布と正規分布
4章
正規分布
0
-20
0
+3σ
+4σ
80
100
+2σ
+1σ
平均
20
40
60
受注量(D)
図 3-8 累積確率カーブ
在庫補充方法の検討
需要にあわせて欠品しないように在庫補充をすることは在庫管理の主機能のひとつである。
それを念頭に置きながら、在庫管理の構造を分析してきた。次に、得られた知見を基に、
具体的な在庫補充の方法について検討する。
4.1
定期発注方式;3 つのケースを比較
次の条件で検討する。
平均受注件数 N = 3 件/日、ポアッソン分布、分散 Vn=3
平均量/件 Q = 20個 /件 、正規分布、変動係数 Cq=0.25
調達リードタイム Tle= 4 日(固定)
発注サイクル Tcy= 2 日(固定)の定期発注方式
次の 3 つのケースでシミュレーションを行う。ケース 1 は現在行われている一般的な発注
方法を想定している。
9
ケース1;受注量と同一分布形状から無作為に抽出した値を補充時間の受注量予測値
として、補充発注量=受注量予測値-発注残-実在庫+安全在庫 を発注
20 × 3 × 2 = 120(個) を毎回補充発注
9
ケース2;予め決めた発注間隔での平均受注量
9
ケース3;発注サイクル間の受注量と同じ量を補充発注
図 4-1 に 500 日間の実在庫の推移を示す。いずれのケースも欠品が出ない最低の在庫量で
ある。図 4-2 は実在庫の分布状態である。ケース 3 の在庫が平均、最大とも一番少ない。
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Written by Toshio Sasaki
在庫管理の統一理論 STIC の定理
1200
ケース1
ケース2
ケース3
1000
800
図 4-1 ケース 1~3 の実
在庫の推移、横軸は日に
ち、縦軸は実在庫量
600
400
200
0
0
100
200
300
400
0.07
500
図 4-2 ケース 1~3 の実在庫の分布状態、
ケース1
ケース2
ケース3
0.06
0.05
0.04
横軸は実在庫量、縦軸は確率。
0.03
0.02
0.01
0
0
200
400
600
800
1000
図 4-3~図 4-5 はケース 1~3 の実在庫、発注待ち、発注、発注残を包括した流動インベン
トリー(STI)の 150 日~200 日の間の推移である。ケース 1、ケース 2 と比べ、ケース 3
の STI が小さいことがわかる。ケース 3 では STI が一定となることも特徴のひとつである。
図 4-3
ケース1
1200
1000
発注残2
発注残1
発注
倉庫在庫
800
600
400
200
ケース 1 の
STI の推移、横軸は日
にち、縦軸は個数
0
150
155
160
165
170
175
180
185
190
195
200
ケース2
1200
図 4-4
1000
800
発注残2
発注残1
発注
倉庫在庫
600
400
200
ケース 2 の
STI の推移
0
150
155
160
165
170
175
180
185
190
14/19
195
200
Written by Toshio Sasaki
在庫管理の統一理論 STIC の定理
ケース3
1200
1000
800
図 4-5
発注残2
発注残1
発注
発注待ち
倉庫在庫
600
400
200
ケース 3 の
STI の推移
0
150
4.2
155
160
165
170
175
180
185
190
195
200
ケース 1~3の結果の要因分析
ケース 1~3 の結果に差が出る要因は何か。図 4-6 に、ケース 1~3 それぞれの発注サイク
ル間の受注量と補充発注量の差の累積を示している。ケース 1 は予測の誤差はあるものの、
発注残と実在庫で補充発注ごとに補正されるため、ある範囲に収まっている。ケース 2 は
受注量の変動とは無関係に一定の数量を補充発注するため、受注量の変動の影響がそのま
ま出ている。ケース 3 は受注量をそのまま発注しているので補充発注ごとに累積差は解消
される。図 4-7 は、ケース 1~3 それぞれの受注発生毎の受注量の累積と補充発注量の累積
の推移を示している。ケース 3 は補充発注量と受注量の累積が発注時に一致している。
受注量の累積に対して補充発注量の累積が少なくなればなるほど、欠品のリスクは高まる。
それを防ぐためには STI を大きくする必要がある。また、補充発注量の累積が多くなれば
なるほど、無駄な在庫が積みあがることになる。このように受注量と補充発注量との累積
差が大きくなると STI も大きくなり、実在庫も多くなる。
図 4-6
1500
ケース1
ケース2
ケース3
1000
500
発注サイクル間の受注量
と補充発注量の累積差の推移、横
軸は日にち、縦軸は個数
0
0
100
200
300
400
500
600
700
800
900 1000
-500
-1000
2000
1500
1000
受注数量(件毎)
ケース1
ケース2
ケース3
図 4-7
積と補充発注量の累積の推移、横
軸は受注件数順、数字は日にち
(100 日~120 日)
500
縦軸は個数
15/19
11
1 28
0
11
6
11
2
11
4
11
0
10
8
10
0
10
2
10
4
10
6
0
-500
受注発生毎の受注量の累
Written by Toshio Sasaki
在庫管理の統一理論 STIC の定理
4.3
定量発注方式での比較
次に、定量発注方式でどうなるかを確認してみる。受注件数、量/件、調達リードタイムは
4.1 の定期発注方式と同じ。次の条件で比較してみる。
9
ケース 4;実在庫発注点 450 個、定量補充発注量 600 個(一般的な発注点方式)
9
ケース 5;受注量が 130 個に達したときに 130 個を補充発注
0.08
ケース4
図 4-8 に両者の実在庫の分布を示す。ケース
ケース5
0.06
5 の方が在庫は少ない。また両者の STI の推
0.04
移を図 4-9 と図 4-10 に示す。ケース 4 は鋸
0.02
歯状になるが、ケース 5 は低位で一定である。
0
0
200
400
600
800
従来の発注点方式は発注間隔を補充時間
1000
図 4-8 ケース 4 と 5 の実在庫の分布
(調達リードタイム)以下にはできないため
定量補充発注量の最少に限界がある。しかし
ケース 5 のように、受注量で決める場合はその制約がないため、定量補充発注量をほぼ任
意に選ぶことができ、滑らかな在庫補充を行うことができる。定期発注方式と同様に STI
は一定となり、在庫補充方法として定期発注、定量発注が互換的に選択しやすい。
1100
1000
900
800
700
600
500
400
300
200
100
0
図 4-9 ケース 4 の STI
発注残
発注数量
倉庫在庫
100
105
110
115
120
125
130
135
140
145
の推移
150
1100
1000
900
800
700
600
500
400
300
200
100
0
図 4-10 ケース 5 の STI
発注残2
発注残1
発注数量
発注待ち
倉庫在庫
100
105
110
115
120
125
130
135
140
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145
の推移
150
Written by Toshio Sasaki
在庫管理の統一理論 STIC の定理
5章
流動インベントリー(STI)の特性;STIC の定理
在庫管理に関する基本的な構造を調べ、そのメカニズムを調べてきた。在庫依存時間での
受注量の最大を流動インベントリー(STI)として保持しておくことで、ランダムに到着す
る注文に応えるというメカニズムである。ここで中心的な役割を果たすのが STI である。
言い換えれば、STI の、あるいは STI に関する特性が在庫管理の要となっていると言える。
在庫管理理論の中心的存在として、STI に関する特性を STIC の定理(The Law of Streaming
Inventory’s Characteristics)としてまとめた。
„
在庫が消費され、補充発注-発注残-検収を経て入庫されるまでのすべての状態にあ
るインベントリーを統合して流動インベントリー(STI)とする。
„
在庫依存時間での受注量
集計時間を Tg、補充時間の平均を Tr 、顧客リードタイムの平均を Tcu 、集計時間
での受注件数の平均を Ng 、量/件の平均を Q として、在庫依存時間での受注件数の
平均 N および受注量の平均 D は、
N=
Tr − Tcu
⋅ Ng
Tg
D = N⋅Q
となる。受注件数の分散を Vn、量/件の分散を Vq として、受注量の分散は、
2
Vd = Q ⋅ Vng + Ng ⋅ Vq
となる。
„
STI の大きさは、
在庫依存時間での受注量平均を D 、その分散を Vd として、STI の大きさは、
STIの大きさ=D + (安全係数 ) ⋅ Vd
となり、在庫依存時間での欠品率を考慮した最大受注量となる。
„
STI が充填された状態を起点に、受注量の累積に対する補充発注量の累積が不足すれば
するほど欠品率は高まる。多くなればなるほど余剰在庫が増える。
„
需要予測、発注点の設定など、補充発注量の人為的な操作はバラツキ要因となり、受
注量と補充発注量との累積差を生じさせる原因となりうる。つまり、不要な STI の増
大を招く。
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Written by Toshio Sasaki
在庫管理の統一理論 STIC の定理
6章
STIC 発注方式の骨子
STIC の定理をベースに考案した発注方式を STIC 発注方式と呼ぶことにする。従来の発注方
法との比較を交え、その骨子をまとめると次のようになる。
‹
流動インベントリー(STI)の大きさ
在 庫 依 存 時 間 ( 補 充 時 間 ) の 受 注 量 平 均 を D 、 そ の 分 散 を Vd と し て 、
STIの大きさ=D + (安全係数 ) ⋅ Vd
となる。安全係数は欠品率を考慮して決められる。
通常は 2~3。STI の大きさは需要環境に応じて、適時あるいは定期的に見直す。
‹
定期不定量発注;予め決められた発注間隔で、その間に受注した量を補充発注する。
発注量の決定に在庫量や需要予測量は不要。
‹
定量不定期発注;受注量が予め決めた量に達したとき、その量を補充発注する。発注
点を設定する必要はない。調達リードタイムに関係なく補充発注量を決めることがで
きるため、在庫レベルの変動は定期不定量発注と同等の滑らかさになる。
‹
不定期不定量発注(適時適量発注)
;間欠的注文の場合、受注時に受注した量を直ちに
補充発注する。適時適量の決定は在庫管理側が決めることではなく、市場が決めるこ
とである。それが、「時期も量も定まらない」の意味と解せる。
‹
STI の大きさの変更後の補充発注量;STI の大きさを変更した直後の補充発注量は、
(新
STI の大きさ-発注残-実在庫)となる。それ以降はそれぞれのルールに従い補充発注
する。STI を小さくして補充発注量がマイナスとなる場合は、プラスになるまで補充発
注はしない。
7章
まとめ-汎用性と発展性-
変動する需要を賄うための流動インベントリー(STI)の特性を STIC の定理としてまとめ
た。受注量のデータおよび在庫依存時間(補充時間)の平均と分散がわかれば STI の大き
さがわかる。STI の大きさは必要在庫量を示す。
STIC の定理は現在広く行われている発注方式を記述することもできる。受注件数をかんば
ん枚数、量/件をかんばん 1 枚当りの個数に置き換えれば、かんばん方式の詳細な分析にも
利用することができる。資材、半製品、完成品を問わず、在庫が存在するあらゆる状況で、
さらには、生産ラインと直結した仕掛在庫、中間半製品在庫、工場倉庫にも STIC の定理は
適用できる。在庫管理の統一理論と呼ぶ所以である。
あらゆる在庫管理を記述できれば、どのような管理方法が良いのかの判断は容易となる。
STIC 発注方式は STIC の定理から導き出された一般的ベストアンサーであり、在庫補充発注
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Written by Toshio Sasaki
在庫管理の統一理論 STIC の定理
方法のガイドラインとなる。実際の在庫管理環境は各々異なるが、STIC の定理を応用すれ
ば、各々の在庫管理環境に合わせてカスタマイズすることもできる。
本論文では STIC の定理の中核部分に焦点を合わせ、言及した。例えば、注文は単一の母集
団からくるとして、受注量分散式を導出した。現実には特有の発注ルールがある得意客を
持つ場合など、異なる複数の母集団から注文がくることも多い。その場合、受け手側の受
注量の平均と分散は母集団各々のそれらを加法することで求まるが、詳細については別途
説明したい。
需要の母集団は時間とともに同一母集団とはいえなくなる程度にシフトすることも考慮し
なければならない。需要の分布が変われば STI の大きさも設定し直す必要がある。これに
ついては、すでに衆知の統計理論を応用して対応することができる。
在庫管理の統一理論はサプライ・チェーン・マネジメントの基本でもある。時の最先端技
術の恩恵を受けることなく、在庫管理に悪戦苦闘している中小企業にも朗報を届けるきっ
かけとなることを願う。また、個々の在庫管理に留まらず、広くサプライ・チェーン・マ
ネジメントの多くの場面に適用され、質・機能の向上に資することを願って止まない。
Revision history
2014/11/3
Issued
2014/11/28 Revised; page 11, equation (3-3) & (3-4)
出展;DPM研究舎 http://tocken.com
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Written by Toshio Sasaki